チャムド

2013年11月03日

ウーセル・ブログ <チャムド:「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」>

ウーセルさんは6月24日のブログで、チベット自治区チャムド地区の例を上げ、中国当局が如何にチベット人の意志と権利を無視した環境破壊を行っているかを報告する。その他、宗教自由の否定、経済活動規制の実体も報告されている。

原文:昌都:“如果阻拦开矿,寺院关闭,村民要抓”
翻訳:@yuntaitaiさん

◎チャムド:「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」

ウーセル1

2007に撮影したチャムドの玉竜銅鉱

ウーセル2

現在の玉竜銅鉱(写真はネットから)

現地住民からの報告によると、チャムド地区はあらゆる団体の職員・労働者、小中高生、学生、退職者のコルラや巡礼を禁じた。宗教的な祭日になると、管理は更に厳しくなる。少し前のサカダワ(チベット仏教でもっとも聖なる月。チベット暦の4月)では、当局は事前に会議を開き、仏事を禁止する通知を出した。小学生は学校と教師から「僧院へお参りに行ってはいけない、スンドゥ(高僧から加持を受けたひも。中国語:金剛縄)を身に着けてはいけない、さもなくば厳罰を受ける」と警告された。各学校のチベット語教育の水準は低く、チベット語で日記をきちんと書ける生徒はほとんどいない。

チャムド県カールプ鎮のある学校の校庭には、古代の高僧タントン・ギャルポの塑像が以前から立っていた。しかし、学校の規模が絶えず拡大したため、校舎が塑像のところまで広がってきた。チャムド地区委書記のノルブ・ドゥンドゥップは昨年、「共産党の学校はタントン・ギャルポとは関係がない」と述べ、ショベルカーを出して塑像を撤去し、川に捨てさせてしまった。地元の住民は皆、「文化大革命の再来だ。役人は紅衛兵よりもずっとひどい」とののしった。

チャムド地区もラサと同様に、大々的な土木工事で「都市建設」を進めている。今、1950年の「チャムド戦役」を記念する「解散広場」を整備しており、解放軍がチャムドを「解放」する姿を表現した彫刻もつくるという。

チャムド地区では鉱山開発と水力発電所建設が広がっており、非常に深刻だ。ジョンダ県チュニド郷の玉竜銅鉱は10年近く採掘を続けており、銅の埋蔵量は「中国で2番目」だと考えられている。(地区内で鉱山開発を手がける)大型の中央企業には中鑪鉱産資源有限公司などがある。

チベット日報の報道によると、2013年3月20日にチャムド地区で鉱業発展大会が開かれた。チベット自治区党委の常務委員で、チャムド地区委書記のノルブ・ドゥンドゥップは「チャムドはカンティセ―ニェンチェン・タンラ鉱床生成帯とバンゴン・ツォ―怒江鉱床生成帯、羌南―ゾゴン鉱床生成帯、羌北―チャムド鉱床生成帯に位置している。既に発見、探査した鉱石は53種、鉱床は714カ所ある」と指摘したという。だが、ノルブ・ドゥンドゥップがこの時に話した別の言葉を官製メディアは報道しなかった。「採掘を妨害するなら、僧院を閉鎖し、村人を逮捕する」

マルカム県のチベット人は長年にわたり、中凱公司の採鉱に反対してきた。聖山での採鉱という問題もあったが、より深刻なのは、鉱石を抽出する化学処理の廃液が川に流れ込んだことだ。毒で魚は全て死に、村人や牛、羊は奇病にかかった。マルカム県ツァンシュ郷では2005年から2009年にかけ、飲料水が原因で26人が病死し、牛や羊の計2442頭が死んだ。2009年4月には、ツァンシュ郷の若者500人がお経を掲げ、昼夜を問わず車道に横たわり、中凱公司が採掘を続けるのを阻止した。当局が軍警を派遣して抗議者を追い払おうとした時、2000人以上の老若男女が一斉に路上に横たわった。

チベット自治区の当時の主席ペマ・ティンレーは軍警の車両計27台に守られて採鉱現場に行き、抗議者に「水は全く汚染されていない。あなた方は事実を捏造して採鉱を阻止し、党中央の西部開発政策に逆らっている。この結果はとても重大だと分かっていますか?」と話した。その時、ある老人が1杯の水を差し出し、「あなたにこの水を飲む勇気があるのなら、私たちは争うのをやめます」と言った。ペマ・ティンレーは怒って水をひっくり返し、机をたたいて「お前たちは造反したいのか?」と脅した。村人は「ペマ・ティンレーをやっつけろ!命がけで聖山を守ろう」と叫んだ。ペマ・ティンレーは慌ただしく立ち去るしかなかった。

