解放

2010年05月21日

緊急プレス・リリース:ドゥンドゥップ・ワンチェン氏の家族より

10dea009.jpg服役中のチベット人映像作家ドゥンドゥップ・ワンチェンがXichuan強制労働キャンプに移送された。
家族は彼を解放するための国際介入を求める。


(敬称略)

2010年5月19日、チューリッヒ:

2009年12月28日、「国家分裂扇動罪」により、6年の懲役刑を宣告されたチベット人映像作家ドゥンドゥップ・ワンチェンは、西寧の刑務所から同じく西寧にある「強制労働キャンプ(1)」に移送された。
彼の妻をはじめとするドゥンドゥップ・ワンチェンの家族は、今日(19日)、来週中国を訪問するヒラリー・クリントン国務長官に対し、政治的理由により不当に囚われている者たちを解放するため、中国政府に圧力を掛けてほしいと要請する。

ドゥンドゥップ・ワンチェンは6年の求刑に対し、上告していたが、今年4月6日Xichuan刑務所に移送されたということからして、彼の上告は失敗し、審議は終わったと考えられる。2010年2月、彼を弁護するために西寧に向かった中国人弁護士チャン・ボヤンにもドゥンドゥップ・ワンチェンとの面会は許されなかった。さらに彼は3月、当局から、このケースを扱うなら、彼の法律事務所を閉鎖するとの脅しを掛けられた(2)。

今日(19日)、インドにいるドゥンドゥップ・ワンチェンの妻ラモ・ツォは、「私たちは今、絶望的な気持ちに陥っています。勇敢な中国人弁護士チャン・ボヤン及び、かつての弁護士リー・ドゥンヤンは、夫を助けるために危険を冒し、多くのことを実行して下さいました。
しかし中国は、今回、、もはや私たちが法律に則って問題を解決しようとすることの不可能であること示しました。
従って、私は諸外国政府に対し、表現の自由と言う権利を行使しただけで囚われているドゥンドゥップ・ワンチェンを即時・無条件解放するために(中国政府に)介入して下さることをお願いします」
と語った。

ワシントンDCにあるLaogai Research Foundation(強制労働キャンプ研究財団)によれば、Xichuan強制労働キャンプはアルミニューム・サッシ、普通レンガ、多孔及び中空レンガ、焼結コンクリート・ブロック(3)を生産しているという。
スイス在住のドゥンドゥップ・ワンチェンの従兄であり、自身も元政治犯であるジャミヤン・ツルティムは今日(19日)、「この工場での重労働はドゥンドゥップ・ワンチェンの健康にとって非常に危険なことだ。去年すでに、彼がB型肝炎を患っているにも関わらず何の治療も受けられないと聞いている。過去にこの強制労働キャンプに送られた数人のチベット人を知っているが、彼らはそこの生活と労働の厳しさについて証言している。私はドゥンドゥップ・ワンチェンのことが非常に心配だ」と語った。

ドゥンドゥップ・ワンチェンは、オリンピック、ダライ・ラマ及び中国政府のチベット政策に関する一般チベット人の意見をインタビューによって集めたとして、2008年3月26日逮捕された。
これらのインタビューは後に「ジクデル(恐怖を乗り越えて、Leaving Fear Behind)」というドキュメンタリー・フィルムにまとめられ、世界30カ国で上映されることとなった。

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コンタクト:
(以下英文のまま)
Gyaljong Tsetrin: +41 (0) 76 462 67 68 (Tibetan & Chinese)
Dechen Pemba: +44 (0) 77 848 23907 (English)
Tenzin Tsedoen: +41 (0)79 384 05 63 (German)
www.leavingfearbehind.com

