フランス

2009年05月16日

ダライ・ラマ法王、デンマーク首相との会談決定

e59e9c13.bmpダラムサラ5月16日phayul:

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24722&article=Dalai+Lama+to+meet+Danish+PM%3a+Sources

この情報はデンマークの法王招待者の一人である、チベット・チャリティー/ラカ・リンポチェに寄せられた諾名ジャーナリストからのものであるという。
それによると、5月29日デンマーク首相Anders Fogh Rasmussen氏は法王を私邸に招待し会談するという。

法王はデンマークご訪問二日の間に、まずは仏教講義としてナーガルジュナ(龍樹AD150〜250)のCommentary on Bodhicitta (jangchup semdrel)「菩提資糧論」及び
カマラシーラ(740〜795頃)のThe Middling Stages of Meditation (gomrim barpa)「修習次第・中編」を解説されます。
その他、「平和は心の中から」と題された一般講演も行われます。

デンマーク在住のチベット人主催の「テンシュク、長寿祈願会」が行われ、
記者会見の後デンマークの「チベット議員連盟」の議員たちと会談されます。

法王はデンマークの後オランダをご訪問され、オランダ議会に出席されます。
これに対し、中国政府はオランダ議会に法王を呼ぶと、関係が壊れるぞ、と脅していましたが、議会はこれを無視しました。

オランダの次にはフランスに行かれ、「パリ市名誉市民賞」の授賞式に出席される予定です。
パリで「道徳と社会」と題された一般講演も行われます。

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そういえば南アフリカも選挙が終わり、今度は「ダライ・ラマ法王はいついらっしゃってもいい」と言ってるようです。




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2009年04月20日

<ル・マンソンジュ・シノワ?>の中、法王のお話だけ、、/ラサで鳥インフルエンザ・ウイルスが検出された

727340ba.JPGベルナール・ドゥボール監督作<ル・マンソンジュ・シノワ?>
http://woeser.middle-way.net/2009/04/blog-post_8906.html
「Le Mensonge Chinois?(中国の作り話?)」 中国的?言 Bernard Debord 54分

の中よりダライ・ラマ法王がお話されている部分だけ、取りあえず訳しましたので、紹介します。(翻訳はフランス語より)

1本目のは昨日と重なります。

1本目/4:25〜
1950年、中国軍が歴史的にダライ・ラマ政府の管轄の下にあったチベット地域に侵入を開始した時、直ちに7、8千人のチベット軍部隊は破られ全滅した。
つまり、軍のほとんどすべてだ。みんな死んでしまった。

だからそれ以降の進軍はラサまで,ほとんど何の抵抗もなく行けたはずだった。
しかし現在チベット自治区に入っているチャムドまで来て、一旦進軍を止め、そこに一時留まった。その理由は我々と交渉するためだった。
そこで締結された協約は我々の知る歴史家によれば脅迫下になされたものだと言われている。

2本目/0:52〜
あの頃(1954年、毛沢東に北京であっていた頃)、多くの共産党指導者たちは私の友人のようになっていた。
私は毛沢東をはじめとする指導者たちに感じ入っていた。
彼らが如何に大衆、特に労働階級の人々のために、個人的特権を顧みないかと言うことについてだ。

だらか、私は共産主義に大いに興味があった。
もちろん完全に同意していた訳ではないが、ある側面は称賛に値する点も確かにあったのだ。
だから、時に冗談で「私はブディスト・マルキスト」だと言ってる、、ハハハハハ、、、

3本目/3:50〜
これらの地域には多くの僧院があった。
しかし1956年から文化大革命までの間に約6000の僧院が破壊され、10万人から20万人の僧侶たちが殺されるか、監獄に送られた。
インドに逃亡したものもいる。

中国はこれらの地域の改革を助けるために来たのだ、と言った。
改革ということばは綺麗だ。
我々はこの世を改革しなければならない。
もっと文明化するためにだ。
これは全く必要なことだ。ハッハハハハハア、、しかしその改革だが、、、ハハハ共産党が実行する時、それは全くチベットに合っていなかったのだ。


