尼僧

2010年11月26日

2年半に渡り拘置所に収監されていた尼僧が骨折と重い健康障害の下、開放される。

4030a83d.jpg写真はタシ・ヤンツォ(RFAより)

25日のVOTチベット語放送http://www.vot.org/#
23日付けRFAチベット語版http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/a-nun-in-kham-suffered-severe-beating-under-detention-and-receives-treatment-11232010192827.html
及び25日付Phayul.com(英語)によれば、
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=28618&article=Nun+set+free+from+jail+in+%22serious%22+health

先の11月19日、2008年の抵抗運動に参加した尼僧が重い健康障害の下、拘置所から外に出された。
これは南インド、セラ僧院の僧ペマ・ツェワンが確かな事実としてVOTに伝えた情報。

2008年5月20日、カム、カンゼ、ダルゲ・ニャゲ尼僧院(དར་རྒྱས་དགོན་པའི་ཉ་བརྒྱད་བཙུན་དགོན་)の尼僧タシ・ヤンツォ(བཀྲིས་དབྱངས་མཚོ་、通称タガ)は他の2人の尼僧セル・トゥック(གསེར་ཕྲུག་)とジャンパ・チュキ(བྱམས་པ་ཆོས་སྐྱིད་)(この2人の尼僧の名はVOTとphayulではアチュとソチュとなっている)と供にカム、カンゼの市中で中国政府のチベット政策に対する抗議を示す平和的デモを行った。
3人は間もなく逮捕され、その後四川省の省都、成都付近の拘置所に収監されていた。
情報によれば、3人は拘置所で激しい拷問を受け、セル・トゥックとジャンパ・チュキの2人は重体に陥った。
拘置所で死なれるとまずいというので先にこの2人は開放された。

タシ・ヤンツォはそのまま2年半も拘束された後、今年11月19日、外に出された。
拘置所から開放された時、拷問により彼女の右腕は2カ所骨折しており、右耳の聴力もほとんど失われていた。
さらに、結核を患い、呼吸器系の障害を抱えていたという。

タシ・ヤンツォは現在、成都の病院で入院治療をうけている。

カンゼ地区では、同じ2008年5月、ダカル尼僧院の尼僧12人、パンリ尼僧院の尼僧55人、さらにガンデン・チュリン尼僧院の尼僧数名が逮捕・拘束されている。

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中国の拘置所や監獄内での拷問は後を絶たない。
尼僧が拷問に晒されるという話には特に痛ましいものを感じる。

中国の拘置所での拷問は日常茶飯事と化している。
特に2008年以後、どれだけの人々が惨い拷問に遭ったことか。
彼女と同じようにデモの後拘束された尼僧たちもみんな同じような拷問に晒されたに違いない。
2年半の裁判も行われず、拘束されるという事も異常だ。

拷問の末、死にそうになると外に出すということも、昔から全く変わっていない。
死刑の判決を言い渡されなくとも、80年代末からだけでも少なくとも数十人が獄中で拷問の故に死亡している。
もちろん解放後すぐに死亡した人も多い。

この悲惨極まりない悲劇はいつまで続くのか。






















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2010年01月06日

2人のチベット人尼僧に刑期2年と3年

ダラムサラ、1月5日付パユル。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=26347&article=2+Tibetan+nuns+sentenced+upto+3+years'+imprisonment

ラジオ放送Voice of Tibet が伝えるところによれば、中国の裁判所は2009年11月17日、2人のチベット人尼僧に3年までの刑期を言い渡した。

セラ僧院の僧侶がVoice of Tibet に伝えた情報によれば、四川省カンゼ・チベット族自治区ダルツェドにあるニマ・ゲツェル尼僧院に所属していたノルドゥンとラワン・デキは、カンゼ市内で2009年3月17日、平和的抗議デモを行ったとして逮捕されていたが、ノルドゥンには2年、ラワン・デキには3年の刑がダルツェド中級法院により言い渡されたという。

2008年以降のチベットにおける政治的混乱を受け、中国政府は僧院、尼僧院を標的に反中国的抗議活動を未然にチェックすることを意図した「再教育キャンペーン」を展開した。
僧侶及び尼僧は、中国が分裂主義者を扇動しているとして非難する亡命チベット人リーダーであるダライラマ法王を非難することを強要され、非情な精神的、肉体的拷問に耐えねばならなかった。

当局は2009年4月5日、チベット人を脅すために15人の政治犯をカンゼ市内引き回しにした。
この2人もその中にいた。
15人の囚人は全員頭を剃られ、手錠、足錠をされてトラックに載せられ見世物にされた。

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先にお知らせしたドゥンドップ・ワンチェン氏の刑期確定の件に関するリリースが亡命政府からも出ています。

http://tibet.net/en/index.php?id=1336&articletype=flash&rmenuid=morenews&tab=1#TabbedPanels1

この中でドゥンドゥップ・ワンチェン氏と接触した弁護士Li Dunyong の話が短く紹介されている。

「私の依頼人であったドゥンドゥップ・ワンチェン氏は拷問により告白を強要された。その時の傷は一年後まで彼を苦しめていた。彼は<無実を訴え続け、16か月の間如何なる嫌疑も認めなかった>と私に話した」。

Li Dunyong弁護士は結局彼の弁護を担当することを許されなかった。






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2009年12月07日

平和的抗議デモを行った一人の尼僧が病院で死亡

ヤンキ・ドルマ とても痛ましく、悲しいニュースが入りました。

<抗議デモを行った尼僧が病院で死亡>

ダラムサラ、12月7日付 パユル
http://phayul.com/news/article.aspx?id=26152&article=Tibetan+nun+arrested+for+protest+dies+in+hospital

亡命方の情報によれば、四川省の省都、成都の病院で日曜日(12月6日)早朝、カンゼ出身の尼僧一人が死亡した。

死亡したヤンキ・ドルマ33歳はカンゼ・ランダック尼僧院に所属していた。
彼女は今年3月24日、もう一人の尼僧ソナム・ヤンチェンと共にカンゼの中央市場において中国政府に対し抗議のデモを行った。

「中国はチベットから出ていけ!
ダライ・ラマ法王がお帰りになられますように!
当局はチベットでの宗教弾圧をやめよ!」
と必死に叫びながら、手に持っていた手書きのパンフレットを空中にばらまいたという。


