劉暁波

2010年12月29日

劉暁波氏の言葉・その3/55歳の誕生日に

e593ba66.jpg昨日12月28日は劉暁波氏の55歳の誕生日だった。

彼は今、極寒の遼寧省錦州監獄に繋がれている。
故に、「お誕生日おめでとう」とは言いがたいが、それでも激励のために、届かなくとも「おめでとう!」と言いたい。

このままでは、まだ10年も厳しい獄中生活を送らなければならない。
彼の妻の劉霞さんも軟禁され、外部との通信を一切絶たれたままである。

かつての獄中生活においては、妻の劉霞さんが月に一度監獄を訪れ面会することも許されていたという。
今回は、全くそのようなこともできない。
中国政府はどれほどの無実の人々を、どれほどまでに苦しめれば足ると言うのであろうか!

再度中国政府に対し、直ちに劉暁波氏を無条件で釈放し、劉霞さんの軟禁を解くことを強く要請する。

以下、3回目になるが、日本語で出版されている「天安門事件から『08憲章』へ/藤原書店」の中から劉暁波さんの言葉を抜粋し紹介する。

写真はhttp://www.dw-world.de/dw/article/0,,14740613,00.htmlより。
この中で劉氏の友人である�危雨氏が彼の誕生日を期し、彼との思い出を語っておられる。

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<一人一言の真実が独裁権力を突き崩すーーー言論の自由こそ民主化の出発点>

 言論の自由とは何か
 世界文明の発展史が証明するように言論の自由は、人権保障と社会の進歩にとって普遍的な意義を有するものであり、特に野蛮な社会から文明的な社会への平和的な転換を推進する過程において、言論および報道の自由は、しばしばパイオニア的役割を果たしている。


 中国では、昔から「民の口を防ぐは、川を防ぐよりも甚だし[防民之口、甚干防川]」という古い教訓があり、歴代の王朝は、その多くが専門の「諫官」を設立し、比較的開明的な君主たちも「広く言論発表の道を開く」ようにさせ、かつて漢の文帝の時期には「誹謗妖言の罪」を廃止したこともあった。しかし言論の自由は、剥奪してはならない人権のひとつとして、またある種の政治的原則として中国の伝統に入ったこともなく、言論の自由という制度の構築は、なおさら言うまでもないことであった。


 民主主義に最も重要な言論の自由
 このことからわかるように、洋の東西に関わらず、報道および言論の自由は、いずれも現代文明の重要な成果である。なぜなら人間が人間である以上、これは、重要な印の一つであり、その国家が文明的であるか否かを評価する主要な指標の一つでもあるからだ。野蛮な独裁を固守する政権には言論の自由をおそれないものはなく、まさにこれこそ、人間が人間であるためには言論の自由は少しも欠けてはならないということを証明している。人類の自由の権利の目録において、言論の自由は、しばしば第一の自由と見なされ、言論の自由を失うことは、あらゆる自由を失うことを意味している。まさにアメリカの学者ロジャー・ヒルズマンが、民主制度において「ある種の自由は、必要不可欠のもので、しかも格別に保障しなければならず、それこそが報道の自由である。・・・民主の定義がどのようなものであろうと、報道の自由がなければ、民主そのものが存在し得ないのだ」と指摘しているとおりである。


 毛沢東以後の「民間」の台頭
 特に六四事件の後は、人々を麻痺させる独裁イデオロギーの説教や勧誘の力は、日に日に弱まり、この監獄のモラルの台座は、急速に瓦解し、建物全体にも次第に大きな漏れ穴が生じ、ひたすら経済の高度成長とナショナリズムの幻想という支えを当てにするだけである。このようにして中国共産党による独裁のモラルの合法性は、もはや脆弱になり、虚言のほかには、自分自身を弁護できるものもなくなってしまった。以前は、人々に忠誠を尽くすことを表明することを求めた。甚だしくは、人々が心から信じて賛美するようにさえ要求した。しかし、今では民意を酌みとり、人々のシニカルな態度―――本心は異なるが同意や称賛を見せてくれれば、それで十分なのだ!


 独裁の維持は、恐怖に依存し、恐怖の維持は、暴力と嘘が互いに支えあうものにすべて頼り、嘘で粉飾していない暴力統治は、維持することもできないのだ。勇気をもって公開された自由な発言で、制度的な嘘と恐怖に反抗する個人が引き続き多くなれば、一人一言の真実によって、どんなに暴虐な制度であろうとも、その効力を失うだろう。嘘を拒否するわずかな積み重ねは、暴政に反抗する民間の大きなうねりとなり、嘘で塗り固めて維持している独裁は、風雨で揺れ動く孤島のように非常に不安定になり、存続は困難になる。したがって、独裁政権の崩壊は、暴力的な方法を取る必要はなく、大規模な街頭での政治運動さえも必要ない。民間の社会で勇気をもって情報の封鎖と言論のタブーを突破することさえできれば、大胆に言論の自由という権利を獲得し、自由な発言の唾だけを頼りに、いかなる独裁政権をも溺れさせることができるのである。


 したがって、民と官とに関わらず、大陸において報道の解放と言論の自由を推進することは、実際には、中国社会の安定的転換という最も重要な目標を推進することなのである。政党結成禁止の緩和について一歩遅れるとしても、言論の禁制を解くことは一刻の猶予もない。言論の禁制が開放されれば、自由な中国は必ずや訪れるのだ!

 二〇〇六年三月二七日、北京の自宅にて







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2010年12月16日

劉暁波氏の言葉・その2

c04e6c88.jpg前回の続きとして「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)から劉暁波氏の言葉をいくつか抜粋、紹介する。


忘却に対する記憶の闘い(15周年を迎えて)

 15年が過ぎた。あの銃剣で赤く染まった血なまぐさい夜明けは、相変わらず針の先のようにぼくの目を突き刺す。あれ以来、ぼくの目にするものはみな血の汚れを帯びている。ぼくが書いた一字一句はみな、墳墓のなかの霊魂が吐露したものから来ている。
・・・・・・
 人殺しの政権は人を絶望させる。人殺しの政権と殺された者を冷淡に忘れる心をもつ民族は、さらに人を絶望させる。大虐殺の生存者に力がなくて、受難者のために正義を奪還できないことは、なおさら人を絶望させる。
絶望のなかで、ぼくに与えられた唯一の希望は、霊魂を記憶に刻むことだ。

二〇〇四年六月四日夜明け 北京の自宅にて


「天安門の母たち」―――受難が生んだ高貴で堅固な思想
現代中国のおける最も尊い道義性


 草の根の階層の権利擁護の要求に対し野蛮な弾圧を行う政権は、間違いなく民を敵とする政権である。人を殺す政権は、人から唾棄される政権である。偽りの言葉で殺人の弁解をする政権は、人から軽蔑される政権である。人から寄せられた人道的献金を凍結する政権は、非人間的な政権である。しかし、「天安門の母たち」は依然として文明にふさわしい方法で自身の要求を表明することを堅持しており、未だかって過激な要求を提出したことはなく、未だかって過激な行動をとったこともなく、未だかつて激しい憎しみの言葉を用いたこともなく、始終変わらず勇気をもって良心に呼びかけ、慈悲の心で恩と恨みを融合し、善意によって悪意を取り去り、理性によって憤りを抑えている。このような高貴な愛と公明正大な理性、このような持続する強靭な気質と勇気は、まことに社会的良心を実行する際の模範となるものであり、中国の民間社会における最も尊い道義的資源であり、中国を平和裡に秩序をもって転換へと向かわせる健全な力の一つである。
 息子、娘を失った孤独な老人、夫を失った妻、父母を失った孤児、生計をたてる力を失った身体障害者らで構成されるこの受難者のグループは、最初の生きているより死んだ方がましだという気持ちから立ち直り、次第に絶望の憂鬱から抜け出した。生活の苦しみは一言では言い尽くせず、霊魂の煉獄の苦しみは言い表すことができず、威圧の下で沈黙を余儀なくされ、覚醒後の闘いでは危険な状況が続出した。しかし、受難者の家族相互の暖かな心遣いと国内外の良心ある人々の同情に支えられ、「天安門の母たち」はほとんど奇跡のように、誇り高く毅然と立っている。彼女らは極めて困難かつ人身に対する危険がいっぱいの情況の下で、六四の殉教者名簿や証言を収集し、国内外の人道的寄付金を獲得し、終始変わることなく、歴史を明らかにし正義を追求するという要求を堅持している。少しの疑いもなく、六四以後の十六年来、中国共産党に対し罪過を正し、歴史の真相を調査し、人民に公正と道理を返還するように促している民間の権利運動の中で、六四の受難者家族のグループは最も優れた活動をしている。
......

