逮捕

2013年10月17日

ディル県出身の主婦が路上で突然警官に連行され失踪

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RFAその他によれば、10月11日午前11時頃、チベット自治区ナクチュの高原路にある���琼旅館(མཐོ་སྒང་ལམ་བདེ་འབྱང་མགྲོན་ཁང་།)の入り口付近で地元警官によりディル県ツァラ郷(རྩ་ལ་ཤང་། 比如县扎拉乡)第一村出身のケルサン(སྐལ་བཟང་།)と呼ばれる女性が拉致された。

これを知った彼女の親戚、友人たちが警察所に行き、何故彼女が連行されたのかを尋ねた。しかし、警察側は彼女がどこにいるのかを知らせず、また捜査が終わるまで何も話すことはないと突っぱねた。

彼女は3人の娘を持つ、主婦であり、特に政治的な活動はまったくしていなかったという。ただ、彼女のことをよく知る人の話しによれば、彼女は「we chat」の中でディルの状況について話しをしたり、ダライ・ラマ法王の写真を載せたりしていたという。また、携帯の中に当局により政治的と思われているチベット人の歌をダウンロードしていたとも言われており、これらが連行された理由ではないかと思われている。

中国ではwe chat等のソーシャルサイトはすべてチェックされており、ほんのちょっとした反政府的言動、または情報流布により、誰でもいつでも逮捕される可能性があるということである。逮捕されればその後拷問を受けることはほぼ間違いない。

参照:10月16日付けTibet Expressチベット語版
10月17日付けTibet Timesチベット語版
10月16日付けRFA中国語版

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2011年02月14日

シガツェ:鉱山開発に反対した15人のチベット人が連れ去られる

鉱山開発に反対したナムリン村11日付けチベット亡命政府ウェブ
http://www.tibet.net/en/index.php?id=2129.&articletype=flash&rmenuid=morenews&s&tab=1
及び、14日付けphayul.comより
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=29103&article=15+Tibetans+put+behind+bars+over+anti-mining+protests+in+Shigatse

チベット自治区シガツェ地区シェトンモン県タモ郷の住民はリンカ僧院の近くで始まった政府系鉱山会社による開発に反対し、2010年11月22日より抗議活動を行っていた。

12月18日までは村人たちの巧妙な開発阻止活動により、工事は進んでいなかった。シェトンモンの地方政府は武装警官を送り込み村人たちの活動を阻止しようとしたが、数に勝る村人に警官隊は押し返された。

しかし後、シガツェから多数の公安と武装警官が呼ばれ、衝突となり多くの村人が撲打、逮捕された。

鉱山開発に反対したナムリン村リンカ僧院の僧侶、ケンポ・ケルサン(49・僧院長か?)、ジャミヤン・ツェリン(38)、ツェワン・ドルジェ(37)、リクジン・ペマ(35)、ジャミヤン・リクサン(34)の5人が逮捕され、12人の村人も逮捕されたが、内2人はすでに解放された。残りの15人は現在もシガツェとシェトンモンの拘置所に拘束されている。

住民の意思に反するこのような強制的鉱山開発がシガツェで行われるのはこれが初めてではなく、2010年6月5日にもナムリン県ソクチェン村において付近の鉱山開発に強く反対する住民と武装警官隊が衝突した。この時も多くの村人が撲打され、約30人が逮捕された。この時逮捕された30人の行方は今も分っていないという。

鉱山開発に反対したナムリン村写真は全て、2010年6月5日ナムリン県で起こった衝突の時のもの。
シェトンモン県タモ郷の位置は以下で確認できる。
http://p.tl/Wanq シガツェの北西約150km。





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2010年09月10日

チベット人知識人の弾圧は続く:2人のチベット人が西寧で国家分裂罪の容疑で逮捕

9b9de255.jpg写真左ブダ、右ケルサン・ジンパ(C/R:The Tibet Post)

参考記事:

9月1日付The Tibet Post
http://www.thetibetpost.com/en/news/tpi-short-takes/1087-china-arrests-two-writers-in-tibet

The Tibet Postチベット語版(一番く詳しい)
http://www.thetibetpost.com/bo/news/tpi-short-takes/1087-china-arrests-two-writers-in-tibet

9月8日付Tibetan Review.net
http://www.tibetanreview.net/news.php?&id=7143

RFAチベット語版
http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/press-group-says-two-more-tibetan-writers-arrested-09072010223054.html

パリに本部を置く国境なき記者団は9月6日、2人のチベット人が青海省の省都西寧で、「シャル・ドゥン・リ(ཤར་དུང་རི་東にある法螺貝の丘)」というチベット語の雑誌に記事を載せたとして逮捕されたと報告した。
彼らはこの雑誌の編集者であった。

2人の名はブダ(ལྦུ་རྡ་)とケルサン・ジンパ(་སྐལ་བཟང་སྦྱིན་པ་)。

彼らは2008年のチベット蜂起及びその後の中国当局によるチベット人弾圧についての記事を書いたとして、それぞれ今年6月と7月に国家分裂罪の容疑で逮捕された。

国境なき記者団はこれで中国当局が逮捕したチベット人記者や作家の合計は15人に昇るとし、これは中国が逮捕した記者・作家総数の半分に当たると報告した。

さらに、その他外国に情報を流したとして逮捕されたチベット人は少なくとも50人以上であると報告した。


ダラムサラ在住のカニャック・ツェリンによれば、

6月21日に逮捕されたブダ(34)は、四川省ンガバ(རྔ་པ་)県ティンケン(ཁྲིན་ཀཱན་)出身。
彼は中国内地のChuan ChiにあるYegao医学院で学び、その後ンガバ周辺の村々で医者として働いていた。

7月19日に逮捕されたケルサン・ジンパ(35)は同じくンガバ県のツァユ(ཙ་ཡུས་)出身。
ツァユ僧院の僧侶であったが1993年インドに亡命し、TCVスジャスクールで一年間学び、その後ダラムサラのキルティ僧院に入り、1996年チベットに戻っていた。









