死のハンスト

2008年08月18日

フランスの法王、死のハンスト第三班、チベット人女性作家

e21b616d.jpg写真は16日ナントの講義会場から出られたところの法王(C/R REUTERS)

16日パリでダライラマ法王はフランスTF1テレビ局のインタビューに答えられた。
以下少しだけですが、
その発言から、

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22515&article=Dalai+Lama%3a+China+mistreating+Tibetans+during+Games
残念ながらオリンピック精神はチベットにいる中国の役人には全く尊重されてはいない」

「厳しく(電話盗聴等)情報管理されている」

「チベット人たちはしばしば逮捕され、死ぬほどの拷問をうける。これは本当に大変悲しいことだ」


と話された。

法王の今回のフランス訪問は主に宗教的講義のためであり政治的活動は少ない。
その中でも水曜日には議員たちとの会合において中国当局のチベットに対する弾圧を非難した。

国内ではサルコジ大統領が法王に会わないことに対する非難の声が高まっているが、そんな中、16日土曜日には法王は去年の大統領選でサルコジ氏の対抗馬であったセゴレンヌ・ロワイヤル女史と会談した。
女史はチベットを訪問したいと語った。

北京では外人によるプロ・チベットのデモのニュースが続いているが、法王は再度オリンピックを妨害しないようにとおっしゃった。


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チベット青年会議は8月14日から三度目の<死のハンスト>を始めている
前回、前々回は一人が危険な状態になった時、インド警察が強制ストップをかけている。
今回は18人の参加者という。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22513&article=TYC+resumes+hunger+strike+with+a+fresh+group%3b+observes+India's+Independence+Day

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東京新聞より:

<中国・チベット暴動 その後 チベット人女性作家 ツェリンウォセ氏>
2008年8月17日 07時09分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008081790070926.html

 華やかに開催されている北京五輪の会場周辺では、中国のチベット政策に抗議する人々が拘束される事件が相次いでいる。三月のチベット暴動は真相が解明されないまま、現在も六千人近くの僧侶らが獄中にいるといわれる。北京を拠点にチベット暴動の経緯を記録し続けているチベット人作家、ツェリンウォセ氏にチベット人の思いを聞いた。(北京・鈴木孝昌)

   ◇  ◇

 −拘束された人々はどのような処罰を受けているのか。

 「主な収監場所はラサ駅にある倉庫の中。友人の一人は四肢を針金で縛られて一カ月間もつるされ、拷問を受けた。水ももらえず、最後は自分の尿を飲んで命をつないだ。こん棒やワイヤ、電気棒など、拷問に使う刑具は自分で選ばせ、どれを最も痛がるかを楽しむ。トイレに行く時は後ろ手に縛られ、汚物が散乱する床に顔がつくほどに近づけて、排便させられる。徹底的に人間を侮辱し、おとしめ、もてあそぶやり方だ。耐えかねて自殺したり気が狂ってしまった人も多い」

 −事件の死者は結局どのくらいか。

 「当局発表の死者数にはチベット人が含まれていない。だが、各地で発砲があり、多くのチベット人が殺された。三月十四日の午後、ラサで特殊警察部隊が一人の女性を射殺し、すぐに遺体を片付けるのを見た人がいる。自殺者や獄死者、行方不明者などを合わせれば相当な数になる」

 −暴動はなぜ起きたのか。

 「宗教への弾圧が最大の原因。一九九五年に始まった愛国主義教育はすべてのラマ僧に“チベットは中国の一部である”と認めさせ、ダライ・ラマ十四世を攻撃する言葉を書くよう強要した。僧にとっては地獄と同じ。積年の恨みが爆発するから衝突が起こる」

 −当局は「チベット青年会議」を暴動の首謀者とみている。

 「暴動は政府への恨みと不満が原因だと言えば、チベット政策が失敗だったと認めることになる。また、軍や警察はなぜ暴動を防げなかったのか。当局としては責任を転嫁する対象が必要なだけ。自分の失敗を認めるわけにはいかないから」

