チベット

2011年02月24日

チベットの「冬期厳打キャンペーン」/携帯に「抵抗歌」20人以上拘束



中国当局から「抵抗歌」とされるシェルテンの歌「和合の調べ/The Sound of Unity /མཐུན་སྒྲིལ་རང་སྒྲ་」(英語サブタイトル付き)

後記:この歌の日本語訳が最後にあり!

同じ歌を4人の人気歌手が歌ったバージョン:
http://www.youtube.com/user/MONJYULEMON?feature=mhum

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2月23日付けRFAチベット語版より。
http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/lhasa-02232011215142.html

今、ラサでは携帯電話の中に反中的チベットソングをダウンロードしていないかがチェックされている。

チベットでは「冬期厳打キャンペーン」と名付けられた運動が始められて後、弾圧が強まっている。特にラサにおいては携帯電話の中にチベットの歌がダウンロードされていないかが検査され、1月中だけでも20人以上の若者が拘束されたり、罰金を課せられたりしている。

この「冬期厳打キャンペーン」に関する資料をRFAはラサから入手した。それによれば、このキャンペーンは中国の春節、チベットのロサ(正月)及び「チベット平和解放60周年」が平和的環境の下に滞りなく行われる事を目的として行われると記されている。

拘束されたり罰金を課せられた20人以上の若者は当局が中国政府に対する「抵抗歌」と認定する歌を携帯にダウンロードしていたからだという。「抵抗歌」とされる歌の中には「和合の調べ/མཐུན་སྒྲིལ་རང་སྒྲ་」、「私のラマ:太陽、月、星を思いだす/ངའི་བླ་མ་ ཉི་ཟླ་སྐར་གསུམ་དྲན་བྱུང་(歌シェルテン)」等が含まれるという。

もっともこれらの歌が禁止されるのはこれが初めてではない。しかし、またチベット以外の中国本土ではこれらの歌は禁止されていない。当局によればこれらの「抵抗歌」を携帯にダウンロードしてはならないというのは保安法47条によるものだという。

ラサ在住のチベット人の話によれば、「当局が禁止している歌の意味はチベット人はみんな仲良くすべきだと言っているだけで、政府を批判するような意味はどこにもない。それなのに当局は禁止しているのだ」という。

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もう一つの当局指定の「抵抗歌」
「私のラマ:太陽、月、星を思いだす(と思われる)/ངའི་བླ་མ་ ཉི་ཟླ་སྐར་གསུམ་དྲན་བྱུང་(歌シェルテン)」

後記:歌詞の日本語訳が下にあり!

チベット人にとっては太陽=ダライ・ラマ法王、月=パンチェン・ラマ、星=カルマパである。歌ではこの3人の師がチベットから消え、人々は無明に覆われてしまったことを嘆き。苦しみを見守って下さいと祈る。

なお、これらの歌を歌う人気歌手シェルテンが逮捕されたという話はまだ聞かない。


RFAの電話討論の場において、この問題について長い討論が行われている。チベット語が理解できる人は以下も聞いてみてほしい。
http://www.rfa.org/tibetan/tamlenggiletsen/tamlengzhalpar/china-van-tibetan-songs-and-arrested-many-tibetans-02232011161101.html

この討論にはチャンゲンヨンという中国の弁護士も加わっている。
彼によれば、「それぞれの民族を讃えるという歌は漢民族の中にも他の少数民族の中にも沢山ある。これらが禁止されるということはまことにおかしなことであり、憲法でも、各自治州の法律でも、それぞれの民族が固有の文化を守るために歌を歌うことが禁止されているなどということは決してない」と言明している。

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「UNITY」 一つになろう
☆、。・:*:
歌詞: Taglha Gye 音楽: Dubey 歌手: Sherten 翻訳:Sherten日本語翻訳チーム


(若者たち
アムド、カム、ウーツァンの人たちはみんな家族です!運命を一緒に歩みます!

(子供たち
蓮の花のように調和して、皆で一緒に花開きます!

(学生たち
手と手をつないで、さあ調和して前進です!

(各地域の人たち
私たちの国籍の未来を心配するなら、3つの地域が一つとなることが必要です。

(青年たち
アムド、カム、ウーツァンの人たちはみんな家族です!運命を一緒に歩みます!

(子供たち
雪の国チベット人たちは一つになります!

(役者たち
アムド、カム、ウーツァンの人たちはみんな家族です!運命を一緒に歩みます!
手と手をつないで、さあ調和して前進で〜す!

前奏

(シェルテンから
私たちの国籍の幸福と未来を心配するなら、
アムド、カム、ウーツァンの人たちはすべてひとつです!

☆、。・:*:

お〜い!チベット人たち! 一つになろう 一つになろう
あなたの父の顔にうかんだ悲しみを思うなら

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
あなたの母が心の中で流した涙を思うなら

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
雪の国チベット人は一つになろう

私たちは父母を同じくするきょうだい、民族の跡継ぎ 赤い顔のチベット人だ!

☆、。・:*:

お〜い!チベット人たち! 一つになろう 一つになろう
苦楽の混じった年月を思うなら

お〜い!チベット人たち! 一つになろう 一つになろう
チベットの上域、中域、下域の人たちも一つになろう

お〜い!チベット人たち! 一つになろう 一つになろう
雪山の前途を思うなら

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
老いも若きも一つになろう

私たちは上域地方の牧場主、下域谷の畑の主 赤い顔のチベット人だ!

☆、。・:*:

お〜い!チベット人たち! 一つになろう 一つになろう
涙あり笑いありの運命を思うなら

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
三地域の人たちも一つになろう

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
自由な生活の平和と幸せを思うなら

お〜い!チベット人たち!一つになろう 一つになろう
若者、娘たちも一つになろう

私たちは新時代の使者、雪山の未来の主 赤い顔のチベット人だ!

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☆、。・:*:「太陽よ!月よ!星よ!」☆、。・:*:
ニンダカルスムཉི་ཟླ་་སྐར་གསུམ། 歌:sherten


金色に輝く太陽は、別の地の上に昇った
ほら貝のように白い月は、黒雲に覆われた
心の闇を明るくする大きな星が、聖地の山上に現れたが
ほら貝のように白い月は、黒雲に覆われた

太陽よ!月よ!星よ!

有雪国チベットを無明の闇が覆ってしまった
身の無明のせいで、あれこれ正しくないことを行い
口の無明のせいで、でたらめな追従を言い
意の無明のせいで、自分がどの民族かも忘れている

これより悲しい運命がどこにあろう

太陽よ!月よ!星よ!

これより悲しい運命がどこにあろう

中空に太陽と月が昇ったとき
心の闇を明るくする、太陽と月と星を想う
悲しい心でこの歌を口ずさんだ
守護者よ! 慈悲をもって有雪国の苦痛を見てください

太陽よ!月よ!星よ!

守護者! 慈悲をもって有雪国の苦痛を見てください

太陽よ!月よ!星よ!



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2011年02月23日

ダライ・ラマ法王ムンバイで、エジプトとチェニジアの平和的抗議活動を称賛される

ムンバイの法王2月19日付けphayul.com http://p.tl/q4k2

(写真は2枚ともOHHDL/Tenzin Chojor撮影)

ダライ・ラマ法王は中国が変わる事により、チベット問題が解決されることを期待すると述べられた。法王は先週金曜日ムンバイ大学にて学生と職員を前に「古来の智慧と近代的思考」という題で講演を行なわれた。「中国では一党独裁による全体主義体制が続いている。しかし、この30年間を眺めれば、変化した面も多い。今も、変化の兆しが認められる。世界は変化している」と76歳になるチベット人のリーダーは語られた。

最近TIMES紙により「人類史上もっとも有名な政治的アイコン:25人」の中に選ばれた1989年度ノーベル平和賞受賞者は「近代的大学は、学生に全体的視点を持つよう教育すべきだ」とし、さらに「暴力は如何なる問題に対しても建設的手段とはなり得ない。常にアヒンサ(非暴力)の原則を堅持すべきだ」と勧告された。

「暴力は予測不可能な結果を生み、また非現実的手段だ。アメリカの前大統領ジョージ・ブッシュは・・・彼は非常にいい人で私は好きなのだが、彼のイラクとアフガニスタンに対する戦争政策は良くなかった。民主化を進めるのは常に良いことだが、その手段が良くなかった」と法王。