 たとえ独裁者たちが、いかに冷血であり、大衆がいかに鈍感であっても、彼女らは、墳墓の中の死者の霊魂たちのために冤罪をそそぐことにこだわり続け、広大無辺の母性愛によって狭溢な憎しみを取り除き、非凡な勇気によって野蛮な恐怖に抵抗し、永久に続く忍耐心によって長期間待つことに耐え、辛苦をいとわない探訪活動によって強制的な忘却を拒否し、個々の事例を示すことによって偽りと化した生存状態を暴露する。
 まさに『天安門の母たちの言葉』が次のように言う通りである。
「我々、この容易ならぬ苦難の中にある民族は、すでにあまりに多くの涙を流し、憎しみは、すでにあまりにも久しく蓄積され続けた。我々には自身の努力によってこの不幸な歴史を終わらせる責任がある。今日、我々が身を置く環境が依然こんなにも厳しいとはいえ、我々には悲観する理由はなく、ましてや絶望する理由はない。なぜなら、我々は、正義、真実、そして愛の力が、最終的に強権、嘘、そして暴政に打ち勝つに足るものであると堅く信じるからである。」

・ ・・・・・私は常に覚醒しないわけにはいかない。私の文字は無力で、私の声は微弱であっても、私は母親たちの正義を追求し、真相を証明しようとする歩みに従わないわけにはいかない。

二〇〇六年三月三日、北京の自宅にて


文化大革命から天安門事件までーーー中国民主化の挫折
小さな「文革」の連続


 まさに権力の思い上がりのせいで、鄧小平たちは、中国共産党の自己神格化とその独裁権力のみを信じているーーー共産党だけが中国を救い、強大な中国を建設することができるというわけである。権力の思い上がりのせいで、彼らは、民間の知恵を信じず、民意を尊重しない。その上、おおっぴらな民意の表明を大災害のように見なしている。それゆえ、鄧小平と彼の後継者は、文革式の敵対意識を継続し、「民主の壁」を弾圧し、「精神汚染」を除去し、自由化に反対し、六四の大虐殺を行い、民主党と法輪功を弾圧し、改革開放の過程は、政治面では「小さな文革」の連続となっている。

・ ・・・・・中国では、ただ権力の市場化と権貴の私有化という経済改革のみが行われ、中国人には、ただパンのみあって自由のない豚小屋だけがあてがわれているかのようだ。

・・・・・・
 
 文革に関する発言の禁止から六四に関する発言の禁止に到るまでの状況は、次のことを説明している。つまり、今日の中国の深層社会の危機がいかに厳しかろうと、中国共産党の現政権には、中国の改革を束縛している政治的ボトルネックを打破する考えが依然としてなく、彼らが相変わらず民権を軽視し、民意を敵視しているということである。偶発性の手を焼く事件を処理する場合であろうと、または社会の安定を保持しようとする場合であろうと、中国共産党の敵対的な思考は、本来穏やかだった矛盾を不断にエスカレートさせ、双方を心理的に(現実は往々にして決してそうではないのに、人為的に引き起こされた内心の恐怖がそうさせるのだが)全く退路のない激化した状態に追い詰め、その後には強制力、ひどい場合には暴力を使って一時的に問題を解決しようとするようになる。これは、道徳的に野蛮であり、社会が支払う代価が最大であるばかりか、しかも、その効果も必然的に本末転倒なものとなる。道義性と合法性を持つ、弾圧される側にとってそうであるばかりか、道義的合法性を失った弾圧する側にとってはさらにそうである。

・ ・・・・・つまり、自由民主を追求する民間の力は、急進的な政権の変更を介して社会全体を再構築することを追求するのではなく、漸進的な社会の変化を介して政権の変更を迫る。すなわち不断に成長する国民社会に依拠して、合法性が不十分な政権を改造するのだ。

二〇〇六年六月二日、北京の自宅にて


希望は民衆の自治・共生にありーーー中国民主化への突破口

・・・・・・だから、自由を許さない権力とその制度の力は、見たところ、いかに強大であっても、実際は、人間性の廃墟の上に建てられている幻の城である。人心にまで直接浸透するクリスチャン的な非暴力の抵抗は、まずモラルにおいて専制体制が頼る性向の基礎を崩す。独裁体制は、人の魂の中で腐乱し、一度時期が熟成すれば、専制の御殿が瞬く間に崩壊するビロード革命が出現するだろう。

二〇〇六年一月一六日、北京の自宅にて

続く

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2010年12月14日

「六四、一つの墳墓」劉暁波

劉暁波氏劉暁波氏の詩や論文、エッセイを纏めた本が日本語で出版されている。
「天安門事件から『08憲章』へ」(藤原書店)

今日はこの本の中から彼の言葉を抜粋紹介する。
特に今回は「詩」を中心とする。
追って論文、エッセイの方も紹介するつもりだ。

この本の序に子安宣邦氏が書かれているように
「当局が恐れているのは、劉暁波が背負う天安門事件の死者たちの声と『08憲章』を書き、それを支持する人々の声とか一つになることである。劉暁波とはこの二つを一つにする人である。」

まさに劉暁波氏は天安門事件の生き証人として、そこで亡くなった人々の霊を良心として守り続けてきた人なのだ。

(写真はウーセルさんのブログより)

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劉暁波氏この本のカバーページより:

「一九八九年六月四日以来、ぼくという幸運な生き残りは、常に自分自身に警鐘を鳴らしている。『六四』の無辜の死者の霊魂が天上からずっとぼくを見つめている。『六四』の受難者の家族が地上ですすり泣いている。自分は泰城監獄で本心に逆らい“罪”を悔い改めた。ずっと堅く守ってきた人間として最低限の一線を守れず、“反省書”を書いたとき、ぼくは自分で自分の良心を踏みにじった。自分の孤独、軟弱、エゴ、利己的な処世術、命が惜しくて策略をめぐらし、仮面をかぶったことを自覚し、認識した。この心の奥底に潜在する恐怖や憂慮は、監獄がぼくに与えた恐怖や孤独を遥かに越えていた。限界や弱点がある人間には畏敬や謙虚が必要だ。自分自身が魂に拷問を加えることにより救いと贖いがえられる。これにより自己を解放しなければならない。つまり、監獄の試練よりも、むしろ魂の荒野における試練こそ語らなければならない。」


彼は毎年6月4日が近づくと「詩」を綴った。
そのいくつかを抜粋する。

劉暁波氏記憶(6周年を迎えて)


夜が
鋭い縁にぶらさがっている
何度も目が覚め、見ようとしたが
何度も眠りこけ、深淵に臨んでいるようだった
濃い霧がからだじゅうにたちこめている
そよ風が時たまきらめく
一本の針が血管のなかをさまよい
支離滅裂な言葉をつなぎ合わせる
思考は崩れ落ち
別れた恋人のように
互いに裏切りを責めあう


流刑に処された妄想のためには
簡明で明晰な虚無が必要だ
時間は逆流し時間は飛び去る
血の海のなかの顔が目を見ひらき
ほこりの臭いが漂ってくる
記憶の空白は
モダンなスーパーマーケットのようだ
今日は恋人の誕生日だから
一時間一時間が貴重だ
さっとスマートに
百元札またクレジット・カードに
署名しなければならない

(中略)

我が民族の魂は
墓を宮殿と記憶することに慣れされている
奴隷主が現れるまえに
我々はもう覚えている
どのようにひざまずくのが最も優美なのかを

一九九五年六月三日 北京西北郊外公安局軟禁宅



ぼくのからだのなかの天安門事件(12周年を迎えて)

この日はますます遠くなったようだが、ぼくにとってはからだに残された一本の針のようだ。
子どもを失った母親たちが切れ切れになった夢を縫いあわせたときに忘れた針だ。
この針は母親たちの仕事を引き継ぐ手を探している。
この針はぼくの全身を探しまわり、無数の幼稚な衝動や欲望を刺し殺した。
(中略)

それがからだのなかにとどまっているのは、簡単な理由のためだ。
―――あの手を探し、永遠の道義を確立する。
この針は臆病な神経がぶるぶる震えるのを許さず、先端を良知の見張り番にする。
(中略)

ぼくは待つ。あの手が、切れ切れになった夢を縫いあわせる決心と忍耐をもって、この針を心臓に突き刺すことを。
肉体の悲哀と神経の慟哭が思想を毒したが、しかし詩を昇華させた。

二〇〇一年五月一八日 北京の自宅にて



劉暁波氏六四、一つの墳墓(13周年を迎えて)

権力の標章を護衛する兵馬俑が
世界を驚嘆させる
宮殿より荘厳な十三陵が
また西洋人を驚愕させる
毛沢東の記念堂が
奴隷の心臓の中心に築かれている
我らの悠久の歴史が
帝王の墳墓により光り輝く
だが「六四」は
墓碑のない墳墓
恥辱を民族と歴史のすべてに刻む
墳墓

十三年前
あの血なまぐさい夜
恐怖のために正義を守るべき銃剣が放置された
逃亡により青春を圧殺した戦車が容認された
十三年後
朝はいつもウソから始まる
夜はいつも貪欲によって終わる
金銭により、すべての罪悪が許される
すべては再び包装しなおされる
しかし残忍であることは透けて見える
混じりけなしに透けて見える

「六四」、一つの墳墓
忘れられ荒れはてた墳墓
(中略)

だが墓参りに来ても
亡霊に通じる道が見つからない

すべての道が封鎖されている
すべての涙が取り締まられている
すべての花が尾行されている
すべての記憶が洗い流されている
すべての墓碑は空白のままだ
死刑執行人の恐怖
恐怖によってこそ安寧になる