 −中国政府との対話は進展がない。当局は高齢のダライ・ラマが死去するのを待っているとの見方もある。

 「ダライ・ラマの死後も魂は転生し、永遠に存在し続ける。彼の寿命はチベットの将来とは関係ない。中国は対話について何の誠意もなく、期待はできない。ダライ・ラマが求めている自治とはチベット文化に関するものだ。真の自治があるのなら、中国語よりもチベット語を使わせてほしい。ラサではチベット語で手紙を書いても配達されない。言葉を失った民族は必ず衰退してしまう」

 ツェリンウォセ氏(中国名・茨仁唯色) 1966年、ラサ生まれ。チベットに関する詩集、紀行文などを多数発表。個人ブログにチベット暴動の内幕を発表していたが、ブログを閉鎖され軟禁状態に置かれている。

 <チベット暴動> 中国チベット自治区ラサでことし3月10日、チベット政策に抗議する僧侶らがデモ行進し、14日には商店や車両を焼き打ちした。暴動は周辺の甘粛省や四川省にも拡大したが、武力で鎮圧された。当局は死者20人と発表しているが、インドに拠点を置くチベット亡命政府は死者203人とし、現在も5700人以上が拘束されているとしている。

(東京新聞)



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2008年08月12日

ハンスト、撃たれるチベット人、法王フランスへ、

116c2ab9.jpg写真はデリーのチベット人<死のハンスト>5日目、8月10日。
今日12日で7日目です。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22434&t=3&c=1

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今日からまた広島に帰っています。
日本に帰られたY女史が以下訳して下さいました。

連帯委員会リリース 2008年8月11日

<チベット人2名がアバで軍人に撃たれる>
http://www.stoptibetcrisis.net/pr110808.html
2008年8月9日、中国全体がオリンピック初日を誇らしげに祝っていた間、チベット高原全域は事実上の屠殺場と化していた。
チベット人の移動は厳しく制限されており、ほんの少し移動するにも命がけという状態になっている。
たとえば、9日の午後4時30分頃、チベット人女性2名が中国軍に銃で撃たれる事件が起きている。

この事件はアムド県アバにあるブリキ缶造りの小さな店舗、携帯電話の補充クーポン売り場の近くで発生した。
犠牲者は、ガバ県セゾ出身のソナム・ワンモ(22歳)と、ギャロン地域出身のドラン・イェイェン(28歳)。
一人は腕を撃たれ、もう一人は脚を撃たれたことがわかっている。

彼女達が撃たれた理由は定かではないが、チベットにおける他の地域と同様、アムド県アバ地域も極度の抑制下にある。
チベット人が理由もなく逮捕・拷問・検査されるのは日常茶飯事である。2008年8月8日以降、アバ地域のチベット人達は、チベットにおける最近の弾圧で亡くなった人々を悼むために、祈りを捧げ、バター灯明を灯しているという。


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法王は11日の朝フランスのパリに到着されました。
これから2週間フランスに滞在されます。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22429&article=Dalai+Lama+arrives+in+France

最初は会うといってたサルコジ大統領は時期が良くないとかいって今回は会わないが、年内には必ず会うと言ったとか。
代わりと言ってはなんだが、ファーストレディーのカルラ・ブルニ・サルコジ女史は
22日に南フランスで法王に会うという。

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ナントで16日から20日まで、
ナーガルジュナ(龍樹)の<中論第18章、24章、26章>、
同じくナーガルジュナの<宝冠の教え>及び
ダライラマ5世の(内的現定の精髄の教え、the Quintessential Collection of the Inner Siddhis ・Thuk-Drup Yang-Nying Kun-Tue>
を講義される。
http://www.dalailama.com/page.60.htm

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11日発売の「プレジデント」の136,137ページに「チベットの惨劇」のタイトルで3月14日の証言者ソナムの話しが載ってます。

ダラムサラに来るメディアを必ずこの人のところに連れて行く。
今も一人で難民一時収容所の広いドミトリーに暮らしています。
このときもNHKの時には聞かなかった新しい衝突話を聞かせてくれました。

キルティ僧院事件の犠牲者の死体を必ず載せる、というので渡したのに載せてないのは残念なことですが。



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2008年08月07日

五輪会場近くにチベット解放訴える横断幕、再び始まった死のハンスト

1de55231.jpg
写真は北京の行動に呼応する形でロンドンで掲げたれたフリーチベット旗。
こちらも4人逮捕されたとか。

<五輪会場近くにチベット解放訴える横断幕、外国人4人を拘束>
2008年08月06日 14:00 発信地:北京/中国
http://www.afpbb.com/article/beijing2008/beijing2008-news/2501242/3189366