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2010年08月15日

リタンで僧侶2人がデモ/バルカムで僧侶2人が逮捕

チベット内地から最近電話で短い報告が届いたニュース2つ。

<リタンで2人の僧侶が抗議デモ>

http://www.rfa.org/tibetan/otherprograms/newsanalysis/two-tibetan-monks-protested-in-lithang-08132010163348.html

8月13日付RFAチベット語版によれば、8月12日、リタン市中心街にある市場で、2人のチベット人僧侶がダライ・ラマ法王の写真とチベット国旗を掲げ、中国のチベット政策に対する抗議デモを行なったという。

目撃者の話は以下:
「彼らは色々と叫んでいたが、私が聞き取れたのは<ダライ・ラマ法王に長寿を!>という言葉だけだ。
しばらくして準備を整えた警官隊が大勢到着した。
しかし、2人の僧侶の周りには数千人のチベット人が集まっていた。
チベット人たちは警官を邪魔し、僧侶がその場から逃げるのを助けた。

彼らはまだ捕まっていない。
警察は2人に自首するようにと呼びかけている。<君たちはまだ若く正しく状況を認識できていない。だから我々が教育を与えてやるから出てくるがいい>
と。

ロンゲ・アタが逮捕された記念日から10日も経っていない。彼らのデモもこのことに関係していると思う」

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<アムド、ンガバ地方バルカム(マルカム、馬爾康)で2人の僧侶が逮捕される>
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27968&article=2+monks+arrested+in+Barkham+county+in+Ngaba

今日付けのphayulによれば、バルカム地区にあるツォドゥン僧院の僧侶、ソタル(38)とダルゲ(26)が先週逮捕された。
2人は別々に逮捕されたというが、逮捕の理由と行方は未だ不明という。


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2010年06月13日

ジョンダ(江達)県ワラ僧院僧侶3人逮捕

ee838b58.jpgRFA:http://www.rfa.org/tibetan/chediklaytsen/khamlaytsen/kham-stringer/china-arrested-three-monks-from-wara-monastery-in-kham-06112010111119.html

Phayul:http://phayul.com/news/article.aspx?id=27482&article=3+Tibetan+monks+arrested+in+Chamdo's+Jomda+County

以下6月12日付Phayulの訳。

ダラムサラ:ボイスオブチベット放送によれば、中国当局は今月7日、チベット自治区チャムド地区、ジョムダ(江達)県タンプにあるワラ僧院の僧侶3人を逮捕した。

県の公安は、2008年と2009年に起こったデモの再調査を行ない、僧侶たちを尋問のため県の公安本部に呼びつけた。
嫌疑は2008年、2009年の抗議デモを扇動し、先導したというもの。
尋問の結果、ケルサン・ダルギェ(32)、タシ・ルンドゥプ(22)、タシ・ワンドゥ(35)の3人が6月7日、逮捕された。

当局は先月、同じ僧院の僧侶6人を逮捕している。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51453231.html
ティンレー(25)、ナムセ(27)、スゴン、ケルサン・ギュメは5月15日に逮捕され、ソナム・ゴンポ(40)とタゲル(29)が翌16日に逮捕された。

これとは別に今年の3月、ジョンダ当局は2人の僧侶を逮捕している。
容疑は「チベット蜂起51周年記念日」に当たる2010年3月10日、政府車両に火を付けたというもの。

2008年4月3日、ジョンダ、ワラ僧院の僧侶たちは押し掛けて来た中国政府の「再教育キャンペーンチーム」と対峙した。
この時、僧侶たちは「死んでも我々のリーダーであるダライ・ラマ法王を非難などしない」と宣言し、「再教育」されることを拒否した。

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中国政府当局は、逆らう者にはすぐに「国家分裂(転覆)罪」とか、その「扇動罪」とかの名を付け、彼らを拘束・拷問・監囚する。
時にはその場で銃殺する。

一体、本当は誰が治安悪化を扇動しているのか? ちょっと考えて見るといい。
おおもとの話をすれば、チベット人がそこで静かに楽しく暮らしていたチベットの国を中国共産党解放軍が1950年に侵略したこと自体、それは強盗殺人行為であり、大罪である。
長期の治安悪化に繋がることはあたり前だ。

飛んで、2008年前後の状況はどうか。
チベット全土でデモが起きた。
その原因は確かにオリンピックと言うこともあろうが、私はその前から強化されていた「愛国再教育キャンペーン」の影響が大きいと思う。

これは全チベット人をターゲットに、老若男女、僧侶、尼僧に始まり、小、中、高、大学の学生、公務員、商人、農民、遊牧民、ただの人まで、あらゆるチベット人をグループごとに集め「ダライ批判集会」を行なうというものだった。
地方政府の仕事は「中国共産党を讃え、ダライを非難する」という書面に全員、強制的に署名させることなのだ。
文革時代と何の変わりもない。

こうして、出来上がった「チベットの民衆は全員共産党の指導の下、分裂主義者ダライのことなどとっくに忘れ、幸せに暮らしています」という報告書が北京の中央政府に上がるというわけだ。
実際、恐怖により強制しない限りチベット人が「ダライを非難する」ことなどあり得ないことは、当局も十分御承知だ。

ワラ僧院の例に見られるように、まず騒ぎをわざわざ作り出すだめに僧院に押し入るのはいつも当局の方だ。
聖域に武器を持って押し入るという行為だけでも、チベット人にとっては大いなる罪だ。
その上、僧・尼僧に対し「全員の根本のラマ」である「ギャワ・リンポチェ=ダライ・ラマ法王」を非難せよと命令する。
どれほどの苦しみを相手に与えているか、考えたことがあるのかいな?
なんて、いまさら中国の人たち、じゃなくて中国政府に人間的想像力を期待しても無駄だが、、、

ここで逆らえば、その先自分がどうなるかを知らないチベット人はいない。
中国の警察や公安に逮捕されるということがどういうことなのが、知らないチベット人はいない。
それほど、拘置所や刑務所での拷問の凄惨さについては広くチベット人の間に知れ渡っている。
今じゃ世界中に知れ渡っている。
それでも、恐怖に打ち勝ち、声を上げる人々が後を絶たない。それほどの耐え切れぬ状況が現実にあるということを、どうして中国政府は見ようとしないのか?

