政治犯

2010年04月03日

9人のチベッタン・ヒーロー解放運動

今、日本にはテンパ・ツェリンさん、ジェツン・ペマさんご夫妻が訪問中ですね。

2日のテンパさんと石濱先生の講演、3日のジェツン・ペマ女史の講演に参加された方も多いことでしょう。

テンパ・ツェリン氏とジェツン・ペマ女史ほど、この亡命社会を外に紹介するに適した夫婦はいないでしょう。
仲がいいし。
二人はその抜群の教養、経験、実績、人柄により、この亡命チベット人社会からだけでなく、世界からも格別の尊敬を得ているのです。

で、お二人をあれほどの人格に育て上げたのは、法王とチベット人の悲惨な状況です。

ですから、会に参加された人も、そうでない人もチベットの過酷な監獄に今も繋がれている良心の囚人たちを解放する運動にご協力ください。

実際今までに署名運動が実を結び、少なくとも5人のチベットの政治犯が解放されているのです。
無駄なことではないのです。
減刑されたものは10人以上です。

http://www.savetibet.org/action-center/political-prisoners-ict-successes

現在行なわれているテンジン・デレック・リンポチェ解放要求書への署名は以下のサイトより
http://www.freetibetanheroes.org/home.php/profiles/tenzin-delek-rinpoche/petition
日本語版
http://freetibet.holy.jp/2010/01/
参考
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51377516.html


現在どれほどのチベット人政治犯が獄に繋がれているのかは不明だ。
その中からITSNは解放の望みがあると思われる9人の勇者を選び、一年半に渡り彼らの解放を目指したキャンペーンを行なう。
http://www.tibetnetwork.org/politicalprisoners
現在はテンジン・デレック・リンポチェを中心に行なわれている。

以下、この9人を簡単に紹介する。

ドゥンドゥップドゥンドゥップ・ワンチェン 刑期6年
2008年、チベットでオリンピック、ダライ・ラマ、中国政府の政策について一般のチベット人にフィルム・インタビューを行なったとして6年の懲役刑を受ける。
中国政府は未だ公式にドゥンドゥップ・ワンチェンへの求刑について発表していないが、亡命政府とRFAは2009年12月28日に判決が言い渡されたことを確認している。
親戚によればドゥンドゥップ・ワンチェンは上告を行ったという。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-dhondupwangchen

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51289976.html


テンジンテンジン・デレック・リンポチェ 無期懲役
1950年生まれ。
リンポチェは地域のチベット人遊牧民の福祉、医療、教育、宗教施設を整えるために身を粉にして働いた。
篤い尊敬を集める宗教指導者だ。
彼のチベット人社会を勇気づける努力は、地域のチベット人たちに広く認められるようになった。
一方、この人気の故に、中国政府は彼の監視を強めていた。
彼は2002年、成都の爆発事件に関わったとして死刑を言い渡された。
その後、死刑から無期懲役に減刑された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-tenzindelek

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51316419.html

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51377516.html


ペルジョル・ノルブパルジョル・ノルブ 81歳 刑期7年
彼は長年、木版刷りの経典(ペチャ)作りに携わり、その分野の第一人者であった。
2008年10月、チベットの国旗など、禁止されているものを印刷したとして逮捕された。
このままだと獄中で死を迎える可能性が高い。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-paljornorbu

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51137594.html





ロンゲロンゲ・アダ 刑期8年
2007年8月1日、遊牧民である彼はカム、リタンで行なわれた競馬祭のおり、数千人のチベット人を前に「ダライ・ラマ法王がチベットにお帰りにならない限り、宗教の自由はなく、我々に幸せはやって来ない」と演説し、聴衆の喝さいを浴びた。
彼は直ちにその場で逮捕された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-ronggyeadak




ノルジンノルジン・ワンモ 30歳 刑期5年
彼女は教育のあるチベット人女性としてアバ、トチュ(黒水)の司法事務所で働いていた。彼女は作家でもある。
2008年、外国にネットと電話でチベット内部の状況を知らせたとして5年の懲役刑を言い渡された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-norzinwangmo

