パンチェン・ラマ

2010年04月25日

パンチェン・ラマ11世、21歳の誕生日/ニマ少年の今の顔は?

25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday左の写真は、21歳になったパンチェン・ラマ11世、ゲンドゥン・チュキ・ニマ(少年)の今の顔を想像して描かれたもの。

今日、ダラムサラでは朝からツクラカンに人々が集まり、ニマ少年の21歳の誕生日を祝うと共に、彼の一日も早い解放を願う、という集会が行われた。

ニマ少年は1989年4月25日、ナクチュのラリという小さな村で遊牧民の子として生まれた。

1995年5月14日、彼はダライ・ラマ法王により公式にパンチェン・ラマ11世として認められた。
その3日後の5月17日、ニマ少年は両親ともども共産党により拉致された。
その後、現在まで彼らは行方不明のままだ。

詳しくは以下へ、
http://www.tibethouse.jp/panchen_lama/gc_nyima.html

25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday生きているのか、もうとっくに殺されてしまったのか、、、
生きているなら、どうしてこれほど全く情報が入らないのか?
生きていても、完全に隔離されていると考えられる。

最近、チベット自治区の誰だったかの役人は、ニマ少年の消息を尋ねた外人記者に対し
「ニマくんはチベットのどこかの大学で勉強している。本人はほっといてほしいと言ってる」と答えたという。

25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthdayニマ少年を拉致したことは認めているわけだ。
その上で、このような「拉致して何が悪い」の開き直りで、しゃあしゃあと本人の意思を代弁しているとでも言わんばかりに、得意のでっち上げを披露する。
チベットの人たちはまずは彼の無事を知りたいのだ。
証拠を待っているのだ。

チベットではダライ・ラマとパンチェン・ラマは人々を日夜照らし出す、太陽と月に譬えられる。
沢山の歌の中で、この譬えが使われている。

人々の太陽を追い出し、月を拉致した中国共産党をどうやって好きになれと言うのか?
被災地に1000億円を投じても、感謝され、信頼されることはないであろう。


25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday今日は集会とともにチベット女性協会の主催で「21歳のパンチェン・リンポチェを
想像して絵を描き、詩を綴る」
というイベントが行われた。

ニマ少年の写真は、今までたった一枚あるだけだ。
それは彼が6歳の時の写真。拉致される前の顔写真だ。
それから、生死も知れず15年が立った。
もしも、今彼がみんなの前に現れたら、どんな顔になっているだろうか?

という企画だった。
20数人のチベットの若者たちが、一時間ほどの間にそれぞれ思い浮かべる、彼の今の顔を描いた。

すべての絵を見たい方は以下へ、撮影はわたしで掲載したのは女性協会。
http://picasaweb.google.com/106494767716125150093/PanchenLamaS21stBirthday#

25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthdayもう一つのグループは21歳になられたパンチェン・ラマに贈る詩を書くという人たち。
尼僧が多かった。

考え込みながらも、みんな丁寧な字で綴っていた。
チベット人は詩を書くことが好きなのだ。
学校でも、僧院でもみんな詩を書く練習をさせられる。

25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday









25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday









25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday









25.4.2010 Panchen Lama 21th Birthday

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2009年04月25日

パンチェン・リンポチェ二十歳の悲しいお誕生日・夜のキャンドルライト・ビジル

25.4.09 パンチェン・ラマ 20歳のお誕生日に解放を願って4月25日、ゲンドゥン・チュキ・ニマ=パンチェン・ラマ11世の20歳の悲しいお誕生日の夜、ダラムサラで行われた、解放要求のキャンドルライト・ビジルの写真です。






議会議長 テンパ・ツェリン氏ツクラカンで集会が行われる前、議会議長と会ったので立ち話で「そういえば、議長、今日の朝、スピーチの中で日本の記者がパンチェン・リンポチェはもう亡くなられた、という話をされましたね。あの日本人の記者はJapan Timesの記者じゃなくて元編集長だそうです。



