地震

2011年02月01日

ジェクンド地震追悼曲集

fb3239e2.jpgユシュ(ジェクンド、ケグド、玉樹)大地震の後多くのチベット人歌手たちが被災者たちを慰め、勇気づけるために歌を作り、歌った。

その中のいくつかにはすでに日本語訳が付けられている。

私もその中から昨日紹介したツェワン・ラマの歌を一つ訳して見た。

まず、それを紹介した後、今までに日本語に訳されている歌2曲と、@dekipemaさんが書かれた解説を掲載させて頂く。

ツェワン・ラモの歌「勇気」を聴くにはまず以下へ:
http://www.youtube.com/watch?v=uoKJNfh0J5E

歌詞の日本語訳:

<勇気>

歌詞:トゥプガ
作曲:ユゲン・ツェリン
歌:ツェワン・ラモ

大地が激しく揺れ
私の故郷は破壊された
ユシュの人々よ 涙を拭え
その苦しみを共に分かち合おう

ユシュの人々よ
ユシュの人々よ
涙を拭え
奮い立て

大地が激しく揺れ
私の兄弟が命を落とした
ユシュの人々よ 勇気を奮い起こせ
その苦しみを分ち合おう

ユシュの人々よ
ユシュの人々よ
涙を拭え
奮い立て

大地が如何に凶暴であろうと
苦しみに負けるな
忍耐と勇気を起こすのが
チベット人の本性

同胞よ
同胞よ
苦しみに
負けるな

大地が激しく揺れ
私の故郷が破壊された
ユシュの人々よ 涙を拭え
その苦しみを分かち合おう

ユシュの人々よ
涙を拭え
奮い立て
奮い立て

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<友らを見舞う手紙>

http://www.youtube.com/watch?v=ArNxIbkwFP8&feature=player_embedded

詞:ジュカザン 曲: シェルテン  日本語訳: @dekipema @kapopar

歌: シェルテンとケサン


四種の元素からなる自然 その脅威は避けられない
望まざることが不意に起きるのも運命
耐えがたくとも かならず背負わなければならない
だから力をふりしぼって 苦難に耐えなさい

善なる父の子よ…

死者の道案内は 生きている者にとって心の慰め
そして地上にある人々の とりわけ大きな役目
悪運を逃れた 幸運な私たちが今ここにいる
強い意志を持ちなさい

きょうだいたちよ…

生死や苦楽、財産は無常なもの
私たちは聖俗両様を学んだ命なのだから
敬虔なチベット人の本領が 今回こそ求められる
知識と理解を大きく羽ばたかせなさい

母の子よ…

オンマニペメフン オンマニペメフン……

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<恐れない生命>

__ 4・14青海省玉樹地震復興のために書く __

http://www.youtube.com/watch?v=cDFrWo4DHZ4&feature=player_embedded


詞:ワンラ 曲: ペマ・サムドゥプ

訳詩: ゴンポ・ワンチュク 日本語訳:@Tentshe @kapopar

私の山 私の川 私の祖国
私のきょうだい 私の父母
空が落ちたとしても 恐れることはない
大地が割れても 恐れることはない

私の血 私の一族 私の祖先
私の血のつながった一族 私の民族
激しい嵐であっても 外に動かされることはない
生命は確かな道を 間違えることはない

アー 闇を照らす灯明よ、
高原のすべての希望を照らしたまえ
喜怒の幸運の花 ”ケルサン・メト“ よ
この世の願いすべてを育てたまえ
すべての生命は 永く変らずに ありますように

オンマニペメフン

(1番)

[歌]ペマ・サムドゥプ/アジャ・ツェンデップ/サムコ/ツェリン・ヤンキー/チョンショル・ドルマ/ケルサン・テンジン/カンリ・ナンマ/カカ+デキー

※動画はチベット語版・中国語版があり、ジェクンド応援曲としてネット上でも広く知れ渡った曲。その後民族衣装のバージョンや英訳版、チャリティライブ版もつくられた。北京在住の歌手が多い。

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TIBETAN MUSIC NOW ジェクンド地震追悼曲

2010年4月14日に発生したチベットのジェクンド(青海省玉樹県)地震__多くの人々が瓦礫に埋もれた。インターネットはメディア報道規制の壁を超えて少ないながらも情報を世界に伝えた。各国の国際緊急救助は政府によって断られ、救援の主体は近隣からやってきた赤い衣のチベットの僧侶たちの集団となった。彼らは次第にその数を増して救援と死者の葬祭の重要な役割を担った。しかし数日後当局によって、早々にその赤い僧侶たちの一群は退去を強要され、その姿を消した。

生死の境界を目の当りにした時、おそらく、人の精神の立ち位置は、はっきりと現れてくる。北京と本土チベットの若い歌手たちの地震追悼歌。そこには彼らの現実、そしてまた、仏教で鍛えられた強靭なチベット人の精神の一端が見えてくる。

同じ時代を生きる、私たち日本人の立ち位置はどこにあるのか?このビデオメッセージの歌詞から、一考のひとときを受け取りたい。

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薫り高いチベット語による励まし

若いチベット人による歌の今日 text by@dekipema

震源地からそう遠くないゴロク地方出身のシェルテンは、地震発生後しばらく公に姿を現さなかった。仲間の救援のため現地に駆けつけていたともいわれていたが、チベットで活躍する若手歌手たちが地震直後から支援の歌を発表し、救援コンサートに出演していた中に彼の姿はなかった。しかし翌五月上旬にはいかにも急ごしらえのスタジオで、友人とともに被災地に向けた曲を歌うシェルテンの姿をインターネット上に見つけることができた。

彼の歌う曲には、しばしばチベットの伝統的な教えや知識が盛りこまれている。彼の作曲による「友らを見舞う手紙」と題されたこの曲でいえば、自然が四つの元素からなること、この世のものはすべて無常であることなどがそれにあたる。作詞者であるジュカザンは詩人として名を知られた人で、多くのチベット人が両親や祖父母、お寺のラマなどからくりかえし聞かされて耳になじんだ教えを、凛として美しくリズム感あふれるチベット語の中にちりばめている。同時にそうした教えに基づいて災害という現実を見つめ直し、困難を乗り越えてほしいという願いを力強く表現している。

シェルテンの曲からは複層的な意味の広がりが感じられる。歴史や文化的な背景を持つ内容、複数の意味を持つ語彙などが選ばれていることがその理由のひとつだろう。聴く人、読む人は自分の知識や感性を働かせることで、その曲に歌われる世界のイメージをより大きくふくらませることができる。理解は必ずしもひとつに固定されない。同じ人が聴いても知識や状況が異なれば、また違う受け取り方ができる。そうした柔軟性のため、チベット人でも解釈や判断に苦しむ詩句に出会うことがある。しかしうまい詩とはそういうものだと、あるチベット人は指摘してくれた。実は今回の地震に寄せられたこの曲も、すべての人がすぐに理解できるわかりやすいものとはいえない。今述べたようにいろいろな解釈ができるということに加え、詩的で文語的な言い回しが時に解釈を困難にしている。もちろん大まかな意味は、たいていのチベット人が読み取れるだろう。

一時の心地よい気休めや一方的な呼びかけを繰り返すようなわかりやすさを優先しない、こうした詩が選ばれたのは、おそらくシェルテンがチベットの文化、特にチベット語を尊重し、若い世代に教えていきたいという願いを持っていることと関係している。現在のチベット本土では、学校へ行っても読み書きを含めたチベット語を必ずしも十分に学べるとは限らない。長い歴史を持ち美しさや技巧に富んだ文章語としてのチベット語を理解するには、素養をもった人の指導とそれを受ける十分な時間がないとむずかしい。それは彼自身の問題でもあった。何年も学校で学んだはずなのに、という失意があったと語っている。そうした状況を少しでも改善しようと、彼はあるプロジェクトを開始した。それは彼のミュージックビデオの画面に、『漢蔵英常用新詞語図解詞典』という本から選んだチベット語の単語を映し出すというもの。それらを何本かまとめ、「輝く母語」というタイトルでリリースしている。