ムンバイの法王この後、同じ日タージマハール・ホテルで法王は神経外科医が集う会議にも参加された。

法王は「最近のエジプトとチェニジアにおける民衆蜂起は、インド建国の父であるマハトマ・ガンジーのイギリスに対する非暴力闘争の伝統に従うものだ」と語られた。

さらに「ガンジーにより掲げられたこの信条はアメリカの市民権運動を率いたマーチン・ルーサー・キングとアパルトヘイトに反対した南アフリカのネルソン・マンディラに影響を与えた」と述べられた。

さらに「嘗て、フィリピンからチリまで平和的市民運動が多くの変化をもたらせた。今、同じようなことがエジプトやチェニジアで起こった。デモを行う人々が一度も発砲することなしに達成された。このように、世の中は変化している。彼らは非暴力主義に従っている」

「非暴力主義を弱さの印と見なしてはならない。それはむしろ強さの印なのだ」とチベットのリーダーは語られ。「20世紀は血に塗られた世紀だった。原子爆弾を含む、常軌を逸した暴力が行使された。この結果、確かに某かの平和がもたらされたかもしれない。しかし、21世紀は対話の世紀でなければならない。さらに、もっと平和な社会を生み出すために」と結ばれた。


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2011年02月18日

チベット人歌手ヤンチェン・ラモ、グラミー賞獲得

ヤンチェン・ラモチベット人の中にはヤンチェン・ラモという名の人は沢山いる。また、ヤンチェン・ラモという名前の意味は「メロディーを持つ女神」であり、またインドの音楽の神様「サラスヴァティー女神」のチベット名でもある。だからこの名前を持つ女性が歌手になるというのは、名前に誘発され?よくあることなのだ。実際この名前を持つチベット人歌手は多い。どのヤンチェン・ラモなのかということを調べていくと、最後にはとても香ばしい話に行き着いたのであった。

まずは、内輪(ツイッター上)で進んだ、この話のプロセスを紹介する。

今年のグラミー賞選考会はロサンゼルスで2月13日に行われた。
14日のVOTは「チベット人歌手ヤンチェン・ラモがritual song部門で受賞」と伝えた。これを聞いて私は早速ツイッター上にこのニュースを知らせた。多くのチベットファンがこれを喜ぶ反応を示してくれた。

で、私はヤンチェン・ラモをググったとき見つけた以下のサイトを張りhttp://www.fooooo.com/watch.php?id=WsxRwYdrR5A

この映像の下の方に書いてある「Yungchen Lhamo, Grammy Winner, is interviewed…」を見て、てっきり受賞したのは嘗てダラムサラにいて今はアメリカに移住し活躍している、ヤンチェン・ラモさんが受賞したのだと思った。彼女は坂本龍一氏に曲を書いてもらったり、「セブンイヤーズインチベット」のサントラにも加わり、数々のフリーチベットコンサートにも呼ばれている。

このニュースに色めきだったかねてからのチベットの歌ファンの中には早速チベット本土で人気の高い、美人歌手のヤンチェン・ラモの映像をツイに流した人もおられた。以下そのヤンチェンさんの歌をいくつか紹介する。
http://www.youtube.com/watch?v=8pEFeouscKI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Ux6jfJWYBcA

で、その後、ある人が「調べたけど、今年の受賞者リストに載ってない。トンバニさんのガサネタでは?」という恐ろしいツイも出現した!
これは、一大事と私の方で、ネットで探るも、はっきりせず、phyul、RFA、VOTに聞くも、実は彼らもよく分かっていないということが判明。大方はきっと自分たちの知ってるダラムサラにいたヤンチェンであろうという意見。

後で、よく調べると最初この人と思ったヤンチェンさんのインタビューが行われたのは2008年7月30日ということが判明。グラミー賞を受賞したとしても彼女は今年じゃないだろうということになった。

そうこうするうち、最初に疑問を呈した、中国語に強い@uralungtaさん(以下:うら)と@osadayukiyasuさんが本物の受賞者らしきヤンチェン・ラモさんを発見!
http://news.xinmin.cn/rollnews/2011/02/15/9308583.html
http://news.163.com/11/0215/11/6SU8OEF900014JB6.html

彼女のブログには前国連事務総長コフィ・アナン氏と一緒の写真が沢山掲載されている。ちょっと、有名人趣味あり。

歌は
http://www.youtube.com/watch?v=pjf2aGI7GoE&feature=player_embedded#at=25
等。アムド出身らしく髪を三つ編みにし、チベット人の香りは一杯。

うらの調査によると、彼女台湾人政治家の息子と結婚し、日本の和太鼓グループとも度々共演、
http://www.youtube.com/watch?v=IumYGbqiDAw
今度のグラミー賞も実は日本の(無名に等しい)琴奏者松山夕貴子との共演だった。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20110216/1034519/?SS=expand-life&FD=-1690707999
日本語記事:
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/02/14/kiji/K20110214000244340.html

と、ここまでなら「やっぱりチベット人が受賞してたんだね、良かったね」で終わるところなのだが、ここから先に少々香ばしい話が待っていた。

彼女が今回受賞した歌は「Journey to the Mountain」というアルバム中の仏教のお経を歌にした「Words of wish fulfullment満願文」という曲。これはMihoレーベルから発売されている。
http://www.amazon.com/gp/product/images/B0043SQIAQ/ref=dp_image_z_0?ie=UTF8&n=5174&s=music

このMihoレーベルというレコード会社は、かの新興宗教団体神慈秀明会傘下の会社。この世界救世教秀明教会というのはご存知の方も多いかもしれないが、世界救世教から1970年に独立した神道系の新興宗教団体である。
http://www.geocities.co.jp/technopolis/9575/gaiyou.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/神慈秀明会

上の資料を読んでも分るが、かなりヤバイ団体である。フランス議会からはカルト指定されている。ちなみに「フランス議会がカルト指定している、日本の宗教団体には神慈秀明会の他、統一協会、エホバの証人、幸福の科学、創価学会、霊友会、崇教真光等の名称が上げられている」という。

信者からの上がりは相当な額に昇るらしく、有名建築家に設計させた大きな美術館などを持っている。台湾はじめ、世界各国に布教しているらしい。

この会の傘下には、ヤンチェンさんがしばしば共演している、「秀明太鼓」という日本太鼓のグループがあるが、このグループも実は2008年にグラミー賞を受賞しているのだ。
http://lilyflora.exblog.jp/8028859/
この年にもノミネートされていた、喜太郎を退けての受賞!
何か在りそうと調べていくと、夕刊フジに以下のような記事が出ているということをうらが教えてくれた。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110215/ent11021522110013-n1.htm

グラミー賞もスポンサーが激減しているというので、強力な金の入るスポンサーを募集しているようなのだ。こうなると、無名に等しい太鼓のブループや今回の琴奏者+ヤンチェンさんが受賞したことも納得がいくような気がしてくる。「オトナの事情」というやつか?

このヤンチェン・ラモさんはアメリカに移住し、去年2月には「中国海外チベット族協会」を設立して会長(主席)に収まっているという。

イメージとしては政治家や新興宗教、中国政府の力まで借りて(利用して)どんどんのし上がってきたアムドのやり手女性歌手と言ったところか?
ま、いろんなチベット人がいるわけだ。

それでも、VOTなどでは「内地で活躍し、仏教的歌を歌うチベット人女性歌手がグラミー賞を受賞した」と素直に喜んでいる風に報道されている。

最後にヤンチェン・ラモ「私の故郷」
http://www.youtube.com/watch?v=Aipqgvsx940&feature=related

追記:@10Qwakaさんより/ヤンチェンさんの所属レーベルは台湾の宗教音楽大手WIND MUSIC(風潮音樂)http://t.co/S9A9G6d
ここはカルマパのCDもhttp://t.co/9C87u3Wレーベル発の動画http://t.co/rBqUXp7

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追記:ぐち/
最近youtubeを貼付けることができなくなっている、というか、youtubeを貼るとURLをクリックして飛ぶことができなくなる。両立しない。
また、URLをクリックしても別画面が現れず、見てる画面が変わってしまう。もっともこれはひょっとしてプラウザにもよるかもしれないが。
今、Livedoorさんに問い合わせ中。ご迷惑かけてすみません!
近く、改善されるはず。


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2011年02月15日

ダライ・ラマ法王の甥ジグメ・ノルブ氏、チベット問題を訴え行進中、車にはねられ死亡

ジグメ・ノルブ(45)C/R APとても悲しいニュースが入った。
ダライ・ラマ法王の甥であられるジグメ・ノルブའཇིགས་མེད་ནོར་བུ་氏がフロリダでチベット問題を訴える行進中に車にはねられ、亡くなられてしまった。ノルブ氏は45歳、三人のお子さんがおられる。氏は法王のお兄さん故タクツェル・リンポチェの三男である。