25.4.09 パンチェン・ラマ 20歳のお誕生日に解放を願ってそれにしても中国の大学の中で行われたパブリックディプロマシー(福島さんのブログで知った新しい単語をいかにも知ってるか?というようにさっそく使った)つまり中国の海外宣伝工作について話し合う会議の中で話したのだから、どうせ、中国側の人間に違いないだろう。証拠も出せないとか言ってるし、まあ、嘘でしょう。
日本人というのは恥ずかしいことだか、、、
中国が彼を使って反応を見るために言わせて見たとかも考えられないことはないですが、、、
反応には気をつけた方がいいということですがね、、、」

と話した。彼は「そうか中国側の人間か、、、」とそう思ってなかった風だった。



25.4.09 パンチェン・ラマ 20歳のお誕生日に解放を願ってところが、彼は再び夜のスピーカーでもあった。
話を聞いてると、パンチェン・ラマ死亡説についてのコメントに全くさっき私が話たことを繰り返したのには少し驚き、、これで良かったのかな、、、と少々不安になりました。





25.4.09 パンチェン・ラマ 20歳のお誕生日に解放を願ってそれにしても、ダライ・ラマ法王がダライ・ラマ法王になられたのは、その仏教的教育によるのだから、ニマ少年にも偽のノルブくんにもまともな仏教教育が与えられているとは到底思えないので(それどころか偽の共産主義教育ばかり受けているので)、結局すでに真のパンチェン・ラマ11世はどこにも存在しないとも言えるでしょう。



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パンチェン・リンポチェ20歳の悲しいお誕生日会/ラプランで学生デモ

ウーセル女史のブログより、パンチェン・リンポチェ今日、デモに行かれた方はご苦労様でした。
ダラムサラでは、朝からデモと言うより、祈りの会が連続的に続いています。

その中、気になったのが、新しく3月からカルマ・チュペル氏に代わってチベット亡命議会議長になったテンパ・ツェリン氏がスピーチの中で、「数日前に日本人の島津氏というジャパン・タイム紙の記者が北京の会議において、<パンチェン・ラマはもう亡くなっている>という話をしたらしい。イタリアの新聞に出たようだ。ただ、この報道については今だ真偽が確認されていない。我々は依然パンチェン・リンポチェは囚われたままだと信じ、その解放を要求するのだ」と発言されたことだ。

25.4.09 パンチェン・ラマ 20歳のお誕生日に解放を願って私はこの話が出た時、思わず身体を小さくしてしまった。
事実周りのチベットメディア関係の友人たちが私の方を見て、目くばせしたりした。

恥ずかしいと思ったのだ。
「島津は記者だ」と訂正だけはしたかった。

このニュースは数日前から世界中を駆け巡った。
最初、調べて下さいと連絡を受けた時、「すでに随分前にガンか白血病で死亡している」と言ったと聞いて、それは嘘に決まってる、嘘をつくにももっとうまくつけばいいのに、、、と思いつつも一応知り合いの新聞記者に問い合わせたのですが、返答なしでした。



25.4.09 パンチェン・ラマ 街の張り紙そこは、流石福島様ということで彼女のブログに詳しい報告が載っています。
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/1009115/

この会議が北京で開かれたということは、島津氏が中国側の人間であることは明らかです。
こんな発言を事前に断りなしに話たとは考えにくい。
考えられることは中国が時に使う手で、「内輪の外人記者の類を使って、ある発表をさせ、その反応を見る」という事だが、それにしてもこの人のステータスと信用が足りなかったのか、証拠は何も提示しないということで、イタリア以外のどの国の報道機関もチベット側も彼の発言を無視しています。

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そんなことは別にして、本当にどこで何をされているのでしょう。
チベット人の年老いた知人などは、「これほど完全に一つの情報も出てこないのは、、きっともう亡くなられているということじゃないかな?」と悲しいことを言っていました。
神秘な制度から生まれた神秘な犠牲者二人です。