Notes:
1. Xichuan prison is a labour camp concealed as an industrial manufacturer under the name of "Qinghai Xifa Water and Electricity Equipment Manufacture Installment Limited Liability Company". The complex of Xichuan Prison can clearly be seen here on this Google Maps image: http://tinyurl.com/xichuan-prison.
2. See Amnesty International's public statement of April 21, 2010: http://www.amnesty.org/en/library/asset/ASA17/018/2010/en/5578278e-7772-487e-a1d4-93802bb6c50b/asa170182010en.html
3. The following information is given on page 37 of the Laogai Handbook 2007-2008: http://laogai.org/books
Enterprise: Qinghai Xifa Water and Electricity Equipment Manufacture Installment Limited Liability Company
Prison: Xichuan Prison
Details: Location: 108 Xichuan South Rd., Xi'ning City
Postal Code: 810029
Tel: 0971-5219370 / 5219352
Est. in Mar.1956. Orig. called Prov. No. 5 LRD. 1995 changed name to present. Houses minorities. Beside Tibetan, Uyhgur, also Miao, Bai and Yi prisoners. 40% inmates are minorities. Enterprise formerly Qinghai Hydroelectric Equipment Factory, controls Qinghai Gaoyuan switchgear plant, Qinghai Xifa, Jian'an limited co., Qinghai Xifa Gaoyuan machinery, Qinghai Xifa water and electricity, and Qinghai Xifa goods and utilities co. Companies have 560 equipment types including tertiary levels of electricity installation and LBAC construction quality. Produce 35KV high and low voltage switching cabinets and control equipment, aluminum alloy windows, ordinary bricks, porous and hollow bricks, sinter concrete blocks, etc. Annual production 140 mil. sinter blocks.

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ITSNはこの件に関し、ヒラリー・クリントンへのアクションプラン等を発動している。
これらについては追ってお知らせする。







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2010年05月15日

AI・ワールドカップ・チームにドゥンドゥップ・ワンチェン氏選抜

d21499da.jpgドゥンドゥップ・ワンチェン氏がアムネスティ・インターナショナル・ワールドカップ・チームに選抜される

アムネスティ・インターナショナルのロンドン本部は、南アフリカで行なわれるワールドカップに向け、特別な人権擁護キャンペーンを開始した。

各国は2010年ワールドカップに向け選手を選抜し、戦いの準備をしている。
アムネスティ・インターナショナルは人権を守る戦を行なうために、もう一つのチームを結成した。
団結し立ち上がる勇敢なチームのメンバーとして、チベットからドゥンドゥップ・ワンチェン氏が選ばれた。

他に、ロシア、カメルーン、メキシコ、イランなどで命を掛けて人権を守ろうとした人々計11人が選ばれている。
この告知サイト:
http://www.amnesty.org/en/worldcup2010/dhondup-wangchen-china

の中ではチベットの現状について以下のように短くレポートされている。

<中国でチベット人であることは、、>

「中国に住むチベット人は職業と教育の面で差別を受ける。
自由な宗教活動も妨げられている。

反体制派弾圧の状況の中で、尼僧、僧侶、農民、遊牧民、芸術家、教師、小中学校の子どもたち、そして大学の学生たちが中国の統治に反対し、ダライ・ラマ法王を支持する市民デモに参加した。

デモに参加した多くのチベット人たちは、ただ自分たちの意見を表明したと言うだけで逮捕され、拷問を受け、不当な扱いを受けている」

サイトの下の方にある音声アタッチ?をクリックすれば、ドゥンドゥップ・ワンチェン氏の妻ラモツォを始め、何人かの証言を聞くことができる。

また、「JOIN THE DEFENDERS!」をクリックして、あなたもこのキャンペーンに参加のサインをすれば、ディフェンダー・チームに加わることもできる。

サッカー好きの方も、そうでない方も是非、このチームに参加しましょう。







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2010年04月03日

9人のチベッタン・ヒーロー解放運動

今、日本にはテンパ・ツェリンさん、ジェツン・ペマさんご夫妻が訪問中ですね。

2日のテンパさんと石濱先生の講演、3日のジェツン・ペマ女史の講演に参加された方も多いことでしょう。

テンパ・ツェリン氏とジェツン・ペマ女史ほど、この亡命社会を外に紹介するに適した夫婦はいないでしょう。
仲がいいし。
二人はその抜群の教養、経験、実績、人柄により、この亡命チベット人社会からだけでなく、世界からも格別の尊敬を得ているのです。

