北京

2010年09月26日

烈日西藏/チベット現代美術展・最終回/ウーセルさんの解説

「烈日西蔵」ポスターシリーズ最終回である今日は、ウーセルさんがこの展示会について解説された文章、及び彼女がブログで第7回分として紹介された絵を紹介する。

さらに補足として、チベット現代美術を知るために参考となると思われる資料もお伝えする。

今日も前回に引き続きuralungtaさんに中国語からの翻訳をして頂き、様々な教示も授かった。
さらにウーセルさんの解説に対する詳しい補足論考を書き下ろして下さった。

まず、そのウーセルさんの解説から:
(訳uralungtaさん)
原文:http://woeser.middle-way.net/2010/09/blog-post_21.html





烈日西藏―灼熱のチベット
ツェリン・ウーセル


 2年前、北京798芸術区で、チベット現代アートを集めた初めての展示会が開かれた。7人のチベット人アーティストが、「発生発声(生まれ出よ、声を上げよ)」をテーマに、芸術活動を通じて現在のチベットが置かれた状況をあらわに記録すること、芸術的表現を用いて現在のチベット人の生の声を表に出すことへの渇望を表現した。

 それから2年が経ち、北京宋荘芸術祭で再度、チベット現代アートをテーマとした絵画展が実現し、50人ものアーティストの作品が一堂に会した。50人のうちカムやアムド、また欧米在住を含むチベット人作家が約8割に及んだほか、それ以外の漢人アーティストも、かつてラサで生活した経験があったり現在もラサに拠点を置くなど、チベットと密接なつながりを持つ。チベット現代アートとしてこれほど大規模な企画展示は過去に例のないことはもちろん、この芸術活動が草の根から湧き起こったものであること、国家主導の官製芸術ではない表現活動であることに大きな意義があるといえよう。

 今回の絵画展のテーマは「烈日西蔵(直訳:灼熱の太陽の下のチベット)」。「生まれ出て声を上げた」2年前から「夏の苛烈な日差しに照りつけられる」に至って、表現は表面的な技術から内面の精神性の発露に及び、込められる意味は奥深く含蓄に富み、内容は豊富かつ多様になった。受け止める言葉を探して立ち止まる間にも、目をそらすことができず、ある種の生理的感覚を刺激され続けた。まさに、主宰の栗憲庭氏がいう「皮膚感覚」を体験したのだった。

 同時に、数年前に見た、旧ソ連を描いた映画「The Exodus Burnt by the Sun(太陽に灼かれて)」(*1)が脳裏に蘇った。繰り返し何度も見た映画だ。あの強烈な日差しに全身を焼かれる苦痛は、ソ連のような国家でだけ受けるものではなく、権力を一部が独占する専制社会はすべて人民に同じ苦痛を与えていて、私たちは同じ感覚を皮膚で共有したのだ。

 著名なフリーランスのアートディレクターで美術評論家の栗憲庭氏は、チベット本土のアーティストがチベットをテーマとして描いた作品と、チベット以外のアーティストの作品との間には「基本的な限界線」が存在する、と鋭く指摘する。なぜなら「我々外部の人間はすべて、本当にそのものになりきることはできず、ただ想像が及ぶだけだ。――文化の尊厳の危機、信条の対立、浸食される宗教、民族文化の混沌と粉砕、環境の汚染、深刻な中国化、西洋の大量消費主義の浸透……それによりチベット人が抱いている肌身を切られるような痛み!」。

 また、今回の絵画展のもう1人のディレクターでチベット本土のアーティスト、ガディ(嘎�)ははっきりと述べる。現在のような時代にあって「チベット人一人ひとりが、かつてない精神的動揺と信仰のゆらぎに直面している。すべては、まぎれもなく、私たち自身だけが体験し、表現できるものだ」。

 ガディのもう一つの発言も、非常に重みのあるものだった。「チベットを題材にした作品が1千万枚あったとして、我々自身の母語で表現されたものがどれだけあるだろうか。もしあったとしても、既にある種の『自己の中の他者の視線を通じた』表現方法に修正されているのではないだろうか」

 その通り、長きにわたり、チベットはその特殊な環境と不利な状況と境遇のために、権力者の勢力争いばかりが表に立ち、チベット自身は沈黙を守り、自ら声を発しなかった。話すことができなかったのではなく、その声は勇猛な人たちによって故意にあるいは意図せず覆い隠され、そこに存在するように見えるまでになったが、本質は決してそこには存在しなかった。いずれにしても、「チベット」に関する真の言及は、チベット人自身の口で表現されるべきである。チベット人自らがチベットを語らなければならないのだ。

 その際には、どの立場から語るかが問われることになる。チベット人であるということは確かにチベットを語る際の一種のよりどころとなるが、そこに自立した考え方と批判精神がなければ、チベットを語ったところで、他人の受け売りの意見を繰り返すオウムにすぎない。

 「灼熱の太陽の下」で、チベットはようやく真の姿を現した。「灼熱の太陽」に正面から向き合い、皮膚は焼けただれ、心の中まで傷を負うことさえあったとしても、芸術による表現こそが傷の痛みを癒やす良薬となる。企画展「烈日西蔵(灼熱の太陽の下のチベット)」では、私たちは、チベット本土のアーティスト一人ひとりが表現したそれぞれの「灼熱の太陽」の下のストーリーを見ることができる。

 あるものには涙を誘われ、あるものは悪ふざけでからかっているように見え、あるものは見るからに衝撃的で痛ましい。それはまさに、ノルツェの鉄の棺に縛られた30のチベット基母字であり、ヤク・ツェテンとツェカルが2000本以上の瓶ビールを飲み空けてストゥーパ(仏塔)のように積み上げた「酒塔」であり、表面に本来あるはずの仏教の経文ではなく私たちの日常生活を日々刻々侵食し続ける政治スローガンが刻まれたガディのマニコロ(マニ車)だ。身を置く誰もが直接に拷問を受け続け、チベット人の魂がその責め苦から逃れるすべはない。また私が一層忘れ難いのは、ニャムダの連作油絵に登場する、性別も判然とせず、顔だちは世の中の激しい変化を味わった老人のようにもあどけない童子のようにも見える子どもだ。救いがないようでいて、決して弱みを見せていない。

2010/9/14,北京
(初出:RFA[ラジオフリーアジア]チベット語放送専門番組)


訳注:[*1]「The Exodus Burnt by the Sun(太陽に灼かれて)」1994年、ニキータ・ミハルコフ監督。秘密警察の監視や密告、裏切り、拷問、処刑や暗殺などで社会全体が抑圧されたスターリンによる大粛正時代のソ連を描く。

