ナクチュ

2010年07月25日

カム、ナクチュ:ダライ・ラマ法王と活仏について連絡を取ったとして僧院長が拘束、僧侶が僧院を追われ、老僧が自殺。

カム、ナクチュ:ダライ・ラマ法王と活仏について連絡を取ったとして僧院長が拘束、僧侶が僧院を追われ、老僧が自殺。
7月23日付RFA(チベット語)
http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/tibetan-lama-deposed-for-consulting-the-dalai-lama-07232010220241.html
Phayul(英語)
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27804&article=Tibetan+lama+deposed+for+consulting+Dalai+Lama%2c+monks+quit+in+Nagchu

現地と連絡を取った亡命中のガワン・タルパ氏が7月17日明らかにした情報によれば:
カム、ナクチュ地区にあるシャク・ロンポ僧院(ཤག་རོང་པོ་དགོན་)の僧侶17人が愛国再教育セッションの結果僧院を追放された。
まず、5月17日当僧院の僧院長であるダワ・リンポチェ(75)以下4人の僧侶がラサで警察に拘束された。
これはダワ・リンポチェが僧院の第5世ロンポ・チュゼの生まれ変わりを捜索するにあたりダライ・ラマ法王と連絡を取ったからだという。
4人の内ガワン・トクメ(35)はダライ・ラマの写真を所持していたとして2年の懲役刑を言い渡された。
ダワ・リンポチェは一カ月後に解放されたが、それ以来自宅で軟禁状態にされている。

リンポチェが拘束された後、僧院には約150人の武装警官と約50人の役人が押し掛け、ダライ・ラマとダワ・リンポチェを糾弾するための愛国教育セッションが続いた。
逮捕と僧院追放という脅迫の下に僧侶たちはダライ・ラマを非難する書面にサインと拇印を強要された。
その間にジャンパと呼ばれる僧侶は強要に耐えきれず精神に異状をきたし、錯乱状態の中意識を失い、
タシ・テンサンと呼ばれる僧院の戒律師も錯乱状態となり僧院を離れた。
その他17人の僧侶がサインを拒否し、僧院を追放されたという。

また、5月20日、僧院の70歳になる老僧ガワン・ギャツォが脅迫に耐えきれず自殺した。
老僧は遺書を残したが、その遺書は当局により取り上げられた。
その上当局は僧侶たちに対し、彼の自殺を外部に漏らしてはならないと命令したという。














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2010年05月15日

チベット人女性教師に15年の刑

ラモ・キャップチベット亡命政府、プレスリリースより。

http://www.tibet.net/en/index.php?id=1563&articletype=flash&rmenuid=morenews&tab=1#TabbedPanels1

http://rangwang.info/2010/05/14/a-tibetan-female-teacher-sentence-to-15-years/

5月14日、ダラムサラ:信頼できる情報筋によれば、チベット自治区ナクチュ地区の女性教師ラモ・キャップは、政治的活動を行なったとして、今年1月、15年の懲役刑を言い渡された。

引退したナクチュ小学校の教師であるラモ・キャップは2008年中頃、ナクチュ地区ディル県シャクチュカの新遊牧民地区で秘密警察により逮捕された。

彼女は、新しく強制移住させたれた遊牧民の子どもたちを集める私設の小学校で、ボランティア教師をしていた。
その学校に突然当局の者が来て、彼女の頭に黒い布をかぶせ、彼女を連行していった。
ラモ・キャップはまず自宅に連行され、彼らにより乱暴な家宅捜査が行なわれた。
その時、現場にいたラモの姉妹たちには一言の説明もされなかったという。
ラモはその後ラサのどこかの拘置所に送られた。

おそらく2年間近く秘密裏に拘留された後、今年1月、何の正式な法的手続きを経ることなく、彼女に15年の刑が言い渡された。
ラモ・キャップの行方は今も分かっていない。