「六四」、一つの墳墓
永遠に永眠できない墳墓

忘却と恐怖の下に
この日は埋葬された
記憶と勇気の中で
この日は永遠に生き続ける
銃剣に切り落とされた指が
弾丸に打ち抜かれた頭が
戦車に押しつぶされたからだが
阻止された哀惜が
不死の石となり
その石は、吶喊(*1)となることができ
また墓地をいつまでも青々とする野草となる
その野草は、飛翔することができ
心臓の中心に突き刺さる針の先となる
血涙をもって雪のように輝く記憶を取り返そう

「六四」、一つの墳墓
死体で生命を保持する墳墓

だが生きている人は
饕餮(*2)で淫乱で
欺瞞で独裁で
成金で小康で
屈従して物乞いする
人だ
一人ひとりまさに腐りきっている

二〇〇二年五月二〇日 北京の自宅にて

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*1、トッカン。魯迅の著書の表題。敵陣に突撃する時雄たけびの声をあげること。
*2、トオテツ。伝説上の貪欲な怪獣。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。何でも食べる猛獣。

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2010年12月12日

劉暁波氏の最後の陳述「私に敵はいない」、日本語全訳

劉暁波12月10日のノーベル平和賞授賞式で代読された、劉暁波氏の最後の陳述、「私に敵はいない」の日本語全訳を掲載する。

@yuntaitai(雲南太郎)さんが私の依頼を快く受け入れ、原文より翻訳して下さった。

中国語原文は:
http://www.bullogger.com/blogs/stainlessrat/archives/351520.aspx

写真はウーセルさんのブログより。

彼はこの文章を書いた2日後に「国家政権転覆扇動罪」により懲役11年の判決を言い渡された。

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「私に敵はいない 最後の陳述」

 50を過ぎた私の人生で、(天安門事件の起きた)1989年6月は大きな転機だった。

 文革後に復活した大学入試で私は最初の大学生(77年入学)になり、修士課程、博士課程まで学業は順風満帆だった。卒業後は北京師範大学に残って教員を務め、教壇ではとても学生に歓迎される教師だった。同時に公共の知識分子でもあり、大きな反響を呼んだ文章や著作を80年代に発表してきた。頻繁に各地の講演会に呼ばれ、欧米に招かれて客員研究員になった。

 私が自分に求めたのは、人としても作家としても誠実に、責任を負い、尊厳を持って生きることだった。米国から戻り、八九運動(民主化運動)に参加したことで、私は「反革命宣伝扇動罪」で投獄され、愛する教壇を追われ、国内で二度と文筆、講演活動ができなくなった。異なる政治的見解を発表し、平和的な民主化運動に参加しただけで、一人の教師が教育の場を失い、一人の作家が発表の権利を失い、一人の公共の知識人が公開の場で講演する機会を失った。これは私個人にとっても、改革解放から30年が過ぎた中国にとっても、悲しい出来事だ。

 考えてみると、六四(天安門事件)後の劇的な経験は意外にもすべて法廷とかかわっている。公の場で話した2回の機会はいずれも北京市中級法院の法廷が与えてくれた。一つは1991年1月、もう一つは今回だ。この2回の罪名は違っているが、本質は基本的に同じで、ともに言論を理由にしている。

 20年が過ぎても、無実の罪で死んだ六四犠牲者の霊はまだ生き続けている。六四によって異なる政治的見解を持つようになった私は祖国で発言権を失い、外国メディアを通してのみ発言でき、長く監視されてきた。95年5月~96年1月の監視居住、96年10月~99年10月の労働教養、そして現在、再び政権の敵意によって被告席に座らされている。

 しかし、私の自由を奪った政権にまだ言いたい。20年前にハンスト宣言で表明した「私に敵はいない、憎しみの気持ちもない」という信念に変わりはないと。私を監視し、逮捕し、尋問してきた警察、起訴した検察官、判決を下した裁判官はすべて私の敵ではない。監視や逮捕、起訴、判決は受け入れられないが、当局を代表して私を起訴した検察官の張栄革と潘雪晴も含め、あなた達の職業と人格を私は尊重する。12月3日にあった尋問で、私は2人の尊重と誠意を感じることができた。

 憎しみは知恵や良識をむしばみ、敵意は民族精神を害し、生きるか死ぬかの残酷な闘争をあおり、社会の寛容と人間性を破壊し、自由と民主に向かう国家の道のりを阻む。だから私は個人の境遇を超え、国家の発展と社会の変化を見渡し、最大の善意で政権の敵意に向き合い、愛で憎しみを解かしたいと思う。

 誰もが知るように、改革開放は国家の発展と社会の変化をもたらした。私から見れば、改革開放は「階級闘争を要とする」毛沢東時代の執政方針を捨て、経済発展と社会の調和に集中するものだった。「闘争哲学」を捨てる過程もまた、徐々に敵意を弱め、憎しみの感情を消し、人間性にしみ込んだ歪みを取り除く過程だった。

 まさにこの過程で、改革開放のためにゆとりある国内外の環境が整えられた。人と人との愛情を復活させ、異なる利益や価値観を共存させるため、柔軟な人間性の土壌をつくった。これによって、国民の創造力の進歩と愛情の回復が励まされた。外国に対して「反帝国主義・反修正主義」の考えを捨て、国内で「階級闘争」の考えを捨てたことは、中国の改革開放が今まで持続できた大前提だったと言える。経済が市場主義に向かったのも、文化が多元化に向かったのも、秩序が徐々に法治になったのも、みな敵意の弱まりのおかげだ。

 最も進歩が遅い政治の領域であっても、敵意の弱まりによって、政権は社会の多元化に包容力を増すようになった。異なる政治的見解を持つ者への迫害も大幅に減り、八九運動への評価も「動乱」から「政治の風波」に改まった。

 敵意の弱まりは政権にゆっくりと人権の普遍性を受け入れさせ、中国政府は98年、国連の2大国際人権条約への署名を約束し、普遍的な人権の基準を認めることを示した。2004年には、全人代は憲法を改正し、「国家は人権を尊重し、保障する」と初めて明記し、人権が法治の基本的な原則の一つになったと示した。同時に、現政権は「以人為本(人間本位)」「和諧(調和の取れた)社会」を唱え、中国共産党の執政理念の進歩を見せた。

 私はあくまで無罪で、罪を問うのは違憲だと考えているにもかかわらず、自由を失った1年余りの間に2回の拘禁を経験した。4人の警官と3人の検察官、2人の裁判官の事務処理には、こちらを軽視する態度はなく、期限を過ぎず、自白を強制することもなかった。彼らの態度は平和的で理性的で、常に善意を見せていた。私は6月23日に監視居住地から北京市公安局第一看守所(拘置所)、通称「北看」に移された。北看での半年間、私は拘置方法の進歩を見た。

 私は96年に古い北看(北京市宣武区の半歩橋)で過した。十数年前の北看と比べ、現在の北看は施設と管理の両面で大きく改善されていた。特に北看が創始した人間性に基づく管理方法は、入所者の権利と人格の尊重を基礎にしていた。

 柔和になった管理は刑務官の言動や「(構内の)温声放送」、雑誌「悔悟」、食事前や睡眠時間前後の音楽に表れていた。こうした管理は入所者に尊厳と温かさを感じさせ、秩序維持の自覚を持たせた。入所者に人間的な生活環境を与えただけではなく、訴訟環境と心理状態を大きく改善した。私の部屋を管理していた劉崢刑務員とは親身な交わりがあった。彼の入所者への尊重と関心は管理の細部に表れ、言動ににじみ出ており、温かさを感じさせた。誠実で正直で、責任感があり、親切な劉刑務員と知り合ったことは、北看での幸運だったと言っていいだろう。

 これらの信念と体験により、私は中国の政治の進歩は止められないと堅く信じているし、将来の自由な中国の誕生にも楽観的な期待が満ちあふれている。自由へと向かう人間の欲求はどんな力でも止めらないのだから、中国は人権を至上とする法治国家になるだろう。こうした進歩が本件の審理にも表れ、合議制法廷の公正な裁決、歴史の検証に耐えうる裁決が下ると期待している。

 もしこの20年で最も幸せな経験を話すとすれば、妻の劉霞の無私の愛を得たことだ。今日、妻は傍聴できないが、それでも私は言いたい。愛する人よ、あなたの私への愛はいつまでも変わらないだろうと固く信じていると。

 これほどの長い間、自由のない暮らしの中で、私達の愛は外部環境が押し付ける苦渋に満ちていたが、依然として後味を思い返せば際限がない。私は有形の監獄で服役し、あなたは無形の心の獄中で待ち続ける。あなたの愛はまさに高い塀を越え、鉄格子を貫く太陽の光だ。私の肌をなで、細胞を温め、心の平穏と純潔、明晰さを終始保たせ、獄中のすべての時間を意義あるもので満たしてくれる。