中国・北京(Beijing)の五輪会場付近で、消防車を使ってチベット支援の横断幕を取り除く治安当局者(2008年8月6日撮影)。(c)AFP/FREE TIBET 2008



【8月6日 AFP】中国警察当局は6日、北京五輪のメーンスタジアムとなる国家体育場(National Stadium)付近で、巨大な「チベット解放」と書かれた横断幕を掲げた外国人4人を拘束した。国営新華社(Xinhua)通信が報じた。

 国際組織「スチューデンツ・フォー・ア・フリーチベット(Students for a Free Tibet、SFT)」は、英国および米国の活動家4人が、鳥の巣(Bird's Nest)の愛称を持つ国家体育場付近で、チベット旗と約13平方メートルの横断幕2枚を掲げることができたと発表した。

 同組織は、選手村を背景に横断幕を電柱に結びつける活動家の写真を公表した。

 SFTによると、英語で「One World, One Dream: Free Tibet(1つの世界、1つの夢:チベット解放)」と書かれた横断幕は、約1時間後に警察官によって撤去されたという。

 SFTのTenzin Dorjee副代表は、「五輪開幕の数日前に、世界の目が中国に向いているので、われわれは世界にチベットでは数百万人の人々が人権と自由を求めて声を上げていることを忘れないようアピールしたかった」と語った。

 新華社通信によると外国人活動家4人はこのデモ行為の数分後に拘束された。4人は旅行者ビザで入国したという。

 中国当局はテロ攻撃の脅威に備えて北京市北部郊外にある選手村付近の治安対策を強化するとしているが、これらの措置は抗議活動を阻止するためとの批判もある。

 さまざまな人権問題で中国に圧力を掛けようとする人権団体などは、それらの原因について喚起を促すため五輪を利用すると表明している。

 選手村付近で目立った抗議活動が行われたのは今回が初めてだった。(c)AFP


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6/8/08デリー死のハンストその二
再び始まった<死のハンスト>

http://www.afpbb.com/article/beijing2008/beijing2008-news/2501242/3189366
昨日8月6日から同じデリーのジャンタール・マンタール前広場において、食と水を断つハンストが開始された。

今回の参加者も6人

ソナム・サンドゥップ30歳 南インド、セラ・ジェ僧院
ツプテン・トルジェ29歳  同上
プンツォック・テンジン35歳 同上
ロプサン・ジョルデン26歳 ダラムサラ
ガワン・ネダック24歳 
ソナム・ゲルツェン28歳

その他インド人女性アシャ・レディーが三日間だけ参加するという。
もしも続けられるならもっとやるとも言っている。

彼女は「これは今世界中で一番悲しいできごとの一つだ。(中国は)世界を苦しめ、私の心を苦しめる。私は初めてこうして彼らの苦しみのほんの一部を味わうチャンスを得た」と語った。




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2008年08月05日

今日で9日目に入った死のハンスト

33465abe.jpg昨日4日付phyul.comによれば、

水と食を絶って8月4日時点で8日目となる<死のハンスト>。

会場となっているのはデリーのジャンタール・マンタール天文台前広場に設置されたテントの中。
参加者6人全員まだ生きている。
その日もインド警官と医師が診察に来た。
すぐ外には救急車が待機している。
医師は「ここでは十分な診察ができない、モニターもできない、病院に入ることを勧める。このままでは今夜か?明日か?もういつ容態が急変してもおかしくない」
と話した。

ワンドゥ・プンツォック氏31歳とテンパ・ダルゲ氏25歳は強い腹痛と極度の脱水症状に苦しんでいる。

6人の内比較的元気なソナム・ダクパ(ソダク)氏は弱々しい声でメディアに対し

「我々は人間なのだ。私はIOC(国際オリンピック委員会)に聞きたい。我々(チベット人)は他のみんなが持っているような基本的人権を持つに値しないのか?

