内地

2008年04月25日

チベット内地、4月以降の主な事件

cb34783b.JPGTCHRD(チベット人権民主センター)の今日の記事の中に4月以降の主な事件、衝突がまとめられていた。
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080424.html

以下英語のまま、

On 3 April, more than eight people including monks were shot dead and dozens left injured after fellow monks of Tongkor Monastery in Kardze County, staged a peaceful demonstration calling for the release of two monks arrested earlier on 2 April for objecting Chinese "Patriotic Education" campaign in the monastery.

On 11 April, the "TAR" authorities sent the "Legal information Education" "work team" as a part of the "patriotic education" campaign in Drepung Monastery, who were confronted by the monks of the monastery against visit of the "work team" to conduct the campaign and later detained by the authorities. There is no information on the condition and whereabouts of those detainees. However, according to the Chinese official mouthpiece, Xinhau, dated 11 April, reported that a patriotic education group has arrived at the monastery "to help maintain social stability, socialist legal institutions" and "restore religious order" but suppressed the protest and detention of monks in its report and cited "TAR" government as saying the officials involved in the "patriotic education" campaign throughout Tibet "have received the understanding and support of monks and religious followers". Mr. Zhang Qingli, the "TAR" Communist Party chief visited the Drepung Monastery on 18 April 2008.

On the same day on 18 April 2008, the "TAR" Communist Party chief Zhang Qingli visited Sera Monastery giving assurance to the monks that "the Communist Party committee and government of Tibet would protect the legal rights and interests of patriotic and devouts monks and nuns". The Xinhua reported that the Buddhist service have resumed after being suspended due to Lhasa 'riot' bu the official mouthpiece completely skipped the report of the detention of around four hundreds monks of the monastery in the early morning raid in Sera Monastery. There is no information on the condition and whereabout of those detained from the monastery.

On 12 April, a special meeting was convened among the representatives of the various monastic institutions under all eighteen counties of Kardze "Tibetan Autonomous Prefecture" ("TAP") at Dartsedo and instructed to commence the "patriotic education" campaign immediately across all religious institutions in Kardze.

According to official media reports, the campaign was reinvigorated across Lhasa city, educational departments in Lhasa, in Lhoka and Chamdo Prefecture.

On 3 April, monks of Wara Monastery in Jomda County, Chamdo Prefecture "TAR" confronted and challenged the "work team" from carrying 'patriotic education' campaign by saying 'even at the cost of our lives we will never defame and denounce our religious leader, the Dalai Lama".

On 14 April 2008, the PAP forces ransacked the residences of monks of Tsang Monastery in Kawasumdo County(Ch: Thunde Xian), Tsolho "TAP" Qinghai Province, confiscated pictures of the Dalai Lama.

On 21 April, Dorjee Tsering, Lhasa City Mayor, has told that the "Patriotic education" campaign will be a standard litmus test for the party cadres.

写真はレプゴン ロンボ ゴンチェン僧院、4月21日のブログ参照。

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新たな<愛国教育>キャンペーン全チベット社会を襲う

チャムドの愛国教育集会CR-TCHRD24日付のTCHRD(チベット人権民主センター)の記事より

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080424.html

チベット自治区内及びその他のチベット人居住地における一連の抗議運動を封じ込めようと、中国政府は新たな<愛国教育>キャンペーンを始めた。

これまではこの愛国教育は、長年に渡り反体制派の根城と目されてきた僧院に対して行われるものであった。
しかし今回はより強化され、より厳格な愛国教育が、すべてのチベット人社会組織に対して行われ始めたのだ。
4月初めに公表されたこの<2ヶ月間の新愛国教育キャンペーン>の対象は僧院はもとより政府職員、警官、公安職員、農民、遊牧民、私企業、学校へと及んでいる。
このキャンペーンの趣旨或いは隠された意図は「ダライクリーク(一味)と3月14日暴動の実態?を知らしめ、ダライ一味を明白に批判否定し、対決姿勢を示すこと」にある。
この二か月間でチベット社会すべてにこの教育を徹底させるために。共産党執行部指導のもとに新たな委員会が組織された。

この愛国教育は3つのテーマを掲げる。
分裂主義者に対決する><社会秩序を守る><発展を讃える
これらの学習が徹底されることがこの教育の目的とされる。

そのために集会が開かれ、専門家のスピーチの後、<愛国教育>の内容についての学習と議論が行われる。中国の法律と刑罰についても忘れずに付け加えられる。最後にはダライラマ批判セッションがあり全員が声を出してダライ批判のスローガンを叫ぶことが強要される