シェルテンの歌には思うことが自由に表現できないという、現在のチベットが抱える大きな問題も影を落としている。多くのチベット人がダライラマ法王に対し強い尊敬と憧憬をもちながら、それを口にすることができない。だから比喩的、婉曲的に表現せざるをえない。人々は彼の曲にある「白い月」「遠くにいるお兄さん」「輝く太陽」「父」などの歌詞に法王のお姿を重ね合わせながら歌い、また聴くのだろう。(前:友らを見舞う手紙 上記:パロマロ参照)法王以外の高僧を思うこともあるに違いない。おそらくシェルテンは薫り高いチベット語によって広がりのある曲を作り出しながら、それを歌う自分とチベットの同胞たちの安全がおびやかされることのないぎりぎりの線をさぐろうと苦心している。そしてチベットの人々が代々受け継いできた文化や感情を曲の中で表現し、それを次の世代に伝えていこうとしている。彼らの前には教育の機会の問題とともに地域による方言差など、全チベット人がそろって母語の伝統を理解していくことへの困難が横たわっているけれど、その志が少しでも多くの人の知るところとなって、特に若いチベット人たちに受け継がれていけばと思う。

◎シェルテン日本語翻訳プロジェクト

http://www.youtube.com/user/kapopar



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2011年01月16日

巡礼者:ジェクンド地震で家族を失ったダワ

一昨日の夜、ダラムサラは今年2度目の嵐となり、一夜にしてマクロード・ガンジの町には20センチほどの雪が積もった。
当時に停電となり、今も回復しない。
町で唯一開いているネット屋を見つけ、そこからアップしている。

以下、1月14日付けウーセルさんのブログ。
http://woeser.middle-way.net/2011/01/blog-post_14.html
雲南太郎さんはその日の内にこれを翻訳して下さっていたのだが、今までアップできなかった。

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家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ◎巡礼者:ジェクンド地震で家族を失ったダワ

あるブログ(http://blog.sina.com.cn/s/blog_4673c37301017mcg.html)でこの「信仰の道巡礼者の手と荷物」という写真を見て、感動を覚えた。

ジェクンド(玉樹)地震の時、多くの僧尼を引き連れて被災地に入り、苦しむ衆生を救ったケンポ・ソ・ダルゲ(ラルン・ガル僧院長)が後に書いていたのを思い出した。

「仏教の無常観と死生観を理解している人は、生死と向き合っても落ち着いて対処できる。仏法の基礎と観念を備えたジェクンドの人は、災害と死に向き合っても平然、超然とした態度を見せていて、メディアや各界の人々をとても驚かせている……」

有名な在米チベット人歌手Phurbu T Namgyalが犠牲者のために心をこめて歌った「Yulshul In My Heart」をまた転載し、巡礼者ダワのように家族を失った人たちへの慰めとしたい……。
http://www.youtube.com/watch?v=_rWVdH1Jsfc&feature=player_embedded#!
(是非見てほしい。チベット語の歌の題は「顔をまた擡げよ」)

写真の物語:
54歳のダワはジェクンドから来た。両親と妻、二人の子どもを地震で失い、彼は独り取り残された。故郷から9カ月半歩いてようやくラサにたどり着いた。数日後には雲南に向かい、聖山カワ・カルポ(梅里雪山)をコルラ(右繞)するつもりだ。彼の全財産はこの簡単な荷物で、木の枝を組んだ背負子はやはり自分で作ったものだ。

亡くなった家族の話になると、彼は悲しい表情になり、目に涙を浮かべた。でも涙は流さない。

家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ荒々しい手














家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ全財産














家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ五体投地をする時に手を保護するための木の板をぶら下げている



























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ手持ちの現金は100元にも満たず、宿に泊まるお金もなく、夜は軒下で過ごす。ラサの夜はマイナス数度にもなる。

























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ旅の苦労を刻んだ顔






























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ冬に雲南まで2000キロ以上を歩くのはとても寒いだろう。私が「いまは寒すぎるから、チベット暦の正月を過ごし、少し暖かくなってから行ったらどうか」と聞くと、「一番安い部屋でも月300元以上かかるし、そんなお金ないよ」と言う。彼は懐から電灯を取り出し、「夜中に寒くなったら歩けばいい」と言った。

家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ






























家族を全て失いケグドから慰霊の旅に出たダワ人ごみの中、彼の後姿はゆっくりと消えていった……。

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2010年06月08日

玉樹地震、中国人画家の作品《大地》

a-1  玉樹地震に捧げる



北京の画家・劉毅の作品《大地》(200cm×450cm、2010年)

6月1日付けウーセルさんのブログより。
http://woeser.middle-way.net/2010/06/blog-post.html

(以下翻訳U女史)

この作品には、地震で被災した衆生を僧侶が救援する様子、そして尊者ダライ・ラマ法王に対するチベット人の信仰と切実な期待が描かれている。

ダライ・ラマ法王のイメージが、2010年、中国の画家の筆のもとに描かれたのである。

劉毅氏の連作には《1989》、《天安門》、《聖地ラサ》、《大地》などがある。

2007年のブログでも、氏の連作《聖地ラサ》を紹介した。
http://map.woeser.com/?action=show&id=177

北京の画家・劉毅“数多の画家が住む北京・宋庄在住の彼にとって、どんな画家が売れ、何がタブーとされているかは基本常識。しかし劉毅にとって芸術とは、商売でも無ければ職業でもない。彼の確かな理念とは、自らの立地点の堅持であり、欲望の克服なのだ。そしてこの理念とは彼にとって、単なる声にとどまらない。今まさに難路を行く彼の足跡なのだ”(王力雄)






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2010年06月04日

ケグドの被災者たちが、土地取り上げに反対し抗議デモ

1989年6月4日 天安門今日は「天安門事件21周年記念日」

左の絵はウーセルさんのブログに掲載されていた。
北京画家刘毅,绘画《一九八九》
12枚の内の一枚。全部見たい人は以下へ。
http://woeser.middle-way.net/

法王は先のアメリカ訪問中に中国人を前に、この天安門事件に言及し、「1989年、天安門では何千人もの人たちが殺された。残された家族がいる今も大勢いる。小さな事件の訳がない。こんな大事件について中国政府はあたかも何にも無かったかのように反省もなく、事を隠し続けている。中国人はこのこと政府に追及すべきだ」というような感じのことを話された。

政府の態度には今年も全く変わっていない。
中国外務省の姜瑜報道官は3日の記者会見で「天安門事件については、すでに明確な結論に達している。その後の発展を見れば、中国が歩んできた道のりが国民の利益になったことは明らかだ」と述べ、中国政府としては、事件が一部の学生らによる暴乱だったとする、これまでの評価を見直す考えがないことを強調したそうだ。


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ee4915b1.jpg<ケグド・被災者たちが政府の強制土地取り上げに反対し抗議デモを行なう>

6月3日付RFA英語版(ホンコン):
http://www.rfa.org/english/news/tibet/land-06032010112635.html

地震に襲われた被災者たちは政府の計画により強制的に土地を取り上げられることに、怒り、計画を拒否した。

現地からの報告によれば、政府は被災地を再建し、学校や事務所を建設するために、勝手に好きな敷地を選択し、全く住民の意思を無視して、計画を推し進めようとしているという。
立ち退きを命令された住民の中には、自分たちの家が地震にも耐え、ちゃんとそのまま使われている家もあるという。