結局、騒ぎが起きれば起きるほどに、緊張が高まれば高まるほどに、軍隊や地方政府に対する保安予算が増額される。
チベット人が騒いでくれれば、公安、武装警察、軍隊は潤い、組織拡大が可能となる。
幹部たちには笑いが止まらないという状況であろう。

つまり、「扇動罪」により罰せられるべきはチベットの僧侶たちではなく、人の苦しみを食って太り続ける、彼らなのだ。

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この構造は今や世界規模となった。
北朝鮮、ビルマ、パキスタン、スリランカ、イラン、そしてアフリカのならず者国家の裏には必ず中国がいる。

テロリストやアフリカの武装組織の少年兵に渡されるのは安価で使いやすい、中国製コピーAK−47自動小銃だ。
ちなみに、このAK-47自動小銃は世界中に1億丁も売れたという大ヒット武器商品。



















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2010年05月20日

カム、ジョンダ 中国公安 ワラ僧院僧侶6人逮捕

5470de3a.jpg5月19日付TCHRD(チベット人権民主センター)プレスリリース:

http://www.tchrd.org/press/2010/pr201005019.html

当センターに寄せられた確認情報によれば、
5月15日、チベット自治区チャムド地区、ジョムダ(江達)県タンプにある名刹ワラ僧院の僧侶4人が、2008年春、県庁舎の前で行なわれた抗議デモを先導したとして逮捕された。
次の日、16日には「愛国再教育キャンペーン」の下で僧侶たちを「教育」することに失敗したとして、2人の政府指名監督僧が逮捕された。

逮捕は15,16日の早朝、大勢の公安職員が各僧坊を襲うという仕方で行なわれた。

15日にはティンレイ(25)とナンセ(27)がそれぞれの僧坊で逮捕された。
スゴン(26)は公安が僧院に来たことを全員に知らせるために、警告の鐘を鳴らしたとして逮捕された。
ケルサン・ギュメ(29)は僧院内では逮捕されず、後に自宅で逮捕された。
4人の僧侶は何れも、ワラ僧院の経営するワラ仏教哲学学堂の生徒である。4人は現在ジョンダ公安拘置所に拘留されている。

16日早朝、再び公安が現れ、2人の指導的僧侶ソナム・ゴンポ・スゴン(40)とトプギェル(29)を逮捕した。
2人は2008年4月に始まった「愛国再教育キャンペーン」により十分僧侶たちを「教育」しなかったとして逮捕されたと思われている。
2人の行方は未だ知られていない。

2008年4月3日、当僧院に来た再教育キャンペーン「実行隊」に対し、僧侶たちは「命に掛けても決して我々の根本のラマであられるダライ・ラマ法王を非難することなどしない」と宣言し、対峙した。
また、この僧院の多くの僧侶が2008年中にこの地域で起ったデモの先頭に立っていたという。

以下略

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このジョンダにあるサキャ派・ワラ僧院の創建は1243年、サペン・クンガ・ギェルツェンによる。
自前のチベット大蔵経カンギュルの版木を保有していたことで知られる、と<旅行人ノート>にある。











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2010年05月15日

チベット人女性教師に15年の刑

ラモ・キャップチベット亡命政府、プレスリリースより。

http://www.tibet.net/en/index.php?id=1563&articletype=flash&rmenuid=morenews&tab=1#TabbedPanels1

http://rangwang.info/2010/05/14/a-tibetan-female-teacher-sentence-to-15-years/

5月14日、ダラムサラ:信頼できる情報筋によれば、チベット自治区ナクチュ地区の女性教師ラモ・キャップは、政治的活動を行なったとして、今年1月、15年の懲役刑を言い渡された。

引退したナクチュ小学校の教師であるラモ・キャップは2008年中頃、ナクチュ地区ディル県シャクチュカの新遊牧民地区で秘密警察により逮捕された。

彼女は、新しく強制移住させたれた遊牧民の子どもたちを集める私設の小学校で、ボランティア教師をしていた。
その学校に突然当局の者が来て、彼女の頭に黒い布をかぶせ、彼女を連行していった。
ラモ・キャップはまず自宅に連行され、彼らにより乱暴な家宅捜査が行なわれた。
その時、現場にいたラモの姉妹たちには一言の説明もされなかったという。
ラモはその後ラサのどこかの拘置所に送られた。

おそらく2年間近く秘密裏に拘留された後、今年1月、何の正式な法的手続きを経ることなく、彼女に15年の刑が言い渡された。
ラモ・キャップの行方は今も分かっていない。

彼女はニェンパ・ツァン家のドゥンドゥップを父としてナクチュに生まれた。
一家の一人娘だった。
1982年、ナクチュ師範学校を卒業後、地元の小学校のチベット語、中国語、数学教師として、2007年まで25年間務めた。

彼女はチベット文化と伝統の保存に関心が深く、生徒の面倒を良く見る先生として地元で人気の有名教師であった。
しかし、共産党の党員にならず、共産党に関心も示さなかったので、出世することは一度もなかったという。

彼女は地元の生徒、親、同僚、普通の人たちからの尊敬を広く得ていた。


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ディルは先月、小学生たちが抗議デモも行った場所でもある。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2010-04.html?p=2#20100408
何か関係があるかもしれない。










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2010年05月04日

国際ジャーナリスト協会・チベット人作家タギェル氏の解放要求

6183753b.jpg<国際ジャーナリスト協会は、中国政府に対し、拘留されているチベット人作家の即時無条件解放を要求した>

5月3日付パユル
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27231&article=International+media+group+seeks+unconditional+release+of+detained+Tibetan+writer

ダラムサラ:国際ジャーナリスト協会は、先月、中国当局により拘留された、著名チベット人作家タギェル氏の即時・無条件解放を要求した。

逮捕時の状況や、逮捕の原因の一つになったとされる、被災者に送る公開署名書簡の内容などについては以下、先月26日付ブログ参照。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51440245.html

RFAによれば、4月23日のタギェル氏の逮捕に先立つ4月12日、タギェル氏の妻であるラソが経営する
書店に警官が現れ、タギェル氏のチベット語著書数点、2台のパソコン、及び他の個人的書類を押収したという。