この数カ月後、中凱公司は採鉱を一時停止するよう迫られた。しかし、後になってまた採鉱を始め、環境汚染を引き起こし続けた。昨年8月には、現地の1000人近いチベット人が鉱区に集まって抗議し、軍警の発砲で鎮圧された。ニマというチベット人が銃弾を受けて死亡したほか、6人が負傷した。

ゾガン県ブルトック郷では昨年7月3日、採掘に抗議したとして、9人のチベット人が逮捕された。チャムド地区ダヤップ県では、山を爆破して採鉱したため、放牧用の通り道がふさがれ、広大な耕地が汚染された。牧畜や農業に従事する住民たちは何度も関係部門に採鉱停止を求めたが、誰も取り合わなかった。

カルマパ17世の故郷、チャムド県ラトック郷で今、金鉱を中心とした採掘計画が進んでいる。メンダ郷には鉛と亜鉛が埋まっており、同じように採掘計画がある。

チャムド地区は11県を管轄している。チベット日報の報道によると、地区内では2012年末の時点で、建設中のものも含めて水力発電所が計99カ所、太陽光発電所が89カ所あった。この数字は小水力発電の数を含んでいない。中国電建集団が設計、施工した重要なエネルギー略奪プロジェクト、果多水力発電所はチャムド県ツェルべ郷のザチュ上流にあり、チャムド地区で最大の水力発電所だ。ちょうどチャムドに行ってきた漢人学者は「大小の水力発電所がとてもたくさんある。水が濁り、環境がひどく破壊されている」と私に話した。

ウーセル3

チャムドの水力発電所(写真はネットから)

チャムドへの漢人移民はますます増えており、冬虫夏草の採集についても漢人が地盤を奪っている。冬虫夏草の取引を手がける漢人幹部も多い。チベット人は移動を制限されているため、冬虫夏草を採っても現地で売るしかない。よその土地から冬虫夏草を買いに来た漢人や回族の商人の示す低価格を受け入れざるを得ず、損害を被ってもなすすべがない。

2013年6月22日 (RFA特約評論)


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2009年05月28日

チャムドで6人の僧侶に12年〜15年の刑

以下の情報は数日前からRFAで流されていたニュースですが、昨日TCHRD,Phayulもレポートしていました。

テンジン・ギェルツェン<チャムドで6人の僧侶に長期刑>

27日付、TCHRDリリース:
http://www.tchrd.org/press/2009/pr20090527.html

チベット自治区チャムド(昌都)地区ジョムダ(江達)県チュコル町において2009年1月5日爆発事件があったという。

それ以前からその地域では散発的なデモが繰り返されていた。
その数日後1月9日と10日、デモを行ったとしてデン・チュコル僧院の僧侶6人が逮捕された。

裁判所は5月22日、彼らに爆弾を爆発させ、抗議デモを行い、ダライラマは「分裂主義者、敵対勢力」であるという書類にサインしなかった等の罪状を押し付け、判決を言い渡した。

ジャムダ県人民法院は、僧院長テンジン・ゲルツェン37歳、元会計ガワン・タシ51歳、ニ・チック50歳、タシ・ドルジェ30歳の四人に15年の刑。
声明導師ジャミヤン・シェラップ42歳に13年の刑。
ツェリン・パルデン36歳に12年の刑を言い渡した。


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ツルティム・ギャツォまた、別のTCHRDのリリースによれば、先に5月21日、カンロ中級人民法院から無期懲役の刑を受けたツルティム・ギャツォと15年の刑を受けたタプケ・ギャツォの家族たちは刑が確定したのちも面会が許されず、すでに一年以上も会うことができないと訴えているという。http://www.tchrd.org/press/2009/pr20090527a.html

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51202903.html

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ツルティム・ギャツォの裁判裁判の一シーンはテレビで流されたが、家族はその姿を見ることができただけだったという。
もちろん長い拷問、拘留中も会えないし、裁判も家族に知らされることもなく秘密裡に行われ、刑期が決まっても会わさない、、、