直ちに50人あまりの武装軍人が彼女たちに襲いかかり、滅多打ちにした。
倒れた二人はバンに運び込まれどこかに連れ去さられた。
その夜遅く、警官がヤンキの実家に押し入り、ダライ・ラマ法王の写真などを押収。
両親や家族を国外のダライ・ラマ分離勢力と接触したとして叱責した。
次の日に当局は兄弟のツァンヤン・ギャツォを呼び出し、4時間に渡り彼を尋問した。

亡命チベット人人権グループは彼女の死は獄中における凄惨な暴力や拷問の結果ではないかと疑っている。
SFTインドのテンジン・チュインは「中国の軍隊はカンゼの市場の真ん中で白昼彼女を容赦なく袋叩きにしたのだ。隠された監獄の扉の裏で何が起こるかは容易に想像できよう」とコメントした。

ヤンキのケースは今年8月24日よりカンゼ中級法院にて審議がはじめられた。
しかし、裁判所が彼女に刑期を言い渡したかどうかは不明。

ヤンキはカム、カンゼ、ロルツァ村のホルメ・ツァン家のゲンドゥン・ダルゲとペマ・カンドの間に生まれ、17歳の時、尼僧になった。

チベット女性協会、SFT,チベット国民民主党、グチュスンの会は合同で今夜、彼女の霊を弔うためにダラムサラのマクロード・ガンジからツクラカンまでキャンドルライトビジルを行う予定。













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2009年03月26日

カンゼで尼僧二人逮捕/カンゼ強制避妊手術の証言談1

2d1b588e.JPGRFAには日々新しい抗議活動の情報が入って来ています。
一人二人でデモする場合が多いようです。
以下はその中の一つです。

(以下RFA放送から要旨のみ)
24日、カンゼ、ラマ・ラダックラ尼僧院の尼僧、ユルシェ33歳とツェテン・ラモ28歳の二人は政治的パンフレットを詰めたバックを持ち、「法王の御帰還を!チベットに人権を!」とスローガンを叫んだ。
程なくして逮捕され、その場で激しい暴行を受けた。

次の日(昨日25日)の朝、逮捕された二人の家族のいる家に二台の車が来て、家族を政府庁舎に連れて行った。
家族は中国政府に対する企みを持ち、ダライラマの分裂主義者団体と手を結んでいるとして非難されたという。

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ラギャの事件の後にも公安は自殺したタシ・サンポの家族、親戚縁者総勢50人を呼び出し、尋問したという。
中国に逆らえば家族、親戚もただでは済まないことを知らしめす目的でしょう。

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このところ、と言うより1950年以来、特に54頃からのゲリラ闘争もこの辺から始まっているぐらいで、この50年間常にチベット抵抗運動の先頭に立って戦ってきた人たちがカンゼのカンパ(男)、カモ(女)なのです。

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一昨日、私が(もう女を泣かすのにつき合うのは嫌だと言って)断ったN2のインタビュー。
それは「強制中絶・避妊手術」を受けさせられた女性に対し行われるインタビューでした。

今日、その内容をN2から報告を受けたので、特にその女性がカンゼ出身者であったのでここに紹介します。(やはり今回も相当激しく泣かせた(れた)そうです)

カンゼの女性の追い詰められた状況理解の参考になるはずです。

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チミ・ラモ43歳はカンゼ近郊セコ村の出身。
家は農家でした。
子供は二人まで許されています。
彼女は結婚し、二人子供を産んだ後、三人目を妊娠しました。

隠れて生むためにラサまで行きました。
しかし、村に帰るとすぐに見回りの風紀委員に見つかってしまいました。
罰金3000元を言い渡され、「今度次を産んだら殺すぞ!」と脅されたそうです。

4年後また妊娠してしまい、再びラサまで行って生み、帰って来ました。
再び見つかり、今度は5000元の罰金を払わされ、強制避妊手術を受けさせられることになったのです。
家は貧しく月に500元稼ぐこともできないほどでした。

強制避妊手術の怖さは村でも知れ渡った話。
手術後に病弱になった人、死亡した人の話もたくさん聞いていました。
近所の33歳の女性は手術後3か月して死にました。
その手術の痛さも女性たちの間で語られ、恐れられていました。

村には定期的に役人の車が来て、5人ずつ病院に連れて行きます。
自分の家に役人が来て嫌がる彼女を怒鳴り、殴りつけながら無理やり連れていきました。
廊下で同じように強制手術を受けなければいけない女性達が沢山待たされていた。
一人30分から一時間かかるが、その間中からうめき声や悲鳴が聞こえてくる。
みんなそのたびに身震いするのでした。

自分の番が来てドアの中に入った時には、目の前が真白になり、そのあとはよく覚えていない、しかし、手術に麻酔は全く使われず、その痛みは腹の中に火が着いたように痛かったことは良く覚えているそうです。

手術が終わっても自分では立ち上がれず、親戚の助けを借りて家まで帰った。
家に帰ってからも一か月近く塞ぎこみ、泣いて暮らしたそうです。
其のあと、体調も崩し、笑いが消えたといいます。

この後も子供を連れて亡命しようとして捕まり、スパイと言われ3年刑務所に入れられる、、、、
苦労話は続くのですが、
続きは明日にします。





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2008年09月19日

尼僧一人逮捕時に死亡、TCVの子供に話を聞く

2008年6月顔を隠すチベット人・写真野田雅也

本土からの情報は益々入りにくくなっています。
そんな中、18日付のphayul.comに載せられていた
<ある尼僧の死亡記事。>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22819&article=Tibetan+TV+Journalist+Arrested%2c+Nun+Dead

情報はチベット議会議員ゲシェ・モンラム。タルチェン師がVOT(チベットの声放送)に伝えたものだ。

7月8日カム、ダゴ(ダンゴ)、サムテンリン尼僧院の尼僧チェリンがまず法王のチベットへの帰還を願うパンフレットを配布し始めた。

ツェリンを支援するために数人の同尼僧院の尼僧が町の中心部に向かって行進を始めた。
しかし途中で中国の武装警官に取り囲まれリンチにあった。
そのうちグルと呼ばれる尼僧は頭を鉄の棍棒で強打された。
その上護送中の車から後ろ手に縛られたまま、蹴落とされた。
その時彼女は頭を強く打った。
病院に運ばれたが頭部挫傷のため死亡した。

中国当局は家族に対し、死因は「自殺」だと言ったが、家族の調べで頭部挫傷と判った。

さらに2人の尼僧、ツェリン・ツォ27歳と彼女の姉ウゲン・ラモ32歳が2年の刑を宣告された。

ーーー

さらに同じ記事の中で9月11日の深夜、ランジュンというセタ・テレビ局でニュースレポーター、キャスターを務めるチベット人がアムド、ゴロの自宅で逮捕されたことが伝えられている。
25歳の彼は有能でありすでに二冊の著書と抒情詩一冊を出版している。

