作家

2013年10月15日

ディル:作家と元警官が連行される

66e19457-0a7a-4dcb-8b1e-9072114db3e9連行された作家ツルティム・ギェルツェン

当局の弾圧により緊張が続くチベット自治区ナクチュ地区ディル県で、若い作家と元警官である彼の友人が連行された。

10月11日の夜中1時頃、ディル県の警官数人がシャムチュ郷テンカル村に現れ、作家ツルティム・ギェルツェン(ཚུལ་ཁྲིམས་རྒྱལ་མཚན།27)の自宅に押し入り、彼を連行した。次の日の早朝には彼の友人であった元警官のユルギェル(26)も自宅から連行された。

先月28日に国旗掲揚に反対し拘束されたチベット人の解放を要求し、千人近いチベット人がハンストを行った時、彼ら2人は「分裂主義的活動を行い、社会の安定を乱す噂を広めた」とされたと言われているが、本当の逮捕理由は不明であり、彼らの行方も不明のままである。

連行前にツルティム・ギェルツェンの自宅に、警官が入り、彼の携帯電話、パソコン、書籍等を押収していたという。

IMG_1133『雪域悲歌』

ツルティム・ギェルツェンは筆名ショクディル(ཞོགས་དྲིལ། 朝の鐘)の下に辛辣なエッセイや詩をチベット語と中国語で書く作家として知られていた。2007年に『雪域悲歌 ཁ་བ་ལ་འཁྲེང་བའི་དུང་སེམས་ཀྱི་ཅོང་སྒྲ 』と『雪域運命 གངས་རིའི་ལས་དབང ་།』の2冊を出版し、高い評価を受けた。

ツルティムは故郷のシャムチュ郷で小学校を終えた後、2001年に僧侶となりカンゼ州ペユル僧院に入った。2009年、ペユル僧院を離れデルゲ県のシェチェン僧院、ゾクチェン僧院、ペユル県のヤチェン・ガル僧院、ンガバのキルティ僧院等を転々としながら様々な仏教の教えを学んだ。

2009年、ツルティムは還俗し、甘粛省蘭州にある西北民族大学に入学し中国語を学んだ。在学中に執筆活動を始め、2012年から文学雑誌『新世代 མི་རབས་གསར་པ།』を仲間のチベット人たちと創刊し、後にこの編集主幹となった。彼は中国語のブログも続け、エッセイ、詩、翻訳を発表していた。このブログは現在当局により閉鎖されている。

Fate-of-Snow-Mountain『雪域運命』

しかし、卒業を数ヶ月後に控えた2013年5月、突然彼は大学から追い出された。その原因は彼の政治的意見や著作であろうと思われている。彼は度々大学内で仲間の学生たちを集め討論集会を開いていた。テーマのいくつかは当局により「違法」と見なされるものであったという。

大学を追われ、6月には故郷のディルに帰り「新一代(新世代)賓館 མི་རབས་གསར་པའི་མགྲོན་ཁང་། 」というゲストハウスを始めた。ゲストハウスの仕事の合間に彼は地元のチベット人たちにチベット語と中国語を教えていたという。



ac70f8da-e70c-457a-b994-4a89751a2e86ユルギェル

12日に連行されたユルギェルはツルティムの小学校時代からの友人であり、2005年から7年間公安局に勤務した。2012年、その仕事あまりに政治的なことに嫌気がさし、仕事を止め、商売をはじめた。地元の人の話しによれば、彼が公安局にいる間、地元のチベット人をたいそう助けたという。

参照:10月13日付けTibet Times チベット語版
10月13日付けRFA中国語版
10月14日付けTCHRDリリース

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2011年02月04日

アムドの作家タクミック再逮捕

cd146268.jpgTCHRD(チベット人権民主センター)2月4日付けプレスリリースhttp://www.tchrd.org/press/2011/pr20110204.html
及びphayul.com
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29055&article=China+rearrests+Tibetan+writer+Gyitsang+Takmig
Tibet Timesチベット語
http://www.tibettimes.net/news.php?showfooter=1&id=3995

筆名ギィツァン・タクミックསྒྱིས་ཚང་སྟག་སྨིག་で広く知られる作家・元僧侶ケルサン・ツルティムསྐལ་བཟང་ཚུལ་ཁྲིམས་が2010年12月16日、甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ(夏河県)で拘束された。TCHRDの入手した情報によれば、ツォエ(合作市)の公安は彼を尋問のために呼び出した後、そのまま拘留したという。

ケルサン・ツルティムは去年2010年7月27日、「政治的間違い」を冒したとして四川省のズゲམཛོད་དགེ་で逮捕された。彼は法王がチベットを去った後にチベットで起こったこと、チベット内部のチベット人の苦悩、要求、希望、憂慮、夢等を語ったビデオコンパクトディスクを製作し、2500部を配布した。また彼はチベット人の思いを記した「མི་ཡུལ་དུ་ཕུལ་བའི་སེམས་པ(人の世に送る思い)」という本も出版している。
家族からの懇請にも関わらず、逮捕の理由などについて公安は何も答えていないという。

