記者会見

2010年10月19日

2009年、3月10日法王記者会見 その五

caa95d01.jpg再掲/2009年03月19日分

法王の3月10日の記者会見レポート最終回。

法王は英語で話されました。
尚、これは私の試訳に過ぎません。


質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:最近、困難にも拘らずチベットの内部に入り現地からのレポートを発表している外国のレポーターがいる。
それによれば、状況は極めて厳しい。
これ以上言うことはない。

それから、もう一度皆さんにはお願いしたい。
チベットの中の人々に私のメッセージを伝えてほしい。

もちろん、(現在チベット人は)厳しい状況下に置かれ、絶望的な気持になっているであろうことはよく解る。
それでも、今は静かにして、行動を抑制するようにと言いたい。
地方政府はチベット人がもっと反抗し、暴れてくれることを待っているのだ。
そうなれば、もっと簡単に打ちのめすことができるからと。
何れにしてもいいことはない、今は静かに耐えることだ。

(この私のメッセージを)何らかの方法を使って内部チベットの人々に伝えてほしい。

次、
なにBBC?、、、いや、、、違うか?

質問者:スウェーデンの新聞社の者だが、法王は「早期にチベット問題が解決されるであろうと考える理由がある、、、」と言われたが、これはどういう意味なのか?

法王:それについては、すでに答えた。もう答えた。
もう、一度説明したから、もう繰り返さない。
理由1,2,3,4と答えた。
もう答えた。

次、



質問者:フランスのテレビ局です。
あなたはステートメントの中で中国はチベットを「この世の地獄(hell on earth)にした」とおっしゃった。
この言葉は強いメッセージと感じられる。これについて更なるコメントを。

法王:これはチベット人がよく使う表現だ。
ただ、バイブルが説くところの「地獄」とは異なる。
仏教の経典には違った「地獄」についての記述がある。
ハハハハ、、私はよく知らない、、、

質問者:どういうことか?

法王:(大きなジェスチャーと大きな声で)これほどの苦しみ、これほどの恐怖、これほどの怒り、これほどの憎しみ、生活を蝕む、、、

法王の興奮を抑えようとここで、リンポチェが言葉を挟む。

リンポチェ:地獄とは苦しみの極まった(Highest Level)状態のことだ。

法王:Yes.

(ここで、少し説明がいる。この3月10日午後一時ごろにはこのステートメントに書かれた「この世の(生き)地獄」という表現が、この後中国政府からの非難を思いっきり浴び、外国メディアもこの表現を好んで使うことになろうとは、法王自身この時点で予想されていなかったご様子でした)

質問者:フランスからだが、
法王の後継者としてリン・リンポチェとカルマパのどちらが選ばれるのか?

法王:何、カルマパ? ノーノー。

ステートメントの中で今回もはっきり言っているが、私のポジションははっきりしている。
半引退だ。
最近EU議会で私はリンポチェを「私のボスだ」と言って紹介した。
政治的には彼が私のボスだ。

精神界では私が彼のボスだ。エヘヘヘヘヘヘヘ、、、、
だから今は5年ごとの選挙によって政治的トップは入れ替わる。
中国のジャーナリストも私の後継者について質問したが、
私はコミュニストではないと答えた。
もしもコミュニストだったら、自分の後継者を必ず自分でピックアップすることであろう。

でも、我々はコミュニストではない。
我々は完全に民主主義に従っている。
私はいつも「もう半引退している」と言うとき、誇りを感じる。
リンポチェはすでに二期目に入った、後、、、

リンポチェ:二年です。

法王:だから、もしも彼がそれからも同じ地位に留まりたいと考えてもそれは法律上叶わない。
この地球のメンバーである、どこかの国のある大統領などは、一生地位を守ろうとする。
そんなことはここではあり得ない。
5年ごとに選挙で選出されるのだ。

一方精神的レベルにおいては、皆様も朝の式典でご覧になったように、
私のそばにサキャ・ティチェン・リンポチェ、その傍にカルマパ・リンポチェ、ボン教のティンジン(座主)、それにデブン・キャンマ・リンポチェ、その他成就者たち、
すべての派が集っている。
黄帽派、赤帽派、黒帽派、それに何だ、、、、そうだ、ボンは時に白い帽子を被るから白帽派、
そして、、、その内、青帽派も現れてくることも期待されてるとか、、、、ハハハハハハ、、、。

緑は如何で(とリンポチェ)
そうだ、そうだ、緑は良い。
グリーン・パーティーだ!ハハハハ、、。
沢山の国でグリーン・パーティーが、、、、ニュージーランドに行った時、グリーン・パーティーの事務所に迎えられた。その時私は「もし、ニュージーランドに居るなら私はあなた方の党に入るであろう」と言った。
それは私は常に「エコロジー」の大事さを語っているからだ。

何れにせよ、すべての組織の中で若い世代の優秀な人材がたくさん育っている。
非常に健康的で可能性を秘めた指導者たちが現れてきた。
だからダライ・ラマの後継者について心配する必要はない。
ダライ・ラマ制度に関する限り、早くは1959年にすでに私はこの数百年続いた制度の存続はチベット人によって決定されるべきだと表明している。
大多数のチベット人がこの制度の存続を大事だと感じるならば、残るであろう。
もしも、大多数の人々がもう必要ないと思うなら、無くなるまでだ。
これは大事なことではない。

大事なことは前にも話したが、私の日々の生活が他の人々の福祉に何らかの貢献をするということだ。

私は自分の将来について考えたことはない。

サンキュウ、サンキュウ。


了。



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2010年10月18日

2009年、3月10日法王記者会見 その四

a5d6bdc2.jpg再掲/2009年03月17日

質問者:スウェーデンのフリーランスの記者だが、
失礼な質問かも知れないが、、、私の通訳のチベット女性が「法王は自身の死をコントロールできる」と言っていたが、、、ではあなたはいつお亡くなりになられる積りか?

法王:おお、、、あなたに仏教の信について語った女性がもっとしっかりした仏教知識を持っていれば良かったのだが、、、ヘヘヘ、、、、。

まず、仏教に関して二つのレベルの解釈がある。
民衆レベルの解釈と、本当に権威あるナーランダ大学の伝統に沿った解釈とだ。
一般にチベット人だけではない、日本人だって、中国人だって一応我々は仏教徒ということになっているが、一般の人々には十分な仏教に関する知識はない。
そうではないかな?

率直に言って、私には自分の死をコントロールするような力は全くない。
この明らかな理由は、例えば、去年私は胆石を取り除く手術をしたが、これは自分の望んだことではない。でもコントロール不可能だった。アハハハハ、、、、
だから、私の死もこのようなものだろう。
コントロールできるはずがない。
死の時は来るときには来る。ハハハハハハハハハ、、、、、
しかし、たぶん、来世については、意志の力によって、決心の力によって少しはコントロールできるかもしれない。

私の常なる願いは、
「この宇宙が存在する限り、有情の苦しみがある限り、私は留まる。
力の限りその者たちを助けるために」だ。
これは私のお気に入りの祈願だ。
そして、そのように決心している。

第一世ダライ・ラマが弟子から、「あなた様はすでに浄土に行かれる用意が有られるようだ。そのような印が現れている。しかし、どうかこの世の長寿を全うされますように」と懇願された。
その時法王は「私は浄土などに行きたいと思ったことなどない。私の願はより多くの苦しみのある処に生まれることだ。そうなれば、私がもっと役に立つから」と答えたという。

30年前に、このダライ・ラマ一世に関する資料を読んだ時、私は心打たれた。
だから私もこれを見習うのだ。
利用価値ということだ。
私はホームレスになって、50年だが、私は幸せを感じる。
この状況の故に私は役立つ人であり続けることができた。
このことが大事だ。
もちろん、自由がなければこれはなせないことだ。
この50年間、ホームレス、ステートレス(国もない)だったが、だから却って周りの人々の福祉増進のために何らかの貢献を成すことができたのだ。
だから、私は楽しい。

ところで、あなたは私がいつ死ぬかを訊ねているが、、、それは分からない。
おそらく、今晩がその日ではないだろう。これはほとんど確かだ。
99%は確かだ。でも今夜、大きな地震でも起これば、分からない。
でもその時は皆さんも危ないわけだが、、、ハーハハ、ハ−ハハハハ、、

次、
中国人か?

質問者:そうです。これが私のパスポートです(中国パスポートをかざす)。
私は89年に天安門前でデモに参加しました。
中国政府は多くの子供も殺しました。
家も壊されました。
2002年にニュージーランドに逃れました。
でも今もこの中国パスポートを持っています。
それは、中国は私の国だと思ってるし、、、

法王:グッド! それは良いことだ。

質問者:ニュージーランドに胡錦涛が来た時、チベット人がデモをするのを見ました。
2007年のそれは大きかった。
チベット人と共に、我々もダライ・ラマを共有したいと思った。
法王はチベットのダライ・ラマであるのみならず、我々中国人のダライ・ラマでもある。

法王:誰もそんなことは言わないがな、、、ハハハハハハ、、、
でも実際、我々はそう思っている。この前ワシントンに行った時、中国人の前で「私は中国人になりたい」と言った。
あなたの持っているそのパスポートを持っても良い。OKだ。
我々は中国人ではない。しかし、市民として中国の中に留まりたいと言っているのだ。

質問者:・…上海で6人の警官を殺して自殺した男が・・・・08憲章が…どうしたらよいか?(この部分良く分かりませんでした)

法王:あなたの質問ははっきりしないが、、、比較的いい英語だが、、、2002年に出られて、それから習われたのなら、大したものだ。
いや、中国を出られる前にも英語を習っていたのか?

質問者:ハイ。北京で。

法王:じゃ、それほどでもないかな、、、ハハハ(満場笑い)
それにしても、我々二人は同じ類(same kind)の人間なのだろう。
独裁政権に反対している。
我々は自由を求めている。
「08憲章」の事を聞いたのは、私がポーランドにいた時だが、直ちに私は支持を表明した。これは道徳的責任からだ。
これは支持すれば、見返りにどれだけの利があるとかいう話ではない。

何事か正しい、道徳的案件については、支持を表明すべきなのだ。
だから私は支持を(書くしぐさ)表明した。

前にも言ったが、中国は世界でもっとも人口の多い国だ。
他の世界から尊敬を得たいと熱望している。
そのためには、透明性、公正な司法組織、メディアが完全に自由に活動できること等が必要だ。
これらが達成されるなら、現在の共産党の下に漸進的に民主化が進むと考える。
これが、正しい方向だ。
突然の崩壊、変更。中央政府の突然の崩壊は大きなケオス(混乱)を引き起こすであろう。
これは誰もが避けたいことだ。
漸進的変化が最良の道なのだ。

だから、私は指導者層の中の若い人たちや、そのスタッフの中の外国で良い教育を受け、民主主義の価値をすでに味わったことのある者たちに期待する。
彼らの力による序々に中国が民主化されるなら、そのとき初めて中国は「尊敬を受ける超大国」になれることだろう。

中国の友人も言っていた。
超大国になるには、いくつかの条件があると。
まず第一に「人口」、これはもうある。
第二は軍事力。これもすでにある。核もある。
第三に経済。これも今は大体ある。
何が、足りないか?
それは道徳的権威だ。
信頼され、尊敬される超大国になるには道徳的権威がいる。
これが欠けているのだ。

このところの中国の、チベットだけではない、ウイグル人や自国の反体制中国人に対し、少しでも政府反対の意見を表明すれば、逮捕するという態度は非常に良くない。
中国のイメージのために良くないことだ。
だから、尊敬される超大国になり、より効果的に世界をリードする国になるためにはこの点は非常に大事なことだ。
このことは常に中国の友人にアドバイスしていることだ。

数日前に中国の外務大臣が言っていたが、、、、コピーはあるか?
(コピーが手元に渡され。それを読まれる)
「(中国と)良好な関係を続けたいなら、その領土がダライ・ラマのチベットの独立をもくろんだ分裂主義的活動に使われないようにすべきだ」

今回も、皆さんが証人となったように、我々は完全に「中道路線」を守っている。
「独立」を求めていない。
あなた方に、このことに完全にコミットしていると100%保証する。
(非常に厳しいお顔でみんなを指さされる)
あなた方が証人だ。

この数十年の間、世界中至る所で、私はこのことを明言してきた。
多くの人たちがこのことをはっきり認識している。
我々は独立を求めていないと。
だから、たとえば私の兄とか、他のチベット人たちも私のこの立場を非難している。
(コピーを示しながら)この中の「独立を求めている」とか「分離主義者」とか言う言葉は、、、、これはチベット人のいうところの「実体のない影」のようなものだ。

(再びコピーを見ながら)
「ダライ・ラマ側は依然として中国全領土の四分の一にあたる大チベットと呼ぶ領土の中から軍隊を追いだし、すべてのチベット人以外の住人を移住させようとしている。
・・・・・ドイツやフランスその他の国であろうと自らの領土の四分の一が奪われるのを誰が許すか。中国は常に統一を支持することを忘れないように。」

エヘヘヘヘヘヘヘヘ、、、
私はかなり真剣だ。これを聞いた時は相当驚いた。
外務大臣!がこのような表現を使うとは。

二つの可能性がある。
一つは、全くの無知からか?
あるいは、意図的に嘘を言っているか?だ。
だから、私の代わりに、皆さんが中国の外務大臣に聞いてほしい。

「チベットから中国軍を追いだし、チベット人以外を移住させる」、、、
この同じ質問を私はオーストラリアである中国人のジャーナリストから受けたことがある。
私は「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」と尋ねた。
しかし、答えは帰って来なかった。

皆さんには私のすべてのステートメント、記録を調べてほしい。

もちろん59年のすぐあと頃には、何も決定されていなかった。
我々の中心の課題は移住であり、教育であった。
それと国連に訴えることだった。
しばらくして、緊急の課題が少しは解決されたころ、初めて長期的展望についてじっくりと考え始めた。
そして1974年に長期的政策を決定したのだ。その時から我々の立場は一貫している。チベットの独立を求めてなどいない。
会う人すべてに説明している。

「自治」とはどういうことか?
外交と防衛以外のすべて、教育、経済、環境、宗教、これらはチベット人自身にゆだねられるということだ。
外交と防衛以外、と言うときここで一つの質問が起こる、、、、
インド人の友人はどこに行った、、(法王手をかざしてその人を探すしぐさ)
あれ、行っちゃったのかな?、、、あなたじゃない、、、
20年ほど前にある雑誌のエディターと会ったことがある。
その時この外交と・・・の話になったので、私はジョークで「もしもインドと戦争になったとして、我々チベット人は

インドに銃口を向けるなど考えられないことだろう。インドは我々のグルだ。先生だ。
だから、インド人に撃たせろということになるだろう。ハハハハハハハ、、、
みんな笑ったよ。

独立を目指していないということは、外交と防衛は彼らに任せるということだ。
私は一度も中国軍はチベットから撤退すべきだと言ったことはない。
だから、お願いだから、私の代わりに中国の外務大臣に聞いてほしい。
「いつ、どこで私がそのようなことを言ったのか?」を。
できるか?私の代わりに聞いてくれるか?(一人ずつを指さされる)

この中には北京に支局を構えている通信社も多いだろう。
彼に訊ねてほしい。訊ねるべきだ。
どこで言ったのかと!?(法王本気の顔をされる)
これは本当のことではない。
中国の外務大臣は巨大な軍隊をもっている。私はたった一人の避難民だ。
しかし真実に関する限り、違いはない。
力に関係ないものだ。
だから私は彼に、いつ、どこで、発言したかを聞く権利がある。

ワシントンで語った一つのコメントがある。
これは遠いビジョンとしてだが、チベットが将来「Zone of Peace」になればいいと語った。「アヒンサ」の地だ。
これはどこでもいつも話している、ヨーロッパでもワシントンでもカナダでも日本でも、これは私の長期的ビジョンとして話していることだ。
全世界はいずれ非武装化されなければならない。
これは段階的に進められる。
外の非武装化の前に内なる非武装化がなされるべきだ。
これは我々のビジョンだ。何も隠すことではない。
中央アジアのチベットは平和地帯となるべきだ。
だからと言って、今すぐにチベットから中国軍は撤退すべきだと、言ったことは決してない。

例えば内モンゴルには3,4百万のモンゴル人に対して1800万人の中国人が住んでいる。こうなるともう自治と言う意味もない。
自治と言う限り、その地域において人口の過半数を保っていないければならない。
この意味で危険はある。
例えばラサだが、10万人のチベット人に対し、中国人を中心とするチベット人以外の人口は20万人に達する。
すでにチベット人以外の方が多くなっている。
これはチベットの文化を守ることに対する脅威だ。
言語を含めてだ。
この点に関して時に言及することはある、、、しかし、
すべてのチベット人以外の人は出て行くべきだ、などと言ったことは一度もない。
だから外務大臣に質してみたいのだ。

無知からか?(意図的)嘘なのか?
どこでいつ言ったかを証明すべきだ。
証拠を示すべきだ。
去年もそうだったが、、、去年3月10日の騒動が始まった後、温家宝首相がメディアの前で「すべての問題は外部から、ダラムサラから引き起こされた」と語ったとき、私は「どうかちゃんと調査してほしい、中国の係官がここに来て、すべての私のファイルとチベット人に話したすべての記録をチェックしてほしい」と中国政府に対し要請した。
でも何の返答も帰って来なかった。
だから、今回はあなた方に中国側に質問してもらう義務を押し付けよう。ハハハ。
(会場から拍手)

はい次。後二、三の質問だけ、、、

質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?