その時、警官はタギェル氏の著書についてラソに尋問し、さらに彼女に書店を閉鎖ようにと命令した。
彼女はタギェル氏が逮捕された2日後の25日にも警察署に呼び出され、尋問を受けたという。

国際ジャーナリスト協会はタギェル氏の「説明の無い拘留」に対し懸念を表明し、先週金曜日(4月30日)、中国政府に対し、タギェル氏を「即刻」、「無条件」開放することを要求する声明を発表した。

IFJは、逮捕後2週間経ったが、今も彼の逮捕が著書に依るものなのか、手紙に依るものなのかはっきりしないとコメントする。

「中国憲法第35条の下で、全ての中国国民には、その宗教、民族的背景,またはその発言の内容に関わらず、表現の自由を行使する権利が保障されている」と声明の中でIFJ事務局長Aidan Whiteは強調した。

IFJは、世界100各国以上からの約60万人のメンバーを擁する、世界でもっとも大きな国際ジャーナリスト連合組織である。

IFJ東京事務所のホームページ(日本語)は以下:
http://ifj-tokyo.org/aboutus.aspx

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2010年04月26日

地震後、中国政府の対応や募金活動を批判したチベット人作家逮捕

c9d18168.jpg主に、内地のチベット人の記事やブログなどを、英語で紹介するサイトHigh Peaks Pure Earthの4月26日付レポートによれば:

http://www.highpeakspureearth.com/2010/04/earthquake-in-tibet-leading-tibetan.html

ペンネーム<ショクドゥン>として有名なチベット人作家タゲルは「カムで起った地震の被災者たちに送る手紙」に連署した後、逮捕された。

彼は西寧のNationalities Publishing Houseのスタッフであると同時に作家として精力的に活動していた。
最近、2008年のチベット蜂起について論じた「ナムサゴ(天地門)」と題された本を出版している。

この公開の被災者に宛てた手紙の中では、被災者たちへの慰安が示されると同時に、中国政府の救助活動や募金活動への批判も書かれていた。
連署者の中には作家・歌手として有名なジャミヤン・キも含まれている。

レポートによれば:
「4月23日午後5時、西寧警察署の警官が5,6人、彼の職場であるQinghai Nationalities Publishing Houseに現れた。彼らはショクドゥンをまず自宅へと連行し、家宅捜査をした。
写真を幾つか押収した後、彼をどこかへ連行した。
夜10時に再び警官が彼の家に来て2台のパソコンを持って行った。
妻のラツォの話によれば、さらに、朝方3時に警官が来て逮捕令状を家族に渡し、彼の寝具を要求した。
早朝、彼の二人の娘は逮捕令状を持って地区の警察署に向かった。
しかし、彼女たちは父親に会うことはできなかった。
今も彼の行方は分かっていない」という。

地震後、3日経った時、彼は被災地に行こうと思ったが、許可証を得ることができなかった。
仕方なく西寧に留まりながらも、彼は逮捕の日まで救援活動と負傷者へのカウンセリングに忙しくしていた。

この当局によるチベット知識人の逮捕は驚くにあたらない。一カ月前にはゾゲ県でキルティ・キャップと他の先生たちが逮捕され、今も拘束されたままだ。
北西民族学院からはテラン(タシ・ラプテン)とショクジャン(ドゥクロ)が逮捕されている。
この先、我々の内誰が逮捕されるか分からない。
これが今の状況だ。
この先が思いやられる。

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手紙には「自分たちは被災者を救援したいが、あたかも税金を払うがごとくに、何とか団体やグループに寄付するつもりはない。一番良い方法は、誰か信頼できる人に直接現地に行ってもらい、寄付を渡すことだ。
誰が、(この国には)汚職はないと言えようか?(役人が)自分の懐に入れないと言えようか?」
と書かれている。

それにしても、こんな時にまた中国当局による口封じの知識人逮捕とは。
こんなことを書いただけでも、中国では逮捕されるのだね。

教育が行きわたっていないので、チベットに知識人は生まれにくい。
第2,3世代と呼ばれる、これらの僅かなチベット人知識人が次々に逮捕されている。
これほど、あからさまな言論弾圧はない。







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2010年04月10日

マチュ中学校の生徒たちが再び抗議デモ/マチュの小学校教師が突然逮捕

マチュ中学校正門<アムド、マチュで中学生たちが二度目の平和的抗議活動を行う>

パユル、ダラムサラ、4月8日付によれば、
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27072&article=Machu+Tibetan+Middle+School+students+stage+second+peaceful+protest

甘粛省マチュ中学校の生徒たちは、4月3日午後3時頃、再び中国政府の制圧に対する平和的抗議デモを決行した。

この情報は現地と連絡のあるマチュ出身の亡命チベット人研究員ドルカ・キャップが明らかにしたものである。

デモは先月、この学校の校長と助手2人を当局が解雇処分にしたことに抗議するものだという。

ド・レこの学校の校長キャプチェン・デドルと彼の2人の助手であるド・レとチュキョン・ツェテンは、3月14日に生徒たちが行なったデモの責任を取らされ、解雇された。
(左写真はド・レ)

キャップによれば、チュキョン・ツェテンは公安事務所に連行された後、密かにどこかに
移動させられ、現在行方不明だという。

デモに先立ち、マチュ中学校の生徒たちは県の中国人担当官に、この解雇された3人の教師を復職させてほしいという嘆願書を提出した。

その嘆願書には「もしも、この願いが聞き入れられない場合には、さらなるデモも行なわれるであろう」と書かれていたという。

キャップによれば、今回のデモはこの嘆願書を当局が無視し続けたからだという。

このチベット人中学校には1500人の生徒がいる。

今回の2度目のデモを含めこのところ甘粛省のチベット人学校では連続的にデモが発生している。

今回のデモの後、生徒や教師が逮捕されたかどうかについては未だ不明だという。

現在当中学は完全に武装警官隊に包囲され、外部との接触は断たれ、連絡を取ることもできず生徒たちは中に閉じ込められたままだという。

当局はマチュに保安部隊を増強し、検問を強化し、移動の制限を厳しくしている。
特に地区の僧・尼僧は厳しい監視下に置かれている。

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同じくキャップ氏からの情報によれば、

<マチュでチベット語教師が逮捕される>

マチュ当局はさらに先月一人のチベット人小学校教師を突然逮捕した。

トプデン3月28日、当地の国立小学校のチベット語教師であるトプデンは中国の公安職員により連行されていった。
それ以来、彼の消息は途絶えたままだ。
逮捕の理由も分かっていない。