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以下uralungtaさんによる<補足>

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 補足です。
 暗喩に富む含蓄あるコラムなので、説明しちゃうとかえって野暮というか、言わずもがなのことも多いわけですが、もしまったく知らない人がいたら参考になるかな、と思い一応補足です。訳注にすると興がそがれると思い、別稿にさせていただきました。

  ◇

 展示会のテーマ「烈日(激しく照りつける太陽)」、またその日差しに照りつけられるチベット、という表現が、象徴的な言い回しとして繰り返し言及されています。

 日、つまり太陽といわれて、中国なら誰もが思い浮かべるのは「紅太陽」すなわち中国共産党。文中ではロシア映画「太陽に灼かれて」も引用されていましたが、太陽を共産党になぞらえるのは共産圏共通のものなのでしょう。「毛主席就是金色的太陽」(北京的金山上)「共産党、像太陽」(東方紅)「心中的太陽是毛沢東」(天上太陽紅彤彤)などの革命歌(プロパガンダ唱歌)を引くまでもなく、太陽といえば共産党のメタファーであり、その日差しが激しくチベットに照りつける、と聞けば、共産党の圧政や理不尽で過酷な施策によって緑が失われ、湖は干上がってじりじり焦げつき大地がひび割れる満身創痍のチベットが脳裏に浮かびます。ウーセルさんは「(灼熱で)やけどを負う」「やけどの痛みに苦しむ」とまで表現していて、もうそこまでいくと、弾圧や拘束、軟禁、拷問、強制労働など、チベットが置かれた苦境を直接的に思い起こさせて胸が苦しくなります。

 「烈日(れつじつ)」は、日本語としては四字熟語「秋霜烈日」以外あまり馴染みのない表現なので、「灼熱の」「厳しい日差し」「激しく照りつける」などに言い換えましたが、そもそもの成語「秋霜烈日」は、刑罰や権威などが(草木を枯らしてしまうほど)激しく厳しいことの例え。(蛇足ですが日本の検察官バッジの呼称はここから)

 「太陽」は共産党の暗喩、「烈日」は秋霜烈日を重ね合わせた表現、と思うと、テーマを企画した段階から、この展示会の主宰者や参加アーティストたちが周到に内包させた怒りや批判精神、鬱積が伝わってくるのではないでしょうか。

  ◇

展示会の様子は、VOA(ボイスオブアメリカ)チベット語放送でも紹介されました

Tibetan Arts Exhibition in Beijing
http://www.facebook.com/video/video.php?v=1566702338435&ref=mf

また、以下のニュースサイトや個人ブログでもたくさんの写真とともに紹介されています。

楊孝文的博客
http://blog.sina.com.cn/s/blog_593e34060100lb3l.html
ビジネスマン知識層らしい中国人のブログ。
「芸術は分からないけど近いし面白そうなので行ってみた」人。「現代美術は、歴史が浅く芸術が存在しなかったアメリカが、世界の芸術の中心を欧州から奪取するために作り上げた陰謀的価値観だ、という説がある」という面白い持論を唱え、「陰謀にしろそうでないにしろ、我が国にたくさんの現代アーティストが出現したのは事実だが、彼らは一様に「美化」して現状肯定的であり、現代社会に合わせた味付けをして人の気を惹きつけようとするものばかりで、『烈日西藏』の作品も一様に同じ特徴を持っていた。こういう作品に価値があるかどうか、読者のみなさん、見ていただけますか?」だそうです。これも一つの受け止め方でしょう。見えているものの違いに、ニヤリとしてしまいます。

中国西藏网:新聞
http://www.tibet.cn/news/index/xzyw/201009/t20100910_627171_1.htm
中国政府系サイトのチベット関連情報を集めたニュース。
作品紹介よりも、開幕前にお経をあげてオープニングの式典をしたとか、「チベット人が北京で正当に評価されていますよ」という点を端的に伝えています。

新 网: 北京
http://www.bj.xinhuanet.com/bjpd_tpk/2010-09/11/content_20876116.htm
中国政府系の通信社。「民族特色的芸術作品在 里参展(民族情緒豊かな芸術作品がここで鑑賞できる)」とだけ説明されていて、内に込められたものまではまったく気づいていないようです。写真を見ると、チベットのお坊さんらしき人が見に来ているのが映っています。

  ◇

 コラム後半では、チベット人自身が声を上げる意味、「内なる他者」の存在、代弁者などについて触れられています。抽象的な、何通りもの受け止め方ができる書かれ方をしていて、おそらくそのどれもが正解ではあるのでしょう。

 「 期以来,西藏因其特殊的 境、 境和境遇,被 力者的众多 力争相表述着,而西藏本身却沉寂无声,不是不会 ,而是它被 悍的 力有意无意地共同遮蔽,以至于它看似在 , 却并不在 。」(長きにわたり、チベットはその特殊な環境と不利な状況と境遇のために、権力者の勢力争いばかりが表に立ち、チベット自身は沈黙を守り、自ら声を発しなかった。話すことができなかったのではなく、その声は勇猛な人たちによって故意にあるいは意図せず覆い隠され、そこに存在するように見えるまでになったが、本質は決してそこには存在しなかった)

 ――いまチベット人が幸せか。チベット人は何を望んでいるのか。チベットはどうあるべきか。

 この大きな問いに対して、古くはイギリスと中国が対立し、日本は手をつっこもうとして失敗し、現代はアメリカと中国の交渉の場で、もしくはインドと中国の間で、チベットは「取引材料」であり「人権カード」であり「道具」として、頭越しのやり取りを続けられてきたことを言っているのかもしれません。あるいはもっと直接的に、中国政府とチベット亡命政府のやりとりを暗示しているのかもしれません。中国当局が「チベット独立分子は…」と述べる時、それは内部に存在してはならない「外部」の存在であり、やはり、ウ・ツァン、カム、アムドのチベット本土は頭越しにされていたと言えると思います。

 もう一つ、チベットの頭越しに勢力争いをしていた「権力者」とは別に、「 悍的 力(勇猛果敢な・怖れを知らない人たち)」にも言及されています。故意かもしれないし無意識かもしれないけれど、結果的にチベットの内側からの声を覆い隠し、チベットの声がまるでそこにあるかのようにふるまっている」のは、もしかしたら、VOT(ボイス・オブ・チベット)やICT(インターナショナルキャンペーンフォーチベット)など海外在住のチベット人たちの「代弁者」を指すのかもしれません。あるいは、中国当局の考え方におもねって当局に都合のいい意見を述べるチベット人を指しているのかもしれません。

