ダラムサラ

2011年01月18日

ダラムサラの電話屋:QQ "泣泣”

いよいよウーセル(唯色)さんのブログにこのブログのリンクが張られた。
私にとっては名誉なこと!

そこで今日も「ウーセルさんのブログより」となる。
ほとんど最近はウーセルブログ日本語版になりかけてる。
実際には自分は中国語ができず、常にどなたかの翻訳に頼っているという情けない状況なのである。
現在中国語勉強中。その内自分で訳したいものだと思ってる。

今日は彼女の16日付けブログ分。
記事は私も知っているダラムサラ在住のチベット人が書いたもの。
チベットから亡命して来た人たちが電話を通じ内地に残した家族や友人とせつない交信をするというもの。
彼も最近アムドから来たばかりなので、サンジョル(新参者)の気持ちが痛いほどよく分かるのであろう。

ダラムサラに住む私が、北京経由の記事を訳してもらって載せるというのも妙なものではある。

翻訳は@uralungta様。

元のブログにはyoutubeから「Dreaming Lhasa」という映画のトレーラーが最初に載せられている。ご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=KglKH6J2s5g&feature=player_embedded

なお以下は抄訳。
原文は最後に載せる。

写真は今夕、ダラムサラの東、チベットの方角に昇った月。

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18.01.11 Dharamsala<ダラムサラの電話屋:QQ"泣泣”>

記ドゥユン・ナムギェル

 かつて電話は身一つではるか異郷に暮らすチベット難民にとり故郷の家族につながる唯一の細い糸だった。地元のインド人が経営する電話屋の得意客は、チベットの各地から山を越えてきた訛りの強いニューカマー。ラサ語を話さず、英語もヒンディー語もおぼつかない客を相手に、「トントンパーリウ(0086)*…」と経営者が四川訛りの中国語を覚えてしまうという、皮肉すぎて笑うに笑えず泣くに泣けない現象もおきた。

 ネットカフェはたいてい電話屋も兼ねていて、ガラス一枚で覆われたボックスからは、喜び、気遣い、悲しむ会話が漏れ聞こえてくる。遊牧民や山間部出身のニューカマーは豪放磊落で、「心配するな、ダライ・ラマ法王はお元気だ!ところで今度の3月10日はデモするんか?」などと大声で話して高らかに笑うから、そばで聞いている方が冷や汗ものだ。

 対照的にチベット自治区の都市部から来た人たちは故郷への電話も脅えながら「彼は…」「あのことは…」と“敏感語“を避けて小声で話し、通話も短く切り上げ、はたで見ていても痛々しく胸が詰まる。

 そんなダラムサラのネットカフェで最近、チベット出身の客だと分かると「”号泣(ごうきゅう)”できるよ」と売り込みがかかるようになった。何のことかと思ったら、中国企業テンセントのチャットサービスQQ(きゅうきゅう)だった。

 最近亡命してきたばかりのチベット人がインストールして使っているのを見た商才逞しいインド人が、商売になるとみて即自らの店にQQを導入、専用席のあるネットカフェは大繁盛した。QQのビデオチャットで、声を聞くだけでなく顔や表情を見られるようになったのだ。

 あらかじめ時間を約束し、遊牧山間地区から家族親族友人知人が連れ立ってネットカフェのある町へ降りて、パソコンを使えるチベット人に手伝ってもらい、PCの前に黒山の人だかりをつくって代わる代わる画面をのぞき、ビデオチャット(テレビ電話)で再会を喜ぶ。

 なかには亡命以来半世紀ぶりに家族の顔をみることができた老人もいて、号泣して大笑いしての泣き笑いだ。年寄りたちがQQを正しく発音できずクークー(号泣)と呼んでいるのを、とても訂正する気にはなれなかった。

 泣泣だろうがQQだろうが0086だろうが、離れ離れになった肉親がじかに抱き合い、これまでの辛さや悲しさを打ち明け、心痛と苦しみを分かち合うことはできない。チベットが自由を取り戻すまで、いとしい人と抱きしめ合えるその日まで、決してあきらめない。[終]

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�甼兰萨拉的电话亭:QQ“哭哭”
http://woeser.middle-way.net/2011/01/qq.html

QQ “哭哭”

文/端云南杰

一间�甼兰萨拉的电话亭内,印度老板和一对想往家乡打电话的藏人夫妇、还有一个小女孩挤在一起,一遍又一遍地核对着要拨的电话号码。老板用印度语和英语,加上一点很�犖脚的藏语,喊着、叫着;那一家藏人也同样用藏语夹杂着非常生硬的英语和印度语,叫着、喊着。经过几番较量后,仍然没能弄清楚电话号码。因为话费贵,老板怕藏人们拨错号码而执意要自己拨,可这么僵下去又不是办法,就在小女孩准备求助于纸�剩时,老板急了,冷不丁从嘴里蹦出一句:“洞洞八六……"隐约可以听出点四川口音,竟然还是大陆专用的数字军语。小女孩格格地笑了起来,然后用中文讲出了一串号码,老板神气十足地重复了一遍后,终于替他们拨通了电话,紧接着飞也似的冲到计费器前坐下,开始目不转睛的盯着小屏幕。

这是几年前的一幕,从西藏来的难民是�甼兰萨拉所有电话亭的常客,当时从印度往藏地打直通长途电话一分钟就要三十多卢比,流亡藏人们逢年过节,遇到红事白事时,给家乡的亲朋好友报个平安或是几句问候,虽然很奢侈,但仍是必作不可的事情。印度老板们跟流亡藏人一来二往,多多少少都会几句简单藏语,可三区的藏语腔调不同,这位印度老板竟然干脆从藏人那里学来了带点“川味"的中文数字,真是让人哭笑不得。

如今电话费已经慢慢降成�姶卢比一分钟,藏人们更是三天�姶头往电话亭�煥。这边的网�稀总会附设一个小电话亭,我上网时每遇到同胞在旁边给家乡打电话,都会被他们的表情和音调所吸引,饶有兴趣地观察他们的一举一动。看到他们也许是听到什么恶耗而呜呜咽咽时,我跟着�誓心;看到他们也许是因为听到什么开心的事而放声大笑,我的嘴也不自觉的�貴开。从牧区或山区逃出的藏人大大�貴�貴,毫不忌讳地向着电话那一头用高原特有的豪爽�供门吼着:“�休?什么?�居!不用担心,�甼赖喇嘛尊者身体好着�希,今年三‧一0�胃们那边示威了吗?……"让人在旁边听得直冒冷汗。而那些讲话细声细语的一看就是从藏区城镇逃来的,小心谨慎地用“他"、“那个"来代替各种敏感词,大家何需多说,彼此心照不宣。小电话亭和网�稀间只有一层玻璃,根本没有隔音效果,他们的哭声笑声�技彻每一个正在上网的人的耳际,但没人会表示不满,谁又忍心�希?

有一段时间,一进�甼兰萨拉的网�稀,老板只要看出�胃是藏人,马上会上前介绍�犠台机子有“哭哭",我是很久以后才弄明白他们是在指腾讯的“QQ"。原来有新逃来的藏人在网�稀自己下载安装“哭哭",印度老板们看到有点商机,便让他们多安装几套,那一阵子的生意好不红火。藏人们不但能听到家乡亲人的声音,还能看到他们的样子,每次视讯通话前都要做足准备,先约好时间,让亲朋好友从山区牧区下来到有网�稀的县城上,找个会上网的藏人�辞忙,然后便在计算机这头和那头各挤起一堆人开唠,其中有些老人流亡印度五十多年,半个世纪未跟家人见过面,更少不了一番“哭哭"笑笑。

不少�偕家很久的藏人也称它“哭哭",我最终还是没有纠正他们的发音!“哭哭"也好,“QQ"也罢,或是拨打“洞洞八六",在团聚无望的此刻,也唯有这样才能让分隔�姶地的同胞们互吐辛酸,分担忧苦,彼此打气加油,坚持到藏人重获自由,与亲人相聚的那一天。

【参与首发http://www.canyu.org/n21510c6.aspx






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2011年01月09日

ダラムサラの野鳥 その14

Chestnut-bellied Rock Thrush (Monticola rufiventris)23cmChestnut-bellied Rock Thrush (Monticola rufiventris) Male 23cm

今日は、ほんと久しぶりのダラムサラの野鳥シリーズ。
(写真はクリックして大きくすることを勧める)

夏までの一年間、凝り性の私がこの辺りで撮りまくった野鳥は250種になり、遠征しない限りはもうほぼ新種は現れない状態。
正直、熱も覚め気味。

それでも、窓の外から聞こえる鳥の声に呼ばれて時には、まだシャッターを切っている。

今回紹介する野鳥も、一種以外はすでに紹介済みではあるが、冬、山から下りて来て、平野にも行かず、この辺にいる鳥たちを再度お見せする。

一枚目のこの美しい青い鳥、最近家の周りに住み着いているらしくほぼ毎日見かける。
ツグミ科で、日本のイソヒヨドリに似ているが目から喉までが黒いところが異なる。

Chestnut-bellied Rock Thrush (Monticola rufiventris) Female 23cmChestnut-bellied Rock Thrush (Monticola rufiventris) Female 23cm

上の鳥はオスでこれがそのメス。

メスは日本のヒメイソヒヨのメスにそっくり。
このオス・メスは稀にしかいっしょに現れない。
普段、お互いに単独行動を好むらしい。












Lammergeier (Gypaetus barbatus)125cmLammergeier (Gypaetus barbatus)125cm

この鳥が今回の新種。
これはダラムサラの裏山であるトリウンド約3000mに最近行った時に撮影したもの。
めったにお目にかかれない鳥だ。

この鳥ラマーゲイヤーは巨大であり、「ユーラシア最大の猛禽類」と言われている。
日本語では「ヒゲワシ」と呼ぶらしいが、日本には日本平動物園に一羽のみいると。
チベットにいる。エチオピアなどアフリカにもいるが数は極めて少ないそうだ。

体長125cm、羽根を広げると3Mにも達するものがいると。
禿鷹の一種だが、普通の禿鷹よりちょっと大きめ。
夏には5000m以上の高山にも住み、冬でも2000m以下には下りて来ない。

この鳥は肉をほとんど食わず、主食は骨の中の髄であるという。
禿鷹などが食べ残した骨を拾い、空中からその骨を岩の上に落下させて割りその中の髄を食べるのだ。
その映像を以下のYoutubeで見る事ができる。
http://www.youtube.com/watch?v=mDMA5ELJ4iQ