法王:



続く。


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2010年10月17日

2009年、3月10日法王記者会見 その三

9bae8a2b.jpg再掲/2009年03月16日分

以下、法王記者会見の続き。

*注:質問については明瞭に聞き取れないことが多かったので、要旨のみと思って下さい。

ーーー

質問その二

ワシントンポスト:会談が進まない中、チベットの状況は悪化するばかりのように見える。
これからの見通しは?

法王:私のステートメントにおいても、内閣のステートメントにおいてもはっきりと表明していることだが、我々の要求はすべて最後の会談の時中国側の代表に手渡してある。
すべては文章で明確に示してある。
これは中国側からその前の会談で要求されたものだ。
「すべての要求を明らかにせよ」と言われた。
だからメモランダムという形式で答えた。

これについて如何なる協議も行われることなく、彼らはただ、全面的に否定した。
このメモランダムのすべての意味は「半独立」とか「隠ぺい独立」だと断定している。
このように、完全に内容自体を拒否したのだ。

今、多くの友人、国々が中国を説得することに努力してくれている。
だから、様子をみよう。

中国の多くの知識人、作家たちが中国のチベット政策は間違っていると指摘している。
だから、時が来るかもしれない。


質問その三
チベット・ポストだが、
インドがチベットの真の自治を実現するためにもっと積極的に果たせる役割とは何か?

法王:インドはこの50年間の我々のホームだ。
50年前から我々はホームレスだ。
しかし、ホームレスもそれから色んなホームを見つけた。
インド政府からは居住、教育その他の分野でできる限りの援助を受けた。

一方、チベット問題に関しては、勿論インドも中国と長い国境線を境に隣接しているし、そのかなりの部分はまだ最終的に決定されものではない。
だから、まだ困難はある。
故に(チベット問題において)インドが出来ることにも限界があるのは理解できよう。

インドの政府も人々も一般的に非常に我々に同情的だ。
でも過去には私も「インドは少々心配し過ぎだ」とか言ったこともある。
しかし、インドの態度は理解できるものだ。
また、インドのメディアの我々に対する関心は益々強くなってきている。
だから、時がくればインドは必ず、できる限りチベットを助けてくれると信じる。


質問第四
日本の共同通信社のSだが、
(このが先のブログでお知らせしたものです)
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51179267.html
ただ、次の質問の間にサンドゥン・リンポチェがコメントを入れられた。

リンポチェ:法王は非常に洗練された言い方で話されたが、少し説明もいると思われる。
この中道路線は中国政府の態度に対する反応として提案されたものではない。自発的にこちらが提案したものだ。この方法は双方に利のあるものだ、、、(話の途中で法王がここで話し始める)

法王:これは明らかなことだ。
この中道路線は、一方が勝利し、一方が負けるというような提案ではない。
双方に勝利をもたらすものだ。

この考えを我々は74年ダラムサラにおいて決定した。
そのころ中国の人々は文化大革命に完全に没頭していた。
だから、我々は中国から要求されてこの決定を下したのではない。
何れは、中国政府との話し合いが始まるとの予測の下に自発的に決定したことなのだ。
つまり、真の、意味のある自治を求めることになったのだ。
これが中道路線だ、、、(ここで今度はリンポチェが割って入り)

リンポチェ:我々はこの路線遂行に更なる確信をもっている。
それは、人々からの信任を得たからだ。この際中国は関係ない。

法王:グッド!

次、そこのインド人、、、


質問第五
ロイターの者だが、
法王は1959年に亡命を決意されたことに対し後悔を感じられたことはないか?
法王:私はこの50年間、常にあの時の事を思い出し続けてきた。
正しい判断だったといつも思っている。

もしも、中国政府があの17条協定を継続的に守っていれば、1959年の危機は決して起こらなかったことであろう。
しかし56年、57年頃から次第に極左寄りの政策が始まった。
中央のほんのちょっとした政策変更がチベットで実際には大きな変化となって現れた。
これが1956〜9年までの衝突の原因だ。
56年の列車の路線変更からして、その後の59年の結果はすでに不可避のものだったのだ。
そのような状況において、最善の方法は脱出することだった。

このインドに亡命してすでに50年経った。
地球のこの場所でチベットの宗教と文化は完全な自由の下にある。

インド人の友人によく語ることだが、「インドは我々の精神的ホームである。仏教はインドから始まった。だから、我々の多くは自分たちが幸運であるとまで思っている。
過去には一生のうち一度でもインドに行くことができればラッキーと思われていた。
それが、今は自分たちのホームとなったのだ。ハハハ、、、簡単にそうなった、、、ハハハ

皆さんも知っているようにインドと我々の関係はグル(師)とチャラ(弟子)の関係だ。
インドは我々のグルであり先生だ。
だから私は時々インドの友人にこう言う
「弟子が苦況にある時には師はそれを助ける道徳的責任があると」ハハハ、
そうではないかな?ハハハ、、、

このようにして、我々は1956年の政策変更により、今こうなっているのだ。
もちろん1980年代初めにおいて、胡耀邦がいたときには希望があった。
彼は素晴らしい共産党指導者だった。
彼には誤りを認めるだけの勇気があった。

私のステートメントにも引用したが、1980年彼がラサを訪問した時、チベット政策の間違いについて民衆の前で謝罪したのだ。
過去に如何なるダメージをチベットに与えたかについて語った。
その時は、本当の希望が持てた。

しかし、彼の政治生命はあまりに短かった。
中国にもこのように時に希望の持てる人も現れるが、基本的には強硬派が政権を担い続けている。
だから、我々の1959年の決定を間違っていたと思ったことはない。
正しい決定だったと思っている。


次、、、、そこの中国人、

質問第六
質問者:台湾パブリック、、です。

昨日法王は台湾の人々からの「台湾訪問」の要請を受けられたはずだが、どうされるお積りか?今年台湾を訪問されるのか?もしそうでないなら、その理由は?

法王:昨日、台湾からのジャーナリストにあった。
ジャンパ・プンツォをはじめとする、プレスクラブからの台湾訪問要請を受け取った。
それに対し、私は「原則的に承諾する」と答えた。

私は常に台湾に行きたいと願っている。
そこで、百万の中国人の目の前に顔を出してみたい。

我々は「反中国」ではない。
我々は中国の文明と文化を称賛するものだ。
地理的に我々はすでに数千年の間隣り合わせに暮らしてきた。

中国本土に行って直接、私の(中国に対する)信と誠実さを多くの人々に示すことが許されない今、私は台湾を選んだ。
台湾こそ、私の信と誠実さを中国の兄弟・姉妹に対して示す場所だと。

ここで、「中国人」と私の言うとき、誤解しないでほしい。
(記者を示して)あなたも中国語を話すであろう。
中国語を読み書きし、話し、中国文化の下にあるすべての人々のことだ。
台湾人でも、中国人でも、その他でもだ。

台湾こそ、私の中国人に対する信と真を示す場所と考えた。
これが、第一のポイントだ。
より親密な理解を求めてのことだ。

次に第二のポイントとして、台湾には仏教徒が大勢いることだ。

こんなことから、私は過去二回台湾を訪問する機会を得た。
完全に宗教活動のみだった。
実際最初の訪問の時、中国からの独立を要求していた野党(DBP)の人たちと会談した。
私はその時「チベットに関する限り我々は独立を求めていない」と言った。
「我々は離反を求めていない」と。
今、あなた方台湾の人々は経済的理由から、一方違いもあるということから、本土とユニークで特別に緊密な関係を築くべきだ、と語った。

そして、二度目の訪問の時にも、私は空港で「中国の係官を私の台湾訪問の間中24時間監視するために付けてほしい」と言った。
どこに行くのか?誰と会うのか?すべて見てもらいたいと。
はたして、チベットの反動主義者!と台湾の反動主義者!が結託しているのかどうか、調べるべきだと。ヘへへへへへへ、、、
それはただの訪問だ、オープンなものだ。

基本的に政治的なものではない。
もちろん、ある種の政治的意味合いは発生する。
しかし、基本的に私の動機に関する限り、そこに全く政治的なものはない。
将来の台湾は彼らによる。
政治に関する限り、完全に彼らの意志によると、明言している。

だが、民主主義に関する限り台湾のなしたことは大きい。
他の自由世界はこの達成された民主主義を守る道徳的義務がある。
これが、私の立場だ。

ポイントは、私の台湾訪問は完全に宗教的、教育的なものではあるが、
2001年の2度目の訪問の後、2002年北京政府との接触が再開されたことだ。
中国政府は私の台湾訪問について異常な関心を示した。
そして、訪問の延期とかが起こった。

ここ数年の間、多くの中国人、主に台湾、シンガポール、マレーシアその他の中国人に対し仏教講義を行って来た。
多くの台湾人から「あなたは我々の事をお忘れになったのか?」と目に涙を浮かべて訴えられた。
私は非常に悲しいと感じた。
私はいつも言う。
「私はあなた達のことを決して忘れていない」と。
「私は常にあなた達のことを思っている」と。
仏教徒として。

しかし、政治的には常にはっきりしている。
私もチベット人の面倒を見ないといけない。今、漸く中国政府と直接接触できるようになった。中国は私の台湾訪問に対し厳しい顔をする。
だから、私の台湾訪問は慎重に判断されねばならない。

昨日も彼らに「基本的には承諾するが、最終決定にはもっと時間が要る」と答えた。
それは昨日(3月9日)のことで今日(3月10日)に私はステートメントを発表した。
普通ならいつものように、我々は何らかの北京からの「お叱り」を期待するところだ。
ハハハハハ、、、、これが期待されている。
何れまた「反動主義者の、、、、ではなくて、、(リンポチェの方を向いて)何だったか?」

リンポチェ:「分離主義者です」

法王:そうだ、そう、それだ。
ついでにインド政府に対しても非難してくるかもしれない。
何れにせよ、それは計算済み(expected)だ。
一方で、チベット人からも厳しい言葉を返されるかもしれない。
それも有り得る。
ということは、我々のアプローチが本当に中道だということを示している。へへへ、、
こっち側の人も満足せず、あちらの人も満足しない。
どうしたらいいのか!?(What to do?)ヒヒヒ、、、。

でも、明日とか、数日とか数週間の間に来る非難は何でもない。
怖れや怒りの心からそんな反応も帰ってくることであろう。
それは何でもない。
しかし、数か月後に解るであろう。
もしも、チベットの内部で、何かしらの状況改善が起こるなら、我々の対話は意味あるものとなろう。
そうではなく、今のように中国の態度が硬化したままならば、その時は私の台湾訪問は難しいものとなろう。
一般的には本土の中国人が沢山台湾を訪問し、交流は深まっているので、訪問も簡単なはずだ。

以上は昨日も彼らに説明したことだが、今ここでもっと大勢の前で説明したまでだ。

では次の質問。

今度はヨーロッパ人にするかな?



続く


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2010年10月16日

(2009年)3月14日カンゼで抗議デモ/3月10日法王記者会見・その2

再掲/2009年03月15日分


3月14日、2008年大規模カンゼ・デモより一周期の日、カンゼで抗議デモ。

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24174&article=Protest+in+Kardze+a+year+after+2008+unrest
VOT(Voice of Tibet)によれば、3月14日、三人の若者がカム、カンゼで抗議デモを行い直ちにその場で僕打、逮捕された。

ダワ・ツェリン25歳、ドゥンドゥップ24歳、ロプサン・ニャンダック25歳の三人は、殴り倒される前に、
「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットの政治犯を解放せよ!」「ダライ・ラマ法王がチベットにお帰りになることを許可せよ!」「チベット独立!」等のスローガンを叫び、チベット仏教の旗を掲げ、ダライ・ラマ法王の帰還とチベット問題の解決を訴えた。

三人はカンゼの人民病院前に新設された刑務所に連行されているという。

これとは別に3月11日、同じカンゼでカンゼ・ロパ出身の三人の何れも17歳の少女がカンゼ人民病院前で中国に対する抗議デモを行ったが、間もなく僕打の上逮捕され同上の刑務所に連行された。
三人の名はチュツォ、ツェテン・ラモ、ツェリン・ラモ。

12日にもカンゼで一人抗議デモが、チベット人により行われたというが、詳細不明。

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ラサ市内では、一軒一軒ホテル、ゲストハウスはもとより、一般の民家にも保安要員が現れ、しらみつぶしに外人を探し出しているとか。
外人だけでなく、ラサ以外から来たチベット人もすべてラサから追い出されているという。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=24166&article=Chinese+police+'search+houses+in+Lhasa+for+non-Tibetans'

読売の記者が最近カムで中国の警官にひどい目にあわされたという話はもう有名だが、

私はこうして“強制退去”させられた チベット周辺取材 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n2.htm


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9a87a7e0.jpg以下、昨日の続きではなく冒頭の部分からお知らせします。

ダラムサラ3月10日、ダライ・ラマ法王記者会見(その2)。


法王:質問を聞きたい。

(時計を見ながら)12時半か、、、皆さんはもう昼食は済まされたのかな?
何、食べてない。空っぽ!お腹は空っぽか?ハハハハハ、、、、
ヒイヒイヒイ、、、(法王はこの時、座につかれる直前にお堂の本尊に対し(半五体投地で)三拝されたせいで、息を少し切らされていました)

実際私は、、、いや我々と言うべきだが、非常に喜んでいる。
これほど多くのメディアの人々がダラムサラまで来てくれた。
(チベット問題に)関心と懸念を持ってくださっていることに感謝する。

私の言いたいことはすでに書面で先ほどお伝えした。
コピーをみんな持っているだろうから、、、
もう他には何も言うことはない、、、ヘヘヘヘヘヘヘ、、、。

すぐに、質問を受けることから始めよう。

質問1、

H.N.と申します。

法王:日本人か?