 「まるでそこにあるように見えて、実は本質はそこにはない」。解釈によっては、現在のチベットそのものをいい表しているのかもしれず、それがあまりにもぴったりくるようで、背筋が寒くなる悲しさを覚える表現です。

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以下ウーセルさんが「第七回目」として紹介された作家の絵と略歴。
http://woeser.middle-way.net/2010/09/blog-post_19.html
栗憲庭氏の解説がある作品についてはその解説も付す。

扎西诺布:(Tashi Norbu)タシ・ノルブ(扎西諾布:Tashi Norbu) 
1981年シガツェ生まれ、チベット大学芸術学部卒業。
現在はチベット自治区群衆芸術館(ラサ市)勤務。
作品に「被写体」(原題「被影像」)など。

栗憲庭氏の解説:
「タシ・ノルブの《常ならざる現状》の画面には不安定な斜角の構図が用いられ、一方には仏像が、また一方にはチベット人の肖像が配せられ、2組のイメージの間にはある種の関係の空間が形成され、この空間を1体の紙飛行機が横切り、脆弱で不安定なイメージとなっている」

嘎嘎21カカ21(KaKa21) 
1971年ラサ生まれ。
1997年から2000年までチベット大学芸術学部デザイン学科で学び、2001年から2005年までチベット大学芸術学部美術学科で学んだ。

















边巴(美隆):(Penpa)ペンパ(美術グループ「メロン現代アートスペース」
メンバー)(辺巴:Penpa)

1972年シガツェ地区パナム(白朗県)生まれ。
チベット大学、河北師範大学卒業。
現在はチベット文学芸術連合の美術協会に勤務。

補足:メロン現代アートスペース(美隆芸術庫:Me long Contemporary Art Space)
http://blog.sina.com.cn/xizangmeilongyishuku
2007年7月正式創設の、理念を共有するアーティストの相互扶助的制作集団。
「メロン(美隆)」はチベット語の音訳で、直訳すれば「曇りのない鏡」の意味。
チベットの伝統的な文化と思想の中から映し出される自分たち自身を見つめ直そう、という意味を込めて名付けられた。
(抜粋:鳳凰網文化2010年9月6日)
http://book.ifeng.com/culture/huodong/special/2010songzhuang/qunluo/detail_2010_09/06/2445565_1.shtml

ウェブサイトによると、現在のメンバーはペンパ、チュニ・ジャンペル、タンセ・ダワ(四清月)ら7人。

ジャムサンジャムサン(強桑:Jhamsang) 
1971年ラサ生まれ。
これまでに首都師範学院(現首都師範大学:北京市)、
チベット大学芸術学部で学んだ。
ラサ市民族宗教事務局を経て、現在はチベット大学チベット伝統美術修士課程に在籍。


「ジャムサンの《仏》シリーズは、仏画をロボットに仕立てた作品だ」








格次:(Kaltse)カルツェ(格次:Kaltse) 1971年ラサ生まれ。
1988年上海戯劇学院舞台デザイン学科卒業、
現在はチベット歌劇団の舞台芸術家。
















扎西平措:(Tashi Phuntsok)タシ・プンツォク(扎西平措:Tashi Phuntsok) 
1977年ラサ生まれ。
2003年中央民族大学美術学院油絵専攻科卒業、
現在はラサ第3小学校に勤務。




























<アン・サンアン・サン(昂桑:Ang Sang)
1962年ラサ生まれ。
1988年チベット大学卒業。
専攻は美術。

「アン・サンの《米ドル1号》は、100ドル札を背景に、各種流行ブランドのロゴを組み合わせた仏像を配した」




次仁卓玛:(Tsering Dolma),女ツェリン・ドルマ(次仁卓 :Tsering Dolma) 女性、
1966年ラサ生まれ。
1991年チベット大学芸術学部卒業、
現在は中国美術協会チベット分会の会員。


「ツェリン・ドルマの《生死シリーズ》に見られる敬虔な宗教観念は、若くして夫と子どもを失った彼女が、芸術を一種の修行の道と目する敬虔な心理状態を感じさせる」

索曼尼索曼尼(ソマンニ) 
1971年ラサ生まれ、
1994年チベット大学芸術学部卒業。
チベット展覧館に勤務。
祖父母にチベット人と回人(イスラム教徒)、片親は漢人で、チベット人としてはクオーター。












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初回に紹介したア・ヌーや、ツェリン・ニャムダの略歴に出てくる作家集団について。
uralungta さんの補足:

ゲンドゥン・チュンペル・アートスペース(西藏更堆群培芸術空間)

2003年8月、ゲンドゥン・チュンペル師生誕100年を記念して正式設立。
発足当初はパルコル北街にあり、2009年にラサ郊外の仙足島に移転した。
チベット初の、チベット本土芸術家の自己資金による文化協会的な性質を持つ画廊であり、チベット現代美術のアーティストが自由に交流する場所をつくる趣旨で設立された。

スペースでは不定期に各種の展示会や芸術活動、学術講座が催され、チベットで最も活気のある芸術の場となっているといえる。
チベット現代アートの創作環境の向上に大きく寄与し、若いチベット人アーティストには自分の作品を発表する機会となり、現代チベット社会の多様な豊かさを体現する場所の一つであると同時に、チベット現代アートとは何か、チベットのアーティストが何をしているかを多くの人に知らしめた。

スペースの収益は大部分がアーティストに還元され、創作活動の資金源となっている。
一部は、チベットの貧しい芸術家への支援にも充てられている。

(鳳凰網文化2010年9月6日)
http://book.ifeng.com/culture/huodong/special/2010songzhuang/qunluo/detail_2010_09/06/2445565_0.shtml


さらに:「 苹の芸術空間」
という芸術家のブログでも、活動の様子やたくさんの作品が紹介されています。
http://blog.artintern.net/blogs/articleinfo/zhangping/65758
げっ、この中で「蒋勇作品」とあるやつ↓
http://blog.artintern.net/uploads/weblogs/1837/200910/1255333301114.jpg
私(uralungta)、北京の「パタ・ドゥンカル」ってチベット料理レストランの壁に飾ってあるのを見たよ!!!
あそこ(流行ってない店だったけど)オーナーはチベット関係の芸術家のパトロンでもあったのか。。。


現在ニューヨークでも「チベット現代美術展」が行われている。
http://youngtibet.com/2010/06/first-exhibition-of-contemporary-tibetan-art-in-a-new-york-city-museum/

2006年にアメリカで行われた「チベット現代美術展・ターコイズ湖に打ち寄せる波たち」については、
(日本語)http://www.geocities.jp/norbucreate/news-art.html