彼女はニェンパ・ツァン家のドゥンドゥップを父としてナクチュに生まれた。
一家の一人娘だった。
1982年、ナクチュ師範学校を卒業後、地元の小学校のチベット語、中国語、数学教師として、2007年まで25年間務めた。

彼女はチベット文化と伝統の保存に関心が深く、生徒の面倒を良く見る先生として地元で人気の有名教師であった。
しかし、共産党の党員にならず、共産党に関心も示さなかったので、出世することは一度もなかったという。

彼女は地元の生徒、親、同僚、普通の人たちからの尊敬を広く得ていた。


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ディルは先月、小学生たちが抗議デモも行った場所でもある。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-04.html?p=2#20100408
何か関係があるかもしれない。










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2010年03月24日

ナクチュ県ディルで小学生が抗議デモ

3月24日付けphayul.comによれば、3月22日、チベット自治区ナクチュ県ディル(比如)で、20人以上の小学生による、中国政府に対する平和的抗議デモが行われた。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=26978&article=Primary+school+students+stage+protest+in+Kham+Driru

この情報は内地から連絡を受けた亡命中のガワン・タパ氏がパユルに伝えたもの。

タパ氏によれば生徒たちはデモの間「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットに自由を!」「中国はチベットから出ていけ!」「ダライ・ラマ法王のチベットへのご帰還を!」等のスローガンを叫んだという。

小学生たちはやがて保安部隊に取り囲まれ、彼らの親たちは公安に呼び出され尋問を受けているという。

しかし、生徒たちは逮捕されたのか、今拘置所いるのか等は不明。

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小学生のデモ!とは。
これが初めてかというと、確か2008年にはペンボだったかであったと思う、、、?
それにしても、これが本当なら世界でもまれな事件だ。
このところ、アムドでは中学生によるデモが連続して発生していた。
当局は学校の校長や県の教育課の責任者をクビにしたという。
もっとも教育課トップの中国人はクビになってないらしい。
学校の先生ほか責任者に圧力を掛けようというわけだ。

このディルでは2008年の夏、地元のいくつもの僧院が「愛国再教育キャンペーン」に抵抗し、逮捕者もでている。
http://tibetoffice.com.au/update-tibet-1-july/
http://www.tibetcustom.com/article.php/20080330120701589

私は偶然このディルの近くにある村出身の子供を知ってる。
その子の村から町の小学校までは峠を越え、歩いて二日かかるという。
それでも両親は沢山のお金を払いその子を町の寄宿舎に入れた。
学校には漢人の子もいたがチベット人の方が多かったという。
彼が言うには「漢人の子とチベット人の子が喧嘩するといつも先生はチベット人だけをなぐるんだよ。チベット人の子はいろいろ差別される。それが嫌だった。愛国教育というのも毎日あった」とか。
それで彼は4年生までで学校をやめた。
その後彼はラサのセラ寺に見習い坊主として入れてもらい数年をすごした。
そして、14歳のとき自分で決心しインドに亡命した。

小学生だって嘘や差別には敏感だ。
小学生でも町で何が起きているかはちゃんと知っており、チベット人としてやるべきことも知っているということか。
チベットの戦いは弾圧が続く限り100年経っても終らないであろう。





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2009年12月03日

チャットにダライ・ラマを載せて刑期3年

<チャット・サイトにダライ・ラマを載せたとして2人のチベット人に3年の刑>http://phayul.com/news/article.aspx?id=26116&article=3+years'+imprisonment+for+2+Tibetans+for+Dalai+Lama+contents+on+chat+site