質問者:ハイ、私は(どこどこの者で)現在法王のドキメンタリーを制作中であります。

(質問は長く、難解?で内容はほとんど掴めなかったのですが、何だか物質主義と精神主義(さとり?)の関係について質問されたようでした)

法王:さてさて、はたしてここにいらっしゃる他の人々も(今)同じような興味をもってここに来られたかどうか、判らないが、、、
私はそうは思わないが、、、、ハハハハハ、

(はっきり言って、みんな異例のスンチュドゥチェン(3月10日蜂起記念日)の法王記者会見ということで、緊張して臨み始まった質問第一番が、こんなまるでチベットの今の状況に直接関係ない質問だったので、ずっこけたのです。後からお前もあれの仲間か?とチベットメディア仲間にからかわれたりしました。しかしそこは法王、ちゃんとお答えされました)

でも、私はこの質問に興味がある。
ステートメントの中でも言及したことだが、私には三つの約束がある。
その第一番目は「人間の幸福と価値を促進すること」だ。
人の幸せは大いにその人の内的価値による。

中には億万長者であり、すべての設備が整い、何でも手に入れることができる人がいる。しかし、内的には非常に不幸せな人がいると知った。
つまり、物質だけでは100%人を幸せにすることはできないということだ。

一方、この地球上60億の人々は、仏教徒であろうと、私もだが、たとえ私より余程高い境地に達している人であろうとも、全員食わなければならない。
昼食は必要なのだ。
飯なしには生きることはできない。
だからお金も重要なのだ。
この身体を維持するためには物質が必要なのだ。
物質的発展も必要だ。

しかし、一方で物質の限界も知っておくべきだ、物は身体的安息を与えるのみで精神的休息を与えるものではない。
お金がすべての幸せをもたらすと考えている人は幻想を追っているだけだ。

かつて、日本では毎年経済が右肩上がりに発展していた時があったであろう。
そのころ私は物質的発展には限界があると説いていた。
ある時、その発展には、もうこれ以上伸びないという限界が現れるであろうと。
常に増加していくとの考えを持っている人々はある日突然もうこれ以上伸びないというスタグネーション状態に陥った時、非常に驚き、ショックする。
このことを日本でもう15年前にも言ったことがある。

何れにせよ、すべての人が物質的価値の限界を認識すべきだ。
物はよろしいもので必要なものだ、しかし心の平安を含めたすべての幸せを物質に求めることは間違っている。
我々はもっと内的価値に重きを置かなければならない。

愛情の価値、信頼の価値これらが非常に大事なのだ。
幸せな人、幸せな家庭、幸せな社会を実現するためにはこれらが必要だ。
仏教に四つの教えと言うのがある。
二つの喜びを得るための二つの方法、一つは短期的もう一つは長期的喜びと方法。
長期の幸福とは完全な解放のことだ。短期のそれとは「富」だ。
この長期の幸せを求めるための方法がダルマ(法)だ。
瞑想とかを含めた心を訓練することだ。
それにより、永遠の幸福を手に入れることができる。
我々仏教徒が悟りとか解放と呼ぶものだ。

短期的な安楽、快適さとは「金」のことだ。
我々には「金」が必要だ。
もちろん「金」を得る方法は、正当でなければならない、うそをついたり、人を利用、搾取したりして得てはならない。ヒヒヒヒヒ、、、、
ある大きな会社とかはもっと大きな利益を得ようと、嘘をつくことをためらわない。
そうではないかな?これらが今回の経済危機の原因でもある。

最近イタリアに行った時、友人のビジネスマンと話をした。
彼に尋ねた、「マーケットの力は人のコントロールを越えているというが、一方マーケットは人が作りだしたものだ。だから、人がコントロールできるべきだろう。人の作り出したものが人のコントロールを越えるということ、これは解らないことだ。一体どういうことなのか?」と。
彼は答えて「この今の経済の混乱は人の心と関係があるのだ。異常なほどの満足を知らない貪欲な心の下に、疑い、嘘をつく。これが今回の経済危機を引き起こした要因の一つだ」と。
つまり、経済的安定もまた、誠実、真実、透明性によっているのだ。これは明らかなことだ。
つまり(経済活動にも)道徳観が必要だということだ。

これまで、次。

ワシントンポストの者です。



続く



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2010年10月15日

3月10日法王記者会見(2009年) その一

749a7339.jpg再掲/2009年03月14日分


BBCが、昨日北京で行われた温家報宝首相の記者会見の様子を昨夜から何度か流している。
大きな会場は一杯でメディアの数は500を越えていると思われた。
彼の記者会見は年に一度だけとか。

コメントに「質問者は事前に選択されており、質問内容もその答えも大体決められている。質問できなかったものは一年待つしかない」と。

しかし、どうしたものか?意図的であろうが、チベットに関する質問があった。

もちろんそれに対し温家宝は「チベットは発展しており、全体的には安定している。政策が間違っていない証拠だ」と答えた。

ダライ・ラマとの対話については「厳しい状況下でダライ側の要求に応じて3回行った。実質的な成果を得るにはダライ側の誠意が鍵になる」といつもの逆論理。

―――――――――――――――――――

以下、3月10日、ダラムサラのツクラカン、カーラチャクラ堂で行われたダライ・ラマ法王の記者会見の一部をお知らせします。(続きは追って)

こちらのメディアの数は200人ほど。
去年の3月行われた法王の記者会見には100人ほどのメディアが集まっていた。
今年はその倍。
恐らくダラムサラにこれほどのメディアが集まったことは嘗てないことでしょう。
北京と違ってダラムサラでは質問は誰でも自由、内容もまるで自由。

中には「法王はご自身の死をコントロールできると聞きました。いつお亡くなりになるおつもりか?」という、突拍子もない質問まで出てくる始末。
もっとも、いつも法王はどんな下らない質問に対しても、それを逆に使って面白くて意味のある答えを返して下さるという、そこが面白いので、馬鹿な質問でも許されるのだ。

まずは日本の共同通信社の質問とそれに対する法王のお答えから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

共同:

中道路線についてです。法王はステートメントの中で、この路線の継続に対しより大きな確信を持っている、とおっしゃいました。しかし、中国側からは如何なる肯定的反応も返ってきていない。
では今、中国に対し何か新しい、秘密の方策とかでもお持ちなのか?


法王:

我々に国家機密というものは何もない。ハハハハハハ、、、
いつも透明だ。

ステートメントにも明記したことだが、我々は最悪の事態に対しても準備すべきだ。
だが、同時に希望を捨ててはいけない。
この希望には多くの理由がある。

まず第一に、チベット人の精神と決意は非常に強いことだ。

すでに(チベットが中国により侵略されてから)50〜60年の歳月が流れた。
世代は完全に変わった。
しかしこの若い世代の者たちは前の世代と同じチベット精神を持っている。
この精神の歴史は古い。これは明白な事実だ。

共産党は様々な方法、例えば洗脳、情報操作、金を与えること、昇進そして暴力、監獄の拷問等を使ってこの精神を破壊しようとしているが、この精神は決して無くならない。

例えば、私の良く知っている、チベット人で共産党に1930〜40年台に入党したものがいる。
彼らは共産党員だったが、そのチベット人としての精神には変わりがなかった。
そのせいで、1957年頃彼らは共産党により投獄された。
あるチベット人は、あまり宗教的精神は強くないが、そのチベット人としての国家意識は強いという者もいる。

これが第一のポイントだ。

第二番目には、中国人の中に益々チベットの現状に対する認識が広まってきているということだ。

中国は偉大な国家、最も人口の多い国家だ。
だから、中国人がこの地球上においてより積極的な役割を担うためには、中国は他の世界の人々からの尊敬と信頼を必要とする。
故に、この問題に対処するための政策はこの点から見て非常に大事なことだ。

中国内の知識人の多くが現政府のチベット政策を全面的に批判している。
私の知る限りこれに関し、去年の3月からすでに300を超える記事、文章が中国語で発表されている。中国本土でこれらは読まれているものだ。
すべてこれらは中国政府の政策を非難し、チベット人との連帯を表明するものだ。

これももうひとつの肯定的要因だ。

第三番目には、中国人の中に益々仏教徒が増えて来ているということだ。

私は常に中国を仏教的長兄として尊敬している。
我々チベット人はブッダの若い生徒だ。
私は中国人に対し仏教を説く時には、いつも最初に長兄に対する尊敬を示すことにしている。彼らは仏教に関してはシニアであり我々はジュニアであるからだ。

でも、時にはジョークとして、ジュニア生徒の方が知識力においてはシニアに勝ることがあるが、、、と言ったりする。へへへへへへへ、、、、。
ま、とにかく、益々多くの中国人がチベット仏教に対する真摯な興味を示しはじめた。
彼らはチベットの伝統から仏教を学ぼうとしている。
チベット仏教の修行法に従おうとしている。
これも一つの肯定的傾向だ。
実際、政府の高官やその家族の中にも仏教への強い関心を示している者がいる。
多くの者が家に仏像を置いていると聞く。

中国はこの60年間、中華人民共和国が成立して以来、一党独裁の下に置かれ続けてきた。
私はよくこれを、四つの時代に分けて考える。
毛沢東の時代、小平の時代、江沢民の時代、そして今、胡錦涛の時代だ。

よく観察するならば、変化は大きいことに気付くであろう。
毛沢東の時代にはイデオロギィーが第一であった。故に他の価値は犠牲にされた。
小平の時代になり、大事なものはイデオロギィーではなく「金」だということになった。
共産党が資本主義党になったということだ。
だから、外国の友達なども、「今はもう中国に共産主義はない、あるのは独裁資本主義だけだ」と言っている。ハハハハハ。
だから、小平の時代には大きな変化があった。

この新しい現実の中で、中国には今までいなかった中流階級が増え、億万長者もたくさん生まれた。
貧富の差、沿岸部と内陸部の格差が生じた。
かつては国の主人と呼ばれた労働者階級の人々は今、苦境にある。
共産党はすでに労働者階級の人々のための党ではない。

この状況を見て江沢民は「三つの異なる提示」という概念を作った。
「共産党は労働者階級のための党ではなく、すべての階級の人々のための党だ」といった。

今、この格差や様々な新しい問題に対処するために胡錦涛は「調和ある社会」の重要性を強調している。
これらの事は共産党独裁政権も、少しは新しい現実に即して政策を変えていく力があるということを証明している。

「調和」と言うことは本当に大事なことだ、世界のいかなるレベルにおいても大事なことだ。鍵だ。
「調和」「連帯」のためには「信頼」が欠かせない。「信頼」がないならば真の「友情」も「連帯」「調和」も起こり得ない。
「信頼」と「恐怖」は相反するものだ。胡錦涛は民衆の前でかっこよく「調和ある社会」の促進の話をするが、願わくば、そこに至る方策が論理的、科学的なものであることをだ。

まずは透明性が求められる。すべてをオープンにすべきだ。
秘密をなくすことだ。
メディアに対し完全に開かれていなければならない。
このようにすれば、信頼は次第に獲得されよう。

同時に軍隊と警察を縮小すべきだ。
この二つは「恐怖」を生みだすだめのものだから。
「恐怖」がそこに或る時、如何にして「信頼」が育ち得るのか?
親子の間においても、もしも父親が子供に対し暴力的であったり厳しすぎるときには、子供は反抗する。
これはまったく当たり前のことだ。
人間の自然な心理的反応だ。

もっと開けた、大きな心を示す時、親近感は生まれる。親近感は信頼に繋がる。信頼から連帯、統一が生まれ調和が実現される。
そうではないかな?
だから、胡錦涛が「調和ある社会」を作るために、いずれ「科学的方法」を取ることを望む。

もうひとつの側面、国際関係についてだが、中国はいつも我々がチベット問題を国際化していると言って非難する。
みなさんも御存じのように、よくよく現実を分析してみれば、このチベット問題を国際化しているのは中国自体だということが解るであろう。
私が行く先々で抗議を行う、国に対し、大学に対し、個人に対してまで圧力をかける。
このことがメディアの注目を引く。
この方法により中国はチベット問題を国際化するために大いに貢献してくれているのだ。
だから、この点で我々は中国政府に感謝しなければいけない、、ハハハ。

目の前にはこんなにたくさんメディアの人たちが集まっている。
これはチベット問題に対する関心の高さを示している。
多くの国の人々がアメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパそれに日本でも、チベットに対する真摯な連帯を表明している。
これは肯定的要素だ。我々の希望の基礎ともいえよう。

だが、一方で我々チベット人は決心している。
私たち(隣にいるリンポチェを見ながら)70歳を越えた世代はもういつでもこの世に「バイバイ」(手を振るしぐさ)する用意ができている。
天国とか浄土とかに行くなり、地獄に行く。
そんなことはどうでもいいが、とにかく自然に新しい世代は生まれる。
今日も聴衆の中に沢山の優秀な若い世代の者たちを見かけた。
彼らがチベット問題を担うであろう。

これらが、我々が楽天的でいられる理由なのだ。



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2009年03月19日

3月10日法王記者会見 その五

法王の3月10日の記者会見レポート最終回です。

法王は英語で話されました。
尚、これは私の試訳に過ぎません。


3月10日法王記者会見 20質問者:ファイナンシャル・タイムズのものだが、
現在のチベットの状況についてコメントしてもらいたい。
去年は7000人が逮捕されながらも、抵抗は続いた。
今年も去年と同じ程度の抵抗運動が起こると思われるか?
内部のチベット人に対するメッセージはあるか?


法王:最近、困難にも拘らずチベットの内部に入り現地からのレポートを発表している外国のレポーターがいる。
それによれば、状況は極めて厳しい。
これ以上言うことはない。

それから、もう一度皆さんにはお願いしたい。
チベットの中の人々に私のメッセージを伝えてほしい。

もちろん、(現在チベット人は)厳しい状況下に置かれ、絶望的な気持になっているであろうことはよく解る。
それでも、今は静かにして、行動を抑制するようにと言いたい。
地方政府はチベット人がもっと反抗し、暴れてくれることを待っているのだ。
そうなれば、もっと簡単に打ちのめすことができるからと。
何れにしてもいいことはない、今は静かに耐えることだ。

(この私のメッセージを)何らかの方法を使って内部チベットの人々に伝えてほしい。

次、
なにBBC?、、、いや、、、違うか?

3月10日法王記者会見 21質問者:スウェーデンの新聞社の者だが、法王は「早期にチベット問題が解決されるであろうと考える理由がある、、、」と言われたが、これはどういう意味なのか

法王:それについては、すでに答えた。もう答えた。
もう、一度説明したから、もう繰り返さない。
理由1,2,3,4と答えた。
もう答えた。

次、






3月10日法王記者会見 23質問者:フランスのテレビ局です。
あなたはステートメントの中で中国はチベットを「この世の地獄(hell on earth)にした」とおっしゃった。
この言葉は強いメッセージと感じられる。これについて更なるコメントを


法王:これはチベット人がよく使う表現だ。
ただ、バイブルが説くところの「地獄」とは異なる。
仏教の経典には違った「地獄」についての記述がある。
ハハハハ、、私はよく知らない、、、

質問者:どういうことか?

法王:(大きなジェスチャーと大きな声で)これほどの苦しみ、これほどの恐怖、これほどの怒り、これほどの憎しみ、生活を蝕む、、、

法王の興奮を抑えようとここで、リンポチェが言葉を挟む。

リンポチェ:地獄とは苦しみの極まった(Highest Level)状態のことだ。

法王:Yes.

(ここで、少し説明がいる。この3月10日午後一時ごろにはこのステートメントに書かれた「この世の(生き)地獄」という表現が、この後中国政府からの非難を思いっきり浴び、外国メディアもこの表現を好んで使うことになろうとは、法王自身この時点で予想されていなかったご様子でした)

3月10日法王記者会見 22質問者:フランスからだが、
法王の後継者としてリン・リンポチェとカルマパのどちらが選ばれるのか?