ウィキペによれば、「アラビアンナイトに登場する怪鳥ロックは、この鳥がモデルという説もある。古代ギリシアでワシが三大悲劇詩人の一人であるアイスキュロスの頭上にカメを落として死亡させたとの逸話は、ヒゲワシによるものと思われる。」そうだ。

Kalij Pheasant (Lophura leucomelanos) 70cmKalij Pheasant (Lophura leucomelanos) 70cm

このキジはもう、オス、メス、ベイビー共に何度か紹介している。
家族で年中この辺にいる。美しい鳥。

















Red-billed Blue Magpie (Urocissa erythrorhyncha) 70cmRed-billed Blue Magpie (Urocissa erythrorhyncha) 70cm

この鳥も年中、この辺に沢山いる。
日本のオナガやカササギの一種だが、日本にはいない。
この辺ではこの鳥を「Paradise Bird 極楽鳥」と呼ぶ。





Variegated Laughingthrush (Garrulax variegatus)24cmVariegated Laughingthrush (Garrulax variegatus)24cm

英語名をそのまま訳すと「多彩笑いツグミ」。
数羽でチチチ・・・と鳴きながら素早く木々を移動する。
よって撮影するのは非常に難しいという鳥だ。





Blue-fronted Redstart (Phoenicurus frontalis)13cm MaleBlue-fronted Redstart (Phoenicurus frontalis)12cm Male

ヒタキ科の小さな鳥で、日本のジョウビタキの一種と思えばいい。

この子はまだ産毛があり幼鳥と思われる。



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2011年01月01日

光をプレゼント/ダラムサラ・アイキャンプ

2010年末 アイキャンプ ダラムサラあけましておめでとう!
と言うに相応しい、光のプレゼント。

今年も、年末恒例のアイキャンプの人たちがダラムサラにやって来られた。
総勢9人。
眼科医師5人、看護士2人、会計1人、総務1人。

アイキャンプとはアジア眼科医療協力会(AOCA)の人たちがネパールやインドの僻地に赴き、開眼手術を無料で行うというボランティア活動の名称。
僻地に居住しているからという理由で、あるいは貧しいがゆえに眼疾患を患いながらも手術を受けることができず不自由な生活をしていた人々に光を取り戻すという、実に素晴らしい活動。
2010年アイキャンプ詳しくは以下のAOCAのホームページへ:
http://www.aoca.jp/index.html
http://www.aoca.jp/JP/eyecamp/DallamSara_eyecamp.html

ダラムサラにはすでに11年間通って下さっている。
皆さん、年末の休みを利用して、こんなインドの田舎まで来て下さるのだ。
今年は例年より検診、手術ともに少なめであったが、それでも最初の日に検診を154人に行い、次の日から2日間で43人の手術を行われた。

2010年末 アイキャンプ ダラムサラ左の写真、手術をされているのは柏瀬光寿先生。
柏瀬先生、実は、2002年から1年間ダラムサラに滞在され、デレック・ホスピタルという亡命政府が運営している病院でボランティアとして眼科の診察、手術をやっておられた。
今回のグループのリーダーでもある。

栃木県足利市に立派な病院をお持ちだ。
http://www15.ocn.ne.jp/~kasiwase/

ダラムサラ滞在中はよく一緒に遊んだので、旧知の間柄。
手術ももちろんお手のものだが、目の手術というものは、見てるとちょっと怖いものではある。




2010年末 アイキャンプ ダラムサラチベットの腰の曲がったおばあさんも優しい看護士さんに助けられ、手術台に上がり、あっという間に光りを取り戻すことができる。








2010年末 アイキャンプ ダラムサラ今年のダラムサラ・アイキャンプのメンバー。







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ダラムサラより謹賀新年!བཀྲ་ཤིས་བདེ་ལེགས།།

Dharamsala 31,12.2010















ཕྱི་ལོ་གསར་ཚེས་ལ་བཀྲ་ཤིས་བདེ་ལེགས་གྲངས་མེད་ཞུ།།

謹賀新年!

A Happy New Year !

今年一年、皆様とチベットにたくさんいいことが起こりますように!

今年もチベットのこと忘れないで、よろしくお願いします。

昨夜、この冬初めての雪が降り、ダラムサラのマクロード・ガンジにもちょっとだけ雪が積もった。
上の写真は、うちのベランダから見た、今日の朝の景色。

ルンタレストランのみんなルンタレストランのみんな。
右からニマ・ドルマ、クンサン・ソナム(獄に4年半)、イシェ・ツォドゥン、ロプサン・チュゲ(獄に2年)、マネージャーのソナム、ボランティアのあやちゃん、ボスの直子さん、1人飛ばして、ニマ。
もう1人ペンバ・ツェリン(獄に3年)がいるが写真に映ってない。

今日が仕事納めで大掃除の日。レストランは1月、2月はお休み。

また、今年もよろしくお願いします。

ブログやツイッターもよろしく!

Free Tibet!!!

追記:クンサン・ソナムは2008年3月14日のラサ蜂起に参加した後、一番最初にインドに亡命した。
。彼の証言は当ブログに何度か紹介したし、NHKにも出てもらった。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2008-05.html?p=5#20080504
彼はまた、2001年の国慶節に掲げられていた中国の国旗を下ろし、チベット国旗を掲揚した。
逮捕され、激しい拷問を受けた。1年8ヶ月もの間、地獄の無窓独房に入れられていた。



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2010年12月10日

12月10日のダラムサラ

ノーベル平和賞授賞式追記:先ほどノーベル平和賞受賞式典をBBCのライブで見たので、追加を先頭に持ってくる。(写真BBC)

委員長のThorbjorn Jagland氏が最初の大きな拍手を受けたのは、
「この空白の椅子がこの賞の意義をシンボライズしている」
と語った場面。

その後の拍手の場面を思い出すと。
「劉暁波氏はこの賞は1989年の天安門の犠牲者に送られたものだと語った」

「彼の非暴力の戦いはネルソン・マンディラを思い出させる」

「中国は大国になったのだから、世界からの批判を受け入れるべきだ。マーチン・ルーサー・キング牧師に平和賞が送られた時、多くのアメリカ人が異議を唱えた。しかし、アメリカはこの事で強くなった。中国もこの批判を肯定的に受け入れるべきだ」

「彼は無実だ。開放されるべきだ」

「平和と人権いは深いつながりがある」

「彼は楽観的だった『中国はいつか自由な国になることを信じている』と語った」

委員長の演説の後に劉暁波氏が11年の刑期を言い渡される2日前、2009年12月23日に発表した最後の声明がノルウェーの有名な女優により読み上げられた。
全文を以下で読む事ができる。
http://www.foreignpolicy.com/articles/2010/10/08/i_have_no_enemies

題は「私に敵はいないし、憎しみもない」

その最後の2節を訳す。
「表現の自由は人権の基礎であり、人間性の源であり、真理の母である。言論の自由を締め付けることは、人権を踏みにじり、人間性を窒息させ、真理を抑圧することだ」
<「表达自由,人权之基,人性之本,真理之母。封杀言论自由,践踏人权,窒息人性,压抑真理」

「中国憲法により保証された言論自由の権利を行使するためには、中国の市民としての社会的責任を果たさなければならない。如何なる意味においても、私の行った事に罪はない。しかし、このことで私に罪が掛けられるとしても、恨み言はない」 <「为践行宪法赋予的言论自由之权利,当尽到一个中国公民的社会责任,我的所作所为无罪,即便为此被指控,也无怨言」

最後に「すべての人に感謝する」


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10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan今日,ダラムサラでは朝から、ダライ・ラマ法王のノーベル平和賞受賞21周年を祝う式典とチベット人たちの喜びの歌と踊りが1日中続いた。

式典での亡命チベット議会の挨拶の中で
「劉暁波氏の平和賞受賞は中国の人々に取って非常に喜ばしいことであるはずだ。この場を借りて、中国の人々へ喜びと祝福の言葉を贈りたい。タシデレ!」という挨拶が入った。

10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan今日は二重に嬉しい日と言う訳だ。

もっとも、「今日はまた、『世界人権デー』でもあるが、この方は少しも喜ぶに値しない。チベットの内部でも他の世界の至る所でも、人権は無視され続けている。諸外国は口先ばかりで、実際に人権改善のために行動する国はほとんどない」と辛口の挨拶。

大臣室からの挨拶の中では「数人の個人を監獄に閉じ込めようと、彼等の思想、主義、希望をこじ込める事はできない。力と弾圧により人々の思考をコントロールしようとする全体主義者は最も無明な人間たちだ」と暗に中国を糾弾。

10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan最近の中国語強要政策についても「このような政策はカール・マルクス、レーニン、毛沢東の少数民族政策を完全に無視するものであるばかりでなく、一つの民族の言語と文化を完全い破壊しようとする試みである」と厳しく批判した。

と、このような硬い挨拶が終わったと同時に、みんなが楽しみとする様々なグループによる、歌と踊りが始まった。


10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakanこの後は、延々と歌と踊りが続く。

以下、午前中の写真。









10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan忘れてた。法王の引退問題について大臣室も議会も声明の中でこれに言及した。

「法王にはいつまでもチベットの宗教的、政治的トップを続けてもらいたい。半引退とか全面的引退とか、決してそのような事を口にされませんように!」
と法王の引退など全く受け入れられないことを明らかにした。
10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan
授賞式を映すBBCの映像には、牧野議員の横顔も写っていた。
その他、俳優のデンゼル・ワシントンとかアン・ジャクリーン・ハサウェイの姿も。
彼女は劉氏の最後の声明の中で、妻への愛を示す箇所が読まれる時、涙ぐんでいた。



10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan












10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan












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10,12,2010 Nobel Prise C.Thuklakan



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2010年12月01日

ジェ・ツォンカパの命日/灯明祭

自宅のガンデン・ガムチュ(灯明祭)今夜が本当のジェ・リンポチェ(ジェ・ツォンカパ)の命日、灯明祭だった。

「昨日は間違ってすまない」と下のアニラ(尼さん)たち、今夜は色とりどりのキャンドルをもっと沢山灯して、お経を上げていた。

今日は夕食に珍しく肉が入ってた。
私「はは~~、今日はツクラカンでみんな500Rsづつ貰ったからだろう。見たぞ!」
アニラたち「そうよ。ロシア・グループはすごいよ。お経やノートも配られたし。こんなの滅多にないよ。この前の台湾グループはちょっとしかなかった。ベトナムの時はまあまあ多かった」と、やっぱお布施が多いと嬉しいのだ。