2010年10月15日、激しい拷問を受けた後、以後如何なる政治的活動もしないという条件で解放されていた。また、24時間携帯を切ってはいけない事。呼び出されたなら直ちに公安に赴く事等命令されていた。

ケルサンはこのビデオを特に「字が読めないチベット人や一般の人々」を対象に、中国政府のプロパガンダに対抗するため「人々に自由への闘いの本当の歴史を知らせ、ダライ・ラマ法王の求める『真のチベット自治を目指す中道』を説明し、チベットの人権状況を知らせる」ことを目的に作ったという。

また、外の世界に対し「チベット人に対する中国の弾圧を終わらせ、法王がチベットに帰還できるよう、速やかに行動してほしい」と訴えている。

ケルサンの逮捕は作家、ブロガー、歌手、芸術家、その他の文化人や知識人を狙った中国のチベット人に対する言論弾圧の一環である。

ケルサンの製作したビデオはカム、アムドを中心に広範な地域に配布され、国外にも持ち出された。

ビデオは以下から見る事ができる:
http://www.tibetonline.tv/videos/71/appeal-about-the-plight-of-tibetans


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2011年01月02日

チベット人作家3人・刑期確定/彼らの言葉

雑誌「シャル・ドゥン・リ」表紙写真は3人がエッセイを発表した雑誌「シャル・ドゥン・リ(ཤར་དུང་རི་ 東のホラ貝の山)」の表紙。
以下写真は今回刑を言い渡された3人。
1枚目ザンツェ・ドゥンゴ
2枚目ブダ
3枚目ケルサン・ジンバ

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「言論の自由こそ民主化の出発点」と劉暁波氏は言う。

また「野蛮な独裁を固守する政権には言論の自由をおそれないものはなく、まさにこれこそ、人間が人間であるためには言論の自由は少しも欠けてはならないということを証明している。人類の自由の権利の目録において、言論の自由は、しばしば第一の自由と見なされ、言論の自由を失うことは、あらゆる自由を失うことを意味している。」
「勇気をもって公開された自由な発言で、制度的な嘘と恐怖に反抗する個人が引き続き多くなれば、一人一言の真実によって、どんなに暴虐な制度であろうとも、その効力を失うだろう。」と、中国の人々に勇気をもって真実を発言し続けることを求めている。

チベットにおいて、この野蛮な独裁国家は内地以上に激しい言論弾圧を行っている。特に2008年以降、数え切れないほどのチベット人、作家、知識人、音楽家、芸術家、教育者が捕らえられた。

では、取りあえず我々には何ができるのか?
最近送られてきた「第3の眼通信No12」にはこう書かれている。
「奪われつつある声を聴こう。私たちにはそのチャンスがふんだんにある。そして、自ら口を噤むことこそ、口を塞ごうとする者たちを利することだと自覚し、チベットからの傷だらけの叫びに応えていきたい」と。

当ブログでも何回の報告してきた、3人のチベット人作家に刑が言い渡された。
まず、評決時の状況を伝えるRFAの記事を、その後にウーセルさんが昨年の10月3日及び、今日1月2日にブログ上で紹介された3人の言葉を紹介する。

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<チベット人作家3人・刑期確定>

12月31日付け、RFA英語版http://www.rfa.org/english/news/tibet/writers-12312010111557.html

チベット語版http://www.rfa.org/tibetan/otherprograms/newsanalysis/china-sentenced-three-tibetan-writers-on-30th-dec-2010-12312010121115.htmlより。


現地からの報告によれば、今年6、7月に拘留された3人のチベット人作家に対し、中国当局は「国家分裂煽動罪」により3~4年の刑を言い渡した。

3人の作家、ブダ(བུད་རྡ་)、ザンツェ・ドゥンゴ(འཛང་རྩེ་དོན་ཁོ་ )、ケルサン・ジンパ(སྐལ་བཟང་སྦྱིན་པ་)は去る10月28日、アムド、ンガバ(རྔ་བ་)の中級人民法院で裁判を受けていた。

求刑の評決を傍聴したと見られる人からは、次のような報告が寄せられている。
「2010年12月30日、ンガバの中級人民法院は3人のチベット人作家に3~4年の刑を求刑した。ザンツェ・ドゥンゴとブダには4年、ケルサン・ジンパには3年の刑だ。判決は、被告や、その家族や、如何なる法的弁護人の陳述なしに言い渡された。評決が行われた時、裁判所で、3人の作家、弁護人、家族の誰の発言を許可されなかった。評決の時、裁判官は全員に起立することを求めたが、3人とも椅子に座ったまま、立ち上がらなかった。
『ジャンツェ・ドゥンゴに4年の刑を言い渡す』と裁判官が発表した時、本人は拍手した。これは判決にたいするあざけりの表現であった。他の2人は無言のままであった」と。