で、お二人をあれほどの人格に育て上げたのは、法王とチベット人の悲惨な状況です。

ですから、会に参加された人も、そうでない人もチベットの過酷な監獄に今も繋がれている良心の囚人たちを解放する運動にご協力ください。

実際今までに署名運動が実を結び、少なくとも5人のチベットの政治犯が解放されているのです。
無駄なことではないのです。
減刑されたものは10人以上です。

http://www.savetibet.org/action-center/political-prisoners-ict-successes

現在行なわれているテンジン・デレック・リンポチェ解放要求書への署名は以下のサイトより
http://www.freetibetanheroes.org/home.php/profiles/tenzin-delek-rinpoche/petition
日本語版
http://freetibet.holy.jp/2010/01/
参考
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51377516.html


現在どれほどのチベット人政治犯が獄に繋がれているのかは不明だ。
その中からITSNは解放の望みがあると思われる9人の勇者を選び、一年半に渡り彼らの解放を目指したキャンペーンを行なう。
http://www.tibetnetwork.org/politicalprisoners
現在はテンジン・デレック・リンポチェを中心に行なわれている。

以下、この9人を簡単に紹介する。

ドゥンドゥップドゥンドゥップ・ワンチェン 刑期6年
2008年、チベットでオリンピック、ダライ・ラマ、中国政府の政策について一般のチベット人にフィルム・インタビューを行なったとして6年の懲役刑を受ける。
中国政府は未だ公式にドゥンドゥップ・ワンチェンへの求刑について発表していないが、亡命政府とRFAは2009年12月28日に判決が言い渡されたことを確認している。
親戚によればドゥンドゥップ・ワンチェンは上告を行ったという。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-dhondupwangchen

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51289976.html


テンジンテンジン・デレック・リンポチェ 無期懲役
1950年生まれ。
リンポチェは地域のチベット人遊牧民の福祉、医療、教育、宗教施設を整えるために身を粉にして働いた。
篤い尊敬を集める宗教指導者だ。
彼のチベット人社会を勇気づける努力は、地域のチベット人たちに広く認められるようになった。
一方、この人気の故に、中国政府は彼の監視を強めていた。
彼は2002年、成都の爆発事件に関わったとして死刑を言い渡された。
その後、死刑から無期懲役に減刑された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-tenzindelek

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51316419.html

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51377516.html


ペルジョル・ノルブパルジョル・ノルブ 81歳 刑期7年
彼は長年、木版刷りの経典(ペチャ)作りに携わり、その分野の第一人者であった。
2008年10月、チベットの国旗など、禁止されているものを印刷したとして逮捕された。
このままだと獄中で死を迎える可能性が高い。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-paljornorbu

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51137594.html





ロンゲロンゲ・アダ 刑期8年
2007年8月1日、遊牧民である彼はカム、リタンで行なわれた競馬祭のおり、数千人のチベット人を前に「ダライ・ラマ法王がチベットにお帰りにならない限り、宗教の自由はなく、我々に幸せはやって来ない」と演説し、聴衆の喝さいを浴びた。
彼は直ちにその場で逮捕された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-ronggyeadak




ノルジンノルジン・ワンモ 30歳 刑期5年
彼女は教育のあるチベット人女性としてアバ、トチュ(黒水)の司法事務所で働いていた。彼女は作家でもある。
2008年、外国にネットと電話でチベット内部の状況を知らせたとして5年の懲役刑を言い渡された。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-norzinwangmo

http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51137594.html



ゴンポゴンポ・ツェリン 32歳 刑期3年
彼はチベットでは有名な登山ガイドだった。
2009年、外国に2008年3月のラサ蜂起についての情報を流したとして刑期3年を受ける。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-gonpotsering