オリンピックゲームは基本的人権のある国で行われるべきなのか?それとも人権を抑圧する国で行われるべきなのか?どちらなのか答えてほしい、、、」

と話した。

TYC議長のツェワン・リクジンは記者の
「もしも死者がでたときには誰が責任を取るべきなのか?」との質問に
「もちろんそれは中国共産党に違いない」と答え、
「彼らの要求は法的に正しく正当なものだ。
何かチベット人のものでないものを要求しているのではない。
彼らの要求が受け入れられたとき、ハンストは終了する」
と付けくわえた。

以下に他のメンバーの写真が載っています。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=22245&article=Hunger+Strikers%3a+Weak+but+Defiant

http://www.phayul.com/photogallery/flash/2008/

もしもこの中に知り合いの方がいるという方は連絡方法の一つとして
TYC議長ツェワン・リクジンの携帯をお知らせします。
0091(インド)−9805297259
現場にいるはず。
Tさんこれで通じますように?

















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2008年07月30日

僧院解体、闘争集会、ネパールでも死のハンスト

1b0b280b.jpgいよいよ中国側は僧院の完全解体を始めたようだ。
「闘争集会」という文革時代の恐怖を代表するような言葉も出てきた、
言葉以前にもちろん50年間この実態は続いているのだけど。


連帯委員会リリース 2008年7月29日Y女史訳
http://www.stoptibetcrisis.net/pr290708.html

僧院制度及び僧侶人数制限規定

状況の進展に詳しい情報筋によると、四川省チベット族自治区カンゼ県の人民行政府は先ごろ、「問題ある僧院および僧侶・尼僧への厳格な対応に関する指令原則」と題した12項目を含む法令の公式発表を行った。

例えば、特定の僧院にて10〜30%の僧侶・尼僧が抗議行動と関わりがあると発覚した場合として、この法令では次のような広範囲にわたる権限、罰則が規定されている――自宅軟禁、拘束警察による手入れ、捜索、容疑者の即時逮捕、宗教行事の制限、僧侶・尼僧の僧院からの外出制限等

民主運営委員会(僧院内における共産党指定の監視役)のメンバーに任ぜられた僧侶達が関わっているのが発覚した場合、彼らは直ちに「改革・矯正reformed」させられる。

法令ではさらに、僧院を「清掃」しようとする当局の指令に従わない者は直ちに僧院から追放されるべきであり、その精神的な人物としての権利は消滅させられて、宿泊施設も破壊される、と述べている。

また、僧院における僧侶・尼僧の数を大幅に減らそうという意向も示している。

もし僧院の所属者が抗議活動等に関わったために僧院が閉鎖される場合、民主運営委員会などの僧院指導達自身が責任をとらなければならない、といった脅迫じみた文言もある。

法令はさらに、高僧や僧院長、トゥルク(転生者・活仏)への掌握を強め、彼らに一般の僧侶を監視・統制するよう要求している。
さもなくば愚鈍で非協力的な者と見なされ、二面性のある行動をとった場合は、僧侶の集会で自己批判のための「闘争集会struggle sessions」(タムジンという言葉を使ったかどうかは不明)を義務付けられ、自分の「過ち」を文書化して認めなければならない。


民主運営委員会に任ぜられたトゥルク(転生活仏)やゲシェー(仏教博士)らが抗議を行った者の活動を支持・協力していたことが発覚した場合、彼らは厳格な処分を受け、中国人民政治諮問委員(CPPCC)や仏教徒協会の一員としての地位を剥奪される。また、その時点以降の宗教活動を禁じられ、転生の権利も失う、とその法令では規定している

チベット域内の安定を保つために施行されるというこれらすべての施策を注意深く検討すれば、上記のような僧院「清掃活動(cleansing)」の目的は、僧侶の数を減らすことで僧院のコミュニティを統制下に置き、最終的には歴史あるチベット仏教文化を完全に消滅させることにあるのは、明らかである。

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それにしても何という言葉使い「粛清」は「清掃」、脅迫により嘘を強要することに成功すると「改革」が達成されたという。
唯物論とはよく言ったものだ、まるで人を平気で「物」として認識するらしい。


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続き:
最近入った情報によると、カンゼではチベット人の若者によって、3つの抗議行動が行われた。
それらの日付と抗議した者の名前は次の通り。彼らは全員、治安部隊に逮捕され、その場で長い間殴打されたという。