続く。


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2008年04月24日

23日付委員会プレスリリースの続き

a8b62e02.JPGhttp://www.stoptibetcrisis.net/pr230408.html

雲南省から4000人の軍隊がギャルタンに移動した。

サキャ僧院に対する愛国教育に怒った地方の住民が中国を非難するスローガンを叫んだ。

状況は依然厳しい。ほとんどの主だった僧院と衝突のあった地域は軍隊に包囲されている。

チベット内部からの情報は極端に少なくなってきた。

各家一軒一軒の家宅捜査が続き、疑わしいと思われる者は次々に逮捕されれている。


このチベットの危機を救うためには速やかな国際機関の介入が必要だ。
故に我々は以下の4項目を要望する。

1 国連、各国政府、人権擁護団体、又は独立の事実調査団をチベットに派遣しチベットの真実の状況を世界に知らしめること。
2 基本的人権であるべき、表現の自由を平和的方法で求めたチベット人に対しこれ以上の殺戮と弾圧が及ばないよう、中国政府に対し具体的圧力をかけること。
3 国際医療機関は負傷したチベット人を救うべく医療チームを派遣することを要請する。
4 各国際機関は、非人間的拷問と長期の刑期を受ける無実の囚人たちを直ちに解放させるよう、中国政府がチベット人の基本的人権を尊重するよう要求すること。


チベット人各共同体と世界中の平和を愛する人々はチベット内地におけるチベット人の安全に強い危惧の念を抱いている。そして世界中のチベット人とそのサポーターが祈りの会を行い、集会を開いて苦しむチベット人に対する連帯を示している。

以上


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2008年04月23日

23日付委員会プレスリリース

本日23日現地から入った情報によれば、アムド、チェンツァ地区ロパのチベット人700〜800人が平和的行進を行っているという。
アムド、チェンツァ地区では付近の7町村の人々約1000人がこのところ断続的にデモを行っている。
行進ではダライラマ法王の写真が掲げられ、法王の長寿を祈り、中国に対しパンチェンラマ ゲドゥン チュキ ニマの即時解放を要求している。
中国側は今のところ、地方の有力者、高僧などを脅迫してデモ隊を鎮めようとの作戦らしい。

同じくアムドのウェドォ中学校の生徒たちも平和的行進を行ったと伝えられる。


ゴロ チディル ゾンでは500人のチベット人が山の頂上付近に立てこもっているが、昨日「もしも共産党のリーダーたちが、地域のラマ(高層)を逮捕したり、危害を与えるようなことがあれば、我々は戦いを挑むであろう」との宣言を出した。

彼らは又、国際機関に対し事実調査団をチベットに派遣するよう要請した。

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続きは明日、



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22日付委員会プレスリリース

愛国再教育キャンペーン、難民一時収容所の子供たちの絵から22日付となっていますが、実質本日付です。と言うのも通常夕方5時以降朝までにその日のアップがなされるからです。

Press Release 22nd April 2008
http://www.stoptibetcrisis.net/pr220408.html


チベット農民ゼネスト

確かな情報筋が伝えるところに依れば、チベット自治区カルゼ県タウ地区内のミンヤ村、ギュソドン村、カシチャ村及びドゥンダ村の農民は中国政府に抗議するためにすべての農作業を停止したという。
Minyag Gharthar, Gyugsodong, Kashicha and Dhumdha in Tawu district of the Karze Tibetan Autonomous Prefecture
抗議の内容は、「中国政府によるチベット全土に及ぶ極端なまでの弾圧により、多くのチベット人が殺され、逮捕された。逮捕されたもの達は監獄で拷問を受けている。
このままではチベットに於いてチベット人は完全に消え去るであろう。中国政府は即刻チベット人に対する弾圧を停止せよ」というものだ。
地区官憲は即刻作業を再開するよう命令を出した。その上で命令に従う各農家には400元が報償として与えられるとも発表した。


愛国再教育キャンペーン

また同じカルゼ県にあるリタン ゴンチェン僧院論理哲学学堂the school of Dialectics of Lithang Gonchen monastery in the Karze Tibetan Autonomous Prefecture
の僧侶たちに対し、地方政府は今月20日までに中国国旗を僧院に掲揚すること、及び各自自分のサインがしてある白紙の用紙に顔写真を張って提出することを命令した。
従わない者には厳罰が与えられよう、と忘れずに書き加えられていた。
しかしこの学堂の僧侶たちは20日付で政府に対し、命令に従わないことを伝えたという。
この学堂に先立ち、リタン ゴンチェン僧院本山に対し中国側は4月4日、5日に同様の命令を下した。しかし僧院の僧侶全員が即座に「どうせ後から勝手に何でも書けるような<サインの入った白紙の紙>などどうして渡せようか!」と言って命令に従うことを拒否したという。その後の状況は不明。


ネチューン僧院

4月19日には中国の官憲はラサのネチューン僧院(神託で有名)に向かい<愛国再教育キャンペーン>を行った。しかし僧侶たちは集会に出席すること自体を拒んだ。
この結果6,7人の僧が逮捕されたという。


悲しい話

4月16日アムドのガッパ キルティー僧院の一僧侶トゥサム29歳は、今回の中国によるチベット人に対する弾圧からくる極度の緊張に、これ以上耐えられない、と言って自殺した。
彼は元々目が悪かった。死ぬ前に彼は親戚の一人に次のように語ったという。
「ちゃんと目の見えるチベット人でさえ、中国によって打ちのめされる今のチベットの状況に誰もが耐えがたい思いを抱いている。私は目が見えないけれど、目が見える人と同じか、それ以上に耐え難い思いを抱いているのだよ」と。