3人は一応、15日以内に上告することが許されている。

彼らは主に2008年のチベット蜂起に関する記事を地方のニュースレターである「シャル・ドゥン・リ」に発表したために、逮捕されていた。

半日間しか行われなかった裁判において、3人は無罪を主張した。
ブダは流暢な中国語で「自分や他の2人が書いたような内容の文章は漢人たちによっても書かれている。判断は『民族間の不平等』を表すものだ」と先の公判の時に述べている。
他の2人もチベット語で自己弁護を語ったが、「通訳が正しく訳さなかった」と傍聴者は報告している。


参照、過去ブログ:
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51517896.html(裁判に付いて)
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-10.html?p=3#20101006
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51500387.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51258282.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51252956.html

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以下ウーセルさんのブログより。
原文は
http://woeser.middle-way.net/2010/10/blog-post_03.html
http://woeser.middle-way.net/
翻訳は雲南太郎@yuntaitaiさんが引き受けて下さった。

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ザンツェ・ドゥンゴ◎ザンツェ・ドゥンゴ「私たちにどれだけの人権があるのか」の概略
(去年10月のブログから)

1.赤い政権を転覆させる意図はチベット人にはなかった。2008年3月以降の抗議事件は自由と平等、幸福、人権を求める行動だ。政府への不満の表れであり、民族間の矛盾の表れではない。

2.3・14などの事件の原因は当局と関係がある。チベットが安定しない主な原因は当局が問題を解決せず、チベット人の人権が保障されないからで、官の圧迫に民が反抗したということだ。

3.殺害された同胞や生きている同胞のために人権を求め続けるのは私達の義務だ。

4.中国中央テレビ(中央電視台)などのメディアは嘘を流し、チベット人に罪をなすりつけており、私達は白黒を逆転させたこうしたやり方に強く抗議する。

文章中ではほかに、ジャムヤン・リンポチェ(中国仏教協会副会長、甘粛省仏教協会会長)、アポ・アワン・ジグメ(政治協商会議副主席)、ラクバ・プンツォク(中国蔵学研究所所長)、ジョンブ・ツェリン・ドルジェ?(仲布•次仁多吉、西蔵社会科学院宗教研究所副所長)らの3・14事件に関する発言を強烈に批判している。
更に、「私達は彼ら歴史の犯罪者を忘れることはできない」と訴え、10世パンチェン・ラマや6世グンタンツァン・リンポチェ(贡唐仓仁波切)、プンツォク・ワンジェ(平措汪杰)、イダム・ツェラン(伊丹才让)らの民族愛を称賛している。


◎ザンツェ・ドゥンゴ(今日のブログに載っていた文章)

3月14日、ラサの空にもうもうと立ち上ったのは50年来耐え忍んできた黒煙で、同胞たちが胸の内で50年来すすり泣いてきた黒煙だ。まさか50年たまった後に噴き出したのではあるまいか?~故郷は苦しい負担を背負っている。見知らぬ同胞たち、チベット3地区の同胞と私には密接な関係がある。~僧侶や学生、市民の尊い生命が暗闇に押しやられる時、どうしても私は沈黙を保つことができない。彼らの不運と私のペンの間には深い関係がある。

ブダ◎ブダ「記憶の中の涙」

(ンガバで起きた)3・16事件では二つの注目に値する事柄があった。一つはテレビと新聞などのメディアが「寺院で大量の武器弾薬が見つかった。これは仏の教えに完全に反している」と報じたことだ。しかし、これは考えてみる価値がある。悲しく腹立たしいことだ。

漢民族はチベット民族の数千年の隣人なのに、チベット民族の信仰や風俗を理解できていない。動物やほかの生命を殺した道具を護法神の殿堂に供えるのは、罪業を洗い流すためだ。こんな習俗は3歳の子どもでも知っている。関羽が堰月刀を持っていないとでも言うのか?