「ニマは四川省のチベット人地区で普通に暮らし、学校にも通っている」と2007年中国は発表した。

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4月24日早朝サンチュ県ラプランにある「サンチュ中等学校」のチベット人生徒たちが「チベット人として苦難を共にしよう」「平和と自由を」と書かれた横断幕を掲げ、平和的デモを行った。デモはキャンバスから始められ、市街まで行進したという。
http://www.tibet.net/tb/flash/2009/april/310409.html

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24527&article=Tibetan+students+protest+in+Labrang%3a+Update

しかし、間もなく保安部隊に包囲された、というが、逮捕者などの情報は今のところ入っていない。
なぜ、このデモを行ったかについては「学校の中国人枠を増やすことに反対して」というものと、「イドルという者の書いた<ダライラマを非難する>という文献を勉強するようにと、強要されたことへの反感」という説がある。

この学校はラプラン僧院のすぐ近くにあるという。

「中等学校」と言われていますが、英語ではカレッジとなっています。

ちょうど二十歳前後の若者達の姿が写真には写っています。

ひょっとしてストリート・チルドレンにされたパンチェン・リンポチェが誰かに拾われ、育てられ、自分が本物のパンチェン・リンポチェとも知らず、このデモに加わっているとか???
これは、全くの妄想ですが、そんな妄想も湧きそうな話ではあります。

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そうだ、思い出した。昨日のVAの放送の中でワシントンに行ってる首相のサムドン・リンポチェが今回の死刑判決に関連して「中国は少なくとも3月14日に220人は殺した。これは氏名、出身地などのはっきりした者だけの数字だ。本当には300人、400人殺したと言われているが確かめられていないだけだ。
そのことには全く触れられず、チベット人を放火の罪で死刑にするとはどういうことであろうか?」
とおっしゃっていましたが、キッドナップをちゃんと認めている中国共産党が何の咎めも受けないように、ラサの虐殺も公然の秘密(特に日本のメディアとか)と化しているようです。
中国自体が公然の秘密テロリスト国家のようなものです。





















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2009年03月30日

中国のPCスパイ・システム「GhostNet」/偽パンチェン・ラマ11世

c1dee7b6.JPG中国拠点のスパイ網、103か国のPCに侵入 NYタイムズ2009年03月29日 23:06 発信地:ワシントンD.C./米国

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/it/2587469/3949410
【3月29日 AFP】米ニューヨーク・タイムズ(New York Times)紙は28日、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世のコンピューターなど103か国の政府や個人のコンピューターが、中国を主な拠点とする電子スパイ活動により侵入を受けていたと伝えた。

 ニューヨーク・タイムズ紙は、カナダの研究チームが今週末に発表する報告書の内容として、このスパイ・システムのほぼすべての操作が中国国内のコンピューターから行われていたと伝えた。しかし、中国政府が関与したかどうかについては断定ができないとした。

 この調査は、ダライ・ラマの事務所のコンピューターに悪意のあるソフトウエアの兆候があるとして、同事務所がカナダのトロント大学(University of Toronto)のムンク国際研究センター(Munk Center for International Studies)の専門家らに調査を依頼したことをきっかけに始まった。

 その結果、103か国1295台のコンピューターが不正アクセスを受けた大規模なスパイ活動が明らかになった。

 侵入を受けたコンピューターの多くは大使館や外務省、各国政府施設のもので、インド、ベルギーのブリュッセル(Brussels)、ロンドン(London)、ニューヨーク(New York)にあるチベット亡命政府の事務所も侵入を受けていた。

 研究者らが「ゴーストネット(GhostNet)」と呼ぶこのスパイシステムは、ダライ・ラマに対するスパイのほかに、東アジアと東南アジア諸国の政府機関を標的にしていたという。ニューヨーク・タイムズは、これまでで最多の国が侵入を受けたスパイ活動だと述べた。

 報告書によると、現在も、1週間につき十数台以上のコンピューターが新たに侵入を受け、監視されているという。

 米国政府の関連施設が侵入を受けた形跡は無かったが、北大西洋条約機構(NATO)のコンピューターが半日にわたって監視され、米ワシントンD.C.(Washington D.C.)にあるインド大使館のコンピューターが侵入を受けていた。(c)AFP