ロプサンロプサン・テンジン 刑期20年
ラサ大学の学生であった彼は1988年3月5日のラサ平和デモに参加した。
その後、警官殺害の罪を着せられ、他の5人と共に裁かれた。
最初死刑、後に終身刑、最後的に20年の刑とされた。
2013年まで刑期は続く。
http://www.tibetnetwork.org/campaign-lobsangtenzin

http://herotest.soundsoftibet.com/profiles/lobsang-tenzin


バンリ・リンポチェバンリ・リンポチェ 52歳  刑期18年
リンポチェはラサで孤児院を運営していた。
逮捕された1999年には60人ほどの孤児がいた。
孤児院増築の現場で働いていたタシ・ツェリンという一人のチベット人が1999年8月、腹に爆弾を巻き、ポタラ宮殿前広場にある中国国旗を降ろし、チベット国旗を掲揚しようとした。
チベットの国旗を揚げることに失敗し、爆弾に火をつけようとしたがこれにも失敗したという。
タシ・ツェリンは逮捕されたのち拘置所で間もなく死亡した。
この事件の後、リンポチェの孤児院から多くの逮捕者がでた。
彼は「国家分裂を企てた」として最初無期懲役、後19年から最終的に18年の刑とされた。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51019116.html

http://www.tibetnetwork.org/campaign-bangririnpoche

サンゲ・ラモサンゲ・ラモ 26歳 刑期2年
彼女は2008年5月カム、カンゼ市内で他2人の尼僧と共にパンフレットを配りながら、「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットに自由を!」と叫びを上げた。
直ちにその場で武装警官隊に袋叩きにされ、逮捕された。
http://www.freetibetanheroes.org/home.php/profiles/sangye-lhamo



















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2010年01月07日

ラモ・ツォに電話してみました。

ca34eaf0.JPG先ほど、広島からラモ・ツォに電話してみた。

不当にも刑期6年を言い渡されたドゥンドゥップ・ワンチェン氏の妻ラモ・ツォは今、ダライ・ラマ法王の潅頂と教えを得るため、ブッダガヤに家族とともに巡礼に出かけている。

電波の状態がよくなく、雑音が強く、途切れがちだったので結局まともな話はできなかった。
彼女の声は、力なく聞こえたが、それでもいつもの気丈さが感じられるはっきりとした話方だった。
こちらからは、刑期確定を知り残念ではあるが、日本でもできる限り解放運動を続けるし、希望はまだあるのでどうか気落ちしないでほしい、と言うしかなかった。
彼女は「私は大丈夫、ただ長く会えなくなることと、病気が心配だ」と話していた。

以下はITSNのプレスリリースに載っていた昨日ラモ・ツォさんがプレスに語ったという話です。
「私は西寧の裁判所に対し、夫に本人が選択した弁護士を付けることを許可して頂きたい。
私と子どもたちは、かくも長い年月、夫に会うことができなくなることに耐え難さを感じる。
私たちは中国当局に対し、夫を解放することで人間性を示すことを願う。
私の夫は如何なる罪も犯していない。
ただ、真実を示そうとしただけなのだ」


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以下、ITSNからこの件に関するまとめ等。(日本語訳・若松えり様)

ドゥンドゥップ・ワンチェン6年の刑を宣告される

皆様

ドゥンドゥップ・ワンチェンの判決に対し、家族による公式声明が発表されるのを待つ間に、この件に関して最新情報とまとめを送らせていただきます。

現在、以下の緊急アクションに、最新情報を折り込んで、新たに発表する準備が進められています。
www.freetibetanheroes.org (http://org2.democracyinaction.org/o/5380/p/dia/action/public/?action_KEY=1125)
www.tibetnetwork.org (http://org2.democracyinaction.org/o/5380/p/dia/action/public/?action_KEY=1009)

各団体におかれましては、引き続き自国の政府に対して、中国政府に刑と罪状についての確認をとるよう要請してください。
またその際に各自の政府より、ドゥンドゥップ・ワンチェンの刑に対しての遺憾の意と,彼の上訴の権利を支援する内容を発表するよう、働きかけてください。(ドゥンドゥップの家族は上訴に対し弁護士を手配出来るよう望んでいます。)

中国大使館や総領事近辺での抗議行動も各国でお願いします。
画像やプラカードのテンプレはITSNの要ログイン箇所に保管してありますので、ご活用ください。
http://www.tibetnetwork.org/resources-dhondupwangchen