このほか、各メディアは「今回の抗議デモは中国の発展とチベット民族の日々の発展を妨害するものだ」と言いふらした。もしそうなら、チベット族人民はなぜ自分たちの素晴らしい生活を破壊したのか。なぜ恐怖に向き合い、快適な生活を拒否する必要があったのか。

3・16事件では形容しようのない多くの出来事が起きたのに、なぜメディアではまだ見られず、ただ極悪非道のチベット族人民と正義の凛々しい解放軍のイメージがあるだけなのだろう。

「社会主義はこの上なく崇高だから中国で和諧を追求する必要があり、交通不便な農業牧畜地域でさえも和諧の重要性を知っている」このことを文化豊かで人口の多い国家がなぜ認めようとしないのか。すべての人にとって物質文明は欠かせないし、国家の発展にとっても同じだ。こうした時にあらゆる個人と政府が鎮圧という手段を取るのは文明に反することで、野蛮な時代に戻ることだ。

◎ブダの二つ目の文章「塵埃は消える――四川大地震で亡くなった生命を思い起こし」

2008年5月12日、四川省ブン川でマグニチュード8.0の地震が発生し、都江堰や成都、茂県、理県、雅安、青川などが被害を受け、市民や財産に重大な損失を与えた。自然災害は人の力ではコントロールできない事柄だが、文明の側も多くの問題を抱えている。

・情報を受け付けない習慣

5・12地震の前、誰も自分が災害に遭うとは予想しなかった。あれらの廃墟と失われた生命を目にすれば、政府のやり方に賛同する人はいないだろう。西蔵製薬工場が出版した2008年のチベット暦カレンダーには、地震発生の可能性があり、警戒するべきだとはっきり書かれていた。たとえ一つの命を救えただけだとしても価値はあったのに、上級部門は重視しなかった。

・張りぼての建物とかわいそうな生徒たち

地震当時、最も人々が気にかけたのはあの簡単に崩れた校舎とかわいそうな生徒たちだ。政府や父兄はずっと教育を重視していたのだから、たくさんのインチキがあるとはっきり知っているのに認めないのは誤りではないのか?2年前に盛り上がった9年義務教育の実施計画は明らかに単なる机上の空論だった。校舎は倒れ、政府庁舎は依然としてそびえ立っていることは世界に広く知られている。たとえば成都市市政府ビルのように。

どんな角度から考えてみても、政府は人民のために働くべきで、大庁舎内に座って話をするだけではいけない。教育を重視する度合いから国家の意識と質を見て取ることができる。

もし本当に安全を祈る時が来たなら悲しいことだ。


ケルサン・ジンパ◎ケルサン・ジンパ「鮮血と生命の告発」

中国中央テレビ(中央電視台)のニュースは3月14日、ラサのチベット族人民が暴行や破壊、略奪を働いたと報じた。そして、世界に向けて慌しく、「これはダライ分裂集団による行為」だと宣言し、あらゆる方法で恥をかかせ、批判し、責任を押し付けようとした。これについて言わなければいけないことがある。

50年の専制のもとで暮らしてきたチベット族人民は、まるで急に民主や自由、平等を理解できるようになり、重傷を負ったかのようだ。

3月16日、ンガバ県でも同様の抗議行動が始まった。専制者に言わせれば、平和的なデモであっても暴行になる。16歳になったばかりのルンドップ・ツォ(楞珠措)という少女は、警察の銃口によって通学路で死んだ生徒だ(こうした人は多くいる)。ほかにも、身体の自由のない状況で自殺するしかなかった僧侶(キルティ・ゴンパには自殺した僧侶が2人いる)、無期懲役とされた遊牧民、牢獄に閉じ込められた学生(マルカム師範学校の学生)などは、専制者の手による犠牲者だ。

3・16でタシら20数人の青年が銃殺されたと聞く。「民族間には平等と圧迫への反対が必要だ。もし平等がなくなれば少数民族が分裂を求めるのも当然だ」というマルクス・レーニン主義の教えを私は思い浮かべた。

「もし民族と言語の平等や民族圧迫への反対を認めなかったり、不平等のために戦ったりしないのならマルクス主義者ではないし、社会主義者とも言えない」というレーニンの言葉を専制者たちは聞いたことがあるのだろうか?

私たちはあれらの給料取りやいわゆる学者たち(たとえば青海や甘粛の人)を軽蔑せざるを得ない。専制者の残酷な刑罰はいつも普通の市民と僧侶の身に降りかかる。法制を名乗る法律機関の前で、彼らは正義のため、血に染まった体で永遠に私達のもとから去って行く。

政府は「チベット族の人権は既に歴史上で最高レベルに達している」とずっと言っていたではないか。私達はいわゆる「文明的に法を執行し、法に則って法律を執行する」という物言いをどうすれば許せるだろう?明らかに嘘だ。

人が生まれれば究極の幸せを追い求めるように、人類は幸福を求める過程にある。民主、自由、平等は私たちの権利であるべきで、国連の「人権宣言」など存在しないとでも言うのか。人類の歴史で、数え切れない思想弾圧や自由の侵害などは専制者がもたらしたものではなかったか?