ノルブ氏は父親である独立派の長老タクツェル・リンポチェがチベットの窮状を訴えために度々徒歩行進を行われていたことにならい、これまでにアメリカを中心に徒歩や自転車で行進を行われて来た。今までに19回の行進を行われ、その総距離は何と7800マイル(約12500キロメートル)に達するという。

今回はフロリダの東海岸をSt. Augustineから南に下がり、West Palm Beachまでの300マイルを歩く計画であった。この計画路線は以下で確認できる。http://p.tl/Ju9e 14日に出発し26日には目的地に到着する計画であった。計算すると、実に一日に40km平均で歩く計画であることが分る。

ノルブ氏は他の2人とともに昨日St. Augustineを出発し、A1Aハイウェー脇の歩道を歩き、その日の目的地であるHammockにあるレストランまで後3分という所まで来ていた。一緒に歩いていた2人は先にレストランに到着し、ノルブ氏の到着を待っていた。レストランのオーナーであるCollins女史は車でノルブ氏に近づきココナツミルクを元気付けに飲ませたという。

ジグメ・ノルブノルブ氏に会った最後の人となったCollins女史は「彼は微笑み、静かだった。彼は『君は何で私がこんなことをしているか知っているだろう。これがチベットの国旗だ。これが理由だ』と言った」と彼の最後の言葉を伝えた。彼女はレストランに帰り彼のためのディナーテーブルを用意し、その上に左の写真にあるノートを添えた。「チベットグループ様。自宅のようにくつろいで下さい。あなた方をお迎えし光栄です」。

ジグメ・ノルブ氏をはねた車彼女が去った後、間もなくして彼は車にはねられた。左の写真がその車だが、人をはねたとは思えないほどにひどく壊れている。即死であったと思われる。

ノルブ氏は普段インディアナのブルーミントンで「スノーライオン」というレストランを経営されていたが、お父さんであるタクツェル・リンポチェが亡くなられた後は特に盛んに徒歩行進を行われていた。去年の秋にはインディアナポリスからトロントまで557マイルを歩き、冬12月には台湾に渡り250マイル歩かれている。

ダラムサラでは明朝、ジグメ・ノルブ氏の追悼式がツクラカンで行われる。
彼は法王の甥の中でも特に活動家として目立った存在であられた。
ご冥福を深くお祈りする。

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亡くなられる一日前、フロリダに到着した時の写真がhttp://www.ambassadorsforworldpeace.org/ に載せられている。

今回のウォーキングのためのホームページはhttp://us1.campaign-archive1.com/?u=47cc84ab3dbf9e2674ac80d54&id=a4f1b0f3af

その他、これまでのウォーキングのビデオを以下で見る事ができる。
http://www.ambassadorsforworldpeace.org/videos/

http://www.youtube.com/watch?v=Rgxz_Ykd3T4&feature=player_embedded#at=20

関連記事は:
日本語http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021501000526.html

英語http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29110&article=Dalai+Lama’s+nephew+killed+by+a+car+while+walking+for+Tibet

http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/8324872/Dalai-Lamas-nephew-killed-on-US-highway.html

写真のC/Rは1枚目AP,2枚目と3枚目FlaglerLive




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今週土曜日「チベットの歴史と文化学習会」/野田雅也 氏のイベント

今週末に友人たちが行う強力お勧めイベントのお知らせを再び。

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以下、貞兼さんからのメールより:

 「チベットの歴史と文化学習会」のご案内です。今月19日(土)午後1時から、場所はいつもの文京区民センター(モダンな文京シビックセンターのはす向かい、古典的な集会ビル)です。

今回で11回を数えます。連続した講義ではなく、毎回テーマを変えて異なる分野から専門の先生方の熱いお話を伺ってきました。他ではめったに受けられない「チベット」のお話の数々。今回は前回の「モンゴル」に続き‘周縁からのチベット’をテーマに、「インド」からチベットを照射していただく予定です。立川武蔵先生の密教のお話とフォトジャーナリストの野田雅也さんの映像を交えたアジアの水のお話。野田さんの現地からの告発的レポートに私も大いに期待しています。内外チベット人にとっての‘3.10ラサの民衆蜂起の日’の日が近づいています。[最新情報]担当の長田幸康さんの報告は聞き逃せません。

 今年最初の学習会、どうぞお誘い合わせの上ご参加ください。入り口でお待ちしています。

第11回「チベットの歴史と文化学習会」
〜周縁からのチベット(2)〜
■日時:2011年2月19日(土)13:00〜16:10(開場12:40)
■場所:文京区民センター 3-A会議室

    交通 営団丸ノ内線・南北線 後楽園駅徒歩3分
    都営三田線・大江戸線春日駅徒歩1分
    JR総武線水道橋駅 徒歩13分
    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754
■参加費:¥1000

■参加のお申込み
 当日参加も可能ですが、事前にお申込みいただいた方を優先させていただきます。
申込みページ(↓)からお申込み下さい。
 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku11/
※定員になり次第締め切らせていただきます。

■プログラム(予定)

●周縁からのチベット・序言
貞兼綾子 (さだかね・あやこ/チベットの歴史と文化学習会)

●特別講義「密教とマンダラ」
講師:立川武蔵(たちかわ・むさし) [愛知学院大学文学部国際文化学科教授/インド学・仏教学]
http://www.flet.agu.ac.jp/international/teacher06.html
4、5世紀ころからインド仏教は、バラモンたちの儀礼や世界観を受けいれながら自らを変えていった。マンダラもその一環である。講義ではインド仏教の歴史とその中でのマンダラの位置を考えます。

●現地レポート「チベットをめぐるアジア『水』の危機」
報告:野田雅也 (のだ・まさや)[フォトジャーナリスト]
http://www.eye-witness.jp/profile_noda.html
アジアの大河の源流は、“世界の屋根”とよばれるチベット・ヒマラヤ圏に集中している。今、その上流域に次々と巨大ダムが建設されている。自然の恵みである「水」は、分かちあう共有財産なのか、それとも利用する資源なのか。そこにはらむアジア全域を巻き込む新たな争い、「水」戦争。ヒマラヤ最前線から報告します。

●チベット最新情報と質疑応答
長田幸康(おさだ・ゆきやす)[ライター、I love Tibet!HP 主宰]

*発言者・プログラムは都合により変更となる場合もあります。

●主催:チベットの歴史と文化学習会
●お問い合わせ:e-mail: trb.gakusyuukai@gmail.com
       
 
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以下、もう一つ、学習会にも出演する、野田くんより:2、3月中のイベントの紹介及び、今日発売となる「fotgazetフォトガゼット」創刊号のお知らせ。

2月27日(日)
トーク「もう死なせない 〜世界の子どもの権利〜」

豊田直巳写真展「東北インド児童労働の現場より」
2月25日〜3月2日 ※トークショーは同会場にて開催

http://hrn.or.jp/activity/event/post-88/index.php

出演
桃井和馬(写真家)
野田雅也(フォトジャーナリスト)
久保田明人(特活)HRN 子どもの権利プロジェクト 弁護士

トーク/ 14:00〜15:00、交流会/ 15:00〜17:00

主催:ヒューマンライツナウ(HRN)

●参加費¥1000- (1ドリンク付き)
予約→HRN事務局:info@hrn.or.jp 又は 03-3835-2110

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3月9日(水)
トークショー「宗教を越えて、宗教と共に 〜世界3大宗教からカルトまで〜」


http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi?year=2011&month=3

宗教は怖い? 海外ニュースでは国際紛争やテロの話題が飛び交い、国内では「カルト宗教」の事件ばかりがメディアをにぎわせる国・日本。寛容な宗教のあり 様を求めて、国内外の宗教を取材するジャーナリスト・写真家がタブーを排除しトークバトル。取材現場でのこぼれ話・写真多数公開!。

【出演】
桃井和馬(写真家・ジャーナリスト)
村田信一(戦場カメラマンをやめた写真家/交渉中)
野田雅也(フォトジャーナリスト チベット仏教)
藤倉善郎「やや日刊カルト新聞」主筆

開場18:30/開演19:30
前売¥1300円/当日¥1500(共に飲食代別)
※お問い合わせ・ご予約は以下のネット予約、
http://bit.ly/gijaZS
または店頭電話にて受付中。
NakedLoft:03-3205-1556(17:00〜24:00)

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「fotgazetフォトガゼット」創刊号
2月15日(火) ダウンロード開始!