1971年生まれのトプデンは小学校を終えた後、ニュルラ・ニェントック僧院の僧侶となった。
1999年、中国当局の「愛国再教育キャンペーン」班が当僧院に来て教育を行なった際、彼はダライ・ラマ法王を批判することを拒否したという。
それから一年後、チベット内での宗教弾圧に耐えきれず、彼はインドに亡命する。

亡命後はダラムサラの学校に通っていた。
2006年学校を卒業後、チベットに帰っていたという。
















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2010年04月08日

ディルの小学生たちは逮捕された後、行方不明のまま/アバで教師5人逮捕

ナクチュ地区ディル県の小学生たちが平和的抗議デモを行なったということは先日お知らせした。
しかし、その時点では子どもたちが逮捕されたのかどうかについては不明だった。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51421908.html

この事件の続報をRFAが4月7日付で伝えている。
http://www.rfa.org/tibetan/sargyur/china-arrests-elementary-school-students-in-kham-driru-dzong-over-student-protests-on-march-22nd-04072010233648.html

<བོད་ཁམས་ནག་ཤོད་རྫོང་དུ་འཛིན་བཟུང་བྱས་པའི་བོད་ཕྲུག カム、ナクシュ(ナクチュ・那曲)地区で逮捕されたチベットの子どもたちは>

ナクチュ地区ディル(ビル・比如)県、ツァラ郷で逮捕された生徒たちの何人かの氏名が判明した。

ディル県ツァラ郷の小学生20人が、3月22日中国政府に対する抗議デモを行なったとして逮捕された。
その内の何人かの氏名が判明したが、彼らがどこに収監されているのかは未だ不明だ。

以下判明した子どもたちの氏名:
ツプテン・ジュンネ、ツプテン・ワンチュック、ノルブ・ジュンネ、ノルブ・テンジン、テチョック・ギャンツォ、リンチェン・プンツォク、イェテン・ルンドゥップ、ツェテン・ドルジェ。

彼らは11歳から15歳という幼い子どもたちばかりだ。

彼らの家族たちは警官に尋問されるなど様々な嫌がらせを受けている。

現在この郷は大勢の武装警官隊に完全に包囲され、緊張が高まっているという。

これらの情報はガワン・タルマ氏から得たものだ。

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中国では一体何歳から懲役刑を受けるのか?
ガワン・サンドルさんの実例からいうと12歳でも懲役刑を受けることが知られている。

パンチェン・ラマなど5歳の時にキッドナップされたのだから、この国では子供の人権とかが問題にされることはないらしい。

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キルティ・キャップ写真は逮捕された教師キルティ・キャップ

<アバの学生追悼集会に関連し教師5人逮捕>

4月6日付パユル:
http://phayul.com/news/article.aspx?id=27056&article=5+arrested+over+school+protest+in+Ngaba+-+updated

wokar.netチベット語版のレポートによれば、アバ県ゾゲ地区の警察は5人のチベット人教師を逮捕した。

ソナム、キルティ・キャップ、タメ、チュペル、トルカの5人は当地の教師養成学校の教師である。
彼らは何れも学内で逮捕された。

今年3月10日と14日、彼らが教えるこの地区のチベット人学校の生徒たちは、2008年の抗議運動の犠牲者たちを追悼するために、全員チベットの伝統衣装であるチュバを着て、バター灯明による供養の儀式を行なった。

警察はこれに参加した16人のチベット人学生を逮捕したがその多くはまだ拘留されたままだ。

今回逮捕されたチベット人教師たちは彼らに影響を与えたとして逮捕されたと思われる。







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2009年08月18日

声を上げ、恐怖を乗り越え、そして捕らえられたチベット人作家たち/ウーセル

以下、8月3日付ウーセルさんのブログの記事です。
長田さんが訳して下さっているのを「チベット式」に発見し、コピペしたものです。
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2009/08/post-b68d.html
▼原文
「突破噤声、遠離恐怖、接踵被抓的幾位蔵人作家」(看不見的西蔵)
http://woeser.middle-way.net/2009/08/blog-post_03.html

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声を上げ、恐怖を乗り越え、そして捕らえられたチベット人作家たち
文/ウーセル(唯色)

昨年3月“チョルカスム”(ウ・ツァン、カム、アムド3地域)全域に及んだ抗議行動の後、年末の記事『誰も知らない果てしない暗闇に消え去る...』で次のように書いた。

「一つひとつの事件がまるで昨日起こったことのようだ。鮮血は今なお流れている。硝煙は今もまだ漂う。血との炎の中にほとばしる熱い涙、沸きあがる怒り。私たちの多くにとって、依然として鮮烈な体験だ。なぜなら巨大なベールの裏側では陰謀が着々と進んでいるのだから。..... 私たち一人ひとりがこうした統計を残すことができるかもしれない。より詳細に、より多くの事実を記録することもできるだろう。それはすぐに完成できるものではないが、きめ細かく、確実に、完璧に、誰も知らない果てしない暗闇に消え去った命を網羅し、2008年の鮮血と炎をもって、だれも無視できない、言い逃れのできない真相を提供すべきである。」

チベット語書籍今に至るまで、母国語による書籍、雑誌、文章、歌詞は絶えることなく登場している。チベット人作家たちは、つぐんでいた口を開き、恐怖を乗り越え、先人に続いて、さらに多くのチベット人を鼓舞している。

以下は、捕らえられたチベット人作家たちについて、私の知る範囲での記録である。そして、チベットの真相について記録した書籍・雑誌についても紹介する。十分でない点があれば、読者各位の補足に期待したい。