(私が今までに見聞きした情報だけで、自殺者の数は20人を超える)


チベットの危機的状況を鑑みて、委員会は国連及び各国際機関に対し以下の六カ条緊急要請を行う。


1.早急にチベットに独立した事実調査団を派遣すべきこと。
2.早急にチベット全土で自由な取材が許可されるべきこと。
3.早急に中国政府はチベット全土でチベット人に対する弾圧
  と残忍な殺戮を中止すべきこと。
4.早急にすべての拘束、逮捕者を解放すべきこと。
5.負傷しているチベット人が適切な手当を受けられること。
6.チベット人の移動と、生活必需品へのアクセスが許される
以上




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2008年04月22日

昨日の21日付委員会プレスリリースの続き

6ca097b3.JPG以下昨日プレスリリースの後半です。


大量のチベット人が逮捕されたり、され続けたりする結果、チベットの刑務所はどこもチベット人の政治犯で溢れかえっている。逮捕者は遠い他の土地い連れて行かれたり、中には中国本土の刑務所に移送される者もいる。
解放された者もいるが、彼らは一様に拷問と飢餓の故に極端に衰弱して出てくるという。
また、すべてのチベット人囚人は保釈金として数千〜数万元を支払うよう要求されている。


その他の情報としては3月18日、ペンボルンドゥップの北タクルン僧院から僧侶の一団がダムシュン地区庁舎に向かって平和的行進を行ったという。その後の詳細は不明。


チベットの危機的状況を鑑みて、委員会は国連及び各国際機関に対し以下の六カ条緊急要請を行う。


1.早急にチベットに独立した事実調査団を派遣すべきこと。
2.早急にチベット全土で自由な取材が許可されるべきこと。
3.早急に中国政府はチベット全土でチベット人に対する弾圧
  と残忍な殺戮を中止すべきこと。
4.早急にすべての拘束、逮捕者を解放すべきこと。
5.負傷しているチベット人が適切な手当を受けられること。
6.チベット人の移動と、生活必需品へのアクセスが許される

以上


デブンの僧たちは洞窟が、セラの僧侶たちはレンガ工場が監獄となっている。
朝晩の寒さはいかばかり、何日も食事は与えられない、拷問は休みなしに続く。
嘘だと思う中国人は地獄を見に行くといい。チベット人や私たちはそれを見て、驚き憐れみ、何とかして早く助けたいと思うことだろう。中国人はそれをみて、、、平気に笑ってほっておくでであろうか? 
ああ、人非人に作られし、ツンボで可哀そうな中国人たちFree China!







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2008年04月20日

ラサ近郊ペンボ、ルンドゥップの現状

昨日オーストリア経由でペンボの様子がRFAに電話で伝えられました。

チベット難民子供の絵<故郷>

ペンボとはラサの東北東2時間ぐらいにある、ルンドゥップの町を中心とし、周りの幾つかの村落を集めた地域の名前です。有名なガンデン僧院があり、この僧院の僧侶の多くはこの地方の出身です。
私も23年前と10年前ぐらいにここを訪ねたことがあります。瓦礫と化したガンデン僧院の裏山の上から眺める、この地方のまさにチベット的な得も言えぬ美しさはいまでもはっきり覚えています。

かかわりの深い9−10−3の会のメンバーにはこの地方の出身者が多い。例えばルンタホームページでその26年に及ぶ獄中生活をすでにご紹介しています。
http://www.lung-ta.org/testimony/jampa.html
今は亡きジャンパ プンツォック氏もこの地方の出身です。
彼の一生は長かったのでその証言も少々長いのですが、59年動乱とその後のチベットを知るには大切な証言と確信いたします。ルンタのT女史が聞き取りまとめたものです。
その他の証言集は比較的短いのが多いです。
是非今こそお読みください。多くは20年前ラサで行進を先導した人たちの、その時とその後の生きた証言です。
チベット支援の集会などで資料として有用と思われるなら、遠慮なくプリントアウトして御使用ください。



前置きが長くなりました。

このペンボでは先の3月15日に僧侶たちが抗議のデモを行い、続く16日にはこれに市民も加わり1000人規模のデモとなった。これに対し中国の武装警官が発砲を交えて弾圧した。
15日だけで約250人が逮捕された。
http://tchrd.org/press/2008/pr20080317a.html

この衝突が原因で今までに3人の死亡が確認されたと今回新しく伝えられた。
直接銃弾に当たり死亡したのは1人、撲打が原因でしばらくして病院で死亡したものが2人と氏名を上げて報告された。
またガンデンチュコルという尼僧院にはかつて55人の尼僧がいたが今では3人を残すばかり、ナーランダ僧院も壊滅状態だという。

この町には元僧侶、元政治犯のチベット人も多く、ラサのデモにすぐに呼応して立ち上がったというわけだ。


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http://www.savetibet.org/セイブチベットのサイトより以下の地図を添付する。
4月5日までの抗議行動発生地がプロットされている。


map of protest


チベット全土に広がっていることがはっきり解る。
この他http://tchrd.org/maps/march_2008/でも説明付きの地図を見ることができる。
アップは最近あまりされていないようだが。