パユル、ダラムサラ 12月3日。

現在亡命中のナクチュ出身、ガワン・タルパ氏によれば、中国の裁判所は最近ナクチュ県ソック地区出身の2人のチベット人に其々3年の刑期を言い渡した。

今年10月1日、中国共産党による60周年記念国慶節に合わせ、ゲルセン25歳及びニマ・ワンチュック24歳は他の2人とともに逮捕された。
逮捕の理由は中国の有名チャット・サイトであるqq.com上の其々のプロフィールの中でダライ・ラマの写真やスピーチを掲載した、というものだった。
この時一緒に逮捕されたイェシェ・ナムカ25歳及びアニイ(年齢不詳)の二人にはまだ刑期は確定していない。
逮捕後、二人の家族や親せきの内、面会が許されたものは誰もいない。
家族は彼らが拘置所でむごい拷問を受けたであろうことを心配しているという。

4人は厳戒態勢が敷かれていた国慶節の日、同じラダ村の実家から引き立てられて行った。
4人には当局からさらに「外国の分離主義者ども」とも連絡を取ったとの嫌疑がかけられたという。

中国当局は今年の国慶節を前にチベット人たちがこの機会を利用して抵抗運動を起こすのを恐れ、チベット人たちの移動と情報伝達について特に厳しく監視していた。

同じくこのソック地区からだけでもさらに、ラサで10月初めに逮捕された同地区出身の僧侶ツプテンや、
昨年の抗議運動に参加し逮捕された
テンジン・シェラップ15歳、
ガワン・ロトゥ17歳、
ツルティム・テンダー21歳、
チャンブ・ドゥンドゥップ52歳、
チョクデン・ツルティム19歳、
及びソナム・ゲルツェン
は逮捕後当局から家族には何の連絡もなく、
彼らがどこにいるのかを知っているものは誰もいない。

この情報を伝えたガワンによれば家族は「もう彼らが生きているとも思えない、、」と話していたという。




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2009年07月14日

内に遊びに来る子どもたち、その一

Tserin Norbu内の家に遊びにくる子供たちの話。

普段は山の中の静かな家だが、月に一度、第二土曜日と次の日曜日にかけて何人かの子供が家に顔を出しに来る。
そのうちの一人はツェリン・ノルブ。
彼は左の絵を描いた子として、このブログでも取り上げたことがあるし、NHKさんも彼の寄宿舎生活を取材し放映したことがある。
私が去年の冬にダラムサラのネレンカン(難民一時収容所)で見つけた、絵のうまい子供で、日本では少しは有名になってる?子だ。14歳の時、例のナンパラ峠越えの途中で中国兵に見つかりシガツェの監獄に二週間だけ入れられた経験を持つが、その時の様子を描くのが上手いのだった。

とにかく最初からなんとなくお互いに気に入り、一か月に一度しかない、学校を出てよい日になると、他に行くとこもないので泊まりがけでスジャからバスで内に来るようになった。
いつもの様に、バスにもまれて汗臭くなって家に入ってくるとすぐに、「今度の試験で順番が上がった。4番になった」と嬉しそうに話す
「前は何番だったの?」
「5番だよ」
「4番って、クラスでなの?全体でなの?」
「OC2(正規のクラスに入る前の準備クラス)全部でだよ。200人はいるよ」
「そうか、そうか、、、すごいね!すごい!すごい!」
と、喜んだ。
この子の笑顔がなんともいえないのだ。もう16歳になるだろうにまったく顔が子供だ。
それもそのはず、この子の生まれ育った場所はチベットの真ん中の山の奥の奥の、世界の果てのようなところだったのだ。
その「地の果てさ」をその日初めて肉眼で確認したのだった。

と、いうのもそれ以前からグーグルアースで彼の田舎を見せてやろうと、何回かトライしたが、あまりの田舎で、彼の知っている近くの町の名前さえ載っている地図がなく、山合いの彼の谷は見つけられなかった。しかし、ちょうど最近良い地図を一つ手に入れていた。
この地図はおそらくチベットに関する限り今だもって一番沢山村の名前まで詳しく載っている地図だ。本当はそのチベット語版が欲しかったが、もう売り切れになって数年経つが再販のめどなしとのことだった。実はこの地図をダラムサラでつくっていたスイス人も、その苦労の様子も良く知っているのだ。彼とはもう15年ぐらい前だろうが、そのころ町にまともなマックは彼と内にしかなかったというデザイン仲間だった。