母語作家、クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)、ドクル・ツルティム、カム・クンチョク、タシ(筆名テウラン)に深く感謝する。

クンガ・ツァヤン1)クンガ・ツァヤン(筆名カンニ)
アムド・ゴロク・ルンカル寺の僧侶。ラプラン寺高等佛学院に学んだ。ニェンポユルツェ環境保護協会のカメラマンでもある。20代。

著作に「誰が真の覚醒者なのか」「誰が真の分裂主義者なのか」「誰が我々を支持しているのか」「チベット転生活仏の責任」「ラサはすでにラサではない」「中国は尊者ダライ・ラマを尊重すべきだ」「チベット人民、我々はエイズの真相をよく知るべきだ」「我々チベット人は、真実の証人だ」などがある。

2009年3月17日の日中、警察によってラプラン寺から連れ去られた。今なおどこかに監禁されている。

ドクリ・ツルティム2)ドクリ・ツルティム
アムド・マンラ(青海省貴南県)出身。貴南県ルツァン寺と化隆県ティクギャ寺に学んだ後、四川省アバ県ゴマン寺に学ぶ。現在27歳。
2009年4月2日前後、ゴマン寺で警察に拘束される。彼の書いた文章が分裂と煽動の嫌疑を受けたため。今なおどこかに監禁されている。
彼が創刊し主宰した文芸紙『雪の生命』はすでに発禁となっている。






カム・クンチョック3)カムクンチョク
四川省アバ県ドソ村出身。アバ州バルカム民族師範学校に学ぶ。同校『南賈報』創刊メンバーのひとり。アバ県キルティ寺『カンサルメト』の編集も担当し、執筆も手がけた。
2008年3月20日夜、他の学生らとともにチベット人の射殺や拘束に抗議したため懲役2年の判決を受け、成都市綿陽刑務所に投獄されている。

タシ4)タシ(筆名テウラン)
2009年1月25日、『血書』を自費出版。勇敢にも、昨年3月10日にチベットで起こった抗議行動の真相を明らかにした。『血書』は序文と32編の文章からなり、「地獄からの報告」「魂の旋律」「我がチベット」「心より捧ぐ」「真実の報復」の5章に分かれている。西北民族大学のチベット語雑誌『シャルトゥンリ』(夏東日)で発表された文章もある。

タシは『血書』出版後、当局に拘束され、今なお行方がわからず、まったく音信がない。一部のチベット語のブログはすでに、彼が密かに拘束されたことを伝え、広く関心を呼びかけている。

タシは四川省アバ州ゾッゲ県出身。『血書』は1000部を出版し、500部が売り出され、500部は当局に没収された。逮捕されたのは先週、場所はゾッゲであったと言われている。年齢は20代。これ以上の詳細は不明である。


2008年以降出版されたチベット語書籍類昨年のチベットでの事件の後、民間で出版されたチベット語書籍を紹介する。写真の上から順に:
1)『雪域チベットの聖なる宝』 2)『心の内の平和』
1)『慈悲の力』 2)『時代の私』3)『時代の私』4)『私たちの民族と私たちの思想』
1)『私の故郷と聞き耳』2)『仏教紹介』3)『捕われたチベット人』(作者・永冷智は、青海省尖扎県民族中学高等部1年の学生。2008年10月18日、当局の政策に抗議するため自殺した)


最近、以下の出版物が青海・甘粛で発禁となったと伝えられている。

血書 タシ『血書』:タシ(筆名テウラン)著













「シャルトゥンリ」チベット語雑誌『シャルトゥンリ』:西北民族大学のチベット人学生が刊行するチベット語雑誌。21号掲載の9編が、2008年3月のチベット事件についてのもの。


『赤風呼嘯』:小説。ツェリン・トゥンドゥプ著。青海省河南州のモンゴル人地区出身。
『ナクツァンワの歴史』または『ナクツァンの男の子の悲劇』:ナクツァン・ノルブ(またはニテン・ロブサン)著。甘粛省甘南州マチュ県出身。青海チベット族研究会の常任顧問・理事を務めている。
『ツェンポの精神』:詳細不明。

以下の2枚の写真は、作家でありカメラマンである前述のクンガ・ツァヤン(カンニ)撮影によるもの。
クンガ・ツァヤン撮影










クンガ






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2008年12月07日

80歳を超えたチベット人に7年の刑

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<80歳を超えたチベット人に7年の刑>

http://phayul.com/news/article.aspx?id=23366&article=Octogenarian+Tibetan+Sentenced+to+7+Years'+Imprisonment

人権ウォッチ(HRW)は昨日、「国際機関は中国政府に対し、81歳になるチベットの伝統印刷職人パルジョル・ノルブ氏に対する秘密裁判と投獄を非難し、彼の即時解放を要求すべきだ」との声明を発表した。

HRWによれば、ノルブ氏は今年10月31日ラサの自宅から突然警官により連れ去られた。
チベット国旗を含む<禁止物>を印刷したという容疑をかけられたものと推測される。
拘留期間中、司法当局は彼の家族に対し拘留されているかどうかについても回答を拒否し、容疑についても知らせなかった。

HRWによれば、彼は11月中に秘密裏に裁判にかけられ、7年の刑期を言い渡された。
刑期を知らせる手紙が家族の下に送られてきた。
ノルブ氏の行方は依然不明だ。

「中国共産党の明らかなお墨付きのないチベットの物は、何でも<禁止物>になる」とHRWのアジア局長のソフィ・リチャードソン氏は語り、さらに「しかし、政府がその思想を弾圧したいがために、旗とか、本とか、絵を印刷した者が投獄されるべきではない。だから表現の自由は基本的人権だと言ってる」とも語った。

ノルブ氏は、僧院のために経典を印刷するという長い歴史をもった家族の末衞である。
彼は(経典印刷の分野では)世界的に有名な彫師である。
彼は自身の工房で伝統的木版と現代の技術を融合させ、現在では数十人の職人を抱え、経典だけでなく、タルチョ、伝統的作品の複製、書籍、ちらし等の印刷、伝統文学書の再版などを行っていた。