(日本語ではhttp://freetibet.holy.jp/news-action/dhondup_wangchen/から画像やプラカードのテンプレをダウンロード出来ますので,どうぞご活用下さい。注;若松)


最後に、the freetibetanheroesのウェブサイトに皆さまの“支援の声”をメッセージとして残してください。
以下で、すでにポストされたメッセージがご覧頂けます。 http://www.freetibetanheroes.org/gallery/dhondup-wangchen,

http://www.freetibetanheroes.org/gallery/submit-your-words-photos-or-videos

以下は、この件に関する要点を箇条書きにしたものです。ご活用ください。

* チベット人映像作家ドゥンドゥップ・ワンチェンは一般チベット人を五輪、ダライラマや中国の政策についてインタビュー撮影して罪に問われ、6年の刑をいいわたされました。

* 中国はドゥンドゥップ・ワンチェンの宣告について公式に発表していませんが、チベット亡命政府とラジオ フリー アジアの両方で12月28日に刑の宣告があった発表しました。さらに、双方からドゥンドゥップ・ワンチェンが上訴する覚悟である事も報告されました。

* ドゥンドゥップ・ワンチェンあ2008年3月28日に東チベット(青海州)のTongdeで拘束されました。ドゥンドゥップ・ワンチェンは1974年10月17日生まれ青海州Hualong, Haidong出身

* 確認出来ている政府の公式発表によるとドンドゥプ・ワンチェンは2008年7月に”分裂主義を煽動し、窃盗、秘密裏 に購買または入手した情報を不法に国外の組織、施設または人に対して諜報活動を行った”疑いをかけられ、2009年6月に正式に逮捕され
ました。

* 2009年9月に拘束先の西寧市第一拘置所から密かに持ち出された手紙に中で彼は裁判の開始が近づいていることにふれ、こう語っています。
「解放される望みは薄く、今後長期間に渡り獄に留まるであろうと思うとき、
両親に対し、面倒をよく見る、良き息子であることができなかったなあと感じる。
私の裁判はすでに始まっている。
知らせたい良いニュースは何もない。
刑期が何年になるかまだ判らない。」

* ドゥンドゥップ・ワンチェンが僧侶Jigme Gyatsoとともに作成したインタビューの映像は,その後ドキュメンタリー映画として「ジグデル;恐怖を乗り越えて」 "Leaving Fear Behind" (www.leavingfearbehind.com)と名ずけられ中国支配下にあるチベット人の生の声をかいま見ることのできるまれな映像となり、世界30カ国以上で上映され、次のウェブサイトよりインターネット上でも公開されています。http://www.leavingfearbehind.comフィルムは2008年3月初めにチベットから、国外へ秘密に持ち出されました。

* 彼の家族が弁護を依頼した北京のGong Xin (共信法律事務所)のLi Dunyong (李敦勇)弁護士との接見も禁止されており、ドゥンドゥップ・ワンチェンの裁判を傍聴許可を要請した外国政府に対しても、中国政府は拒否をしています。

*ドゥンドゥップ・ワンチェンの健康状態について。
ドゥンドゥップ・ワンチェンはB型肝炎を患っており、尋問の際に課せられた拷問の後遺症と医療処置の受けられていない病状について心配が寄せられています。

*2008年5月に尼僧院で起こった平和的抗議行動に関連した罪で、2009年12月23日には、尊敬されるチベット人高僧プルブ リンポチェPhurbu Rinpocheは8年半の刑を受け、2009年12月25日 には中国の民主化・自由化を求める「 08 憲章」を起草、発起人に名を連ねる中国人作家、活動家の劉暁波(Liu Xiaobo)氏に刑期11年を言い渡す等して、中国は表現の自由に対しゼロトレランス方式を用いて取り締まっています。

* ITSNでは政治囚キャンペーンサイトwww.freetibetanheroes.org
を立ち上げ,その中でドゥンドゥップ・ワンチェンの件に焦点をあてて紹介しています。
彼の釈放を求める署名アクションには世界から何千筆もの署名が集まっています。