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28日から四川TVとかでは、一日中「農奴解放記念日」関係のニュースを流しています。今日もやっています。

先ほどか「ダライ一味」が如何なる陰謀のもとにこれまでどれほどの被害が出たか、についてのレポートが流れています。

その中で、一瞬、亡命政府のサイトの一部が映りました。
いかにも、これが証拠だと言わんばかりの見せ方でしたが、実際にはあまりにショートで読むことなどできません。

ネットをハックするのも一つには、上の使い方のように、うそ話に使えるネタを探しているのでしょう。

今年のロサを前に、ラサを追い出された日本人友人が今ダラムサラにいますが、
彼の話だと、私のブログはブロックされていてラサでは見れないそうです。
確か去年の夏にはまだ、ブロックされていなかったはずですが、、、
光栄なことです。

もちろん、私のブログだけでなく、ダライ・ラマ側のブログはすべてブロックされているようだった、と彼は言ってました。
当たり前ですかね!?

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次は朝鮮日報の記事ですが、

偽パンチェン・ラマ11世 写真 朝鮮日報パンチェン・ラマを担ぎ出した中国政府の意図とは | Chosun Online | 朝鮮日報

http://www.chosunonline.com/news/20090330000036

2009/03/30 11:23:17

 中国政府が今年初め、一方的に制定した「チベット農奴解放記念日」の28日、中国・江蘇省無錫市で開かれた第2回世界仏教フォーラムの開会式で、チベット仏教で序列2位の指導者パンチェン・ラマ11世が演説を始めるや、世界48カ国から集まった1700人余りの高僧、仏教学者は驚きを隠せなかった。今年 19歳になるパンチェン・ラマが突然現れ、チベット語ではなく英語で親中的な演説を始めたからだ。

 パンチェン・ラマは英語による演説で「マイ・カントリー、チャイナ」という単語を何度も繰り返し、「フォーラムの開催そのものが、中国の社会が調和・安定し、信教の自由を享受していることを十分に証明し、中国が世界平和を擁護・促進する国であるという事実を示している」と指摘した。

 中国国営の通信社、新華社電は「パンチェン・ラマの素晴らしい英語演説が各国の高僧や仏教指導者に喜ばしい衝撃を与えた」と称賛した。

 28日の同行事を契機として、中国政府がチベットと関連する国内外での宣伝を強化している。中国政府は同日、チベット自治区ラサにあるチベット仏教の象徴であるポタラ宮殿前で、1万3000人が出席する中、「チベット農奴解放日記念式」を開き、全国に生中継した。

 パンチェン・ラマは23日付人民日報にも寄稿し、「共産党の偉大な指導力の下で、今日のチベットの繁栄と発展を成し遂げることができた。その指導力の下でのみ明るい未来がある」と共産党を称えた。1995年にチベットの精神的指導者ダライ・ラマ14世は、チベット仏教のゲルク派を代表するパンチェン・ラマ11世としてゲンドゥン・チューキ・ニマ少年を指名した。しかし、中国政府は90年2月生まれのギェンツェン・ノルブをパンチェン・ラマ11世として一方的に任命し、今年に入り彼の口から中国政府を擁護する発言が聞かれたことになる。

 これについて、文匯報など香港メディアは、中国政府がパンチェン・ラマを担ぎ出したことで、ダライ・ラマ(73)の影響力をそぎ、チベットの内部分裂を促す意図が明確になった、と分析した。

香港=李恒洙(イ・ハンス)記者


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テレビにもこのところ頻繁に偽パンチェン・ラマは登場します。
いつも、書面を見ながら、それを読み上げています。