ノルブ氏が逮捕された後、警察は彼の工房を閉鎖した。
入口のドアには閉鎖を告示する張り紙が張られ、職人の帰職を禁止した。
警察は工房から木版や書籍を押収した。

「ペルジョル・ノルブ氏を罰する代わりに、中国政府は彼の歴史、文化保存に対する貢献を表彰すべきだ」とリチャードソン氏。

ノルブ氏には、中国の憲法で保障されている、罪人に対する最低の権利も与えられていない。
警察は家族に対し正式な逮捕についても、裁判の日付についても知らせなかった。
どこに居るかも知らせない。
裁判で弁護人を選択することもできない。
裁判の詳細が公表されない。
今どこにいて、これからどの刑務所で刑期を送るのかを家族に知らせない。

HRWはさらに、この数週間<表現の自由>に関すると言える、チベット人の逮捕、有罪判決が増えているといい、中国は3月以降のデモの参加者だけでなく、その弾圧の対象を広げようとしている現れだとコメントしている。

その他のケースとして:

ラプラン僧院の老僧ジグメ・ギャッツォ師は外部に、3月に逮捕された後、どんな拷問を受けたか、及びガンス(甘粛省)地区で拘束されている仲間の名前等を漏らした、として11月4日再逮捕された。

ホンユアン県(四川省)の司法事務所に勤務していたノルジン・ワンモ女史は、海外に居住する親戚にチベットの状況を話した、として11月3日、5年の刑を言い渡された。

チベット各地で密かにドキュメンタリー・フィルムを制作したドゥンドゥップ・ワンチェン氏は3月に青海省のトンデで逮捕された後、現在は西寧のエルシリプ拘置所に収監されている。

ーーー

それにしても、81歳の老人を7年の刑にするとは!
監獄で死ね、と言うわけです。

もちろんこの哀れな老人だけではない、千人を超える政治犯が今も、その極寒の獄中で理不尽な苦しみを味わい続けている。拷問はチベットの監獄では日常事だ。

みなさん、アムネスティの人も一緒に、まずはこの大切な老人を救おうではありませんか。


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2008年07月18日

内地よりの電話情報、二か月以内に亡命させた子供をつれ戻せ

20681ab3.JPG昨日少しお知らせした、アバ、キルティ僧院僧侶3人の刑期確定等、

7月17日付委員会リリースより
Y女史訳

http://www.stoptibetcrisis.net/pr170708.html

<不公正な裁判、追い詰められ自殺>

確認された情報によると、7月10日、アパの人民法廷は僧侶3名に対し、13年間の
投獄〜終身刑
を言い渡した。
3名の僧侶はケバ(23歳)、テルゾゥ(25歳)、ツェコ(27歳)で、順に終身刑、15年、13年の投獄が宣告された。3名とも出身はアパのガメ・ロタ地域。
法廷は僧侶達について、3月16日のアパで起ったデモの際に略奪、放火、強打による器物損壊といった行為により有罪であると断定した。
僧侶達には何の法的擁護権も与えられず、また彼らを弁護するための独立した立場の法定代理人もなく、まったく強制された判決だった。

6月29日には、ツェギャル・パルバツァンを含むチベット人4名がチャムドチベット族自治区ジョンダ地区ゲナンで逮捕された。
そこでこの地域のチベット人達が彼らの釈放を求めて6月31日に運動を始めたところ、中国治安部隊が今度はこれに加わった32名のチベット人を逮捕した。
最後に伝えられた報告によると、7名を除いて全員が釈放されている。
まだ拘置されているチベット人7名は、ツェギャル・ペルバツァン(74歳)、ジャミヤ
ン・ツェリン・モモツァン(46歳)、アニョク(41歳)、パルチェン(38歳)、
ツェリン(22歳)、チョダップ(21歳)、ソナム・ダルギャル(39歳)。
チャムドの刑務所側は高齢のツェギャル・ペルバツァンの収監を拒否したので、彼はジョンバ地区刑務所に収監されている。
ソナム・ダルギャルは健康状態が悪化しているにもかかわらず拘留されている。
他のチベット人達の所在や、彼らが投獄されたか否かについての情報は、不明。
当初のチベット人4名の逮捕理由は、冬虫夏草の採取の後に抗議活動を予定していたことが漏れたため、とされている。

6月18日、カンゼチベット族自治区ニャクチュ地区ミニャグにあるダパ・ヤンデン僧院のタンマという名の僧侶が、ダライ・ラマ法王を非難せよという圧力に耐え切れず
に自殺した。
中国当局はダライ・ラマ法王を非難する運動を推進しており、五星紅旗を僧院の上に掲げるよう命じている。
亡くなる前、この僧侶は、ダライ・ラマ法王を非難することは信仰の上で不適切であり自分自身の心の誓いを汚すことになる、と述べて、その代わりに自分の人生を短く打ち切ろうと宣言したという。
彼の死に続いて、僧院にいた工作チームは、この僧侶の死をめぐる状況について外界の誰にも伝えてはならない、と全員に命じた。
当局は、もし誰かが情報を漏らした場合は悲惨な結果をもたらすことになる、と警告
したという。
この僧院が運営していた学校(生徒数30名)も同時に閉鎖された。

カンゼ自治区では自治区政府が、8月以降のすべてのチベット人による屋外活動の制限を命じている。
数日前にはカンゼ本部当局によって逮捕された数名のチベット人の釈放が発表されたにも関わらず、今のところまだ誰も釈放されていないという。
大勢のチベット人達が5日間ほど、希望をもって待ち続けている。一方、チベット
人の多くは、これは当局が更なる抗議行動の発生を防ぐための策略に過ぎない、と考えている。
中国政府はカム地方でのチベット人達の動きを統制しようと、同地方内の多くの地域における石油やディーゼル重油の販売を制限している、と伝えられている。
また、少なくともここ二ヶ月以上の間、電話やインターネットを含む通信機器の使用についても制限・監督下に置かれている実態を示唆する報告も寄せられている。