その彼の地図をノルブと眺めると、はたして彼の村の名前が載っていたのだ。
Sene Gon と地図に書かれているが、Google Earthの中では******と呼ばれ、
チベット自治区ナクチュ地区、、、、とも表記される。

谷合いの川が二本合流する場所の左手の丘の上に集落が見えますが、これはこの辺唯一のゴンパ(僧院)です。彼の話だと文革前にはここには100人以上の僧侶がいたが、文革ですっかり壊され、僧侶は強制的に環俗させられ、廃れたという。
今は再建され老僧ばかり10人ほどが住んでいるはずだという。

彼はこのゴンパの風景をみてはじめて、「はああああ、おおおお、ここだ、このゴンパだ。
house of tserin家はここから近いよ!」と顔を紅潮させて目を輝かせた。
そこから彼の要領をえないガイドに従いやっと彼の家まで、見つけることができた。
そこを教えると、、、北西から下って来る川を遡り、その川に北(北)東から流れ込む3番目の小さな川の谷に入る。入って川沿いにおそらく500mぐらい登ったあたりの左手上の台地に4軒だけの村を見つけられるはずだ。この部分はグーグルの地図もはっきりしている部分で家まではっきり確認できる。
もちろん、彼は自分の生まれ育った家、今両親の住む家に空から一気に近づいて見えるということに、よだれをとばして驚き、喜んだ。
四世帯四軒しかない集落だが、今は一年を通してそこにいるのは一家族だけで、他は彼の家族を含め、冬はラサに住むという。でも夏になると、冬虫夏草が沢山とれるのでそのためにみんな帰ってくるのだという。
私は前から、きっと近いうちにチベットに行くから、必ずお前の村にいくぞといっていた。

谷には車は全くいなかったが、最近冬虫夏草で小金を得た若者がバイクを担いで来て、その谷を行ったり来りするという。
谷には電気はなく、だからテレビもない。電話もないそうだ。
辺鄙のお陰で中国人も一人もいないという。
高度が高過ぎて、中国人は頭が痛くなって長くいれないそうだ。
谷全体に標高が高過ぎ大麦もできず、全員農業を知らない、完全な遊牧民だという。
学校は嘗て一人先生がいて読み書きを教えていたが、その先生が死んで後は学校もないという。
彼は殊勝にも、しっかり勉強した後に、故郷に帰って学校を開く、といってる。

この四軒だけの集落にも、嘗て子供が沢山いたという。
自分のところに3人、隣に6人その隣に2人の子供がいたが、なぜか全員男ばかりだったという!一人も女の子がいなかったとか。
みんなでつるんで楽しく遊んでいたという。
みんな家の手伝いでヤーなどの家畜の面倒を見ていた。夏には谷の奥の牧草地にテントを張って生活したという。

私は最近特に高山植物に興味を持ち始めているので、さっそく、花の本を見せながら、この花を見たことがあるか、「これはブルー・ポピーだが、、、」と見せると「あるある、たくさんある。急な崖とかに生えてる。これもこれもある。夏にはあたり全て花だ」という。
ここで、今度は私のよだれが出そうになった。
「子どもたちは花で冠を作って遊んだよ」とのこと。
何と、この四軒だけの集落からインドに4人も子供が亡命して来ているという。
後はナクチュやラサの学校に送られる子供が多く、今はほとんど子供は村に残っていないはずだという。

それにしても、このノルブは感心するほど良く勉強するのだ。家に来ても、ほっとくと必ず教科書をだして勉強している。いつまでも勉強している。
とにかく一途だ。遊牧民の集中力かな?と思ったりする。
はっきりいってほんとうに見た目も中身も純粋田舎者で、少しとろくて、勉強出来そうには到底みえないのだが、頑張るのだ。
遅れて亡命してきたので、必死に遅れた分を取り返そうとしているのであろう。
来年から上手く行けば、小学校6年のクラスに行けて、そのあとも飛び級がある。