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51137594.html



ゴンポゴンポ・ツェリン 32歳 刑期3年
彼はチベットでは有名な登山ガイドだった。
2009年、外国に2008年3月のラサ蜂起についての情報を流したとして刑期3年を受ける。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-gonpotsering








ロプサンロプサン・テンジン 刑期20年
ラサ大学の学生であった彼は1988年3月5日のラサ平和デモに参加した。
その後、警官殺害の罪を着せられ、他の5人と共に裁かれた。
最初死刑、後に終身刑、最後的に20年の刑とされた。
2013年まで刑期は続く。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-lobsangtenzin

http://herotest.soundsoftibet.com/profiles/lobsang-tenzin


バンリ・リンポチェバンリ・リンポチェ 52歳  刑期18年
リンポチェはラサで孤児院を運営していた。
逮捕された1999年には60人ほどの孤児がいた。
孤児院増築の現場で働いていたタシ・ツェリンという一人のチベット人が1999年8月、腹に爆弾を巻き、ポタラ宮殿前広場にある中国国旗を降ろし、チベット国旗を掲揚しようとした。
チベットの国旗を揚げることに失敗し、爆弾に火をつけようとしたがこれにも失敗したという。
タシ・ツェリンは逮捕されたのち拘置所で間もなく死亡した。
この事件の後、リンポチェの孤児院から多くの逮捕者がでた。
彼は「国家分裂を企てた」として最初無期懲役、後19年から最終的に18年の刑とされた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51019116.html

http://www.tibetnetwork.org/campaign-bangririnpoche

サンゲ・ラモサンゲ・ラモ 26歳 刑期2年
彼女は2008年5月カム、カンゼ市内で他2人の尼僧と共にパンフレットを配りながら、「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットに自由を!」と叫びを上げた。
直ちにその場で武装警官隊に袋叩きにされ、逮捕された。
http://www.freetibetanheroes.org/home.php/profiles/sangye-lhamo



















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2009年10月25日

処刑されたロプサン・ギェルツェンは処刑の前日母親と面会していた

今日のRFAで、4人の処刑に関し、チベットからの電話を直接紹介していました。

女性の声でしたが、電話は途切れがちで、はっきりとは聞き取れません。

その女性が伝えるには
「処刑の一日前に家族が刑務所に呼ばれた。私が知っているのはロプサン・ゲルツェン(彼女はロプサン・チュペルと言った)の母親が会いに行った時のことだ。
ガラス越しにロプサン・ギェルツェンは母親に

<子供のことをよろしく頼む。
とにかくちゃんとした教育を受けさせてほしい。
自分のことはもうあきらめてくれ。
自分のことは心配しないでいい。
大丈夫だ>


と話たという」

彼には4歳になる子供がいる(いた)。
同じく処刑された他の3人の身寄りも面会したと思われるが、これ以上の情報は今のところ入っていない。

処刑は後ろ手に縛られ、後頭部を撃つという銃殺であったという。

そのほかラサの近況を知らせる電話もあった。

「ラサでは特に若者を中心に今回の処刑を知って、憎しみや怒りの気持ちが昂じている。今回銃殺されたものはみな若者ばかりだ。
若者をこれで怖がらせようとしているのだ。
多くの若者から

<もうじっとしていられない。
去年のようにまた命をかけて立ち上がるか、
或いは勉強するしかない>


という言葉を聞いた。
とにかく、ラサには今軍隊が沢山路上に出ておりチベット人を恐怖で抑えようとしている」という。

依然、4人目の氏名は不明。






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2009年09月14日

ITSN政治囚キャンペーン/再びラモ・ツォにインタビュー

以下、ITSNの「政治犯キャンペーン」についてのお知らせです。
えり様が翻訳して下さったものです。

今回のキャンペーンの中心になっているドントゥップ・ワンチェン氏の奥さまに今日もあって話を聞きました。
ラモ・ツォ下の方でそれを紹介します。写真はそのラモ・ツォさん。
朝のパン売りを終わって部屋に帰るところ。
三枚目はチュバに着替えて「9−10−3の会」の事務所に行くところ。

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文責;若松えり
鎌田様;TSNJ
久保様;WLFT

政治囚キャンペーン参考資料と最新情報

ITSNメンバーの皆様

9月8日付けでお送りしました政治囚キャンペーン(取り合えず省略・中原)について、追加情報 と提案されている、世界同時トゥンドゥプ・ワンチェンアクションの日についての詳細と資料の一部が用意できましたのでお知らせします。