 一方、あなたへの私の愛は痛みと苦しさで満ち、時として重さのあまりよろめいてしまう。私は荒野の石ころで、暴風雨に打たれるがままだ。冷たくて誰もあえて触ろうとはしない。しかし、私の愛は堅く鋭く、あらゆる障害を貫くことができる。たとえ粉々に砕かれても、私は灰燼であなたを抱きしることができる。

 愛する人よ、あなたの愛があるからこそ、私は来るべき審判に平然と向き合い、自分の選択を悔やまず、楽観して明日を待つことができる。私は望む。私の国が自由に表現できる場所となり、すべての国民の発言が同等に扱われるようになることを。

 ここでは異なる価値や思想、信仰、政治的見解が互いに競い合い、平和的に共存する。ここでは多数の意見と少数の意見が平等に保障され、特に権力者と異なる政治的見解が十分に尊重され、保護される。ここではあらゆる政治的見解が太陽の下で民衆に選ばれ、すべての国民が何も恐れずに政治的見解を発表し、異なる見解によって政治的な迫害を受けることがない。

 私は望む。私が中国で綿々と続いてきた言論弾圧の最後の被害者になることを。今後、言論で罪に問われる人が二度と現れないことを。表現の自由は人権の基礎で、人間性の根源で、真理の母だ。言論の自由を封殺するのは、人権を踏みにじり、人間性を窒息させ、真理を抑圧することだ。

 憲法が与える言論の自由を実践するためには、公民としての社会的責任を果たさなければいけない。私がしてきたあらゆる事に罪はない。たとえ罪に問われても、恨みはない。

 皆さんに感謝する!

 2009年12月23日 劉暁波

ノーベル平和賞授賞式、空の椅子

















Free Lui Shaobo /Free Tibet

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2010年12月11日

劉暁波氏の最後の陳述より「妻への愛を語る」

b1bbb221.jpg写真はロイターより。

昨日のノーベル平和賞授賞式における委員長のスピーチは素晴らしかった。
その全文は以下:(英語)
http://nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/2010/presentation-speech.html

それよりも、もっと素晴らしかったのは、会場で代読された劉暁波氏自信の「私に敵はいない」と題された最後の陳述。

この最後の部分は昨日のブログでも紹介したが、全文の要旨は日本語に訳されている。
例えば、朝日:
http://www.asahi.com/international/update/1210/TKY201012100579.html
や、毎日:
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20101211ddm007040163000c.html
である。

私は、上記の2つにはほんの少ししか訳されていない、劉暁波氏が妻の劉霞さんに対する愛を語った最後の部分にも感動した。
この部分が朗読されるとき、女優のアン・ハサウェイも会場にいて、涙をぬぐっていた。

そこで、その部分を訳してみた。

中国語原文は:
http://www.bullogger.com/blogs/stainlessrat/archives/351520.aspx
だが、主に英文の
http://www.foreignpolicy.com/articles/2010/10/08/i_have_no_enemies
を基に訳したので、あくまでも2次的試訳である。

これに続く、最後の2節も再掲する。

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もしも、語る事を許されるなら、この20年間でもっとも幸運な経験、それは妻劉霞から受けた無私の愛だ、と私は言いたい。
彼女は今日の裁判を傍聴することができない。
しかし、愛する人よ、君の私への愛はいつまでも変わらないことを堅く信じている。
この間、私の自由は常に阻害され続けてきた。
我々の愛は外的状況により困難を強いられ続けた。
しかし、その後味は無量の味を残す。
刑期を私は有形の獄中で過ごし、君は心という無形の獄中で待ち続ける。
君の愛は高い塀を飛び越える太陽の光だ。
その光は監獄の窓の鉄格子を突き通し、私の肌の至る所を照らし、身体中の細胞を暖め、私の心を常に平和な、開かれた、明晰な状態に保たせてくれ、監獄で過ごすすべての時間を意義あるもので満たす。
一方で、君への愛は悔恨と後悔に満ちたものであり、しばしばその重みに私の足は耐え切れずよろめく。
私は荒野に転がる一つの無感覚な石。
狂った風と暴れる雨にむち打たれ、それはあまりに冷たいので誰もあえて触ろうとはしない。
しかし、私の愛は堅固にして鋭く、如何なる障害をも突き抜けることができる。
たとえ粉々に砕かれようとも、その灰塵をもって君を抱きしめよう。

愛する人よ、君の愛があるので差し迫った裁判にも端然と立ち向かうことができ、私の決断した選択に対しても後悔せず、明日を楽観的に待つことができる。
いつか、この国に、表現の自由が認められ、すべての市民の言動が平等に扱われる大地となる日が来る事を待ち望んでいる。
そこでは、異なった価値、思想、信仰、そして政治的見解が競い合いながらも、平和的に共存することができる。
多数派と少数派の意見が平等に保証され、政権を握っている側とは異なった政治的見解も、完全に尊重され守られる。
そこでは、すべての政治的見解が人々の選択を待つために太陽の下に広く述べられる。
すべての市民は恐れなく政治的意見を述べることができ、そこでは、如何なる人も、如何なる状況の下にも異なる政治的見解を発表したからと言って政治的迫害に苦しむことがない。
私の望みは、私が中国で綿々と続いて来た言論弾圧の最後の犠牲者となり、この後、いかなる者も言論が故に罰せられることがなくなることである。

表現の自由は人権の基礎であり、人間性の源であり、真理の母である。
言論の自由を締め付けることは、人権を踏みにじり、人間性を窒息させ、真理を抑圧することだ。

中国憲法により保証された言論自由の権利を行使するためには、市民としての社会的責任を果たさなければならない。
如何なる意味においても、私の行った事に罪はない。
しかし、このことで私に罪が掛けられるとしても、恨み言はいわない。

すべての人に感謝する!
(谢谢各位!)

2009年12月23日 劉暁波



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2010年10月11日

「天安門事件の犠牲者にささげる」劉暁波氏・妻は自宅軟禁/法王は今日成田空港で

獄中の劉暁波氏へノーベル賞委員会より手紙が


















上の絵は昨日のウーセルさんのブログより。

今日のニュースより。

The Wall Street Journal日本語版
http://jp.wsj.com/World/China/node_123572

天安門事件の犠牲者にささげる―ノーベル賞受賞の劉暁波氏
2010年 10月 11日 12:59 JST

【北京】ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家で服役中の劉暁波氏(54)は、同賞を1989年の天安門事件のすべての犠牲者にささげると涙ながらに語った。先週末に同氏と面会した妻の劉霞さんが10日明らかにした。

 劉霞さんが友人に送った電子メールによると、劉氏は発表翌日の9日に刑務所側から受賞を知らされた。劉氏は「天安門事件の犠牲者は平和、民主主義、自由、さらに非暴力の精神を実現するために自らの命をささげた」と述べた。劉霞さんによれば、劉氏は犠牲者のことを話す時涙を流したという。この電子メールは本紙に転送された。ただ、劉霞さんがいつどこで劉氏に会ったのかは分かっていない。

 劉氏は「国家転覆罪」で昨年12月に11年の懲役刑を宣告された。ノルウェーのノーベル平和賞委員会は、受賞理由として「中国における基本的人権を求める長期にわたる非暴力闘争」をあげた。

 劉霞さんは8日夜、警察が自宅に来て夫の劉氏と面会させるため、服役している遼寧省錦州まで同行すると告げたと明らかにして以降、外部との電話連絡を絶っている。10日に劉霞さんは自らの簡易ブログ「ツイッター」で、「自宅に戻ってきた。わたしは8日に自宅軟禁となり、携帯電話は壊され、電話を受けることができない状態になっている」と伝えた。

 一方、中国警察当局による民主活動家に対する監視が厳しくなっている。8日夜、活動家17人がノーベル賞受賞の祝賀会のため北京市内のレストランに到着したところ、警察に身柄を拘束され中止させられた。

記者: Jeremy Page

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動画付きの「テレ朝」
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/201011014.html

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今一番気になる劉暁波氏の妻、劉霞さんのツイッター・アドは@liuxia64

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ダライ・ラマ法王が今日の朝、成田にトランジットで来られてたとは知らなかった。

目ざとく法王にインタビューした共同さんの記事は以下。

http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010101101000106.html

ダライ・ラマが中国批判 劉氏の受賞めぐり

 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は11日、航空機の乗り継ぎのため到着した成田空港で共同通信の取材に応じ、中国の民主活動家、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に中国政府が反発していることについて「一部の強硬派がいまだに古い考え方をしている」と批判した。

 ダライ・ラマは「中国政府は個人が政府と異なる意見を持つことを認めないが、中国の人々を救う唯一の方法は、透明性のある、開かれた社会をつくることだ」と指摘。

 「中国は変わらなければならない。温家宝首相でさえ政治的変化の必要性を指摘している」と訴えた上で、劉氏の受賞をめぐる中国政府の対応に言及、批判した。

 ダライ・ラマはチベット独立運動に関連し、1989年にノーベル平和賞を受賞している。11日は講演活動などのため訪米する途中で、インドのムンバイから成田に到着した。





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2010年10月09日

劉暁波氏とチベット/「08憲章」全文

a94867bb.jpg昨日はチベットを初め、世界中で劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を喜ぶパーティーが秘密裏にあるいは大っぴらに開かれたであろう。