法王:何、カルマパ? ノーノー。

ステートメントの中で今回もはっきり言っているが、私のポジションははっきりしている。
半引退だ。
最近EU議会で私はリンポチェを「私のボスだ」と言って紹介した。
政治的には彼が私のボスだ。

精神界では私が彼のボスだ。エヘヘヘヘヘヘヘ、、、、
だから今は5年ごとの選挙によって政治的トップは入れ替わる。
中国のジャーナリストも私の後継者について質問したが、
私はコミュニストではないと答えた。
もしもコミュニストだったら、自分の後継者を必ず自分でピックアップすることであろう。

でも、我々はコミュニストではない。
我々は完全に民主主義に従っている。
私はいつも「もう半引退している」と言うとき、誇りを感じる。
リンポチェはすでに二期目に入った、後、、、

リンポチェ:二年です。

法王:だから、もしも彼がそれからも同じ地位に留まりたいと考えてもそれは法律上叶わない。
この地球のメンバーである、どこかの国のある大統領などは、一生地位を守ろうとする。
そんなことはここではあり得ない。
5年ごとに選挙で選出されるのだ。

一方精神的レベルにおいては、皆様も朝の式典でご覧になったように、
私のそばにサキャ・ティチェン・リンポチェ、その傍にカルマパ・リンポチェ、ボン教のティンジン(座主)、それにデブン・キャンマ・リンポチェ、その他成就者たち、
すべての派が集っている。
黄帽派、赤帽派、黒帽派、それに何だ、、、、そうだ、ボンは時に白い帽子を被るから白帽派、
そして、、、その内、青帽派も現れてくることも期待されてるとか、、、、ハハハハハハ、、、。

緑は如何で(とリンポチェ)
そうだ、そうだ、緑は良い。
グリーン・パーティーだ!ハハハハ、、。
沢山の国でグリーン・パーティーが、、、、ニュージーランドに行った時、グリーン・パーティーの事務所に迎えられた。その時私は「もし、ニュージーランドに居るなら私はあなた方の党に入るであろう」と言った。
それは私は常に「エコロジー」の大事さを語っているからだ。

何れにせよ、すべての組織の中で若い世代の優秀な人材がたくさん育っている。
非常に健康的で可能性を秘めた指導者たちが現れてきた。
だからダライ・ラマの後継者について心配する必要はない。
ダライ・ラマ制度に関する限り、早くは1959年にすでに私はこの数百年続いた制度の存続はチベット人によって決定されるべきだと表明している。
大多数のチベット人がこの制度の存続を大事だと感じるならば、残るであろう。
もしも、大多数の人々がもう必要ないと思うなら、無くなるまでだ。
これは大事なことではない。

3月10日法王記者会見 24大事なことは前にも話したが、私の日々の生活が他の人々の福祉に何らかの貢献をするということだ。

私は自分の将来について考えたことはない。

サンキュウ、サンキュウ。










終わり。


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2009年03月16日

3月10日法王記者会見 その三

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見 10以下、法王記者会見の続きです。

*注:質問については明瞭に聞き取れないことが多かったので、要旨のみと思って下さい。

ーーー

質問その二

ワシントンポスト:会談が進まない中、チベットの状況は悪化するばかりのように見える。
これからの見通しは?


法王:私のステートメントにおいても、内閣のステートメントにおいてもはっきりと表明していることだが、我々の要求はすべて最後の会談の時中国側の代表に手渡してある。
すべては文章で明確に示してある。
これは中国側からその前の会談で要求されたものだ。
「すべての要求を明らかにせよ」と言われた。
だからメモランダムという形式で答えた。

これについて如何なる協議も行われることなく、彼らはただ、全面的に否定した。
このメモランダムのすべての意味は「半独立」とか「隠ぺい独立」だと断定している。
このように、完全に内容自体を拒否したのだ。

今、多くの友人、国々が中国を説得することに努力してくれている。
だから、様子をみよう。

中国の多くの知識人、作家たちが中国のチベット政策は間違っていると指摘している。
だから、時が来るかもしれない。

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  11
質問その三
チベット・ポストだが、
インドがチベットの真の自治を実現するためにもっと積極的に果たせる役割とは何か?


法王:インドはこの50年間の我々のホームだ。
50年前から我々はホームレスだ。
しかし、ホームレスもそれから色んなホームを見つけた。
インド政府からは居住、教育その他の分野でできる限りの援助を受けた。

一方、チベット問題に関しては、勿論インドも中国と長い国境線を境に隣接しているし、そのかなりの部分はまだ最終的に決定されものではない。
だから、まだ困難はある。
故に(チベット問題において)インドが出来ることにも限界があるのは理解できよう。

インドの政府も人々も一般的に非常に我々に同情的だ。
でも過去には私も「インドは少々心配し過ぎだ」とか言ったこともある。
しかし、インドの態度は理解できるものだ。
また、インドのメディアの我々に対する関心は益々強くなってきている。
だから、時がくればインドは必ず、できる限りチベットを助けてくれると信じる。


質問第四
日本の共同通信社のSだが、

(このが先のブログでお知らせしたものです)
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51179267.html
ただ、次の質問の間にサンドゥン・リンポチェがコメントを入れられた。
10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  13
リンポチェ:法王は非常に洗練された言い方で話されたが、少し説明もいると思われる。
この中道路線は中国政府の態度に対する反応として提案されたものではない(訂正箇所)。自発的にこちらが提案したものだ。この方法は双方に利のあるものだ、、、(話の途中で法王がここで話し始める)

法王:これは明らかなことだ。
この中道路線は、一方が勝利し、一方が負けるというような提案ではない。
双方に勝利をもたらすものだ。

この考えを我々は74年ダラムサラにおいて決定した。
そのころ中国の人々は文化大革命に完全に没頭していた。
だから、我々は中国から要求されてこの決定を下したのではない。
何れは、中国政府との話し合いが始まるとの予測の下に自発的に決定したことなのだ。
つまり、真の、意味のある自治を求めることになったのだ。
これが中道路線だ、、、(ここで今度はリンポチェが割って入り)

リンポチェ:我々はこの路線遂行に更なる確信をもっている。
それは、人々からの信任を得たからだ。この際中国は関係ない。

法王:グッド!

次、そこのインド人、、、

10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  12
質問第五
ロイターの者だが、
法王は1959年に亡命を決意されたことに対し後悔を感じられたことはないか?

法王:私はこの50年間、常にあの時の事を思い出し続けてきた。
正しい判断だったといつも思っている。

もしも、中国政府があの17条協定を継続的に守っていれば、1959年の危機は決して起こらなかったことであろう。
しかし56年、57年頃から次第に極左寄りの政策が始まった。
中央のほんのちょっとした政策変更がチベットで実際には大きな変化となって現れた。
これが1956〜9年までの衝突の原因だ。
56年の列車の路線変更からして、その後の59年の結果はすでに不可避のものだったのだ。
そのような状況において、最善の方法は脱出することだった。

このインドに亡命してすでに50年経った。
地球のこの場所でチベットの宗教と文化は完全な自由の下にある。

インド人の友人によく語ることだが、「インドは我々の精神的ホームである。仏教はインドから始まった。だから、我々の多くは自分たちが幸運であるとまで思っている。
過去には一生のうち一度でもインドに行くことができればラッキーと思われていた。
それが、今は自分たちのホームとなったのだ。ハハハ、、、簡単にそうなった、、、ハハハ

皆さんも知っているようにインドと我々の関係はグル(師)とチャラ(弟子)の関係だ。
インドは我々のグルであり先生だ。
だから私は時々インドの友人にこう言う
「弟子が苦況にある時には師はそれを助ける道徳的責任があると」ハハハ、
そうではないかな?ハハハ、、、

このようにして、我々は1956年の政策変更により、今こうなっているのだ。
もちろん1980年代初めにおいて、胡耀邦がいたときには希望があった。
彼は素晴らしい共産党指導者だった。
彼には誤りを認めるだけの勇気があった。

私のステートメントにも引用したが、1980年彼がラサを訪問した時、チベット政策の間違いについて民衆の前で謝罪したのだ。
過去に如何なるダメージをチベットに与えたかについて語った。
その時は、本当の希望が持てた。

しかし、彼の政治生命はあまりに短かった。
中国にもこのように時に希望の持てる人も現れるが、基本的には強硬派が政権を担い続けている。
だから、我々の1959年の決定を間違っていたと思ったことはない。
正しい決定だったと思っている。


次、、、、そこの中国人、
10.3.09 Dharamsala 法王の記者会見  14
質問第六
質問者:台湾パブリック、、です。

昨日法王は台湾の人々からの「台湾訪問」の要請を受けられたはずだが、どうされるお積りか?今年台湾を訪問されるのか?もしそうでないなら、その理由は?


法王:昨日、台湾からのジャーナリストにあった。
ジャンパ・プンツォをはじめとする、プレスクラブからの台湾訪問要請を受け取った。
それに対し、私は「原則的に承諾する」と答えた。

私は常に台湾に行きたいと願っている。
そこで、百万の中国人の目の前に顔を出してみたい。

我々は「反中国」ではない。
我々は中国の文明と文化を称賛するものだ。
地理的に我々はすでに数千年の間隣り合わせに暮らしてきた。

中国本土に行って直接、私の(中国に対する)信と誠実さを多くの人々に示すことが許されない今、私は台湾を選んだ。
台湾こそ、私の信と誠実さを中国の兄弟・姉妹に対して示す場所だと。

ここで、「中国人」と私の言うとき、誤解しないでほしい。
(記者を示して)あなたも中国語を話すであろう。
中国語を読み書きし、話し、中国文化の下にあるすべての人々のことだ。
台湾人でも、中国人でも、その他でもだ。

台湾こそ、私の中国人に対する信と真を示す場所と考えた。
これが、第一のポイントだ。
より親密な理解を求めてのことだ。

次に第二のポイントとして、台湾には仏教徒が大勢いることだ。

こんなことから、私は過去二回台湾を訪問する機会を得た。
完全に宗教活動のみだった。
実際最初の訪問の時、中国からの独立を要求していた野党(DBP)の人たちと会談した。
私はその時「チベットに関する限り我々は独立を求めていない」と言った。
「我々は離反を求めていない」と。
今、あなた方台湾の人々は経済的理由から、一方違いもあるということから、本土とユニークで特別に緊密な関係を築くべきだ、と語った。

そして、二度目の訪問の時にも、私は空港で「中国の係官を私の台湾訪問の間中24時間監視するために付けてほしい」と言った。
どこに行くのか?誰と会うのか?すべて見てもらいたいと。
はたして、チベットの反動主義者!と台湾の反動主義者!が結託しているのかどうか、調べるべきだと。ヘへへへへへへ、、、
それはただの訪問だ、オープンなものだ。

基本的に政治的なものではない。
もちろん、ある種の政治的意味合いは発生する。
しかし、基本的に私の動機に関する限り、そこに全く政治的なものはない。
将来の台湾は彼らによる。
政治に関する限り、完全に彼らの意志によると、明言している。

だが、民主主義に関する限り台湾のなしたことは大きい。
他の自由世界はこの達成された民主主義を守る道徳的義務がある。
これが、私の立場だ。

ポイントは、私の台湾訪問は完全に宗教的、教育的なものではあるが、
2001年の2度目の訪問の後、2002年北京政府との接触が再開されたことだ。
中国政府は私の台湾訪問について異常な関心を示した。
そして、訪問の延期とかが起こった。

ここ数年の間、多くの中国人、主に台湾、シンガポール、マレーシアその他の中国人に対し仏教講義を行って来た。
多くの台湾人から「あなたは我々の事をお忘れになったのか?」と目に涙を浮かべて訴えられた。
私は非常に悲しいと感じた。
私はいつも言う。
「私はあなた達のことを決して忘れていない」と。
「私は常にあなた達のことを思っている」と。
仏教徒として。

しかし、政治的には常にはっきりしている。
私もチベット人の面倒を見ないといけない。今、漸く中国政府と直接接触できるようになった。中国は私の台湾訪問に対し厳しい顔をする。
だから、私の台湾訪問は慎重に判断されねばならない。

昨日も彼らに「基本的には承諾するが、最終決定にはもっと時間が要る」と答えた。
それは昨日(3月9日)のことで今日(3月10日)に私はステートメントを発表した。
普通ならいつものように、我々は何らかの北京からの「お叱り」を期待するところだ。
ハハハハハ、、、、これが期待されている。
何れまた「反動主義者の、、、、ではなくて、、(リンポチェの方を向いて)何だったか?」

リンポチェ:「分離主義者です」

法王:そうだ、そう、それだ。
ついでにインド政府に対しても非難してくるかもしれない。
何れにせよ、それは計算済み(expected)だ。
一方で、チベット人からも厳しい言葉を返されるかもしれない。
それも有り得る。
ということは、我々のアプローチが本当に中道だということを示している。へへへ、、
こっち側の人も満足せず、あちらの人も満足しない。
どうしたらいいのか!?(What to do?)ヒヒヒ、、、。

でも、明日とか、数日とか数週間の間に来る非難は何でもない。
怖れや怒りの心からそんな反応も帰ってくることであろう。
それは何でもない。
しかし、数か月後に解るであろう。
もしも、チベットの内部で、何かしらの状況改善が起こるなら、我々の対話は意味あるものとなろう。
そうではなく、今のように中国の態度が硬化したままならば、その時は私の台湾訪問は難しいものとなろう。
一般的には本土の中国人が沢山台湾を訪問し、交流は深まっているので、訪問も簡単なはずだ。

以上は昨日も彼らに説明したことだが、今ここでもっと大勢の前で説明したまでだ。

では次の質問。

今度はヨーロッパ人にするかな?



続く


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2009年03月15日

3月14日カンゼで抗議デモ/3月10日法王記者会見・その2

94e8e1f5.JPG写真左は3月12日のダラムサラ・ネレンカン(難民一時収容所)の様子です。
2月末までは一週間10人ペースで難民はネパールに逃れていました。
しかし、それ以後ぱったり途絶えています。
カンゼからの亡命者は目立って多いのです。

ーーー

3月14日、2008年の大規模なカンゼ・デモより一周年の日、カンゼで抗議デモ。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=24174&article=Protest+in+Kardze+a+year+after+2008+unrest
VOT(Voice of Tibet)によれば、3月14日、三人の若者がカム、カンゼで抗議デモを行い直ちにその場で僕打、逮捕された

ダワ・ツェリン25歳、ドゥンドゥップ24歳、ロプサン・ニャンダック25歳の三人は、殴り倒される前に、
「ダライ・ラマ法王に長寿を!」「チベットの政治犯を解放せよ!」「ダライ・ラマ法王がチベットにお帰りになることを許可せよ!」「チベット独立!」等のスローガンを叫び、チベット仏教の旗を掲げ、ダライ・ラマ法王の帰還とチベット問題の解決を訴えた。

三人はカンゼの人民病院前に新設された刑務所に連行されてたという。

これとは別に3月11日、同じカンゼでカンゼ・ロパ出身の三人の何れも17歳の少女がカンゼ人民病院前で中国に対する抗議デモを行ったが、間もなく僕打の上逮捕され同上の刑務所に連行された。
三人の名はチュツォ、ツェテン・ラモ、ツェリン・ラモ。

12日にもカンゼで一人抗議デモが、チベット人により行われたというが、詳細不明。

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ラサ市内では、一軒一軒ホテル、ゲストハウスはもとより、一般の民家にも保安要員が現れ、しらみつぶしに外人を探し出しているとか。
外人だけでなく、ラサ以外から来たチベット人もすべてラサから追い出されているという。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=24166&article=Chinese+police+'search+houses+in+Lhasa+for+non-Tibetans'

読売の記者が最近カムで中国の警官にひどい目にあわされたという話はもう有名だが、

私はこうして“強制退去”させられた チベット周辺取材 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090312/chn0903122039002-n2.htm

中国の真実隠ぺい目的の外人狩は今も昔も変わらない。私もかつて捕まったしね。
とにかくチベットでは捕まらないように、常に慎重に行動することを心掛けましょう。


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以下、昨日の続きではなく冒頭の部分からお知らせします。

3月10日法王記者会見 6ダラムサラ3月10日、ダライ・ラマ法王記者会見(その2)。


法王:質問を聞きたい。

(時計を見ながら)12時半か、、、皆さんはもう昼食は済まされたのかな?
何、食べてない。空っぽ!お腹は空っぽか?ハハハハハ、、、、
ヒイヒイヒイ、、、(法王はこの時、座につかれる直前にお堂の本尊に対し(半五体投地で)三拝されたせいで、息を少し切らされていました)

実際私は、、、いや我々と言うべきだが、非常に喜んでいる。
これほど多くのメディアの人々がダラムサラまで来てくれた。
(チベット問題に)関心と懸念を持ってくださっていることに感謝する。

私の言いたいことはすでに書面で先ほどお伝えした。
コピーをみんな持っているだろうから、、、
もう他には何も言うことはない、、、ヘヘヘヘヘヘヘ、、、。

すぐに、質問を受けることから始めよう。

質問1、

H.N.と申します。

法王:日本人か?