身体が、ひょろひょろなので運動をするようと、一緒にヨガをやっていて初めて気づいたのだが、彼の足は異常に細い、とくに左足が細い。「子供の時からこんななのか?」ときくと、「子どもの時はもっとひどくて足が曲がっていた。ラサの病院にいって良くなったのだ」という。
きっとこの子はポリオに罹っていたと思われた。
それで、早くは走れないので学校でも運動しないという。

とにかく、何の因果か、この子はこんな田舎から二度目の逃避行でやっとインドに逃れ、こうして勉強に生きがいを見出し、試験で4番になった。
本当にすごいことだと、思うのだった。

次の日、「両親がチベットからお金を送って来た。今からそれを受け取りに行く」と言いだした。
こちらにくる伝手を頼りに彼の両親は、初めて子供に<3000ルピー>を送ってよこしたのだ。
この日はそれから彼はすぐに本屋に行って英語の本を買い、バッグを買い、なぜか仏壇に供える水盤セットを買った。私が払おうとしても決して受け取らず、今日は自分だってお金を持ってるんだ、とばかりにいきよい良く、嬉しそうにお金を自分で払っていた。


後三人、子供がいるのですが、<続き>にします。











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2009年04月29日

サンフランシスコの法王/ナクチュで僧侶3人逮捕/リンポチェの判決延期

0729308a.jpgダライ・ラマ法王のアメリカ訪問の様子は逐一RFAその他のチベット語放送を通じて本土に伝えられています。

そんな中、今日はアメリカからの電話であるチベット人が
「とにかくとこに行ってもすごい人だ。
バークレーでの講演のチケットは2日で売り切れたという。
キャンセルを狙って前の日から会場の前で寝て待っている学生もいた。
アメリカには有名な人は多いが、法王ほど常にどこでもすぐに会場を一杯にできる人は少ないと思う。
アメリカ側の警備も素晴らしい。
常に数台のパトカーが法王のお車を先導する。
チベット人として、誇りに思えた。
本土の人々にこれを見せて上げたいと思って涙がでました


毎日快晴の上天気で、みんな広くて気持ちのいい会場の周りでくつろいでいた。
法王は快活でお元気そうだった」
と話されていました。

きっと中のチベット人もアメリカ人が法王を特別歓待してくれていることを知ってさぞ勇気付けられていることでしょう。

法王はお忙しくサンタバーバラで二度の講演、バークレーで一度の講演、ヒマラヤ・モンゴル・チベット地区出身者のための会でも講演、350人のお金持ちのパーティーに出席され
「お金持ちはどんどん困った人たちのために寄付すべきだ。
しかし、動機を正し、慈悲の心で、名前や見返りのために行ってはいけない」
と話された。
今度は貧しいホームレスのためのキッチンに行かれて、
「ああ、私のいちいちの言葉にぶら下がろうとする、お金持ちたちから解放されて本当に、ここは居心地がいい」とジョークを飛ばされた。

その他、世界中から集まった慈善活動家たちを前にお話をされ、27日の朝サンフランシスコを発たれた。

ボストンに向かわれる途中、ミネソタのロチェスターに立ち寄られ、ミネソタに在住する600人のチベット人を前に話をされた。
http://www.tibet.net/en/index.php?id=878&articletype=flash&rmenuid=morenews法王は当地のマヨ・クリニックにて一年ごとの定期検診を受けられるという。
今日29日、ボストンに発たれた。

ところで、アメリカのTIME誌は「世界でもっとも影響力のある人100選」の中に法王も
ノミネートされたという。
http://www.tibet.net/en/index.php?id=880&articletype=flash&rmenuid=morenews
ランクは61番
2006年TIME誌は、雑誌が創刊されて60年間の「アジアのヒーロー5人」の内の一人に法王を選んでいる。