5本目/4:44〜
1979年から中国政府と直接接触できるようになった。中央政府との折衝が始まった。

80年代胡耀邦がリーダーになったときには本気で期待した。
彼は素晴らしい共産党員だった。
彼は共産党の過去の間違いを民衆の前で謝罪したのだ。


6本目5:57〜7本目
(1987年から法王は公式に独立を放棄している)
現在に至るまで、我々は中国の中に留まる事を望んでいる。
私はいつもEUの理念と役割を称賛している。
我々に良い凡例を示してくれている。

相互利益の方が主権よりも大事なのだ。
チベットは物質的に遅れた地域なので中国の中に留まるべきなのだ。


8本目0:44〜
信頼できる統計によれば、少なくともラサの人口は30万人だ。
そのうちの20万人は漢民族、2/3だ。
チベット人は1/3以下ということになる。

ほとんどのレストラン、商店は中国人経営だ。
だから、町の人はチベット語ではなく中国語を使わなければならない。
母国語のチベット語が使われなくなってきたのだ。
中国はこれを計画的に行ってきた。
その意味で私はチベットで文化的ジェノサイドが進行しているというのだ。

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最後に掲げられている毛沢東の言葉

<人民、人民のみが、歴史を創造する動力となり得るのだ>



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<ラサで鳥インフルエンザ・ウイルス検出される>

北京AFP4月29日:
http://phayul.com/news/article.aspx?id=24491&article=Bird+Flu+Found+In+Tibet%3a+State+Media

新華社が農業省の発表として伝えるとことによれば、
チベットの首都ラサの鶏肉から<鳥インフルエンザ>ウイルスが見つかったという。

新華社によれば、4月12日ラサの市場で売られていた鶏肉の中から、非常に危険なH5N1ウイルスが検出されたという。
 
農業省は1679羽の鶏を殺し「緊急対策が取られ、伝染病はコントロールされている」と発表した。

人は今のところ誰も症状を示していないという。

中国の報告によれば、今年最初の鳥インフルエンザの流行は2月に中国の北西、ウイグル自治区で起こった。

最新のWHO統計によれば、2003年の再流行以来中国では25人が鳥インフルエンザに罹り死亡している。







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2009年04月02日

中国の法王外交一々干渉政策

5b5bde41.JPG法王は今回の短いデリー訪問中も様々なセレモニーに出席され、
様々な宗教者と祈られ、
記者会見もこなされるいうハード・スケジュールでした。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24338&article=Dalai+Lama+brushes+off+S.Africa+visa+row

そんな中、AFPデリーの「南アフリカのビザ拒否」についての質問に答えて、

法王:
「私は、旧友である元南アフリカ大統領ネルソン・マンデラ氏やデズモンド・ツツ大司教に再会できると思って、最初<大喜びoverjoyed>した」

「しかし、事務所がビザを申請すると拒否された」

「私は気にするなといった。私は常に信念に従って行動している。私は如何なる困惑や不都合も作り出す積りはないからだ」

「中国が反応したことで大いにチベットの宣伝には役立った。
だから、結局私は中国に感謝しないといけないだろう」
と語られたそうです。

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今年12月に、法王はニュージーランドを訪問され、首相のジョン・キー氏にも会見のご予定ですが、
中国は早くも、ニュージーランド政府に対しても、南アフリカの例に従うようにと要求しているそうです。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24363&article=Chinese+seek+to+ban+Dalai+Lama+from+NZ

日本の沖縄はどうなんでしょうかね?