拷問、不正裁判の事実を隠すためとしか思えない訳です。

爆弾の話とか、過去に何回かありましたが、状況的にみてすべてやらせと疑えるものばかりです。




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2009年04月21日

弾圧と抵抗は続く

e133ebc8.jpg写真は囚われの木版師パルジョル・ノルブ氏81歳

4月19日付、亡命政府チベット語プレス・リリースより、

最近新しく本土より伝えられてきた、カム抵抗運動のニュースをまとめて報告します。

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<カンゼ、バタンで一軒ごとの家宅捜査>


http://www.tibet.net/tb/flash/2009/april/190409.html
現地からの情報によれば、4月14日、カンゼ・チベット族自治州バタン(リタンの西200km)地区ポグルシ町ガンル村に約70人の中国軍と治安部隊が押しかけ、3月初めに起った警察署での爆弾事件の捜査という名目で一件ずつ家宅捜査を始めた。
少なくてとも10人逮捕するまで続けるとのこと。(ノルマでしょうか?)

この爆弾事件は、今年3月初めにポグルシ町の警察署で何者かが爆弾を爆発させたというものだ。
その事件が起きた時間帯にその付近で「中国人はチベットから出て行け」「チベットはチベット人のものだ」とチベット語と中国語で書かれた張り紙が見つかっているという。
事件の後、公安はこれに関連し4人のチベット人を逮捕したが、彼らはその後逃亡した。

中国当局の弾圧は村の農業に深刻なダメージを与えている。
当局は村の若者を一人ずつピックアップして連行する。
それを恐れて多くの若者が村から逃げ去った。
労働力もなく耕作地は今年の作付が行われず、未だ荒れたままだという。
(積極的耕作拒否をしてもしなくてもいずれ耕作不能なのです)

現地からの情報によれば、爆発による負傷者は出ていないという。
と言うことは、中国当局がチベット人弾圧の口実にするためにでっち上げたとも考えられる。


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<チャムド地区の僧院で僧院長その他僧侶が逮捕される>

http://www.tibet.net/tb/flash/2009/april/210409.html
4月1日チベット自治区チャムド県 ジョンダにあるデンマ・チュコル僧院の僧院長と一人の僧侶が逮捕された。

この逮捕は今年1月にこの僧院で行われた、中国政府に対する抗議に関連するものだという。

抗議の後、僧院長初め多くの僧侶は逮捕を恐れて僧院を離れていた。

チャムドにある公安本部はジェクンドから15人の警官を僧院長逮捕のために派遣した。

同じ日に山で瞑想のために籠っていた、当僧院の元監督僧ソナム・ゲレック師と僧ツェテン・ソナムも逮捕されたという。

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<カンゼの僧院に武装警官隊が押し入り僧侶を逮捕>

http://www.tibet.net/tb/flash/2009/april/220409.html

4月1日前後、カンゼのチツァン僧院に武装警官隊が押し入り40歳の僧侶を逮捕した。

僧侶はガワン・トゥトップの息子ソナム・ニマと判明した。
彼は僧院の日常必需品を買い出しに行く係りであった。

彼の甥で同じくチツァン僧院の僧であるツェリン・ギュルメは去年3月カンゼで起こったデモに参加したとして指名手配され、僧院から逃亡したという。

このツェリン・ギュルメの24歳の弟テンジン・ゴドゥップは去年3月20日のカンゼ市内のデモに参加したとして3年の刑を受けている。















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2009年01月27日

明日からヒマラヤの中。 チャムドでデモの後拷問死。

ced26bab.JPG以下の文面は昨日書いたものです。
とうとう昨日は電気もネットもだめでした。

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昨夕、日本からN2氏が到着した。
夜はカトマンドゥ露天風呂!と川魚定食を堪能した。
ダラムサラでは夢にも見てはいけないものばかりです。

今日は朝からナンパラ行きのパーミット、UNHCR(難民高等弁務官事務所),ネレンカン(チベット難民一時収容所)と一周した。

ナンパラ行きのトレッキングパーミットは驚くほど簡単、かつたったの1000ネパール・ルピーだった。これには少し拍子抜け。
申請書にナンパラと書こうかどうか迷ったぐらいでしたが、係官は書面を見ることも無くあっと言う間にパーミットが渡されました。