1;キャンペーンの概要
政治囚キャンペーンについて9月8日のメッセージで、お知らせしまし
たように今後9ヶ月に渡り9人のチベット人政治囚の認識度を高め、釈
放に向けて働きかけるとともに、中国の弾圧下にあっても揺るぐことの
ないチベットの抵抗の力に焦点を当てることが目的です。

その目的を達成するために、より多くの団体に参加していただき
最大の効果を発揮しチベット人政治囚の釈放を成功に導きたいと考えま
す。

チベット団体の大小に関わらず、以下のアクションの中から可能な限り
のアクションに参加していただくことで、各団体がこのキャンペーンを
成功に導くための重要な意味を持つと思いますので、なにとぞよろしく
お願いします。

2;開始と広報
前回にも告知したように、現在、このアクションのHPを作成中で
す。
HPには団体からのビデオメッセージがポストでき、ブログ、写真ギャラ
リー、緊急メールアクションのページと、政治囚プロフィール等を含み
ます。

HPのリンクはこちら;www.FreeTibetanHeroes.orgで、9月14
日(月曜日)にオンライン予定ですが、準備が整いましたら再度告知
メールを送りますので、支援者への広報や、緊急メールアクション、コ
メントポストや情報等にご活用ください。

3;資料
キャンペーン ワーキング グループ(以下CWGと記
載)はこのキャンペーン用に支援団体が活用できる資料を作成しました。
http://www.tibetnetwork.org/resources-dhondupwangchen
(ITSNのHP内のResoucesセクション)には、以下の
ような資料が即時、お使い頂けるように、用意されていますのでご活用
ください。

-トゥンドゥプ・ワンチェンアクション絵はがきPDF
2種類あるうちの、(印刷用)と明記された方は各自が印刷後、切り抜
き線を使って切り取って葉書として使えるようになっており、
もう一方は(ウェブ用)と明記されており、そのままウェブサイトにコ
ピーできるようになっています。

-チベッタンヒーロー;チベット人政治囚のリスト

- トゥンドゥプ・ワンチェンの写真各種

以下は近日中に用意できる予定です。

- 世界同時アクション用プラカード テンプレ
(詳しくは以下を参照ください)

4;トゥンドゥプ・ワンチェン世界同時アクション- 2009年9月
23日
もうすでに皆様もご存知のように、2009年9月23日ニューヨーク
で行われる国連総会の席で胡錦濤(フー・チンタオ)が演説予定であ
り、CWGではトゥンドゥプ・ワンチェンの件に焦点を当てるた
め、中国大使館前で抗議行動を世界同時行動として提案しており、胡錦
濤(フー・チンタオ)の演説予定に際して圧力をかける予定です。この
アクションはすでにNYで実行に移される予定で動き出しています。

CWGとITSNメンバー支援団体との協議の結果、ITSNでは9
月23日を
トゥンドゥプ・ワンチェン世界同時アクションの日とし、この日を世界
同時行動を起こす日として活用されることをおすすめします)

各団体では、この日に合わせて抗議ラリーやキャンドルのイヴェントを
各自の地区の重要スポット、例えば中国大使館や総領事前等で、用意さ
れることをお勧めします。

トゥンドゥプ・ワンチェンアクション用の絵はがきは胡錦濤(フー・チ
ンタオ)に宛て書かれており、世界同時アクションに向けて、またはそ
の当日のイベント等でもお使いいただけます。

5;追加資料;
ITSNでは現在、キャンペーンに使用できる追加資料を作成中です。
トゥンドゥプ・ワンチェン世界同時アクションの日に焦点をおい参考資
料を9月21日(月曜日)以前にお届けする予定です。
- トゥンドゥプ・ワンチェン世界同時アクションの日の開始メッセージ
- プレス用参考資料

この政治囚キャンペーンとその関連資料についての、ご質問は
campaigns@tibetnetwork.org.まで、お気軽にお寄せください。

よろしくおねがいします。

Mandie McKeown と Paul Golding
ITSN Campaigns Coordinators ITSN キャンペーンコーディネーター
campaigns@tibetnetwork.org
http://www.tibetnetwork.org
以下英語原文省略