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2010年10月06日

温家宝のお言葉/"国慶節"によせて - 最近逮捕された3人のチベット人作家たち/さらに仲間が1名

温家宝先の日曜日、中国の首相温家宝はCNNとのインタビューの中で「私を含めすべての中国人は『中国が引き続き発展し、人々の民主主義と自由への意思と必要性には逆らえなくなるであろう』ことを確信している」と述べた。
また「共産党指導者の間に政治改革を巡り対立が存在する」ことも初めて認めた。
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28262&article=Chinese+Prime+Minister+calls+for+political+reform+in+China

さらに「私は言論の自由はすべての国において必要欠くべらかざるものであると信じる」と述べ、さらに「この流れに乗るものは生き残り、反対するものは脱落するであろう、、、私は強風や激しい雨にも関わらず脱落することはない。人生の最後の日まで屈することはないであろう」と語った。

また、自分と胡錦濤主席に代わって2012年から始まる新しい世代の指導者たちも、この「(言論の自由という)人民の意思」に逆らうものは「脱落」するであろうと警告した。

他にもいいことを沢山言ってる。
例えば、「政党は権力を握った後には権力闘争の時代とは違った形態を取るべきだと思う。もっとも大きな違いは政党も憲法と法律に従って行動すべきとだということだ」とか。
これなど、自分でちゃんと、「共産党は法律に従っておりません」と宣言してるようなもの。

で、このような恩さんの発言に対して、@furumai_yoshiko女史の紹介する、中国のツイッターなどでは、
たとえば、
「温家宝首相が言う『政治改革』って、遊びなれた男が言う『愛してるよ』とおんなじで、簡単に口から飛び出るし、相変わらず天真爛漫な少女たちを陶酔させる魅力を持っているんだな」by @mozhixu

とか、
「30年が過ぎた。(外地の)一時居住権、(土地の)レンタル権、そして(企業の)所有権ができた。これが人権成績表のメインだろ? すごいよな。後何があったっけか、誰か補充してくれ」by @mozhixu // 温家宝首相の人権進歩のスピーチに不満続出中。

とか、
「民間が新聞や雑誌を起こせるか? ニュース出版が明法化されたかい? 言論による罪がなくなったかい? もし、ここ30年来に言論の自由が本当に進歩したというんなら、ぜひ教えてくれ。俺の目には全然見えねぇよ」by @mozhixu

とか、
「改革開放30年余り、当局の最大の功績は、人民の手足を縛っていた縄を緩めて、自分で土地を耕したり、商売をしたり、外に出かけて働けるようにした。確かに、それはそれなりに進歩だ。だが、どこの国が自分の国の人間の手足を縛り続けておくべきだと考えるだろうか?」

とか
「話をする人が多くなったり、思い切った話をする人が増えると、言論空間が広がったというイリュージョンをもたらす。でも、もしかしたら、本当に広がったのは監獄の空間だったりして」

というのがあると、uralungtaさんが教えてくれた。

以下の記事をアップするための前座に始めた恩さんのインタビューが思わず長くなってしまった。

今日の本題はーー温さんのお話は癖になった俳優さんの演技なのかーー今もチベットでは厳しい言論弾圧が続いており、次々に作家などが逮捕されている、という事実をお知らせすることなのだ。

以下、ウーセルさんの10月1日付けブログと、昨日入ったもう1人のチベット人作家の逮捕について報告する。
http://woeser.middle-way.net/2010/10/blog-post.html
(写真はすべてウーセルさんのブログより)
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雑誌「シャル・ドゥン・リ」表紙写真左:雑誌「シャル・ドゥン・リ」の表紙

"国慶節"によせて - 最近逮捕された3人のチベット人作家たち
(U女史訳)

西北民族大学のチベット人学生が主宰する民間雑誌《シャル・ドゥン・リ(ཤར་དུང་རི་)》は、チベット知識人の勇敢且つ真実な思想表現の集合体であり、"真理の探求、平等で自由な真理の探求。勇気の探求、批判し探索する勇気の探求。"を宗旨としている。

2008年に出版された第21期号は、2008年3月以来の、チベット全土に及んだ抗議事件に対する記録と思索である。

"シャル・ドゥン・リ"とは、東方のホラガイのような雪山のこと。ホラガイは召喚や啓蒙を意味する。

< "国慶節"によせて - 最近逮捕された3人のチベット人作家たち >

東科/ドンカル1)東科(ドンカル又はドンケ)、身分証用の名前は容科、ペンネームはニェン

1978年アムド(四川省ンガバརྔ་པ་州紅原県)生まれ。紅原県県誌発行所に勤務。非常に著名なチベット語作家であり、四川省作家協会会員。《復活》、《技法》等の詩集を出版し、第2回カンサル・チベット文学賞、第1回カンサル・メト文学賞、及び第3回四川少数民族文学創作優秀作品賞を受賞している。友人と共に地元でチベット語幼稚園を経営、多数のチベット人が子供をこの幼稚園に通わせチベット語を学ばせていた。