6月22日:ニマ・タシ(36歳・ジダ村出身)とその仲間ニル(35歳・ギュルガ村出
身)
6月21日:ニマ・タシ(16歳・ジダ村出身)
6月14日:ジャンパ・タシ(24歳・ツァンカ村出身)
また、6月一週目頃には、ガワン・タシというもう一人のチベット人が別の容疑で
逮捕されている。

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29日、カトマンドゥでも死のハンガーストが始まる

29日付のphayul.comによると、
http://phayul.com/news/article.aspx?id=22135&article=Released+Tibetans+begin+fast-unto-death+in+Nepal

7月29日、
<中国共産党指導部とダライラマ法王の直接対話の即時開始>及び
<チベット人に対する弾圧の即時停止>
の要求を掲げ、
9人の尼僧、17人の僧侶が
<無期限ハンガーストライキ>に入った。

場所はカトマン市内から数時間のラリっト市にあるチベット難民キャンプの中。

彼らは先日チベット帰還行進を中国国境を目前にして逮捕されたグループにいた者ばかりだ。
彼らは釈放された数時間後に、この<死のハンスト>を始めたという。
いずれ彼らはチベット帰還行進を決心した時点で死を覚悟していたのであろう。

法王と中国との対話を要求するとともに、

極端な政治教育とチベットの宗教に対する介入を止めてほしい。これらが今のチベット問題の元凶なのだから」

「チベット人に対するすべての弾圧を、不当逮捕と拷問を止めてほしい」

「直ちに国際調査団をチベットに派遣してほしい」

と訴えています。

記事の中このハンストは水も断つのかどうか?については書かれていません。

と言うことは今のところ水は飲んでくれそうです。

しかし、今のネパール政府は再びお先真っ暗状態。
警察は中国の金でいくらでもチベット人を殴る。
せめてこのまま静かに水を飲みながら、(数年間)続けられることを祈ります。









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2008年07月29日

続死のハンガースト1/ ラサの現状

db80dc13.JPG

TYC launches indefinite hunger strike without food and water in New Delhi
<チベット青年会議(TYC)、水も摂らない「無期限ハンガーストライキ」をニューデリーで開始>
Y女史訳

http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=22029&article=TYC+to+launch+second+%E2%80%9CTibetan+People%E2%80%99s+Mass+Movement%E2%80%9D%2c+vows+protests+during+Beijing+Olympics

Phayul[Monday, July 28, 2008 15:42]

By Tenzin Sangmo
Phayul 2008年7月28日 テンジン・サンモ

ニューデリー、7月28日】――チベット青年会議(TYC)は、北京五輪に反対し、チベット占領状態への抗議を示す「チベット人による大規模運動」第二段を打ち出した。
オリンピックを見据えて続行するキャンペーンの一環として、TYCは本日、「チベットのための無期限断食――水・食糧断ち」を、ジャンタルマンタルにて開始した。
この大規模運動は昨年8月8日、2万5000人のチベット人が世界中からインドの首都に集まり、中国による夏のオリンピック開催に反対するデモを実施した時から始まっている。
昨年8月には、14人のチベット人が33日間「死の無期限ハンガーストライキ」を行った。

今回は、中国がTYCの要求を聞き届けるまでとして、6名のチベット人が食糧も水も絶ったハンスト要員に志願した。
彼らの名前とプロフィールは次の通り:
シツェル・ニマ(37歳)、ソナム・ダクパ(ソダク・31歳)、テンパ・ダルゲ(25
歳)
(以上3名は南インドのセラ僧院ジェ学堂テホル僧房所属)、
ツェリン(23歳:ムンゴッドのデプン僧院ロセリン学堂所属)
ジャンチュプ・サンポ(28歳:ダラムサラのマクロードガンジ在住)
ワンデュ・プンツォク(31歳:ダラムサラのノルブリンカ在住)


ソナム・ダクパは、今年実施されたチベット人蜂起運動の一つ「チベットへの行進」の中心メンバーでもあった。
「私達が北京五輪に対して抗議を行っているのは、中国が人権を向上させるという自身の約束を守っていないためだ。
彼らは法王を分離主義者として非難し、TYCをテロ組織呼ばわりしている。
私は中国に対して、自分達の批判を実質的な証拠をもって示すよう、真剣に要求する」