* ドゥンドゥップ・ワンチェンとともカメラマンとして活動したラブラン僧院の僧侶ジグメ・. ギャツオJigme Gyatsoは2008年3月23日に逮捕され2008年
10月に仮釈放されるまで、連打や尋問用の椅子に何日間も縛り付けられる、足を縛
られて天井から逆さに吊るされるなどの残酷な拷問を受けました。

その後、彼は2009年3月に再び40日ほど、拘束されています。

Alison Reynoldsより
Executive Director, International Tibet Support Network
alison@tibetnetwork.org
www.tibetnetwork.org
+44 7711 843884


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2009年12月09日

続・ナクチュカの戦い、リンポチェ解放運動

Tenzin Delek Rinpocheナクチュカで起こった今回の事件には深い因縁があるのだ。

地域のチベット人たちが切に解放を求めるテンジン・デレック・リンポチェは中国政府のチベット文化・環境破壊工作に対する抵抗運動の先鋒であり、象徴と化していた。

リンポチェは1950年カム、リタンに生まれリタン僧院で7歳の時僧侶となった。
1982年から1987年まで南インドのデブン僧院に留学。
その間にダライ・ラマ法王から転生者として認められテンジン・デレックという新たな法名を授かった。

リンポチェはその後再びリタンに帰ったが、その時から当局の監視が始まった。
リンポチェは逮捕されるまでに、地域に7つの僧院、尼僧院を建設した。
養老院と貧しい子供たちと孤児のための学校も建設し、運営していた。
また、環境保護を常にみんなに訴え続けた。
水源や土壌を汚染するとして鉱山開発に反対した。
洪水や土砂崩れの原因となるとして森林伐採に反対した。
動物が絶滅するとして無制限の狩猟に反対した。

彼の名声は地域で益々高まり、様々な場面で政府と衝突することになった。
当局は目ざわりな彼を消す機会を待っていた。
そんな折2002年4月3日成都で爆弾事件が起こった。
これに関連し、ロプサン・ドゥンドゥップというチベット人が逮捕された。
彼はリンポチェの遠い親戚であった。
そこで、当局はロプサン・ドゥンドゥップを拷問にかけ、リンポチェがこの事件に関与したという自白文に彼のサインを取った。

リンポチェは4日後に逮捕され、2002年12月2日、たった三日間の秘密裁判の結果、二人とも死刑を言い渡された。
国際人権機関等の圧力によりケースは四川省高級法院に持ち込まれたが翌年の1月26日ロプサンに死刑、リンポチェは二年の執行猶予付き死刑とされた。
ロプサンは即日死刑執行された。
ロプサンは死ぬ前に彼の以前の自白は「拷問によるものだ」と証言している。

その後の世界的なリンポチェ解放運動の成果があったのか、2005年1月26日彼は無期懲役に減刑された。

テンジン・デレック・リンポチェは「私は完全に無罪だ。私は常に他人に対して手を振り上げるなと説いている。それは罪なことだ、、、私は(爆発現場に落ちていたという)パンフレットを作ったこともなければ、配布したこともないし、爆弾を秘密裏に仕掛けたということもない。私はそんなことを考えたこともない。私は他人に害心を抱いたことはない」と話しているという。

もっと詳しいリンポチェの経歴を知りたい方は以下へ
http://www.freetibetanheroes.org/profiles/tenzin-delek-rinpoche

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以下、ITSNから送られてきた今回の事件に関するコメントや情報、アクションの提案です。(翻訳瓜子様)


* この抗議行動はテンジン デレク リンンポチェをの状況に対する反動で単発的に起きた行動ではない点を強調してください。この地域にとって彼の不在は長いこと悲観の対象となっており、彼が投獄されてからの最初の3年間は地域住民は一切、祝い事を取りやめて来た経歴があります。テンジン デレクが求刑された年数の最初の数年間を刑務所で過ごせば釈放されるのではといった彼等のかすかな望みは、意味を持たない事がはっきりし、この地区の住民は長い間、彼のためになんとかしたいと思って来
た結果の今回の抗議行動への展開です。