中国国内ではそんなパーティーを開いた人々が公安に一時拘束されたというニュースも入っている。

まともに考えれば、劉暁波氏は,中国が民主化され、人々の人権と自由が守られる普通の世の中になるために努力しているのであり、それが世界的に評価されたのだから、中国人は喜んで当たり前だ。
本当にそうなれば、世界は中国を怖い国だなどと思わなくて済むし、世界の未来に再び希望を見いだすことだってできるというものだ。

それなのに、大人げなく、中国政府の指導部はただ単に自分たちの地位と権力を維持するために、世界中に当たり散らしている。

今回の劉氏の受賞も結局中国共産党のそのような態度の結果なのだ。
ノーベル賞委員会のトールビョルン・ヤーグラン委員長は日本の読売新聞の取材に対し、劉氏の有罪判決が確定した段階(今年2月)で「不可避の状況になっていた」と述べ。
委員会が全会一致で劉氏への授与を決めたことを明らかにしたという。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101009-OYT1T00061.htm
さらに委員長は「相手が大国だから、委員会がひるんだと見られることは許されなかった」と述べ、また、「中国は大国となった。米国がそうであるように、大国は議論と批判の対象になることを知るべきだ」と注文をつけたという。

早く中国の流れが変わってくれることを心より願う。

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劉暁波氏が収監されている中国遼寧省錦州の刑務所=9日(共同)劉暁波氏が収監されていると思われる中国遼寧省錦州の刑務所=9日(共同)

「中国において発言のために投獄される犠牲者が私で最後となることを期待する。表現の自由は人権の基、人間性の源、真理の母だ。言論の封殺することは人権を蹂躙し、人間性を窒息させ、真理を抑圧することだ。」(by劉暁波 09年12月の最終陳述)(ツイッター@micungengyiより)

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劉暁波氏はかねてよりチベット問題にも深い関心を抱いていた。

2008年3月、チベット全土で中国の圧政に対する大規模な蜂起とそれに続く当局の激しい弾圧が起こった時、この事態を憂慮し、劉暁波氏を含む中国の知識人30人は3月22日、
「チベットの状況に対処するための12の提案」という文書を発表した。

以下、この提案の日本語訳を福島香織さんのブログから転載させて頂く。
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/520012/

■?目下、中国公式メディアの偏った宣伝的報道は、民族の仇敵を煽動し、状況の緊張を激化させる効果があり、国家統一維持の長期的目標に非常に有害であり、これを停止することをもとめる。

■?われわれは、善意、平和、非暴力の原則を遵守し妥当に民族問題を処理したいとするダライ・ラマの平和的呼びかけを支持する。無辜の平民に対するいかなる暴力行為を譴責し、中国政府に暴力的鎮圧を停止するよう強烈に促し、チベット族民衆に暴力活動を行わないように求める。

■?中国政府は「ダライ集団が組織的にあらかじめ策謀を練った計画的な事とするにたる証拠がある」というが、ならば、その証拠を提示し、国連人権理事会に対し、その証拠、事実過程、死傷者数などについての独立調査を求めるよう、政府に提案する。それをもって、国際社会の相反する見方や不信感を改変すべきである。

■?われわれは、チベット自治区中国共産党指導者がいうところの、「ダライは袈裟を着たけだもの、人面獣心の悪魔」といった文革時代みたいな言葉が事態の収束になんの役にもたたず、中国政府のイメージに不利であると認識する。我々は、国際社会にとけ込もうとする中国のために尽力し、現代文明にふさわしい、執政の風格を示してゆくべきであると思う。

■?われわれは、ラサで暴力行為が発生した当日(3月14日)、チベット自治区で責任者が「ダライ集団の組織的であらかじめ策を念入りに練った計画的事件であるとするになる十分な証拠がある」と説明したことに注目している。つまり、チベット当局は早くから暴乱が発生しうると知っていたわけで、それをむしろ有効に阻止できず事態を発生、拡大させたわけであり、これは内部に汚職が存在する、ということではないだろうか。厳粛な調査、処置を行うべきだ。

■?もし、最終的に、これが組織的、あらかじめ策を練った念力な計画的事件であると証明できないならば、これは民間暴動が惹起させられたものであり、暴動を惹起させ、かつ捏造、虚偽情報で中央と国民をだました責任者を追及すべきであり、教訓をまじめに反省し、経験を総括し、今後同じ轍を踏まぬように、しなくてはならない。

■?われわれは、チベット民衆に「踏み絵」を踏ませたりや後で責任を負わせるようなことをしないように強烈に要求し、逮捕者に対する審判は、公開、公正、透明な司法プロセスに従い、各方面が心から敬服するような効果に到達しなければならない。

■?中国政府が信頼できる国内外メディアにチベット自治区内で独立した取材報道を許可するよう求める。目下、この種のニュース封鎖は、国民、国際社会の信頼をえることがかなわず、中国政府の信と誠をそこなう。もし、政府が真相を昇格しているなら、あれこれあら探しされることを恐れないはず。ただ、開放的態度があってはじめて、目下の国際社会の我が国政府に対する不信感は転換できる。

■?われわれは、中国民衆と海外華人が冷静と寛容を保ち、深く物事を考えるよう呼びかける。激烈な民族主義の態度は、ただ国際社会の反感をまねき、中国の国際イメージを損なうだけだ。

■?1980年代、ラサに限定されていたチベットの動揺がこのように、チベット各地に拡大した。このような状況の悪化は、対チベット工作に重大な過失があったことを反映する。関係部門は痛恨の極みと反省し、失敗した民族政策を根本から改変すべきである。

■?今後、同類の事件発生をさけるため、政府は中国憲法で明記されている宗教信仰の自由と言論の自由の権利を遵守し、チベット族民衆に十分、彼らの不満と希望を表明させ、各民族国民に自由に政府の民族政策の批評と提案を表明させなくてはならない。

■?われわれは、漢族チベット族の誤解をなくし、交流を展開し、団結を実現し、政府部門であろうが、民間組織、宗教人士であろうが、すべてがこのために努力するよう希望する。われわれは民族の仇恨をなくし、民族和解を実現せねばならず、民族間の分裂拡大を継続させてはならない。ひとつの国家が領土の分裂をさけるには、まず民族間の分裂をさけなければならない。


連署者:
■王力雄、劉暁波、張祖樺、沙葉新、于浩成、丁子霖、蒋培坤、余傑、孫文広、冉雲飛、浦志強、滕彪、廖亦武、江棋生、張先玲、徐珏、李駿、高瑜、王徳邦、趙達功、蒋亶文、劉毅、許暉、王天成、温克堅、李海、田永徳、劉荻

英文:http://newsblaze.com/story/20080322215303nnnn.nb/topstory.html

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劉暁波氏は「08憲章」を起草・発表しネット上で連署者を募ったことにより、11年の刑を受けることになった。
現在、連署者の数は12000名にのぼり、今も増え続けている。

この日本語訳はかつてこのブログでも紹介したが、以下、今一度掲載する。

ブログ「思いつくまま」より:
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/597ba5ce0aa3d216cfc15f464f68cfd2

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08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値と基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である。21世紀の中国がどこに向かうのか。この種の権威主義的統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である。

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争(日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派の残酷な鎮圧にあって失敗した。辛亥革命(1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジアで最初の共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患の歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国を現代版全体主義の深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国は毛沢東時代の普遍的貧困と絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆の生活水準は大幅に向上し、個人の経済的自由と社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間の人権と政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者も市場化と私有化の経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年、1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会は2004年の憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済は奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産・幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れは直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化の歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である。言論・出版・信仰・集会・結社・移動・ストライキ・デモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権:人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である。人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である。中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである。

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別・経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民の社会的・経済的・文化的・政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団・多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和的方法で公共の事務を処理することである。

 民主:もっとも基本的な意味は主権在民と民選政府である。民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民は真正の選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民の基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力と行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝の権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国の根本的な活路である。

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派も違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国の民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立:権力分立の現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則を確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関は直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所を設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会を解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員は政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障:人権を確実に保障し、人間の尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会を設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕・拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙:全面的に民主選挙制度を実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民の選挙参加は奪うことのできない基本的人権である。

8、都市と農村の平等:現行の都市と農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民の移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由:国民の結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制を届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由:平和的集会・デモ・示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民の基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由:言論の自由・出版の自由・学術研究の自由を実現し、国民の知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離を実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民の宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値と市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識を確立し、社会に奉仕する国民の美徳を提唱する。

14、財産の保護:私有財産権を確立し保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会を設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権の帰属と責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義を確立し納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択(住民投票)や民意機関(議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体と競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民をカバーする社会保障制度を構築し、国民の教育・医療・養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境を保護し、持続可能な開発を提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織の環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港・マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国を樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動で政治的迫害を受けた人々とその家族の名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会を設立し歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国は世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会のメンバーとして、人類の平和事業と人権の進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明の進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感・責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的に市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987
http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

(転載自由、出典明示)