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内政干渉の鬼のような中国は、このG20を機にひよったフランス相手に

「共同コミュニケを発表。
▽仏はチベット問題の重要性を認め、内政不干渉の原則からチベット独立を支持しない
▽相互の利害を尊重し、国交樹立45周年を契機に、両国の戦略的な友好関係を強化する
▽国際金融危機に共同で取り組む−−などを盛り込んだ」そうです。

http://mainichi.jp/select/world/news/20090403k0000m030049000c.html









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2008年12月07日

法王、サルコジ大統領と会談

206dbf7c.jpg今日朝からBBCでは、トップニュースの一つとして法王とサルコジ大統領の会談を伝えています。

法王がサルコジ氏にカタを掛けるシーンが繰り返し流れています。
これを見て、中国は「サルコジもダライ・ラマの犬になったな」と思ったことでしょう。

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サルコジ大統領はダライ・ラマ法王に会うことで、中国にノーと言った
GDANSK ,Poland
Phayul.com 経由ロイター伝によると、
http://phayul.com/news/article.aspx?id=23373&article=Sarkozy+defies+China+with+Dalai+Lama+talks

フランス大統領ニコラス・サルコジ氏は土曜日(12月6日)、ダライ・ラマ法王と会談したことで中国の顔に泥を塗ったdefied。

大統領は「ヨーロッパは、祖国の状況に対するチベットの精神的リーダーの憂慮を共有する」と語った。

中国は「そのチベット問題を扱うアプローチは日和見主義的で、軽率、短絡的だ」と、この会談を非難した。
サルコジ氏は「チベットを中国の一部と認めてる。この会談を<大袈裟dramatize>にする必要はないではないか」とコメント。

30分ほど続いた会談の後、サルコジ氏は「会談は素晴らしいものだった、、、中国政府は、この会談が年末に行われることをはっきり知ってたわけだし、、」と話したとか。

新華社は、会談に対するコメントとして「この(双方の親密さの)進展は、中国人民の感情を害するのみならず、中国―フランス関係を傷つける、賢明さを欠いた動きだ」として非難した。

サルコジ氏は法王にカタを肩に掛けられ、迎え入れられた。
サルコジ氏は「法王は独立を求めていないことを明らかにされた」
「私は法王と中国政府との話合いに、どれほどの重要性を認め、そのために努力しているかを話した」

チベットの状況について質問され、サルコジ氏は「法王は私と共に彼のチベットに対する憂慮を共有した。ヨーロッパとその憂慮を共有した。チベット問題について我々は多くのことを話しあった」と伝えた。


http://phayul.com/news/article.aspx?id=23370&article=Dalai+Lama+urges+dialogue+before+Sarkozy+meetingこの会談に先立ち、同じ6日、法王はワレサ元議長、欧州議会議長ジョセ・マニュエル・バロッソ氏、ポーランド首相ドナルド・トゥスク氏、その他のノーベル賞受賞者をはじめとする数百名に登る代表団を前に講演された。

その中で法王は
前の世紀において、戦争が問題を解決しないということが証明された。
故に、今世紀は対話の世紀にしなければならない。すべての問題は、相手の利害と、相手の権利を理解した上での、話し合いにより解決されねばならない


戦争とは分裂であり、慈愛は我々を結び合わせる。社会的動物である我々の人生・生命のキイファクターは慈愛だ」と語られた。

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ポーランドはワレサ議長の下に<連帯>し、1989年ついにソビエト傀儡の共産党政権を打倒した歴史がある。
ワレサ氏とは法王もさぞかし話がはずまれたことでしょう。
サルコジ氏はこれまでは奥さんと、うるさいフランス人に押される形で法王に今回会ったわけですが、法王のカタを受け、直接話を交わしたことは今後の彼に相当の影響を与えずにはおかないでしょう。

これで、ヨーロッパのボスも議会も、アメリカのボスも議会も法王とチベットのファン、味方であることを表明したわけです。

これ以上に法王のお仕事はまだあるのかな?



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2008年08月22日

140人殺された!? フランス事情

2日もブログをさぼってしまった!
アクセス減ってもしょうがないわな、、、

一昨日は大阪でトークでした。
大阪にはほとんど行ったことが無かったのですが、今回ちょっといただけど大阪がほんまに気に入りました。
東京にはないリラックス感がありました。
会場の<チャクラ>が良かった。
ここのボスとは20年以上前にダラムサラ知り合っていたのでした。
その日まで気付かなかったわけだけど。