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数日前、TCVに再び行った。
子供たちに話しを聞くために。
この日は4人に話を聞きました。

私が通訳したのをいつものようにT女史がまとめて下さいました。
本人のブログに行かれるともっと詳しい説明やら写真やらも見られます。
http://newborder.exblog.jp/

そのうちの一人:

TCVの子供ケルサン・パッサン13歳
ケルサン・パッサン(13)カム、ガンゼ出身

(いつ、どうやって亡命したの?)
2005年にダラムサラへ。10歳の4月にラサを出て、ナンパラを越え、一ヶ月と28日歩いた。
ラサまでは姉が送ってくれた。現在も22歳と18歳の姉は両親と一緒にガンゼにいる。
ダラムサラへは8月に辿り着いた。

(山越えはどうだった?)

ガイドはカムの男一人で、34人で歩いた。
シガツェからディンリまで歩かねばならなかったので、長くて非常にきつかった。
中国人の監視を抜けるため、夜の八時過ぎから朝まで歩き、午前中仮眠を取る日々だった。
食料はお金のある人は買うことができたが、お金のない人は乞食をしながらディンリまで行った。

(アクシデントはあった?)

川を渡っている途中、水かさが胸くらいにまでなり、二人の子供が流され僧侶によって救出された。

峠に近づいたある夜、中国軍駐屯地の近くで、その溺れた子供のお父さんが弱って歩けなくなっている所をサーチライトで照らされ、連れて行かれてしまった。
一番恐ろしい出来事だった。


(別れ際、両親は何と言っていた?)

「よく勉強しなさい。大きくなったら人のために役立つような人になりなさい。
他の仲間と仲良くするように。先生の言うことを良く聞きなさい。卒業してから、
もし帰れるのなら帰ってきなさい。」

母はとても悲しそうで泣いていたけれど、将来のためだという思いは父も母も一緒だった。

(インドへ亡命することは、いつ、どのように、両親から伝えられた?)

亡命する二か月前に伝えられた。
「ここにいたら勉強する機会もなく、中国化され、将来が心配だ。ダラムサラへ行けばチベット語も勉強できるし、将来チベットのためにもなる。上2人は女の子だから、一番体力のあるお前が行きなさい。」

(チベットにいた時は学校へ通っていたの?)

ガンゼの田舎の学校へ小学校5年まで通っていた。
生徒は133人で、家から一時間ほどの距離だった。
科目は数学と中国語のみ。
4歳から僧院にも通い、お経を中心にチベット語も少し習っていたが、学校ではチベット語を習うのは禁止されていた。
ただし、学校へ行かなければ一日100元の罰金が課されるんだ。
学校ではただ一人、亡命することとなった。

(はじめて亡命の話を聞いたときはどう思った?)

びっくりした。学校でただ一人だけだったので、友達と離れ離れになるのが辛かった。

(両親の仕事は?)

農家で、ヤクなどの家畜もいた。

(勉強する以外、ダラムサラへ亡命する理由はあったと思う?)

チベット独立のため、チベット語を勉強して将来チベットの子供たちに教えなければならないと父から言われていたし、自分でもそう思う。
小さい頃から、チベットは中国に侵略され、多くのものを破壊され盗まれたことは知っていたから。

(TCVを卒業したら何がしたい?)

チベット語で詩を書いたり歌を作りたい。
そして、いつかはチベットへ帰りたいと思う。






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2008年07月04日

尼僧院より300人の尼僧が追放される、他

762beb15.JPG会談は「また年末にでも会おう(ぜ)」ということで終わったらしい?

明日か、もしかして明後日ダラムサラで特使二人の記者会見が開かれるはずなので、正式結果はその時まで判りません。それにしても何でそんなに時間かかるのかな?

日本の各報道関係者がすでに続々(と言っても5〜6人かな?)到着されています。

東京で行われたフォーラムなかなか立派なものだったようですね。こちらでもRFAはじめPhayul.comでも詳しく伝えられています。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=21829&article=Save+Tibet+Asia+Pacific+Forum+Held+in+Tokyo%3a+Updated

関係された方々、ボランティアで寝る暇もなく働いた方々、ごくろうさまでした。
チベットの中までちゃんとニュースは届いていますよ。
チベット人は一般に中国の(逆)宣伝効果もあって日本人がチベット人を助けてくれてると思うことは特別嬉しいことなのです。
(近いうちにまた日本人が中国人をむちゃくちゃにしてくれる!?との連想、幻想のせいもあるかも)

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7月3日付委員会リリースより、
http://www.stoptibetcrisis.net/pr030708.html

300人の尼僧が追放される

6月27日、ドカム、テホルのダグ地区にあるサムテンリン尼僧院の尼僧300人以上が尼僧院から足蹴にされ、追い出された。
彼女たちは、6月8日、平和的デモを行い、逮捕された同僚のツェリン・ツォその他を解放させるためのデモを計画していたという嫌疑がかけられた。

6月8日のデモで逮捕された尼僧たちは大方解放された。しかしツェリン・ツォ、ウゲン・ラモ、グルの3名は依然拘置所の中だ。
拘置所を出された尼僧たちも尼僧院の中で19日間のダライラマ法王を非難させるための特別教育を強制的に受けさせられた。

このような執拗な愛国教育を通して法王を否定させようとしたにも関わらず、
一人の尼僧も当局の脅しに屈したものないなかったという。
この明らかな教育失敗の結果を見て、当局は6月27日午後4時ごろ一人の尼僧を除き全員の家族が呼ばれ、尼僧は一人一人名を呼ばれ外に蹴り出された。

ーーー

6月18日午前11時頃、カンゼの中国警察本部前にてブルシュ・ナンパ僧院の僧ガワン・プンツォック32歳は法王の写真を掲げ、パンフレットを配りながら以下のようなスローガンを叫んだ
中国が我々にダライラマ法王を非難するよう強要する、その時私たちの苦しみは心臓を刺されたよりも強い」
「中国当局は法王を誹謗、中傷することをやめよ!」
「チベットに人権を!」
「ダライラマ法王はチベットに招待されるべきだ!」
等々