収容所には20人弱のチベット人が今います。
例年に比べ、非常に少ない人数です。
去年まで、この時期には数百人の難民が収容されていたのです。

ナンパラについては、今年は特にこの峠を越えてくる人は少ないとのこと、判ってはいたことだが、、、行っても無駄足に終わる可能性が強いということです。

ただ、一つ、もしかして、、、の情報を得たので、やっぱり行くことにして、さっそく明後日の早朝のフライトを予約しました。

ドミには子供も7,8人いて、みんな元気にはしゃいでいました。

明日は朝から何も山道具を持ってきてない私は一式買うなり、借りるなりしないといけません。借りれるのは寝袋とジャケットぐらいです。ただ、他の山用品は、質もまあまあのものが非常に安く買えます。
アイゼンとか買ってもしょうがないのですがね。
今、N2氏とアイゼンは必要かどうかで議論中です。チベット人が本当に簡単な靴で越えてくる峠にアイゼン付けて行くべきかどうか!?
私は腰も痛い老人だから、峠までは行けないかなと思ってますが。

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さっきから電気が来るのを待っているのですが、今日は予定の夜8時になっても来ないもう9時になる、ネットもできないので、、、、
もう一つ別の話を、

昨日の午後と今日のネレンカンと、ガンデン・タシというちょっと有名な元政治犯と一緒でした。彼とは9−10−3の会を援助し始めた10年前からの友人です。
アムネスティーの助けを得て8年?ほど前にもう一人の尼さんと一緒に彼を日本に招き、全国九州から北海道まで20か所以上の町で「拷問証言会」を開催したことがあります。
私も多くの町に通訳として同行しました。
アムネスティー側でその時いっしょに働いてくれていたのが<ばなな猫>さんです。

大体二人を選んだのが自分たちでしたから、特に時に暴れん坊のタシの監督には気を使ったものです。

彼は1988年3月、ガンデン僧院僧侶の先頭に立ってデモを扇動したのだった。
新年モンラム祈祷祭の最後の日、式典に列席していた自治区幹部たちの胸ぐらをつかみ「チベットは独立だよな!!そうみんなに言え!!!」と真っ先に迫ったやつなのです。
それから一気にデモが大きくなっていった。

彼は最初3年の刑だった。しかしダプチ刑務所内で行われた大きな抗議デモの時にまた派手に立ちまわったが故に刑期がさらに9年延期された。
それだけではなく、それから何と17か月間、重い鉄の足枷をはめられたのだ。
24時間17か月はめられっぱなしだった。
足の肉はすり切れ、骨も見えんかというほどにそれはひどい仕打ちだったという。
その後、足枷は外されたが、身体の衰弱は激しく、ついに病院送りとなった。
その頃の車いすに乗って痩せこけた、本当に弱よわしい当時の写真が海外に流れた。
アムネスティーは彼を自由にするために特別のキャンペーンをおこなった。
其の功あって、彼は病院から2年後に解放されたのだ。

その後亡命しダラムサラの9−10−3の会に所属していた、彼は長年、監獄内での拷問の結果、脳に障害が残ったのか激しい頭痛を訴えていた。
それからTCHRCの職員として4年カトマンドゥで亡命してくるチベット人から情報を集める仕事を続けていた。
そして、イギリス女性と知り合いイギリスに渡り、カレッジに4年通い、去年からICT(インターナショナル・キャンペーン・フォア・チベット)に雇われてここで中国からの情報と亡命者からの情報を集める仕事をしている。
今日、お宅にちょっとだけお邪魔した。
2歳になる可愛い男の子がいて大きな家に住んでいた。
人生流転。
チベット人の人生はダイナミックです。

今日はもう電気は来ないようです。

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今日は一日中、山用品を買いあさりました。−30°用の寝袋も一万円です。
後で返せば半額帰るとか、すべて安いです。

明日の朝早くカトマンドゥを発ちルクラに飛びます。
ナムチェで、もしかしたら最後のブログを書くことができるかもしれません。
それにしても、当分このブログは休むしかありません。
残念だな、、、

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pema tsepak
1月20日にカム、チャムドのゾガン地区でデモを行った、3人のチベットの若者の内の一人ペマ・ツェパック、24歳は逮捕された後の暴行によりチャムド病院で死亡した。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23683&article=China+beats+Tibetan+youth+to+death

このところまたカム地方で、チベット人の捨て身のデモが頻発しています。

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2009年01月24日

法王のチィナイでの発言について/チャムドの爆弾事件

9696b553.JPGカトマンドゥでブログ続けてるばなな猫様の御苦労が良くわかるような、ひどい電気事情です。
今日お宅にお邪魔してました。
その話は後にして、

まずは法王のチィナイでの発言について、日本に間違った情報として伝えられてる疑いがあるので、そのことについてご報告。

以下はボイス・オブ・インディアというインドの通信社が日本語で流した記事で、Mixiなどでも紹介されていました。

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ヴォイス・オブ・インディア - チベットの独立後、指導者の地位を降りる:ダライ・ラマ
http://www.voiceofindia.co.jp/content/view/2432/76/