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2010年10月08日

祝・劉暁波氏ノーベル平和賞受賞/ダライ・ラマ法王の祝辞・声明

劉氏劉暁波氏©BBC

ノルウェーの現地時間朝11時に行われたノーベル平和賞の発表を私は、BBCのライブで見ていた。
会場で待ち構える記者団の前で、11時丁度に大きな正面のドアが開かれた。
出て来た委員長の顔を見た時、なぜか私はすでに、確信していた。
そして、彼の口から「2010年度のノーベル平和賞は劉暁波氏と決定された」という言葉が出た時、「おおおお!!!やった!!!」と絶叫。

私は、ノーベル賞委員会の委員長が自ら「中国からの直接的な圧力があった」と発表した時点で、わざわざそんな事実を公表するということはもう劉暁波氏の受賞を半ば決定しているのではないか?と思ったのだった。
そうでなければ、もしも彼が受賞しなかったときには、「委員会は中国の圧力に負けた」と非難されることは目に見えていたからだ。

大方予測していたにせよ、本当に彼の名前が委員長の口から出たときには、自分のことのような喜びがわいて来た。間違いなく、チベット人も大喜びしたにちがいない。人権に関心を寄せる世界中の人々が喜んだであろう。

委員長は授与の理由について、「中国での基本的人権を求めて、長年にわたり非暴力的な活動を進めたこと」と説明し、劉氏を「中国内外における、人権への闘争のシンボル」と讃えた。また「中国は多くの国際協定や政治の自由を認めた自国の憲法にさえ違反している」と言論や集会の自由を認めた中国憲法第53条を引き合いに出した。さらに「人権と平和の間には密接なつながりがある」と説明し、「中国は世界第2位の経済大国になったが、基本的人権の分野において責任を果たす必要がある」とも述べた。
最近益々目立って来た中国の強行姿勢への警戒心を代表して表したとも言えよう。

ところで、中国では彼の受賞は今のところ隠されたままだ。
彼の受賞を伝えるNHKやBBC,CNNのニュースも遮断された。
いつまで中国はこのような子供のようなことを続けるのか。
本人はいつこのニュースを知らされるのであろうか?

獄中の人にノーベル賞が与えられたという前例はない。
中国国内の中国人がノーベル賞を受賞したということも初めてだ。
中国にとってはもちろんのこと、世界にとってもこれは非常に象徴的なできごとだ。

共同通信によれば、妻の劉霞さんは8日の授与発表直後に香港のケーブルテレビ局の電話取材に応じ「信じられない。長年の努力が認められた」と喜びを語り、「中国の民主化運動を支えるすべての人に与えられたものだ」と授与決定に感謝の気持ちを表し「夫が知ったら喜ぶと思う。早く伝えたい」と声を上ずらせたという。

もちろん彼の他に、中国にもチベットにも、数え切れないほどの人々が、体制を批判したとして獄に繋がれている。
彼らが一日も早く解放されることを願ってやまない。

実際、中国がこのまま巨大化していけば、世界が危ない。どうしても変わってもらわないといけないのだ。
FREE TIBET >FREE CHINA>SAVE THE WORLD

ダライ・ラマ法王は劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を喜ばれ、さっそく声明を発表された。
以下、その日本語訳。

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PRESS STATEMENT OF HIS HOLINESS THE DALAI LAMA ON LIU XIAOBO BEING AWARDED THE 2010 NOBEL PEACE PRIZE

October 8th 2010

http://dalailama.com/news/post/590-press-statement-of-his-holiness-the-dalai-lama-on-liu-xiaobo-being-awarded-the-2010-nobel-peace-prize

 今年のノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏に心よりの祝福を述べたいと思います。

 劉氏に平和賞が送られたということは、中国人の間に自国の政治、法律、憲法の改革を押し進めようとする声が増していることを国際社会が認識したことの現れです。

 これまで私は個人的に、劉暁波氏を初めとする、中国の民主化と自由を求める「08憲章」に署名した何百人もの中国の知識人や志を同じくする市民たちに感動し、勇気づけられてきました。この憲章が発表された2日後の2008年12月12日、私は訪問中のポーランドからこの憲章を賞賛する声明を発表しました。私は、責任あるガバナンスにむけて現在活動している中国の市民たちの努力の成果を、中国の次世代の人々が、将来必ず享受することができると確信しています。

 温家宝首相の最近の「言論の自由はあらゆる国に必須であり、民主主義と自由への人々の要求は逆らいがたいものである」という発言は、中国がもっと開放されることへの要求が高まっていることを示唆していると思います。開かれた国に変わることによってのみ、中国は調和・安定し、かつ繁栄した国となることができるのです。そうなった中国は、世界の平和に大いに貢献することができるでしょう。

 この機会に、再び、言論の自由を行使することにより投獄された劉暁波氏と他の良心の囚人を釈放することを私は中国政府に対し要請します。










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2010年10月07日

「ノーベル平和賞より釈放を」 中国人作家の妻が訴え/1903年、チベットの写真/ディルで鉱山開発とダム建設中止を訴えたチベット人3人が逮捕

36e2daa6.jpg明日、いよいよ注目のノーベル平和賞が発表される。

その有力候補とされている中国の民主派作家、劉暁波氏の妻に北京で朝日の記者がインタビューした記事を以下にコピペする。

写真:5年前に自分で撮影した劉暁波氏の写真を手に思いを語る劉霞さん=©北京、峯村写す

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「ノーベル平和賞より釈放を」 中国人作家の妻が訴え

http://www.asahi.com/international/update/1006/TKY201010060417.html

【北京=峯村健司】8日に発表されるノーベル平和賞の有力候補に挙げられている中国の民主派作家、劉暁波氏(54)=国家政権転覆扇動罪で服役中=の妻、劉霞さん(49)が6日、北京市内でインタビューに応じた。受賞の可能性は高くないとの見通しを示したうえで「一番の願いは、賞よりも一日も早く家に帰ってきてくれることだ」と早期の釈放を訴えた。

 劉霞さんは「国際社会が夫に高い関心を持ってくれていることに感動しており、深く感謝したい」と述べた。ただ、「当局に拘束中の人間が受賞したのは、ミャンマー(ビルマ)の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんらだけ。受賞は難しいと思う」と語った。

 人権活動家の劉暁波氏は、インターネット上で中国共産党の一党独裁の廃止と民主化を呼びかけた「08憲章」を起草したとして、今年2月に懲役11年と政治的権利剥奪(はくだつ)2年の実刑判決が確定。現在は遼寧省錦州市の刑務所に収監されている。

 面会が許されるのは月に1度、1時間のみ。2人の当局者が傍らで監視し、すべてビデオで撮影する。内外の政治や社会問題に関する話は一切、許されない。最後に面会したのは9月7日。少しやせていたが、最近は毎日1時間、屋外でジョギングできるようになり、日焼けして元気そうだった。「拘束後もずっと気持ちも体もいい状態を保っており、とても意思と気力が強い人」と話した。

 劉霞さん自身にも監視の目が光る。当局者が自宅前で24時間体制で監視し、電話やメールはすべて盗聴されているという。少しでも敏感な内容を電話で話すと、北京市当局者から事情聴取される。この日の取材も、自宅から少し離れた喫茶店で話を聞いた。

劉暁波氏の受賞を有力視する声が高まるにつれ、中国当局は反発を強めている。姜瑜・外務省副報道局長は9月末の会見で、「中国の法律を犯し、刑罰を科された人物」と不快感を表明。中国外務省高官が、選考委員会関係者に圧力をかけた可能性も指摘されている。

 こうした中国当局の対応を劉霞さんは語気を強めて批判した。「自らの利権を失いたくないからこそ、夫のたった1本のペンを怖がっているのだろう」

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中国で生まれ育った中国人がこれまでにノーベル賞を受賞したことは一度も無い。

日本は今回化学賞を受賞した鈴木章さんと 根岸英一さんを含め17人。
一番多いのはアメリカの305人。
国別の受賞者リストを見たい人は以下へ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%88%A5%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85

ちなみにリストの中でダライ・ラマ法王は「国籍不明」となっている。

中国初のノーベル賞が獄中の作家に送られることにでもなれば、これはこれは、中国人にとっては、えらいことになる。
と、いうことで中国政府は必死にノルウェーに圧力をかけている。

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1903年チベット<1903年に撮影された超レアなチベットの写真がオークションに>

ルンタ・プロジェクトが日本語版を作った「BBC制作:チベットの歴史1」の最初に出てきた、Younghusband隊に同行したJohn Claude White氏が撮影したという写真。

その内のいくつかを以下で見ることができる。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1317360/Tibet-1903-photographs-secret-kingdom-auctioned-off.html?ITO=1490

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<ナクチュ地区ディル(ビル/比如)で鉱山開発とダム建設に抗議したチベット人3人が逮捕される>

10月1日付け、RFAチベット語放送によれば、
http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/ukaylatsen/zamlingsayiyangthog/china-arrested-3-petitioner-in-driru-dzong-10012010162931.html