いよいよオンラインPDFマガジン「fotgazet」創刊号が2月15日(火)からダウンロード販売を開始します。
創刊準備号は86Pでしたが、創刊号は9本の特集で135Pとさらに充実した内容です。

年4回発行、4冊分 2,400円

購読はこちらから
ホームページは2月15日に完全リニューアルします!
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※fotgazet運営基金にご寄付いただいた方々、
誠にありがとうございました。改めて、ご連絡させていただきますが、
この場をお借りして、感謝申し上げます。

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fotgazet vo.1 創刊号のコンテンツ

1 私たちはどんな未来を創るだろう(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)

地球はすべてを与えた。森はすべてを恵んだ。土は種を育んだ。しかし人間は…。文明の衝突、または核の脅威を自ら生み出し、環境を破壊し、生命そのものの存続を危機にさらしている。私たちは、人間の記憶をどのような言葉で、何を未来へと語り継ぐのか。写真と言葉で紡ぐ「fotgazet」創刊号のフォトストーリー。

2「エチオピア 岩窟の祈り」(佐藤文則)

エチオピア北部のティグレ州に点在する岩窟教会。断崖の岩肌に建つ修道院や洞穴状の教会など、エチオピア正教徒にとっての聖地だ。しかし1991年まで、反政府勢力の拠点だったため、外国人が訪れるのは、容易ではなかった。人々は、どうしてこのような辺鄙な地を、今日まで信仰の場としてきたのだろうか。

3、「ガザの子どもたち」(古居みずえ)

私が初めてパレスチナに行ったのは1988年だった。私が通った20数年間の中で、もっともひどい出来事が2008年末から2009年にかけて3週間にわたるイスラエル軍によるガザ侵攻だった。爆撃で家族を失い一人ぼっちになったエルクレム(15)、不発弾で負傷したアヤド(9)など、生き残った6人の子どもたちの悲しみを伝える。

4、「インド 地の底の子どもたち」(豊田直巳)

インド東北部メガラヤ州のジャインティア高原には、5千とも1万とも言われる炭坑がある。「去年、坑道が崩れて、友人が生き埋めになったよ」 、炭塵にまみれ、まだ幼さの残る少年が言った。彼らは「ねずみ穴」と呼ばれる坑道に入り、1日に7〜8時間も地の底で働き続ける。危険と隣合わせで働く少年たちの姿をリポートする。

5、「おかしなマネー 政治とカネ」(林克明)

民主党元代表の小沢一郎氏の話ではない。2007年7月の参院選をめぐるヒゲ隊長こと佐藤正久・参院議員の選挙とカネである。自衛隊のイラク派遣の隊長を務め一躍名をはせた佐藤氏は、鳴り物入りで自衛隊から国会へ送り込まれた。その佐藤正久参院議員の“選挙演説”に、血税から謝礼金が支払われている。その背後には何がうごめいているのか。

6、「人間の住んでいる島」(阿波根昌鴻)

沖縄戦の激戦地になった伊江島。この島で、阿波根昌鴻さんは非暴力で米軍と闘った農民のリーダーだった。阿波根さんは高額な二眼レフカメラを購入し、米軍の無法行為や闘いを記録し続けた。写真集「人間の住んでいる島」から、ジャーナリズムの原点とも言える作品群を紹介する。写真の持つ記録性という力が、見るものを突き動かす。

7、「沖縄 高江ヘリパッド」(森住卓)

 沖縄本島の国頭村と東村にまたがるヤンバルの森に、米軍北部訓練場がある。東村高江区をぐるりと取り囲むように、6カ所のヘリパットが建設されようとしている。「豊かな自然の中で子育てをして、平和に暮らしたい」と願う住民たちは基地ゲート前で座り込み、建設に反対してきた。翻弄されてきた高江の人々の、切なるメッセージ。

8、「戦争の記憶」(山本宗補)

お隣の普通に見えるお年寄りも、忘れられない「戦争の記憶」を脳裏に刻んでいる。しかしその記憶も、刻々と消え去ろうとしている。日本各地の戦争体験者を尋ね、丹念に聞き集めた証言と肖像写真で、戦争があった事実さえも知らない若い世代にも伝えたい。ひとりひとりの肖像に畏敬の念を覚えると同時に、その脳裏に深く刻み込まれ た「戦争の記憶」を語り継がねばならない。

9、「いのちつなぐ」(國森康弘)

島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、知夫里島。人口700人弱の島には病院も特養もない。この島に存在した介護・看取りの家「なごみの里」を舞台に、逝く人が満足し、残る人も救われる看取りのかたちを伝える。死は、代々受け継いできた命のエネルギーを、次の世代に受け渡していく、命のリレーなのだ。

10、infomation




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2011年02月14日

シガツェ:鉱山開発に反対した15人のチベット人が連れ去られる

鉱山開発に反対したナムリン村11日付けチベット亡命政府ウェブ
http://www.tibet.net/en/index.php?id=2129.&articletype=flash&rmenuid=morenews&s&tab=1
及び、14日付けphayul.comより
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29103&article=15+Tibetans+put+behind+bars+over+anti-mining+protests+in+Shigatse

チベット自治区シガツェ地区シェトンモン県タモ郷の住民はリンカ僧院の近くで始まった政府系鉱山会社による開発に反対し、2010年11月22日より抗議活動を行っていた。

12月18日までは村人たちの巧妙な開発阻止活動により、工事は進んでいなかった。シェトンモンの地方政府は武装警官を送り込み村人たちの活動を阻止しようとしたが、数に勝る村人に警官隊は押し返された。

しかし後、シガツェから多数の公安と武装警官が呼ばれ、衝突となり多くの村人が撲打、逮捕された。

鉱山開発に反対したナムリン村リンカ僧院の僧侶、ケンポ・ケルサン(49・僧院長か?)、ジャミヤン・ツェリン(38)、ツェワン・ドルジェ(37)、リクジン・ペマ(35)、ジャミヤン・リクサン(34)の5人が逮捕され、12人の村人も逮捕されたが、内2人はすでに解放された。残りの15人は現在もシガツェとシェトンモンの拘置所に拘束されている。

住民の意思に反するこのような強制的鉱山開発がシガツェで行われるのはこれが初めてではなく、2010年6月5日にもナムリン県ソクチェン村において付近の鉱山開発に強く反対する住民と武装警官隊が衝突した。この時も多くの村人が撲打され、約30人が逮捕された。この時逮捕された30人の行方は今も分っていないという。

鉱山開発に反対したナムリン村写真は全て、2010年6月5日ナムリン県で起こった衝突の時のもの。
シェトンモン県タモ郷の位置は以下で確認できる。
http://p.tl/Wanq シガツェの北西約150km。





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2011年02月13日

ポン湖の野鳥 その3

数日前に3度目のポン湖遠征に出かけた。
遠征といっても、まっすぐ走ればダラムサラから2時間で着く近場ではある。ただ、冬にバイクで走ると思ったより寒くて、寒さと肩こりでちょっと辛かった。
(写真はクリックすると大きくなる/追記あり)


ダラムサラの下の平原写真左:ダラムサラから下の平原に下りると、もうそこには春が来たかのように菜の花畑が広がっていた。
バックにはダウラダール山脈と呼ばれる、5千メートル弱の山々が白い屏風のように立ち上がっている。この山脈はヒマラヤ山脈の南の支線。ダラムサラのすぐ裏にあるが、平原に下りて眺めると、全く違った形に見える。
右から2番目の峰がダラムサラの裏に高く尖って見える、ムーンピーク4810m。私が山頂で寝た山。

ポン湖2度行ってるはずなのに、なぜか道に迷い遠回りをしてしまった。写真左はポン湖の南東端付近で幅が狭まっているところ。
この湖は実はダムによって作られた人造湖。1975年に作られた。長さ42km,最大幅2km、面積240平方kmというかなり巨大な湖。
琵琶湖の1/3以上の大きさだ。
周りの湿地帯には400種類以上の野鳥がいると言われ、野鳥の宝庫となっている。

ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm2度行ってるのに、どうしても湖畔にでるまでの道がなかなか見つからず、何度も行き止まりの道に迷い来んだ。

一度湖畔に出ると、そこには広々とした冬場だけの湿地帯ができている。道もない広い平原を走るのは気持ちがよいものだ。

今回は雁や鴨、鵜の大群に出会ったが、種類的には新しいやつはあまり撮れなかった。
以前2回ここに来たときの写真を見ていない人のために、以下、過去ブログを参考にお知らせする。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51279353.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51432296.html

ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm今回のポン湖遠征の目的はチベットからはるばるやって来た渡り鳥を観察、撮影することだった。

あいにく新種は多くなかった。
でも、まあ、この可愛い「バー頭雁」Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm にまた会えたのは嬉しいことだった。

この湖にはこの雁が1万羽はいると言われている。一説には世界中のこの種の半数がここにいるという。
11月から4月までここにいて、その後はヒマラヤを越え、チベット、アムドの青海湖辺りにしばらく滞在し、その後シベリアまでも飛んでいくという。青海湖やシベリアで卵を産み、子育てするそうだ。

ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cmこの鳥は世界でもっとも高所を飛ぶ鳥と言われている。ウィキペによれば10175mの上空を飛行するのが確認されたとある。
他の雁に比べ、体重比で広い翼を持つこと、血中のヘモグロビン濃度が高いことがこの高所飛行を可能にしていると。(チベット人の様)
ジェット気流に乗ることで1日で1600kmも飛ぶことができると。

そうであるならば、チベットまでほんの数日で到達することになる!
パスポートも面倒なビザも入域許可もいらない!
仲間と楽しくヒマラヤの上をひとっ飛びというわけだ。
チベット人も生まれ変わりたいという憧れの鳥?

ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm


















ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cmまだいるかどうかは不明だが、日本の多摩動物園に3羽いることになっている。













ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm



























ポン湖の野鳥:Barheaded Goose (Anser indicus) 75cm


















Ruddy Shelduck (Tadorna ferruginea) 66cmRuddy Shelduck (Tadorna ferruginea) 66cm
もう一種のチベットから飛んで来たと思われる鳥がこの雁カモ。
この鳥は仏教では聖なる鳥とされている、と同じくウィキペにある。
スラブの神話においても聖なる鳥であるそうだ。

サンスクリット語ではchakravaka (चक्रवाक, IAST: cakrav���ka) or chakra (चक्र), と呼ばれ、またकामिन्, कोक, or द्वंद्वचर/द्वंद्वचारिन् ("living in couples").と呼ばれるとある。チャクラバカは笑える名前だが、インドの文学ではこのチャクラバカ鳥は仲の良いカップルの象徴として詩などに歌われるという。
仲の良い夫婦などを「チャクラバカ夫婦」と言うそうだ。
日本の「おしどり夫婦」のインド版と思えばいい。

Ruddy Shelduck (Tadorna ferruginea) 66cmこの鳥は群れを作らず、大概二羽の番いで暮らしているらしい。
確かに、私の見たのも二羽一緒だった。

チャクラバカ・カップルは夜ごと対岸に離ればなれになり、相手を呼びながら、日の出を待ち焦がれる。そして昼間にまた合流するのだと。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ruddy_Shelduck

追記:渡辺一枝さんからのこの鳥に関する情報。
「日本にも冬稀に飛来し、日本名は『アカツクシガモ』。
チベット人は、この鳥は魚は食べず水草だけを食べて生きていると言います。だから『鳥のお坊さんです』などとも。でもそういう彼らも『この鳥はいつも夫婦で居ます』と言ってます。」とのこと。


カモの群れ















鴨の群れ。色んな種類の鴨が湖の一角を黒い砂洲と見紛うほどに群がっていた。


ウの群れ










真っ黒い鵜の群れ。


カモとウ鴨と鵜



























飛び立つ カモとウの群れ










飛び立つ鴨と鵜の群れ。


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2011年02月12日

カルマパのスパイ嫌疑晴れる/シェルテンの歌「天界の白い鳥(=法王)」

カルマパ・ケンノーダラムサラのあるヒマチャル・プラデッシュ州の主席秘書官であるRajwant Sandhuは金曜日、the Press Trust of India (PTI)に対し「カルマパの僧院で発見された現金はすべて布施であると認める。カルマパは土地売買についても、金銭の出入りについても一切関わりがないことも認める」と発言。

さらに「カルマパは宗教的グルであり、世界中に信者を持っている。我々は彼らの活動に敬意を示し、宗教的事柄には一切関与しない。政府は彼に立ち去れなどという意向は全く持っていない」と語った。

このニュースはAP伝としてワシントン・ポストにも掲載されている。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/11/AR2011021102048.html
その他参照は
phayul:http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29099&article=HP+govt.+gives+clean+chit+to+Karmapa%3a+report
カルマパ事務所:http://www.kagyuoffice.org/#Feb11Statement

ま、当たり前のような話だが、インド政府が公式にカルマパ・スパイ説を否定したのはよろしいことだ。

で、何で、これで「スパイ説」が晴れたことになるの?なんて理解できない人にはですね、、、今回スパイ説が起こった始まりはギュトゥ僧院から中国元が出て来たことに始まって、これを警察とインドメディアが「中国政府からのスパイ活動資金」ではないかとバカな疑いをもったことから始まるのですから、これがただの「布施」と分った時点で、「スパイ説」も(一応)終わる訳。

土地に関する嫌疑も近いうちに晴れる事でしょう。
日本でも「カルマパが数百カ所もの土地を他人名義で購入している」なんてデマが飛び交ってるが、スパイ嫌疑と共に、今までのデマ報道を謝罪して欲しい位だ。ま、インドメディアを引用しただけだと、言訳するであろうが。

州知事も先に「チベット人は76カ所も他人名義で土地を購入している。今調査中だ」と脅しのようなことを言ったが、これはこの州全体の話だ。これは確かにあり得る。他に土地を買う方法がないのだし。で、この発言からしても、カルマパ1人が数百カ所買ってるというのが嘘と分る。
カルマパ側は土地購入についても、基金として正式に申請してあると主張している。

外国為替法違反に関しては、きっと罰金ということになるかもしれない。
もっとも、これも以前から申請しているわけで、インド側の怠慢、或は根拠のない猜疑心からこれまで許可が下りていないだけだ。
何れ、政府が認めるように、全てカルマパ本人とは関係ないわけだ。

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歌った歌が原因で囚われていたタシ・ドゥンドゥップが解放されたというニュースは最近の嬉しいニュースだった。
昨夜はエジプト革命?成功と、カルマパのスパイ嫌疑晴れるという嬉しいニュースが重なった。

タハリール広場で歓喜に湧くエジプトの群衆を見ていると、つい、ああ、いつか中国も、、、チベットも、、、と思わずにはいられなかった。

と、今度はアルジェリアで始まったとか。アルジェリアには若い頃通訳の仕事で1年半ほどいたので思い出深い国。どんどん連鎖反応が続いてほしい。東の方まで。

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以下、シェルテンの歌を1つ訳したので歌と共に紹介。
歌詞は明らかにダライ・ラマ法王を歌ったものだし、以下のYoutube版には法王がそのまま出ている。さすがに、これは外国で編集されたバージョンと思う。内地で発表されたバージョンには法王は出ていない。

もちろん、彼もすでに中国当局から、分裂主義歌手としてマークされている。それでも、今も次々と暗に法王を讃える歌やチベット人としてのアイデンティティーを高めるための歌を歌い続けている。顔は草なぎ度が高いが、非常に勇敢な歌手である。

シェルテン<天界の白い鳥>
http://www.youtube.com/watch?v=7PqpK2rbajs

怒りの目 向けられしも
微笑み 向けかえす
地球の福利の根本
あなたは平和の舵手

害する心 向けられしも
利益の心 向けかえす
この地球の全ての民族に
平和の道を示す偉大な人

平和の白い天の鳥 X3

利益の心 むけしも
お返しに災い もたらされ
怒り無く愛と慈しみを守る
あなたは平和の大海

両手を合わせ
六道の有情を頭上に頂き
地球の全てを従える
平和の偉大な伝道師

平和の白い天の鳥 X3

この世の国々
武器と軍隊により
人々 従わせる
このどこが驚くべき

武器や軍隊なしに
釈迦の弟子一人して
この世を支配する
これぞ驚くべし

平和の白い天の鳥 X3

祖国観音の浄土(普陀洛伽)を
悪願の怒鬼に踏みにじられしも
彼らにさらなる愛と慈しみを示す
平和の白い天の鳥

平和の白い天の鳥
千万年の長寿を願う
過たぬ三宝の真理により
祈願が叶えられますように

平和の白い天の鳥 X3


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追記:同じ歌でチベット内地で編集されたMV版は以下:
http://www.youtube.com/watch?v=H-Gff0GDS_w&playnext=1&list=PLF166061713F97602

他、チベット3地域の団結を歌った歌で、当局に問題視されている曲:<団結の歌>
http://www.youtube.com/watch?v=ZKDUn77U0b4&feature=related