この辺の僧侶や尼僧が現金を手にするのはこんな法会の機会しかない。
最近、この辺の僧院や尼僧院はどこも肉なしのベジタリアン食になった。
外に出た時にはやっぱチベット人は肉を食べたいらしい。

1.12.2010ガンデン・ガムチュ(灯明祭)家から見えるキルティ・ゴンパは電気灯明で飾り立てている。

チベット本土では、キャンドルや豆電灯を灯明代わりにする事は決してしないで、ちゃんと本物のヤクバターの灯明を灯すそうだ。




2008年のラサ灯明祭左の写真と下2枚は2008年のラサ灯明祭。
@yuntaitai(雲南太郎)さんが撮影されたものだ。

ジョカン前に恐ろしいほど沢山の保安要員が配備されているのが判る。





2008年のラサ灯明祭2008年ラサの灯明祭/ジョカン前。@yuntaitai
こんな事になっちゃった自分の命日を見たら、ジェ・ツォンカパは何て思う事だろう。








2008年のラサ灯明祭2008年ラサの灯明祭/ジョカン前。@yuntaitai

先ほど、アニラがラサにいる親戚に電話した。
その親戚は、ちょうどその時ジョカンを巡るパルコルを歩いているところだった。

アニラ「パルコルはどんな?」
親戚「ああ、人が一杯でまともに歩けないほどだよ。みんな一周することしか許されない。途中何度も警官に止められるよ」
アニラ「見張りの人は沢山いるの?」
親戚「ああ、いっぱいいるよ。道端の出店もみんなかたづけられた」
アニラ「昨夜は風で灯明が消えてしまったって聞いたけど、今夜はどう?」
親戚「今夜は風もなく、周りの家々の窓ベリに沢山灯明が灯ってて本当に綺麗だよ」


法王ダラムサラのツクラカンでは昨日に引き続き、今日も法王による秘密集会タントラの灌頂が行われた。

写真は昨日撮ったもの。

最近法王の玉座の上にエアコンが取り付けられたらしい。
法王、そのエアコンを調整されていた。



法王





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2010年10月19日

2009年、3月10日法王記者会見 その五

caa95d01.jpg再掲/2009年03月19日分

法王の3月10日の記者会見レポート最終回。

法王は英語で話されました。
尚、これは私の試訳に過ぎません。


質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:最近、困難にも拘らずチベットの内部に入り現地からのレポートを発表している外国のレポーターがいる。
それによれば、状況は極めて厳しい。
これ以上言うことはない。

それから、もう一度皆さんにはお願いしたい。
チベットの中の人々に私のメッセージを伝えてほしい。

もちろん、(現在チベット人は)厳しい状況下に置かれ、絶望的な気持になっているであろうことはよく解る。
それでも、今は静かにして、行動を抑制するようにと言いたい。
地方政府はチベット人がもっと反抗し、暴れてくれることを待っているのだ。
そうなれば、もっと簡単に打ちのめすことができるからと。
何れにしてもいいことはない、今は静かに耐えることだ。

(この私のメッセージを)何らかの方法を使って内部チベットの人々に伝えてほしい。

次、
なにBBC?、、、いや、、、違うか?

質問者:スウェーデンの新聞社の者だが、法王は「早期にチベット問題が解決されるであろうと考える理由がある、、、」と言われたが、これはどういう意味なのか?

法王:それについては、すでに答えた。もう答えた。
もう、一度説明したから、もう繰り返さない。
理由1,2,3,4と答えた。
もう答えた。

次、



質問者:フランスのテレビ局です。
あなたはステートメントの中で中国はチベットを「この世の地獄(hell on earth)にした」とおっしゃった。
この言葉は強いメッセージと感じられる。これについて更なるコメントを。

法王:これはチベット人がよく使う表現だ。
ただ、バイブルが説くところの「地獄」とは異なる。
仏教の経典には違った「地獄」についての記述がある。
ハハハハ、、私はよく知らない、、、

質問者:どういうことか?

法王:(大きなジェスチャーと大きな声で)これほどの苦しみ、これほどの恐怖、これほどの怒り、これほどの憎しみ、生活を蝕む、、、

法王の興奮を抑えようとここで、リンポチェが言葉を挟む。

リンポチェ:地獄とは苦しみの極まった(Highest Level)状態のことだ。

法王:Yes.

(ここで、少し説明がいる。この3月10日午後一時ごろにはこのステートメントに書かれた「この世の(生き)地獄」という表現が、この後中国政府からの非難を思いっきり浴び、外国メディアもこの表現を好んで使うことになろうとは、法王自身この時点で予想されていなかったご様子でした)

質問者:フランスからだが、
法王の後継者としてリン・リンポチェとカルマパのどちらが選ばれるのか?

法王:何、カルマパ? ノーノー。

ステートメントの中で今回もはっきり言っているが、私のポジションははっきりしている。
半引退だ。
最近EU議会で私はリンポチェを「私のボスだ」と言って紹介した。
政治的には彼が私のボスだ。

精神界では私が彼のボスだ。エヘヘヘヘヘヘヘ、、、、
だから今は5年ごとの選挙によって政治的トップは入れ替わる。
中国のジャーナリストも私の後継者について質問したが、
私はコミュニストではないと答えた。
もしもコミュニストだったら、自分の後継者を必ず自分でピックアップすることであろう。

でも、我々はコミュニストではない。
我々は完全に民主主義に従っている。
私はいつも「もう半引退している」と言うとき、誇りを感じる。
リンポチェはすでに二期目に入った、後、、、

リンポチェ:二年です。

法王:だから、もしも彼がそれからも同じ地位に留まりたいと考えてもそれは法律上叶わない。
この地球のメンバーである、どこかの国のある大統領などは、一生地位を守ろうとする。
そんなことはここではあり得ない。
5年ごとに選挙で選出されるのだ。

一方精神的レベルにおいては、皆様も朝の式典でご覧になったように、
私のそばにサキャ・ティチェン・リンポチェ、その傍にカルマパ・リンポチェ、ボン教のティンジン(座主)、それにデブン・キャンマ・リンポチェ、その他成就者たち、
すべての派が集っている。
黄帽派、赤帽派、黒帽派、それに何だ、、、、そうだ、ボンは時に白い帽子を被るから白帽派、
そして、、、その内、青帽派も現れてくることも期待されてるとか、、、、ハハハハハハ、、、。

緑は如何で(とリンポチェ)
そうだ、そうだ、緑は良い。
グリーン・パーティーだ!ハハハハ、、。
沢山の国でグリーン・パーティーが、、、、ニュージーランドに行った時、グリーン・パーティーの事務所に迎えられた。その時私は「もし、ニュージーランドに居るなら私はあなた方の党に入るであろう」と言った。
それは私は常に「エコロジー」の大事さを語っているからだ。

何れにせよ、すべての組織の中で若い世代の優秀な人材がたくさん育っている。
非常に健康的で可能性を秘めた指導者たちが現れてきた。
だからダライ・ラマの後継者について心配する必要はない。
ダライ・ラマ制度に関する限り、早くは1959年にすでに私はこの数百年続いた制度の存続はチベット人によって決定されるべきだと表明している。
大多数のチベット人がこの制度の存続を大事だと感じるならば、残るであろう。
もしも、大多数の人々がもう必要ないと思うなら、無くなるまでだ。
これは大事なことではない。

大事なことは前にも話したが、私の日々の生活が他の人々の福祉に何らかの貢献をするということだ。

私は自分の将来について考えたことはない。

サンキュウ、サンキュウ。


了。



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2010年10月18日

2009年、3月10日法王記者会見 その四

a5d6bdc2.jpg再掲/2009年03月17日

質問者:スウェーデンのフリーランスの記者だが、
失礼な質問かも知れないが、、、私の通訳のチベット女性が「法王は自身の死をコントロールできる」と言っていたが、、、ではあなたはいつお亡くなりになられる積りか?

法王:おお、、、あなたに仏教の信について語った女性がもっとしっかりした仏教知識を持っていれば良かったのだが、、、ヘヘヘ、、、、。

まず、仏教に関して二つのレベルの解釈がある。
民衆レベルの解釈と、本当に権威あるナーランダ大学の伝統に沿った解釈とだ。
一般にチベット人だけではない、日本人だって、中国人だって一応我々は仏教徒ということになっているが、一般の人々には十分な仏教に関する知識はない。
そうではないかな?

率直に言って、私には自分の死をコントロールするような力は全くない。
この明らかな理由は、例えば、去年私は胆石を取り除く手術をしたが、これは自分の望んだことではない。でもコントロール不可能だった。アハハハハ、、、、
だから、私の死もこのようなものだろう。
コントロールできるはずがない。
死の時は来るときには来る。ハハハハハハハハハ、、、、、
しかし、たぶん、来世については、意志の力によって、決心の力によって少しはコントロールできるかもしれない。

私の常なる願いは、
「この宇宙が存在する限り、有情の苦しみがある限り、私は留まる。
力の限りその者たちを助けるために」だ。
これは私のお気に入りの祈願だ。
そして、そのように決心している。

第一世ダライ・ラマが弟子から、「あなた様はすでに浄土に行かれる用意が有られるようだ。そのような印が現れている。しかし、どうかこの世の長寿を全うされますように」と懇願された。
その時法王は「私は浄土などに行きたいと思ったことなどない。私の願はより多くの苦しみのある処に生まれることだ。そうなれば、私がもっと役に立つから」と答えたという。

30年前に、このダライ・ラマ一世に関する資料を読んだ時、私は心打たれた。
だから私もこれを見習うのだ。
利用価値ということだ。
私はホームレスになって、50年だが、私は幸せを感じる。
この状況の故に私は役立つ人であり続けることができた。
このことが大事だ。
もちろん、自由がなければこれはなせないことだ。
この50年間、ホームレス、ステートレス(国もない)だったが、だから却って周りの人々の福祉増進のために何らかの貢献を成すことができたのだ。
だから、私は楽しい。

ところで、あなたは私がいつ死ぬかを訊ねているが、、、それは分からない。
おそらく、今晩がその日ではないだろう。これはほとんど確かだ。
99%は確かだ。でも今夜、大きな地震でも起これば、分からない。
でもその時は皆さんも危ないわけだが、、、ハーハハ、ハ−ハハハハ、、

次、
中国人か?