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2008年04月16日

作家、タレント、演出家として著名なチベット人女性逮捕される

b3eee0cc.jpg<作家、タレント、演出家として著名なチベット人逮捕される>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=20668&article=Leading+Tibetan+Writer%2c+Performer%2c+Producer+Arrested">http://phayul.com/news/article.aspx?id=20668&article=Leading+Tibetan+Writer%2c+Performer%2c+Producer+Arrestedチベット人の反中国抗議運動弾圧の最中、自治区政府は作家でもあり、テレビプロデューサー、タレントでもある著名なチベット人女性を逮捕した。

RFA(ラジオフリーエジア)が西寧からと伝えるところでは。
4月1日、ジャミヤン キー女史は国営青海TVの中にある自分のオフィスから私服警官に伴われてどこかね連れ去られた。
「彼女はそれきり消えてしまった」
「あるゲストハウスに連れて行かれ尋問を受けているらしい、という情報もあるが、、確かではない」
彼女は広く各地で公演会を開いていた。アメリカでも公演と講義を行ったことがある。


一方、北京の信頼できる筋からの情報によれば、罪名は不明だが、彼女は西寧公安局によって正式に逮捕されたとのことだ。
中国では逮捕が証拠に先行するのが常である。
西寧からのもう一つの情報によれば「公安の者たちがジャミヤン キー女史の自宅からパソコン、携帯等をすべて持ち去った」という。

<テレビプロデューサー、音楽家、活動家、ブログ作家>

40代のジャミヤン キー女史は国営青海テレビ局のチベット語セクションのプロデューサーとして20年以上のキャリアがある。
チベット人の間では特に女性問題の活動家として有名だった。
2006年には歌と講演のアメリカツアーを行った。

彼女のブログは若いパソコン好きのチベット人の間で人気が高い。しかしなぜか、この騒乱が起こる数か月前から全くアップされなくなっていたという。

彼女は青海省の中でも僻地の北西部マンガ地区の出身。キーは歌手、作曲家としても知られ、ヒットしたミュージックCD<祈り>、ビデオCDには<遠い恋人>と<カルマ>がある。
作風はモダンポップとチベット各地の伝統的フォークを融合したものだ。

ジャミヤン キー女史はこれまでに逮捕されたことはなく、今回の逮捕の理由はまだ明らかではない。

しかし、この50年間で最も広範囲に渡る反中国運動が起こり、激しく弾圧される中で、カム、アムド、ラサ地区出身のチベット人で最近外国に行ったことのある者の多くが公安の尋問を受けているという。

<過去の因縁>

青海テレビ局では過去にこんなことがあった。
2006年にダライラマ法王は「チベット人は毛皮などを衣服に使用しない方がいい」と発言された。
これに対し中国当局は青海テレビ局のチベット語セクションのキャスターは従来のチベット服の襟に毛皮をトリミングするようにとの命令をだした。
明らかなダライラマ法王にたいする当てつけのつもりだったのだ。

青海プロパガンダ省省長のチェ シゼンと地区共産党政治理念共闘作業局局長のリンチェン ギャル が青海テレビ局を訪れこのことを命令したという。

「これは政治の話だ。だから君たちは全員毛皮のトリミングを着けなければならない。持ってないものは買いに行けばよい。その金は我々が出してやろう」と役人は言ったという。






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2008年04月05日

カム再び緊迫

ダラムサラは今日は朝から、久しぶりの本格的嵐です。冷えるなと思っていたら、吹きつける雨は、霙交じりとなって来ました。
 明日は法王自ら導師となって、朝から1日中、供養祈願会が行われる日です。このままだと、とても寒い荒れた1日となりそうです。
 明後日(7日)は<頭丸める日(?)>です。私は昨日すでに剃りました。どうせその日には剃らないわけにいかないだろうし、その日になると、街のあちこちで無理やり抑え込まれて剃られ血だらけとなる光景とか、この際女も剃るべきだ、いや剃ろうということで、家の中でも夫婦が仲良く、あるいは争いながら剃りあう光景とか、この際シラミ予防に最適な口実ができたと、学校の生徒が全員坊主となる光景とか……想像するのは実に面白いですね。これももう剃ってしまった人の余裕ですかね。