気になってすべてのランキングを見てみると、
http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1883644_1886141,00.htmlオバマ氏は37位でプーチンの二つ下。
オバマ氏の二つ下にシュワちゃんがいたりして、この番付は中々奥が深いです?
42番に日本人Shigeru Miyamoto
という任天堂のゲームソフトとか開発した人が日本人としては最高位として選ばれている。
一番はmoot氏 アメリカで4chan.orgという日に5百万ものアクセスのあるオンライン・コミュニティを始めた21歳の学生だそうです。

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ゲシェ・ツルティム・ギェルツェン28日付TCHRDプレス・リリースによれば、

http://www.tchrd.org/press/2009/pr20090428.html

今月4月11日、チベット自治区ナクチュ県のナクチュ公安局は3人の僧侶を逮捕した。

シャプテン僧院の元僧院長ケンスル・ツプテン・タプケ47歳と経典指導師ゲシェ・ツルティム・ギェルツェン34歳は僧院からそのまま拘置所に連れて行かれたが、当局は二人はラサにゲシェ位の証書を受け取りに行っているだけだと家族たちに嘘を言っているという。

もう一人シャプテン僧院の民主管理委員会の長である僧ツンドゥ30歳も逮捕された。
逮捕理由など詳しいことはまだ分かっていないという。

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プルブ・ツェリン・リンポチェ裁判の行方が見守られているカンゼの高名なプルブ・ツェリン・リンポチェの判決は延期されることになったという。

http://woeser.middle-way.net/2009/04/blog-post_28.html

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24548&article=Justice+Denied+for+Tibetans裁判の場所もカンゼを避け、カンディンで行われているし、本当に珍しく中国人の弁護士がつけられているなど、当局がこのリンポチェの地区のチベット人に対する影響力を考慮に入れている様子はうかがえる。
そして、今度は判決を遅らせた。

このリンポチェはカンゼに養老院や尼寺など5つの福祉施設を設立し運営されているという。カンゼでもっとも影響力のあるリンポチェと言われている。

もしも彼に濡れ衣の長期の刑を言い渡すなら、地元のチベット人の反感を煽ることになるのはまちがいないであろう。

このリンポチェについてはウーセルさんが何度も詳しいレポートをブログに載せられています。

以下、英語のままですが、ウーセル氏がWall Street Journal Asiaに投稿された記事です。

OPINION ASIA
APRIL 26, 2009, 4:55 P.M. ET

Justice Denied for TibetansThe 'trial' of a monk highlights Beijing's repression.

By WOESER | From today's Wall Street Journal Asia

Before dawn on the morning of May 18, 2008, the authorities cut off all forms of communications in the small rural town -- telephones, mobile phones, the Internet and even roads in and around the area. At around 6 a.m., more than 1,000 members of the People's Liberation Army, People's Armed Police and local and special police units prepared to make their assault on a small house. Around the same time, more than 4,000 soldiers and police divided up to surround and take control of two nearby nunneries.

Their target? Buramna Rinpoche, a 52-year-old Living Buddha and head of Pangri and Yatseg nunneries in Kardze, a Tibetan county of Sichuan province. The story of this religious leader, who operated a home for the elderly and took care of orphans and handicapped children, is symptomatic of Beijing's heavy-handed treatment of Tibetans. It also explains why the so-called Tibet question is not going to disappear any time soon.

The joint military-police unit easily forced its way into the house, where authorities say they discovered a rifle, a pistol and more than 100 rounds of ammunition hidden under a bed in the living room. The monk was arrested under charges of possessing illegal firearms and ammunition. He was also later charged with the illegal occupation of state land.