見るたびに哀れを感じます。







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2009年03月17日

パンチェン・ラマの良心/3月10日法王記者会見 その四

中国国際放送局の記事に、

パンチェン・ラマ11世、「チベット民主改革展」を見学2009-03-15 14:43:01

 パンチェン・ラマ11世は15日北京民族文化宮を訪れ、開催中の「チベット民主改革50周年」記念展を見学し、「チベット農奴が解放されたことは仏教の宗旨に符合している」と述べました。
 この展覧会は、旧チベットの農奴制の残酷さと人々の悲惨な生活を再現し、解放後50年の間にチベットで農奴たちが自由、生存と発展の権利を手に入れ、チベットの主人公になったことを展示しています。パンチェン・ラマ11世は見学後、「事実は一番説得力がある。中国共産党だからこそ、農奴たちは尊厳と自由を得ることができた」と述べました。
 パンチェン・ラマ11世はさらに、「今のチベット人民の安定した生活は容易に手に入れられるものではないため、大切にしなければならない。今後もチベット仏教と社会主義の結びつきを促進していく。国の統一、民族の団結およびチベットの安定と発展に自分なりの貢献をしていく」と述べました。(翻訳:ooeiei)

――――

と言うのがありました。

偽パンチェン・ラマがどれほどまでに洗脳されているのかは測りがたいことですが、もしも良心があり、真実もいくらか知っているとするならば、これは惨いことです。

TWA代表B・ツェリン女史今日は朝からN2に担ぎ出され、ダラムサラにあるTibetan Women’s Association(チベット女性協会)の本部事務所に代表のB・ツェリン女史を訪ねていました。
彼女はアメリカのバージニア大学で教育学の博士号を取っており、現TCV代表のツェワン・イシェ氏は彼女の旦那さん。彼もハーバードの修士を出ています。ダラムサラきってのインテリ夫婦と言えるでしょう。

そのあと、ラサで警官にレイプされ、その後、越境しカトマンドゥの一時収容所でその時の子供が生まれたと言う16歳の少女にもインタビューしました。
このインタビューにはホント苦労しました(N2がしつこいから、、、最後にはいつものように泣かせてしまいました。インタビューする人はこうでないとね)。

詳しくは何れ近いうちにN2がドキメンタリーとか本にして発表するであろうから、詳しくはここでレポートしません。

ただ、偽パンチェン・ラマが「事実は一番説得力がある。中国共産党だからこそ、農奴たちは尊厳と自由を得ることができた」

と発言させられていることに関係する話がその中にあった。

B・ツェリン女史は「チベット人女性は二重の差別の下にある。チベット人として、女性としての差別に耐えなければならない」と語り、話は強制避妊手術、強制堕胎、娼婦、エイズ問題へと続いた。
「59年以前にチベットに娼婦は全く居なかった。だのに今はサラには1500人の娼婦がいるという。あんな小さな町にだ!」
「59年以前には堕胎とか避妊ということはあり得なかった。それは子供を殺すことであり仏教徒にはあり得ないことだった。それどころかチベットには広大な土地があり、農業、遊牧のためにも子供は多い方が良かったのだ。子沢山は女性の誇りだった。
それが今は強制的に堕胎させらえる、そのチベット女性の心に受ける傷はどれほどか、、、
チベット人にとってはそれは大きな罪なのだ、彼女は一生そのことを思い出し続けるであろう。罪の意識に苦しむであろう。私だったらそうなると思う。
だから、これはチベット人には特に惨い政策なのだ」と話した。

偽パンチェン・ラマが「事実は一番説得力がある。、、、」と言うときそれは如何なる事実をもとに言っているのか?
略奪インフラ整備に使った投資金のことか?


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以下昨日の続き、法王の記者会見ですが、ここで一つ昨日のレポートの訂正があります。
一か所大事なポイントを誤訳していました。

共同通信の質問に法王が答えられた後、サンドゥン・リンポチェがそれに対するコメントを入れられているところで、
「この中道政策は中国側の態度に対する反応だ」と訳したのですが。全くの逆誤訳でした。ここは「この中道政策は中国側の態度に対する反応ではなく、自発的なものだ」が正しいのです。
文脈から言ってもおかしかったですよね。すみません。

ーーー

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  15質問者:スウェーデンのフリーランスの記者だが、
失礼な質問かも知れないが、、、私の通訳のチベット女性が「法王は自身の死をコントロールできる」と言っていたが、、、ではあなたはいつお亡くなりになられる積りか?