しかし数分後には武装隊に取り囲まれ、鉄パイプや電気棒で殴られつれ去れれた。

ーーー

同じ日その一時間後にはパン・リナ・リンポチェ尼僧院の尼僧ヤンゾン31歳、プワン27歳、ラモ29歳の三人が平和的行進を行いながら、
「ダライラマをチベットに招待せよ!」
「チベットに人権を!」
「チベットはチベット人のものだ!」
「パン・リナ・リンポチェその他の政治犯を釈放せよ!」

を叫んだ。

しかし上記同様の暴力を受けた後連れ去られた。

ーーー

6月26日、テホル・カルゼ・ダカル尼僧院に突然100人ばかりの軍人が現れた
手にはそれぞれみんな銃やライフルを構えていた。

軍隊は尼僧院を包囲し、目的であるツェリン・ワンチュックの逮捕に乗り出した。
彼女はこの事態に少しも怯えることなく、

現れた軍人に向かって「逮捕しに来るのがえらく遅かったじゃない」
と言ったという。









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2008年06月10日

どちらがテロリスト?

d7fbb743.jpgもう一度6月8日、カンゼのダゴにおいて、一人で声を上げ、パンフレットを配った27歳の尼僧ツェリン・ツォモ・ラの写真を載せる。
この華奢な体のどこに死を覚悟する勇気があるのか。

それにしても、
こんなか弱い女性を寄ってたかって殴る、蹴る、鉄パイプで叩くとはもう人間のやることではないと思う。
軍隊や武装警官が履いている靴の先には鉄が入っている、それで男が思いきりこんな女性を蹴るとどうなるか?
それも寄ってたかって何度も!何度も!

きっと彼らは「デモをする奴は誰でもその場で殴り殺せ」という命令を受けてるに違いない。銃は使わなくともチベット人は殺せるというわけだ。
一体どちらがテロリストなのか!?


ここでふと思い出した話がある。
これは、ずいぶん前に本多勝一さんがカンボジアを取材したレポートを発表されたが、その中の話。

「ポルポトはどうしてこのような残忍な虐殺を実行することができたのか?人はこんなにも残忍になれるのか?人が人をそんなにも簡単に殺せるのであろうか?」
と疑問を呈したのち、
「彼らを最初から訓練したのは中国から送られて来た人民解放軍の将校たちだった。
まず、手はじめに毎日必ず小動物を殺すことを科す。ネズミとか鳥、ウサギ等がその対象となる。そしてつぎには猫から犬を殺すのに慣れさせる。
毎日動物を殺しているとそのうち動物を殺すことなど何とも思わなくなる、それどころかもっと殺したくなる。
そうしてついに人を殺させる。
何人も一緒に殺させる。このようにシステマティックに大量虐殺の何とも思わすに実行できる心が造られるのだ」

以上記憶(凡そ30年前)違いがあればお勘弁。

それにしても中国は昔から、そして今でも世界の恐怖政治の一番のパトロン、指導国家なのだ。

ーー

今日の朝ヨガの最中、隣で<犬のアーサナ(ポーズ)>に入ってたチベット人のT(彼も元政治犯)が急にマットの上に何か気になるものを発見したらしくポーズを崩し目をマットに近づけた。
そこには小さな小さな黒い虫がいた。
彼はそのままそこにいて貰うと、自分が踏みつぶしかねないと思い、どうにかその虫をどこか安全なところへ避難させようとしていたのだ。
下手をするとつぶしてしまうので彼は息をやさしく使いながら時間をかけてその虫を外に誘導した。
実にこれが本物のチベット人なのだ。
チベット人であるかどうかはまず小動物に対する態度ですぐわかる。
チベット人にとってすべての有情は母なのだ。
蚊を殺せば顔がチベット人でも本物のチベット人とはいえない。
だから蚊も殺さなくなればどんな外人だって日本人だってチベット人と言っていいだのだ。

何というこの違い!

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以下はフォト・ジャーナリストの竹内 正右さんが2001年4月に発表されたチベットに関する記事の一部です。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~asakyu/a_jouhou/n0104_44.html全文は相当長いのですが、様々な視点からチベット消滅を目す中国の実態を知らせてくれています。

ーー

九九年十二月、北京の秘密戦略会議で「チベット仏教も、チベット文化も根絶させ、チベットの名も消すべきだ。四川省に併合しろ」と言った人物の名がついに判明した。その名は西蔵自治区書記・陳奎元。内モンゴル党書記を歴任してきた人物だ。
 この言葉は個人の言葉というより、共産党の意図を代弁したものと言っていいだろう。この言葉が二十一世紀を迎えたチベットで、チベット人の頭上に大ナタが打ち降ろされ、チベット文化のジェノサイド、民族破壊(エスノサイド)が展開されているのである。西部大開発計画のための資金を日本を中心とした外資に求めている同じ共産党の要人の言動である。

 西部大開発計画に財政、インフラ投資をすることが何を意味するかは瀝然としている。チベットを消滅させ、中国共産党経営のコロニーを創るのに手を貸すことになるからだ。

 かつて関東軍が満州帝国を創った折、外国資本が手助けしたとは聞かない。後世、史家はチベットを消滅させた国、人物の責任を問うに違いない。そこに日本と日本人の名が在っていいのだろうか。答えは、否である。

 が今、あの文化大革命を礼讃報道した実績を持つ日本の一部新聞メディアの中に、あの時と同じような姿勢の報道が始まっているのに気づいたのは私だけではないだろう。


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カムのカンゼのダゴと表記していますが、旅行人ガイドブックなどでは<ダンゴ>となっています。ダゴがチベット語発音に一番近いと思います。
カンゼの東南東70キロのところにあります。

なお、先ほどTCHRDによって昨日の記事で、なぜ一人の僧侶が死亡したことを書かなかったのかと聞くと「確認がまだここには入ってないから」とのことでした。
委員会は確認したつもり、こちらはまだその段階でないと言うことです。

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地震のことについてはもちろん福島さんの以下のブログです。
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog
核の話が一杯載っています。

その中、核の話ではないが、
「東京大学地震研究所の纐纈 一起教授に西南交通大学のシンポジウムの席で教えてもらった。、、、、、、、、
青藏高原ののっているインドプレートと、ユーラシアプレートは地殻の厚さが違うなどで、揺れの伝わり方がずいぶん違い、ユーラシアプレート側は台北でもM2・7の揺れが観測されているのに対し、青藏高原側はあまりゆれが広がらず、被害も大きくない。」