状況が深刻な様相を帯びているのは、水だけは摂取してきた従来のハンストと違って、今回の6名のうち5名の僧侶は、食物を絶つだけでなく一滴の飲料も摂らない、と言っているからだ。
多くの医師は、健康な人であれば食物を摂らなくても水さえあれば生き延びることができる、としている。
だが、水無しでの生存と食糧無しでの生存は、大きく異なっている。
ある程度健康な状態であれば、極度な暑さや寒さにさらされない限り、人は水を飲まなくてもおよそ3日〜5日間は生存できる。
より健康であればあと一日、もしくはそれ以上、生き延びることができるかもしれない。
けれども、食糧と水の両方とも摂取しないというのは致死的であり、医療の観点からは、人は水を飲まない状態では、けっして一日以上過ごしてはならない、とされている。

TYCによると、ハンストに入った6名は、世界中に散らばっているチベット人600万人の苦境を代表している、という。

この日のメイン・イベントの公式スタートを記念する儀式ランプを点灯したのは、主賓として招かれていたチベット全党国会議員連盟(All Party Parliamentary Forum for Tibet)議長シュリ・バシスト・ナライン・シン国会議員。

特別来賓の『ティバト・デシュ(Tibbat Desh)』誌編集者であり卓越したジャーナリストのビジャイ・クランティは、次のように述べた「『オリンピックは植民地主義国家の植民地利益のために濫用されるべきではない』と、立ち上がって世界に訴える――少なくとも、それが私達の責任だ。
断食というイベントの開始に立ち会うのは、個人的にはまったく喜ばしくないと認めざるをえない。
だが自分自身の意見を表明する非暴力な手段というのは、時として本人には非常に冷酷な状態をもたらすことになる」

「けれども、特定グループの政治的な意見を表明するために爆弾を用いて、政治問題とはまったく関係ない人々を巻き添えに殺傷するよりは、こちらの手段の方が遥かに上等、とも認識している


TYC議長のツェワン・リジンは報道陣に次のように述べた。
「チベット青年会議は、中国共産党政権による残虐な弾圧の下、チベットでは人々が甚大な苦しみにあえいでいるという深刻な状況ゆえに、本日、このハンガーストライキを開始した。
3月10日以降、チベット域内のチベット人達による歴史的な蜂起に続いて、チベットは実質的にまったく自由のないまま封鎖されている状態だ。
私達の活動を通じてチベット問題を国際舞台に訴え続けること、そして中国政府にできるかぎり圧力を与えること――これらが亡命チベット人の果たすべき責任であると、私達は考えている」

TYCは8月7日にも、ガンジーの非暴力と「サッティヤグラハ」(真実の主張)の原
則に基づいた「大規模デモ」を計画している。


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コメントで教えて頂いた、ラサの状況を知らせるフランス人特派員の記事


2008-07-28 23:55:55
支配下にあるチベット(Obsの記事)【1】

« On ne dit plus rien, sauf aux amis très sûrs...»
Le Tibet sous la botte


絶え間ないパトロール、絶えず繰り返される身分証の点検、市街地での密告者、監視カメラ、盗聴マイク。チベットの反乱から4ヵ月後、中国の国家権力はラサで猛威を振るう。ジャーナリストは追放されたラサで、スターリン的な最悪の抑圧を思い出させるパラノイアを、我々の特派員ユルシュラ・ゴティエUrsula Gautier が確認した。


ラサでは、タクシーの運転手は殆ど全て中国人であり、輪タクはほとんどすべてチベット人である。それこそチベット人を歯軋りさせる、社会的地位の不平等の最も目立つ徴候の一つである。しかし3月14日の反乱の制圧と事実上の戒厳令実施の後、ほんの少しの不満も聞こえない。声を上げるためには、気が狂うか、無意識でなければならない。あるいは酔っ払うか。叛乱から3か月後、6月のある日にタクシーに乗った若者の事件にあてはまる。この青年は「チベットの良家」の出であり、ほろ酔いで多分、横柄だった。確かに、党の幹部である父親の如才なさを信用し過ぎていた。征服された国でのようにチベットで振舞う中国人に対する罵倒を繰り広げた。平時なら運転手は、この父親がかりの息子が免許証を取り上げるのを恐れて、低姿勢をとっていただろう。しかし時代は変わっていた。四川省出身の庶民的なタクシー運転手は、最初の交差点で停車し、街の至る所にいるのと同じようにそこで配置された兵士に訴えようとした。軍人たちは酔っ払いに襲い掛かる。ノーメンクラトゥーラ出身のgolden boy にふさわしい身なりにもかかわらず、彼が中国語で叫んだ父親の名前にもかかわらず、兵士たちは彼を舗道に投げつけ、足蹴りにして襲い掛かった ― 結果として死に至るまで。激しい恐怖に麻痺した大群衆は、その全光景を、一言も発せず、身動き一つせずに見守るだけだった。