法王:おお、、、あなたに仏教の信について語った女性がもっとしっかりした仏教知識を持っていれば良かったのだが、、、ヘヘヘ、、、、。

まず、仏教に関して二つのレベルの概念がある。
民衆レベルの概念と、本当に権威あるナーランダ大学の伝統に沿った概念とだ。
一般にチベット人だけではない、日本人だって、中国人だって一応我々は仏教徒ということになっているが、一般の人々には十分な仏教に関する知識はない。
そうではないかな?

率直に言って、私には自分の死をコントロールするような力は全くない。
この明らかな理由は、例えば、去年私は胆石を取り除く手術をしたが、これは自分の望んだことではない。でもコントロール不可能だった。アハハハハ、、、、
だから、私の死もこのようなものだろう。
コントロールできるはずがない。
死の時は来るときには来る。ハハハハハハハハハ、、、、、
しかし、たぶん、来世については、意志の力によって、決心の力によって少しはコントロールできるかもしれない。

私の常なる願いは、
「この宇宙が存在する限り、有情の苦しみがある限り、私は留まる。
力の限りその者たちを助けるために」だ。
これは私のお気に入りの祈願だ。
そして、そのように決心している。

10.3.09 Dharamsala 王の記者会見  16第一世ダライ・ラマが弟子から、「あなた様はすでに浄土に行かれる用意が有られるようだ。そのような印が現れている。しかし、どうかこの世の長寿を全うされますように」と懇願された。
その時法王は「私は浄土などに行きたいと思ったことなどない。私の願はより多くの苦しみのある処に生まれることだ。そうなれば、私がもっと役に立つから」と答えたという。

30年前に、このダライ・ラマ一世に関する資料を読んだ時、私は心打たれた。
だから私もこれを見習うのだ。
利用価値ということだ。
私はホームレスになって、50年だが、私は幸せを感じる。
この状況の故に私は役立つ人であり続けることができた。
このことが大事だ。
もちろん、自由がなければこれはなせないことだ。
この50年間、ホームレス、ステートレス(国もない)だったが、だから却って周りの人々の福祉増進のために何らかの貢献を成すことができたのだ。
だから、私は楽しい。

ところで、あなたは私がいつ死ぬかを訊ねているが、、、それは分からない。
おそらく、今晩がその日ではないだろう。これはほとんど確かだ。
99%は確かだ。でも今夜、大きな地震でも起これば、分からない。
でもその時は皆さんも危ないわけだが、、、ハーハハ、ハ−ハハハハ、、

次、
中国人か?

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  19質問者:そうです。これが私のパスポートです(中国パスポートをかざす)。
私は89年に天安門前でデモに参加しました。
中国政府は多くの子供も殺しました。
家も壊されました。
2002年にニュージーランドに逃れました。
でも今もこの中国パスポートを持っています。
それは、中国は私の国だと思ってるし、、、

法王:グッド! それは良いことだ。

質問者:ニュージーランドに胡錦涛が来た時、チベット人がデモをするのを見ました。
2007年のそれは大きかった。
チベット人と共に、我々もダライ・ラマを共有したいと思った。
法王はチベットのダライ・ラマであるのみならず、我々中国人のダライ・ラマでもある。

法王:誰もそんなことは言わないがな、、、ハハハハハハ、、、
でも実際、我々はそう思っている。この前ワシントンに行った時、中国人の前で「私は中国人になりたい」と言った。
あなたの持っているそのパスポートを持っても良い。OKだ。
我々は中国人ではない。しかし、市民として中国の中に留まりたいと言っているのだ。

質問者:・…上海で6人の警官を殺して自殺した男が・・・・08憲章が…どうしたらよいか?(この部分良く分かりませんでした)

法王:あなたの質問ははっきりしないが、、、比較的いい英語だが、、、2002年に出られて、それから習われたのなら、大したものだ。
いや、中国を出られる前にも英語を習っていたのか?