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ラモ・ツォ<ラモ・ツォさんの話>

ドンドゥップ(トゥンドゥップ)・ワンチェン氏の奥さんラモ・ツォさんが子供と、旦那さんの両親と一緒にダラムサラに3年前から住んでいらっしゃることなどはこの前ブログでお知らせしました。

今日は実は一人の日本の方が前の日から彼女の部屋に泊まり込み、彼女の一日をすべてビデオに撮られました。
私は途中で少しだけ部屋で話を聞かせて頂いただけです。

彼女の部屋で、その子?に「朝はどうだった?」と聞くと、
「朝は2時起きでしたね」
「へえ、1時じゃなかったんだ。少し良かったね」
「でも私は眠れなくて、眠いですね、、、2時に起きて5時半までパンを作っていました。
夕方からいたのですが、5時に食事、6時からパンの仕込みで7時には寝ましたね」

「朝のパン作りはどうだった?
どうせ君はビデオ撮ってばかりでちっとも手伝わなかったのだろうけどね、、、」
「え、少しは手伝いましたよ。とにかく凄かったですね。ものすごい量で格闘ですね。彼女の肩は相当強いですよ」

「どのぐらいの量作ってるの?」
「その目の前にある赤いタライに二杯ですね」
私はそのプラスチックのタライを見て、その大きさからして信じられない!と驚いた。
タライは60cmはある。この中に小麦粉を一杯入れて、その後水を混ぜながら煉るのだろうが、私には到底できそうにない技というか力が要ると思った。
パンの下地を練ったことがある人なら解るであろうが、一抱えもあるべとべとを機械を使わずに細腕の女性がどうやって煉るというのか想像もつかない。

それを焼く手製の四角いかまどが部屋の隅にある。その横が台所で部屋は6畳ほどだ。トイレは共同。部屋は昼間も暗い。
部屋の中には法王のお写真とパン作りの道具以外はほとんど何もない。
こうして毎日数百個のパンを作り、夜明けにそれらを背負ってバス停まで歩き、売り切れるまで道端に座るのか、、、、大変だな。

準備を整え質問を始める。(注:今回は、今回も私はある子にタダで使われている身でして質問はそのある子Mの考えたものです。以下思い出す一部のみ)

M:「まず、お名前と年齢、出身地を、、それとどうしてこのダラムサラに来られたのか?を」

ラモ:「名前はラモ・ツォ、37歳、アムド・ラプランの出身だ。自分は3年前にダラムサラに来た。先に子供たちをここに送っていたので、会いに来たのだ。最初はまたラサに帰るつもりだった。少しのんびりしてるうちに夫から連絡があり、帰らずにダラムサラにそのままいるようにと言って来た。それからしばらくして夫の両親も亡命してきた。私は夫も近いうちにこっちに来るのだろう心待ちにしていた。それが去年突然、夫が逮捕されたと聞かされた」

私:「ダムを通って逃げて来たの?」
ラモ:「そうだ」

私:「何日歩いての?」
ラモ:「二日だけ。ダムの国境を越えるには10日コース、5日コース、2日コース、数時間コースといろいろあるけど、何れ川を越えないといけない。でも川には鉄のロープが渡されていてそれで渡った。私には何でもなかった」

私:「夜中でしょう。怖くなかった?」
ラモ:「怖いのは中国の兵隊に見つかることで、それは怖かった。でも道は何でもなかった」

M:「そんな怖い思いをしてまでどうしてインドに逃げて来ようと思ったのか?」
ラモ:「それは子供をここに送ったことから始まる話だが、教育のためだ。ラプランにも学校が無いわけじゃない。でも中国語中心だし、英語はない。歴史も文化も全部中国が作ったものを勉強しなけりゃいけない。考えもいつか中国人になってしまう。それに何よりお金が沢山要る。
それに比べてここの教育はずっといいと思う。先生も寮母さんもやさしいし、チベット語と英語が勉強できて、文化や仏教も学べる。ちゃんとニンジェ(慈悲・やさしさ)についても教えてくれる。中国にはそんな教えはない」