2010年6月21日午前9時頃、"国家分裂煽動罪の嫌疑"を理由として、ンガバ州公安局により自宅から連れ去られる。2010年7月26日、ンガバ州人民検察院がンガバ州公安局による逮捕執行を批准し、マルカム県にあるンガバ州看守所に拘禁された。以来今に至るまで、親族は彼と面会できておらず、具体的な状況は不詳である。

逮捕の原因は、彼が2008年のチベット語月刊誌《シャル・ドゥン・リ》に発表した文章《我々にどれほどの人権があるか》に関わるという。

ブダ2)布旦(ブティン)、ペンネーム:布達(ブダལྦུ་རྡ་):

1979年アムド(四川省ンガバ州ンガバ県)生まれ。重慶医科大学を卒業し、ンガバ県哇爾瑪(Wa'erma)郷衛生院に勤務、《崗堅梅朶(カンサル・メト)》などの刊行物に詩や雑文を発表。チベット語月刊誌《時代的我(デンラップ・キ・ンガདེང་རབས་ཀྱི་ང་)》編集。

2010年6月21日午後1時頃、"国家分裂煽動罪の嫌疑"を理由として、ンガバ州公安局によりンガバ県哇爾瑪郷の衛生院から連れ去られ、個人的な文章や書籍なども没収された。最初、州府マルカムのンガバ州看守所に拘禁されていたが、現在はンガバ州金川県の看守所に拘禁されている。親族は彼と面会できておらず、具体的な状況は不詳。

逮捕の原因は2008年のチベット語月刊誌《シャル・ドゥン・リ》で発表した《回顧と思索》に関わるという。

ケルサン・ジンパ3)朶譲雲巴(ガラン・ユンバ/ケルサン・ジンパསྐལ་བཟང་སྦྱིན་པ་)、ペンネーム:_米(ンガミ、匠の意):

1977年甘粛省甘南州夏河県ラプラン生まれ。インド、ダラムサラのキルティ・ゴンパで仏教を学んだ後、チベット本土に戻りンガバ県城関鎮に居を定め、《崗堅梅朶》などの刊行物に詩や雑文を発表。チベット語月刊誌《時代的我(デンラップ・キ・ンガ)》編集も務める。

2010年7月19日午前9時頃、"国家分裂煽動罪の嫌疑"を理由として、ンガバ州公安局により自宅から連れ去られる。現在はンガバ州金川県看守所に拘禁され、親族は彼と面会できておらず、具体的な状況は不詳。

逮捕の原因は、2008年のチベット語月刊誌《シャル・ドゥン・リ》に発表した文章《鮮血と生命の告発》に関わるという。

タシ/テウラン他にもいる。
これより前に、西北民族大学のチベット人大学生でやはり雑誌《シャル・ドゥン・リ》の編集者であった扎西熱丹(タシ・レティン)ペンネーム:鉄譲(テウラン・写真左)

及び周洛 (ジョウロ)、ペンネーム:雪合江

の2名が、今年4月に学校から連れ去られた。テウランがどこに拘禁されているかは不詳で、成都とも蘭州とも言われているが、いずれにせよ現在も釈放されていない。聞くところによれば彼の実家には老母と妹がおり、甘南州マチュ県の牧畜区域に住んでいるが、牧人の身で生活は困難を極めているという。雪合江は保証人を立て審問待ちの名目で5月に釈放されたが、拘禁されていた1ヶ月の間睡眠を許されなかった為、体を壊し、記憶力にも問題が生じている。

タギャ 国際的な関心を集めている囚われの著名チベット人作家タギャ(ペンネーム: ショクドゥン)は、《翻天覆地》を著述した為に、今年4月23日西寧にて拘禁され今に至る。以来家族は一度も本人との面会を許されていない。タギャの実家のある村の年配者多数が西寧看守所のタギャのところへツァンパを送ったが、 やはり面会は許されなかった。家族が彼の為に弁護を頼んだ北京の人権派弁護 士は既に委託を受け入れ西寧を訪れたが、本人との面会はやはり許されなかっ た。現在の状況は不詳。

逮捕されたチベット人作家たちは全員、言論によって罪を問われている。全員 が2008年、チベット暦土鼠年の抗議騒乱を記録し、評論し、反省したが為に罪 を問われたのだ。チベット人は談論する。チベットでは、学があり、敢えて真実を語るチベット人は全て連れ去られる。2008年以降、敢えて不満の声を発し たチベット人は全て、おもむろに粛清されてゆくのだと。

ここに各界の関心と声援を求める。
こちらも閲読されたし: 2008年チベットの第2の戦場 - チベット語雑誌《シャル・ドゥン・リ》の紹介(文/桑 傑嘉)
http://woeser.middle-way.net/2009/08/2008.html

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参考:過去ブログ
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51500387.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51258282.html
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51252956.html