 そういえば一つ、この前ルンタレストランで話を聞いたお坊さんを覚えてますよね。彼が家族からの電話で聞いたとして伝えてくれた、アムドのホッカのデモのことが昨日だったかのTCHRDの記事にやっと載ってました。写真付きなので時間のあるときぜひ見てください。
http://www.tchrd.org/
 ただひとつ私が聞き間違えたのか、デモは27〜29日に発生したのではなく、25、26、27日だったようです。TCHRDの記事には彼の弟のことは載ってませんでした。馬でのデモについても書いてなかったな……。TCHRDの最近の他の記事にも目を通してみてください。
 今日の記事には、16日から始まった騒動で30人ほどの死者が出たアムド5区で、お坊さんが2人自殺した話が書かれています。1人は若い僧。すべては自分のせいであって今獄に捕まっている者たちには何の責任もない、と言って責任を負うつもりで自殺した。もう1人は老僧。もう1日でもこれ以上中国の下で生きるつもりはない、と言って死んだとか。
 Radio Free Asiaのチベット語放送を聞いていると、ライブでどんどん内地から、特にアムド、カムから電話が入って来て、現地の状況を伝えています。まだまだ至るところでデモや衝突が起こっています。みんな緊迫し、高揚したような声が多いです。ただ、残念なことにアムド語やカム語がそのほとんどでして私の今の語学力では、細かいところまでははっきりは判りません。

 衝突に至る根本原因はさておき、最近のケースの一般の成り行きは以下のようです。
 まずは中国の役人たちが上から命令され、警官、軍人を伴って各地方の寺、僧院に仰々しく出向く。全員を本堂に集め緊急特別政治教育集会を開く。そこで各尼僧に強烈なダライラマ批判を強要する。ここまでは、これまでも長年続いてきたことなのでなんら特別のことでないのです。
 ただ、今はどこの田舎のチベット僧だって、ラサやアバで多くのチベット人が殺されたことは知ってる。だからそう簡単に、はいそうですとは言わない。それどころか、もしもその数に置いて僧侶が多勢なら(チベットの僧院には僧が100人200人いるのが当たり前)、その役人たちを追い払ったりする。
 そのあとはまず、寺や僧院の高僧が警察に呼び出され、最後通知のようなことを言われる。いうこと聞かないなら、大変なことになるぞ、軍隊を沢山呼ぶぞ!と脅す。高僧は僧院に帰ってみんなと話し合うが、この際多くの場合全員断固抵抗を決意する。
 もちろんその後、軍隊が数百から千人単位で押し掛ける、部屋に押し入られ僧はその場でしこたま殴られる。その時、必ず何人かを連れて帰る。
 残った僧侶たちは仲間を釈放せよと政府の建物や警察所に向かう、それを見たり知ったりのチベット人は僧侶の行進に加わる。どんどん数が増す。
 こうなると、場合によれば(中国の場合)、発砲、射殺ということになる。
 まったく中国は黙って寝てろ! です。

 後もう一つのタイプは最近の犠牲者のことを思い、各寺、僧院、あるいは普通の俗人が集い死者を弔う法要を行う、あるいは行おうとする、それを知った地方政府、警察、軍隊、がその法要を蹴散らす。それに対して……

 それにしても、最近のデモは大方、まったく平和的方法で行われているようです。それでも命がけであることには変わりありません。

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 (新華社経由の映像にはチベット人が商店を襲ったり車を横転させたりしているシーンばかりが写っていて、「武力弾圧やむなしという世論形成のための工作だ」とか「やらせだ」なんて意見もあるけど)
 私の思うに中国はすべてのビデオの中から必死に探しても、あの程度の暴力シーンしか見つけられなかった訳ですから。まるで大したことはしてないことの証拠ではあります。 これがその場で銃殺することを正当化する立派な証拠となりえるというのが中国なのでしょう。
 さっきBBCの生中継で、ギリシャでの聖火点火式の出来事。
 中国のオリンピック協会のえらいさんの誰かが、スピーチを始めると、その後ろに突然チベット人らしい男が現れ、黒い国旗のようなものをカメラに向かって示しました。すぐに警備員に取り押さえられましたが、BBCはそののちそのシーンを何度も流しています。
 
 その後、聖火が点火されるところを見ていて思いました。
 このともしびが本当にチベットの暗闇を照らすかもしれない、本当はチベットだけじゃない、世界を救うともしびになるかもしれない。
 これほど善悪のはっきりした戦いはない。だのに多くの人々は実に騙されやすい。これは心を守る戦いだ。中国の態度は良心と人間性への挑戦だ。
 ただ多くの国々や企業は金のために目をつむることであろうが、個人はそうある必要はない。中国により今まさに失われようとしているチベットの文化、社会、宗教はすべて心を基としている。温かい心、慈しみの心、真実に基づいた智慧、心の解放、これらがチベット人の求める心だ。少なくとも金持ちが尊敬されはしない。この価値観は生き延びるべきだ。
 このままチベットの心が消えて行くなら、そして中国がここまま経済的、政治的、軍事的に強大になるならば、これから先少なくとも50年は世界は益々暗くまた浅はかになっていくことでしょう。
 本当は今、世界の人々は己の心を守るがごとくにチベットを守るべきなのだ。

 TCHRDにもアップされたようですが、3日にまたデモ隊に軍隊が発砲し多くの死者がでたようです。At least eight shot dead in Tongkor Monastery in Kardze
 ラジオでは15人との情報もありました。