質問者:ハイ。北京で。

法王:じゃ、それほどでもないかな、、、ハハハ(満場笑い)
それにしても、我々二人は同じ類(same kind)の人間なのだろう。
独裁政権に反対している。
我々は自由を求めている。
「08憲章」の事を聞いたのは、私がポーランドにいた時だが、直ちに私は支持を表明した。これは道徳的責任からだ。
これは支持すれば、見返りにどれだけの利があるとかいう話ではない。

何事か正しい、道徳的案件については、支持を表明すべきなのだ。
だから私は支持を(書くしぐさ)表明した。

前にも言ったが、中国は世界でもっとも人口の多い国だ。
他の世界から尊敬を得たいと熱望している。
そのためには、透明性、公正な司法組織、メディアが完全に自由に活動できること等が必要だ。
これらが達成されるなら、現在の共産党の下に漸進的に民主化が進むと考える。
これが、正しい方向だ。
突然の崩壊、変更。中央政府の突然の崩壊は大きなケオス(混乱)を引き起こすであろう。
これは誰もが避けたいことだ。
漸進的変化が最良の道なのだ。

だから、私は指導者層の中の若い人たちや、そのスタッフの中の外国で良い教育を受け、民主主義の価値をすでに味わったことのある者たちに期待する。
彼らの力による序々に中国が民主化されるなら、そのとき初めて中国は「尊敬を受ける超大国」になれることだろう。

中国の友人も言っていた。
超大国になるには、いくつかの条件があると。
まず第一に「人口」、これはもうある。
第二は軍事力。これもすでにある。核もある。
第三に経済。これも今は大体ある。
何が、足りないか?
それは道徳的権威だ。
信頼され、尊敬される超大国になるには道徳的権威がいる。
これが欠けているのだ。

このところの中国の、チベットだけではない、ウイグル人や自国の反体制中国人に対し、少しでも政府反対の意見を表明すれば、逮捕するという態度は非常に良くない。
中国のイメージのために良くないことだ。
だから、尊敬される超大国になり、より効果的に世界をリードする国になるためにはこの点は非常に大事なことだ。
このことは常に中国の友人にアドバイスしていることだ。

数日前に中国の外務大臣が言っていたが、、、、コピーはあるか?
(コピーが手元に渡され。それを読まれる)
「(中国と)良好な関係を続けたいなら、その領土がダライ・ラマのチベットの独立をもくろんだ分裂主義的活動に使われないようにすべきだ」

今回も、皆さんが証人となったように、我々は完全に「中道路線」を守っている。
「独立」を求めていない。
あなた方に、このことに完全にコミットしていると100%保証する。
(非常に厳しいお顔でみんなを指さされる)
あなた方が証人だ。

この数十年の間、世界中至る所で、私はこのことを明言してきた。
多くの人たちがこのことをはっきり認識している。
我々は独立を求めていないと。
だから、たとえば私の兄とか、他のチベット人たちも私のこの立場を非難している。
(コピーを示しながら)この中の「独立を求めている」とか「分離主義者」とか言う言葉は、、、、これはチベット人のいうところの「実体のない影」のようなものだ。

(再びコピーを見ながら)
「ダライ・ラマ側は依然として中国全領土の四分の一にあたる大チベットと呼ぶ領土の中から軍隊を追いだし、すべてのチベット人以外の住人を移住させようとしている。
・・・・・ドイツやフランスその他の国であろうと自らの領土の四分の一が奪われるのを誰が許すか。中国は常に統一を支持することを忘れないように。」

エヘヘヘヘヘヘヘヘ、、、
私はかなり真剣だ。これを聞いた時は相当驚いた。
外務大臣!がこのような表現を使うとは。

二つの可能性がある。
一つは、全くの無知からか?
あるいは、意図的に嘘を言っているか?だ。
だから、私の代わりに、皆さんが中国の外務大臣に聞いてほしい。

「チベットから中国軍を追いだし、チベット人以外を移住させる」、、、
この同じ質問を私はオーストラリアである中国人のジャーナリストから受けたことがある。
私は「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」と尋ねた。
しかし、答えは帰って来なかった。