質問者:そうです。これが私のパスポートです(中国パスポートをかざす)。
私は89年に天安門前でデモに参加しました。
中国政府は多くの子供も殺しました。
家も壊されました。
2002年にニュージーランドに逃れました。
でも今もこの中国パスポートを持っています。
それは、中国は私の国だと思ってるし、、、

法王:グッド! それは良いことだ。

質問者:ニュージーランドに胡錦涛が来た時、チベット人がデモをするのを見ました。
2007年のそれは大きかった。
チベット人と共に、我々もダライ・ラマを共有したいと思った。
法王はチベットのダライ・ラマであるのみならず、我々中国人のダライ・ラマでもある。

法王:誰もそんなことは言わないがな、、、ハハハハハハ、、、
でも実際、我々はそう思っている。この前ワシントンに行った時、中国人の前で「私は中国人になりたい」と言った。
あなたの持っているそのパスポートを持っても良い。OKだ。
我々は中国人ではない。しかし、市民として中国の中に留まりたいと言っているのだ。

質問者:・…上海で6人の警官を殺して自殺した男が・・・・08憲章が…どうしたらよいか?(この部分良く分かりませんでした)

法王:あなたの質問ははっきりしないが、、、比較的いい英語だが、、、2002年に出られて、それから習われたのなら、大したものだ。
いや、中国を出られる前にも英語を習っていたのか?

質問者:ハイ。北京で。

法王:じゃ、それほどでもないかな、、、ハハハ(満場笑い)
それにしても、我々二人は同じ類(same kind)の人間なのだろう。
独裁政権に反対している。
我々は自由を求めている。
「08憲章」の事を聞いたのは、私がポーランドにいた時だが、直ちに私は支持を表明した。これは道徳的責任からだ。
これは支持すれば、見返りにどれだけの利があるとかいう話ではない。

何事か正しい、道徳的案件については、支持を表明すべきなのだ。
だから私は支持を(書くしぐさ)表明した。

前にも言ったが、中国は世界でもっとも人口の多い国だ。
他の世界から尊敬を得たいと熱望している。
そのためには、透明性、公正な司法組織、メディアが完全に自由に活動できること等が必要だ。
これらが達成されるなら、現在の共産党の下に漸進的に民主化が進むと考える。
これが、正しい方向だ。
突然の崩壊、変更。中央政府の突然の崩壊は大きなケオス(混乱)を引き起こすであろう。
これは誰もが避けたいことだ。
漸進的変化が最良の道なのだ。

だから、私は指導者層の中の若い人たちや、そのスタッフの中の外国で良い教育を受け、民主主義の価値をすでに味わったことのある者たちに期待する。
彼らの力による序々に中国が民主化されるなら、そのとき初めて中国は「尊敬を受ける超大国」になれることだろう。

中国の友人も言っていた。
超大国になるには、いくつかの条件があると。
まず第一に「人口」、これはもうある。
第二は軍事力。これもすでにある。核もある。
第三に経済。これも今は大体ある。
何が、足りないか?
それは道徳的権威だ。
信頼され、尊敬される超大国になるには道徳的権威がいる。
これが欠けているのだ。

このところの中国の、チベットだけではない、ウイグル人や自国の反体制中国人に対し、少しでも政府反対の意見を表明すれば、逮捕するという態度は非常に良くない。
中国のイメージのために良くないことだ。
だから、尊敬される超大国になり、より効果的に世界をリードする国になるためにはこの点は非常に大事なことだ。
このことは常に中国の友人にアドバイスしていることだ。

数日前に中国の外務大臣が言っていたが、、、、コピーはあるか?
(コピーが手元に渡され。それを読まれる)
「(中国と)良好な関係を続けたいなら、その領土がダライ・ラマのチベットの独立をもくろんだ分裂主義的活動に使われないようにすべきだ」

今回も、皆さんが証人となったように、我々は完全に「中道路線」を守っている。
「独立」を求めていない。
あなた方に、このことに完全にコミットしていると100%保証する。
(非常に厳しいお顔でみんなを指さされる)
あなた方が証人だ。

この数十年の間、世界中至る所で、私はこのことを明言してきた。
多くの人たちがこのことをはっきり認識している。
我々は独立を求めていないと。
だから、たとえば私の兄とか、他のチベット人たちも私のこの立場を非難している。
(コピーを示しながら)この中の「独立を求めている」とか「分離主義者」とか言う言葉は、、、、これはチベット人のいうところの「実体のない影」のようなものだ。

(再びコピーを見ながら)
「ダライ・ラマ側は依然として中国全領土の四分の一にあたる大チベットと呼ぶ領土の中から軍隊を追いだし、すべてのチベット人以外の住人を移住させようとしている。
・・・・・ドイツやフランスその他の国であろうと自らの領土の四分の一が奪われるのを誰が許すか。中国は常に統一を支持することを忘れないように。」

エヘヘヘヘヘヘヘヘ、、、
私はかなり真剣だ。これを聞いた時は相当驚いた。
外務大臣!がこのような表現を使うとは。

二つの可能性がある。
一つは、全くの無知からか?
あるいは、意図的に嘘を言っているか?だ。
だから、私の代わりに、皆さんが中国の外務大臣に聞いてほしい。

「チベットから中国軍を追いだし、チベット人以外を移住させる」、、、
この同じ質問を私はオーストラリアである中国人のジャーナリストから受けたことがある。
私は「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」と尋ねた。
しかし、答えは帰って来なかった。

皆さんには私のすべてのステートメント、記録を調べてほしい。

もちろん59年のすぐあと頃には、何も決定されていなかった。
我々の中心の課題は移住であり、教育であった。
それと国連に訴えることだった。
しばらくして、緊急の課題が少しは解決されたころ、初めて長期的展望についてじっくりと考え始めた。
そして1974年に長期的政策を決定したのだ。その時から我々の立場は一貫している。チベットの独立を求めてなどいない。
会う人すべてに説明している。

「自治」とはどういうことか?
外交と防衛以外のすべて、教育、経済、環境、宗教、これらはチベット人自身にゆだねられるということだ。
外交と防衛以外、と言うときここで一つの質問が起こる、、、、
インド人の友人はどこに行った、、(法王手をかざしてその人を探すしぐさ)
あれ、行っちゃったのかな?、、、あなたじゃない、、、
20年ほど前にある雑誌のエディターと会ったことがある。
その時この外交と・・・の話になったので、私はジョークで「もしもインドと戦争になったとして、我々チベット人は

インドに銃口を向けるなど考えられないことだろう。インドは我々のグルだ。先生だ。
だから、インド人に撃たせろということになるだろう。ハハハハハハハ、、、
みんな笑ったよ。

独立を目指していないということは、外交と防衛は彼らに任せるということだ。
私は一度も中国軍はチベットから撤退すべきだと言ったことはない。
だから、お願いだから、私の代わりに中国の外務大臣に聞いてほしい。
「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」を。
できるか?私の代わりに聞いてくれるか?(一人ずつを指さされる)

この中には北京に支局を構えている通信社も多いだろう。
彼に訊ねてほしい。訊ねるべきだ。
どこで言ったのかと!?(法王本気の顔をされる)
これは本当のことではない。
中国の外務大臣は巨大な軍隊をもっている。私はたった一人の避難民だ。
しかし真実に関する限り、違いはない。
力に関係ないものだ。
だから私は彼に、いつ、どこで、発言したかを聞く権利がある。

ワシントンで語った一つのコメントがある。
これは遠いビジョンとしてだが、チベットが将来「Zone of Peace」になればいいと語った。「アヒンサ」の地だ。
これはどこでもいつも話している、ヨーロッパでもワシントンでもカナダでも日本でも、これは私の長期的ビジョンとして話していることだ。
全世界はいずれ非武装化されなければならない。
これは段階的に進められる。
外の非武装化の前に内なる非武装化がなされるべきだ。
これは我々のビジョンだ。何も隠すことではない。
中央アジアのチベットは平和地帯となるべきだ。
だからと言って、今すぐにチベットから中国軍は撤退すべきだと、言ったことは決してない。

例えば内モンゴルには3,4百万のモンゴル人に対して1800万人の中国人が住んでいる。こうなるともう自治と言う意味もない。
自治と言う限り、その地域において人口の過半数を保っていないければならない。
この意味で危険はある。
例えばラサだが、10万人のチベット人に対し、中国人を中心とするチベット人以外の人口は20万人に達する。
すでにチベット人以外の方が多くなっている。
これはチベットの文化を守ることに対する脅威だ。
言語を含めてだ。
この点に関して時に言及することはある、、、しかし、
すべてのチベット人以外の人は出て行くべきだ、などと言ったことは一度もない。
だから外務大臣に質してみたいのだ。

無知からか?(意図的)嘘なのか?
どこでいつ言ったかを証明すべきだ。
証拠を示すべきだ。
去年もそうだったが、、、去年3月10日の騒動が始まった後、温家宝首相がメディアの前で「すべての問題は外部から、ダラムサラから引き起こされた」と語ったとき、私は「どうかちゃんと調査してほしい、中国の係官がここに来て、すべての私のファイルとチベット人に話したすべての記録をチェックしてほしい」と中国政府に対し要請した。
でも何の返答も帰って来なかった。
だから、今回はあなた方に中国側に質問してもらう義務を押し付けよう。ハハハ。
(会場から拍手)

はい次。後二、三の質問だけ、、、

質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:



続く。


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2010年10月17日

2009年、3月10日法王記者会見 その三

9bae8a2b.jpg再掲/2009年03月16日分

以下、法王記者会見の続き。

*注:質問については明瞭に聞き取れないことが多かったので、要旨のみと思って下さい。

ーーー

質問その二

ワシントンポスト:会談が進まない中、チベットの状況は悪化するばかりのように見える。
これからの見通しは?

法王:私のステートメントにおいても、内閣のステートメントにおいてもはっきりと表明していることだが、我々の要求はすべて最後の会談の時中国側の代表に手渡してある。
すべては文章で明確に示してある。
これは中国側からその前の会談で要求されたものだ。
「すべての要求を明らかにせよ」と言われた。
だからメモランダムという形式で答えた。

これについて如何なる協議も行われることなく、彼らはただ、全面的に否定した。
このメモランダムのすべての意味は「半独立」とか「隠ぺい独立」だと断定している。
このように、完全に内容自体を拒否したのだ。

今、多くの友人、国々が中国を説得することに努力してくれている。
だから、様子をみよう。

中国の多くの知識人、作家たちが中国のチベット政策は間違っていると指摘している。
だから、時が来るかもしれない。


質問その三
チベット・ポストだが、
インドがチベットの真の自治を実現するためにもっと積極的に果たせる役割とは何か?