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2011年02月11日

ウーセル・ブログより「ラサ市民は最も幸福」とCCTVは言う

ウーセルブログより、ラサ以下、2月5日付けウーセルさんのブログ

翻訳:雲南太郎さん
原文:http://woeser.middle-way.net/2011/02/cctv.html

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写真は2010年のラサ――銃口の下の「幸福」。(ラサ人写す)

 最初はある外国メディアの電話取材だった。ラサ市が「市民幸福感最強都市」に選ばれた、どう思うかと私に聞いてきた。新年早々、これほど皮肉に満ちた贈り物を突然受け取り、多くのラサ人がどんな反応を見せるか想像してみた。銃の下で日夜暮らし、ゴンパにお参りに行くにも狙撃手に狙いをつけられ、幸福を感じるとでも言うのか?私はあざ笑ってそう問い返した。

 数日後、このでたらめと言っていいニュースが表に出た。「中央電視台財経チャンネル『CCTV経済生活大調査』の市民幸福感調査の結果が発表され、ラサ市は光栄にも『2010市民幸福感最強都市』の1位を獲得した」

 ラサが「最も幸福」にされたのは初めてではない。ネットで少し検索すると、これは中国最大のメディア公衆調査であり、もう5年続いているとの報道があった。ラサも既に4回、彼らによって「最も幸福」にされていた。毎回、100以上の都市の1位だ。1回だけ1位にならなかったが、それでも3位だ。

ウーセルブログより、ラサ では、その1回は2008年ではないのか?(*1) 誰もが知るように、08年3月に起きた全チベットの抗議はラサから始まった。もしラサに「幸福感」があるなら、どうして抗議するのだろう?仮に08年にラサ市民が「幸福感」最強ではないと感じたとしても、続く09年、10年にはラサ市民の「幸福感」は再び最強になったことになる。これはいささか不思議だ。

 漢人には歴史の教訓を忘れることを批判する「傷跡が消えれば痛みを忘れる」という言葉がある。まさかラサ市民は08年の血の恐怖から、これほど早く幸福感を持って抜け出せたとでもいうのか?それに、08年に「幸福感」最強ではないと感じたとしても、その前の2年間、「幸福感」はずっと最強だったことになる。中国のあれほど多くの都市住民より幸せだというのなら、ラサ市民はなぜ街頭に飛び出したのだろう?
 
 私は昨年、ラサに3カ月滞在した。見聞きしたラサは明らかに軍事でコントロールされた都市だった。ある日、チベット人が住む東のエリアで、たくさんの赤い旗をつけた宣伝車がゆっくり通り過ぎ、大型スピーカーから御用歌手ツェテン・ドルマの歌声が流れてきた。「チベット族人民よ
どんなにどんなに苦しくても終わりは来る 共産党が来て苦みは甘みに変わった 共産党が来て苦味は甘みに変わった……」

 続いて十数台の車がゆっくり走ってきた。先導するのは警察車両だ。後ろはXZ(XiZang=西蔵)の文字と001~005の通し番号が書かれた5台の装甲車で、4人の狙撃手が機関銃を前方と道の両側に向けていた。顔を隠し、銃を持った軍人で満席になった中型バス5台が続き、最後は通し番号006、007の装甲車だ。

 知識分子で退職幹部でもあるチベット人は私に話した。「この2年、ラサは銃を持った軍人でいっぱいだ。ジョカン周辺の建物の屋上には狙撃手が昼も夜も立っている。彼らが狙うのは抗議者か?明らかに一つの民族を狙ったものだ。民心はもう取り戻せない。チベット人と漢人は二度と団結できないだろう」

 また、私はチベット人の自殺を聞いている。一人はラサ林周県病院の若い医師だ。08年3月の抗議により、相当数の僧侶や市民が捕まり、彼は衝撃と心理的な圧迫を受け、10年のチベット暦新年にラサのホテルで縊死した。もう一人はラサ下密院の僧侶で三十数歳だった。ゴンパで毎日受けさせられる「愛国主義思想教育」に苦しみ、山ごもりを要求したが、工作チームに許可されなかった。10年8月のある日、ラサ河に飛び込み水死した。

 この2件の事例だけでは、ラサ市民が「幸福」ではないと説明するのに十分ではないかもしれない。3・14後の5日目のことを覚えている。ラサの街頭に立った香港フェニックス・テレビの記者は正常な暮らしが戻ったと宣伝したが、彼女が取材した何人かのいわゆる「ラサ市民」はすべて漢人だった。まるでラサは既に和諧の実現した漢人都市のようだった。

 彼女は明らかに選んでいる。ラサで暮らすチベット人はまったく彼女の眼中になく、取材された漢人は逆にラサの本来の住民と見なされた。だから、CCTVが調査した「幸福感最強」の「ラサ市民」は、まったくチベット人ではない可能性が高い。

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*1:実際には2007年
http://jingji.cntv.cn/special/2010ddc/20110112/109316_1.shtml
2008年でさえラサは「中国で一番幸福な町」だったことになる。

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2011年02月10日

チベット語の抵抗歌を歌い獄に繋がれていた、人気歌手タシ・ドゥンドゥップが解放された

c64c56d9.jpg今日はちょっと嬉しいニュース。

関連記事はすでに沢山出ている例えば;
RFA英語: http://www.rfa.org/english/news/tibet/released-02082011153914.html
RFAチベット語:http://www.rfa.org/tibetan/otherprograms/newsanalysis/amdo-singer-tashi-dhondup-released-02082011112012.html
HPPE: http://www.highpeakspureearth.com/2011/02/tibetan-singer-tashi-dhondup-released.html
I Love Tibet: http://ihearttibet.org/
Phayul: http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29082&article=Rebel+Tibetan+singer+jailed+for+%22subversive+songs%22+released

以下、主にphayul記事の訳。

中国当局は今週火曜日獄中にあった人気チベット歌手を解放した。
彼はチベットの独立、亡命の身にあるチベットの指導者ダライ・ラマへの憧憬、中国政府による2008年のチベット弾圧等に関する歌を歌ったとして刑務所に入れられていた。
関連過去ブログ:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51303934.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51497557.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51384333.html

RFAによれば、タシ・ドゥンドゥップ(བཀྲ་ཤིས་དོན་གྲུབ་)は西�最の刑務所を早朝に出て、「同じ日の夕方7時には故郷のユルガンに無事到着した」。RFAはタシの親戚の者の話として「途中ツェコ(རྩེ་ཁོག་ 興海)を通過するとき、彼は土地の人々からカタや喜びの声で歓迎された」と伝えている。

同じく匿名希望の親戚は「彼が故郷のマロ(རྨ་ལྷོ་ཁུལ་སོག་པོ་རྫོང་ 河南モンゴル族自治州)に到着した時には彼の家族、ファン、友人たちが暖かく迎え入れた」と話す。

さらに「地域の警察は地元のチベット人やモンゴル人が彼を歓迎することを邪魔しなかった」と。(彼はモンゴル人)

タシは去年5月に「国歌転覆を計る歌」をアルバムに納めたとして1年7ヶ月の刑を受けた。

2009年11月に彼のアルバム「痕跡なき拷問」が当局により禁止されたあと、逮捕状が出され、彼は逃亡生活に入っていた。が、結局2009年12月3日西�最のレストランで突然銃を突きつけられ逮捕された。一緒に食事をしていた妻はその時、泣きながら、一人の警官の足にしがみついたという。

タシは2008年9月にも一度逮捕されている。その時は「1958~2008」というアルバムを発表した後であったが、その内容が「反革命的」とされたことによる。ICTによれば、この時彼はひどい拷問を受けたとされる。

故郷のアムドでは彼は人気スターであり、このアルバムは一ヶ月の間に5000部を売り上げたという。

彼の逮捕は2008年から始まった、チベットの芸術家、作家、知識人を狙った言論弾圧の一環である。

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2010年5月にはチベットの地方当局はタシの歌を含む「27の禁止曲」というものを発表し、これらの歌CDを保持していたり、携帯に入れていたことが分ると逮捕の対象となる可能性があるとされた。

この話については@fallindaysさんがブログで報告されている。
http://www.mobileplace.org/dias/blog/crackdown-on-tibetan-ringtones


彼のアルバム「1958~2008」の一部は以下で聞く事ができる。
http://vimeo.com/10314586

以下、歌詞の一部訳は長田さんの「チベット式」ブログより
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2009/12/post-6da8.html