を信じていいのかな?
信じたい気もする、、、




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2008年06月09日

カンゼの状況一気に緊迫、僧一人死亡

56fc4134.JPGカム、カンゼの緊張が一気に高まる

6月9日付の委員会リリースより、

http://www.stoptibetcrisis.net/pressrelease/2008/may/pressreleaseinTibetan090608.pdf
ただしかし、上記のサイトはチベット語です。
なぜか今日は英語にアクセスできません。
以下はRFAで先に放送されたものです。

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昨日6月8日朝9時、カンゼ地区にあるサムテンリン尼僧院の尼僧ツェリン・ツォモはダゴゾンにて一人「ダライラマ法王をチベットにお招きし、玉座にお座り頂こう、、、」等の文面をしたためた文章をみんなに配り始めた
直ちに軍隊に撲打の上逮捕された。
彼女が何かのスローガンを叫んでいたかどうかは不明。

さらに同日午後5時頃このことを知ったサムテンリンの尼僧全員が彼女を救うためにダゴゾンに向かった
しかし途中ゴゲタンにて軍と武装警官隊に行く手を阻まれ、逮捕された。
目撃者の話によれば、その逮捕の様は尋常ではなく、寄ってたかって激しく撲打され、あるものは刀で切りつけられ、重体となり病院に運ばれた者もいたという

この出来事を知ったチベット人たちは、中国のその残忍なやり方には堪忍袋の尾が切れたとして約500人〜600人が政府庁舎の前に集まり「連れ去られた尼僧たちを解放せよ!もしも彼女たちが解放されない場合には本当に大きなデモをやる」と夜遅く9時ごろまで叫び続けた。
結果その日数人の尼僧が解放されたという。

本日(6月9日)朝9時ごろ軍隊の暴力により重症となった数人の尼僧だけが家族の背に負われ外に出されたという。
その内の二人は肋骨が折れており、数人は口も聞けない状態だった。
もっとも酷い重体の数人はそのまま遠く成都の病院に運ばれたという


この尼僧院では、先の5月下旬尼僧院の近くで「チベットに独立」を求める文章が発見されたことがあった。

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逮捕時の暴行により僧侶一人が死亡>

先の6月6日には、同じダゴゾンで僧侶三人がチベット独立のスローガンを叫びながら行進した。
僧ツェワン・ダクパ、テュプテン・キャンツォ、ジャンセム・ニマがその場で逮捕された。
そのうちの一人が死亡したとのニュースは先に入っていたが、今日その一人とは僧ツェワン・ダクパと判明した。
彼は逮捕の時軍隊や警官から非常な暴力を受け、重体となり病院に運ばれたが、医者は始めより手遅れだと言ったという。そして今日彼は死亡した

今日この3人のデモの様子が詳しく伝えられて来た。それによると彼らは一度に3人でやらずに、一人がまず叫び、彼が捕まるのを見て次の一人、また同じように最後の一人というように連続してデモを行った。三人とも真白な服を着ていた。

僧侶たちが目を覆うばかりのリンチを受けるのを目の当たりにした周りのチベット人たちは心に深く傷を負ったという。












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2008年05月30日

再びカンゼ3人の尼僧デモ、マルカム爆破容疑で5人逮捕、ティングリでも

076e9178.JPGまず昨日も28日の出来事としてお伝えしたカンゼの女性一人デモの、そのつい一時間前にも尼僧3人によるデモがあったという。
例の女性は21歳だったのです。

以下TCHRDより、Y女史訳
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080529.html
TCHRD 2008年5月29日 リリース

中国当局、カンゼでの平和的抗議行動に発砲

TCHRD(チベット人権民主化センター)はここ2、3週間、特にカンゼ郡各地の尼僧院からの多くの尼僧達による抗議活動について、文書でお伝えしてきた。

TCHRDに寄せられた信頼できる情報筋からの最新報告では、ドカル尼僧院の尼僧三
名と女生徒一名
が平和的抗議活動を行った容疑で、昨日カンゼ郡公安省により逮
捕された。

三名の尼僧の氏名は次の通り。
サンギェ・ラモ尼 (26歳、カンゼ郡セルチュテン街区ドゥンガ村のキャキャ
テンツァン家出身)
ツェワン・カンド尼 (38歳、カンゼ郡セルチュテン街区ドゥンガ村出身)
イェシェ・ランドン尼 (24歳、カンゼ郡ツォジ村出身)

三名の現在の状況は現時点では不明。

この三名によるデモのおよそ一時間後、一人の女性によるデモが行われた。この
女性は、カンゼ郡ティンカ街区ラケイ村タポツェン家出身のリンチェン・ラモ、21
。郡中央役所で、禁じられたチベット国旗を振り回しながら、尼僧達と同じよ
うなスローガンを叫んだ。

その場に居合わせた証人によると、郡の治安部隊が発砲。リンチェン・ラモが撃
たれたか負傷したかについて、はっきりとした情報はない。しかしながら、彼女
の短い抗議の後、保安省職員が郡中央役所の前でリンチェンを拘束したことは確
認されている

別の証言によると、リンチェン・ラモは顔や体から流血していたが、それが治安部隊
による激しい殴打によるものか、あるいは発砲によるものかについては、確認で
きなかったという。リンチェンの現在の居所については不明。怪我を負っている
ことは確認されており、彼女は早急に医療措置を施される必要がある。

カンゼ郡では当局が政治的抗議者への弾圧をさらに強めようと治安部隊の配置を
増やしており、現在の状況はきわめて緊迫していることがわかっている。


TCHRDは、平和的なデモを行っているチベット人に残虐な武力弾圧を加えている中
国治安部隊に対して、最大限の抗議の意を表明する。TCHRDはまた、中国政府に対
して、世界人権宣言に謳われている基本的人権を行使したことにより逮捕・拘束
されているすべてのチベット人を釈放するよう、強く求める。この基本的人権は
中国憲法のみならず中国自身が署名・調印している多くの国際条約において、保
障されているものである。

(以上)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さらに、カム、マルカムでは4月初めの大規模なデモの最中に4つの小さな爆発があったというが、その事件の嫌疑で多数の逮捕者がでているという。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=21429&article=Tibetan+Monks+Linked+to+Blasts


このデモと爆発は4月6,7日に起こった。
しかし爆発は小規模でありけが人も出ていないという。
これに関連して
5月14日、マルカムのウーセル僧院から5人の僧侶
Tenphel, 19; Riyang, 21; Choegyal, 23; Lobsang, 19; and Tenzin Tsampa, 19.
ケンルン僧院から11人の僧侶
Lobdra, 15; Namgyal, 18; Butruk, 13; Jamyang Lodroe, 15; Tsepak Namgyal, 15; Kalsang Tashi, 17; Jamdrub, 21; Wangchuk, 22; Penpa Gyaltsen, 26; Pasang Tashi, 30; and Lhamo Tsang.
二人の俗人が逮捕された。
Dargye Garwatsang, 19, and Konchog Tenzin, 21.