ラモM:「どうして子どもたちをそうまでしてチベット人として育てたいのか?」
ラモ:「自分たちはチベット人だ。中国人とは何もかも違う。食べ物から、服装、習慣、言葉、、、、違うことばかりだ。何よりも中国人は自分のことしか考えない。チベット人は違う。チベット人ならいつも相手の事を考えてる。相手の立場に立って考える習慣がある。中国人にはこれが全くない。みんな自分のことしか考えてない。
だから、子供たちはチベット人として育ってほしいのだ。チベットの文化を守ってほしい。でも文化を守るといっての、教育がないとそれはなかなかできない。
自分たちは、私も夫も学校に一回も行ったことがない。字が書けない。これは悲しいことだ。チベットを守りたいけど力がない。教育が一番大事と思う。私も一度ダラムサラで数か月英語の学校に行ってたことがある。今は時間がないが、それでも少しでも時間がある時は勉強してる」

M:「旦那さんはどうして逮捕されたのか?」
ラモ:「夫はやさしい家族思いの人で、何かの用事で外に出てもすぐに子供のいる家に帰って来ていた。旅に出ても一か月以上家を空けることはなかった。いつも困ってるチベット人を助けていた。チベットの事をいつも考えていたようだった。でもあんなことをするとは思ってもいなかった。
夫は家族に対する愛情から、そのうちチベット人全部を助けるために働こうと思ったのだと思う。それで、チベットを回って世界に隠されているチベット人みんなの本当の気持ちを集めて外の世界に知らせたのだ。それで逮捕された。
でも、本当は何も法律に反することはしていないのだ。他の国なら全くそんなことで逮捕されない。中国の法律でも本当は何も罪にならないと弁護士から聞いてる。
でも、結局中国はチベットではやりたい放題で法律なんか全く関係ないのだ。法律は外に見せるためだけなのだ。
夫は逮捕されただけじゃない、みんなそうだがたくさん拷問をうけてる、ひどい扱いを受けたに違いない。夫は元気で持病など何もなかった。でも今は一生治らないという肝炎にかかっているときいた。心配で仕方がない。早く解放されることを祈ってる」

続く。

その後も夫を思う妻の気持ちや、チベットの状況について熱く語ってくださいましたが、今日はこの辺まで、続きは近いうちにまたということで。












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2008年04月11日

囚人を解放せよ!拷問をやめよ!

af351dbb.JPG今日のデモは、今回の動乱で連れ去られ、拘置所、或いは既に監獄にいるチベット人たちを解放せよ! 拷問をやめよ! 正当な裁判を開け! と主張するものでした。
 ただ、今日もスローガンを叫ぶことは一度もなく、「*菩提心の歌」(?)のみ唱え続けていました。最後に「*ツェメーユンテン」の祈りで締めるのが最近のデモのパターンです。
 こうした連れ去られた人たちの話の一つとして、今日TCHRDにアップされてた記事を以下要約紹介します。

<拷問された僧侶が釈放されたが、彼は精神錯乱状態であった>
先の4月1日にラプラン僧院の僧7人;
Labrang Monastery in Sangchu County, Kanlho "TAP", Gansu,
on 1 April 2008. The arrestees are: 1) Gendun Gyatso, 30
yrs, 2) Gyurmey, 40 yrs, 3) Gelek Gyurmey, 30 yrs, 4)
Sangay, 30 yrs, 5) Samten, 32 yrs, 6) Yonten, 34yrs, and
7) Thabkhey, 30 yrs.
が逮捕された。そのうち最後にリストアップされているタップケは数日後に解放された。しかし、その彼の体は全身痣だらけで、精神錯乱状態だという。明らかに拷問を受けたのだ。その他の僧侶たちも同様の拷問を受けている可能性が高い。責任を逃れるために、拷問の末死にかけたり気が狂った拘置者を家族に引き引き取らせるのはいつもの中国のやりかただ。

TCVの子供たちのデモ

9日に外国プレスの前に現れた僧侶たちの記事も短く出てます。
詳しくは
http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080409.html

