TCV

2013年10月24日

第53回TCV創立記念日

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昨日、10月23日は毎年恒例のTCV創立記念日であった。街中のチベット人がTCVグランドに集まり、子供たちの演技を楽しみ、その後昼食ピクニックに興じた。数年前からダライ・ラマ法王はもうお出にならなくなり、その代わりギャワ・カルマパが来られるようになっている。

TCV(チベット子供村)は1960年、法王の意志を受け、法王の妹さんであるツェリン・ドルマさんが責任者となり、最初、道路工事に従事する親たちの子供51人を集めて始められた。若くして亡くなられたツェリン・ドルマさんの死後同じく法王の妹さんであるジェツン・ペマさんが責任者となられ、TCVを今のような大きな組織にされた。彼女も数年前に引退された。今の代表はツェワン・イシェ氏である。

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記念式典の最初に最近焼身抗議で亡くなられたチベット人を始めとする、すべてのチベットのために犠牲となった人々のために黙祷が捧げられた。そして、チベット国歌斉唱。

その後は現代表であるツェワン・イシェ、議会議長ペンパ・ツェリン、首相ロプサン・センゲが順次スピーチ。

ツェワン・イシェ氏はまず、簡単にTCVの歴史を紹介した後、「今年の10年生(高校1年)のインド全体試験にTCV8校から862人が受験し、819人が合格、43人が不合格、合格率95%。12年生(高校3年)の全体試験には5校の生徒699人が参加、612人が合格、再試70人、不合格17人、合格率87.55であった」と合格率を誇示。その他、南インドに開校した「(通称)ダライ・ラマ大学」も正式に大学の認定を受けたとこ、中国語のクラスも始まったとこ等を報告した。

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議会議長のペンパ・ツェリン氏は「TCVは現在14000人の生徒、教師、職員を合わせ16000人を擁する非常に重要な組織である。現在までに約4万人が卒業している。教師、職員たちが苦労してここまで育て上げたことを大いに評価する」「今後とも、特に勉強だけでなく、良き人格を育てることに努力して頂きたい」と述べ、ついでに「議会は法王の唱える中道路線を最上の道と認識し、これを堅持する」ということも付け足した。

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首相のロプサン・センゲ氏は「亡命政府の中にはこのTCV出身の沢山いる。例えば、政府職員616人の内194人がTCV出である。この2年間に試験を経て採用された政府職員56人の内、35人はTCV出であった。約60%がTCV出ということになる」といい、最近ますます、生徒たちの成績が向上していることを具体的な例を上げ賞賛。政府も教育資金を増やし、今後修士、博士課程に進む学生を増やす計画であると述べる。

また、「良き生活のためだけを目的に勉強せず、あなたたちには特別の責任、闘うという責任、チベットの危機を救うという責任があることを忘れてはならない」とも述べる。

最後にジョークで「TCVのモットーは『他者優先』。明日から運動会があるが、競争でもしも負けたら『他者優先』で負けてやったのだ、と言えばいい」と。

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ギャワ・カルマパ

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中学生によるマスゲーム

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人文字 WE SALUTE OUR MARTYRS(殉教者に敬礼)

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SPREAD LOVE AND COMPASSION(愛と慈悲を広めよう)

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小学校の生徒たちによる、歌と演技『お母さんを思い出し、悲しくなった」。

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泣いてるところ。

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高校生による、チベット伝統歌舞。

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各クラスが掲げる創作バナー。これは「境界を越え調和しよう」

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「敵見方を分けず愛情を注ごう」

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演技が終わり、解散。

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オロを見かける

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太鼓を持つのは映画『オロ』にも出演してた、ケルサン・ニマ。

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式典が終わり、TCVの寺に向かうギャワ・カルマパ。

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終わった後はダル湖のほとりでピクニック。ルンタレストラングループ。

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2010年06月18日

続・TCVホール、法王のティーチング

チベットの土の電柱 1985年、ウーセルさんのブログより 6月2日分、以下、先日の続き。

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「夢」や「雷光」や「雲」のよう、と言われるは、
我々の執着の対象を三時(過去、現在、未来)に分け、各々を喩えて言うのだ。

現象(法)を三時に分けるなら、例えば、まず、過去と言われるは、、、今、10時10分だから、これ以前が過去だ。
「夢は記憶の対象」と呼ばれる。
過去は記憶の中にあるだけで、他のどこにもない。
全て滅してしまった後だ。
そうだろう。
昔、こんなことがあった、と思いだし、ひどく腹を立て。
あんなこともあったと思いだし、執着心をおこす要はない。
怒りや執着の対象はもう過ぎ去ってしまい、もう、今ここにない。
夢の如しだ。
夢の中でこんなこと、あんなことがあったからと言って、その対象に怒ったり、執着するものじゃない、ということだ。