The arrest more likely is connected to an incident that had occurred four days earlier, when 80 nuns from the Pangri and Yatseg nunneries took to the streets to carry out a peaceful protest against the Chinese government's "patriotic education" campaign, which pressured Tibetans to denounce the Dalai Lama, Tibet's spiritual leader who now lives in exile in India. These religious women peacefully handed out leaflets and shouted slogans criticizing the campaign, but according to an eyewitness with whom I've spoken several thousand military and police were mobilized to deal with the protest, in which many of the women were severely beaten and arrested.

The authorities apparently believed that the nuns had acted upon the instructions of Mr. Buramna, as he is responsible for both nunneries. So from that day on, his every movement was monitored.

Mr. Buramna was transferred after his arrest to the Luhuo County Detention Center. There, according to his lawyer, he was handcuffed to a railing for four days and kept awake day and night by two guards. During these four days, he says he was tortured and police threatened to arrest his wife and son if he did not sign a confession to possessing illegal weapons. Under such duress, Mr. Buramna signed and made a thumbprint on a confession admitting to the charges. He later recanted this "confession" in court.

Mr. Buramna's family hired two Chinese lawyers from Beijing to defend him. The two, Li Fangping and Jiang Tianyong, are well-known human rights defenders. Mr. Jiang was one of 21 Chinese lawyers who signed a public statement on April 1, 2008, offering to provide legal defense to Tibetans who were arrested in connection with protests that broke out in March 2008 in Tibetan areas throughout China. The government has threatened to close the law firms, or revoke individual lawyers' licenses, if these lawyers involve themselves in the Tibet issue, Human Rights Watch has reported.

On the morning of April 21, the trial opened in Kangding County, a one- to two-day drive away, rather than Kardze County, Mr. Buramna's hometown and scene of the alleged crime, apparently to prevent local Tibetan monks and lay people from protesting outside the courtroom. Mr. Buramna appeared in court wearing the bright yellow and crimson red robes of a Tibetan monk. Seven members of his family, including his wife and son, were in the court, some crying throughout the trial. Speaking in Chinese, Mr. Buramna denied the alleged crimes, arguing in particular that the weapons and ammunition found at his home had been planted there to frame him.

Mr. Buramna's lawyers say they were allowed only limited access to their client before trial and they were not allowed to access all the court documents related to the case, which limited their ability to cross-examine witnesses. Even so, they noted at trial that the court did not investigate the source of the firearms and ammunition, and even failed to check for fingerprints. They argued that the monk's living room was a public place that saw a large number of people coming and going, and that anyone could have hidden the weapons there. They stated further that an examination of documents related to the land used for the elderly people's home, which the government said was occupied illegally, showed the site was not state-owned.

The lawyers repeated the monk's assertion that he was tortured for four days and was forced to sign the confession under duress, which would make it invalid for use as a basis for conviction. No verdict was handed down at the end of the hearing, the court saying it would announce the sentence at another date. If convicted, Mr. Buramna will face a prison term of between five and 15 years.

Yet Beijing would be wrong to think that will be the end of the matter. The incident has led to widespread anger among Tibetans in the area. On the morning of Mr. Buramna's arrest, a number of monks and ordinary people in Kardze held a demonstration demanding his release; they were surrounded by the police and beaten, according to the same witness who saw the nuns' original protest. The elderly residents in his welfare institution also tried to protest, but according to the same source, their home was surrounded by the police. In June, there were more protests seeking his release, and several people were beaten and arrested.

Mr. Buramna's trial is the first of a major religious leader to be held since last year's disturbances in Tibetan areas. It's a sad commentary on the situation that one can say that at least this trial is being held in public. But such trials will not bring stability to the area. The nuns whose protest seems to have sparked this case acted spontaneously, and their protest had nothing to do with Mr. Buramna. They, and all Tibetans, want justice in their region. Putting Mr. Buramna in jail will only increase that thirst.

Ms. Woeser, a Tibetan poet, writer and blogger, lives in Beijing. This article was translated from the Chinese by Paul Mooney.



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