2009/01/22 Thursday 15:59:59 JST

〈チェンナイ〉チェンナイのマドラス大学を訪問中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は21日、「チベットが中国から独立するのは時間の問題だ。独立が達成されたら、私は指導者としての地位を捨てる」と語った。

後援のためにマドラス大学を訪れていたダライ・ラマ14世は報道陣に「昔のチベット人より、現代の若い世代のチベット人は強い心と決意をもっている。世界の人々も、チベット問題に以前より理解を示し始めた。中国人の中からでさえも、我々に共感を示している人々が出てきた」と語った。

また「我々が2008年3月に行ったチベット独立を求めるデモを支持する記事が、中国の大学教授、学生などのインテリ層によって300本も書かれた。中国政府は、理性をもち、論理的に考え、現実を熟視しなければならない」と主張した。

また、自身について「チベットが独立したら、指導者としての特権を捨てる。新たな政府が、私よりもうまく国を導いてくれるだろう。私は、支配者ではない。単なるスポークスマンだ」と語った。

武力を行使してチベット人を弾圧しようとする中国の態度を非難し、「安定は武力によってではなく、信頼によって生まれるのだ。そして、信頼は相互理解によって生まれる。中国政府・市民は、現実を捉え、論理的に考えるべきだ」と呼びかけた。

また「チベットの近代化や発展を望むのなら、(チベットが)暴力に訴えるべきではない。これは、インドの独立運動から得た教訓だ」と語った。

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この元はダライ・ラマ法王公式サイトに掲載されている。
http://www.dalailama.com/news.338.htm
Will Surrender Privileges, If Tibet Becomes Free: Dalai Lama
Published: Wednesday, 21 January, 2009

Chennai, Tamil Nadu, 21 January 2009 (Indian Express) - Tibetan spiritual leader Dalai Lama on Wednesday asserted it was only a ‘matter of time’ before Tibet got ‘autonomy’ from China, and said that he would surrender the privileges attached with his spiritual leadership if Tibet becomes free.

"Yes.. I am sure we will achieve autonomy... it's only a matter of time before that will happen," the Dalai Lama, here on a visit to address the students of Madras University, told reporters in Chennai.

"While the spirit and determination of the present generation of Tibetans is stronger than the previous ones, there is more global awareness about our struggle," he said, adding that their movement had even struck a chord with a section of the people of China.

"Our March 2008 protests had 300 supportive articles from Chinese intelligentsia, such as students, teachers and other intellectuals... the Chinese government must look at our struggle logically and realistically," he said.

He said that in the event of Tibet becoming free, he would ‘surrender the privileges’ attached with his spiritual leadership.

"They (an elected government) know better than me... I cannot be a ruler," he said, adding that he was only a spokesperson of the Tibetans.

The Dalai Lama called for an immediate end to the use of force against the Tibetan people by China, saying stability cannot be created by force, but rather by trust.

"The trust should come out of mutual respect and therefore the people and government of China must deal with the issue realistically and logically," he said.

Stating that he wanted the modernisation and development of Tibet, he asserted that the people would seldom take to violent ways of struggle. This was the best lesson he drew from India (and its Independence struggle).

To a query, he said India's foreign policy towards Tibet and China was ‘over cautious’, but complemented it for offering the ‘best facilities’ to Tibetan refugees.

"No country in the world offers as good educational and other facilities like India does to Tibetan refugees," he said.

Responding to a question on the Sri Lankan issue, he said he was always against force. "It's sad to see so much of violence. I pray and hope for a peaceful resolution of the conflict," he said, adding that such issues could arise out of ‘political manipulation’ of ethnic or religious issues.

When asked for his response to the demand for international intervention in Sri Lanka to ensure peace, he said he did not want to comment on the internal affairs of another country.

"However, eminent persons, such as Nobel laureates can appeal (to Colombo to stop the offensive) in their personal capacity," he said.

Asked if he would do so, Dalai Lama said he would first like to discuss the situation in Sri Lanka with Foreign Secretary Shiv Shankar Menon following his trip to the island nation last week.