藤田さんより

NHKのフラッシュ(短信)だったんだけど、「発砲」とか「死者」とか、おだやかじゃない言葉が並ぶ短いニュースの間、画面には「資料映像 四川省甘孜蔵族自治州」として、明らかにダルツェドだよなーって町並みが写る。
 大きな川が流れていて、両岸に中国風のコンクリートの建物が並び、隅にチュバを着た女性がちょっと写りこむような、それほぞ民族色のつよくない、中国の辺境のよくある少数民族地域、って感じの映像。いつ撮影したものかは分からないけど(たぶんけっこう前のような気がする)、ただ淡々とカメラが回り、映る人も商店も単なる素材として風景の一部になっている。そこには、暴動とかデモとか、あるいは政府の抑圧だとか人権侵害だとかはみじんも映りこんでいなくて、ただ表面的な風景だけが映っている。
 でも、たぶん、ずっとチベットはこうだったんだ。水面下にはいろんな大変なことがあり続けても、そこに生まれて育って暮らすごく普通の大勢の人たちは、ただ家族が大過なく穏やかに過ごせることを一番に願ってきたと思うんだ。この画面に映る人たちは、いまどうしているんだろう?
 カンゼの(配信映像なしで音声のみの)ニュースが読み上げられるとき、NHKではいつもその、同じ資料映像が流れる。そのたび、「ダンゴはそこじゃねーだろ」「タウはそこじゃねーだろ」と心の中で突っ込もうとして突っ込みきれず、ものすごく悲しい気持ちになるのでした。

再びダラムサラ

僧侶ら8人死亡とNGO 四川省、死者15人の報道も
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008040501000814.html 【北京5日共同】インドに拠点を置く非政府組織(NGO)チベット人権民主化センターは5日、中国四川省カンゼ・チベット族自治州カンゼ県で3日夜に起きた僧侶や住民らと治安部隊の衝突で、僧侶と女性を含む少なくとも8人のチベット民族の住民らが治安部隊の発砲で死亡したと発表した。
 米政府系放送局、ラジオ自由アジアは5日までに、衝突で15人が死亡、数十人が負傷したとの目撃者情報を伝えたが、同センターは信頼できる消息筋の情報として発表。さらに多くの負傷者が出て、拘束者も多数に上っているとしている。
 中国国営通信の新華社は4日、暴動で地元当局者1人が重傷を負ったと報道していた。
 チベット人権民主化センターによると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世を非難し「愛国教育」の徹底を図る当局者が2日に現地入り。しかし、僧侶らは「命に換えてもダライ・ラマを非難することはできない」と拒否した。




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2008年04月03日

地図にない国

 2日前、朝から来たばかりの僧侶にインタビューするためにネルレンカンに行きました。
 時間が悪かったのかドミトリーには僧は誰もいませんでした。そこに知り合いを訪ねてきた僧を2人見つけたので、早速話し掛けました。
 2人ともアムド、青海湖の近くの小さな村の出身で、今は南インドのセラ僧院にいるそうです。1人は8年前、もう一人の若い方は2年前に亡命して来たそうです。2人とも故郷の僧院に居たそうですが、たびたび政治教育班が僧院に来て、ダライラマ法王を批判するよう強制されて、中国に居るのが嫌になった。今は自由の国でしっかり勉強できてうれしい、とか。
 自分のいる時には大した衝突はなかったけど、こんなのを見たことがある、と話してくれたのは次のような話です。よく知ってるおばあさんはいつも首に法王の小さな写真を着けていた。ちょうど中国人の軍人が通りすがりにおばあさんのそれを見つけた。すぐに老婆の首から写真を引きちぎって、道に投げ捨て、足の裏で踏みつぶした。それを見て老婆は「フーチンタオの写真をよこせ! 今すぐ踏みつぶしてやる!」と叫んだとか。すぐに軍人はその場で老婆をめった打ちにして、どこかへ連れて行ったそうです。

 若い方の家族から2日前、電話が来たとのこと。僧院に委員会の役人やら警官が大勢来て、法王の写真を僧院からすべて撤収せよと迫った。でも人数で勝っていた(約100人)僧侶たちはそれを拒否し、小競り合いの末彼らを追い返したそうです。
 それで私が、法王の写真とか飾ってたの? と聞くと、「田舎だから寺でも普通のチベット人の家でも中国人が来ないところにはちゃんと飾ってあったよ」とのことでした。
 それから、僧院長が警察に呼ばれ、従わないなら軍隊を呼ぶ! と言われたそうです。でも、それからどうなったのか? 電話が通じないのだそうです。きっと今回は僧侶たちはあくまで従わないと思う、ともいってました。

 ネルレンカンの外に出ると偶然9-10-3(グチュスム)の副会長に会ったので、「何か新しい情報は?」と聞くと「昨日ベルギー経由で、ガンデン僧院に近いメトクンガでアニラ1人と青年1人が殺されたと言って来た。今名前を確認してるとこだ」とか。
 メトクンガで数百人規模のデモが起きたのは確か3月17日のはず、まだ続いてたのかな? 今ごろ死者とは? 「どうして死んだの?」「そんなの撃たれたか、殴られて死んだに決まってるだろう!」と言われました。
 だいたい9-10-3にはこのメトクンガの出身者が多い。村には元政治囚も多いはずだし、ここがやらないはずもなかったのでしょう。
 その前にもう1人、最近12年の刑期を終えて亡命してきたカムの元僧侶にもインタビューしたのですが、この話はまた。
 