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上記の仲間1人も逮捕された

10月5日付けphayul及びRFA(チベット語放送)によれば、
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28257&article=Tibetan+man+from+Ngaba+arrested+in+Chengdu

アムド、ンガバのタカツァン村出身のジョレップ・ダワཇོ་ལེབ་ཟླ་བ་(38)が10月1日、成都で逮捕された。

彼はンガバのチベット学校の教師であり、またチベット語月刊誌《時代的我(デンラップ・キ・ンガདེང་རབས་ཀྱི་ང་)》の編集者でもあった。

逮捕容疑は判明していないが、この情報を提供したダラムサラのキルティ僧院のツェリンは「先に、同じ雑誌の編集者であった2人(上記:ブダとケルサン・ジンパ)も逮捕されているので、この雑誌に関る逮捕だと思われる」
とコメントしている。

ダワはかつて、ダライ・ラマ法王の発した「動物の皮や毛皮製品を使用しないように」とのアピールに照応して、ンガバ地方でチベット人たちが競って動物の皮や毛皮を焼却したとき、その先導者となったとして一ヶ月間拘留されたことがある。

2人の子の父親であるダワは2008年3月16日にも数ヶ月拘留されたことがある。
この時には妻が営む小さな書店に警官が踏み込み、書籍や所持品を持ち去られたという。







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2010年05月04日

国際ジャーナリスト協会・チベット人作家タギェル氏の解放要求

6183753b.jpg<国際ジャーナリスト協会は、中国政府に対し、拘留されているチベット人作家の即時無条件解放を要求した>

5月3日付パユル
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27231&article=International+media+group+seeks+unconditional+release+of+detained+Tibetan+writer

ダラムサラ:国際ジャーナリスト協会は、先月、中国当局により拘留された、著名チベット人作家タギェル氏の即時・無条件解放を要求した。

逮捕時の状況や、逮捕の原因の一つになったとされる、被災者に送る公開署名書簡の内容などについては以下、先月26日付ブログ参照。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51440245.html

RFAによれば、4月23日のタギェル氏の逮捕に先立つ4月12日、タギェル氏の妻であるラソが経営する
書店に警官が現れ、タギェル氏のチベット語著書数点、2台のパソコン、及び他の個人的書類を押収したという。

その時、警官はタギェル氏の著書についてラソに尋問し、さらに彼女に書店を閉鎖ようにと命令した。
彼女はタギェル氏が逮捕された2日後の25日にも警察署に呼び出され、尋問を受けたという。

国際ジャーナリスト協会はタギェル氏の「説明の無い拘留」に対し懸念を表明し、先週金曜日(4月30日)、中国政府に対し、タギェル氏を「即刻」、「無条件」開放することを要求する声明を発表した。

IFJは、逮捕後2週間経ったが、今も彼の逮捕が著書に依るものなのか、手紙に依るものなのかはっきりしないとコメントする。

「中国憲法第35条の下で、全ての中国国民には、その宗教、民族的背景,またはその発言の内容に関わらず、表現の自由を行使する権利が保障されている」と声明の中でIFJ事務局長Aidan Whiteは強調した。

IFJは、世界100各国以上からの約60万人のメンバーを擁する、世界でもっとも大きな国際ジャーナリスト連合組織である。

IFJ東京事務所のホームページ(日本語)は以下:
http://ifj-tokyo.org/aboutus.aspx

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2009年08月18日

声を上げ、恐怖を乗り越え、そして捕らえられたチベット人作家たち/ウーセル

以下、8月3日付ウーセルさんのブログの記事です。
長田さんが訳して下さっているのを「チベット式」に発見し、コピペしたものです。
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2009/08/post-b68d.html
▼原文
「突破噤声、遠離恐怖、接踵被抓的幾位蔵人作家」(看不見的西蔵)
http://woeser.middle-way.net/2009/08/blog-post_03.html

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声を上げ、恐怖を乗り越え、そして捕らえられたチベット人作家たち
文/ウーセル(唯色)

昨年3月“チョルカスム”(ウ・ツァン、カム、アムド3地域)全域に及んだ抗議行動の後、年末の記事『誰も知らない果てしない暗闇に消え去る...』で次のように書いた。

「一つひとつの事件がまるで昨日起こったことのようだ。鮮血は今なお流れている。硝煙は今もまだ漂う。血との炎の中にほとばしる熱い涙、沸きあがる怒り。私たちの多くにとって、依然として鮮烈な体験だ。なぜなら巨大なベールの裏側では陰謀が着々と進んでいるのだから。..... 私たち一人ひとりがこうした統計を残すことができるかもしれない。より詳細に、より多くの事実を記録することもできるだろう。それはすぐに完成できるものではないが、きめ細かく、確実に、完璧に、誰も知らない果てしない暗闇に消え去った命を網羅し、2008年の鮮血と炎をもって、だれも無視できない、言い逃れのできない真相を提供すべきである。」