雷光「雷光」と譬えられるのが、「今・現在」だ。
今、実際に快不快の感覚が生起しているとしても、それはほんの一瞬のことでしかない。

「三時(過去、現在、未来)」という概念は、教義哲学の中でも取り上げられる。
説一切有部の三時を「実有」として見る見解が一つ。経量部の「現象は全て現在である」とする見解が一つ、というように、三時の定義も様々だ。
帰謬論証派は三時を「有為の事象」と捉える。
これらはそれぞれ深く考察された結論としての見解だ。

何れにせよ、「今」というものは、探そうとすると見つけられないものだ。
今は、、、2010年の8月、、じゃない6月(2日)の、午前10時と11分として、、、その1分=60秒のうち何秒かはもう過ぎ去った、、、一秒先がやってくる、、、。
1/2000秒の今(シャッタースピード?1/2000?で、飛ぶ?鳥の?今?を捕えた?今日?の一枚?)

時を区別して、年、月、日、時、分、秒と(範囲を次第に狭めて)探してみても、「今」は見つけられないじゃないか。
一秒前はもう過ぎ去った。一秒後は今から来る。
「今」をどこに定位させ得よう?

「今」が見つけられたか?
見つけられないだろう。
時と言うものは次から次へと生滅し、じっとしていてくれないものだ。
だから、時(過去・未来)というも、一つはもう過ぎ去ったもの、もう一つは今からくるものだ。
「今」はどこにもない。
「今」がなければ「過去」や「未来」をどうやって設定することができるのか?
「今」を基準に、その先に来るものを「未来」と呼び、過ぎ去ったものを「過去」と呼ぶのではないか?
過去・未来の設定・施設が不可能になる。
「今」がなければ、時はよりどころを失うことになろう。

2.6.2010 TCV Hallだから、「今」という現象には、分析智によって得ることができ、これだと言って指さす事のできる実体はないのだ。
深く考えない世俗の概念作用により(仮に)設定されているだけなのだ。
(世俗においては)こうして、今の秒が設定できる、今日も設定できる。今週が設定でき、今月が設定できる。
今年が設定できる。
さらに、今生が設定され、過去にあった前生、未来に来る来生が設定される。
これらはすべて、概念作用により、言葉によって仮設されているだけであり、対象(客体)の側にそのような何かが本当にあるわけではない。
そうじゃないかな?

過去とは夢の如くに過ぎ去ったもの。
夢とは記憶の対象でしかない。
「今」は「雷の光」のようなものだ。
一瞬でしかない。

雲「夢」、「電光」、、、次に「雲」の如し、と言われる。

我々のいう「未来」とは、今から新しく起こるであろうことについて、こんなになったらいいなとか、こう言うことにはなってほしくない、とか思い煩う「思い」でしかなく、未だ生じてはいないものだ。
例えば、どこかの空に「雲」が浮かんだからと言って、それだけでそこに「雨」が降るわけじゃない。
雲がある場所、全てに雨が降るわけでもない。
様々な条件が揃うことに依り、次第に条件が揃うことにより、その雲が雨の基体になるだけである。
これと同じように、有為の未来の事象とは、沢山の因や条件が集まることに依り、生起するのみである。
「未来に順序はない」と言われるはこのことだ。

しかし、自分たちは、過去の記憶の対象に執着したり、怒ったりする。
或は、今、現在の感覚に従い、目の前の対象に執着や怒りの心を起こす。
さらに、未来の、まだ生起していない事柄を想像して、心配や期待の心が捉えるものを対象として執着や怒りの心を起こす。
このような執着や怒りの心に対する、対治としてこれらの比喩が説かれたのだ。

雲(三時の)有為の事象(現象界)はまるで「夢」や「電光」や「雲」のようだと、、、
有為が執着や怒りの主な対象であるから、それらが無常の性をもつものであり、苦しみの性をもつものであり、自性、本質のないものであることを説くことにより、そのようなものに執着や怒りの心を起こすべきではないと教えているのだ。
執着の対象として指さすことのできる、実在するものは何もない。

この自性がないという話で、、、例えば、ちょっと考えてみるといい。

怒りが治まる前に見る相手と、怒りが治まった後に見る、同じ相手の印象に違いがあるかどうか?
考えて見るといい。
また例えば、いつもは親しくしている相手について、ある人があなたに「あいつは本当は悪い奴なのだ。お前に悪意を抱いている。厭なやつだ」という話をしたとして、その後その人に会ったときどう感じるか?
何か、変わった感じがあるか?
いつもは、会えば笑い合うような仲でも、そんな話を聞いた後では、「本当はこいつは悪、バカなんだ」とかの思いが起こって、会って笑いあっても、それも形だけのものとなり、心から笑えなかったりするんじゃないかな?