あるケグドの住民は「地区政府は強制的に住民を家から追い出している。役人たちは“事務所や学校、公園などを造るために一帯を整地しないといけないから”という。我々の家や畑を奪うつもりなのだ」と話す。

彼はさらに「このことは被災者たちを狼狽させた。彼らは、何世代にも渡り土地は自分たちのものだった、と反論した。そして、この数日間、100人を超えるチベット人が地方政府事務所に押し掛けているが、政府側は今のところ全く相手にしていない」という。

ケグド他の住民は、友人が「4〜500人」のチベット人が抗議に参加しているのを見たと報告している。
また、俗人か僧侶かは確かでないが、警察に連れて行かれた者もいる、という。
しかし「住民たちはこのことについては警戒し、外部の人には中々話しをしないであろう」とも言う。

土地を没収されるチベット人たちには代わりに一家に付き80平方メートルの住宅を用意すると政府は発表した。
しかし、チベット人たちはその補償を受けるつもりはないという。
「我々チベット人は常に大家族で暮らしてきた。だから80平方メートルじゃ狭過ぎるのだ」とある住民はいう。

RFAが現地の警察幹部に電話を入れると、事件のあったことは認めたが、「あんたに伝える明らかな情報は何もない」と答えた。
一方、あるケグド県の役人は電話インタビューに対し「1000人以上のチベット人が数日、庁舎の前に集結し、土地問題の解決を要求している」と答えた。

匿名希望のある女性によれば、政府の役人は抗議する人々との話合いを始めたという。
「(請願者たちは)何人かの役人との話合いを要求し、実際話しをすることができた。でも習近平にではなかった。問題はまだ解決されていない。彼らは政府により取り上げられた家や土地を返してくれといっている。
彼らは毎日請願している。でも今日はちょっと少ないみたいだ」と彼女は伝える。

役人はこの件での逮捕者はいないという。

6月2日に習近平が現地を視察に訪れたが、この時彼に近づこうとした抗議者たちは警官隊により阻止された、と他の住民が報告する。

アメリカ在住のケグド出身者によれば、「現地に残っている自分の家族が訴えるには、地方政府は新庁舎、学校、公園の建設予定地に町で一番の土地を選択した」

「公務員であるチベット人たちは政府の命令に従おうとしている。でも、他の者たちは決定を覆そうとしている。
役人たちに“自分たちはこの土地に10年や20年そこら住んでただけじゃない”と訴え、自分たちの土地を離れる気はない、と主張している」

「文化大革命の間に、多くのチベット人が愛する者たちを失ったが、それでも先祖から受け継いだ土地を死守した」

同じく家族が現地にいるNY在住のチベット人は「中国政府は、ケグドから遠く離れた場所に、これら強制移住させられる人々のアパートを建設中だ。そこは現地のチベット人の生活スタイルには全くふさわしくない場所だ」

「現地のチベット人たちはその小さなアパート群の建設を阻止しようとしている。彼らはむしろ国際的慈善組織の援助を受けたがっている。それが不可能でも、政府の用意する小さなアパートではなく、自分たちで少しづつ自分たちの家を建てたいと思っているのだ」と現地の人々の願いを伝えた。

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2010年05月26日

ケグド地震・当代(現代)遊牧民定住村

ケグド地震 当代村 遊牧民定住地区写真はすべて5月25日付け、ウーセルさんのブログから。
http://woeser.middle-way.net/

写真はすべて、ケグド郊外にある「当代(現代)村」と呼ばれる遊牧民定住村の地震後の様子を伝える。

ここには主に三江源地域から強制的に移住させられてきた遊牧民たちが暮らしていた。

村はご覧の通り全壊。

ケグド地震 当代村 遊牧民定住地区「遊牧民定住プロジェクト」に関する新華社の記事によれば、
http://203.192.6.79/200911/aaa316132858_1.htm

「遊牧民定住プロジェクトにより、5年で13万4000世帯、56万名の遊牧民は安全確保型、省エネ型、環境配慮型と実用型の住宅に定住することができる。」

と中国政府は明言している。

写真に写ってる見事に崩れ去った家々がこの「安全確保型の住宅」というわけだ。

建材は日干し泥レンガか中空セメントブロックだ。
鉄筋は一切使われていない。

ケグド地震 当代村 遊牧民定住地区この村で一体何人の犠牲者が出たのか?
もちろんまだ報告はない。

彼らがそのままヤクテントに暮していれば、怪我ひとつ負わずに済んだことは確かだ。





ケグド地震 当代村 遊牧民定住地区追記:カム、アムドを中心にこれと同様の遊牧民移住村が至る所に建設されている。
これらは、ちょっとした地震でも倒壊してしまう。

彼らは伝統的遊牧生活から無理やり引き離され、無職となっただけでなく、非常に危険な住宅に住むことを強制されているのだ。



ケグド地震 当代村 遊牧民定住地区

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2010年05月18日

玉樹地震から1ヶ月、救援の僧侶が警察から取り調べを受ける/ウーセル

80d274a2.jpg先の5月15日、ウーセルさんのレポートを中国語のまま、掲載した。

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-05.html#20100515それをU女史が翻訳して下さったので、以下掲載する。


玉树地震一个月,救援僧侣被“喝茶”……
http://woeser.middle-way.net/2010/05/blog-post_14.html

<玉樹地震から1ヶ月、救援の僧侶が警察から取り調べを受ける>

4・14玉樹地震からちょうど1ヶ月の今日5月14日は、チベット暦の4月「サカダワ」の1日目でもある。

しかしここでまた、慨嘆すべきニュースが入った。

四川省カンゼ・チベット族自治州にあるラルン・ガル・ゴンパの数千名の僧尼は、4月15日より玉樹の被災地に赴き、民衆の救援に取り組み、被災民に救援金を支給してきた。

以下《ラルン・ガル・ゴンパ青海被災地区救援》記録より:
http://blog.sina.com.cn/s/blog_634541070100huwc.html

"政府の救援隊は準備に手間取り、実際の救援物資の配給は遅れていた。4月19日、(当ゴンパ)救援隊の主な作業は、救援物資と救援金の配給であった。師僧リンポチェが語った、(ゴンパによる)救援隊の具体的な(行動)計画は以下の通り。

朝7時に読経を始め、その後700人余がそれぞれ分かれて、運搬用トラック15台分の救援物資を支給する。一人の被災民も漏らさないよう、(被災地区)全域へ赴き、全てのテント、全ての家族の手元へ物資を届ける。また同時に、150人分の支援金を準備し、ゴンパの師僧を統率者とし僧侶や俗人の弟子で構成される10人一組の15チームに分かれて、心ある人士から提供された310万元の支援金を、困難な状況にある被災民一人一人の手に渡し、彼らの焦眉の急を解決する。"

しかしこの2日間、政府の関連部門はラルン・ガル・ゴンパに関係者を派遣し、玉樹での救援活動に参加した多くの僧侶が取り調べを受けた(事情聴取を受けることを"お茶に誘われる"という)。

情報によれば、取り調べの中心は以下の二点。

1、ラルン・ガル・ゴンパは被災者に対し310万元の救援金を支給したと主張しているが、これは政府から交付されたものではない。よってこれは政府に対する示威行為であると認められる。

2、ラルン・ガル・ゴンパの僧侶は救援の過程を撮影し、救援者と被災者への取材記録を編集した40分の映像《ラルン・ガル・ゴンパの僧侶による玉樹地震救援ドキュメンタリー》を制作し、ネットに流し(一例として
http://www.tudou.com/programs/view/BlEku3KEyXk
この動画は直ちに削除される可能性があるため、至急DLして下さい)、
DVDを制作して広めたが、これは政府への抗議行為と認められる。
映像中、複数の現場の救援者が、地震の犠牲者は万単位であると言及しており、政府発表の死者数とは数倍の差があるため、更に追及の必要がある。