* 更に地域住民は、この抗議行動が政治的な(フリーチベット等を求めるもの等)意味をもつものではなく、純粋にテンジン デレク リンンポチェを救いたいという気持から起きた点を強調するために、危険を冒しています。

* テンジン デレク リンンポチェはチベットにおける700名以上もの政治囚の中の一人です。

* 2009年12月10日はダライラマがノーベル平和賞受賞して20年です。


チベットで何が起きたか(まとめ)状況は今現在進行形で届いた目撃者による報告に違いがあるため現在確認を急いでいます。以下は現在発表されている報告をまとめたものですが、未確認情報が含まれている事を必ず事前にお伝えください。

- チベット運動全体で、テンジン デレグの健康状態が悪化している事を知らされました。彼はいぜんとして無実を主張しており、弁護士と再審を求めています。彼の地元支援者は彼の法的な弁護人と再審を求める署名運動を始めました。

- APによる記事では数週間まえにテンジン デレクの親族5人が、30,000筆の署名を持って,北京に向かった所、四川省に強制的に戻されたとのことです。同記事では、親族はその後、四川省裁判所へ向かいテンジン デレクとの面会許可を求めたそうですが、面会が可能だったかどうかはわかっていません。親族一同の近況ははっきりしておらず、情報の中には彼等が拘束されたとするものや、その他の情報ではわからないとするもの様々です。

- 12月5日、テンジン デレク地元住民の何人か、親族一同を支援するため成都 (Chengdu )か雅江 Nyagchukha (Yajiang)に向かった事がわかっています。

- 何百人ものチベット人が親族一同を支援するため(または彼等の拘束に抗議して)抗議行動に参加しました。
チベット人300人が抗議行動とハンガーストライキを雅江 Nyagchukha (Yajiang) と、Tibet Post による報告では テンジン デレクの僧院近くにあるオトック Othok (リタンLithangのそば) で先週末に行いました。

- いくつかの報告では相当の数の逮捕者がでた事を報告しています。(50人、90人、またはもっと多い数も);ほとんどの報告に共通しているのは抗議行動が雅江 Nyagchukha (Yajiang) で起きたという事で、時間や逮捕に至った状況についてははっきりしていません。

現在,出ている報告のリンク集
Associated Press AP通信, 12月8日 : http://www.ctv.ca/servlet/ArticleNews/story/CTVNews/20091208/tibet_monk_091208/20091208?hub=World

Tibet Post, 12月8日;http://www.thetibetpost.com/en/inside/51-news-in-focus/522-chinese-military-deployed-to-peaceful-protests-in-othok-lithang-east-tibet-update

Tibet Post, 12月7日: http://www.thetibetpost.com/en/inside/51-news-in-focus/521-ninety-people-arrested-and-twenty-injured-in-nyakchu-district-lithang-eastern-tibet

Radio Free Asia, 12月7日: http://www.rfa.org/english/news/tibet/protest-12072009151909.html


2.アクションの提案と資料について
12月10日世界人権デーの際の追悼ビジルを中国大使館側で行う団体は是非テンジン デレク リンポチェの写真をITSNの資料(Resouces)からダウンロードしてお使いください。テンジン デレク リンポチェの釈放を求めるメールアクションを支援者にご紹介ください。http://tinyurl.com/tenzin-delek-action政治囚キャンペ−ンのウェブサイト「フリーチベタンヒーロー」ではテンジン テレクを応援するGallery of Voicesのページに皆さんのメッセージやビデオをポストすることができます。
http://www.freetibetanheroes.org
ITSNサイト内の資料(要ログイン)から中国首相あての絵はがきがダウンロード出来ます。
http://www.tibetnetwork.org/resources-tenzindelekメディアや政府機関に対して上記の進展を含めて報告し働きかけてください。
これまでにも、彼についてコンタクトをした議員や政府関係者には、上記のまとめを最新情報として通知してください。

ITSN資料箇所では(要ログイン)以下が用意されています。

- アクション絵はがき(各自の中国大使館を通して中国首相あて)
- テンジン デレク リンポチェの経歴
- テンジン デレク リンポチェ写真
-  テンジン デレク リンポチェのプラカード
-  2004年発表の TCHRD とHuman Rights Watchによる報告書