質問者:ハイ、私は(どこどこの者で)現在法王のドキメンタリーを制作中であります。

(質問は長く、難解?で内容はほとんど掴めなかったのですが、何だか物質主義と精神主義(さとり?)の関係について質問されたようでした)

法王:さてさて、はたしてここにいらっしゃる他の人々も(今)同じような興味をもってここに来られたかどうか、判らないが、、、
私はそうは思わないが、、、、ハハハハハ、

(はっきり言って、みんな異例のスンチュドゥチェン(3月10日蜂起記念日)の法王記者会見ということで、緊張して臨み始まった質問第一番が、こんなまるでチベットの今の状況に直接関係ない質問だったので、ずっこけたのです。後からお前もあれの仲間か?とチベットメディア仲間にからかわれたりしました。しかしそこは法王、ちゃんとお答えされました)

3月10日法王記者会見 7でも、私はこの質問に興味がある。
ステートメントの中でも言及したことだが、私には三つの約束がある。
その第一番目は「人間の幸福と価値を促進すること」だ。
人の幸せは大いにその人の内的価値による。

中には億万長者であり、すべての設備が整い、何でも手に入れることができる人がいる。しかし、内的には非常に不幸せな人がいると知った。
つまり、物質だけでは100%人を幸せにすることはできないということだ。

一方、この地球上60億の人々は、仏教徒であろうと、私もだが、たとえ私より余程高い境地に達している人であろうとも、全員食わなければならない。
昼食は必要なのだ。
飯なしには生きることはできない。
だからお金も重要なのだ。
この身体を維持するためには物質が必要なのだ。
物質的発展も必要だ。

しかし、一方で物質の限界も知っておくべきだ、物は身体的安息を与えるのみで精神的休息を与えるものではない。
お金がすべての幸せをもたらすと考えている人は幻想を追っているだけだ。

かつて、日本では毎年経済が右肩上がりに発展していた時があったであろう。
そのころ私は物質的発展には限界があると説いていた。
ある時、その発展には、もうこれ以上伸びないという限界が現れるであろうと。
常に増加していくとの考えを持っている人々はある日突然もうこれ以上伸びないというスタグネーション状態に陥った時、非常に驚き、ショックする。
このことを日本でもう15年前にも言ったことがある。

何れにせよ、すべての人が物質的価値の限界を認識すべきだ。
物はよろしいもので必要なものだ、しかし心の平安を含めたすべての幸せを物質に求めることは間違っている。
我々はもっと内的価値に重きを置かなければならない。

3月10日法王記者会見 8愛情の価値、信頼の価値これらが非常に大事なのだ。
幸せな人、幸せな家庭、幸せな社会を実現するためにはこれらが必要だ。
仏教に四つの教えと言うのがある。
二つの喜びを得るための二つの方法、一つは短期的もう一つは長期的喜びと方法。
長期の幸福とは完全な解放のことだ。短期のそれとは「富」だ。
この長期の幸せを求めるための方法がダルマ(法)だ。
瞑想とかを含めた心を訓練することだ。
それにより、永遠の幸福を手に入れることができる。
我々仏教徒が悟りとか解放と呼ぶものだ。

短期的な安楽、快適さとは「金」のことだ。
我々には「金」が必要だ。
もちろん「金」を得る方法は、正当でなければならない、うそをついたり、人を利用、搾取したりして得てはならない。ヒヒヒヒヒ、、、、
ある大きな会社とかはもっと大きな利益を得ようと、嘘をつくことをためらわない。
そうではないかな?これらが今回の経済危機の原因でもある。

最近イタリアに行った時、友人のビジネスマンと話をした。
彼に尋ねた、「マーケットの力は人のコントロールを越えているというが、一方マーケットは人が作りだしたものだ。だから、人がコントロールできるべきだろう。人の作り出したものが人のコントロールを越えるということ、これは解らないことだ。一体どういうことなのか?」と。
彼は答えて「この今の経済の混乱は人の心と関係があるのだ。異常なほどの満足を知らない貪欲な心の下に、疑い、嘘をつく。これが今回の経済危機を引き起こした要因の一つだ」と。
つまり、経済的安定もまた、誠実、真実、透明性によっているのだ。これは明らかなことだ。
つまり(経済活動にも)道徳観が必要だということだ。

これまで、次。

ワシントンポストの者です。



続く


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2009年03月14日

3月10日法王記者会見 その一

BBCが、昨日北京で行われた温家報宝首相の記者会見の様子を昨夜から流しています。
大きな会場は一杯でメディアの数は500を越えていると思われました。
彼の記者会見は年に一度だけとか。
コメントに「質問者は事前に選択されており、質問内容もその答えも大体決められている。質問できなかったものは一年待つしかない」と。

しかし、どうしたものか?意図的であろうが、チベットに関する質問があった。
もちろんそれに対し温家宝は「チベットは発展しており、全体的には安定している。政策が間違っていない証拠だ」と答えた。
ダライ・ラマとの対話については「厳しい状況下でダライ側の要求に応じて3回行った。実質的な成果を得るにはダライ側の誠意が鍵になる」といつもの逆論理。

―――――――――――――――――――
3809ca6d.JPG
以下、3月10日、ダラムサラのツクラカン、カーラチャクラ堂で行われたダライ・ラマ法王の記者会見の一部をお知らせします。(続きは追って)

こちらのメディアの数は200人ほどでした。
去年の3月行われた法王の記者会見には100人ほどのメディアが集まっていました。
今年はその倍。恐らくダラムサラにこれほどのメディアが集まったことは嘗てないことでしょう。
北京と違ってダラムサラでは質問は誰でも自由、内容もまるで自由です。

中には「法王はご自身の死をコントロールできると聞きました。いつお亡くなりになるおつもりか?」という、突拍子もない質問まで出てくる始末でした。
もっとも、いつも法王はどんな下らない質問に対しても、それを逆に使って面白くて意味のある答えを返して下さるという、そこが面白いので、馬鹿な質問でも許されるのです。

まずは日本の共同通信社の質問とそれに対する法王のお答えから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

共同:

中道路線についてです。法王はステートメントの中で、この路線の継続に対しより大きな確信を持っている、とおっしゃいました。しかし、中国側からは如何なる肯定的反応も返ってきていない。
では今、中国に対し何か新しい、秘密の方策とかでもお持ちなのか?


法王:

我々に国家機密というものは何もない。ハハハハハハ、、、
いつも透明だ。

ステートメントにも明記したことだが、我々は最悪の事態に対しても準備すべきだ。
だが、同時に希望を捨ててはいけない。
この希望には多くの理由がある。

まず第一に、チベット人の精神と決意は非常に強いことだ。

すでに(チベットが中国により侵略されてから)50〜60年の歳月が流れた。
世代は完全に変わった。
しかしこの若い世代の者たちは前の世代と同じチベット精神を持っている。
この精神の歴史は古い。これは明白な事実だ。

共産党は様々な方法、例えば洗脳、情報操作、金を与えること、昇進そして暴力、監獄の拷問等を使ってこの精神を破壊しようとしているが、この精神は決して無くならない。

例えば、私の良く知っている、チベット人で共産党に1930〜40年台に入党したものがいる。彼らは共産党員だったが、そのチベット人としての精神には変わりがなかった。
そのせいで、1957年頃彼らは共産党により投獄された。
あるチベット人は、あまり宗教的精神は強くないが、そのチベット人としての国家意識は強いという者もいる。
だから、これが第一のポイントだ。

第二番目には、中国人の中に益々チベットの現状に対する認識が広まってきているということだ。

中国は偉大な国家、最も人口の多い国家だ。だから、中国人がこの地球上においてより積極的な役割を担うためには、中国は他の世界の人々からの尊敬と信頼を必要とする。
故に、この問題に対処するための政策はこの点から見て非常に大事なことだ。

中国内の知識人の多くが現政府のチベット政策を全面的に批判している。
私の知る限りこれに関し、去年の3月からすでに300を超える記事、文章が中国語で発表されている。中国本土でこれらは読まれているものだ。
すべてこれらは中国政府の政策を非難し、チベット人との連帯を表明するものだ。

これももうひとつの肯定的要因だ。

第三番目には、中国人の中に益々仏教徒が増えて来ているということだ。

私は常に中国を仏教的長兄として尊敬している。
我々チベット人はブッダの若い生徒だ。
私は中国人に対し仏教を説く時には、いつも最初に長兄に対する尊敬を示すことにしている。彼らは仏教に関してシニアであり我々はジュニアであるからだ。

でも、時にはジョークとして、ジュニア生徒の方が知識力においてはシニアに勝ることがあるが、、、と言ったりする。へへへへへへへ、、、、。
ま、とにかく、益々多くの中国人がチベット仏教に対する真摯な興味を示しはじめた。
彼らはチベットの伝統から仏教を学ぼうとしている。
チベット仏教の修行法に従おうとしている。
これも一つの肯定的傾向だ。
実際、政府の高官やその家族の中にも仏教への強い関心を示している者もいる。
多くの者が家に仏像を置いていると聞く。

中国はこの60年間、中華人民共和国が成立して以来、一党独裁の下に置かれ続けてきた。
私はよくこれを、四つの時代に分けて考える。
毛沢東の時代、小平の時代、江沢民の時代、そして今、胡錦涛の時代だ。

よく観察するならば、変化は大きいことに気付くであろう。
毛沢東の時代にはイデオロギィーが第一であった。故に他の価値は犠牲にされた。
小平の時代になり、大事なものはイデオロギィーではなく「金」だということになった。
共産党が資本主義党になったということだ。
だから、外国の友達なども、「今はもう中国に共産主義はない、あるのは独裁資本主義だけだ」と言っている。ハハハハハ。
だから、小平の時代には大きな変化があった。

この新しい現実の中で、中国には今までいなかった中流階級が増え、億万長者もたくさん生まれた。
貧富の差、沿岸部と内陸部の格差が生じた。
かつては国の主人と呼ばれた労働者階級の人々は今、苦境にある。
共産党はすでに労働者階級の人々のための党ではない。

この状況を見て江沢民は「三つの異なる提示」という概念を作った。
「共産党は労働者階級のための党ではなく、すべての階級の人々のための党だ」といった。

今、この格差や様々な新しい問題に対処するために胡錦涛は「調和ある社会」の重要性を強調している。
これらの事は共産党独裁政権も、少しは新しい現実に即して政策を変えていく力があるということを証明している。

「調和」と言うことは本当に大事なことだ、世界のいかなるレベルにおいても大事なことだ。鍵だ。
「調和」「連帯」のためには「信頼」が欠かせない。「信頼」がないならば真の「友情」も「連帯」「調和」も起こり得ない。
「信頼」と「恐怖」は相反するものだ。
胡錦涛は民衆の前でかっこよく「調和ある社会」の促進の話をするが、願わくば、そこに至る方策が論理的、科学的なものであることをだ。

まずは透明性が求められる。すべてをオープンにすべきだ。
秘密をなくすことだ。
メディアに対し完全に開かれていなければならない。
このようにすれば、信頼は次第に獲得されよう。

同時に軍隊と警察を縮小すべきだ。
この二つは「恐怖」を生みだすだめのものだから。
「恐怖」がそこに或る時、如何にして「信頼」が育ち得るのか?
親子の間においても、もしも父親が子供に対し暴力的であったり厳しすぎるときには、子供は反抗する。
これはまったく当たり前のことだ。
人間の自然な心理的反応だ。

もっと開けた、大きな心を示す時、親近感は生まれる。親近感は信頼に繋がる。信頼から連帯、統一が生まれ調和が実現される。
そうではないかな?
だから、胡錦涛が「調和ある社会」を作るために、いずれ「科学的方法」を取ることを望む。

もうひとつの側面、国際関係についてだが、中国はいつも我々がチベット問題を国際化していると言って非難する。
みなさんも御存じのように、よくよく現実を分析してみれば、このチベット問題を国際化しているのは中国自体だということが解るであろう。
私が行く先々で抗議を行う、国に対し、大学に対し、個人に対してまで圧力をかける。
このことがメディアの注目を引く。
この方法により中国はチベット問題を国際化するために大いに貢献してくれているのだ。
だから、この点で我々は中国政府に感謝しなければいけない、、ハハハ。

目の前にはこんなにたくさんメディアの人たちが集まっている。
これはチベット問題に対する関心の高さを示している。
多くの国の人々がアメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパそれに日本でも、チベットに対する真摯な連帯を表明している。
これは肯定的要素だ。我々の希望の基礎ともいえよう。

だが、一方で我々チベット人は決心している。
私たち(隣にいるリンポチェを見ながら)70歳を越えた世代はもういつでもこの世に「バイバイ」(手を振るしぐさ)する用意ができている。
天国とか浄土とかに行くなり、地獄に行く。
そんなことはどうでもいいが、とにかく自然に新しい世代は生まれる。
今日も聴衆の中に沢山の優秀な若い世代の者たちを見かけた。
彼らがチベット問題を担うであろう。

これらが、我々が楽天的でいられる理由なのだ。

























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2008年11月27日

23日ダライ・ラマ法王記者会見、校正版

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インドは昨夜からボンベイの爆弾、銃撃テロのニュースで大騒ぎです。

さて、
重複のようでもありますが、この三日間でお伝えした法王の23日の記者会見の内容をまとめて掲載させて頂きます。

法王は会見を英語で行われました。
ですから、少し、、?、、、明快でダイナミックです?。

急いで起こした最初の文章を友人にチェックしてもらいました。

以下の文書は転載フリーです。
記者会見の場で話されたことですから、最初からできるだけ多くの人に
伝えるためのメッセージなわけです。

今夜の夜行電車でデリーに向かいます。
29日から三日間行われる、国際チベット支援者会議に出席するためです。
この時期にデリーとかに行きたくはないのですが、、、。

果たしてブログは更新できるでしょうか?。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

BBC,CNN,など世界中の主なメディアが注目して下さってありがとう。ローカル新聞もほぼ毎日報道してくれていることに感謝している。
チベットの問題は道徳的問題だ、正義の問題だ、だらかチベットを支援してくれる人たちはプロ・チベッタンではなくてプロ・ジャスティス(正義派)だと思っている。

私の言うことはこれだけだ。では質問を。


<いつかチベットにお帰りになるのか?>

みんなそのような信念を持っている。いつの日か、自分の故郷に帰るであろう。

個人的には仏教に従う者として、縁起を信じる。其々の個人は一人に見え、現象もバラバラに見える。しかしすべてはお互いに関連し合っているのだ。

広い視点、ホリスティックな視点、グローバルな視点が足りないが故に、世界では多くの問題が起こっている。チベットの問題も同様に人間の作った問題だ。広い視点を持って他者の利害を尊重し、考慮すべきである。よって、チベットの将来は隣接するインド、中国、世界の状況に左右するであろう。


私のこの世での第一の義務、責任は、人間の善き価値の増進だ(promote human value人間性の向上)。つまり世界に温かい心を増やすことだ。そこから他の者の利害を尊重し、他の者の苦しみに同情し、これを考慮にいれる態度が生まれるのだ。

二つ目には、世界の宗教間の調和を促進すること。

三つ目がチベット人を守ることだ。

私がチベットに自由の身となって帰れば、三つ目は終わる。
私が生きている限り、前の二つの責任は変わらず引き受け続ける。

世界の中でチベット問題は小さい事だが、これは人権と宗教だけの問題ではない。
チベットの問題はその特異な文化遺産の消滅の問題だ。この文化はあらゆる側面において仏教の影響を強く受けている。
チベットの文化を定義するとすれば、それは<慈悲の文化>、<非暴力の文化>と定義できる。
今の世界には正にこれが欠けている。

この思想をチベットはインドから学んだのだ。インドは我々の師だ。われわれは弟子だ。インドに古くからある教え、アヒンサ(非暴力)とカル−ナ(慈愛)がその基となっているため、チベットの文化は世界で一番美しい文化だと私は思う。
だが、今この大切な文化が危険な状態に陥っている。この文化は滅亡の危機にあるのだ。

チベット問題はチベット人六百万人だけでなく、この文化を共有する、少なくとも中央アジア全体でヒマラヤ地区のインド、ネパール、モンゴル、ロシアに住む3、4千万人の人々に直接的に関係する問題である。同様に、他の世界の人々にも関係するであろう。何故ならこのチベットの文化は世界平和に貢献できる。心の静寂と慈悲の文化は必ず世界に貢献できるはずだからだ。