皆さんには私のすべてのステートメント、記録を調べてほしい。

もちろん59年のすぐあと頃には、何も決定されていなかった。
我々の中心の課題は移住であり、教育であった。
それと国連に訴えることだった。
しばらくして、緊急の課題が少しは解決されたころ、初めて長期的展望についてじっくりと考え始めた。
そして1974年に長期的政策を決定したのだ。その時から我々の立場は一貫している。チベットの独立を求めてなどいない。
会う人すべてに説明している。

「自治」とはどういうことか?
外交と防衛以外のすべて、教育、経済、環境、宗教、これらはチベット人自身にゆだねられるということだ。
外交と防衛以外、と言うときここで一つの質問が起こる、、、、
インド人の友人はどこに行った、、(法王手をかざしてその人を探すしぐさ)
あれ、行っちゃったのかな?、、、あなたじゃない、、、
20年ほど前にある雑誌のエディターと会ったことがある。
その時この外交と・・・の話になったので、私はジョークで「もしもインドと戦争になったとして、我々チベット人は

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  17インドに銃口を向けるなど考えられないことだろう。インドは我々のグルだ。先生だ。
だから、インド人に撃たせろということになるだろう。ハハハハハハハ、、、
みんな笑ったよ。

独立を目指していないということは、外交と防衛は彼らに任せるということだ。
私は一度も中国軍はチベットから撤退すべきだと言ったことはない。
だから、お願いだから、私の代わりに中国の外務大臣に聞いてほしい。
「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」を。
できるか?私の代わりに聞いてくれるか?(一人ずつを指さされる)

この中には北京に支局を構えている通信社も多いだろう。
彼に訊ねてほしい。訊ねるべきだ。
どこで言ったのかと!?(法王本気の顔をされる)
これは本当のことではない。
中国の外務大臣は巨大な軍隊をもっている。私はたった一人の避難民だ。
しかし真実に関する限り、違いはない。
力に関係ないものだ。
だから私は彼に、いつ、どこで、発言したかを聞く権利がある。

ワシントンで語った一つのコメントがある。
これは遠いビジョンとしてだが、チベットが将来「Zone of Peace」になればいいと語った。「アヒンサ」の地だ。
これはどこでもいつも話している、ヨーロッパでもワシントンでもカナダでも日本でも、これは私の長期的ビジョンとして話していることだ。
全世界はいずれ非武装化されなければならない。
これは段階的に進められる。
外の非武装化の前に内なる非武装化がなされるべきだ。
これは我々のビジョンだ。何も隠すことではない。
中央アジアのチベットは平和地帯となるべきだ。
だからと言って、今すぐにチベットから中国軍は撤退すべきだと、言ったことは決してない。

例えば内モンゴルには3,4百万のモンゴル人に対して1800万人の中国人が住んでいる。こうなるともう自治と言う意味もない。
自治と言う限り、その地域において人口の過半数を保っていないければならない。
この意味で危険はある。
例えばラサだが、10万人のチベット人に対し、中国人を中心とするチベット人以外の人口は20万人に達する。
すでにチベット人以外の方が多くなっている。
これはチベットの文化を守ることに対する脅威だ。
言語を含めてだ。
この点に関して時に言及することはある、、、しかし、
すべてのチベット人以外の人は出て行くべきだ、などと言ったことは一度もない。
だから外務大臣に質してみたいのだ。

無知からか?(意図的)嘘なのか?
どこでいつ言ったかを証明すべきだ。
証拠を示すべきだ。
去年もそうだったが、、、去年3月10日の騒動が始まった後、温家宝首相がメディアの前で「すべての問題は外部から、ダラムサラから引き起こされた」と語ったとき、私は「どうかちゃんと調査してほしい、中国の係官がここに来て、すべての私のファイルとチベット人に話したすべての記録をチェックしてほしい」と中国政府に対し要請した。
でも何の返答も帰って来なかった。
だから、今回はあなた方に中国側に質問してもらう義務を押し付けよう。ハハハ。
(会場から拍手)

はい次。後二、三の質問だけ、、、

質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:



続く。













rftibet at 23:47|PermalinkComments(1)TrackBack(0)