法王:インドはこの50年間の我々のホームだ。
50年前から我々はホームレスだ。
しかし、ホームレスもそれから色んなホームを見つけた。
インド政府からは居住、教育その他の分野でできる限りの援助を受けた。

一方、チベット問題に関しては、勿論インドも中国と長い国境線を境に隣接しているし、そのかなりの部分はまだ最終的に決定されものではない。
だから、まだ困難はある。
故に(チベット問題において)インドが出来ることにも限界があるのは理解できよう。

インドの政府も人々も一般的に非常に我々に同情的だ。
でも過去には私も「インドは少々心配し過ぎだ」とか言ったこともある。
しかし、インドの態度は理解できるものだ。
また、インドのメディアの我々に対する関心は益々強くなってきている。
だから、時がくればインドは必ず、できる限りチベットを助けてくれると信じる。


質問第四
日本の共同通信社のSだが、
(このが先のブログでお知らせしたものです)
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51179267.html
ただ、次の質問の間にサンドゥン・リンポチェがコメントを入れられた。

リンポチェ:法王は非常に洗練された言い方で話されたが、少し説明もいると思われる。
この中道路線は中国政府の態度に対する反応として提案されたものではない。自発的にこちらが提案したものだ。この方法は双方に利のあるものだ、、、(話の途中で法王がここで話し始める)

法王:これは明らかなことだ。
この中道路線は、一方が勝利し、一方が負けるというような提案ではない。
双方に勝利をもたらすものだ。

この考えを我々は74年ダラムサラにおいて決定した。
そのころ中国の人々は文化大革命に完全に没頭していた。
だから、我々は中国から要求されてこの決定を下したのではない。
何れは、中国政府との話し合いが始まるとの予測の下に自発的に決定したことなのだ。
つまり、真の、意味のある自治を求めることになったのだ。
これが中道路線だ、、、(ここで今度はリンポチェが割って入り)

リンポチェ:我々はこの路線遂行に更なる確信をもっている。
それは、人々からの信任を得たからだ。この際中国は関係ない。

法王:グッド!

次、そこのインド人、、、


質問第五
ロイターの者だが、
法王は1959年に亡命を決意されたことに対し後悔を感じられたことはないか?
法王:私はこの50年間、常にあの時の事を思い出し続けてきた。
正しい判断だったといつも思っている。

もしも、中国政府があの17条協定を継続的に守っていれば、1959年の危機は決して起こらなかったことであろう。
しかし56年、57年頃から次第に極左寄りの政策が始まった。
中央のほんのちょっとした政策変更がチベットで実際には大きな変化となって現れた。
これが1956〜9年までの衝突の原因だ。
56年の列車の路線変更からして、その後の59年の結果はすでに不可避のものだったのだ。
そのような状況において、最善の方法は脱出することだった。

このインドに亡命してすでに50年経った。
地球のこの場所でチベットの宗教と文化は完全な自由の下にある。

インド人の友人によく語ることだが、「インドは我々の精神的ホームである。仏教はインドから始まった。だから、我々の多くは自分たちが幸運であるとまで思っている。
過去には一生のうち一度でもインドに行くことができればラッキーと思われていた。
それが、今は自分たちのホームとなったのだ。ハハハ、、、簡単にそうなった、、、ハハハ

皆さんも知っているようにインドと我々の関係はグル(師)とチャラ(弟子)の関係だ。
インドは我々のグルであり先生だ。
だから私は時々インドの友人にこう言う
「弟子が苦況にある時には師はそれを助ける道徳的責任があると」ハハハ、
そうではないかな?ハハハ、、、

このようにして、我々は1956年の政策変更により、今こうなっているのだ。
もちろん1980年代初めにおいて、胡耀邦がいたときには希望があった。
彼は素晴らしい共産党指導者だった。
彼には誤りを認めるだけの勇気があった。

私のステートメントにも引用したが、1980年彼がラサを訪問した時、チベット政策の間違いについて民衆の前で謝罪したのだ。
過去に如何なるダメージをチベットに与えたかについて語った。
その時は、本当の希望が持てた。

しかし、彼の政治生命はあまりに短かった。
中国にもこのように時に希望の持てる人も現れるが、基本的には強硬派が政権を担い続けている。
だから、我々の1959年の決定を間違っていたと思ったことはない。
正しい決定だったと思っている。


次、、、、そこの中国人、

質問第六
質問者:台湾パブリック、、です。

昨日法王は台湾の人々からの「台湾訪問」の要請を受けられたはずだが、どうされるお積りか?今年台湾を訪問されるのか?もしそうでないなら、その理由は?

法王:昨日、台湾からのジャーナリストにあった。
ジャンパ・プンツォをはじめとする、プレスクラブからの台湾訪問要請を受け取った。
それに対し、私は「原則的に承諾する」と答えた。

私は常に台湾に行きたいと願っている。
そこで、百万の中国人の目の前に顔を出してみたい。

我々は「反中国」ではない。
我々は中国の文明と文化を称賛するものだ。
地理的に我々はすでに数千年の間隣り合わせに暮らしてきた。

中国本土に行って直接、私の(中国に対する)信と誠実さを多くの人々に示すことが許されない今、私は台湾を選んだ。
台湾こそ、私の信と誠実さを中国の兄弟・姉妹に対して示す場所だと。

ここで、「中国人」と私の言うとき、誤解しないでほしい。
(記者を示して)あなたも中国語を話すであろう。
中国語を読み書きし、話し、中国文化の下にあるすべての人々のことだ。
台湾人でも、中国人でも、その他でもだ。

台湾こそ、私の中国人に対する信と真を示す場所と考えた。
これが、第一のポイントだ。
より親密な理解を求めてのことだ。

次に第二のポイントとして、台湾には仏教徒が大勢いることだ。

こんなことから、私は過去二回台湾を訪問する機会を得た。
完全に宗教活動のみだった。
実際最初の訪問の時、中国からの独立を要求していた野党(DBP)の人たちと会談した。
私はその時「チベットに関する限り我々は独立を求めていない」と言った。
「我々は離反を求めていない」と。
今、あなた方台湾の人々は経済的理由から、一方違いもあるということから、本土とユニークで特別に緊密な関係を築くべきだ、と語った。

そして、二度目の訪問の時にも、私は空港で「中国の係官を私の台湾訪問の間中24時間監視するために付けてほしい」と言った。
どこに行くのか?誰と会うのか?すべて見てもらいたいと。
はたして、チベットの反動主義者!と台湾の反動主義者!が結託しているのかどうか、調べるべきだと。ヘへへへへへへ、、、
それはただの訪問だ、オープンなものだ。

基本的に政治的なものではない。
もちろん、ある種の政治的意味合いは発生する。
しかし、基本的に私の動機に関する限り、そこに全く政治的なものはない。
将来の台湾は彼らによる。
政治に関する限り、完全に彼らの意志によると、明言している。

だが、民主主義に関する限り台湾のなしたことは大きい。
他の自由世界はこの達成された民主主義を守る道徳的義務がある。
これが、私の立場だ。

ポイントは、私の台湾訪問は完全に宗教的、教育的なものではあるが、
2001年の2度目の訪問の後、2002年北京政府との接触が再開されたことだ。
中国政府は私の台湾訪問について異常な関心を示した。
そして、訪問の延期とかが起こった。

ここ数年の間、多くの中国人、主に台湾、シンガポール、マレーシアその他の中国人に対し仏教講義を行って来た。
多くの台湾人から「あなたは我々の事をお忘れになったのか?」と目に涙を浮かべて訴えられた。
私は非常に悲しいと感じた。
私はいつも言う。
「私はあなた達のことを決して忘れていない」と。
「私は常にあなた達のことを思っている」と。
仏教徒として。

しかし、政治的には常にはっきりしている。
私もチベット人の面倒を見ないといけない。今、漸く中国政府と直接接触できるようになった。中国は私の台湾訪問に対し厳しい顔をする。
だから、私の台湾訪問は慎重に判断されねばならない。

昨日も彼らに「基本的には承諾するが、最終決定にはもっと時間が要る」と答えた。
それは昨日(3月9日)のことで今日(3月10日)に私はステートメントを発表した。
普通ならいつものように、我々は何らかの北京からの「お叱り」を期待するところだ。
ハハハハハ、、、、これが期待されている。
何れまた「反動主義者の、、、、ではなくて、、(リンポチェの方を向いて)何だったか?」

リンポチェ:「分離主義者です」

法王:そうだ、そう、それだ。
ついでにインド政府に対しても非難してくるかもしれない。
何れにせよ、それは計算済み(expected)だ。
一方で、チベット人からも厳しい言葉を返されるかもしれない。
それも有り得る。
ということは、我々のアプローチが本当に中道だということを示している。へへへ、、
こっち側の人も満足せず、あちらの人も満足しない。
どうしたらいいのか!?(What to do?)ヒヒヒ、、、。

でも、明日とか、数日とか数週間の間に来る非難は何でもない。
怖れや怒りの心からそんな反応も帰ってくることであろう。
それは何でもない。
しかし、数か月後に解るであろう。
もしも、チベットの内部で、何かしらの状況改善が起こるなら、我々の対話は意味あるものとなろう。
そうではなく、今のように中国の態度が硬化したままならば、その時は私の台湾訪問は難しいものとなろう。
一般的には本土の中国人が沢山台湾を訪問し、交流は深まっているので、訪問も簡単なはずだ。

以上は昨日も彼らに説明したことだが、今ここでもっと大勢の前で説明したまでだ。

では次の質問。

今度はヨーロッパ人にするかな?