 ルンタに帰って昼食をとっていた時。前に座っていた僧侶が漢字で詩のようなものを書いているのに目がとまった、連れが早速話し掛けてくれという。はっきり言って私は朝からアムド語とカム語ばかりの頭が痛くなる会話にお疲れのところだったので、食事中ぐらい休めよ! と思ったのでした。相手はアムドに決まってるし。ま、そこは押さえて、話掛けました。
 彼はほぼ学者でした。
 アムドのホッカというところの出身。
 青海大学で中国史を専攻し修士まで行ったそうです。中国の歴史を研究するにしたがい、徐々にその嘘だらけの歴史に気付くとともに、チベットの真実にも目覚めたそうです。そうなると中国にいること自体が苦しみとなって来て、僧侶になろうと亡命を決心したそうです。ダラムサラに来てすぐに法王の下で僧侶になり、ダラムサラのツェンニーロプタ(仏教論理大学)に6年学び、さらにサルナートのサンスクリット大学の修士に今はいるそうです。既に著書が中国語で3冊、チベット語で2冊あるとか。今は学校の休みで台湾のグループにチベット語を教えているそうです。
 彼が話すに、3月29日、家族から電話があった。「今日家に警官がたくさん来て弟を連れて行った。なぜかは判らない。25日から27日まで、街で大きなデモがあった。馬で走ったグループもいる。昨日もまたあった」と話してたという。
 「馬でやったのか! 馬はいいね!」と私が言うと、彼は手で首を切る仕草をして「殺されるけどね」と笑っていいました。失言でした!
 「弟はその地方ではちょっと有名な歌手なんだよ。きっとそれで連れて行かれたにちがいない」
 「弟さんはチベットのこと歌ったりしてたの?」
 「そうだよ」
 「だからか」

 こんな具合でして、ちょっと街で話を聞けば、今、この時点でもたくさん、本土ではデモが続いてることが判るのです。だのにTCHRDとか政府の広報とかは発表していない。これらの件についてTCHRDに確認しても「まだはっきりしない」とばかり言ってました。しっかりしろよな! と少し言いたい。「Radio Free Asia」が一番早いようです。番組の生放送中にカムやアムドから電話がどんどん入り、状況を伝えています。まだまだデモは終わってはいないのです。
 まだまだ今も、銃を向ける中国軍に対し素手で立ち向かう人々がたくさんいるのです。みんな命掛けです。逮捕者はすでに2000人を超えると思います。
 どれだけの拷問が今行われていることか! 想像するのもおぞましいことです。



rftibet at 17:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年03月20日

カンパ、草原を疾るデモ

37869623.JPGテンパラ!! パサンラ!
 ……ダラムサラから届いた写真に、うぉぅ、と変な声出る。知り合いが、まったく見たことのない表情で映ってた。
 普段はルンタ・レストランで働いている、グチュスム(9-10-3Movement of Tibet)のメンバーが、ダラムサラでのデモを先導した写真。グチュスムのオフィスの人たちももちろんいる。
 手首を手錠でつながれ、血の色に染まったぼろぼろのシャツを着るパフォーマンスで、武力行使への抗議を叫ぶテンパ君たちの表情は、興奮するとか、怒るとか、憤るとかいうよりも、悲しみや切なさに満ちているように見えるのは、彼ら自身が中国政府に投獄されて、拷問を受けて、故郷を離れざるを得なかった人たちだから、……かと。
 ラサ郊外に生まれた彼は、幼い頃に出家して、日本人にもなじみ深い地元の寺院で修行していて、1987年と1989年の反政府デモ――そう、今回、もののニュースとかで「89年以来20年ぶりの大きな暴動」とか言われる、あの当時のこと――に参加。まだ若くて、いったん逮捕されたら将来どうなるかとかまで考えず、正義感のままにデモに加わり、逮捕。糞尿の中で暮らすような、人間のプライドをずたずたにされる3年間の投獄生活を送り、釈放後、寺院に戻ることが許されず、1992年、ヒマラヤを越えたんだそう。
 彼自身は命は助かったけれど、尊敬する親戚のおじさんを失った。
 学校の教科書に漢字しかなかった当時(※今はもうちょっとマシではあるらしい)、チベット文字の読み書きや物語、歌や歴史など、チベットとは何か、を教えてくれた、周囲からも尊敬されている僧侶だったという。その人は89年、チベットの旗を持って隊列の先頭に立ち、逮捕され、自分で歩くこともできない状態で村に帰ってきて、そのまま苦しんで亡くなったんだという。
 そして、インドでの亡命生活だって、楽園というわけじゃない。先は見えないし、困った人を互いに助け合うチベットの良さは(故郷にに比べれば)薄れ、皆他人を出し抜いておいしい思いをすることにきゅうきゅうとしているし、どこかに出て行くことばかり考えてざわついているし……。
 「デモに、参加しなければよかった?」
 「いや、そうは……わからない」