ディルにある、チベット人が聖山と崇める山の近くで始まった鉱山開発とダム建設の中止を求め、最近、地元のチベット人たちが集結し抗議の座り込みを行っていた。

9月28日、その内の3人が地元政府に陳情書を持って行ったが、3人はその場で「国家分裂罪の容疑」で逮捕された。

ディルには現在大勢の武装警官隊が集結し、緊張が高まっているという。


ディルでは今年3月に小学生によるデモが起きている。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51421908.html









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2010年09月13日

アムド、マチュで中学生2人が抗議デモを行ったとして退学処分

078c7abe.jpg写真:退学処分となったガワン・ラモ(©RFA)

9月11日付、RFAチベット語版によれば、

http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/amdolaytsen/amdo-stringer/tibetan-students-expelled-from-school-09112010130031.html
8月2日、甘粛省甘南チベット族自治州マチュ(ཀན་ལྷོ་རྨ་ཆུ་)にあるチベット族中学校の女子生徒ガワン・ラモ(ངག་དབང་ལྷ་མོ་)ともう一人の氏名不明の男子生徒が、今年3月中国政府に対し抗議の声を上げたとして退学処分となった。

さらに、2人は2度とこのような行動を取らないために、思想教育を強制的に受けさせられた。

2人は他の学校に入学することも禁止されたという。


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以下アムネスティ・インターナショナル日本によるイベント紹介。

9月25日(土)「劉暁波はなにをしたのか−−中国の獄中作家について考える夕べ」

中国の著名な文芸評論家・劉暁波氏のことをご存知でしょうか。
彼は文芸評論家であり、詩人であり、そして民主化活動家でもあります。
彼は今年2月に「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年の判決が確定し、現在彼は獄中にあります。
しかしその罪の内容は、中国の民主化を求める「08憲章」の起草に中心的な役割を果たした、ということだけでした。

北京五輪や上海万博を経験し、中国経済は活況を呈しているようです。
しかし他方では残念なことに、劉氏のように、言論の自由を行使しただけにもかかわらず捕らえられた「獄中作家」が、中国には数多くいます。

劉氏がかつて会長を務めた「独立中文ペンクラブ」の皆さんが、国際ペン東京大会にあわせ来日します。

この機会に、劉氏の救援活動に力を入れているペン・アメリカンセンター(米国ペンクラブ)の皆さんも交え、劉氏の行動やその作品について語り、彼のような獄中作家のために私たちは何ができるのか考えます。

日時:2010年9月25日(土)17時45分開場、18時開始、21時終了予定
会場:早稲田奉仕園リバティホール(新宿区西早稲田2−3−1)

地下鉄東西線「早稲田」徒歩5分、地下鉄副都心線「西早稲田」徒歩8分
電話03−3205−5411
アクセスMAP http://www.hoshien.or.jp/map/map.html
<内容>
劉暁波氏の活動の紹介、作品の朗読、言論の自由をめぐる中国の最新状況の紹介など

発言予定:廖天(作家、独立中文ペンクラブ会長)、馬建(小説家)、楊煉(詩人)、クワメ・アンソニー・アピア(哲学者、ペン・アメリカンセンター会長)ほか

会場費:1000円(学生500円)

主催:アムネスティ・インターナショナル日本
   独立中文ペンクラブ(独立中文筆会)

問合先:アムネスティ東京事務所
電話03−3518−6777 電子メール〈amnesty-china@hotmail.co.jp〉

●劉暁波(LIU Xiaobo)
1955年中国長春市生まれ。著名な文芸評論家、詩人、民主化活動家。北京師範大学で修士号を取得後、同大・オスロ大・ハワイ大で中国現代文学を教える。
その間に博士号取得。
米国コロンビア大に客員研究員として滞在中の1989年に民主化運動の発生を知り、帰国。
6月2日から天安門広場でのハンストに参加。
同月4日の武力鎮圧のさなかでは、犠牲者をできるだけ出さないように動いた。その後1991年まで「反革命罪」で投獄される。
出獄後も文筆活動を続けるが、たびたび拘束を受ける。
中国の民主化を訴える「08憲章」の起草を中心的に担い、2008年12月に発表するが、このことが基で「国家政権転覆扇動」容疑で2009年6月に逮捕される。
その後の裁判で懲役11年・政治権利剥奪2年が確定。現在も獄中にある。

●独立中文ペンクラブ〈独立中文筆会)
言論・表現の自由を求める中国内外の中国語作家たちによって、2001年に結成。
同年、国際ペンへの加盟を認められた。劉暁波氏が2003年から2007年まで会長を務めた。

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もう一つついでに今日から行われているイベント紹介。

「チベットの生活と文化」
http://www.tibet-jp.com/newpage6.html

雄大な自然に囲まれてくらしているチベットの子供たちの水彩画と、チベット医師ダワ先生の油彩、
野田雅也さんの写真展です。

水彩画約170点は、5歳から15歳までのチベット難民学校・児童生徒が描きました。
子供たちの日常生活や将来の夢などが描かれています。
ダワ先生は、チベット医学に欠かせない薬草の実施調査のため訪れた地を描いた四季折々の作品約20点を展示します。
野田さんは、生命感あふれるチベット大地の優しさとたくましさを写真に収めています。
賛助出品として、仏画師の宮坂宥明さんの観音菩薩も展示いたします。
どうぞ、鮮烈なチベットの大自然に深呼吸をしてください。 皆様のご来場をお待ちしています。

9月.13日(月)〜9月.18日(土)
 初日:15:00〜18:00
 平日:10:00〜18:00
 最終:10:00〜16:00
 入場無料
*入館は17::45まで

会場 横浜市民ギャラリー3階C室
電話・045−224−7925

主催:チベット交流会  協力:チベット難民学校、Dr.ダワ、野田雅也、
               賛助出品:宮坂宥明
後援:浄土宗 桂林寺、風彩社 
問合せ先:224-0053 横浜市都筑区池辺町3144-5 
電話/FAX:045−943−5258



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2010年03月24日

世界の知識人100人が劉暁波氏の釈放を訴える

8f3cc488.jpg中国:全世界の著名な有識者や作家ら 劉暁波氏の釈放を訴える | Human Rights Watch
http://www.hrw.org/ja/news/2010/03/10-4

全人代開催にあたり、言論の力で政府を批判した著名知識人の釈放を
March 10, 2010

(ニューヨーク)世界中の著名な中国専門家や作家、人権活動家ら100人以上が、受刑中の中国の反体制活動家、劉暁波氏の即時無条件釈放を求める全国人民代表大会宛て書簡を本日発表した。
http://www.hrw.org/node/89009

恐れることなく中国政府への批判を続けてきた劉氏は、政治に関する論考を6本発表したこと、および、中国における法の支配と人権尊重を求める「08 憲章」を起草したことにより、2009年12月、懲役11年の刑に処せられた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア・アドボカシー・ディレクターであるソフィー・リチャードソンは、「政府批判を理由に劉暁波氏を懲役刑に処するのは、世界における中国の評判と名声を汚すものである」と述べる。「中国政府は、劉氏を罰して見せしめにするのではなく、『08憲章』で示された問題に取り組むべきだ。」

中国の立法府である全国人民代表大会(全人代)は、年次総会を開催中であり、3,000人以上の代表が出席している。全人代には「憲法の執行を監督する」権限が法律上与えられているが、その憲法は、中国国民に「言論の自由、報道の自由、集会の自由、結社の自由、行進の自由およびデモの自由」を正式に保障している。

劉氏は、2009年12月、「国家権力を転覆し、社会主義体制の転覆を扇動した」として、法廷で懲役11年の判決を受けたが、その判決前に作成された声明で、劉氏は、正義と民主主義という普遍的な理念への自らの信念について改めて述べていた。

同氏は、その声明で、「私は、これまでの自分の活動が正当なものであり、中国がいつか自由で民主的な国になると信じる。」と述べた。「我々の同胞は、恐怖から解放され、自由の光を浴びることとなるだろう。この方向へと進むために、今、私は代償を支払っているが、何も後悔するところはない。 独立した知識人が自由を求めて独裁的国家に立ち向かえば、しばしば刑務所に投獄されることは、ずっとわかっていたことである。しかし投獄は自由への一歩である。今、私はその道を選んだのである。真の自由は近づいている。」

2010年1月、ノーベル賞受賞者であるヴァーツラフ・ハベル氏、ダライ・ラマ氏、デズモンド・ツツ氏らなどの著名な個人からなるグループが、劉氏を同年のノーベル平和賞に推薦している。
http://www.hrw.org/ja/news/2010/03/10-4

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政府批判を理由に劉暁波氏を懲役刑に処するのは、世界における中国の評判と名声を汚すものである。中国政府は、劉氏を罰して見せしめにするのではなく、『08憲章』で示された問題に取り組むべきだ。

ソフィー・リチャードソン、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア・アドボカシー・ディレクター

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Related Materials:

Letter from the Consortium for Liu Xiaobo to NPC Chairman Wu Bangguo
http://www.hrw.org/ja/news/2010/03/09/letter-consortium-liu-xiaobo-npc-chairman-wu-bangguo

Letter from the Consortium for the Release of Liu Xiaobo to China's President Hu Jintao
http://www.hrw.org/ja/news/2008/12/22/letter-consortium-release-liu-xiaobo-chinas-president-hu-jintao