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2010年06月08日

玉樹地震、中国人画家の作品《大地》

a-1  玉樹地震に捧げる



北京の画家・劉毅の作品《大地》(200cm×450cm、2010年)

6月1日付けウーセルさんのブログより。
http://woeser.middle-way.net/2010/06/blog-post.html

(以下翻訳U女史)

この作品には、地震で被災した衆生を僧侶が救援する様子、そして尊者ダライ・ラマ法王に対するチベット人の信仰と切実な期待が描かれている。

ダライ・ラマ法王のイメージが、2010年、中国の画家の筆のもとに描かれたのである。

劉毅氏の連作には《1989》、《天安門》、《聖地ラサ》、《大地》などがある。

2007年のブログでも、氏の連作《聖地ラサ》を紹介した。
http://map.woeser.com/?action=show&id=177

北京の画家・劉毅“数多の画家が住む北京・宋庄在住の彼にとって、どんな画家が売れ、何がタブーとされているかは基本常識。しかし劉毅にとって芸術とは、商売でも無ければ職業でもない。彼の確かな理念とは、自らの立地点の堅持であり、欲望の克服なのだ。そしてこの理念とは彼にとって、単なる声にとどまらない。今まさに難路を行く彼の足跡なのだ”(王力雄)






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2009年10月09日

中国メディアサミット・10月8日〜10日

言論の自由、報道の自由10月8日〜10日まで北京で「中国メディアサミット」と言ういかにもミスマッチなサミットが開かれているそうです。
何と主催は新華社!(ブラックジョーク)
世界130カ国からそうそうたるメンバー、例えばAP、ロイター、BBCの会長とかが集まっているらしい。
一体(実際)何を話し合っているのでしょうか?
呼ばれてないのでちっともわからない。

これに関し<ヒューマンライトウオッチ>と<チベット報道記者連盟(ATJ)>が発表したプレスリリースを若松様が翻訳して下さいました。

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中国;メディアサミット開催、報道の自由を訴えるチャンス

外国人報道記者に対する国家権力による報道検閲、規制について

10月7日 (ヒューマンライツウォッチ ニューヨーク)


http://www.hrw.org/en/node/85992

ヒューマンライツウォッチは10月8日ー10日まで中国北京で開催予定の世界メディアサミット参加者に、中国政府による報道の自由への侵害、報道記者に対する定期的に行われる妨害、拘束や脅迫について、是正を求めるよう呼びかけます。

このサミットは、前中国政府宣伝機関の副代表で、現中国国営通信社、新華社通信の代表Li Changjunと、新華社通信社によってとりおこなわれ、130カ国の外国人報道機関の代表が参加し、中国との間の将来のメディアトレンドや2カ国間、多国間による報道協力について話し合われる。
参加者には、ニューズ・コーポレーションのCEOルパート・マードック会長、AP通信社(米国)のトーマス・ カーリー社長兼会長、ロイター通信社、編集長デヴィッド シレーシンガー、BBC 会長マークトンプソンなどを含む。

ヒューマンライツワッチでは、中国の地元メディアは何十年間も政府の公式プロパガンダに沿うよう、政府から厳しい報道検閲を受けていることを報告しています。また2008年の抗議行動勃発以降、外国人報道記者のチベット入国は禁止されており、中国人報道者は、2008年に起こった6名が死亡、何千人という子供を病気に陥れた毒入り粉ミルクについて等の重要な国際問題についての報道を禁止されており、外国人報道記者とともに働く中国人アシスタントは独立調査に関わることを禁止されています。

中華人民共和国憲法第35章で、中国政府による報道の自由が保障されており、2009年4月に国家人権行動計画により再確認されているにもかかわらず、外国人報道記者と中国人記者の両方は、中国政府による報道の自由への侵害、報道記者に対し、政府役員、公安当局やその局員により定期的に妨害、拘束や脅迫にあっています。

ここ1ヶ月の間だけでも、10月1日の建国記念のパレードのリハーサルを取材中の日本の共同通信記者3名の件を含む、取材中に記者が暴行を受ける、殴られる、地面に押し倒される等の報告が届いています。2009年8月31日には、中国広東省、東莞市南部 市役所によって雇われた2名の私立治安警備員により現場の写真を撮ろうとした広東日報の記者Liu Manyuanが暴行を受けるという事件がありました。

治安警備員はLiu を地面に押さえつけ10分間連打し、首と腕に打撲を与え、一時入院を余儀なくされました。

これらの問題点はサミットの公式プログラムには、含まれていません。


ヒューマンライツウォッチ アジア支局代表のSophie Richardsonは「中国における報道の自由を獲得するために、外部からの応援を必要としているのは間違いありません。問題は世界最大級のメディア社が、その役目をどこまで果たせるかにかかっています。」


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The Association of Tibetan Journalists (ATJ)
チベット報道記者連盟(ATJ) プレスリリース For immediate release
コンタクト: Tashi Wangchuk, (Tibetan, English - 0091 - 94180 - 54685)
Gurbum Gyal (Chinese - 0091- 98161 - 63986)

ダラムサラ2009年10月8日 チベット報道記者連盟(ATJ)は虚構とプロパガンダに満ちた中国共産党の公式ニュース機関である新華社に対して、同社によるメディアサミットの参加者は、報道規制と表現と言論の自由に対する侵害の問題について提議するよう求めます。

ATJは、このサミットは、これまでにも一党独裁政権に反する声を握りつぶし表現の自由を損なって来た中国に対する、国際的なメディアの意見を回避するための目的で開催されることを確信します。

Passang Norbu19才は、今年8月12日にインターネット上でチベットの独立やダライラマの写真や中国支配に対するチベット人らによる抗議行動を見ただけで、逮捕されました。

Paljor Norbu、81才は彼の経営する印刷工場で非合法のチベット国旗を印刷したとして逮捕され7年の刑を言い渡されました。さらに、文筆業に携わるチベット人で単に中国政府に反対する意見を発表したことで、逮捕や拘束されるケースが続いています。

中国の表現の自由に対する規制の様子は、昨年、政府の監視のもとに行われた国際報道記者の一団によるチベットツアーで、亡命中のチベットリーダー ダライラマへの忠誠と中国政府への反感を訴えた、ラサのジョカン寺の僧侶らによる必死の姿が物語っています。


10月1日の共産党設立記念日の数日前に、日本の共同通信の記者が自分のホテルの部屋で、暴行に遭い、コンピューターを壊されるという事件がありました。また複数の国際通信ウェブサイトや、大手国際通信社に働く記者の所有するコンピューター等にウィルスや凶悪なソフトウェアーによる攻撃があった報告も発表されています。