これ以上の情報については、現在のところ詳細不明である。

また、救援活動に関わった他の寺院が同様の取り調べに遭っているかどうかも不明だ。

更にその結果についても判っていない。

(読者諸氏には)関心を払われたい。

2010年5月14日、ウーセル記す





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2010年05月15日

被災地でラルンガル僧院の僧侶が撮影した40分記録ビデオ

47a3d156.jpgウーセルさんの5月14日付けブログの中で、ビデオが一つ紹介されている。

ケグドで地震が発生した翌日の4月15日、地震の報を聞いたカム、セルタ(色達)ラルンガル僧院の僧侶たちは被災者救援のためセルタを出発した。

このビデオはラルンガル僧院の僧侶が撮影したものである。

ラルンガル僧院からは数千人が現地に向かい、救助活動を行った。

ビデオは40分と長いが、中に複数の被害者等へのインタビューもあり、貴重な資料の一つであることは間違いない。

以下に紹介するサイトにアクセスすることができ、ビデオを開けた人は素早くダウンロードすることをお勧めする。
最近は中国当局はこまめに、あらゆる「政府に不都合な情報」を消しゴムで消すことに専念している。
「このビデオもいつ消されるか判らないので、早目にダウンロードして下さい」とウーセルさんがおっしゃっています。
http://www.tudou.com/programs/view/BlEku3KEyXk

中国語を解す人も多いだろうから、このビデオに関するウーセルさんのエントリーを以下そのまま転載する。

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玉树地震一个月,救援僧侣被“喝茶”……

玉树地震一个月,救援僧侣被“喝茶”……

今天,5月14日,是4·14玉树地震整整一个月,也是藏历4月“萨嘎达瓦”(藏地佛教节)第一天。

然而获悉一些消息,让人喟叹。

色达喇荣五明佛学院,位于四川省甘孜藏族自治州色达县,从4月15日起,有数千名僧尼赴玉树灾区救援民众。并给灾民发放救助资金,据《色达喇荣五明佛学院赴青海灾区救援》记录:

“因为政府方面的救援人员比较忙碌,在发放救灾物资方面难以及时安排,4月19日,救援队的主要工作是发放救援物资和钱款。上师仁波切介绍,救援队的具体计划是:

早上7点开始念经,而后,700多人分头行动,发放15辆货车的救灾物品。为了不遗漏一个受灾群众,他们将走遍全城,把物品发到一个个帐篷、一家家灾民手中。与此同时,还将安排150人分发钱款。他们将组成15个小组,每组10人,由学院法师和管家带队,把学院僧众和菩提学会为主的四众弟子、爱心人士捐来的310万人民币,一一送到困难的灾民手中,解决他们的燃眉之急。”

可是,最近两日,政府有关部门派有关人员到色达喇荣五明佛学院,许多参加过玉树救援的僧侣被谈话(或者说被“喝茶”)。

据悉,被调查的主要有两方面内容:

1、色达喇荣五明佛学院自作主张,向灾民发放救助资金310万元人民币,而不把救助款交由政府发放,这被认为是向政府示威;

2、色达喇荣五明佛学院僧侣拍摄救援过程,采访救援人员和灾民,剪辑成40分钟的纪录片《色达喇荣僧人玉树地震救援纪实》,传送到网络上(如http://www.tudou.com/programs/view/BlEku3KEyXk,请及时下载,或可能很快被删),并制成光盘流传,这被认为也是针对政府的抗议行为。纪录片中,不止一位现场人员谈到地震遇难者上万,因与政府公布的死者人数相差数倍,尤被追究。

目前尚不知更多详情。

也还不知其他救援寺院是否遇到类似调查。

更不知结果如何。

吁请关注。

2010年5月14日,唯色记录

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2010年05月13日

白い道へと死者を導きたまえ、、、

以下に紹介するビデオは4月17日に中国系のテレビ局が撮影した映像。
中国人にはこの女性が泣きながら口に出している言葉が理解できず、「ダライ・ラマ法王」と連呼しているのをそのまま流している。
この映像は最近開設された、亡命政府のテレビ局でも何度も流された。



この女性が何を言ってるのかをできるだけ聞き取り、訳してみた。
もっともキグド方言で、私には聞き取れない部分もある。
だいたい、以下のようなことを言ってる。

オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン
オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン

オ〜〜マニペ〜メ〜フ〜ン・リ〜
パクパ・チェネレジ(観音菩薩)よ

ラマ・タング(この地域の有名なラマ)お越しください
ギャワ・テンジン・ギャツォ(ダライ・ラマ法王)
ギャワ・タムチェ・ケンパ(全智の法王)
ケ・ナンバニ(お二人の)、、カティン・ニンボ(加持(恩)の精髄の力により)
ラム・カルポ、、、、、、(白い道へと死者を導きたまえ)

ティンチェン・ツァワェーラマ(恩ある根本のラマ(ダライ・ラマ法王))
ティンチェン・ツァワェーラマ

ギャワ・テンジン・ギャツォ
ギャワ・テンジン・ギャツォ

ティンチェン・ツァワェーラマ
ティンチェン・ツァワェーラマ
ティンチェン・ツァワェーラマ

中国人のインタビューアーが聞く「誰が亡くなったのか?」
彼女「私のお母さんだ、、、」

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ダラムサラで地震後、結成された「4.14キグド地震慈善協会(4-14 Yushu Earthquake Charity Committee)」のホームページができた。
まだ構築中だが、直接寄付したい人のために銀行口座のお知らせもあるし、他のビデオも紹介されている。
是非、ビデオだけでも見てほしい。
ここへの寄付は代表事務所も受け付けておられる。
http://www.yushusolidarity.org/

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昨日、最後に未確認情報として「キグドでデモ・逮捕」という話をした。
これは、昨日私がRFAを聞いてたとき、というか途中から聞いてた時、キグドから電話を掛けて来た男性が「聞いた話では、寄付金の給付について抗議した者が捕まったという。」と言った。
これは、(単に)その人一人が、他人から聞いた話ということで、「未確認情報」と書いたのだ。
今日になっても、このことは特にニュースになっていないので、これは未確認情報のままだと思う。

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追記:

今日からサカダワ(チベット歴の4月)だ。
明日が一日だが、サカダワは今日からという。

チベットでは、サカダワの中日(15日)に、ブッダ・シャカムニが生まれ、悟り、涅槃に入ったとされ、この一カ月を特別の月とみなす。

この月に行った善行も悪行もその効果は十億倍(一説)になる!?とされる。
だから普段、悪いことばかりしてるチベット人たちも、この月だけは神妙に巡礼したり、お経を上げたりする。
この月に籠って修行に励むものも多い。
僧侶たちは戒律をこの月、特に厳格に守る。

この辺のチベット人はこの月だけ肉を断ったりするものが多い。
特にこの月、虫を殺すなど、生き物を殺生しないよう細心の注意を払う。

マントラ、コルラに精出し、寺に行き五体投地を始める人も多い。

一カ月は長すぎるという人は、月の初めの二週間だけ頑張るという人もいる。

私も今日から、特に「口」に気を付けて暮らすようにしたい。


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戻って助けたい、、、

b15e96f9.jpg以下、毎日新聞の藤田さんの記事。
休暇でダラムサラに来ていたはずの藤田さんと二人で「ユシュ地震慰安協会」を訪ねた時の話。

それにしても、同じことを書いて、どうしてこうも文章に差があるかね、、、。
私は話を聞いたその日、忘れないうちにできるだけ沢山書いておこうと思い、長々とレポートした。だが、案外そのレポートへの拍手は少なかった。