さらに5月24日にはガンサル僧院の僧侶5人も逮捕された
Gonpo, 20; Choedrub, 25; Palden, 30; Ngawang Phuntsok, 17; and Kunga, 20.

この地域にも5月に入り<愛国再教育キャンペーン>が強化されているという。
これらの逮捕も愛国教育に絡んだものとの情報もあり、爆発との関連は定かではない。

ま、爆発自体も果たしてチベット人がやったのかは怪しいところと思う。


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さらにもう一つ、
http://www.stoptibetcrisis.net/pr290508.html

29日付の委員会リリースによれば、

あのチョモランマのチベット側ベースに程近く、ラサ〜カトマンドゥルート上にあることで、日本人の旅行者の間でもチョモランマを写真に撮ったり、昼食取ったりの場所として、有名な<ティングリ>からも逮捕者が出ました。

<愛国教育>中法王を誹謗中傷することを拒んだとして、ティングリ シェルカー僧院の僧侶12人が逮捕されたという。
内4人は現在ティングリ拘置所に収監されているが、残りの8人はすでにシガツェに移送されたという。












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2008年05月27日

続くカンゼ尼僧たちの決死の抗議

429a844b.JPG以下26日付TCHRD発表分、(1)、(2)をY女史が翻訳して下さいました。
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080526.html
TCHRD 2008年5月26日リリース (1)

<中国、平和的抗議を行ったダルゲ・ハルデュ僧院の尼僧二名を逮捕、拷問

TCHRD(チベット人権民主化センター)に寄せられたチベット内の信頼できる情報
筋によると、中国治安部隊は2008年5月23日、ダルガイ・ハルデュ尼僧院の尼僧二
名をカンゼ郡役所前で平和的抗議行動を行った容疑で逮捕した。

このところ、特にカンゼ郡では様々な尼僧院からの尼僧達による平和的抗議活動が多数発生しており、同地域では尼僧の逮捕・拘束が続き、きわめて緊迫した状況となっている。

2008年5月23日には、ダルゲ・ハルデュ尼僧院の二名、
ジャンパ・ラモ尼僧 (30歳、カンゼ郡サドゥル村出身)
リンジン・ワンドン尼僧 (23歳、カンゼ郡ラリニャン村出身)

がカンゼ郡政府役所で平和的な抗議行動を行い、スローガンを叫んだ。

「ダライ・ラマ法王のチベットへの早急なご帰還を!」
「ダライ・ラマ法王にご長寿を!」
「チベットに自由を!」
「政治囚の即時釈放を!」

二人の尼僧が郡中央役所前でさらに平和的抗議を続けようとする前に、カンゼ郡
保安省の役人グループが彼女達を拘束した。
情報筋によると、二人はその場で保安省員によって激しく殴られ乱暴に扱われてから、カンゼ郡保安省拘束所へさらなる尋問のために連行されていった。
逮捕された二名の現状は不明。TCHRDは状況を見守り、この件についてさらなる情報がわかり次第、お伝えする。

以前より、カンゼ郡では、特に方々の尼僧院の尼僧達による同様な平和的抗議が多数伝えられている。
テホル・ニャゲ尼僧院、ダカル尼僧院、ガンデン・チュリン尼僧院、ゲセ尼僧院、パンリ・ナ尼僧院などである。

TCHRDは逮捕された尼僧達の今後に深い懸念を表明する。国際社会に対して中国政
府に圧力をかけ、彼女達やその他の収監・拘束されている人々が中国国内法およ
び国際人権法に基づいて即時に釈放されるよう、促すものである。
TCHRDはさらに、逮捕された尼僧達の基本的な人権を尊重するよう、中国政府に強
く要請する。尼僧達が拷問・虐待を受けることがあってはならない。囚人や拘束
者に対する拷問や虐待は、チベット域内にある国政府管理下の刑務所や拘束所に
おける特徴だからである。

(以上)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080526a.html
TCHRD 2008年5月26日リリース (2)

中国、カンゼ郡で抗議を行った尼僧4名を逮捕

TCHRD(チベット人権民主化センター)に寄せられた信頼できる情報によると、中
国当局はカンゼ郡で抗議活動を行ったチベット人尼僧4名を逮捕した。

2008年5月22日午後6時頃(北京標準時)、カンゼ郡テホルにあるニィモ・ゲセ尼僧院の4人の尼僧が、郡中央役所前で平和的抗議行動を行った。彼女達は、昨今
の平和的な抗議を行ったチベット人に対する弾圧や、チベット人が刑務所に
不法に拘束され続けていることに対して、抗議の声を上げた。

4名の尼僧達は郡中央役所に着いた後、中国当局に対してこぶしを上げて抗議した。
抗議の後まもなく、地域の保安省役人が現場に急行し、4名の尼僧を即座に逮捕した。
拘束された尼僧達はその後、中国治安警察による厳しい殴打と拷問に晒される可能性が高い。

尼僧達は郡中央役所の中や周りで、チベットの独立を求めるたくさんのパンフレ
ットを配り、スローガンを叫んだ。
「ダライ・ラマ法王のご長寿を!」
「ダライ・ラマ法王のチベットへのご帰還を!」
「チベットに独立を!」
「すべての政治囚を釈放せよ!」

拘束された尼僧達は次の4名である。
ブモ・テンガ (カンゼ郡ルナン村出身)
リンチェン・ジャマツァン (カンゼ郡ロパ地区出身)
ジャンガ・ドルマ (カンゼ郡ロパ地区出身)
ペマ (カンゼ郡ロパ地区出身)

このところ、カンゼ郡ではチベット人僧侶、尼僧、一般のチベット人達による平
和的抗議活動が多発している。
中国当局によるチベットの宗教施設に対する悪評高い弾圧、優れた宗教指導者達の拘束、「愛国教育」の実施、移動の制限等に対し抗議を行っているのだ。

逮捕された尼僧達の居所や状態について、情報は不明である。
TCHRDは、基本的人権の侵害が常態化しており、チベットの宗教施設への極度な制約が強められていることを深く憂慮する。
TCHRDは、国際社会と国連の主要機関に対し、チベットの人々の基本的な人権が守られるよう尽力を求めるものである。