 まったく、この拷問の話は9-10-3(グチュスム)のメンバーから嫌というほど聞いていましたが、それがまた、今度はチベット全土で、今まさに行われているのです。

 ラジオでは、3日に多数の死傷者が出た、ギャマのトンコルゴンパのいまの状況を現地からの電話で伝えていました。まず、その日に銃弾を受け治療を受けれないまま、死んでしまったものが2人いると名を上げて報告した。まだ銃弾が体の中に入ったままの者もいる。中国側は6日、僧院の僧侶に対し「5日以内に全員自首せよ、さもなくば僧院を破壊する」と布告した。400人近くいた僧侶のうち今僧院の中にいるのは老僧と子供の僧ばかりで、他のおよそ300人は山に逃げたままだ。デモの後連れ去られた人の中で帰された者もいるが、まともな者はほとんどいない、多くのものが歩くのも困難な状態で帰って来る。また当局は逮捕者の家族に対し、釈放させたければ1万元払え、と言って来ているという。電話してきた人は年配者であるのか、「まるでまた文革の時代に戻ったみたいだ!」と最後に言った。

僧侶たち

「ツェメーユンテン」の日本語訳を添えました。
もう一つの「菩提心の祈り」はチベット語の発音では

ジャンジュップ センチョック リンポチェ、
マケパナ ケギュルチ、
ケワニャンパ メパネ、
ゴンネ ゴンドゥ ペルパルショー

意味は
「至高にして尊い菩提心よ、まだ生まれ出でずば、今まさに生れよ、すでにこの心、生れしものならば、衰えることなく、益々大きくならんことを」
です。
※菩提心(他の有情を救うために悟りを得ようと願う、決心する心)



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2008年04月07日

「法王を批判するなら死んだほうがましだ」

4月2〜3日にカムで起きたデモと衝突、死者について。

 まずは、もうご存じでしょうが、最近カムの二つの地区で起こった衝突について報告します。
 どちらとも同じガンゼ県でのことです。でも二つの町の距離はそれほど近くないとか。
 一つはジタンのトンゴルゴンパ(Tongkor Monastery in Zithang Township, Kardze County, Kardze "Tibet Autonomous Prefecture (TAP)",Sichuan Province)で起こった話。もう一つは、もう一つはタウのニャツォゴンパから始まりました。タウについては今だ状況ははっきりしません。

 ジタンでは確認されただけでも8人、電話では15人という情報もあります。事の起こりは4月2日に、愛国教育チームが僧院に来て、例によりダライラマ法王を批判することを強制したことからだ。それに対し僧院長のロプサン・ジャミヤン、僧のイシェ・二マがまず従おうとしなかった。それに続いて多くの僧が「ダライラマ法王を批判するより、死んだ方がましだ!」と叫んで、その日この愛国教育チームを追い出したという。
 次の日、数百に及ぶ軍隊と公安が僧院に押し掛けた。ダライラマ法王の写真を探し出すために本堂をはじめ各庫裡を徹底的にかき回した。その間僧侶たちは相当抵抗したらしい。
 あげく、70代の長老僧ゲシェ・ツルティム・テンジン師と26才のツルティム・プンツォックを逮捕した。

 それに対し数百人の僧侶が政府の役所に向かって、2人を解放するために行進を始めた。それを見た一般のチベット人が次々合流して500人以上の行進となった。
 中国側は午後8時には2人を解放すると、一旦約束した。しかし約束が守られないと知った市民と僧侶が再び政府の建物に向かった。それに対し中国は発砲した。
以下は今判っている犠牲者名簿です。

According to sources, those killed in the shootinginclude: Zangden, monk, 27 years old from Tsangyoe Village, Phurbu Delek, 30 years old, Tseyang Kyi, 23 yearsold female, Druklo Tso, 34 years old, female from GugraVillage, Tenlo, 32 years old female from Gugra Village andidentities of three could not be ascertained at themoment. Three monks, Nyima, Kalpo a.k.a Kabhuk and Thupten Gelek originally from Sheru Village and monks of Tongkor Monastery sustained bullet injuries and are known to be incritical condition. Other reports cited the death of atleast eight Tibetans after the shooting. There is no information on the whereabouts of Tsewang Rinzin, a disciplinary master of Tongkor Monastery.