チベット語書籍今に至るまで、母国語による書籍、雑誌、文章、歌詞は絶えることなく登場している。チベット人作家たちは、つぐんでいた口を開き、恐怖を乗り越え、先人に続いて、さらに多くのチベット人を鼓舞している。

以下は、捕らえられたチベット人作家たちについて、私の知る範囲での記録である。そして、チベットの真相について記録した書籍・雑誌についても紹介する。十分でない点があれば、読者各位の補足に期待したい。

母語作家、クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)、ドクル・ツルティム、カム・クンチョク、タシ(筆名テウラン)に深く感謝する。

クンガ・ツァヤン1)クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)
アムド・ゴロク・ルンカル寺の僧侶。ラプラン寺高等佛学院に学んだ。ニェンポユルツェ環境保護協会のカメラマンでもある。20代。

著作に「誰が真の覚醒者なのか」「誰が真の分裂主義者なのか」「誰が我々を支持しているのか」「チベット転生活仏の責任」「ラサはすでにラサではない」「中国は尊者ダライ・ラマを尊重すべきだ」「チベット人民、我々はエイズの真相をよく知るべきだ」「我々チベット人は、真実の証人だ」などがある。

2009年3月17日の日中、警察によってラプラン寺から連れ去られた。今なおどこかに監禁されている。

ドクリ・ツルティム2)ドクリ・ツルティム
アムド・マンラ(青海省貴南県)出身。貴南県ルツァン寺と化隆県ティクギャ寺に学んだ後、四川省アバ県ゴマン寺に学ぶ。現在27歳。
2009年4月2日前後、ゴマン寺で警察に拘束される。彼の書いた文章が分裂と煽動の嫌疑を受けたため。今なおどこかに監禁されている。
彼が創刊し主宰した文芸紙『雪の生命』はすでに発禁となっている。






カム・クンチョック3)カムクンチョク
四川省アバ県ドソ村出身。アバ州バルカム民族師範学校に学ぶ。同校『南賈報』創刊メンバーのひとり。アバ県キルティ寺『カンサルメト』の編集も担当し、執筆も手がけた。
2008年3月20日夜、他の学生らとともにチベット人の射殺や拘束に抗議したため懲役2年の判決を受け、成都市綿陽刑務所に投獄されている。

タシ4)タシ(筆名テウラン)
2009年1月25日、『血書』を自費出版。勇敢にも、昨年3月10日にチベットで起こった抗議行動の真相を明らかにした。『血書』は序文と32編の文章からなり、「地獄からの報告」「魂の旋律」「我がチベット」「心より捧ぐ」「真実の報復」の5章に分かれている。西北民族大学のチベット語雑誌『シャルトゥンリ』(夏東日)で発表された文章もある。

タシは『血書』出版後、当局に拘束され、今なお行方がわからず、まったく音信がない。一部のチベット語のブログはすでに、彼が密かに拘束されたことを伝え、広く関心を呼びかけている。

タシは四川省アバ州ゾッゲ県出身。『血書』は1000部を出版し、500部が売り出され、500部は当局に没収された。逮捕されたのは先週、場所はゾッゲであったと言われている。年齢は20代。これ以上の詳細は不明である。


2008年以降出版されたチベット語書籍類昨年のチベットでの事件の後、民間で出版されたチベット語書籍を紹介する。写真の上から順に:
1)『雪域チベットの聖なる宝』 2)『心の内の平和』
1)『慈悲の力』 2)『時代の私』3)『時代の私』4)『私たちの民族と私たちの思想』
1)『私の故郷と聞き耳』2)『仏教紹介』3)『捕われたチベット人』(作者・永冷智は、青海省尖扎県民族中学高等部1年の学生。2008年10月18日、当局の政策に抗議するため自殺した)


最近、以下の出版物が青海・甘粛で発禁となったと伝えられている。

血書 タシ『血書』:タシ(筆名テウラン)著













「シャルトゥンリ」チベット語雑誌『シャルトゥンリ』:西北民族大学のチベット人学生が刊行するチベット語雑誌。21号掲載の9編が、2008年3月のチベット事件についてのもの。


『赤風呼嘯』:小説。ツェリン・トゥンドゥプ著。青海省河南州のモンゴル人地区出身。
『ナクツァンワの歴史』または『ナクツァンの男の子の悲劇』:ナクツァン・ノルブ(またはニテン・ロブサン)著。甘粛省甘南州マチュ県出身。青海チベット族研究会の常任顧問・理事を務めている。
『ツェンポの精神』:詳細不明。

以下の2枚の写真は、作家でありカメラマンである前述のクンガ・ツァヤン(カンニ)撮影によるもの。
クンガ・ツァヤン撮影










クンガ






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