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2008年05月21日

カム、カルゼの戦いは休みなく続く。尼僧に続き若者達も立ち上がる。

2177cd78.JPGチベット連帯委員会
2008年5月20日 リリース


http://www.stoptibetcrisis.net/pr200508.html

カルゼでは今、毎日チベット人たちの必死の抵抗を示す叫び声が上げられ続けられています。
私は、この状況はカルゼに限らず、チベット全土で程度の差こそあれ、起こっている状況だと思います。

以下Y女史に翻訳して頂きました。

5月19日二名のチベット人
ミキャ・ドルジェ・ギャルツェンと
タシ・ワンギェル
がカルゼ(カンゼ)の通りを歩きながら、スローガンを叫び始めた。
彼らは<ダライ・ラマ法王にご長寿を!
チベットへのご帰還を!
チベットに自由を!
チベット問題の早期解決を!
逮捕されたチベット人達の即時釈放を!>と叫んだ。
二人はその場でただちに逮捕された。

信頼できる情報筋によると、その前日の5月18日、カルゼ寺院の僧侶5名が現地時刻午前10時頃、平和的な抗議行動を行った。

大規模な武装部隊が配備され、人々(特に僧侶と尼僧)の活動には厳戒な規制が
敷かれているにも関わらず、5名の僧侶がかろうじてカンゼの街に入り、スローガ
ンを叫びながらチベットの独立を求めるビラを配り始めた

5名の僧侶、
ジャンパ・ドルジェ(21歳)、
パルデン・ティンレー(20歳)、
ゴンカル・ティンレー(17歳)、
ジャミヤン・ツェリン(18歳)、
ツェワン(20歳)は、
まもなく治安部隊に取り囲まれ、容赦なく打ち据えられた後、逮捕されてどこか
へ連れ去られた。


5月17日には、チベット人の若者達がカルゼの街中で平和的に抗議を行い、中国治安部隊に逮捕されたと伝えられている。
抗議行動の後に逮捕された7名の若者は、
1)ツプテン、
2) ルンルン・ソナム、
3) イェシ・ジグメ、
4) チョペル、
5) ペマ・ヤンチェン、
6)チョグナ、そして、
7)ゲチュン村出身の少女一名。
全員が18歳未満である

また5月18日には、パン・リナ尼僧院の職員である
カンド・チェツォ尼(35歳)
が突然逮捕された。

その直前の同日朝には、以前のリリースでお伝えしたように、パン・リナ尼僧院の管長でありカルゼで広く尊敬を集めている仏教指導者、トゥルク(活仏)・ブ
ルブ・ツェリンが逮捕されている。

トゥルク・ブルブ・ツェリンが逮捕されてまもなく、トゥルクが建設して運営し
ていた養老院で暮らしていた人々が屋外に集まり、恩人の釈放を求めた。
だが治安部隊によって無理やり部屋まで追い返され、解散させられた。
それ以来、この養老院は封鎖されてしまっている



同様に、カルゼのヤ・ツェ尼僧院は軍隊の厳格な監視下に置かれており、中国武
装警察が厳重に周囲を取り囲んでいる。
若い尼僧達は、強制的に自宅へ帰された。
この尼僧院は、まさに一触即発の状態に置かれている


カンゼでは一連の反政府抗議活動が激しさを増しながら続いているなかで、武装
警察の配置がさらに強化される兆しが現れている。
それによって、この地域における規制と抑圧はさらに厳格なものになることが予想される。

現在も続いているチベット域内における危機的な状況に鑑み、我々は国連および
国際社会・国際機関に対して、以下の点を至急要請する:

1. チベット域内に、独立した国際事実調査使節団を大至急派遣すること
2. 中華人民共和国政府に対して、自由な報道機関がチベット全域に無制限にアクセス できる許可を出すよう、圧力をかけること
3. 中華人民共和国政府に、チベット全域における残虐な殺戮をやめるよう、圧力をか  けること
4. 逮捕・投獄されているすべてのチベット人を即刻釈放すること
5. 怪我をしたチベット人達に大至急、医療を施すこと
6. 人々の自由な移動を許可し、生活必需品が手に入るようにすること

チベット連帯委員会

(以上)


逮捕された一人一人の今の非情な境遇を思う。



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2008年05月19日

カム、カルゼ、尼僧たちの捨て身の抵抗は続く

a5ef71e1.JPG左の地図はカンゼの市街地。
川に掛かる橋を左手から右手にかけて尼僧たちが決死の行進を行い、その途中で左手から来る武装警察に尼僧たちは無残な暴行の末逮捕される。


カム、カルゼカンゼ)では武装した中国部隊と僧衣一つのチベット人たちの戦いが激化している。

特にこのところ尼僧たちが立ち上がることが続いている。
尼僧が逮捕されると、そのあとの拷問は特別に非人間的なものになることがこれまでの証例からして多い。

以下17日付TCHRD伝をY女史に翻訳して頂きました。

h ttp://www.tchrd.org/press/2008/pr20080517a.htmlTCHRD 緊急リリース
2008年5月17日(一部)



 中国当局による「愛国再教育」運動は、チベットの人々の間に大きな不安と憤りを掻き立ててきた。
なぜなら、それはダライ・ラマ法王を非難して公式文書に署名する僧侶や尼僧だけが
寺院に残ることができ、当局の命令に従わなかった場合は寺院から追放され、あ
るいは投獄される、というものだからだ。


TCHRDは、最近カム、カルゼ郡で行われている「愛国再教育」運動とその結果について散発的に情報を入手してきた。

そのうちの一つが、ドカル尼僧院の12名の尼僧達がカルゼで中国当局に対する抗議のかどで逮捕された、というもの。

2008年5月11日、まずドカル尼僧院の尼僧二名が四川省カム、カルゼで
中国当局への抗議を示した後、逮捕された。
尼僧の名はソナム・ラモと
トゥプテン・ドルマ。
「宗教の自由」を叫び、「愛国再教育」やダライ・ラマ法王への非難を強要され
ることに対して憤りを表明したところ、中国治安部隊により逮捕拘束された。

翌5月12日の午後(地震が起きた時間のはずだ)、カルゼにて尼僧のグループが中国当局に対して抗議を行った。
抗議の最中、ドラカル寺院の尼僧10名が治安部隊によって逮捕された

逮捕された尼僧達の名前は以下の通り:

1. Tashi Gha
  タシ・ガ
2. Thinely
  ティンレー
3. Sonam Yangzom
  ソナム・ヤンゾム
4. Tamdin Choekyi
  タムディン・チュキ
5. Yangkyi
  ヤンキ
6. Lhamo Choekyi
  ラモ・チュキ
7. Jampa Lhamo
  ジャンパ・ラモ
8. Dickyi
  デェキ
9. Nyima
  ニマ
10. Bhuti
  ブティ

5月14日、カルゼ郡ガンデン・チュリンの尼僧達が、中国当局に対して抗議活動を行った。
(訳注・TCHRD5月15日リリース参照・「チベットNOW@ルンタ」5月16日に掲載)

この抗議活動は午前9時(北京標準時)、カルゼ・ガンデン・チュリン尼僧院の数
名の尼僧らがカルゼで行ったものだ。

尼僧達は抗議を行い、橋の反対側にあるカルゼ郡役所に向かって行進した。
彼女達がカルゼ橋を渡ろうとした時、約300名の公安省(PSB)と人民武装警察(PAP
)がやってきて、抗議の声をあげている尼僧グループが橋を渡って郡役所へと向かうのを阻止した。

もみ合いの最中、尼僧3名が治安部隊の包囲網を破って郡役所に到達し、抗議活動を行いスローガンを叫んだ。だが数分以内に彼女達は逮捕され、治安部隊によって
激しく殴打されたという。
逮捕されたのは、ドルジェ・カンド、タクドン、ペマ・ラモの3名である。

一方、橋の周辺で中国治安部隊に阻止された尼僧達の行方や状態については今のところ情報が得られていない。

TCHRDは、逮捕された尼僧達の今後について深い憂慮を示すものである。
中国の拘置所では拷問が加えられるのが通例だ。TCHRDは中国政府に対して、
逮捕された尼僧達に基本的な人権を保障するよう要請する。彼女達に、決して
拷問や虐待が加えられてはならない。TCHRDは中国指導部に、拘束した尼僧達の
即刻釈放を強く求める。


以上





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2008年05月16日

尼僧たちの勇気、中国チベット暴動プロパガンダ映画作製

13abdf28.JPGチベット 瓦礫の下からの叫びも尽き果てるか。
BBCでもチベットの言葉をまだ聞かない。
チベットには今数万の軍隊がいるはずだ。
彼らにチベット人救助の命令が果たして出された、出されるだろうか?

写真は昨夜の地震とビルマの犠牲者を悔み、今も取り残されている人々が速やかに救助されますようにと祈る集会の後。

確かなのはアバのキルティーゴンパあたりは大丈夫とのこと、現地のキルティーゴンパがギャロンと連絡取ろうとしているがまだ連絡できないとのこと。

カムのカルゼでは地震にもめげすデモが続けられていると連絡が入っている。
ということはカルゼあたりは大丈夫だったということかもしれない?
震源地から直線で200キロほどの距離にカルゼはあるが、、、

カルゼ(カンゼ)地区には大きな僧院、尼僧院が多い。
カム抗議運動の中心地ともいえよう。

以下日本にいらっしゃるY女史に翻訳して頂きました。

チベット連帯委員会
緊急リリース 2008年5月15日

http://www.stoptibetcrisis.net/pr150508.html


確認された報告によると、昨日(2008年5月14日)の現地時刻午後5時頃、
カルゼ郡スンゴ区にあるパン・リナ・タシ・ゲペル・リン尼僧院の約60名の尼僧達が、カルゼ市庁舎の前で、厳しい警備体制が敷かれているにも関わらず、抗議集会を行った。
尼僧達はチベットに自由を!」「ダライ・ラマ法王が帰還されますように!」と叫び続けた。治安部隊が52名の尼僧を逮捕した。
尼僧達に激しい暴力が加えられたことは、その場所に残されたむごたらしい
血みどろの痕跡から明らかだ。


今回の抗議行動は、中国当局がパン・リナ・タシ・ゲペル・リン尼僧院で「愛国教育」運動を無理強いした結果である。
尼僧達はダライ・ラマ法王を非難するよう強制され、昨今のチベットにおける騒乱は法王の指示によるものであると主張する声明文に署名するよう、無理強いされていた。尼僧達がこの声明文書への署名を明らかに拒んだため、怒った当局は愛国運動をさらに強化したが、その結果が今回の尼僧達による抗議行動へとつながった。


似たような抗議行動が、同日午後4時頃、同じくカルゼ郡にあるガンデン・チュリン尼僧院の尼僧達のグループによって行われている。
1) イェシェ・チゥツォ、
2) ギャルガ・ラモ、
3) デヤン、
4) チゥツォ の四名が、治安部隊によりその場で逮捕された。

本日5月15日、カルゼ郡には大規模な機動部隊が新しく配備され、緊迫感が漂っている。
地元住民の移動は厳しく制限されている。店舗やその他の施設はすべて閉じられている。
カルゼ郡では2008年4月11−14日にかけて抗議行動が続発している
チベット連帯委員会は以前のリリースでこのことをお伝えしてきた。


もう一つの懸念すべき事態の進捗は、中国政府当局が撮影していると伝えられている
ドキュメンタリー」についてである。
その映像では、チベット人による抗議活動を鎮圧している中国治安部隊に対して、チベットの僧侶や尼僧達があたかも暴力的な手段で抵抗しているかのように映し出されている
その映像の撮影は、カルゼ寺院付近の古い飛行場で数日前から行われており、主に治安隊員や軍人のみによって演じられている。
中国政府はこの「やらせのドキュメンタリー」によって、当局や治安部隊はチベット側の暴力的な攻撃に対抗するためやむなく武力を使っているかのごとく、国際社会に訴えようとしていることが疑われている。


現在も続いているチベット域内における危機的な状況を鑑み、私達は国連および
国際社会・国際機関に対して、次の点を大至急要請する。


1. チベット域内に、独立した国際事実調査使節団を大至急派遣すること
2. 中華人民共和国政府に対して、自由な報道機関がチベット全域に無制限にアクセス  できる許可を出すよう、圧力をかけること
3. 中華人民共和国政府に、チベット全域における残虐な殺戮をやめるよう、圧力をか  けること
4. 逮捕・投獄されているすべてのチベット人を即刻釈放すること
5. 怪我をしたチベット人達に大至急、医療を施すこと
6. 人々に自由な移動を許可し、日常必需品が手に入るようにすること

以上チベット連帯委員会










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