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2009年10月31日

ドゥンドゥップ・ワンチェン氏の獄中からの手紙

Dundup Wanchen Release Demand10月30日のニューヨーク・タイムズ紙は「恐怖を乗り越えて」の製作者ドゥンドゥップ・ワンチェン氏の手紙を入手し発表した。

http://www.nytimes.com/2009/10/31/world/asia/31tibet.html?_r=2

この手紙は一カ月前に書かれたもので、獄中から極秘に外に持ち出され、スイスにいる従兄経由で発表されたものだ。

ニューヨーク・タイムズには全文発表されていないがITSNのAlison Reynolds氏より全文と思われるものが送られてきたので以下、その手紙を訳す。


「数日前、私は悪夢を見た。
<何か大変なことが家族に起こったのではないだろうか?>
という思いと戦わねばならなかった。
私は年老いた両親のことを心配した。
本気に心配した。
二人の近況を知らせてほしい。
どうか隠し事はしないでほしい。
私の状況についていえば、何も心配する必要はない。
私は自分の運命に向き合う用意ができている。
解放される望みは薄く、今後長期間に渡り獄に留まるであろうと思うとき、
両親に対し、面倒をよく見る、良き息子であることができなかったなあと感じる。
私の裁判はすでに始まっている。
知らせたい良いニュースは何もない。
刑期が何年になるかまだ判らない。



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アメリカを中心にオバマ大統領の中国行きを前に、特にドゥンドゥップ・ワンチェン氏の解放をオバマ氏に直接訴える運動が熱を持って来ました。

ルンタもSFT・Japanさんに手伝ってもらい、ドゥンドゥップ氏の妻ラモ・ツォさんを中心にした残された家族の物語「ラモ・ツォ 悲しみの湖をこえて(原題Behind the Sea)」の日本語版を完成しました。

さっきそれをYoutubeにアップしようとトライしたのですが、分割できず、まだできてません。

11月7日、東京でSFTさんが上映会を開かれるはずです。

獄中で悪夢を見、両親に何かあったのか?死んでしまったのかもしれない?と思う優しい息子。
理不尽な運命の判決を待ちながらも、自分のことより周りの人のことを常に心配してる人なのでしょう。















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2009年09月24日

ドゥンドゥップ・ワンチェン氏解放世界キャンペーンの日ダラムサラでは

23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campain昨日はドゥンドゥップ・ワンチェン氏解放世界キャンペーンの日でした。

ダラムサラでもまず、朝からマクロードのバス停で胡錦涛に送るはがきの署名活動が行われ、約1000名の署名はがきが集まりました。(以下関連パユル記事)
http://phayul.com/news/article.aspx?id=25558&article=Dharamsala+joins+'Global+Day+of+Action+for+Dhondup+Wangchen'

夕方からはキャンドル・マーチが行われ、街を三週した後、ツクラカンに向かいそこで集会が開かれました。

23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campaign犠牲者への黙とうで始まり、チベット女性協会と9−10−3の会の代表が話をし、英語の説明の後、みんなで「ツェメー・ユンテン」を歌い、最後に‘Dispatches: Undercover in Tibet’.が上映されました。
このイギリス、チャンネル4のドキュメンタリーはとにかく素晴らしい。



23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campaign私は妻のラモ・ツォが檀上に上がるのを待っていたのですが、昨日はとうとうそのような場面は無く、残念でした。
以前に一度檀上で夫の解放を涙ながらに訴えられたことがあります。





ラモデモの前に町で夫解放を訴えるポスターの前でキャンドルを配るラモ・ツォ。
その横でいつもの姪のソナム・ワンモが黒いキャンペーン鉢巻を配っていた。
今日のラモ・ツォの顔は終始悲しげでした。
















23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campaignみんなと一緒に座って檀上の話を聞く二人









23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campaignツェメー・ユンテンを歌う(唱える)二人



















23.9.09 Dhondup Wanchen Release Campaignツクラカン前に集められた祈りのキャンドル











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