On the dispute between India and China over Arunachal Pradesh, he said that a Tripartite convention in Shimla in 1914, involving representatives from China, British-India and Tibet had decided that the state belonged to India.

"The Chinese should be realistic in approach as history cannot be changed to suit political necessities," he said.

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最初の方だけコピーしてもよかったのですが、、、

要するに日本語で<独立>と訳されている元の英語は<autonomy>なのです。
これは普通は<自治>と訳されます。法王も<独立>なら<indipendent>とはっきり使い分けされますから、この日本語訳はこの部分は誤訳です。

次の「法王は自治・自由がチベットに実現された時には自分は完全に引退したい」の部分も微妙な表現ですが、、、このことは前から何度もそう言っていらっしゃいますからいいでしょう。

今日ばなな猫様と近くに住むフべール博士?のお宅にお邪魔しました。
この人は30年前ごろよりアメリカの学生グループをダラムサラとネパール、チベットに送って其々に研究論文を書かせる仕事を続けて来られた。
弟子にはアメリカのそうそうたる大学の研究員が多い。

彼と様々話をしてるなかで、私が今の話を思い出し(まだその時は原文を見てなくて日本語だけ昨夜読んでた後だった)

「そう言えば最近法王はチィナイで、チベットは間もなく独立するであろう、とおっしゃったと聞いたが、これは初耳ではないか?これまでは数世代を掛けても自由への戦いは続けられなければならない、とかはおっしゃってたけど、、、独立、、、とはね、それも今世のダライ・ラマ法王の内にね、、、」

とそれを聴いたフべール氏は
「そうか!それは本当かもしれない。昔1986年だったか?法王はポーランドとユーゴを御訪問された。私もまだ若かった!

その時確かポーランドでの記者会見の場で<世界は変化している。私の計算ではベルリンの壁も近いうちになくなると思う>とおっしゃった。
自分はその場にいて確かにそう聞いた。

でもはっきりいってそうなるとは思っていなかった。
それが、何とそれから一年以内に本当にベルリンの壁は破壊されたのだ!
それから、法王の計算には特に信頼を置いてるのだよ。
つまり、間もなくチベットは独立するということだな、、、」

「、、、???」

そんな話をした後に夜8時からのネット時間に原文を見て、ただの誤訳と知り、
フべール博士との話もただの誤解、笑い話のタネになったのでした。


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もう一つ気になる記事は

<カム、チャムドで爆弾>

というものですが、

<チベットで地方政府庁舎で爆発 中国統治50周年への反発か>
- MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090123/chn0901232050001-n1.htm

2009.1.23 20:48

 米政府系放送局、ラジオ自由アジアは23日までに、中国チベット自治区のチャムド地区の地方政府庁舎で今月5日に爆発があったと伝えた。庁舎や周辺の車両が損傷したが、死者は出なかったという。

 中国がチベットの統治権確立を宣言してから50周年になる3月に合わせ、地元当局などが関連の式典を開こうと準備していたといい、同放送局は式典に反発する住民らが爆発を起こした可能性を指摘している。

 地元警察は、爆発があった事実を認めた上で「誰が仕掛けたのか、どうして爆発したのかは分からない」としている。

 また同放送局によると、チャムド地区では今月20日、チベット民族の若者ら3人が「チベット独立」と書かれた横断幕を掲げてデモを行い、当局に拘束された。(共同)

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これは確かにラジオ自由アジアに南インドの僧侶経由で伝えられた情報ではあります。phayul.comの以下の記事にも元が掲載されています。
ただ、phayulもこの記事は他の4人のチベット人が最近デモの後逮捕された記事を伝えた最後の、ちょっと控え目に載せていました。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23664&article=4+Tibetans+detained+for+protesting%2c+explosion+reported+in+Chamdoそれはこれまでも数回この手の爆弾事件がカム、アムドでありましたが、いずれもチベット人がやったとは思えないケースばかりでしたから、今回もまだあまりにはっきりしない情報だと思い、私は二日前に無視していました。

それが、日本ではすぐに、いつもはいくらデモがあり逮捕者が出ても、拷問死する人がいても報道しない、大手がこれぞとばかり報道したのだ、不思議というかなんというか、、、いつもはラジオ自由アジアとかphyul.com,TCHRDなどのニュースは信頼できないから、とか言ってる新聞社がこのことでは、すぐにそこだけ報道するのは、、、
いかなるものか?

共同さん、読売さんすみません!








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