China: Nobel Laureates, China Scholars Call for Liu Xiaobo’s Release
http://www.hrw.org/ja/news/2008/12/23/china-nobel-laureates-china-scholars-call-liu-xiaobo-s-release

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英語原文には100人の知識人がすべてリストアップされている。
目立って多いのはスランスとアメリカの大学教授だ。
100人中、日本からはたったの三人、そのうち一人は中国人と思われるので日本人はお二人のみ。日本の学界の人権への関心度が知れるというものだ。
以下、その3人の学者さんを紹介します。

Willy Lam
Professor of Chinese Studies
Akita International University
Japan

Setsuo Miyazawa
Professor
Aoyama Gakuin University Law School
Japan

Satoru Shinomiya
Professor
Kokugakuin University Law School
Japan

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さっき、最近放映が始まったばかりのチベットテレビで法王が先週17日にインドのボパールで開かれた "Human Rights Through Universal Responsibility" と題された会議において基調演説をされたときの映像が流れていた。

これは以下のURLにアクセスすればすぐに見れるし、聞けるのです。
法王はゆっくりと簡単な英語で話されているので是非お聞きください。

http://dalailama.com/webcasts/post/92-human-rights-through-universal-responsibility/2498

法王は最後に:
態度を変えればーー>内に力が湧きーー>自信が持てるーー>正直で何も隠すことのない透明性を得るーー>それにより信頼が生まれーー>幸せな社会が築かれる。
金だけじゃない。

と中国へのアドバイスをされました。


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2009年12月25日

中国政府のクリスマスプレゼント

メリークリスマス!
を前にして中国当局は山西省臨汾県において10人のキリスト教指導者を逮捕し、そのうち5人の司祭には最高7年の刑期を言い渡し、残りの5人には裁判もなしに2年間の労働キャンプ行きを命じた。
http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5h84XRMfuMq5XEuukXXGUXbI7crcA
その罪状はと言えば「農地を不法に占拠した」とか「集会により交通を乱した」とかだという。

これがクリスマスを前に当局が中国の全キリスト教徒たちに送った明確なメッセージだ。

ーーー

もう一つの中国のクリスマスプレゼントはといえば、「08憲章」の中心的人物劉暁波(Liu Xiaobo)氏(53)に国家政権転覆を扇動したとして刑期11年、政治的権利剥奪2年を言い渡したことだ。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=26282&article=Chinese+dissident+Liu+Xiaobo+jailed+for+11+years+for+subversion

これに対しUSとEUは中国を強く非難した。
先のクリスチャン弾圧に対しても、カンボジアからウイグル人たちが中国に返されたことに対してもUS,EU
はちゃんと政府として公式に非難している。
日本政府はもちろん無視、無関心。

ーーー

以下はアムネスティ日本が発表した「ウイグル人庇護希望者の強制送還に関する公開書簡」です。

アムネスティ発表国際ニュース
2009年12月22日

アムネスティ日本
http://www.amnesty.or.jp/

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中国:ウイグル人庇護希望者の強制送還に関する公開書簡
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中華人民共和国外交部
楊 潔チ部長 殿

12月19日に貴国政府の要求に応じたカンボジア当局によって中華人民共和国に強制送還された2人の非常に幼い子どもを含む20人のウイグル人庇護希望者たちにつきまして、問題の緊急性に鑑み本書簡をお送りします。

この20人の名簿はこの手紙の最後に記しています。

2001年以降、強制的に中国に帰されたウイグル人庇護希望者または難民が、拘禁され、伝えられるところによれば拷問されていること、中には死刑判決を受け、実際に処刑された者もいることを、アムネスティ・インターナショナルは記録してきました。

アムネスティ・インターナショナルは、この20人の健康状態並びに安全に関する情報の提供を求めています。

また、私たちは中国当局が直ちに彼ら20人の所在を明らかにし、彼らの権利を完全に尊重することを要請します。

この20人は、明確な刑事犯罪で起訴されるのでなければ、解放されるべきです。

彼らの裁判は公正な裁判の国際基準を満たしたものであるべきで、いかなる状況下であっても死刑判決は避けられねばなりません。

私たちが懸念を高めているのは、中国当局がこれまでに、2009年7月の新疆ウイグル自治区での騒乱に関わったとして9人を処刑し、その他に8人に死刑判決を下しているためです。

アムネスティ・インターナショナルは貴国政府に対し、彼らが拷問またはその他の虐待を受けることなく、拘禁中に適切な医療を受けられることを保証するよう要請します。

拷問およびその他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取り扱いまたは刑罰を禁止する条約(拷問等禁止条約)の締約国として、中国政府は拷問その他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取り扱いを完全に禁じる義務があります。これは国際慣習法の原則でもあります。

また、彼ら全員が速やかに家族や本人の選んだ弁護士と面会できるようにすることも重要です。

私たちが特に憂慮しているのは、この20人の中に非常に幼い子どもが2人いることです。

中国も締結国である子どもの権利条約の第2条2項には、「締約国は、子どもがその父母、法定保護者又は家族の構成員の地位、活動、表明した意見又は信念によるあらゆる形態の差別又は処罰から保護されることを確保するためのすべての適当な措置をとる」と記されています。

さらに、第37条(C)には、締結国が自由を奪われたすべての子どもをその年齢の者の必要を考慮した方法で取り扱うべきであると明示されています。

最後に、アムネスティ・インターナショナルは貴国政府が国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対し、この20人の安否確認のためのアクセスを即時に提供するよう要請します。

この書簡の写しは貴国司法部にもお送りしています。

貴殿からのご返事をお待ち申し上げます。何かご質問やご意見がございましたら、遠慮なくご連絡ください。

敬具

2009年12月22日

アムネスティ・インターナショナル
アジア太平洋部長
サム・ザリフィ

追記:
2009年12月19日、以下のウイグル人庇護希望者がカンボジアから中国へ強制送還されました。

アブドゥグヘニ・アブドゥカディール(Abdugheni Abdulkadir)とその家族

アブルカディール・シャヒダ(Abulkadir Shahida)
アブルカディール・ビラル(Abulkadir Bilal)
アブルカディール・マイムナ(Abulkadir Maymuna)
アブドゥグヘニ・ハリル(Abdugheni Halil)
アブドゥラ・カシム(Abdullah Kasim)
アリ・アフマト(Ali Ahmat)
アリ・ヌル(Ali Nur)
アマト・エリ(Amat Eli)
エブライム・マムト(Ebrayim Mamut)
ハジルティエリ・ウマル(Hazirtieli Umar)
イスラム・ウライム(Islam Urayim)
クバン・カンウル(Kuban Kanwul)
マフムト・ビラル(Mahmut Bilal)
ママト・アリ(Mamat Ali)
モハメド・ムサ(Mohammed Musa)
ムタリップ・マムト(Mutallip Mamut)
オマール・モハメド(Omar Mohammed)
ツニヤジ・アイカエバイエル・ジアング(Tuniyazi Aikaebaier Jiang)
ツリク・ムハメド(Turik Muhamed)



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2009年12月07日

「08憲章」の“仕掛け人”、劉暁波さんは今も獄中

以下、褒めたい産経さんの社説。

【産経抄】12月7日

中国の知識人303人が、人権の保障や共産党の一党独裁体制の終結を求めた「08憲章」を、インターネット上に発表したのは、昨年の12月、世界人権宣言60周年にあわせたものだ。“仕掛け人”とされる作家、劉暁波(リュウシャオボ)さん(53)は、このとき当局に拘束され、今も獄中にある。

 ▼劉さんといえば、1989年6月4日の天安門事件で、学生支援のハンストを行い、武力鎮圧が始まると、徹底抗戦を叫ぶ学生を説得して、被害を小さくしようと尽力したことで知られる。事件後、当時の学生指導者や知識人の多くが、海外に去ったり、実業界に転じたりするなか、国内で民主化活動を続ける筋金入りの人物だ。

 ▼あれから1年、中国当局の厳しい言論統制のなか、憲章への署名は1万人を超えたという。日本でも、「08憲章」の内容と、詩人でもある劉さんの存在を広く紹介したいと、大阪在住の作家、劉燕子(リュウイェンズ)さんらがこのほど編集したのが『天安門事件から「08憲章」へ−中国民主化のための闘いと希望』(劉暁波著、藤原書店)だ。

 ▼「編者解説」のなかで劉燕子さんは、アメリカやヨーロッパに比べて日本の知識人が、中国の民主化や人権の問題に関心が薄いことを嘆き、「中国批判は反中国の右翼というレッテルを貼(は)られるというおかしな状況」に首をかしげている。

 ▼実は劉暁波さんは、ノーベル平和賞の候補の一人ともいわれてきた。実際に受賞したオバマ米大統領が、先月中国を訪問した際、劉さん釈放の期待もあったが、かなわなかった。

 ▼さて、世界人権デーの10日、民主党の小沢一郎幹事長が、約150人の国会議員を引き連れて訪中する。何をしにいくのか知らないが、せめて「08憲章」に目を通してから、出発してほしい。

産経新聞 2009.12.7


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