トークは思ったより時間が早くたってしまい、肝心な仏教の話と全体の話ができなかったのは少し残念でした。

ゆかさん+小野田先生のチベットの歌とダムニェン演奏はもちろん素晴らしかったです。

大阪のチベット族の人達、またいつか呼んでください。

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もう一つ私事ですか、明日の東京新聞の朝刊にチベットのことを話したのが掲載予定です。たまには明日<東京新聞>を買って見ては如何。

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ダライラマ法王がルモンド紙に「先週18日にカムでチベット人140人が殺された」と語った、という記事を朝phayul.com上で見た。
でも、最初からこれってちょっとおかしいなと思いつつそのままにしておいた。

共同発でスポニチさんが以下の記事を出しています。
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20080822001.html

<真相は?ダライ・ラマ事務所「140人殺害」否定>

 フランスのルモンド紙がチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ十四世のインタビュー記事で、中国のチベット民族が住む「カム」地方で起きたとされる中国軍による発砲事件の死者数について、ダライ・ラマの事務所は21日、ダライ・ラマが「140人と述べた」とする記述を否定した。フランス公共ラジオが伝えた。

 同事務所は「ダライ・ラマは犠牲者数に言及しなかったことを明確にしておきたい。ダライ・ラマは(事件について)知らせは受けたが、確認はできていないと述べた」と説明した。

 一方、フランス訪問中のダライ・ラマは22日、フランス南部エロー県の仏教寺院でサルコジ大統領夫人のカーラ・ブルーニさんやクシュネル外相、ヤド外務・人権担当相と会談する。

 サルコジ氏は、中国とのさらなる関係悪化を避けるためダライ・ラマと会談しないことを決め、中国の圧力に屈したとして野党から非難された。

 クシュネル氏らはフランスがチベットの人権状況を懸念していることを伝えた上で、ダライ・ラマ側と中国当局との対話進展を側面支援する考えを伝えるとみられる。 (共同)

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ところでこのサルコジ夫人たちが法王と会談するというチベット寺院はLerablingという僧院ですが、気がつけばこれは最近私が関わった寺です。
もう一回落成式は終わらせたはずなのにもう一回今回のためにやるみたいです。
ソギャル・リンポチェの総本山です。リンポチェは世界中に30以上のセンターを持っています。
モンペリエから車で1時間半ぐらいかかる、まるで田舎の高原地帯に突然現れる僧院と多くのコテージ(僧房)が少し異様です。
あんな不便なところにこんなに錚々たるメンバーが集まるというのもフランスなならではなのかな?

このセンターには夏場だと1000人以上の熱心なフランス人仏教徒が集まる。
本堂の完成を期して始められた<3年3か月のお籠り修行>には150人!もの人が参加し、今も続いている。
そんな暇とお金と熱意をもった日本人など皆無であろう。
もしもこんな集団が日本にできたら、きっとオカルト集団扱いされるのが落ちでありましょう。

チベット仏教は欧米に確実に根付こうとしています。

日本ではこの先もなかなかチベット仏教は広まらないと感じています。
日本人は一般に哲学的、精神的領域を極めることには興味がないか、苦手なのか、つまり得意ではないようです。













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2008年08月18日

フランスの法王、死のハンスト第三班、チベット人女性作家

e21b616d.jpg写真は16日ナントの講義会場から出られたところの法王(C/R REUTERS)

16日パリでダライラマ法王はフランスTF1テレビ局のインタビューに答えられた。
以下少しだけですが、
その発言から、

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22515&article=Dalai+Lama%3a+China+mistreating+Tibetans+during+Games
残念ながらオリンピック精神はチベットにいる中国の役人には全く尊重されてはいない」

「厳しく(電話盗聴等)情報管理されている」

「チベット人たちはしばしば逮捕され、死ぬほどの拷問をうける。これは本当に大変悲しいことだ」


と話された。

法王の今回のフランス訪問は主に宗教的講義のためであり政治的活動は少ない。
その中でも水曜日には議員たちとの会合において中国当局のチベットに対する弾圧を非難した。

国内ではサルコジ大統領が法王に会わないことに対する非難の声が高まっているが、そんな中、16日土曜日には法王は去年の大統領選でサルコジ氏の対抗馬であったセゴレンヌ・ロワイヤル女史と会談した。
女史はチベットを訪問したいと語った。