続く


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2010年10月16日

(2009年)3月14日カンゼで抗議デモ/3月10日法王記者会見・その2

再掲/2009年03月15日分


3月14日、2008年大規模カンゼ・デモより一周期の日、カンゼで抗議デモ。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24174&article=Protest+in+Kardze+a+year+after+2008+unrest
VOT(Voice of Tibet)によれば、3月14日、三人の若者がカム、カンゼで抗議デモを行い直ちにその場で僕打、逮捕された。

ダワ・ツェリン25歳、ドゥンドゥップ24歳、ロプサン・ニャンダック25歳の三人は、殴り倒される前に、
「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットの政治犯を解放せよ!」「ダライ・ラマ法王がチベットにお帰りになることを許可せよ!」「チベット独立!」等のスローガンを叫び、チベット仏教の旗を掲げ、ダライ・ラマ法王の帰還とチベット問題の解決を訴えた。

三人はカンゼの人民病院前に新設された刑務所に連行されているという。

これとは別に3月11日、同じカンゼでカンゼ・ロパ出身の三人の何れも17歳の少女がカンゼ人民病院前で中国に対する抗議デモを行ったが、間もなく僕打の上逮捕され同上の刑務所に連行された。
三人の名はチュツォ、ツェテン・ラモ、ツェリン・ラモ。

12日にもカンゼで一人抗議デモが、チベット人により行われたというが、詳細不明。

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ラサ市内では、一軒一軒ホテル、ゲストハウスはもとより、一般の民家にも保安要員が現れ、しらみつぶしに外人を探し出しているとか。
外人だけでなく、ラサ以外から来たチベット人もすべてラサから追い出されているという。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=24166&article=Chinese+police+'search+houses+in+Lhasa+for+non-Tibetans'

読売の記者が最近カムで中国の警官にひどい目にあわされたという話はもう有名だが、

私はこうして“強制退去”させられた チベット周辺取材 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n2.htm


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9a87a7e0.jpg以下、昨日の続きではなく冒頭の部分からお知らせします。

ダラムサラ3月10日、ダライ・ラマ法王記者会見(その2)。


法王:質問を聞きたい。

(時計を見ながら)12時半か、、、皆さんはもう昼食は済まされたのかな?
何、食べてない。空っぽ!お腹は空っぽか?ハハハハハ、、、、
ヒイヒイヒイ、、、(法王はこの時、座につかれる直前にお堂の本尊に対し(半五体投地で)三拝されたせいで、息を少し切らされていました)

実際私は、、、いや我々と言うべきだが、非常に喜んでいる。
これほど多くのメディアの人々がダラムサラまで来てくれた。
(チベット問題に)関心と懸念を持ってくださっていることに感謝する。

私の言いたいことはすでに書面で先ほどお伝えした。
コピーをみんな持っているだろうから、、、
もう他には何も言うことはない、、、ヘヘヘヘヘヘヘ、、、。

すぐに、質問を受けることから始めよう。

質問1、

H.N.と申します。

法王:日本人か?

質問者:ハイ、私は(どこどこの者で)現在法王のドキメンタリーを制作中であります。

(質問は長く、難解?で内容はほとんど掴めなかったのですが、何だか物質主義と精神主義(さとり?)の関係について質問されたようでした)

法王:さてさて、はたしてここにいらっしゃる他の人々も(今)同じような興味をもってここに来られたかどうか、判らないが、、、
私はそうは思わないが、、、、ハハハハハ、

(はっきり言って、みんな異例のスンチュドゥチェン(3月10日蜂起記念日)の法王記者会見ということで、緊張して臨み始まった質問第一番が、こんなまるでチベットの今の状況に直接関係ない質問だったので、ずっこけたのです。後からお前もあれの仲間か?とチベットメディア仲間にからかわれたりしました。しかしそこは法王、ちゃんとお答えされました)

でも、私はこの質問に興味がある。
ステートメントの中でも言及したことだが、私には三つの約束がある。
その第一番目は「人間の幸福と価値を促進すること」だ。
人の幸せは大いにその人の内的価値による。

中には億万長者であり、すべての設備が整い、何でも手に入れることができる人がいる。しかし、内的には非常に不幸せな人がいると知った。
つまり、物質だけでは100%人を幸せにすることはできないということだ。

一方、この地球上60億の人々は、仏教徒であろうと、私もだが、たとえ私より余程高い境地に達している人であろうとも、全員食わなければならない。
昼食は必要なのだ。
飯なしには生きることはできない。
だからお金も重要なのだ。
この身体を維持するためには物質が必要なのだ。
物質的発展も必要だ。

しかし、一方で物質の限界も知っておくべきだ、物は身体的安息を与えるのみで精神的休息を与えるものではない。
お金がすべての幸せをもたらすと考えている人は幻想を追っているだけだ。

かつて、日本では毎年経済が右肩上がりに発展していた時があったであろう。
そのころ私は物質的発展には限界があると説いていた。
ある時、その発展には、もうこれ以上伸びないという限界が現れるであろうと。
常に増加していくとの考えを持っている人々はある日突然もうこれ以上伸びないというスタグネーション状態に陥った時、非常に驚き、ショックする。
このことを日本でもう15年前にも言ったことがある。

何れにせよ、すべての人が物質的価値の限界を認識すべきだ。
物はよろしいもので必要なものだ、しかし心の平安を含めたすべての幸せを物質に求めることは間違っている。
我々はもっと内的価値に重きを置かなければならない。

愛情の価値、信頼の価値これらが非常に大事なのだ。
幸せな人、幸せな家庭、幸せな社会を実現するためにはこれらが必要だ。
仏教に四つの教えと言うのがある。
二つの喜びを得るための二つの方法、一つは短期的もう一つは長期的喜びと方法。
長期の幸福とは完全な解放のことだ。短期のそれとは「富」だ。
この長期の幸せを求めるための方法がダルマ(法)だ。
瞑想とかを含めた心を訓練することだ。
それにより、永遠の幸福を手に入れることができる。
我々仏教徒が悟りとか解放と呼ぶものだ。

短期的な安楽、快適さとは「金」のことだ。
我々には「金」が必要だ。
もちろん「金」を得る方法は、正当でなければならない、うそをついたり、人を利用、搾取したりして得てはならない。ヒヒヒヒヒ、、、、
ある大きな会社とかはもっと大きな利益を得ようと、嘘をつくことをためらわない。
そうではないかな?これらが今回の経済危機の原因でもある。

最近イタリアに行った時、友人のビジネスマンと話をした。
彼に尋ねた、「マーケットの力は人のコントロールを越えているというが、一方マーケットは人が作りだしたものだ。だから、人がコントロールできるべきだろう。人の作り出したものが人のコントロールを越えるということ、これは解らないことだ。一体どういうことなのか?」と。
彼は答えて「この今の経済の混乱は人の心と関係があるのだ。異常なほどの満足を知らない貪欲な心の下に、疑い、嘘をつく。これが今回の経済危機を引き起こした要因の一つだ」と。
つまり、経済的安定もまた、誠実、真実、透明性によっているのだ。これは明らかなことだ。
つまり(経済活動にも)道徳観が必要だということだ。

これまで、次。

ワシントンポストの者です。



続く



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2010年10月15日

3月10日法王記者会見(2009年) その一

749a7339.jpg再掲/2009年03月14日分


BBCが、昨日北京で行われた温家報宝首相の記者会見の様子を昨夜から何度か流している。
大きな会場は一杯でメディアの数は500を越えていると思われた。
彼の記者会見は年に一度だけとか。

コメントに「質問者は事前に選択されており、質問内容もその答えも大体決められている。質問できなかったものは一年待つしかない」と。

しかし、どうしたものか?意図的であろうが、チベットに関する質問があった。

もちろんそれに対し温家宝は「チベットは発展しており、全体的には安定している。政策が間違っていない証拠だ」と答えた。

ダライ・ラマとの対話については「厳しい状況下でダライ側の要求に応じて3回行った。実質的な成果を得るにはダライ側の誠意が鍵になる」といつもの逆論理。

―――――――――――――――――――

以下、3月10日、ダラムサラのツクラカン、カーラチャクラ堂で行われたダライ・ラマ法王の記者会見の一部をお知らせします。(続きは追って)

こちらのメディアの数は200人ほど。
去年の3月行われた法王の記者会見には100人ほどのメディアが集まっていた。
今年はその倍。
恐らくダラムサラにこれほどのメディアが集まったことは嘗てないことでしょう。
北京と違ってダラムサラでは質問は誰でも自由、内容もまるで自由。

中には「法王はご自身の死をコントロールできると聞きました。いつお亡くなりになるおつもりか?」という、突拍子もない質問まで出てくる始末。
もっとも、いつも法王はどんな下らない質問に対しても、それを逆に使って面白くて意味のある答えを返して下さるという、そこが面白いので、馬鹿な質問でも許されるのだ。

まずは日本の共同通信社の質問とそれに対する法王のお答えから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

共同:

中道路線についてです。法王はステートメントの中で、この路線の継続に対しより大きな確信を持っている、とおっしゃいました。しかし、中国側からは如何なる肯定的反応も返ってきていない。
では今、中国に対し何か新しい、秘密の方策とかでもお持ちなのか?


法王:

我々に国家機密というものは何もない。ハハハハハハ、、、
いつも透明だ。

ステートメントにも明記したことだが、我々は最悪の事態に対しても準備すべきだ。
だが、同時に希望を捨ててはいけない。
この希望には多くの理由がある。

まず第一に、チベット人の精神と決意は非常に強いことだ。

すでに(チベットが中国により侵略されてから)50〜60年の歳月が流れた。
世代は完全に変わった。
しかしこの若い世代の者たちは前の世代と同じチベット精神を持っている。
この精神の歴史は古い。これは明白な事実だ。

共産党は様々な方法、例えば洗脳、情報操作、金を与えること、昇進そして暴力、監獄の拷問等を使ってこの精神を破壊しようとしているが、この精神は決して無くならない。

例えば、私の良く知っている、チベット人で共産党に1930〜40年台に入党したものがいる。
彼らは共産党員だったが、そのチベット人としての精神には変わりがなかった。
そのせいで、1957年頃彼らは共産党により投獄された。
あるチベット人は、あまり宗教的精神は強くないが、そのチベット人としての国家意識は強いという者もいる。

これが第一のポイントだ。

第二番目には、中国人の中に益々チベットの現状に対する認識が広まってきているということだ。

中国は偉大な国家、最も人口の多い国家だ。
だから、中国人がこの地球上においてより積極的な役割を担うためには、中国は他の世界の人々からの尊敬と信頼を必要とする。
故に、この問題に対処するための政策はこの点から見て非常に大事なことだ。

中国内の知識人の多くが現政府のチベット政策を全面的に批判している。
私の知る限りこれに関し、去年の3月からすでに300を超える記事、文章が中国語で発表されている。中国本土でこれらは読まれているものだ。
すべてこれらは中国政府の政策を非難し、チベット人との連帯を表明するものだ。

これももうひとつの肯定的要因だ。

第三番目には、中国人の中に益々仏教徒が増えて来ているということだ。

私は常に中国を仏教的長兄として尊敬している。
我々チベット人はブッダの若い生徒だ。
私は中国人に対し仏教を説く時には、いつも最初に長兄に対する尊敬を示すことにしている。彼らは仏教に関してはシニアであり我々はジュニアであるからだ。

でも、時にはジョークとして、ジュニア生徒の方が知識力においてはシニアに勝ることがあるが、、、と言ったりする。へへへへへへへ、、、、。
ま、とにかく、益々多くの中国人がチベット仏教に対する真摯な興味を示しはじめた。
彼らはチベットの伝統から仏教を学ぼうとしている。
チベット仏教の修行法に従おうとしている。
これも一つの肯定的傾向だ。
実際、政府の高官やその家族の中にも仏教への強い関心を示している者がいる。
多くの者が家に仏像を置いていると聞く。