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<中国政府の下に働くチベット人で子供を亡命させインド側でダライ一味の学校に通わせている者は、二か月以内に子供を呼び返せ>

http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080715.html

TCHRDその他の情報によると、7月14日当局は中国共産党員及び政府に雇われているチベット人に対し、子供を亡命させ、ダライ一味の学校に通わせているものは二か月以内に子供全員をチベットに呼び戻せと命令した。
これに従わないものは厳しく罰せられるであろう、と警告した。

ーーー
これと同じ命令は1994年にも出たことがある。
その時は42名の子供がチベットに帰らされたという。

実際には首になることを覚悟で子供を呼び戻さなかった親が多かったという。
今回も相当数の子供がインドでの勉学を諦め、逃げてき来た遠い道を再び辿ってチベットに帰らされることになるであろう。
そうしなかった親は職を失うことであろう。

チベット人の将来への希望を断つためか?
まともな教育を与えず、亡命した子供の教育までも邪魔しようとする中国共産党
、、、、、


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私はここバンガロールを明日昼ごろ立ち、デリーより夜行フライトで20日の朝成田に到着予定。

22日からは私たちの企画した。

<受難と祈りー、チベットを知るための夏>
http://tibet-free-tibet.com/

が始まります。
最後にもう一度宣伝させてもらいます。

前期 2008年7月22日(火)〜8月10日(日)月曜休み
後期 2008年8月19日(火)〜8月24日(日)
営業時間 火曜〜土曜11:30〜23:00
日曜11:30〜18:00
会場 space&cafeポレポレ坐
JR総武線・地下鉄東中野駅下車1分

tel:03-3227-1405 / fax.03-3227-1406
(毎週・金土日に映画上映会があります)

初日は:
7月22日(火) 18:00 オープニングセレモニー
・川辺ゆか チベット音楽ミニライブ

ゆかさんの歌は迫力ありますよ。
私も出来るだけ会場に居るようにします。
このブログを呼んでくださっている日本のチベット仲間に会うのを楽しみにしております。
みなさんお誘い合せの上会場にお越しください。
もちろん一人でもいいのですよ。


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今日はチベットの祝日<ザンブリンチサン>の日。
直訳すると<全世界へ香供養する日>となるが、これを英語に直し<WORLD PEACE DAY>とした。
世界平和を祈る祝日をもつのはチベットぐらいじゃないだろうか?

もっとも今日も現場は休みなしだ。






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2008年06月16日

峠で中国兵に逮捕されたジャミヤン少年の証言

0cbde4ae.JPG昨日の続きです。

その学校で会った同じヒマラヤ越えをした6人の学生のうち、
ジャミヤン・サムテン当時17歳は寝過し道に迷ってしまったグループにいた
絵はジャミヤンに書いてもらった拘置所と拷問道具、涙を流す彼です。

訂正:日本のガイドブックにはナンパラの標高は5741m(昨日5710mと書いた)となっていました。

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以下彼の証言:

33人はガイドもいなくなり、道も定かでなくどうすれば良いのか判らなかった。
そのままそこに寄り添ってガイドが帰ってくるのをあてにして3日留まった。
3日後現れたのはガイドではなく、中国兵だった。
彼らは威嚇のためか廻りに銃を発射した。

全員捕まった。
山を下され、タシゾンの軍の駐屯地に連れていかれた。
そこで、中国兵たちの食事のあまりが与えられた。

次の日ディンリ(定日)の拘置所に移された。
ここに4日間いたが、毎日尋問があった。
ツァンパ(チベット麦焦がし)が1日に一回出たが、ネズミのフンが沢山混じってた。
最初の日には名前とか出身地とかの質問だけで何もなかった。
しかし次の日には、「ダライラマを知っているか?ダライラマはどこで生まれたのか?年齢は?」
「知らない、ダライラマのことなど何も知らないよ」
「嘘をいうな!」
と言って、殴ってきた、倒れると足で頭を踏みつけたり蹴ったりした


「父親や母親の名前は?」
「二人とも死んでいない、自分一人でラサで暮らしてたんだ」
「嘘言うな!」
と言ってまた殴る。
それからの三日間は同じような質問ばかりだった。
最後まで何も知らないといい続けた。

彼らは鉄のバックルのついたベルト、棍棒、電気棒を使って殴り続けた。
彼「この傷はベルトで殴られるのをよけようとしてできたものだよ。何度も続けてベルトで殴る」
彼の左手の肘のまわりには何本となく傷痕が残っていた。
私「電気棒でやられるとどんなになるの?」
彼「だいたい首の後ろに押し当てるよ。すぐにすごいショックが全身に走り、体中が燃えるように感じる。すぐに気絶することがほとんどだった。前に倒れたりする。
気が付いてもなかなかちゃんと立てないよ。フラフラになってる


そのあと、今度はシガツェの拘置所に送られた。
そこに2か月入れられてた。
食事は日に一度だけだった。

最初の1か月は大変だったよ。
毎日朝6時から夜の9時まで、
両手を前に上げその上に木の椅子を載せられ、そのまま腰を落として中腰にさせられ、頭の上にガラス瓶を載せられる。
頭からビンが下に落ちると、すぐに監視が来て殴られる。
またやらされる。その繰り返し


最初は5分とそうしてられない、震えが来る、冷汗がでてくる。
そのうちだんだん長く我慢できるようになるよ。
でも死ぬほど辛かった。
外で陽に当たりながらながらだったので喉もカラカラに乾いて辛かった。

後の1か月はそれが無くてまあまあだった。

2か月してラサまで送られ解放された。
金を工面して再び国境行きのトラックにのった。

私「どうしてまたやろうと思ったの?捕まると大変なのは判っていたのに」
彼「自分より小さい子供たちだってちゃんと亡命に成功している。
自分はもう大きいのだから、できないはずはないと思ったからだよ。
でも監獄の中国人は、今度またやったら銃殺だぞ!といってたよ」

「お金は国にいたとき<冬虫夏草>をたくさん採って自分で貯めてたのがまだ有ったし、少しは知り合いに助けてもらったりしたよ」

今回はダムの近くまでトラックで行って手前から山に入って、河を越えてネパールに抜けられた。
2006年の12月13日のことだったという。


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年少であろうと、女性であろうと拷問するのが中国の特徴だ。
恐怖が統治のテーマだから。









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