チベット問題のもう一つの側面は、環境問題だ。
あるアイスランドのエコロジー専門の学者が中国のエコロジストの論文を引用して、こう言っていた、
「地球には三つの極がある。北極、南極そしてチベット高原極だと。チベット高原は世界の環境に与える影響からいえば北極と同等の重要性がある」と。

温暖化についていえば、地球全体の気温が0,1度上昇するときチベット高原は0.3度上昇するという。
これは主に高度の影響によるものだそうだ。
もしも現在のようなチベットの環境破壊が続けば、15―20年後にはインダス河は干上がり、ガンジス河、プラマプトラ河も危なくなるという。

ほとんどのアジアの大河はチベット高原をその源とする。
だから、チベットの環境を守ることはチベット人六百万人だけの利害ではなく、これら大河の流域で生活する何億という人々の利害に直接影響することであるから大事な問題なのだ。

さらに他の側面もある。
中国とインドは世界でもっとも人口の多い大国だ、故にこの二国が信頼に基づいた、真の友好関係を持つことは世界平和にとって大切なことだ。世界の人口の約三分の一、20億人以上に関わる。
しかしチベットがこのままの状況であるならば、大量の中国の軍隊がチベットに駐留し続ける。
このことはインドを刺激する。チベットの問題が解決されない限り、インドの国境線は落ち着かない。
膨大な軍事費を強いられる。チベットに真の自治が実現し、平和が訪れ、環境が守られれば、両国に取ってその利益は大きいはずだ。

――――

<引退について>

リンポチェが首相になってから私はもう半分引退しているようなものだ、定年退職しているのだ。

私は1992年から、もしチベットの問題が解決されれば引退すると言ってきた。
そしてもう73歳になる。十年後には83歳だ。いずれ政治的な中心的役割からは退くであろう。
20年後には93歳である、どうしろと言うのか?その頃にはもう年寄りすぎる。
私も一人の人間だ。人間の権利として引退してもいいだろう。

しかし、はじめに述べた二つの約束は死ぬまで引退はないと考えている。
外見は年を取れば変わるかもしれない、もっとも髪は僧侶だから伸ばせないが、そうだカナダから来た一人のチベット人のようにモヒガンもできないが、、、スタイルは変わっても、この身体が死ぬまでは道徳的義務を負い続ける、引退はない。

ーーー

<今回の会議について>

今度の会議には一切口を出さなかった。
私が口を出すと自由な討論の障害になるだろうと危惧してのことだ。
大方の参加者は中道を支持した。チベット青年会議その他、独立を主張した者ももちろんいた。

それにしてもこの議会だけで将来は結論できない。今月の末には国際支援者会議が開かれ、
多くの国々から参加者が集まる。彼らの意見、感想、助言等も聞く責任がある。
だからまだ、今は何も言えない。一か月待ってくれ。

ーーー

<後継者について。カルマパは?>

私が死んだ後に、必ずしもダライラマ制度が存続する必要はないと思っている。今まで民主化につとめてきたことや、パンチェン・ラマの時に中国政府によってあまりにも政治化され過ぎたという経緯を考慮に入れてのことだ。

その時は次の転生者はいないということになる。もし人々が望むなら、選挙で選ぶことも考えられる。
長老からということもありえる。伝統的な方法で選び、女性もありえる。

原始時代には、すべての家族のものが責任を持っていた。人口が増えて指導者が必要となってきた。
昔は体の強さが一番の基準だった。教育は関係なかった。ほとんど動物と同じだ。頭は関係なかった。
だから男が社会を握るようになっていった。

次第に教育の方が体力より重要視され始めた。こうして社会では女性と男性のほぼ同等の役割を持つようになってきた。しかし、まだ指導者には男が多い。21世紀に入った今、我々の教育と技術は相当に進歩した。この進歩、発達も人々の紛争を解決することに失敗している。
究極的には紛争は心の中から解決されるべきだ。過度の競争心(少しの競争心は良いが)、異常な競争心、怒りや猜疑心、これらが究極的な紛争の源だ。紛争、衝突は心から解決されるべきだ。

しかし、現代の教育には問題があると思う。
頭ばかりを鍛えることしか知らず、同等に温かい心を育てることに関心をはらっていないからだ。

千年ほど前に組織的教育というものが始まったころは、西洋では教会が道徳教育の役割を担っていた。
もちろんある程度、家族もこの役割を負っていた。
しかし現代社会ではこの伝統は衰退した。今の教育者は頭のことしか考えていない。
この面での伝統的な教会や家族の役割が望めない今、教育機関は頭の正しい発展と同等に温かい心を育てるという大きな責任があることを自覚すべきだ。

温かい心と慈悲の心を育てるには三つの道がある。
第一の方法は、宗教の信の力を借りて、神の永遠の愛を通じて人間性と愛の心を育てるというもの。

第二の方法は神を立てないが縁起、因果律を信じる人々によって採用されているものだ。
現象は原因と条件により果を得る。
その果を因としてさらなる変化が起こる。
神を信じない仏教とジャイナ教の人々はこの原理より、愛と慈悲の心を育てる。

今、第三の方法があるべきだ。それは宗教に基づかない、世俗の常識と論理と共通の経験に基づき、温かい心と慈悲心を育てる方法だ。

この私も、ある程度の慈悲心を持っている。この心を私は最初に母親から学んだ。すべての人は母親の体内から生まれ、母親のミルクで生き延びた。これは大事な点だ。

常識と経験と、それに科学の最近の発見なども役に立つだろう。
ある科学者が私に、「怒りと憎悪は免疫力を減退させる。静かな心は免疫力を亢進させるのに大いに役立つ」と言っていた。

最近私は胆石の手術をした。
だからもうこの人には臓器が一つ欠けている。ハハハ!

私は手術後一週間で完全に回復した。元気いっぱいになったのだ。その回復ぶりを見て担当の医者も相当驚いていた。私の心は一般の人々と比べると比較的静かだが、きっとこのことが回復に役立ったのではないかと感じた。

常識と経験と最新の科学的発見は、人々が静かな心とやさしい心を育てるための論理的根拠となるのだ。
この心を育てることは個人だけでなく、家族の幸せ、コミュニティーの幸せ、そして国際関係においても非常に大事なことだ。この方法を私は第三の「世俗の一般的な方法」と呼んでいる。

そして私は、この社会に温かい心をもたらすには、女性のほうが大きな可能性を持っていると固く信じる。
生理的に女性の方が他人に対する関心が高いからだ。科学者は女性の方が男性より痛みに対する反応が大きい、という。

ある時、確かヨーロッパから大西洋を越える際だったか?長時間のフライトの時だった。
同じ飛行機に、ある夫婦と二人の子供が乗っていた。小さい方の子供はずっと寝ていたが、上の子供の方は悪戯で、あっちこっち走り回っていた。
最初の頃は父親も子供の面倒をみていた。でも二、三時間後には父親は眠ってしまった。暴れん坊の子供の相手をして疲れてしまったのだ。しかし母親は夜通し、眠らずに子供の世話をしていた。だから次の朝、母親の目は真っ赤だった。

これが女性の方が愛情深く、その愛情の力が他人の面倒を良くみさせるのだという証拠だ。
だから、これからは女性がもっと、世界平和と優しい心を社会に広める役割を積極的に引き受けるべき時が必ず来るであろう。ダライラマの生まれ変わりは女性になるかもしれない。ハハハハハハハハ!

もうひとつの可能性として
死ぬ前に転生者を選択するというのもある。ある検証により認められればその者が転生者になる。
これを我々は「マデ・トゥルク」と呼ぶ。これはそんなに珍しくもない。少なくとも私の知る限り二人はいる。

おお、二番目の質問にカルマパのことがあったな?
カルマパはチベット仏教の伝統の中でも大事なラマの一人だ。
同様にカギュ派の中にも、サキャにも、ゲルックにも、それと何だったっけ?おおニンマにも、そうチョナン、ボン教の中においても第二世代の若い人たちの中に、できる僧侶がたくさん出てきている。
だから、私は心配なく死ねる。
きっと彼らが責任を持って、チベットの精神世界をしっかりと存続していってくれると確信している。

もちろんカルマパは若くてエネルギッシュだ。中国の中での経験もある。そしていまは自由な外の世界に出た。これから大事な役割を担うことははっきりしている。

ーーー


<中国とチベットの共闘の可能性について>中国人の中国語での長い質問。

一般の中国人の中にはチベット人に対する反感は有ると思う。
民主主義の促進を目指すという点において、我々と中国本土の人々の要求の大方は一致する。

以前より、私はアメリカやヨーロッパ、オーストラリアその他の外国に行った時に、その地に住むチベット人に対し、もし中国人に会うようなことがあれば、必ず友人になるようにと言い続けている。
天安門事件の前には中国の知識人たちもチベット人の事をあまり相手にしてくれなかった。
しかし、天安門事件の後、彼らの態度は一変した。

多くの民主化運動家の学生たちが、事件の直後外国に逃れたが、そんな彼らと私はアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアで度々会っている。
私は彼らにいつも言っている。「あなた達は民主化のために、もっと社会が開けたものとなるように、法治国家になるために戦っている。
我々も同じだ、正義と民主主義のために戦っている。故に共通の基盤を持っているのだ」と。
そういえば昨日もそのような中国人と長い論議をしたな。

民主主義と言うか、個人の自由を求める気持ちは本質的なものだ。
生まれて死ぬまで、個人の自由は大変重要だ。
生来、人は自由であるべきなのだ。

20世紀の前半には、世界の多くの国では全体主義が社会を良い方向に変えると考えられていた。
しかし、世紀の後半にはソビエトのように、経済破綻によりこの考えが間違っていたことがほぼ証明されるに至った。

すべての人々の自由への希求は、如何なる力に依っても止めることができない。
現在中国においてもこの欲求は益々強くなってきている。

特に今の胡 錦濤が<調和ある社会>を提唱することに、まったく賛成する。
<ワンシャントゥーミー>ハハハ、私は完全に賛成する。
しかし、真の調和は心から来るべきものであり、信頼に基づくものだ。恐怖と弾圧の下でどうやって、信頼や真の友情、真の調和を育むことができるのか?不可能だ!リーダー達の中には「調和ある社会」を唱える者は多い。それは素晴らしいことだ。みんなそのことを支持するであろう。しかし、方法が間違っている。
弾圧は間違った方法だ。調和は銃口の下には築けない。調和は相互の信頼と尊敬、親近感からくるものだ。

ーーー

<将来の中国との対話について>

これはもっと後で決める。一か月待ってくれ。

ーーー

<中国政府への信頼が薄くなって行った経緯について>

3月10日のあと私は中国首脳部に「期待」したのだ。今度こそ現実を見てくれると。
デモはチベット自治区で始まり、それから多くは自治区以外の地区で起こった。
しかし、今回も私の期待は外れたようだ。でもノープロブレム。

一つ話をしよう。
私の初めて経験した中国のヒポクラシー(偽善、詐欺)は、1955年、北京と中国の各地で数が月を過ごした後、その帰り道トンシンでのことだ。
そのころ私は少しだが中国語が話せた。
その時宿の主人の中国人がこう言った「チベットからの初めての使節団が中国の首脳部と会えたのだ。チベット人達はさぞ嬉しかったことでしょう。特にあなたがラサを離れる時にはチベットの人々は大層喜んでいたと聞きますし、、、」

それを聞いて私は言った。
「実際見たものとして言うが、私がラサを離れるために河を越えるとき、その河には橋が掛っていなかったが、ラサの人々が大勢、最後の別れを言うために河岸に集まっていた。
多くの者たちは涙を流していた。ある者は河に飛び込もうとした」と。

事実をその若者に言うと、
「そうなのか?でも新聞にはチベット人は歓喜に溢れてダライラマを見送った、と書かれていたよ」と言った。
これが私の経験した初めての中国の「ヒポクラシー」だ。

いや初めてではなかったか、もっと前があった。
私は中国に行く前に第一次大戦、第二次大戦、広島、長崎の原爆の事などはニュースで知っていた。
アメリカの戦艦の上で、マッカーサーを前に日本人が降伏のために署名をするところも見ていた。

中国のトンベ地域に行った時、そのシーンを撮った写真が飾ってあったのを見つけた。
そこで、ガイドの中国人に「これはどこの船か?」と尋ねた。
するとガイドは「あ、それはソビエトの戦艦だ」と答えた。
中国は普通、「日本はソビエトから北方を攻められることにより降伏した」と言っている。
二つのアメリカの原爆によって降伏したなどとは決して言わない。
これも「ヒポクラシー」じゃないか?そうだろう?「ヒポクラシー」でいいのかな?

数か月前、ラサの近くの村に里帰りしたというチベット人から聞いた話だが、村の村長は歓迎の会合の席で「我々は本当に幸せだ。みんな共産党のお陰で新しい家に住み、本当にすべてが良い」と言っていた。
次の日に村長の家に遊びに行くと、彼の顔は暗い。
どうしたのか?本当のところはどうなのだ?と訊くと、「ひどいもんだ。政府は家を建てるための補助金だと言って金をくれるが、まったくその金では足りない。だから家はボロボロだし。ほとんどのものは借金して、家を建てなければいけない。みんな今じゃ借金だらけだ」
「じゃ何で、昨日あんなことを言ったのだ?」と訊くと
「私はあのように言うしかないのだ」と言ったという。

1980年には卓越した共産党指導者であった胡耀邦氏がチベットを訪問する。
私の聞いたところによると、確かではないかもしれないが、彼は自分が訪問する前に、若い学生を中心に30名ほどチベットに送ったという。チベットを秘密裏に調査するためだ。
彼らの報告を受け、胡耀邦氏はチベットを訪問する前にすでにチベットの現状についての正しい知識を得ていた。
チベットに行った時、現地の役人が「チベットは美しい、すべてが上手くいっている」と報告するのを聞いて彼は役人たちを叱ったという。
このように全体主義国家においては、下の役人は偽善的報告をするものだ。

3月10日以後、私は中国政府がチベットの現実に向き合う勇気を持ってくれると期待した。現実的なアプローチを期待したのだ。
もう一つ、5月4日に非公式の会談が行われたが、このとき中国政府は異例にも、この会談に先立ってある国の大使を呼んで、これからダライラマの特使と会談すると知らせた。
さらに、ある日本のレポーターから会談の有無について訊かれ、会談のあることを認めただけでなく「会談には誠実に望む」と答えたと聞いた。
そこで私の期待はさらに膨らんだ。

今、もし正しく現実を認識し、現実的アプローチを選択するならば、我々は100%協力する用意がある。
我々は独立を求めていないし、分裂も望んでいない。

また、友人の友人から「指導者の中で誰と誰が話し合いに前向きであり。誰と誰がそうではない」などの情報を聞いた。そして混ざり合った二通りのシグナルが送られてきた。
それにしても、その非公式の会談を受けて第7回の会談を7月4日に開くこととなったが、彼らの態度はさらに厳しかった。

何よりも、チベットの内地では平和的デモが、ただただ弾圧された。その状態が今も続いている。
この前、BBCにも「もうチベット民族は死刑宣告受けたようなものだ」といったが、この意味は、
今まさにチベットの精神、文化が一掃されようとしているということだ。民族の精神が失われるとは、それは民族の死を意味する。そうではないか?だから状況は非常に悲しいものだ。

私も馬鹿ではない。このようなことから信頼が薄らぐのも自然なことだろう。


3月10日のデモに関してだが、実際のデモは10日の午後に始まっていた。
3月10日には我々はいつもの行事として、ツクラカンに集まり、声明を発表したりする。
私はその日、体調が良くなかった。風邪をひいており、咳が出て、熱もあった。
そこで私は早めに会場を去った。

昼食の後、「今、ラサの街で、人々がデモを始めた」というニュースが入った。
実際、デモは10日に始まり、11日、12日、13日と続いた。しかし、中国政府は14日からデモは始まったと言い続けている。これはどう言うことか?