西暦1958年、黒い敵がチベットにやって来た。
ラマが獄中に囚われた、あの年が、私たちは心底怖い。

西暦2008年、チベット人はゆえなく殴られた。

この世の民が虐殺された、あの年が、私たちは心底怖い。


「རྨ་ཁ་མེད་པའི་གཅར་རྡུང་ 痕跡なき拷問」英語タイトル「Torture Without Trace」は以下のyoutubeで聴く事ができる。
http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=k69MzfZC3Tg

追記:この歌詞を訳して見た。

まず第一にお父さん(ダライ・ラマ法王)が遠くから帰って来ないということ
二つ目に民族が調和共存していないという苦しみ
三つ目にチベットが侵略され自由がないということ
この三つはすべて痕跡なき拷問

先祖の富が外来者により持ち去られたという悔恨が一つ
地下資源が自分たちのものでないという苦しみが二つ
我らの民族を絶やすための不妊手術が三つ
この三つはすべて痕跡なき拷問

父母の慈愛を拒否された苦しみが一つ
同胞の内なる声を聞く事ができない哀しみが二つ
我々の山河が汚される嘆きが三つ
この三つはすべて痕跡なき拷問

我々の山河が汚される嘆きが三つ
この三つはすべて痕跡なき拷問



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2011年02月09日

アムド、マチュで16歳の少年に1年半、38歳の男性に11年の刑期

昨日のVOT: http://www.vot.org/
RFA: http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/amdolaytsen/amdo-stringer/china-sentenced-two-tibetan-from-amdo-machu-02082011144754.html
及び今日付けのphayul.comによれば:

甘粛省甘南チベット族自治州マチュ県中級人民法院は2人のチベット人に懲役刑を言い渡した。この情報は現地と連絡を取ったドルカ・キャップがVOTに伝えたもの。(RFAには現地から別の人が伝えている)

2010年11月14日、16歳の少年トゥプテン・ダルゲは友人の15歳の少年ドペルと共に、マチュ市内で「チベット独立!ダライ・ラマ法王に長寿を!」と声を上げた。2人は直ちに駆けつけた警官に逮捕された。

ドルカによればドペルは懲役刑にはならなかったが、解放されたとき、拷問を受けたらしく、衰弱しきっていたという。刑期を受けなかったのは、年齢のせいではなく、拷問で弱ったからではないかと彼は話す。
ドペルは家族に引き取られたが、家族はその時まで、全く何も知らされていなかった。逮捕の後一度も連絡を受けていなかった。

刑期を受けた16歳のトゥプテン・ダルゲ少年についても、法律で決められた未少年に対する法的手続きは何も取られず、ドルカによれば「トゥプテンの家族は法律で決められた、逮捕状等一切の書類を見せられた事もなく、拘留中も面会を許されず、裁判にも呼ばれなかった」という。

また、同じマチュの裁判所では2010年11月26日、ゴシュル・ロプサン(38)に11年の刑が言い渡された。彼は2008年に反中国活動を行ったとされ、2010年9月10日に逮捕されていた。彼の家族は貧しく、妻と9歳になる男の子がいるという。



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2011年02月08日

ウーセルさんのブログより「ツルブ・ゴンパのギャワ・カルマパ その2」

昨日の続き。

今日も貴重な写真が沢山。

翻訳:雲南太郎さん
原文:http://woeser.middle-way.net/2011/02/blog-post_03.html

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これらの写真は1998年と1999年に私が撮影したものだ。

当時、ギャワ・カルマパは13歳、14歳……。

ギャワ・カルマパに五体投地!

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ウーセル カルマパ その2以下の写真は1998年6月に撮影した。ツルブ・ゴンパの元老デチェン・リンポチェが円寂したため、ギャワ・カルマパは自ら四十九日の法要と荼毘の大典を執り行った。








ウーセル カルマパ その2














ウーセル カルマパ その2












ウーセル カルマパ その2













ウーセル カルマパ その2


























ウーセル カルマパ その2これは1998年にツルブ・ゴンパで行われた夏のチャム。
ギャワ・カルマパはめったに見せない笑顔を浮かべている。









ウーセル カルマパ その21999年のある日、多くの信者とともにギャワ・カルマパに謁見し、摩頂の加持を受けた。
2枚目の写真に写っている大きな目の子ども。
3枚目の黒い肌のお年寄りは私のお気に入りだ。












ウーセル カルマパ その2












ウーセル カルマパ その2


















ウーセル カルマパ その2

























ウーセル カルマパ その2























ウーセル カルマパ その2ツルブ・ゴンパの寝室にいるギャワ・カルマパ。










ウーセル カルマパ その2ギャワ・カルマパに合掌しているのはタクルン・ゴンパのタクルン・ツェトゥク・リンポチェ。数年前にラサで円寂された。




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2011年02月07日

ウーセルさんブログ「ツルブ・ゴンパのギャワ・カルマパ その1」

ウーセルさんはカルマパがインドに亡命する以前の98年と99年にツルブ僧院を訪ねカルマパに会っておられる。

その時撮影した貴重な写真を2回に別け、1枚1枚ブログに載せながら、カルマパやツルブ僧院について解説されている。

今日はその1。

翻訳はいつもの雲南太郎さん。

原文:http://woeser.middle-way.net/2011/02/blog-post_02.html

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◎ツルブ・ゴンパのギャワ・カルマパ(1)

これらの写真は1999年に私が撮影したもの。

当時、ギャワ・カルマパは14歳……。

ギャワ・カルマパに五体投地!

カルマパ その1カルマ・カギュ派を伝承する最高の指導者として、またチベット仏教最高の精神的指導者の一人として、伝統の儀式に則って厳格に捜索され、ダライ・ラマに認められたカルマパ16世ランジュン・リクペー・ドルジェの転生、17世大宝法王カルマパ、ウゲン・ティンレー・ドルジェは、崇高な地位によるだけでなく、日々発している精神的な魅力、素晴らしい容貌によって、謁見するすべての人を引き寄せている。人々は皆、この転生少年は仏の気質を備えていると言う。


カルマパ その1彼はいつもきちんと静かに型に嵌ったように座る。にもかかわらず、静かな悟りの中で成長する身体のように、人を驚かせる速さで大きくなり、日に日に在り様は荘厳となり、態度は俗なるものを超越し、清浄の相が現れている。表情は時にいたずらっぽく、その童心が人を感動させる。















カルマパ その1多くの古い典籍が説くように、カルマパは偉大な能力を持ち、仏法を全世界に広め、数え切れない衆生に利益を与える法王だ。彼と大慈大悲の観世音菩薩は完全に同じだ。グル・リンポチェの化現、テルトンが見つけた埋蔵経典はこう予言している。「観世音菩薩の善行を実践し、畏敬に足るヨガ者、聖者カルマパの名を持つ者は、大地を越えていくだろう。彼は慈悲によって人を良い方向へ導き、有情を調伏し、彼らを加護する」












カルマパ その1カルマパは戒律を実践し、修行に精進し、ふさわしい仏教の造詣と密法の成就を既に備えている。厳密な形式で仏教の深い道理を詩にするのがうまく、高僧と信者の間にとても広く伝わっている。







カルマパ その1カルマパはツルブ・ゴンパにいたころ、漢語と英語を学んだ。彼は毛筆で次のような漢語の七言詩を書いたことがある。







詩:
楚布風景特別美,(ツルブの風景は特に美しい)
山青水秀映雪輝 ,(山は青く、水は美しく、雪は映え)
高僧坐満修行洞,(修行の洞窟は高僧で埋まり)
世外桃源名不虚。(桃源郷の名は嘘ではない)


カルマパ その1実際、多くの事績はつまるところ、チベット人が言う「ジャンチュップ・センパ」(菩薩)の示現だ。生きとし生けるものを教化するため、特に世俗の凡夫の世界で、熱心に修行する模範を示す。
















カルマパ その1ツルブ・ゴンパはチベット仏教カルマ・カギュ派の総本山で、古い典籍にある「真のデムチョク・マンダラ」の中心だ。カルマパ1世トゥスム・キェンパが創建し、歴代カルマパの最も重要な修行地になった。チベット最古の最も有名な名刹の一つでもあり、800年以上の歴史を持つ。

ゴンパは南向きに建てられている。背後は修行の密室が並ぶトゥジェチェンボ神山で、前は流れが速く清涼なツルブ河に面する。夏は草木が生い茂り、冬になると白い雪景色が果てしなく広がり、しんと静まり返る。解脱の道を求めて僧侶になった無数の人々は、汚れなく安らかに一生を過ごす。誰であれ今生で一度拝みさえすれば、悟りの種子を植えることができるのだとチベット人は慎み深く信じている。この世にこれほど素晴らしいゴンパはめったにない。