北京では外人によるプロ・チベットのデモのニュースが続いているが、法王は再度オリンピックを妨害しないようにとおっしゃった。


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チベット青年会議は8月14日から三度目の<死のハンスト>を始めている
前回、前々回は一人が危険な状態になった時、インド警察が強制ストップをかけている。
今回は18人の参加者という。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22513&article=TYC+resumes+hunger+strike+with+a+fresh+group%3b+observes+India's+Independence+Day

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東京新聞より:

<中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏>
2008年8月17日 07時09分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008081790070926.html

 華やかに開催されている北京五輪の会場周辺では、中国のチベット政策に抗議する人々が拘束される事件が相次いでいる。三月のチベット暴動は真相が解明されないまま、現在も六千人近くの僧侶らが獄中にいるといわれる。北京を拠点にチベット暴動の経緯を記録し続けているチベット人作家、ツェリンウォセ氏にチベット人の思いを聞いた。(北京・鈴木孝昌)

   ◇  ◇

 −拘束された人々はどのような処罰を受けているのか。

 「主な収監場所はラサ駅にある倉庫の中。友人の一人は四肢を針金で縛られて一カ月間もつるされ、拷問を受けた。水ももらえず、最後は自分の尿を飲んで命をつないだ。こん棒やワイヤ、電気棒など、拷問に使う刑具は自分で選ばせ、どれを最も痛がるかを楽しむ。トイレに行く時は後ろ手に縛られ、汚物が散乱する床に顔がつくほどに近づけて、排便させられる。徹底的に人間を侮辱し、おとしめ、もてあそぶやり方だ。耐えかねて自殺したり気が狂ってしまった人も多い」

 −事件の死者は結局どのくらいか。

 「当局発表の死者数にはチベット人が含まれていない。だが、各地で発砲があり、多くのチベット人が殺された。三月十四日の午後、ラサで特殊警察部隊が一人の女性を射殺し、すぐに遺体を片付けるのを見た人がいる。自殺者や獄死者、行方不明者などを合わせれば相当な数になる」

 −暴動はなぜ起きたのか。

 「宗教への弾圧が最大の原因。一九九五年に始まった愛国主義教育はすべてのラマ僧に“チベットは中国の一部である”と認めさせ、ダライ・ラマ十四世を攻撃する言葉を書くよう強要した。僧にとっては地獄と同じ。積年の恨みが爆発するから衝突が起こる」

 −当局は「チベット青年会議」を暴動の首謀者とみている。

 「暴動は政府への恨みと不満が原因だと言えば、チベット政策が失敗だったと認めることになる。また、軍や警察はなぜ暴動を防げなかったのか。当局としては責任を転嫁する対象が必要なだけ。自分の失敗を認めるわけにはいかないから」

 −中国政府との対話は進展がない。当局は高齢のダライ・ラマが死去するのを待っているとの見方もある。

 「ダライ・ラマの死後も魂は転生し、永遠に存在し続ける。彼の寿命はチベットの将来とは関係ない。中国は対話について何の誠意もなく、期待はできない。ダライ・ラマが求めている自治とはチベット文化に関するものだ。真の自治があるのなら、中国語よりもチベット語を使わせてほしい。ラサではチベット語で手紙を書いても配達されない。言葉を失った民族は必ず衰退してしまう」

 ツェリンウォセ氏(中国名・茨仁唯色) 1966年、ラサ生まれ。チベットに関する詩集、紀行文などを多数発表。個人ブログにチベット暴動の内幕を発表していたが、ブログを閉鎖され軟禁状態に置かれている。

 <チベット暴動> 中国チベット自治区ラサでことし3月10日、チベット政策に抗議する僧侶らがデモ行進し、14日には商店や車両を焼き打ちした。暴動は周辺の甘粛省や四川省にも拡大したが、武力で鎮圧された。当局は死者20人と発表しているが、インドに拠点を置くチベット亡命政府は死者203人とし、現在も5700人以上が拘束されているとしている。

(東京新聞)



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