中国はこの60年間、中華人民共和国が成立して以来、一党独裁の下に置かれ続けてきた。
私はよくこれを、四つの時代に分けて考える。
毛沢東の時代、小平の時代、江沢民の時代、そして今、胡錦涛の時代だ。

よく観察するならば、変化は大きいことに気付くであろう。
毛沢東の時代にはイデオロギィーが第一であった。故に他の価値は犠牲にされた。
小平の時代になり、大事なものはイデオロギィーではなく「金」だということになった。
共産党が資本主義党になったということだ。
だから、外国の友達なども、「今はもう中国に共産主義はない、あるのは独裁資本主義だけだ」と言っている。ハハハハハ。
だから、小平の時代には大きな変化があった。

この新しい現実の中で、中国には今までいなかった中流階級が増え、億万長者もたくさん生まれた。
貧富の差、沿岸部と内陸部の格差が生じた。
かつては国の主人と呼ばれた労働者階級の人々は今、苦境にある。
共産党はすでに労働者階級の人々のための党ではない。

この状況を見て江沢民は「三つの異なる提示」という概念を作った。
「共産党は労働者階級のための党ではなく、すべての階級の人々のための党だ」といった。

今、この格差や様々な新しい問題に対処するために胡錦涛は「調和ある社会」の重要性を強調している。
これらの事は共産党独裁政権も、少しは新しい現実に即して政策を変えていく力があるということを証明している。

「調和」と言うことは本当に大事なことだ、世界のいかなるレベルにおいても大事なことだ。鍵だ。
「調和」「連帯」のためには「信頼」が欠かせない。「信頼」がないならば真の「友情」も「連帯」「調和」も起こり得ない。
「信頼」と「恐怖」は相反するものだ。胡錦涛は民衆の前でかっこよく「調和ある社会」の促進の話をするが、願わくば、そこに至る方策が論理的、科学的なものであることをだ。

まずは透明性が求められる。すべてをオープンにすべきだ。
秘密をなくすことだ。
メディアに対し完全に開かれていなければならない。
このようにすれば、信頼は次第に獲得されよう。

同時に軍隊と警察を縮小すべきだ。
この二つは「恐怖」を生みだすだめのものだから。
「恐怖」がそこに或る時、如何にして「信頼」が育ち得るのか?
親子の間においても、もしも父親が子供に対し暴力的であったり厳しすぎるときには、子供は反抗する。
これはまったく当たり前のことだ。
人間の自然な心理的反応だ。

もっと開けた、大きな心を示す時、親近感は生まれる。親近感は信頼に繋がる。信頼から連帯、統一が生まれ調和が実現される。
そうではないかな?
だから、胡錦涛が「調和ある社会」を作るために、いずれ「科学的方法」を取ることを望む。

もうひとつの側面、国際関係についてだが、中国はいつも我々がチベット問題を国際化していると言って非難する。
みなさんも御存じのように、よくよく現実を分析してみれば、このチベット問題を国際化しているのは中国自体だということが解るであろう。
私が行く先々で抗議を行う、国に対し、大学に対し、個人に対してまで圧力をかける。
このことがメディアの注目を引く。
この方法により中国はチベット問題を国際化するために大いに貢献してくれているのだ。
だから、この点で我々は中国政府に感謝しなければいけない、、ハハハ。

目の前にはこんなにたくさんメディアの人たちが集まっている。
これはチベット問題に対する関心の高さを示している。
多くの国の人々がアメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパそれに日本でも、チベットに対する真摯な連帯を表明している。
これは肯定的要素だ。我々の希望の基礎ともいえよう。

だが、一方で我々チベット人は決心している。
私たち(隣にいるリンポチェを見ながら)70歳を越えた世代はもういつでもこの世に「バイバイ」(手を振るしぐさ)する用意ができている。
天国とか浄土とかに行くなり、地獄に行く。
そんなことはどうでもいいが、とにかく自然に新しい世代は生まれる。
今日も聴衆の中に沢山の優秀な若い世代の者たちを見かけた。
彼らがチベット問題を担うであろう。

これらが、我々が楽天的でいられる理由なのだ。



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2010年10月03日

「チベットの少年オロ(仮題)」

cabb4f4b.jpg去年から制作に(相当深く)関わっているチベット物映画の紹介。

超ベテラン映画監督、岩佐寿弥氏の新作「チベットの少年オロ(仮題)」

まずはそのパンフレットの表と裏を見てほしい。

表:http://www.tibetnoshonen.com/flyer_frontside.html
裏:http://www.tibetnoshonen.com/flyer_backside.html

岩佐監督の話によれば、最初にこの映画の着想を得たのは、2008年我々が東京は東中野のポレポレ座でチベット支援のための長期イベント「チベットを知る夏」開催中、獄中31年のパルデン・ギャツォ氏を招いて話を聞いた時に遡るという。
この時私が彼の通訳をしていたのだが、私は彼の話を通訳する時、はっきりしない点をいちいち彼に質していた。
監督はこの私とパルデンさんのやり取りを見ながら「面白い」と思われたそうだ。
それが、なぜか「チベットの老人と子供の話を映画にしてみたい」という着想に行き着いたというのだ。

つまり、私が凄まじい体験をした老人に話を聞く子供!?に見えたらしいのだ。(確かに監督の年から言うと私はまだまだ子供というわけだ)

それから、監督は強力な推進役の南椌椌氏、撮影担当の津村氏、通訳コーディネーターのツェワン氏、助手の田嶋あきこさんを伴ってダラムサラに来られ、キャスティングを行われた。
主人公役の少年は私の推薦した何人かは採用されず、監督自らTCVに行き「オロ少年」を見つけだして来られた。

私は脇役になる、獄中20年の老人とラモ・ツォ、ノルブ少年などを紹介した。
撮影風景などはかつて当ブログでも一度報告したことがある。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51463611.html

撮影はもう一度今年冬に行われる予定。

で、大事なお願いがある。
この映画は自主制作であり、予算は有志よりのカンパに頼っている。
きっと、間違いなくいい映画ができると思うし、必ずやチベット問題への関心を引き出す力になる。
だから、皆さんもこの映画製作へのカンパをお願いするのです。

カンパは個人一口一万円ということになってるが、本当はそれ以下でもいいのですよ。
連絡は
メールで:tibetnoshonen@gmail.com
までお願いします。

















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2010年09月09日

ダラムサラに中国のスパイが!?

今日「ダラムサラに中国のスパイが」というニュースが日本語でも出ていた。

「ダライ・ラマの警備強化 印に中国情報員潜入か」

http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010090801001205.html

 【ニューデリー共同】PTI通信によると、インド北部ヒマチャルプラデシュ州の警察当局者は8日、チベット亡命政府のあるインド北部ダラムサラに中国軍の複数の情報機関員が潜入している可能性があるとして、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の安全確保のために警備対策などを強化したことを明らかにした。
 警察当局者によると、チベット亡命政府から情報が提供され、対策を取るよう要請されたという。
 警察はダライ・ラマに対し、訪問者との面会などの際にも注意をするよう忠告した。

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で、これを少し詳しく伝えた8日付phayul の記事があったので、以下これを要訳してお伝えする。

「チベット中央(亡命)政府は中国諜報員の侵入を警戒」

http://phayul.com/news/article.aspx?id=28101&article=Tibetan+government+fears+infiltration+by+Chinese+agents%3a+report

7日付PTI通信によると、ダラムサラに軍部により訓練された中国の諜報員が潜んでいる可能性があるとして、亡命政府側の保安部はインドの保安・情報部に対しダライ・ラマ法王の警備の強化を要請した。

レポートによれば、これはダラムサラだけでなくインド内のチベタンキャンプ全域を対象とし、「僧衣を着た中国のスパイ」が潜入している可能性があるという。

ダラムサラの地方警察はインド外務省に対し、ダライ・ラマ法王の住居周辺を守るため、「化学物質検知装置」を設置するための予算を要求した。

現在、法王の住居を守るために150人による、三重の防御網が引かれている。
(注:これは住居を囲む鉄条網の外側と中側を守るインド警備隊、及び直接身辺を守るチベット人の護身隊)

レポートによれば、この警備強化に至るには幾つかの伏線があったという。
まず、2か月前Chai Sha Hungという中国人女性がマクロード・ガンジ(ダラムサラのチベット人街)で正規の旅行証を持っていなかったとして逮捕された。
インド警察は彼女をスパイと疑ったが、証拠を上げることができないまま彼女は先月中国に送還された。

亡命政府防衛省の高官は「中国政府はオリンピックの前にチベット全土で起った抵抗運動の後、チベット人に対する警戒心を強めている」と語る。

2008年、抵抗運動が起こる以前にもLiu Xiaという中国人がダラムサラの地方警察により逮捕されている。
彼はかつて人民解放軍に所属しており、2008年以前、2度ダラムサラに来ていた。

インド情報局が驚いたのは、彼の携帯電話を調べると、彼がラサにいる軍高官と連絡を取り合っていたということだった。
彼は不法に陸路チベットからネパールに入りインドのデリーに至っていた。

亡命政府の警戒心の高まりに従い地方警察は新しく亡命してきたチベット人たちへの監視を強めている。

チベット保安部の高官は「すべてのキャンプの福祉事務所に対し中国人僧侶がスパイとして送り込まれている可能性について人々に知らせるよう指示を与えた」と語った。

警察当局はダライ・ラマ法王に対し、新しく亡命してきた人々との謁見の際には距離を保つようにとのアドバイスを与えたという。

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これを読んだだけでは、なぜ「スパイは僧侶の姿を取っている」と断定的に言っているのかは明らかではない。
ま、この辺は秘密の情報も多いと思われるので、どこかからそのような情報が入ったのであろう。

法王は何度も「我々には隠すものは何もない。中国のスパイは大歓迎だ。ちゃんとここにきて事実を調べてもしい」とおっしゃっている。
中国がダライ・ラマは病んでいるというデマを流した時には「ここにきておしっこも調べてほしい」などと言われたこともある。

であるが、今回このような警告が発せられたということは、何か「法王の身に危険が及ぶ」ような事態が想定される情報が入った可能性があると思われる。

だいたい今までの警備は、甘すぎると言われても仕方ないぐらいだったから、これで法王との距離ができてしまうかも知れないのは残念だが、少しは正常になると思うことにしよう。