カルマパ その1800年以上にわたる絶え間ない念入りな拡張を経て、雑然として趣があり、渾然一体となった壮大な建築群が形作られた。記録によれば、僧侶は最も多い時で5000人以上いたという。

しかし、無常の因縁はどこも同じで、災難から逃れることはできなかった。ゴンパ全体の建築はもう以前のようではなく、天災や人禍で何度も被害を受けた。最もひどかったのは文化大革命で、30以上の主な建物がほぼ廃墟にされ、900人以上の出家者は一人もいなくなった。写真は廃墟になったツルブ・ゴンパだ。

カルマパ その11980年代初頭、カルマパ16世の生前の任命を受け、シッキムのルムテク・ゴンパから帰ってきたデチェン・リンポチェは、チベットと海外の信者の幅広い支持によって徐々にツルブ・ゴンパを修復した。最終的には大殿を中心に、経堂、仏殿、護法堂、仏学院、密教学院、トゥルクの住居、僧坊などが並ぶ一定の規模のゴンパを完成させた。1990年代に入ると、僧
侶は300人以上になった。そしてカルマパ17世は1992年にツルブ・ゴンパに戻った。

カルマパ その1ツルブ・ゴンパを鎮める宝――「空住仏」という名の塑像。カルマパ8世ミキュ・ドルジェが自らの手で作ったものだ。記録によれば、カルマパは師サンゲ・ニェンパを深くしのび、師の姿に似せて40、50センチほどの純銀の像を作った。完成後、銀の像はミキュ・ドルジェの師を敬う気持ちに反応し、自ら7日7晩にわたって空中に浮かんだことから、「空住仏」の名がついた。今でもカルマ・カギュ派の祖寺――ラサ近くのツルブ・ゴンパの大経堂内――に供えられている。以前からツルブ・ゴンパの精神が宿っていると見なされ、恭しく祀られている。

私の願いにより、この上なく貴重な加持として、ゴンパのラマがこの「空住仏」を私の低く伏せた頭に置いてくれたことがある。仏像はやはり生きているかのようで、拙く素朴な工芸に人間性の彩りが満ちていた。文革中にこの仏像はあやうく壊されそうになったが、ラマが山の洞窟わきに埋め、ようやく災難を免れた。

カルマパ その1文革の災禍によって、ツルブ・ゴンパが秘蔵する宝はもう多くない。これは カルマパの塑像。





















カルマパ その1これはカルマパ16世の舎利。1981年にカルマパ16世は亡命中に円寂した。葬儀が終わった後、デチェン・リンポチェは誠実な心によって太ももの舎利を受け取った。数年後、上部に少しずつ高さ2、3ミリの仏像が浮かび上がってきた。象牙の彫刻のように見事なこの釈迦像は右手で触地印を、左手で定印を結んでおり、カルマパ16世の慈悲の顕現である。


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2011年02月05日

チベット地域のロサ(正月)を統一しよう運動

c6b5d23d.jpg写真は去年チェンツァで行われた「民族平等・言語自由」を訴えるデモ。(C/R RFA)

以下、2月3日付けTIBET TIMESチベット語版より:
http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=3992

アムドの青海湖方面(黄南チベット族自治州)チェンツァ・ゾン(གཅན་ཚ་རྫོང་尖扎県)にあるチベットの町や村の多くは、今までのように中国の春節(正月)を祝うことをやめ、今年から他のチベット地域と同じロサ(正月)を祝うことにしたという。

一般に今日(2月3日)はモンゴル暦の1月1日に当たり、アムドやカムの多くの地域、及びウツァンの一部地域における正月である。アジアの多くの国で新年のお祝いをする日となっている。漢民族やモンゴル族の正月でもある。

この日が中国全土の正月となっていることから、近年アムドの一部地域ではこの日を祝う気になれないという雰囲気が生まれている。

今年、地域のチベット人たちの多くはロサをチベット暦に従う日に祝うことに決定した。これを知った地区の役人たちは、この運動を先導している者は誰なのかを捜査し始めている。

この件に関し、インドのブッダガヤ在住チェンツァ出身のサンゲ・ギャンツォ氏が地元に電話し状況を確認したところを報告している。チェンツァのマグルརྨ་མགུར་僧院、デチェンབདེ་ཆེན་僧院、ガロンངང་རོང་僧院、コウワ ཀོའུ་བ་僧院、サンドクགསང་སྒྲོག་僧院等の管轄である8つの町や村、ホルモ ཧོར་མོ་の3つの村、カプックツォསྐ་ཕུག་ཚོ་の3つの村の長老たち全員が率先し、今年から、今まで約80年間続いて来た慣習を変更し中国の新年を祝うことなく、ダライ・ラマ法王はじめ、内外のチベット人やウツァン、カム、アムドで一般に祝われるチベット暦のロサの日に祝いを行うことを決定した。

これは中国と同じ正月を祝う気になれないということと、特にダライ・ラマ初め内外のチベット人と苦楽を共にするという意味が込められているという。

これは、最近益々盛り上がりをみせている、内外チベット人の団結、チベット3地域の団結を象徴するために、祝日も一緒に祝おうというものである。

この事を知って、地方政府の役人や中国人の偉いさんたちは、これらの僧院や長老たちに不機嫌な態度を示し、先導者を捜査しているという。

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チェンツァでは昨年10月末に当局の中国語強要に反対する学生デモが起きている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51515834.html

また、2008年10月には中学生ユン・ルンドゥップ君が「チベットには自由も基本的人権もない」と訴え、校舎から飛び降り自殺をするという痛ましい事態も起きている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2008-10.html

彼は詩を書いていた。死後【拘禁されたチベット人】という遺詩集が出版されている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51247912.html

その他、ンガバ地方では去年ジェクンドで地震のため、ドゥクチュで土石流のため多くの同胞が亡くなったということで、今年はロサを祝わないという地区も多いという。




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2011年02月04日

アムドの作家タクミック再逮捕

cd146268.jpgTCHRD(チベット人権民主センター)2月4日付けプレスリリースhttp://www.tchrd.org/press/2011/pr20110204.html
及びphayul.com
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29055&article=China+rearrests+Tibetan+writer+Gyitsang+Takmig
Tibet Timesチベット語
http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=3995

筆名ギィツァン・タクミックསྒྱིས་ཚང་སྟག་སྨིག་で広く知られる作家・元僧侶ケルサン・ツルティムསྐལ་བཟང་ཚུལ་ཁྲིམས་が2010年12月16日、甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ(夏河県)で拘束された。TCHRDの入手した情報によれば、ツォエ(合作市)の公安は彼を尋問のために呼び出した後、そのまま拘留したという。

ケルサン・ツルティムは去年2010年7月27日、「政治的間違い」を冒したとして四川省のズゲམཛོད་དགེ་で逮捕された。彼は法王がチベットを去った後にチベットで起こったこと、チベット内部のチベット人の苦悩、要求、希望、憂慮、夢等を語ったビデオコンパクトディスクを製作し、2500部を配布した。また彼はチベット人の思いを記した「མི་ཡུལ་དུ་ཕུལ་བའི་སེམས་པ(人の世に送る思い)」という本も出版している。
家族からの懇請にも関わらず、逮捕の理由などについて公安は何も答えていないという。

2010年10月15日、激しい拷問を受けた後、以後如何なる政治的活動もしないという条件で解放されていた。また、24時間携帯を切ってはいけない事。呼び出されたなら直ちに公安に赴く事等命令されていた。

ケルサンはこのビデオを特に「字が読めないチベット人や一般の人々」を対象に、中国政府のプロパガンダに対抗するため「人々に自由への闘いの本当の歴史を知らせ、ダライ・ラマ法王の求める『真のチベット自治を目指す中道』を説明し、チベットの人権状況を知らせる」ことを目的に作ったという。

また、外の世界に対し「チベット人に対する中国の弾圧を終わらせ、法王がチベットに帰還できるよう、速やかに行動してほしい」と訴えている。

ケルサンの逮捕は作家、ブロガー、歌手、芸術家、その他の文化人や知識人を狙った中国のチベット人に対する言論弾圧の一環である。

ケルサンの製作したビデオはカム、アムドを中心に広範な地域に配布され、国外にも持ち出された。

ビデオは以下から見る事ができる:
http://www.tibetonline.tv/videos/71/appeal-about-the-plight-of-tibetans


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