Tashi Wangchuk ATJ 代表は亡命チベット人報道記者による本土への取材の可能にすることへの希望を語りました。”もし、中国が主張するチベットの安定と繁栄が真実なら、私たちのチベット訪問を許可し、この目でチベットの現状を確かめることが出来るはずです。”

昨年の抗議行動の様子を外の世界に知らせるため、チベット人の多くは携帯電話で、写真やビデオの撮影をしました。その結果、政府はインターネット、電話、携帯電話のネットワークに対する規制を強化し、逮捕や刑務所での拷問の実態といった報告を確認するのを困難にしています。
そのため、チベットで起こっている情報が外に報道されるには、時差ができており、多くのチベット人は”国家機密(を国外に)漏洩”の疑いで中国刑務所に連行され、“分裂主義”というレッテルを貼られています。

ATJでは中国政府にチベットの人々の表現の自由を尊重し、(亡命チベット人記者を含む)報道陣の自由で独立した取材を許可を訴えます。



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2008年12月11日

中国で一党独裁否定・人権擁護の声明に学者ら303人署名

57d33852.jpgまず、時事の短い記事では、

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008121000375
【北京10日時事】中国人学者や作家ら303人が共産党の一党独裁を批判し、人権擁護などを求めて署名した「08憲章」と題する声明が10日、インターネット上で発表された。世界人権宣言の採択60周年に合わせて出されたもので、中国で大勢が実名で公然と一党独裁を批判するのは異例。
 署名したのは、故趙紫陽元党総書記のブレーンだった鮑◆(杉の木を丹に)氏、天安門事件で息子を亡くした丁子霖氏ら。(2008/12/10-12:15)

ーーー
phayul.comの記事によると、

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23391&article=300+Chinese+activists+sign+public+call+for+rights
北京、数百人の中国人活動家が12月10日、「自由化と共産党一党独裁を終わらせよう」という異例の呼びかけを公表した。
内二人はこの声明が公表される前に拘束されている。

弁護士、作家、学者、芸術家等303人が署名した「08憲章」と題する声明がインターネット上で発表された
即刻裁判等の行われる共産党政権を批判し、国の変革を呼びかける新しい大衆の要求を代弁している。

声明の中では司法の独立、団体結成権、一党独裁を終わらせること等を含む「中国の人権を促進するための19の方策」が提案されている
この日は、世界の他の人権に関する条約の基礎になった国連の「世界人権宣言」の60周年記念日に当たる。

中国はこの国連の条約にサインしたが、批准はしていない。
つまり、条約に拘束されないと言うことだ。

この声明にサインした一人である、モ・シャオピン弁護士は「この宣言は世界人権宣言とその思想と価値を共有する。例えば、報道の自由、団体結成権、司法独立、宗教の自由それに環境保護だ」

「どの項目も中国憲法に則ったものだ」と語った。

しかし、月曜日の夜一人の活動家ザン・ズフアZhang Zhuhua氏の自宅には警官が現れ、彼はその後12時間尋問を受け続け、翌朝解放されたという。

ザン氏は「警察側は私が<08憲章>草稿に関わったであろうといい、二度とやるなよ、と言ってた。彼らは自宅からパソコン、書籍、銀行カードなどを押収した」

「著名な作家であり政治評論家、89年の天安門事件に関連して投獄されたこともあるリュー・キアオボLiu Xiaobo氏も拘束された」と話した。

リュー氏53歳は北京大学の元教授でもある。水曜日の時点でリュー氏が解放されたかどうか確認されていない。彼の携帯電話はオフのまま、自宅の電話は話し中のままだという。

電話とファックスでなされた、こちらからの質問に中国警察は何も答えてこない。

ニューヨーク人権ウォッチHRWのニコラス・ベックリン氏は「この<08憲章>は、人権促進という共通命題のもとに、中国の様々な分野の著名人が沢山サインしているという点で象徴的だ」

「共産党を批判するというより、法的人権擁護に焦点を当てた具体的提案を行っている」
とコメントしている。

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肝心の内容についてはすでにそのURLには接続できないとかで、まだ情報は入っていません。
情報得た方はお知らせください。

それにしても英語では<a new public call for change in a country>となってますが、オバマ氏の<Change>への呼びかけが中国にも新しい運動を引き起こすのか?

皆が逮捕・拷問されないように祈ります。


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2008年08月31日

北京、福島さんのブログより

cff21659.jpg写真は28日ムンバイの病院に入るダライラマ法王

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27日付の福島さんのブログより
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/692833/

北京五輪 100年の夢の跡に何がのこったか?

■本当は25日にアップする予定だった、五輪総括エントリー。楽しかったね。予想に違わずつっこみどころ一杯の北京五輪でした。個人的に一番うけたのは、体操選手の年齢詐称疑惑について、中国人から極めてまじめに、「中国の地方によっては、実年齢に2〜3歳を加える数え方をとるところがある」と説明を受けたことです。たとえば1月某日に生まれ、1ヶ月後に旧正月をむかえるとその時点で、2歳だそうです。本当に農村にはそういう習慣があるそうです。もともと、誕生日も不明で、戸籍のない子供もけっこういる世界ですからね。


■北京五輪 
つわものどもの夢のあと、には屍るいるい。
国際社会の批判の洗礼を受けて
この屍を乗り越えてゆくのだ!



■17日間の真夏の夜の夢が終わった。難癖をさんざんつけた北京五輪だが、正直、競技のさなかは、美しく鍛え抜かれたアスリートたちの熱戦に魅了され興奮した。陸上界を席巻したジャマイカ旋風や、日本女子ソフトボールの鬼神のような闘いぶり、半魚人フェルプス選手の8冠達成など、つくりものでないドラマは、これほど人の心をゆさぶる。五輪開幕式の視聴率が98%、閉幕式が80%以上。会場に足が運べた人は極めて限られていたが、多くの中国人たちがテレビにかじりついて熱狂したのだろう。


■だが、閉幕式で宋祖英とドミンゴのデュエットを聴いたとき、VIP観客席に、老いたかつての最高指導者の姿をみたとき、私は夢から目が覚めた。ああ、北京五輪は、やっぱり共産党の、共産党による、共産党のための五輪(権力者の権力者による権力者のための五輪)であると。莫大な財を投入し、膨大な人民を動員した今世紀最大のアトラクション。ある人が、こう指摘した。北京五輪をみていると、奴隷に闘わせ、皇帝の寵姫を彩りとし、皇帝の権力を国内外にしめすと同時に、市民に享楽を与えるサーカスとなす、古代ローマの剣闘競技を思い出す、と。