何事もないことを祈る。









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2010年08月14日

ダライ・ラマ法王のモンラム(祈祷会)、「世界の被災地に向けて」

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlamドゥ(ク)チュ(舟曲)やレーの犠牲者の数は増えるばかり、、、

今日は朝8時より、ダラムサラのツクラカンでダライ・ラマ法王を導師とし、ギャワ・カルマパも参加され、モンラム(祈祷会)が行われた。

モンラムの対象は始め「ラダックとドゥクチュの土石流災害の犠牲者と被災者」であった。
しかし、法王は法会の最中、短く:

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam「パキスタンやロシア、南アメリカなど温暖化による異常気象のせいで世界中で災害が発生し、多くの人々が亡くなっている。これらすべての犠牲者と被災者のために祈ろう」

「我々の心からの祈りと同情は、どこで起こった災害の犠牲者に対しても同等のものでなければならない」

とおっしゃった。

法王はレーの鉄砲水災害についてはデリーからダラムサラに向かわれる途中のアムリツァールで「レーで起こったことは大変悲しいことだ。これは自然災害だ。
我々にできることは犠牲者のために祈り、残された家族の人たちを慰め、被災者が立ち直るために募金などを行うことだ」
と語られた。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27956&article=His+Holiness+saddened+by+cloudburst+tragedy+in+Ladakh

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam法王庁のホームページに今日のモンラムに関する声明も発表されている。
http://www.dalailama.com/news/post/570-his-holiness-the-dalai-lama-prays-for-the-loss-of-lives-in-the-floods

この中で法王は「専門家によれば、これらの前例を見ない洪水やロシアの大火災は、未曾有な地球温暖化その他の環境破壊に起因する、より深い病の症状の現れであるという。
従って、みんなが共有する壊れやすい環境を守る方法を考えるために、国際社会の協調的努力が必要とされる」

とコメントされている。

実際、世界中で相次ぐ今年の水害、熱害のニュースを聞いていると、誰しも、「いよいよ終りが始まりそうだな、、、」との嫌な予感を感じることであろう。

もちろんすべてを温暖化のせいにする訳ではない、中国などの場合には人災の側面も大いにあると思う。

だが、根本要因は温暖化と言えよう。科学者たちは温暖化による洪水と干ばつの多発を兼ねてより指摘し続けている。
温暖化ー>ジェット気流の異常蛇行ー>洪水、熱火災、異常寒波と言うわけだ。

14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam今、ちょうど四川テレビで四川省の水害について報じられている。
洪水地帯はさらに広がり、四川省のチベット側は至る所で相当の水害被害を被っているようだ。犠牲者も益々増加している。
先の四川大地震で被害に遭った地域を中心に大雨が降っているようだ。

チベットに向かう幹線道路も至る所で寸断されている。

この長江(揚子江)上流の大水はこれから三峡ダムに向かう。
大丈夫かな?と心配になる。

中国のテレビでは災害(というより救助活動)の報道もされているが、恒例の募金大会の様子も盛んに映されるようになった。
「中国政府は災害に充てる予算が不足している」なんて言ってるようだが、どういう意味なのか私にはよくわからない。

中国でも追悼活動が始まったというニュース:
「北京共同」http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010081401000315.html


14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam以下、今日のダライ・ラマ法王、その他の写真。





















14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam後記:前回のコメントでもお知らせしたが、

ラダックの洪水に関する募金:

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所も募金活動を始められている。
http://bit.ly/bwK0QN

こちらもよろしく。












14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlamウーセルさんのブログにドゥクチュ(舟曲)のチベット人たちの民族衣装などの写真が沢山掲載されている。

http://woeser.middle-way.net/2010/08/blog-post_13.html





14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam












14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam













14.8.2010 Dharamsala Thuklhakan Monlam

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2010年08月01日

ダラムサラの野鳥・その15

彼岸花 (Lycoris radiata)日本の皆さま、猛暑お見舞い申し上げます。
今年の日本はものすごい暑さのようですな。
この時期、デリーと東京の気温をよく比べるが、今年は東京の方が高い日が多いようだ。
ダラムサラの涼しさを分けてさし上げたい位。
今年のモンスーンは例年より激しく、ダラムサラもほぼ毎日雨、お陰で気温は昼夜20度前後。寒いぐらい。
中国、パキスタン、インドではこの強いモンスーンにより沢山の人々が洪水で亡くなっている。
結局、地球温暖化の影響でこんな猛暑も洪水もひどくなるばかりであろう。
最後はみんなチベットに避難するするしかないかな、、?

さて、立秋も近づいた証拠か? 家の二階のベランダに今年初の彼岸花が咲いた。
この彼岸花、実はもとの球根は法王パレスから頂いたもの。
今頃、パレスの中には沢山の彼岸花が咲いていることであろう。

彼岸花は曼珠沙華とも呼ばれるが、これはサンスクリット語 manjusaka の音写だそうな。もっともmanjusaka の意味は不詳だが、法華経に出てくるそうだ。
彼岸花は美しいが、何だか怪しい雰囲気も持っている。
それもそのはずで有毒植物だ。

ある解説に:
「誤食した場合は吐き気や下痢、ひどい場合には中枢神経の麻痺を起こして死にいたる。水田の畦(あぜ)や墓地に多く見られるが、これは前者の場合ネズミ、モグラ、虫など田を荒らす動物がその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ように、後者の場合は虫除け及び土葬後、死体が動物によって掘り荒されるのを防ぐため、人手によって植えられたためである」という。

「美しいものには毒がある」の見本のような花だが、食べようなんて思わず、見て楽しむだけなら何の問題もない。

Kalij Peasant(Lophura leucomelanos) Male70cm  & babyKalij Peasant(Lophura leucomelanos) Male70cm & baby
このキジはもう何度か紹介したのだが、可愛い子供を見たのは初めてだ。
このところ朝方 同じ場所を散歩している。
子供は5,6羽か?
いつも群れになって移動している。
群れ(家族)の中にオスを二羽、メスを三羽確認している。

雨が強く降る時など、鳥たちはどこでどうしているのだろうか?と思う。
この時期はもう一般に子育ても終り、巣もないはずだ。
大型の鳥たち、山鳩やカラス、カケスなどは雨に打たれながらも枝の上でじっとしている者もいるが、雨の中、小鳥の姿を見ることはない。

その代わり、雨が上がりそうなときになると、突然どこから現れたのか、沢山の小鳥たちが飛び交う。
日が照りそうな時には盛んに羽づくろいをしている。
鳥たちは本当に丁寧に羽根の手入れをしていることがわかる。

Kalij Peasant(Lophura leucomelanos) BabyKalij Peasant(Lophura leucomelanos) Baby

この子がオスなのかメスなのかは分からない。

ここでお知らせ。
私も数日前からとうとうTwitterを始めたのだ。
チベット関係やその他、ただのつぶやきなどを暇な時載せるつもりだ。
だから、これからはツイッター@tonbaniの方もよろしくね!




Kalij Peasant(Lophura leucomelanos) Female 50cmKalij Peasant(Lophura leucomelanos) Female 50cm

キジ科の特徴は目の周りの赤い部分だ。これも繁殖期には大きくなりそうでないときは小さくなるとか。
オスのそれは大きな横ハート形だが(今の時期はもう小さくなってる)、メスのそれは最初から小さくて大きな目のようにも見える。

日本のキジのメスの目の周りは赤くないようだ。










Large Yellow-naped Woodpecker (Picus flavinucha)33cmLarge Yellow-naped Woodpecker (Picus flavinucha)33cm

霧の中、初めて見たキツツキ。

小雨の中でも熱心に木の幹を叩いている。
黄色い冠羽(立て髪)が特徴だが、顔全体のデザインがアフリカ風だ。













Gray-headed Canary Flycatcher(Culicicapa ceylonensis) 9cmGray-headed Canary Flycatcher(Culicicapa ceylonensis) 9cm

小さな可愛い鳥。
最近、雨が止むと、一人で現れ、空気中に飛んでるらしい小さな羽虫の類を忙しく追いかけている。
















Dark-sided Flycacher( Muscicapa sibirica) 10cmDark-sided Flycacher( Muscicapa sibirica) 10cm
この子もとても小さなヒタキ科の鳥。
色は地味だが顔は飛びきり可愛いと思う。

稀にしか現れない。

この子も何時も一人でいる。
小さい鳥は一般に、忙しなく動き回るものだが、この子はじっとしていることが多い。


日本のクロツグミのメスに似る。23cm名称不詳。
ツグミのメスには違いないが、特定できない。
日本のクロツグミのメスにも似ている。

最近一度だけ見かけた。
















Hoopoe (Upura epops) 30cmHoopoe (Upura epops) 30cm
すでに紹介済みだが、日本に稀に来るらしい、日本名「ヤツガシラ」

雨でびっしょりになった羽根を、丁寧に羽づくろいしていた。











鳥、いろいろ一見ただ木を撮った写真のように見えるであろうが、この中には少なくとも五羽の鳥が写っている。
二羽のキジバトが飛んでいてMagpie Robin のオス・メスとBulbul(パンク鳥)がいる。
拡大すると確認できる。

最近余ったチャパティやご飯を鳥用にばらまき始めたら、日増しに沢山の鳥たちが集まる様になった。
この鳥たちもそんな鳥たちだ。

Asian Paradise Flycatcher(Terpsiphone Paradisi)Asian Paradise Flycatcher(Terpsiphone Paradisi
これも紹介済みの天国鳥。
一カ月間ほど、ほぼ毎日朝早く見かけていたが、もうどこかに移動してしまったらしく全く見かけなくなった。

一年後まで再び出遭うことはないであろう。














蓮の花 津村氏撮影おまけに
「蓮の花」

この写真は、岩佐監督が現在撮影している「チベットの少年」のカメラマン津村さんが送ってくださったもの。

津村さんはもちろんムービーカメラが専門だが、スチールで蓮の花を撮るのが趣味という。











最後にもう一つおまけ。
カムはザチュカの草原で遊牧民の一夏を追ったドキュメンタリー。
近代化の波、政府の定住化政策に彼らは脅かされている。
『暗黒時代に入ったのだ』と。
http://www.summerpasturefilm.com/



このトレーラーの最後に若者が泣きながら?語っている部分:

「みんな来生のことなど気にしない。
今生のことしか考えない。

遊牧民は家畜によって支えられているのに、
彼らは家畜を金のために売る。

そして、金は灰と化す。
灰は風に吹かれて消えてしまう」



これを見ていて、私は嘗てチベットで遊牧民のテントに泊った時の事を思いだした。

憧れのチベットテント人生もこれでできなくなってしまうのか?


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