それに引き換え、藤田さんの文章の上手いこと、短くてもちゃんと話を聞いた人たちのこころが感じられるし、ダラムサラの様子も伝わってくる。
やっぱ、プロは違うね。

というか、チベット人への愛情の深さに関係するのかもしれない。
藤田さん、ごくろうさまでした。


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中国地震:発生1カ月 亡命チベット人「家族の安否は」−−インド・ダラムサラ 
◇戻って助けたい…

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20100513ddm007030058000c.html

 中国・青海省地震では多くのチベット族が犠牲になった。チベット亡命政府のあるインド北部ダラムサラには、政治の壁に隔てられた地で、家族の安否を気遣う亡命チベット人の姿があった。【ダラムサラ藤田祐子】

 玉樹チベット族自治州から03年に亡命したゲンドンさん(30)が握りしめた携帯電話は、数回の呼び出し音の後に切れた。「3日前は、入院中の叔父の家族になんとかつながった。その後容体は良くなっただろうか」と気をもむ。インド各地に散住する亡命チベット人のうち、玉樹出身者はダラムサラだけで200人近いという。

 両親が玉樹出身で、レストランを営むクンガさん(35)は「チベット人は仏教の輪廻転生(りんねてんしょう)を信じる。きちんと供養できて初めて、残された家族は安心する」と話す。クンガさんはインド生まれだが、被災した親類も多い。レストランは情報を求める玉樹出身者の寄り合い所のようになった。義援金の申し出も相次いだ。「現地に届ける方法はある。家族も家も失った人たちを助けたい」と話す。

 玉樹に住む長兄を亡くした男性(25)の両目は真っ赤に充血していた。08年12月に亡命し、ダラムサラ郊外の就学年齢を超えた難民向け教育施設で学ぶ。姉妹3人兄2人の6人兄弟で、長兄以外は家を出ている。長兄は、年老いた両親を支える一家の大黒柱だった。

 戻って家族を助けたいが、亡命した身で中国に戻って「逮捕されるのも怖い」。男性は「でも、両親や義姉、めいやおいも心配だ。どうしたらいいのか」と途方に暮れた様子で話した。

 道沿いには、被災地からメールで届いた写真が拡大コピーされて祈りの言葉とともに張り出され、足を止めて見入る僧侶や、うつむいて数珠を繰る人の姿も。ダラムサラのチベット仏教寺院では、初七日、二七日(ふたなのか)、三七日(みなのか)と、地震から7日目ごとに法要を開いてきた。三七日の法要があった4日は、午前7時半から数百人が経を上げ、地震発生の7時49分に黙とうした。


毎日新聞 2010年5月13日 東京朝刊



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2010年05月09日

慰問金270万元(3716万円!?)、1200人に一時救済金400元

jyekundo現地は悪天候が続いているそうだ。
でも、火事になるとかで、テントの中で火を焚くことは禁止とか。
火が焚けるヤク・テントが懐かしかろう。

昨日の続き。

RFAを聞いてると、昨日、一昨日 ダラムサラの“玉樹地震慈善基金会”(ウーセルさんの中国語訳/私は最初“ユシュ地震慰安協会”と訳した)で聞いたような話しが出ていた。

昨日、「配給票・住民票」を持ってない人は救済金も食糧も貰えない、という話をした。
配給票のある者には一人当たり「450元」が支給されたと、昨日聞いたが、RFAに話していた人は「400元」と言ってた。
その上、これはキグド町の住民だけに限られ、周辺の村には今後も全く救済金は配られないという。

昨日協会で聞いた情報によれば、震源地から半径50km以内にあった村は、大概破壊され、家は残っているが危険で住めない、人々は自分たちのテントで寝起きし、蓄えのツァンパで生き延びている、という状況がほとんどだ。

キグドにいても、「配給票」を持っていない年寄りとか、「配給票」などガレキの下に埋まって見せることのできない人は貰えないという。

胡錦涛氏はキグドを訪問したとき、「地震で家族を失った遺族への見舞金として8000元(約11万円)、震災孤児や養ってくれる子供を亡くしたお年寄り、重い障害が残る負傷者に対し毎月1000元(約1万3500円)の給付を決めた。」ということはすでにお伝えした。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-04.html?p=2#20100418

これが支給されるとして予算はたったの6億円ほど。

救済金について、中国国際放送局は5月3日に以下のようなレポートを出している。

http://japanese.cri.cn/881/2010/05/03/144s158199.htm

<青海地震>救済金の支給、全面的にスタート2010-05-03 13:42:01

 青海地震被災地の被災統計作業がこのほど終了し、現在、救済金の支給が全面的に行われています。
 1日までに、青海地震による被災人口は22.3万人に達し、玉樹チベット族自治州総人口の6割以上を占めています。
 2日12時現在、民政省は地震で亡くなった人たちの慰問金270万元(約3716万円)、1200人余りの被災地住民に50日間の臨時手当、1.7万人余りの住民に連日0.5キロの食糧を支給しています。(翻訳:ooeieiチェック:丹羽)

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「救済金の支給が全面的に行なわれています」の後に、慰問金270万元(3716万円!?)、、、を支給しています。
と言ってる。
まずこの270万元!?だが、胡錦涛氏の話はどうなったのか?もちろん増えたならいいのだが、その増え方が異常だ。

もしも、これが本当ならこの慰問金だけで予算818億円ということだ。
いくら募金が温泉のように湧いてくると言えども、この数字はおかしいのではないか?
四川地震の被害者はいくらもらったのか知らないが、これほど貰ったとは思えない。知れば怒るであろう。

もっともまだ誰かこんな大金を貰ったという人の話は伝わってこない。

「その次の1200人余りの、、、、臨時手当」というのが、キグドで最近配られたという400〜450元の事と思われる。
しかし、何でたったの1200人なのか? 50日後にはどうなるのか?

次、「1.7万人余りの住人に連日0.5キロの食糧を支給しています」
被災者は22.3万人と自分で言っておいて、その中のたった1.7万人にしか、それもたったの1日0.5キロしか与えてない。
そんなことを自慢話でもするように、平然と書いていることが信じられない。

他に、最近当局はもしも被災地のガレキを漁り泥棒するものは、その場で銃殺される、と発表したとか。

このことを伝えたチベット人は「中国の軍隊や救援隊は泥棒し放題で、家財や犬など盗んで行くのに、誰も罰せられない。それで、チベット人が泥棒したら、銃殺だという、、、」と不満をぶつけていた。

アムドやカムの至る所から被災地に寄付金や食料を届けようとトラックがキグドを目指すが、そのほとんどは追い返されているという。

周辺の村々を支えていた僧侶たちも追い出されたそうだ。

その他、子どもが中国に連れて行かれる話、キグドの町全体が移転される話などが出ていた。

遊牧民が強制的に住まわされた家は鉄筋が全く入っていないブロック・ハウスばかりだったという。
そしてテントを追われた多くのチベット人がブロックの下敷きとなり亡くなった。

政府は計算通り、というだけで済ますのか?