現地からのある電話では既に15人は死んだ、9人は確認した。何十人も撃たれた。と言ってました。

 もう一つのタウゾンのニャツォゴンパについては、ほぼ同様の経過の末、3日に10数名が撃たれたとのことです。銃弾を2発受け重体のアニラを病院に連れて行ったところ家族全員が逮捕されたという話など、同じく現地から入った電話が伝えています。
 詳細はまだわかりません。現地との電話がまるで通じなくなったとのことです。

 この地方のリタンでは2007年8月に、ロンゲ・アドラという52歳のチベット人が地域の競馬大会の折、檀上でダライラマ法王を讃える演説をして逮捕されたことがあります。
 その後、リタンでは愛国教育キャンペーンが強化され、多くのチベット人が逮捕されました。次第に表だって法王を讃える風潮が起こっていたようです。



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 カンゼのトンゴルゴンパと朝書きましたがトンコルゴンパというほうがチベット標準語に近い呼び方でしょう。
 この事件について、今日、街の張り紙の中に新しい情報を見つけました。これはダラムサラにある、カムのその地方出身者によって組織される団体の発表です。ほとんどは直接電話によって集められた情報でしょう。

 トンコルの町はカムのガンゼとダゴとセルタのちょうど中央くらいに位置します。
 3月10日のラサでの暴動の後、町には次第に軍隊の数が増え始め、僧院のすぐそばを射撃訓練所とした。脅すような銃弾の音がしばしば轟き、僧院は緊張した。
 中国政府は「町のすべてのチベット人家族は、一家200元ずつ、軍隊駐留の燃料費を支払うこと、従わないものは厳罰に処す」との命令を出した。
 4月2日、僧院に愛国教育チームが来て、僧院長のロプサン・ジャミヤンに対し「ダライラマを批判し、分裂主義的活動を誹謗する」という書面にサインするよう要求した。僧院長はその時「私にできるかもしれないことは、このままだと起こるかもしれない、僧侶や市民のデモを止めるということだ。しかしダライラマ法王を批判するなど、死んでもできない」と答えた。するとチームはそこに来た本当の動機を明かした。「みんなにもっと暴れてもらいたくて来たのさ。そうすりゃまその場で数人は射殺されるだろう。他の皆はそれで怯えてこちらの思うままになるというわけだよ」と言ってその日はそのまま帰った。
 その日までに既に町には80台の軍用トラックが集結し、約4000人の軍隊が配置されていた。翌3日早朝には軍隊の小グループが僧院に押し入り、法王の写真を探して僧院内を荒らし廻った。その間、僧侶たちは抵抗し、ダライラマ法王を讃えて叫んだ。多くの僧侶が激しい暴行を受けた。74歳のツルティム・テンジン師及び27歳のツルティム・プンツォクが逮捕され連行された。
 午後の祈祷時、僧院事務長のロプサン・ジャミヤンが事の次第を説明した後、この「法王を非難せよ」という書面にサインすべきかどうか皆に問うた。イシェ・二マという僧が立ち上がり、「俺は死んでもサインなどしない!」と叫んだ。他のすべての僧もこのとき立ち上がり、全員決してサインしないと誓い合った。
 祈祷会の後、僧院から政府の建物に向かって、連れ去られた2人を取り戻すための行進が始まった。それに次々と民衆が加わり、子供や老人を含め700人ほどになったという。僧侶と民衆は「ダライラマ法王が早くチベットに戻れれますように!」「チベットはチベット人のものだ!」と叫びながら行進した。政府の建物に到着した時、一人の役人が現れ「1時間ほどしたら(2人を)解放する」と空約束をした。
 しかし、夕方になっても約束は果たされなかった。それを知って再び僧侶、民衆が集まりデモを始めた。今度はその人たちに向かってマシンガンが数回に分けて発砲された。約70人が撃たれ、そのうち名前が確認されただけで8人が死んだ。(名簿省略)
 遺体はすぐに軍隊が運び去り、家族には手渡されてはいない。その他にも行方不明者が多数いるとのこと。また、中国側はこの事件について外国に報告した者を密告した人には2万元〜8万元の報奨金を出すと電話番号付きで広報しているという。



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もう一方のタウの事件については

http://www.rfa.org/english/news/breaking_news/2008/04/05/tibet_clash/
に最新情報が載っています。





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