■農村からかき集めた子供たちをステートアマ体制で鍛えあげ、競わし、その闘いぶりで観客を熱狂させ、権力者の力を誇示し、民衆の求心力を高め、国威を示した。奴隷出身の剣闘士(グラディエーター)が勝ち上がれば、皇帝に謁見もできる天下の英雄とあがめられるように、貧しい出身の選手も金メダルをとれば国家の英雄の称号と富を与えられる。奴隷は自由のために、農民は貧困からの脱却のために、自らの肉体を鍛えいじめ抜いて勝たねばならないのである。奇しくもあの「鳥の巣」はコロシアムの形にも似ている、と。


■ローマ帝国の滅亡の背景にはコロシアム建造など、大量の土木工事および建造物の維持費がかさんだことによる財政疲弊もあったことをごぞんじだろうか。ローマ帝国を滅亡に導いたコロシアムをモデルにブリューゲルはかの有名な「バベルの塔」を描いたが、北京五輪の閉幕式でも「人間バベルの塔」が現れた。人がその分をこえて天にも届かんとする塔を築こうとして、神の怒りを誘ったという旧約聖書にある伝説の塔・バベル。だから、それがコロシアムににた鳥の巣の真ん中に現れたとき、いわくいいがたい予感にかられたのである。これは予言夢?総合演出を担当した張芸謀監督のブラックユーモア?


■中国新聞社によると、中国はこの7年、五輪ホストの北京市の都市インフラ整備に2800億元かけた。会場建設・拡張費用は総額130億元。うち「鳥の巣」建設は31億元。なんやかんやあわせると、日本円にして5兆円がかかった。ちなみに中国のGDPは2007年24兆6619億元(360兆円)。


■「鳥の巣」はじめ五輪用の建築物は普通の建物より維持費がかかる。鳥の巣だけで、メンテナンス維持費に年間5000万元(7億2500万円)かかる(第一財経日報によれば1億3000万元)。水立方は、屋内の気圧を一定にするために通常の3倍の電気がかかり、維持費に年4000万元前後(6億円)、という推計が報道されている。アテネ五輪の場合、30会場の維持費が年1億ユーロ(162億円)前後というから、アテネも傷は重いのだが、四川大地震の復興や、社会保障整備という重大任務をかかえる13億人口の自称・途上国にとって、その負債の重圧はいかばかりだろう?


■都市インフラ整備、環境整備は北京市民が恩恵を受けることになる。だから、少々金がかかるのも致し方なし、というのが当局側の言い分ではある。地下鉄はじめ交通インフラ整備はたしかに、渋滞を緩和し都市機能を高め、長い目でみれば経済発展に有利に働くであろう。


■だが、世界最高建設費の8億砲かかったCCTV新社屋はじめ、金ばかりかかり、必ずしも機能的とはいえない建築物はどうだろう?最高の溶接技術を必要とするCCTV新社屋は、鉄骨をつなぎ合わせる段階でずれが生じ、工期が大幅に遅れたという。五輪までに竣工という目標は達成できず、中身が出来ていない状況で表面のガラスタイルをはって、完成したように見せかけた。


■ある建築の専門家はいう。建築物というのは、工程に手順があり、その順番を変えるだけで、設計通りの強度が保てないことがある、と。こういう造り方をされたビルの耐震性などが心配である、と。ある市民は言う。どうせ五輪に間に合わないのなら、見栄などはらず普通のシンプルなビルにすれば良かったのだ。ずっと安価に機能的に安全なビルが造れ、なおかつ余った分の予算を、四川大地震の復興に寄付でもしたほうが、よっぽど公共の利益に合致する、と。CCTV新社屋は建物の重心が、建物の外にあるという前代未聞の構造物であり、その耐震性に疑問を呈する声も多い。



■五輪期間中、株価は11・8%さがった。下がったのは五輪とは直接関係のない、たとえば、非流通株流通化による株の大量放出への懸念や、企業業績悪化、インフレ懸念など、経済先行きへの不安が主要な原因だが、「五輪祝儀買い」がなかった、という事実は、株民8000万人の心情をあらわしている。彼らの多くにとって、五輪の夢よりも、現実に直面する危機の方が切実、ということだろう。胡錦濤国家主席もPRに訪れた人民日報運営の掲示板・強国論壇は、五輪の話題よりも圧倒的に株と不動産の急落の話題で盛り上がっていた。


■そういった経済の先行き不安や財政面の危うさを隠すかのように、ことさら絢爛におこなわれた北京五輪は、IOCのロゲ会長に「くらぶものなし」と言わしめたが、中身のできていないビルの表面にタイルをはり完成したかのようにみせかけのと同様、開幕式の口パク少女の歌声同様、良いところをつぎはぎし、完璧のようにみせかけるのと同様、「見せかけ五輪」「擬装五輪」ともいわれた。



■さらにいえば、五輪招致時に約束された人権、報道の自由拡大も、表面的につくろうばかりで、その本質は改善するどころか悪化した、という実感がある。デモ専用公園を3カ所もうけ、民主化の推進ぶりを標榜するかとおもえば、実は77件あったデモ申請をすべて却下するだけでなく、デモ申請者を逆に「社会秩序を乱す」として拘束した。一部のデモ申請者は期間中、北京から離れるよう命令された。ネットのアクセス禁止は確かに一部解除され、香港紙や台湾紙がネットで閲覧できた。たが、グーグルの用語検閲は、以前にもまして厳しくなり、使い続けるとIPアドレスの取得を拒否されることもしばしばだった。携帯電話の強制遮断は、信じられない多さだった。中国国内メディアは、五輪マイナス報道を禁ずるとの通達を受け、新華社に準じた報道を強いられた。外国記者の取材を歓迎するという建前とは裏腹に、取材妨害は激しくなり、五輪期間中30件以上の記者の一時拘束を含む取材妨害があった。「フリーチベット」の旗を掲げるなどした10人の外国人が拘束されたうえ、国外退去処分になった。


■列に並ぶといった文明的なマナーなど北京市民にのこした精神的遺産は大きい、と人民日報はうたったが、20数万の動員された市民による「文明拉拉隊(模範的チアリーダー)」の応援は、けっして文明的でなかった。タダ券で一等席を大量に占める拉拉隊の空気のよめない応援こそ、「スポーツ観戦」という楽しみを、真のファン、市民から取りあげた無礼・無粋な張本人だったといっていい。テニスの応援ではサーブのときに「加油!」とかけ声をかけるマナー違反を平気でやり、応援していた自国選手から「シャラップ!」ど怒鳴られるしまつ。しかも、応援側はその選手に逆ギレして、ネットでは罵詈雑言があふれた。