 ……去年12月、ダラムサラでそんな会話をした時は、きっと私も彼も、本土で再び、チベットが銃火で蹂躙されるときが来るなんて想像していなかった。
 彼の脳裏には、自分の受けたつらい体験と、ニュース映像に映る、チベット国旗を掲げて僧衣をひるがえし、晴れやかな表情で大通りを突っ切る若いお坊さんたちの姿が重ね合わされているに違いない、と思うんだ。
 なんてつらいんだろう。

 ルンタ・レストランからのメールも切なく。

 ルンタも既に一週間、店を閉めています。
 地元、インドの人は無反応。
 チベット人のお店が閉まっているので、稼いでいるという様子。

 日中のデモ行進。夜の灯明行列。町中にあふれる惨殺されたお坊さん達の写真。
 さすがにドライで仕事を神聖視する日本人の私も、レストランの営業はできない感じです。何よりも、チベット人のスタッフにとって、この数日、仕事に時間を割かせるのは間違っている、そういう空気の毎日です。

 チベット本土で、今、そしてこれから流される血、苦痛を思うといてもたってもいられません。

 2枚目の画像、ダラムサラの人々が歩いているのは、ふだんは旅行者ばかりが目立つテンプルロード。後方に映っているカフェは、SFT日本のツェリンさんが以前、日本食レストラン「エミエミカフェ」を開いていた辺りですよ。
 見慣れた、見覚えのある風景に、撃ち殺された僧侶の写真を掲げて歩く人たち。
 もうなんといえばいいんだろう。
 ただ、死なないでほしい、としか考えられません。それが感傷的だとか情緒的でしかないと言われようとも。


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 もう1通、ダラムサラから。
 いただいたメール、皆で読んでます、と報告したら、プレスカードを申請して、ダライ・ラマ法王のプレスカンファレンス(記者会見)にも入れる準備を整えたとのこと。うらやましい……とか思っている場合じゃない。
 日本でも、何もなくても官房長官は1日1回記者会見してるし、何か(例えば誘拐事件とか)起きたら捜査本部長はのべつ記者会見するものだけど、ダライ・ラマ法王も、そういう「責任者の責任」として、連日メディアの前に姿をさらしているわけで。
 法王からは、“中国政府のチベット批判に対するチベット亡命政府としての見解”なんか聞くより、人間の生きる意味について、とか、なぜ憎しみは生まれるのか、なんていう根本的な問いについて話してほしい、と思っちゃう私。

 4時からは亡命政府のプレコン。
 亡命政府は<Tibetan Solidarity Committee>と名付ける新しい緊急委員会のようなものを作るとか。これからのすべてのチベット人の政治活動はこの委員会の方針に従う、のだそうです。で、青年会議(TYC:チベタン・ユース・コングレス)とか、9-10-3(グチュスム)とかの団体は1日猶予を置いて政府に回答するとのことでした。分裂せず、一致団結してこの難治を乗り越えようとの提案ですが。さて明日どうなるでしょうか。
 記者から民主的でない。中国の法王批判のターゲットをつくるようなものじゃないのか?といろいろ質問がありました。
 要するに平和主義、中道路線に統一するということでしょう。
 デモのスローガンも変えるとか言ってました。
 明日は米下院の民主党の議長が来るのでまた1日中大変でしょう。彼女はこのあと北京に飛ぶとか? ダラムサラ中がアリの国旗で溢れることでしょう。話し合いの機会を作ろうというのでしょうかね?

 なんとなく、ざわついているダラムサラが思い浮かびます。
 ところで「アリの国旗」ってなんだろう。アメリカのことかな? ※ちなみチベット語でアメリカは「ユーエス」(英語由来)でも「メイゴー」(漢語由来)でもなく「アメリカ」で日本語と同じ^^)


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カムの騎馬デモ隊 ところで夜、NHKつけっぱなしの職場のテレビで、「暴動 さらに広がり」というニュースの時に、ちらっと、チュバ姿の男たちが馬で草原を疾走する姿が! 
 思わず「うわぁー?」と変な声出た。何、あれ、「暴動」? なにそのチベット人。めちゃくちゃ格好イイよ!
 と思ったら、ダラムサラでも言ってた。

 それにしても今日BBCで見た、カムの男たちが馬で疾走するデモは最高でしたね! まさにこれぞチベットの男の戦い。
 ……ではありますが、素手で突撃する決死隊のようにも見えました。

 ……うん。
 しかしとにかくもう1回見たくて、ダラムサラで流れたというBBC映像が上がっていないかと、夜中、ホントはそれどころじゃないのにクソ忙しいのにYouTube検索して、出てこず。
 どこかにないのかなぁカンパデモ。(はっ、私、もしかしてカンパ萌え属性が……!? この非常時に萌えてる場合じゃないんだが……)

 でも、ダラムサラでも、気持ちは同じだったみたい。ははは。

 夜の集会のビデオで、カムでの馬でのデモの様子やチベット国旗が挙げられたシーンが映しだされると、会場全員が、雄たけびを上げて喜んでいました


rftibet at 18:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)