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<内部告発>

中国で有名な歴史家が、毛沢東を真っ向から批判する映像講義を行い、波紋を呼んでいる。

「日本は歴史教科書を歪曲しているが、中国ほどではない。中国の歴史教科書の記述内容に、真実は5%もなく、あとは完全な虚構」と主張した、そうだ。

http://www.chosunonline.com/news/20100508000036
http://www.youku.com/playlist_show/id_1807031.html



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2010年05月08日

4.14玉樹地震慈善基金会

jyekundo写真は最後を除きウーセルさんのブログより。

長いこと、キグド(ジェクンド)のことを書かなかったが、もちろん忘れてたわけじゃない。
毎日、被災地のことが気になってしょうがない、状態の人はこのブログを読んでいて下さる人達の中にも大勢いらっしゃると思う。

そこで昨日と今日、地震後、キグド出身者たちによりダラムサラで結成された、「414イシュ・サヨン・ドゥンセル・ツォクチュン(4.14ユシュ(=キグド、ジェクンド)地震慰安協会/4.14玉樹地震慈善基金会)」の寄り合い場に行ってみた。
事務所のようなものがあるわけではなく、建設中のレストランが会合場になっているらしい。
最初、相手は二人だったが、その内一人また一人とそのロフトに集まりはじめ、最後は5,6人がああだこうだ状態で色んな情報を聞かせてくれた。

日本の代表事務所が義援金を募っておられるが、そのお金も、この会を通じて現地に贈られることになっている。もちろん日本だけでなく世界中の代表事務所から集められた募金が一旦この会に集まるのだ。
つまり、今や大変大事なお金を預かる、責任の大きいオフィシャルな救援団体になったのだ。

jyekundoその始まりは、地震が発生した4月14日の朝だという。
ダラムサラの街の中には、キグド出身者が以前より溜まり場とする「Tibetan Kitchen」というレストランがある。
14日の朝早くからそこに、近所にいるキグドの仲間たちが集まり始めた。
みんな現地の親兄弟に電話を掛け続け、情報を交換し合った。
しかし、中々通じない電話がたまたま通じても、相手は動揺が激しく、まともに話ができない人が多かったという。
次々に親、兄弟、親戚、知人の訃報が入る。みんな夢を見ているようだったという。
その内の一人ゲンドゥンは「朝方通じた電話も午後には通じないことが多かった。きっと充電が切れたためだろう。15日の11時頃だったか、妹に電話が通じた。ちょうどそのときまた地震があった。キャーという叫び声が聞こえ、辺りの人が叫んでいる声が続いて聞えて来た」という。

14日にはそのレストランに14,5人が集まったという。
ダラムサラ近辺にはキグド出身者が200人ほどいる。
その内の半数はTCVスジャ・スクールとソガ・スクールの生徒、ダラムサラのTCVにも若干のキグド出身の子どもがいる。

次の日、15日にはそこに70人が集まったという。

jyekundo以下レストランのオーナーであり、この会の中心人物であるクンガの話を紹介する。

「みんなお金を持ち寄ったが、それで最初は犠牲者を供養する法要を行なおうと思っていた。
実際そのためにもお金は使ったが、その内ダラムサラの色んな個人や団体から寄付したいという話が来るようになった。それで、まずは会というか協会のようなものを作った方がいいんじゃないか、という話になった。それはもう15日に出た話しだったが、正式には17日に発会式を行なった」

「最初は供養のために集めたお金だったが、周りからの寄付が集まるようになって来たので、寄付金を現地の救援金として使おうということになった」

私:「中国は今回の地震の犠牲者は2200人ほどと言ってるが、本当は何人ぐらいと思うか?」
クンガ:「ダラムサラ周辺のキグド出身者の親戚だけでも合わせて2000人が亡くなってる。いま、キグド出身者が多いデラドゥンでも調査している。まだ重複分のチェックが終わらないが、あちらは4000人と言ってる。南インドでも今調査が進んでいる。その内、亡命側で調査した数字がでるだろう。

葬儀は至る所で行なわれた。身元が判る者はそれぞれの家族が檀家となっている僧院に運ばれた。遠くナンチェンやカンゼまで運ばれた遺体もある。周辺の村々ではそれぞれの寺が葬儀を行なった。遺体を水葬にした僧院もあった。
それぞれの僧院は遺体の数を記録しているはずなので、もう少し落ち着けば集計されると思う。
地元の人たちは少なくとも1万人は死んだといってる。ある僧院などは1万5千人という。
私は少なくとも6〜7000人ではないかと思う。

中国政府はキグドに配給票(住民票)がない人の数は入れてない。配給票はそこに5,6年いないと貰えない。キグドには昔から商売のためにカム、アムドのチベット人が沢山集っていた。
その人たちは死んでも数に入れられてない。
普通に昔から住んでる人でもこの配給票をもっていない人が沢山いる。
例えば、親戚のおばさんはこの配給票を持ってないがゆえに、今、緊急食糧の配給を貰うことができないと言ってた。

また、この数はキグド市内だけの話で、周辺には小さいが沢山村があり、ゴンパがある。これらの村での死者は数に入ってない。地震後、まだ、食糧やテントはおろか、一人の役人も軍人も、もちろん医者も来たことのない村が沢山あるのだ。」

jyekundo私「キグド周辺の被害状況や救援状況は?」
クンガ「まず、周辺と言えないぐらいのキグドから数キロしか離れていない、チャジャニ、シンジェと呼ばれる地区の話だ。
これらの地区には沢山の遊牧民強制移住住宅が建っていたが、壊滅状態だ。
その上、私ははっきり言えるのだが、地震後最低10日間、全く中国の救援隊はこの地区に入ることはなかったのだ。
この地区の人たちを救ったのはすべて僧侶たちだった。ガレキの下から生存者を救い出し、食糧を与えたのは僧侶たちだった。
キグドの西、10〜15km離れたタングの村も壊滅した。タング・ゴンパの僧侶31人と、村人40人が亡くなったという。
40kmぐらい離れたルンボ村については、中国側の情報がある。家屋の80〜90%が倒壊し、死者42人、負傷者809人と最近発表された。
バンチュ村は被害が少なく、バンチュ・ゴンパの僧侶200人の内、亡くなったのは一人だけ、村人も7人だけが亡くなったという。
その他、ドンダ村、ラップ村の周辺には小さな集落や村が沢山あるが、くわしい被害状況は分かっていない。
今も、テントや食料が支給されない村もある。

jyekundo村に中国の食糧やテントが届いても、それは最初から十分な数や量ではない。トラックは村の中心の僧院の前などに止まって、その辺にいる何家族かに適当にそれらを配って帰ってしまうそうだ。
ラップ村にいる親戚のおじさんは、ラップでは最近一人当たり12kgの小麦の配給があったと言ってた。
でも、全員に配られたわけではないそうだ。次、いつもらえるかも判らないという。」

私:「中国は義援金を配るといってるが、もう被災者たちは政府から金を貰ったのか?」
クンガ;「数日前にキグドの住民に一人当たり450元が配られたという。これは一月分という。一日当たり10元で一カ月300元、今月はプラス150元が特別に上乗せされたとかだ。
それにしても、一日10元(135円)じゃ多くないよな、、、
中国はお金はやるやると言ってるばかりで、本当にはこんな程度だ。
ニュースによれば義援金は(円換算)1000億円近く集まっているという。
それが本当ならその半分でもいい、被災者全員に配ってほしい。
どんなに素晴らしい家が建つことだろう。」

jyekundo私:「寄付はどうやって現地に届けるつもりか?どこに寄付するのか?秘密なら応えなくてもいいけど」
クンガ;「自分たちは何も隠さない。中国の高官が、、名前は忘れたが、言ったじゃないか、“海外にいるキグド出身は家族のことを心配して、里に帰りたいであろう、だから、そういう人たちは家族を慰問するためにキグドに行ってもよい”と。だから我々は堂々とキグドに行く。そして、できるだけ本当に援助を必要としている人々に配るつもりだ。
中国はただ口先だけで、そう言ったのかどうかが、これで判るだろう。」