現地の人々からの情報によれば、10日以降の数日中に、数台のトラックに乗った不審な見知らぬ一団がラサに到着したという。そして14日には放火、略奪等が起こった。関連を疑う。

もっともこのことは100%確かなことではない、ちゃんと調査されるべきことだ。
だから、国際機関や中国が調査団を派遣すべきだと、私は最初から言い続けてきた。
チベットに行って普通の人々に会って、何が起こったのかを聴くことだ。
調査が必要だ。

中国の首脳は私がこの騒ぎを引き起こしたと言う。
だから私はいつも言っている、中国の役人、調査団をここによこして、何でも調べればいいと。
すべてのファイルを調べ、いろんな機会に私が話した内容を録音したテープ全部を聴けばいい、と。
私は新しい亡命者と会う時に、いろいろな話をする。それらを聞いてチェックすればいい。
私たちは何も隠さない。いつでも見せる用意がある。
しかし、中国からは何の反応もない。私は今でも呼び続けている。

そこで、、、
「この中に中国のレポーターはいるか?」(と記者団を見まわし)
「あなたは中国からではないか?、、顔が中国人のようだが?、、、日本人か?」(と前の方にいた人を指す)
「日本人です」(某新聞社記者)
「そうか。日本人か」ハハハ。
「中国人はいないのか」
誰も手を上げない。
「この中に11人居るはずです」(情報官)

最初のころ中国のレポーター、新華社が来ているという情報があったが、、、だから、今日はこの会見に来ていると思っていたが、、、私は彼らを一週間招待した。私のゲストとしてすべてをちゃんと調べてほしいといった。でも、もうみんな帰って、誰もいないみたいだな、、、ok ノープロブレム。

そうだ、キツイ冗談として、「おしっこも調べてくれ」と言ったが、これにはちゃんと理由があるのだ。
それは、中国の役人の中に私が「B型肝炎を罹っている」という者がいると聞くし、数年前にはチベットの中で「ダライラマは癌を患っている。数か月の命だ」という噂を、中国のエージェントが故意に広めたりしたからだ。
だから、ちゃんと私のおしっこも調べてほしい。ハハハハハ!

これらが私の「落胆し、中国首脳部に対する信頼が益々薄れてきた」と言った理由だ。

しかし、私の中国の民衆に対する信頼は決して揺らいだことがない。
昨日も中国の人たちと話をしたが、、、この中に来ているかな、、、本当に親密な会話をすることができた。

中国がもっと開けた社会となり、法によって統治され、民主化されるべきだ。

今年の3月10日前にも少しはあったが、特に3月以降には100を超えるチベットを支援する記事、論文が中国人の作家、教授、知識人によって書かれ、発表されている。
みんな、チベットの「意味ある自治」を得るための戦いを支持してくれている。

3月の危機の後、4月にはアメリカに、5月にはヨーロッパのドイツとイギリスを訪問した。
この二ヶ月間はどこにいっても中国人のデモ隊が私を追いかけてきた。彼らは怒りに駆られていた。
ハハハ。
アメリカの秘密エージェントのアレンジで、そんな中国人数人と会うこととなった。テーブルを挟み、前には若い中国人が7人いた。
私は「我々は反中国主義者ではない。我々は中国人を尊敬する。その文化を評価する」と説明した。
「初めからオリンピックを完全に支持している」とも言った。
そのあと、3月以降に私が中国、世界、チベット人に訴えてきたことを説明した。

7人の内、2人だけが私の説明を聞いていた。しかし、他の5人は私の説明さえまったく聞いていない。
非常に感情的で、怒りに支配されていた。テーブルを挟んでいたからよかったが、そうでもなかったら彼らは私に飛びかかり、殴りかかっていたかもしれない。それほどに感情的だったのだ。

だから、それからできるだけ、中国の新華社を含めたメディアに積極的に会うことにしている。
アメリカにある、そうした中国語メディアには積極的に接した。その後のヨーロッパにおいても同様に中国人に説明し続けた。そして、オーストラリアに行った頃には、もう中国人のデモ隊は追いかけて来なかった。今は、少しはまともな情報、良い教育を受けたといえよう。現実に近づいたとも言えよう。

だから、私の中国人に対する信頼は揺らいでいないと言いたいのだ。

対話と言うと、これは対象別に二つに分かれる。政府相手の交渉と人々との対話だ。
中国の人々はいつまでも変わらずそこにいる。しかし、政府は政策の変更があったり、政府自体が変わったりもする。そして、リーダーが変わったりもするのだ。

ーーー

<今回の会議にチベット人の意見は十分反映されたと思われるか?>

93年から中国との接触が途絶えていた。
そんな状況から1997年には国民投票のようなものも行われた。チベット人の感情、意見を聞くためだ。
困難はたくさんあったが、色んな意見を聞くことができ成功だったと思う。
今回はネットの発達もあって、以前より効率的に広く意見を聴き、集約することができた。

私は常に言っている。
「我々の本当のボスは中にいるチベット人だ」と。
私自身はチベット人に対する「フリー・スポークスマン」でしかない。
亡命チベット人のコミュニティーは小さいが、しかし我々はすべてのチベット人を代表している。
なぜか?
中にいるチベット人には「言論の自由」がないからだ。
もし、本心を口に出すならば、すぐにその場で非難され、分裂主義者の汚名を着させられる。
そうだろう。だから、我々は彼らのために働かねばならない。
もちろん、あらゆる機会を通じて中にいるチベット人の意見を聞く努力は続ける必要がある。

ーーー

<脱宗教について>

チベットの憲法を定めるときにも、最初からその性格は宗教を離れている。

選挙によって首相が選ばれてからは、私はもう半分引退している。
2001年の選挙では、幸運にも(不幸にもか?)人々はもう一人の僧侶を選出した。
年も取っているし、、、(傍にいたサンドゥ・リンポチェの方を向き)ハハハ、、、でも私よりは若いか,ハハハ。髪も全く白いし、私の方が(黒くて)若く見えるけどな、、、ヒヒヒヒ!

社会においてはセキュラー(脱宗教・世俗)システムが一番だ。宗教を信じない人もいるし、他の宗教を信じる人もいるからだ。セキュラーと言うが、これは反宗教ということではない。
イスラム教のある友人はこのセキュラーシステムは宗教に反すると言って、これに反対する。
これは誤解だ。

インドにはこの伝統がある。
マハトマ・ガンジー師は深く宗教的人物であったが、一方で政治の分野では脱宗教を強く推し進めた。
インドの憲法もセキュラーなものだ。それがインドに合っているのだ。インド議会には沢山の党がある。
様々な宗教も政治に参加している。

世俗主義というのはすべての宗教を同等に尊重するということだ。この宗教、あの宗教と言わないことだ。
同様に宗教を信じない人々も尊重されるということが含まれる。これも大事な点だ。

しかし、個人レベルの話をすれば、何らかの道徳的信念を持つ方が良い。特にリーダーには大切な資質だ。
例えば、神を信じる人々は「神は見ている。こんなことをすると、神に罰せられよう」との思いから悪事を避ける。因果を信じる人々は「こんなことをすると、いつかこんな悪い果を受ける」と知って悪事を避ける。このようなことがあるからだ。
しかし、組織についていえば政治機関や教育機関は脱宗教であるべきだ。

ーーー

<会議の感想を>

この会議は、政府の者も、長老も若者も、真剣に自由に同等に議論を進めたと聞く。活発な討論が続き、熱くなる位だったという。何にも遠慮せずに、率直にそれぞれの思いを言い合ったことは非常に良いことだ。

ーーー

<中国民主化同盟系の中国人からの感想>の後に:

前にもいったが、89以降、中国の民主化、開けた社会を実現しようと努力している人々(中国のビジネスマン、学生、知識人、教授等)を全面的に支援している。彼らも私のことを「仲間」と呼んでくれている。ハハハハハハ!
私はいつも民主化と正義の実現のために働いている皆さんと共にある。これは道徳的支援だけではない、皆さんで会合を開かれるときがあれば私を招待してほしい、出席しよう。目的は一緒だ。

チベットの格言に「100の病に効く一つの薬」というのがあるが。
民主化された中国、開かれた社会、すべてが透明で、正義に基づき、道徳理念を備えた中国が実現されれば、すべての問題、日本との、台湾、アメリカ、インドとの関係、中国国内の問題、チベット問題、ウイグル、モンゴルの問題は簡単に解決される。

それにしても、その間には北京からひどいことをたくさんいわれることであろう。
これは覚悟しておかないとね、、ヒヒヒヒヒ。


rftibet at 09:50|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2008年11月25日

続ダライ・ラマ法王の記者会見

4eff5b57.JPG昨日の続きです。

<いつかチベットにお帰りになるのか?>

みんな信念を持っている。いつの日か、自分の故郷に帰るであろう。

個人的には仏教に従う者として、縁起を信じる。
其々の個人は一人に見え、現象もバラバラに見える。
しかしすべてはお互いに関連し合っているのだ。

多くの問題は、チベットの問題も人間の作った問題だ。
広い視点ホリスティックな視点、グローバルな視点が足りないが故に、多くの問題は起こっている。
だから、私も、チベットの問題もその将来は隣接するインド、中国、世界の状況によるであろう。

他者の利害を尊重し、考慮すべきだ。

私のこの世での第一の義務、責任は、
人間の善き価値の増進だ(promote human value人間性の向上)。
世界に温かい心を増やすことだ。
そこから他の人の利害を尊重し、
他の人の苦しみに同情し、これを考慮にいれる態度が生まれるのだ。

二つ目には、世界の宗教間の調和を促進すること。
三つ目がチベット人を守ることだ。

私がチベットに自由の身となって帰れば、三つ目は終わる。
私が生きている限り、前の二つの責任は変わらず引き受け続ける。

世界の中でチベット問題は小さい事だが、これは人権と宗教だけの問題ではない。
チベットの問題はその特異な文化遺産の消滅の問題だ。

チベット文化はあらゆる側面において仏教の影響を強く受けている。
チベット文化を定義するとすれば、それは<慈悲の文化>、<非暴力の文化>と定義できる。
今の世界には正にこれが欠けている。

この思想をチベットはインドから学んだのだ。
インドは我々の師だ。われわれは弟子だ。
インドに古くからある教え、アヒンサ(非暴力)とカル−ナ(慈愛)がその基となっている。
この意味でチベットの文化は世界で一番美しい文化だと思う。
今この大切な文化が危険な状態に陥っている。
この文化は滅亡の危機にある。

チベット問題は六百万チベット人だけの問題でなく、この文化を共有する、少なくとも中央アジア全体で3、4千万人のヒマラヤ地区のインド、ネパール、モンゴル、ロシアのある地区に住む人々に直接的に関係する。

同様に、他の世界の人々にも関係する。
このチベットの文化は世界平和に貢献できる。
心の静寂と慈悲の文化は必ず世界に貢献できるはずだからだ。

チベット問題のもう一つの側面は、環境問題だ。
あるアイスランドのエコロジー専門の学者が中国のエコロジストの論文を引用して、言っていた、
「地球には三つの極がある。北極、南極そしてチベット高原極だと。チベット高原は世界の環境に与える影響からいえば北極と同等の重要性がある」と。

温暖化についていえば、地球全体の気温が0,1度上昇するとき
チベット高原は0.3度上昇するという。
これは主に高度の影響によるものという。
もしも現在のようなチベットの環境破壊が続けば、15―20年後にはインダス河は干上がり、ガンジス河、プラマプトラ河も危なくなるという。

ほとんどのアジアの大河はチベット高原をその源とする。
だからチベットの環境を守ることはチベット人六百万人だけの利害ではなく、これら大河の流域で生活する何億という人々の利害に直接影響することなのだ。
だから大事な問題なのだ。

さらに他の側面もある。
中国とインドは世界でもっとも人口の多い大国だ、故にこの二国が信頼に基づいた、真の友好関係を持つことは世界平和にとって大切なことだ。
世界の人口の約三分の一、20億人以上に関わる。
しかしチベットがこのままの状況であるならば、大量の中国の軍隊チベットに駐留し続ける。
このことはインドを刺激する。
チベットの問題が解決されない限り、インドの国境線は落ち着かない。
膨大な軍事費を強いられる。
チベットに真の自治が実現し、平和が訪れ、環境が守られれば、両国に取ってその利益は大きいはずだ。

――――

<引退について>



リンポチェが首相になってから私はもう半分引退したのだ。
定年退職しているのだ。

さっきも言った二つの約束は死ぬまで引退はないが。
1992年から、もしチベットの問題が解決されれば引退すると言ったきた。

もう私は73になる。十年後には83だ。いずれ引退の時は来る。
20年後には93だ。もうどうしろと言うのか?。そのころはもう年寄りすぎる。

私も一人の人間だ。人間の権利として引退してもいいだろう。

チベット社会の民主化に力を入れてきた。
私が最後のダライラマとなっても問題ない。
もしも私が亡くなった後、人々が「14世はダライラマの伝統を傷つけることもなく、中々悪くなかった」と言って貰えるようになればそれで満足だ。

民主主義に努めてきた。
もう政治的には中心的役割からは退くであろう。

外見は年を取れば変わるかも知れない、もっとも髪は僧侶だから伸ばせないが、そうだカナダから来たの一人のチベット人のようにモヒガンもできないが、、、スタイルは変わっても、この身体が死ぬまで道徳的義務は負い続ける、引退はない。

ーーー

<今回の会議について>

今度の会議には一切口を出さなかった。
私が口を出すとたぶん自由な討論の障害になると危惧してのことだ。、
大方の参加者は中道を支持した。
チベット青年会議その他、独立を主張した者ももちろんいた。

それにしてもこの議会だけで将来は結論できない。今月の末には国際支援者会議が開かれる。
多くの国々から参加者が集まる。
彼らの意見、感想、助言等も聞く責任がある。
だからまだ、今は何も言えない。一か月待ってくれ。

ーーー

<後継者について。カルマパは?>

まず、当たり前だが、年を取ってきたことだし、将来については、特にパンチェン・ラマの時には中国政府によってあまりにも政治化され過ぎたという経緯もあることだし、もし私が死んだ後に、必ずしもダライラマ制度が存続する必要はないと思っている。

その時は次の転生者はいないということになる。
もし人々が望むなら、選挙で選ぶことも考えられる。
長老からということもありえる。
伝統的な方法で選び、女性もありえる。

原始時代には、すべての家族のものが責任を持っていた。
人口が増えて指導者が必要となってきた。
昔は体の強さが一番の基準だった。
教育は関係なかった。ほとんど動物と同じだ。頭は関係なかった。
だから男が社会を握るようになっていった。

次第に教育の方が体力より重要視され始めた。
こうして社会では女性と男性のほぼ同等の役割を持つようになってきた。
しかし、まだ指導者には男が多い。

21世紀に入った今、我々の教育と技術は相当に進歩した。
しかしこの進歩、発達も人々の紛争を解決することに失敗している。
究極的には紛争は心の中から解決されるべきだ。
過度の競争心、少しの競争心は良いが、異常な競争心、怒りや猜疑心、これらが究極的な紛争の源だ。
紛争、衝突は心から解決されるべきだ。

現代の教育には問題があると思う。
頭ばかりを鍛えることしか知らず、同等に温かい心を育てることに関心をはらっていないからだ。

千年ほど前に組織的教育というものが始まったころは、西洋では教会が道徳教育の役割を担っていた。
もちろんある程度、家族もこの役割を負っていた。
現代社会ではこの伝統は衰退した。
今の教育者は頭のことしか考えていない。
この面での伝統的な教会や家族の役割が望めない今、教育機関は頭の正しい発展と同等に温かい心を育てるという大きな責任があることを自覚すべきだ。

温かい心と慈悲の心を育てるには三つの道がある。
第一の方法は、宗教の信の力をかりて、神の永遠の愛を通じて人間性と愛の心を育てるというもの。

第二の方法は神を立てないが縁起、因果律を信じる人々によって採用されているものだ。
現象は原因と条件により果を得る。
その果を因としてさらなる変化が起こる。
神を信じない仏教とジャイナ教の人々はこの原理より、愛と慈悲の心を育てる。

今、第三の方法があるべきだ。それは宗教に基づかない、世俗の常識と論理と共通の経験に基づき、温かい心と慈悲心を育てる方法だ。。

この私もある程度の慈悲心を持っている。
この心を私は最初に母親から学んだ。
すべての人は母親の体内から生まれ、母親のミルクで生き延びた。
これは大事な点だ。

だらか、常識と経験と、それに科学の最近の発見とかも役に立つ。
ある科学者が私に
「怒りと憎悪は免疫力を減退させる。
静かな心は免疫力を亢進させるのに大いに役立つ」と言っていた。

最近私は胆石の手術をした。
だから今もうこの人には臓器が一つ欠けている。ハハハ!