■胡錦濤国家主席は五輪開幕直前の記者会見で、五輪への莫大な投資は、「価値があった」、と高く評価した。だが、宴が終わって、夢からさめると、目の前には屍るいるい、荒涼とした風景が広がっている感覚である。金をかけて作り上げた街並みは張りぼてだし、労力を注いで育てた文明的マナーは付け焼き刃で、株も不動産も下がり続け、上半期だけで6・7万の中小企業が倒産する経済停滞がはじまりつつある。そして国際社会の目からも隠しようもなく露呈した少数民族問題、社会不満の深刻さ。


■五輪閉幕翌日の25日の人民日報はじめ、中央紙の見出しはみんな同じで、
「第29回オリンピック大会北京にて円満閉幕」
「より早く、より高く、より強く楽章をかなで、団結友誼和平絵巻を描いた」と
胡錦濤国家主席の写真つきで報じた。しかし、いち早く夢から覚めた庶民は、これをしらじらしく感じている。強国論壇のには、「まるで文化大革命のころの新聞」と揶揄する書き込みもあった。


■結局、五輪は中国になにをもたらしたのか。膨大な資金と労力を注ぎ、人民を動員し厳しい規制をしき、外国の要人と金持ちと共産党VIPに見せるためだけにお祭り騒ぎをし、合計100個のメダルを獲得しただけ、なのか。


■私はあるベテラン中国人記者に、率直に上記の考えをぶつけてみた。冷静で多様の見方のできる彼はこう答えている。


■「動員と規制の中で行われた五輪は、結局、中国に当初期待されたようなプラスの影響を与えられなかった。しかし、一党独裁の国家が行う五輪は、こうならざるを得なかったことは、はじめから人民も含めて皆、分かっていた。分かっていなかったのは国際社会だけである。

■ただ、中国共産党にとって良かったことは、自ら正しい、すばらしい、完璧だと思って、満を持して実行してきた五輪の準備と運営が、かくも国際社会から叩かれたことである。国内の人民は、党のやり方がおかしい、と思っても、逆らっても無駄という諦観もあり、党のやり方に対し面と向かって罵声を浴びせるものはいない。だが、国際社会には、一般の観光客から指導者にいたるまで批判の声があった。そのことは、中国の指導者にとってかなりショックであったと思われる。とくに、最初の大ショックは、聖火リレーの妨害だろう。


■正直、これほど短期間に、多様な批判を面と向かって受けた経験は初めてである。もし、五輪が中国にもたらしたものは何か、と問われれば、この面とむかった批判の洗礼の経験である。この経験は、すぐに中国を変えることはないだろうが、じわじわきいてきて、あとからみれば、やはり五輪は中国の自由化、民主化、国際化を推進した、と言われるようになるのではないか」


■国際社会からの批判を雨あられと受けた北京五輪。中国はその経験を糧とすることができるのだろうか。そして、夢の跡地に野ざらしになった諸問題に真摯に向き合うことができるのだろうか。北京五輪が中国にもたらしたものの価値は、そのときにやっと判明する。


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2008年08月13日

北京でのプロ・チベッタンデモ

d36f107a.jpgさっきNHKで北京でフリーチベットを叫んでいる外人たちの姿を見ました。
やってますね!
その代表格はペマ・ヨーコさんというチベットと日本人のハーフ?とか。

早速phayulに載ってたSFTの発表を訳そうと思ってたらすでにDAYSさんが訳されたのがあったので、それをまずはコピペさせていただきます。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22455&article=Tibet+activists+hang+banner%2c+blockade+Beijing%e2%80%99s+%e2%80%98Chinese+ethnic+culture+park%e2%80%99SFTのニュースリリースによると、きょう12:30頃、北京市の中華民族園で5人のチベットサポーターが入り口を自転車で封鎖してアピールを行った。6人は "Free Tibet" Tシャツを着て、「チベット人が自由のための死んでいく」という横断幕を掲げた。中華民族園はオリンピック公園の南側にあり、近くでは別の2人が歩道橋から "Free Tibet" と書かれた横断幕を広げた。

歩道橋の2人はすぐに公安に取り押さえられた。公園の6人は約5分後に拘束された。
メンバーはチベット人と日本人のハーフで英国在住のペマ・ヨーコ(25)と、米国のトム・コーエン(41)、マーティン・トーマス(36)、ジェニファー・キルビー(30)、ジャナ・デスパイン(31)、ジェイムズ・ブラッディ(41)、バニ・キャンポザーノ(20)、イスラエル出身の米国人ジョナサン・フォックス(29)。拘束後の状況はわかっていない。

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AFPによれば、このチベット支援の外人部隊の活躍を取材していたイギリス人ジャーナリストを警官が取り囲み近くの食堂に連れ込まれた、床に押し付けられたいう。
ITNテレビの北京特派員ジョン・レイ氏は「自分はイギリスのジャーナリストだと説明しようとしたけど、まったく取り合われることもなく非常に乱暴に扱われた。身分証明書を見せることもできなかった」と語った。
同僚のカメラマンのベン・イングランド氏も写真を撮ることを暴力的に邪魔され続けたと言っている。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22460&article=British+journalist+arrested+for+covering+Free+Tibet+protest+in+Beijing

それにしてもこのペマ・ヨーコさんお父さんがチベット人お母さんが日本人とか?
そんな昔にチベット人と結婚された日本人って誰のことなのかな?、、、


rftibet at 20:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2008年04月27日

北京経由のチベット人ブログより

dbbd2fdf.JPG北京の福島さんのブログ
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog
に載せられたチベット人ウーセル
(ブログではオーセルとなっていますが、ウーセルが近いはずと勝手に名前を変えます)
氏のブログ「大事記」より:

4月2日、チベット自治区で県所長級以上の会議が招集され、チベット自治区党委書記・張慶黎が厳しい講話を行った。「チベット独立分子の捕獲を強化し、早く逮捕状を出し、早く捕まえ、早く審理し、早く殺せ」と。また語気鋭く、「まとめて殺してしまえ」などといい、会場では拍手喝采となった。しかし、多くの人が内心、恐ろしくて口をつぐまざるを得ず、これまでのツケを払う時期がついに始まった、とささやいた。張慶黎はまた、メーデー休みのときに海外の旅行者を含む観光旅行を受け入れを再開する、とした。この講話は4月3日、ラサの当局各部門にも伝えられた。


ある情報によれば、チベット自治区ラサ市の各地区の各当局機関、各国私営企業、各大学中学小学校、各居民委員会などの事務所では、3・14事件を世論でたたくよう要求があり、「ダライ分裂集団」の罪を暴くよう求められた。とくにチベット族幹部、職員は「ダライ集団」の「暴行」を暴き、ダライ批判文を書くよう求められた。過去に寺院に対しても同様の活動が行われたが、さらに社会全体にこの活動はひろがっており、7、8才の子供も例外ではない。