私:「私の知り合いのキグド出身者は、お金を持ってキグドに到着したが、あまりに大勢の武装警官が至る所にいて、それを見ただけで怖くなってそのまま何もせずに次の町に行ってしまったそうだ。そう簡単に行くかな、、?」
クンガ:「チベットに入ると慣れない者は怖くて何もできなくなる。緊張からおかしくなるものもいる。
でも我々は違う、いざとなれば手段はいくらでもある。あの辺の大きな僧院など誰がお金を出したと思う。みな、外国に行ったチベット人たちがお金を出して建てたのだ。アメリカやヨーロッパにもキグド出身者は沢山いる」

私:「他に何か現地の人たちからの声はないか?」
クンガ;「この前、法王が死後第三週目のモンラムを行なわれたが、これが、現地ではなぜか“法王はダラムサラでキグドのためにカーラチャクラの潅頂を行なわれたという噂がたっているようだ。カーラチャクラの法要がインドで行なわれるときはチベット中のチベット人が特別の有難さを感じて、肉を絶ったり、寺に参ったりする。法王に来てもらいたいという気持ちがあるので、それがそんな大げさな噂になったのかもしれない。

家族を失って、気がふれた人も多いという。
地震の後は、負傷者が優先されて普通の病人は医療を受けられない状態が続いているとも聞く。病院は無くなって、持病を持つ者たちは薬ももらえないらしい」

私:「両親が亡くなり孤児となってしまった子どもたちを、政府は中国内に送っていると聞くが」
クンガ:「自分たちが今までに確認できたのは15人だけだ、今からもっと送られるだろう。もちろん政府は子どもたちは勉強のために学校に送られるといってる。しかし、チベット人たちは信じていない。中国の金持ちたちにもらわれるか、ただの使用人にされるのではないか、と心配している。それでなくとも、中国に連れて行かれたら、チベット人じゃなくなってしまうという心配が一番だ。
みんな今までのように、地元で子どもをチベット人として育てたいのだ」

私:「政府はキグド再生計画を発表したが、その際、今のキグドを移転するという話もあるが」
クンガ:「その事を現地の人たちも非常に心配しているという。まだ、どうなるか決まってないと思うが、そうなったら、今までの土地の所有権はどうなるのかを心配している。
キグドはチベットの中の大きな町の一つだが、その内でも一番チベット人が多数を占めるチベットの町だ。
これを機会に中国はこのチベットの町を中国の町に変えようとしているのだ。
観光の見世物の町にしようとしているのだ」

と、ここまで。

他の人たちからも話を聞いたが、それは省かせてもらい、次に、今日、話しを聞いたソガ・スクールのドルジェ25歳の話を紹介する。

jyekundo彼は2008年の冬、国境を徒歩で越えネパール経由でインドに亡命した。
キグドでは一度も学校に行ったことなかったという。
大人になり、勉強の大事さを自覚し、どうしても学校に行きたいと思い亡命したそうだ。
兄弟は男3人、女3人の6人で、その内二男はインドの僧院、三男である本人もインドに亡命している。
一人残って一家を支えていた長男が今回の地震で亡くなったという。

私:「最初にキグドで大きな地震があったことを知ったのはいつか?学校でアナウンスとかがあったのか?」
ドルジェ:「午前中は授業が始まっていたので、誰も地震のことは知らなかった。昼の休憩時間中に地震の話が生徒の間に伝わった。自分もすぐに家に電話したが、通じなかった。次の日の朝やっと電話が通じ、兄が亡くなったことを聞いた。
その後また、5.6日の間、掛らなかった。西寧にいる親戚とは連絡できたが、かれらも現地に電話が通じないと言ってた。
それから後にはまた通じるようになった。
兄は地震が起こった時にはまだ寝ていたようだ。
兄は落ちて来た天井スラブの下敷きとなり、即死だったという。
父も崩れた柱に挟まれ、上半身が埋まってしまったというが、みんなに助け上げられたという。」

私:「お父さんは何の仕事をしていたのか?」
ドルジェ:「父はもう年だから何もしてない。家のことはすべて長男がやってた。畑があって農業もやってたが、今は主に兄が軽トラックで運送業のようなことをやっていて、兄が家族全員を養っていた。
もう、家にはちゃんと働けるものがいない、これから大変だと思う」

私:「そうなら、今家族は君を必要としているのじゃないかな?帰ろうと思わなかったのか?」
ドルジェ:「確かにそうだ。もちろん、帰れるものならすぐに帰りたいと思った。でも、俺は歩いて山を越えてインドに来た。帰るとなるとまた隠れて山を越えないといけない。キグドに帰っても見つかれば逮捕される恐れがある。そう簡単に帰る決心はつかないよ。」

私:「ソガ・スクールにはキグド出身の生徒はどのくらいいるのか?」
ドルジェ:「27人だ。家族の内のだれかが亡くなっていないという者は少ない。親が亡くなった者、或は親代わりが亡くなったもの、兄弟、親戚、沢山亡くなってる。みんなできるだけ亡くなった親戚や知り合いの名前を記録するようにしている。

例えば、自分が住んでいたディニンゲ地区だけで300人が死んだ。これは名前が判っている者だけだ。自分がその内の50人を調べた。何で名前を記録しているかというと、49日目に大きなモンラムをダライ・ラマ法王が行なわれるが、その時のために集めているのだ。その日に犠牲者の名簿を法王にお渡しして、祈ってもらうためだ。」

私:「ディニンゲ地区には家が何軒ぐらいあったのか?」
ドルジェ:「400〜500軒ぐらいか、、、」

私:「400〜500世帯で300人死んだのか、、、10人に1人ぐらいかな?
被災者10万人なら1万人死んでてもおかしくないか、、、?」

ドルジェ:「残された兄の子供二人も中国に連れて行かれるかもしれないと家族は心配している。子供の母親はちゃんといるのに、政府は子供を教育のために中国の学校に送ってやるといってるらしい。」

私:「それは断ることができる話なのか?」
ドルジェ:「向こうが連れて行ってやるというのは命令と同じようなものだ。
断るのは難しいと思う。
中学、高校の授業は始まったが、小学校はまだほとんど再開されてないと聞いてる」













































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2010年05月04日

ジェクンド地震発生より三週間目の今日

4.5.2010 Tsuklhakan Monlam今日でジェクンド(キグド)地震から3週間がたった。
仏教では人は死んだ後、最長49日の内に、次の生を得るとされる。
チベットでは亡くなった者たちの良き来生を願って、死後一週間ごとに祈願法要を行う。

そういうことで、今日は亡命政府の呼びかけにより、ブータン、ネパール、インド各地のチベタン・キャンプ、及び世界中のチベット人コミュニティーにおいて、まず、地震が発生した朝7時49分に犠牲者の冥福を祈り一分間の黙祷を捧げ、その後モンラム(祈祷法要)が行われた。

4.5.2010 Tsuklhakan Monlamダラムサラでは、ツクラカンにダライ・ラマ法王が7時半過ぎ、お出になられた。

7時49分ちょうどに黙祷。

その後首相の短いスピーチがあった。

「この法要は被災者たちへ我々の共感、連帯を示すものだ」と話され、
さらにスピーチの中で首相は
「今回の地震の実際の犠牲者数は、中国当局が発表した数字を大幅に上回る」
と指摘した。

4.5.2010 Tsuklhakan Monlam法王はご覧のように、今日も本尊であるブッダシャカムニに向かわれ、一心に祈りをささげておられた。

今日は法王のお話はなかった。

以下、今日の法王と法要風景。




4.5.2010 Tsuklhakan Monlam











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4.5.2010 Tsuklhakan Monlam












4.5.2010 Tsuklhakan Monlam

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ラサ:チベット人青年が一人、地震義援金に対する要求を叫び、逮捕される