私は手術後一週間で完全に回復した。
元気いっぱいになったのだ。
その回復ぶりを見て担当の医者も相当驚いていた。
私の心は一般の人々と比べると比較的静かだが、きっとこのことが回復に役立ったのではないかと感じた。

常識と経験と最新の科学的発見を、人々を静かな心とやさしい心を育てるための論理的根拠とするのだ。
この心を育てることは、個人だけでなく、家族の幸せ、コミニティーの幸せ、国際関係においても非常に大事なことだ。
この方法を私は第三の「世俗の一般的な方法」と呼ぶのだ。

私は、この社会に温かい心をもたらすには、女性のほうが大きな可能性を持っていると固く信じる。
生理的に女性の方が他人に対する関心が高いからだ。
科学者は女性の方が男性より痛みに対する反応が大きいという。

ある時、確かヨーロッパから大西洋を越える時だったか?長時間のフライトだった。
同じ飛行機にある夫婦と二人の子供が乗っていた。
小さい方の子供はずっと寝ていた。
でも上の子供の方は悪戯で、あっちこっちと走り回っていた。

最初の頃は父親も子供の面倒を看ていた。
でも二、三時間後には父親は眠ってしまった。
暴れん坊の子供の相手をして疲れてしまったのだ。
でも母親は夜中、眠らずに子供の世話をしていた。
だから、次の朝には母親の目は真っ赤だった。

これが女性の方が愛情深く、その愛情の力が他人の面倒を良くみさせるのだという証拠だ。
だから、女性がもっと世界平和とやさしい心を社会に広める役割を積極的に引き受けるべき時が必ず来るであろうと感じている。
であるからして、ダライラマの生まれ変わりは女性になるかも知れない。ハハハハハハハハ!

もうひとつの可能性として
死ぬ前に転生者を選択するというのもある。
ある検証により認められればその者が転生者になる。
これを我々は「マデ・トゥルク」と呼ぶ。

これはそんなに珍しくもない。
少なくとも私の知る限り二人はいる。

おお、二番目の質問にカルマパのことがあったな?
カルマパはチベット仏教の伝統の中でも大事なラマの一人だ。
同様にカギュ派の中にも、サキャにも、ゲルックにも、それと何だったっけ?おおニンマにも、そうチョナン、ボン教の中においても第二世代の若い人たちの中に、できる僧侶がたくさん出てきている。
だから、私は心配なく死ねる。
きっと彼らがチベットの精神世界を責任を持って、しっかりと存続していってくれると確信している。

もちろんカルマパは若くて、エネルギッシュだ。
中国の中での経験もある。そしていまは自由な外の世界に出た。
これから大事な役割を担うことははっきりしている。

ーーー

中国人の中国語での長い質問。
<中国とチベットの共闘の可能性について>

一般の中国人の中にはチベット人に対する反感は有ると思う。
民主主義の促進を目指すという点において我々と中国本土の人々の要求は大方は一致する。

以前より私はアメリカやヨーロッパ、オーストラリアその他の外国に行った時には、その地に住むチベット人に対し、もし中国人に会うようなことがあれば、必ず友人になるようにと言い続けている。
天安門事件の前には中国の知識人たちもチベット人の事をあまり相手にしてくれなかった。
しかし、天安門事件の後、彼らの態度は一変した。

多くの民主化運動家の学生たちが事件の直後、外国に逃れたが、そんな彼らと私はアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアで度々会っている。
私は彼らにいつも言っている。「あなた達は民主化のために、もっと社会が開けたものとなるように、法治国家になるために戦っている。
我々も同じだ、正義と民主主義のために戦っている。故に共通の基盤を持のだ」と。
そういえば昨日もそのような中国人と長い論議をしたな。

民主主義と言うか、個人の自由を求める気持ちは本質的なものだ。
生まれて死ぬまで、個人の自由は大変重要だ。
これは生来のもので、人は自由であるべきなのだ。

20世紀の前半には、世界の多くの国では全体主義が社会を良い方向に変えると考えられていた。
しかし、世紀の後半にはソビエトのように経済破綻により、この考えが間違っていたことがほぼ証明されるに至った。

すべての人々の自由への希求は如何なる力に依っても止めることができない。
現在中国においてもこの欲求は益々強くなってきている。

特に今の胡 錦濤が<調和ある社会>を提唱することに、まったく賛成する。
<ワンシャントゥーミー>ハハハ、私は完全に賛成する。
しかし、真の調和は心から来るべきものだ。
信頼に基ずくものだ。
恐怖と弾圧の下でどうやって、信頼や真の友情、真の調和を育むことができるのか?不可能だ!
リーダー達の中には「調和ある社会」を唱える者は多い。
それは素晴らしいことだ。みんなそのことを支持するであろう。
しかし、方法が間違っている。
弾圧は間違った方法だ。
調和は銃口の下には築けない。
調和は相互の信頼と尊敬、親近感からくるのだ。

ーーー

<将来の中国との対話について>



これはもっと後で決める。一か月待ってくれ。

ーーー


<中国政府への信頼が薄くなって行った経緯について>


3月10日のあと私は中国首脳部に「期待」したのだ。
今度こそ現実を見てくれると。
デモはチベット自治区で始まり、それから多くは自治区以外の地区で起こった。
しかし、今回も私の期待は外れたようだ。でもノープロブレム。

一つ話をしよう。
私の初めて経験した中国のヒポクラシー(偽善、詐欺)は、1955年、北京と中国の各地で数が月を過ごした後、その帰り道トンシンでのことだ。
そのころ私は少しだが中国語が話せた。
その時宿の主人の中国人がこう言った「チベットからの初めての使節団が中国の首脳部と会えたのだ。チベット人達はさぞ嬉しかったことでしょう。特にあなたがラサを離れる時にはチベットの人々は大層喜んでいたと聞きますし、、、」

それを聞いて私は言った。
「実際見たしたものとして言うが、私がラサを離れるために河を越えるとき、その河には橋が掛っていなかったが、ラサの人々が大勢、最後の別れを言うために河岸に集まっていた。
多くの者たちは涙を流していた。ある者は河に飛び込もうとした」と。

事実をその若者に言うと、
「そうなのか?でも新聞にはチベット人は歓喜に溢れてダライラマを見送った、と書かれていたよ」と言った。
これが私の経験した初めての中国の「ヒポクラシー」だ。

いや初めてではなかったか、もっと前があった。
私は中国に行く前に第一次大戦、第二次大戦、広島、長崎の原爆の事などはニュースで知っていた。
アメリカの戦艦の上でマッカーサーを前に日本人が降伏のために署名をするところも見ていた。

中国のトンベ地域に行った時、そのシーンを撮った写真が飾ってあったのを見つけた。
そこで、ガイドの中国人に「これはどこの船か?」と尋ねた。
するとガイドは「あ、それはソビエトの戦艦だ」と答えた。
中国は普通、「日本はソビエトから北方を攻められることにより降伏した」と言ってる。
二つのアメリカの原爆によって降伏したなどとは決して言わない。
これも「ヒポクラシー」じゃないか?そうだろう?「ヒポクラシー」でいいのかな?

数か月前、ラサの近くの村に里帰りしたというチベット人から聞いた話だが、村の村長は歓迎の会合の席で「我々は本当に幸せだ。みんな共産党のお陰で新しい家に住み、本当にすべてが良い」と言っていた。
次の日に村長の家に遊びに行くと、彼の顔は暗い。
どうしたのか?本当のところはどうなんだ?と訊くと、「ひどいもんだ。政府は家を建てるための補助金だと言って金をくれるが、まったくその金では足りない。だから家はボロボロだし。ほとんどのものは借金して、家を建てなければいけない。みんな今じゃ借金だらけだ」
「じゃ何で、昨日あんなことを言ったのだ?」と訊くと
「私はあのように言うしかないのだ」と言ったという。

1980年には卓越した共産党指導者であった胡耀邦氏がチベットを訪問する。
私の聞いたところによると、確かではないかもしれないが、彼は自分がチベットを訪問する前に、若い学生を中心に30名ほどをチベットを秘密裏に調査するために送ったという。
彼らの報告を受け、彼はチベットを訪問する前にすでにチベットの現状についての正しい知識を得ていた。
チベットに行った時、現地の役人が「チベットは美しい、すべてが上手くいっている」と報告するのを聞いて彼は彼らを叱ったという。
このように全体主義国家においては下の役人は偽善的報告をするものだ。

3月10日以後、私は中国政府がチベットの現実に向き合う勇気を持ってくれると期待した。現実的アプローチを期待した。
もう一つ、5月4日に非公式の会談が行われたが、このとき中国政府は異例にも、この会談に先立ち、ある国の大使を呼んで、これからダライラマの特使と会談すると知らせた。
さらに、ある日本のレポーターから会談の有無について訊かれ、会談の有ることを認めただけでなく「会談には誠実に望む」と答えたと聞いた。
そこで私の期待はさらに膨らんだ。

今もし正しく現実を認識し、現実的アプローチを選択するならば、我々は100%協力する用意がある。
我々は独立を求めていないし、分裂も望んでいない。
たぶん期待し過ぎたのであろう。

また、友人の友人から「指導者の中で誰と誰が話し合いに前向きであり。誰と誰がそうではない」とかの情報を聞いた。
混ざり合った二通りのシグナルが送られてきた。
それにしてもその非公式の会談を受けて、第7回の会談を7月4日に開くこととなった。
しかし、彼らの態度はさらに厳しかった。

何よりも、チベットの内地では平和的デモが、ただただ弾圧された。その状態が今も続いている。
この前、BBCにも「もう。チベット民族は死刑宣告受けたようなものだ」といったが、この意味は
今、まさにチベットの精神、文化が一掃されようとしている。
民族の精神が失われるとは、それは民族の死を意味する。
そうではないか?
だから状況は非常に悲しいものだ。

この故に、私も馬鹿ではない。
信頼が薄らぐのも自然なことだろう。

続く。

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今日夜10時、NHK,BS1でこの前の会議やら、チュキさんの話とかをまじえた映像が流されたはずですが、、、
誰かご覧になった方は感想を教えてください。



rftibet at 20:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2008年11月23日

法王の訓示

23,11,08ダラムサラ、ツクラカン
先ほどからBBC放送では、ダライ・ラマ法王の今日の会見の様子をトップニュースで伝えています。

このままでは近い将来チベット人は危険な状況にいたるであろう。
近い内に中国が良い方向への態度を示さない限り、独立への方針転換もあり得る

と言った。キャッチ内容でした。
もっともレポーターは「独立、強行路線といっても、平和闘争には変わりないので強行、過激という言葉は相応しくない
と言ったコメントをちゃんとしていました。

それにしても実際今日、会見に出席してすべてを聞いたものとしては、このキャッチは少しニュアンスが実際よりも過激すぎると思います。

今日の行事は二部に分かれていました。
まずは9時前からツクラカンの主堂に今回の会議出席者全員が集まりました。
法王は一時間ほど彼らに向かって話をされました。

そのあと10時頃から、隣のカーラチャクラ堂で記者会見が開かれました。
23,11,08ダラムサラ、ツクラカン
何しろ沢山のことを話されましたから、今どうしようかと迷っているところです、、、
要旨は何れ日本の各紙が既に今日の夕刊に載せたか?明日の朝刊に載せるでしょう?
ちょっとだけでしょうけど。

いずれにしても今回の会談の結論は解釈に幅をもたせ過ぎてるようにも感じます。
私は現時点で、中国に対しての、かなり強い精一杯の表現だと思います。

近い将来(soon)中国側が私の提案に前向きな態度が示されない場合には、
独立なり自治権なりの獲得へと舵を切らざるを得ない
」と法王もきっぱりおっしゃいました。

ーーー

ところで以下に私のノートと記憶を頼りに法王のお話の内容をレポートさせて頂きますが、正式?なものとして他に引用されないほうがいいでしょう。
プレスとして亡命政府から認められているので、発表には何の拘束もないのですが。

正式なレポートは日本の代表事務所のホームページに、何れ近々発表されることでしょう。

ーーー
23,11,08ダラムサラ、ツクラカン、珍しくメモを片手に話をされる法王
まず前半の会議参加者への訓示では、

「1959年3月16日の夜、ノルブリンカを後にしてインドへと亡命することとなった。
これは自分たちが好き好んで選んだ道ではない。
中国とどうにかうまくやっていこうと努力したにも関わらず、中国側の暴力により仕方なく、他に方法がなく、亡命することになったのだ。
いっしょに多くのチベット人もヒマラヤを越えなければならなかった。
あの時の問題は今も続いているのだ。
初心を忘れず勇気を失わず、この戦いは、世代を越えて子供へ、その子供へと伝えて行かねばならない。」

「最初の20年間は寺をつくることより、学校を作ることばかり考えていた。
20年経って、学校はまあまあ揃った。
それを土台に教育のレベルも相当良くなった。
しかし、まだまだだ、中国人を見ろ、華僑の中には沢山外国の大学の教授にもなっているが、チベット人はどうだ、数人だけだろう。もちろん人口の差はある。
それにしてもチベット人はもっともっと教育に力を入れ、一般人も知識を得ることにもっと関心を持たねばならない。

各セトルメント毎に活性化計画のようなものを作成するといいだろう。
チベット社会を全体に発展させる努力を真剣にこれから考えないと、後20年本気で頑張らないと、チベット人の前途は益々多難となろう。
10年後には私は83歳!、20年後には93歳!もうボロボロだろう」

会議について
「特別のコメントは今何もしないが、とにかく実り多い良い会議だったと数人から印象を聞いた。報告書も読んだ。毎年このような会議を開いたらどうか?
みんなが集まって情報を交換し合い、互いに近く感じることは大事なことだ」

(小平の言った話については)
「現在中道路線と言っている独立を下ろすという考えは、1974年からあったものなのだ。
その頃スイスで他の宗派の者たち及び政府関係者と会談中に「独立はもうほぼ無理であろう、ウ・ツァン、カム、アムド三区を統合した真のチベット自治区の実現を要求するのはどうか」という話が出ていた。
そこに1979年小平が「独立以外の話ならどんなことでも話し合おう」と言ってきたのだ。
その時こちら側はすでにその状況に対し準備ができていたとも言えるのだ。

これまでわれわれは人としての当然の権利を主張し続けているだけだ」

対話について
「対話は対象の違いにより二つに分けられる。
第一は中国政府に対してだが、政府に対しての私の信頼は、前にも言ったように、益々薄くなってなってきた。
しかし第二の中国の人々に対する私の信頼と尊敬は少しも損なわれていない。
長い歴史と文化を持つ、現実的対応のできる素晴らしい人々だと思っている。
だから、これからもチベット人は中国人の友人を積極的に増やし、交流を盛んにすべきだ。
今年の3月10日以降、多くの中国の知識人が私の中道路線への支持を表明してくれた。
89年の天安門以降、中国の知識人達の態度は一変した。
中国の民主運動家とは度々会っている。
これからも中国人とは仲良くしていくべきだ。
何れ、チベットはインドと中国を隣人として生きていくしかないのだ。
仲良くしていくしかないのだ」

といったことをお話になりました。

BBCの言う、
「このままでは近い将来チベット人は危険な状況にいたるであろう。
近い内に中国が良い方向への態度を示さない限り、独立への方針転換もあり得る」
については最初の一行目は主にチベット人にはっぱをかけるために言われた言葉であり。
次の一行は中国に対して言われた言葉です。いっしょにすると誤解も起るでしょう。


一旦ここまで。
















rftibet at 18:07|PermalinkComments(2)TrackBack(0)