中国公式メディアの一方的なプロパガンダ方式の報道により、中国人の間には民族仇恨の感情が生まれてきている。中国のインターネット上では、チベット族をののしり、チベットの精神的指導者・ダライ・ラマをののしる言論であふれている。また、経験者(目撃者)と身分を偽ってウソの文章を書くものがたえずあらわれ、ラサ、アバ、そのたチベット地域で発生した抗議事件の真相を覆い隠している。北京、上海などのホテルでは、チベット族の予約やチェックインを拒否するところが出てきているらしい。


ラサの列車駅の部屋は臨時の監獄になっているという。一部の拘束されたチベット族は列車に西北の監獄に護送される。もっか、ラサから西寧行きの列車では、ほとんどのチベット族は徹底的な検査をうけ、多い場合は七回のチェックを受けねばならない。チベット自治区で身分証明書のないチベット族はラサには入ることができない。

15.3.08アムド ガパ
アムド(四川省アバ州)アバ県の栄薩郷は、全ての郷鎮のなかで、当局がもっとも宣伝と捏造を展開している地域だ。現地の民衆にビデオカメラに向かって、「ダライ集団反対」「永遠にダライ・ラマの写真は持ちません」「ダライ集団には参加しません」「分裂主義者には従いません」「民族分裂の画策は成功しません」「中国共産党を熱愛しています」「党の指導者の言うことを全て危機、党の恩と徳に感激します」などの8項目の内容を発言させ、もし言わなければ、すぐに逮捕したという。


新華社北京発(電子版)25日:新華社記者が関係筋から得た情報によると、ダライラマ側が対話回復を繰り返し提言してきたことを考慮して、中央政府関係部門は最近、ダライ側との私的代表人と対話にむけた準備協議をすすめている。中央政府のダライに対する政策は一貫しており、対話の門戸はいつも開かれている。接触協議を通じて、ダライ側には、祖国分裂活動を停止し、暴力活動の画策扇動を停止し、北京五輪の破壊妨害活動を停止することもって、今後のさらに対話の条件を創っていくことを望む。

以上
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北京経由だと突然私の子供のころから嫌いな漢字の割合が多くなるようだ。

<愛国教育>の広がっていく様が良く解る。

<ダライ側には、祖国分裂活動を停止し、暴力活動の画策扇動を停止し、北京五輪の破壊妨害活動を停止すること、、>

自分のやってることをそのまま人のやってることにして、それをやめれば話合いをしてもいい、という気違いとどうやって話をすればいいのか!?

法王ならそれもできるのかもしれないか?。

第一中国の言ってるチベットとチベット人が昔からチベットと呼ぶ地理的範囲が大きく異なる。
話の初めからカム、アムドは除外されるのか!?
法王は中国の御出身なのか?

それでは今まさに命掛けのカム、アムドの人たちが可哀そすぎる。


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この前は日本のメディアを少々弱腰と悪口言ったりしましたが、このところ益々日本の新聞などの報道も質が良くなってきてるように感じます。
このブログの福島さんとか、共同通信の人たちも逆境のなかよく頑張って頂き感謝します。
共同の記者さん中国側からいじめ、嫌がらせ、一時拘束等受けながらの取材だそうです。
もちろんその他の日本の各社も頑張ってますよね、、、



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2008年04月24日

チベット国旗

チベット国旗

チベットの国旗が世界で大流行の様子。日本でも品切れとか。

チベット国旗と言えば、昔はここ9−10−3の専売品のようなものだった。

彼らはチベットで87年、88年にデモを決心した時、小さな写真を元に僧院で苦労してチベットの国旗を作ったという。言わば国旗に命を掛けて行進したのだ。

その故に亡命して、ダラムサラに来てからもすぐに国旗を作り始めた。それを売って生計の足しにしていた。

そのころチベット国旗を一枚つくることは大変な作業を要した。
赤と青と黄色の布をミシンで縫い合わせるまではまあまあだが、問題は中央の二頭の雪獅子と宝珠。これらは最近まで手書きで描かれていたのだ。

買ってくれる人は稀だった。

写真はルンタレストランの前に掲げられた手作りの国旗です。

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この国旗の話をもう少し。

この前日本のルンタへの国旗の運び人を引き受けてくれた北海道のIさんからのメール。

「無事到着しました!お世話になりました。税関で荷物チェックがありました。リ
ュックから旗を袋に移していました。何かと聞かれたので、旗だと答えました。
売り物なら税金が掛かるというのです。チベットの旗ですよ。売り物ではありま
せん。というと、聖火ランナーの妨害とかに使われると簡単にとうせないような
ことを言ってきた。こんなことは、初めてですね。旗を持っているだけですよ。
それ以上言ってきたら、抗議しようと思ったけど、あっさり下がったので、それ
でおわりました。デリィでの報道の事もあったのでしょうが、日本という国も、
かなりやばいと感じました。まるで犯罪でも犯す人のような扱いでした。最後に
駄目押しみたいな、出来事です。きっちり報告します!!ブログを教えてくださ
い!報告前に、見ておきたいのです。よろしくお願いします。。。」

「もう一つ、こちらは嬉しかった事。インドの空港で、手荷物チェックの時、兵隊
さんかな?よくわからないけど(軍服ぽかった)が、わたしのバックのチベット
の旗とバッジを見て「あなたもチベットをサポートしているのですか?私もチベ
ットをサポートしています」と言ってくれました。私は「ありがとう!」と言い
ました。とても嬉しかった。同じような立場、しかも空港、このちがい(┬┬_┬
┬)。。。。この国は、危ない


もう一組やはり北海道にいるアメリカ人と日本人のカップルが国旗等チベットグッズを沢山もって北京!に降り立ちました。時間が有るからと外に出ようとして税関を通過しようとしたら、、見つかり、もちろん大騒ぎの挙句、すべてのチベットものを取り上げられたとのことでした。
このアメリカ人アイヌ擁護運動家でもあります。相当の立ち回りがあったようにメールで知らせてきました。

それにしても日本政府も世界も中国人まで、いつの間にかチベットの旗をチベットの国旗と認めて、その本来の用途に使ってる事はうれしい現象です。

ダラムサラでも今年ほど沢山の国旗を見たことがない。

ルンタハウスの前とゲートと屋上にもはためいている。

ルンタハウス

rftibet at 15:40|PermalinkComments(2)TrackBack(0)