13493157.jpgパユル、5月4日
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27233&article=Lhasa%3a+Tibetan+protester+detained+for+criticizing+earthquake+relief+work

ダラムサラ:日曜日(5月2日)一人のチベット人が、チベットの首都ラサで中国政府の地震義援金の取り扱いに対する要求デモを行ない、その場で逮捕された。

サンドゥップ・ギャンツォ28歳は、巡礼者たちで混雑していた、ラサのツクラカン(ジョカン)前で「ダライ・ラマ法王をチベットにお招きしよう!」「パンチェン・ラマの解放を!」と歌い上げた。
さらに彼は「困難の中にある、キグドの遊牧民社会に対し、外国から贈られた物資や義援金を、間違いなく現地の人々に届けるように」という要求も行なった。

彼は直ちに公安職員により取り押さえられ、連れ去られた。
どこへ連行されたかは不明という。

サンドゥップ・ギャツォは青海省海南チベット族自治州の遊牧民の家に生まれた。
彼はかつて、ダラムサラにある「シェラップ・ガツェル・リン(新しく亡命してきた若者のための学校・ソガロプタ)」の生徒であったことがある。
サンドゥップは2007年11月インドに亡命し、この学校で一年間学んだ。

2008年3月、彼はネパール・チベット国境のダムを経由し、チベットに帰ろうとした。
しかし、国境でダライ・ラマ法王の著書を数冊持っていたのを見つけられ、逮捕され、シガツェの公安に一カ月間拘置された。
その後、彼はラサのダプチ刑務所に送られ、そこに6カ月収監された。

2008年10月、解放され、故郷に帰っていたという。






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2010年05月02日

スーパーサンガ/中国西部、青海省大地震の被災者のための緊急アピール

“宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会”では以下のような緊急プレスリリースを発表しました。

「この度、私たちは、地震被災地であるジェクンド(玉樹)被災地の方々が胡錦涛総書記及び温家宝首相に送った「ダライ・ラマ法王の被災地訪問請願書」とダライ・ラマ法王が被災地訪問を強く願われた書簡を手にし、国家主権・国籍・人種・性別を超えた「人の心を慈しむ」同じ仏教徒として、人として生きるという倫理に照らして明らかに正しいこの願いを叶えて頂くよう、中国共産党中央政府に対し誠意を持って心から強く要請致します。」

「<生命を守る友愛>を政治的信条とされる鳩山首相、言葉にできない苦しみの中にある被災地の人々のもとへ、ダライ・ラマ法王が訪問できるよう。。。」


メディアコンタクト;

善光寺徳行坊住職、若麻績敬史(日本語)

+81 90-8943-2518(日本国内からは)090-8943-2518

lauramari1207@docomo.ne.jp / tokugyoubou@gmail.com



英語でのお問い合わせは; 若松えり(国際チベット支援ネットワーク)

+44 7711 746 172

eliwakamatsu@googlemail.com


4月30日にプレスセンターで発表された声明については、“宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会”ホームページ参照。
http://www.supersamgha.jp/


声明にご賛同頂ける方は、お名前、団体名等を添えてinfo@supersamgha.jpまでご連絡ください。(サブジェクトに 青海省大地震の被災者のための緊急アピールと入れてください)

ーーーーーーーーー

ルンタ・プロジェクトからもご賛同お願い致します。

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2010年04月30日

ダライ・ラマ法王、被災地への二度目のメッセージ

27.4.2010 Dharamsala Tsuklhakan Tenshuk先の27日に行なわれた、テンシュク(長寿祈願会)の最後に、法王は地震被害者たちへ二度目のメッセージを発せられた。

以下、その聞き取り試訳。

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キグドで大きな地震があり、沢山の人たちが亡くなられた。それぞれ父母、子ども、兄弟、近所の人たちを亡くし、心に耐え難い悲しみを感じている人たちが大勢いるであろう。

心に留めるべきは、チュンジュック(入菩提行論/シャンティデェーヴァ・寂天著)にあるように「もしも、元に戻すことができるなら、何で嫌がる(心配する、苦しむ、悲しむ)必要があるのか? もしも、元に戻すことができないのなら、嫌がって何の利があるのか?」ということだ。

もうすでに起こってしまったこと、それは、それぞれの業の果として現れた過去の現象だ。元に戻すことはもうできない。しかし、将来はすべて業のせいというのではない。
「業・行」とは、よくこれを理解していないものは、業とその果というと、もうどうしようもないことのように思っている人がいる。
それは、例えば創造神を信じる人たちが「過去も未来も、神の思し召しのまま」というのと同じようなものだ。何でも「それはカルマだ」という態度だ。

仏教はそうではない。業(レ、行、カルマ)とは行為だ。行為というのは行為者が何かを為すという意味だ。すでに起こってしまったことは、各自の過去に行なった、正しくない行ないを因として、その結果として苦難が起こったのだ。未来は、行であれば、行為者がやろうとしていることだ、だから、業は各自が今から決めることができるものだ。

業という時に、必ずしも前世の話を持ち出さなくてもいい、今生に限っても、各自が仕事を頑張れってやれば、、、例えば、商売をするにしても一日頑張って働けば、利益も増えるというものだ。これが因果(行為とその結果)だ。商売を一生懸命やったという、その行為の結果が現れて、利益を得ることができる。その利益で衣食を賄うなり、時間を得て行をするなり、布施をするなりもできよう。

すべて、行為により現れた現象だ。だから、将来は、例えば、地震に対しても、「もしも元に戻すことができるなら、何で嫌がる必要があろう?」というこれだ。それぞれが元に戻す努力をするのだ。
家を建て直したり、学校を建て直したりするときには、将来また地震が起こるであろうことを予期して、その対策を講じ、頑丈に建て直すなら利があろう。
ただ、将来を心配して、心が内向きになり、悲しみの中でうつむいて過ごしてばかりいては、困難な状況から立ち直ることはできない。

心暗くならず、起こってしまったことはもう仕方がない、「もしも、元に戻すことができないなら」とはこのことだ、「もしも、元に戻すことができないなら、嫌がって何の利があるか?」、ここでミ・ガ(嫌う)とは苦しむということだが、苦しんでも何の役にも立たない。努力して、勇気を失わず、前向きに立ち向かうなら「元に戻すことができるなら、何で嫌がるのか?」だ。

みんな、亡くなった人たちのためにモンラム(祈願)を行なうこと。
苦しみの中にある人たちは挫けないでほしいと思う。みんなの幸福を願っている。慰めの言葉を掛けたい。挫けないでほしい。

チベット各地から寄付が被災地に送られていると聞く、また、地震の後すぐに近隣の僧院から僧侶たちが駆け付けて、一生懸命被災者たちを救った。私は本当にこのことを喜ぶ。

我々は仏教の教えを受け入れる者たちだ、因果律を受け入れる者たちだ。善と悪の分別を知る者たちだ。だから、1円(1ルピー、1元)のお金を寄付しようとも、これを正しい心とともに行なうならば、例えば寄付を行なう時に「文殊菩薩と同等の知性と普賢菩薩と同等な行為がいつかできるようになるために、この善業を回向する」というような回向と祈願とともに行なうならば、実際にそのお金が相手側に渡り利益があるというだけでなく、その善行により菩提心が増すこととなり、何生にも亘る利があろう。

そうでなくても、純粋な動機で何の世俗的見返りも求めず、相手の幸福を願う良き心で寄付し、回向するならば、その結果はよいものだ。このことを一言、言いたかった。

寄付は、同時に中国各地の一般の人々からも沢山寄せられているようだ。
昨日も新聞記者にこのことは話したが、この機会を借りて再度「ありがとう」と言いたい。

これだけだ、タシデレ!



rftibet at 19:00|PermalinkComments(10)TrackBack(0)