 任務は完了した。全てのチベット人は今後、序列の上から下まで、中国の国家権力に対する不敬がほんの少しでも疑われたら死の危険を冒すことになると知ることになる。中国の銀行の金属製格子を引き抜きながら興奮の叫びを上げ、軍のトラックに投石し、中国人商店に放火し店員に暴力を振るった、若者の群れの、危険な大胆さをラサは忘れなければならない。これら混乱と叛乱の日々の驚くべき映像を一通りテレビに流した後、国家権力は今、心に恐怖を植えつけようとしている。

 軍の存在は圧倒的であり、身分証の検査は絶え間ない。自らの書類を持たないことは直ちに逮捕されることになり、時には最終的な死亡につながる。なぜなら、3月の動乱の原因である「犯罪的成分」に対する闘いは終わっていないからである。捜索中の暴動参加者のリストが常に公共の掲示板に貼り出されている。監視は特に、赤銅色に染めた長髪の、手首にロザリオを身に着け、首にトルコ石、あるいは金歯の大男に向けられている。高原からのチベット人、3月の反乱者の主要部分を担った人々である。「大部分は彼らの出身地に送り返された」、匿名のラサの住民がため息をつく。「近くでも遠くからでも、反乱に加担した人々は逮捕され、拷問され、強制収容所に送られた。中国人の女友達は、事件の数週間後に列車に乗ったとき、怪我をして足を引きずり、汚い包帯を巻いた、手錠をかけられた、何百人もの人々が西寧Xining行きの列車に乗せられるのを見た。そこから、彼らは新疆Sinkiangに送られ、中国で最悪の強制収容所に入れられる。遊牧民あるいは文字の読めない農民の家族は、説明を求めようとしない・・・」

 この容貌に基づく狩猟により、祈祷輪を回す、宝飾品で身を飾った印象的な遊牧民がラサの街からいなくなった。中国の主人に対して敢えて立ち上がった誇り高きカムパスKhampasと似たあらゆることを追い出すこと。ラサの流行の最先端を行く若者たちの間で通用する「民族的」流行を追い出すこと。「もう誰も肩にかかる髪をしていない、危険すぎるからだ」、ある音楽家が苦笑とともに説明する。「誰もが、中国人として通用する廃れた髪型に甘んじた・・・」 どこにでもいる軍服からの疑いを招かないように祈りながら。

 どの交差点でも、どの公共の建物、目立つ、あるいは象徴的な地点(ガソリンスタンド、郵便局、銀行など)の前でも、兵士のグループに出くわすことなく3歩も歩くことができない。陰険な雰囲気で、扇形に展開した、指を引き金にかけて銃を外側に向けた兵士である。全ての大通りと小路では5分毎に、硬い表情で、迷彩服を着て白い手袋をした、軍のパトロール隊が足音を鳴らして分列行進する。緑青色のトラックが大通りを通る。ヘルメット、盾、警棒、銃器で完全武装した武警wujing(武装警察)という積荷を見せびらかしながら・・・ 街を囲む数多くの兵舎は、これらの部隊の流入に対して不十分ではないだろうか?その磨き上げられた乗り物、最新型の装備とともに四川省から来た軍の部隊は、その後来訪者に対して閉ざされたチベット博物館、チベット図書館をこれ見よがしに占領している。

(つづく)


URSULA GAUTHIER


出典

LE NOUVEL OBSERVATEUR 2281 24-30 JUILLET 2008

http://hebdo.nouvelobs.com/hebdo/parution/p2281/articles/a380361-le_tibet_sous_la_botte.html



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