また、昨日まで好きでもなかった人のことを、誰かが「あの人はあんたのことを非常に褒めてた。あんたのことがよほど好きなようだ」というと、次に会った時には、昨日まで見ていた同じ相手のようには見えないことであろう。
思いに依って同じ対象でも印象が随分違って来るという例だ。

2.6.2010 TCV Hall逆に、いつも、悪い奴だと思っている人について、誰かが「彼はこのような立派なことをした」と言っても、「そんな訳はない。あいつは本物の悪だ。そんなことある訳がない」と思うかもしれない。
怒りの対象の醜さは、あたかも不変であるが如く、心に浮かんでいることの証拠だ。
不変、固定的なイメージがあるので、誰かが「あいつはいい奴だ。人が変わった」と言っても、「そんな訳がない」と考えるのだ。

その固定的な醜悪イメージは、対象の側に客観的に備わっているもので、因や条件に依存しない、本来的なもののように、心に現れているものだから、突然、「あいつはいい奴だ」と言われても、納得できないというわけだ。

このことから、執着や怒りの対象が不変で、独立して、言葉の力に依ってのみ存在するのではなく、客観的に対象の側から、不変のものとして、元からそうであったように心に現れ、現れに従って「その通りだ」と思い、自相をつかむ、そのような心を基にして執着や怒りの心が起こるということが解る。

これが要点だと思うか?
一つ、解ったか?

虹だから、仏教が「中観の見解」(空=無自性=縁起、中道)を説く、その主目的は、みんなの心を、執着や怒りを起こす基になる実体・自性から解放することであり。心を覆う無明を晴らすためである。
執着と怒りの心を完全に消し去るためには、まずこの(ない)実体をつかむという心を無くさなければならないのだ。

中観帰謬論証派の、世俗にも自性を認めない、という究極の見解に従い、
色即是空、空即是色、色不異空、空不異色」という四重の空を、見解の深まりとしての四段階として説くやり方がある。
まず「色即是空、空即是色」と説かれるは、色(物質的現象)そのものが実体を欠いた空なのだというのだ。
ここで、「空の基体」である、あちら側に現れている「色」を、「有る」ものとしておいて、それが勝義には成立しない、勝義(本当には)にはないのだと言うならば、「色即空」にならないだろう。

二万頌般若経(二万五千頌?)に「色は空によって空にされるのではなく、色がそのまま空なのだ」と言われているように、対象として現れている各々の色を分析するのではなく、言説上の存在をそのまま、「有る」として、これが勝義として成立しないのだと言うならば、「色が空によって空にされた」ことになる。
向こう側にあたり前のように現れている、その色そのものを、言葉に依ってあるだけだ、あちら側には指さすことができるものはまったくないのだ、と決定されるとき、「色即空」が成立する。
ここは、肝心なとこだと思わないか?
「色は空によって空にされるのではなく、色がそのまま空なのだ」と、般若心経の中に「色即是空」と言われるはこのことだ。

灯明一方、「空即是色」と言うは、「色」は自性が空であり、他の条件に依存して成立しているが故に様々な「色」、様々な変化が生じることができると言う意味だ。


我々は「色即是空」、色(物質)というと、何か外の物を指しているような気になることだろう。
ここで、言葉を入れ替えて「我即是空、空即是我」(我=自己=私)としてみてはどうか?
こう考えてみるといい。どうだろう。
「我」とか「私」と言われるものはある。
では、一体「私」は本当にはどこにあるのだろうと探してみると、、、「私」は見つからない。

自分の身の中に、頭の先から足の先まで探して見ても、「私」が見つけられないことははっきりしている。
では、「私の心」が「私」なのか?といえば、「心」にも粗いものから微細なものまで色々ある。
覚醒時の心(意識)がある。夢を見ている時の心がある。熟睡時の心がある。
さらに、死に行く時の心がある。生まれる時の心がある。
心には粗いものから、微細なものまで色々ある。
この中で、私というのはどの時のことなのか、と指さそうとしても、その対象は特定できない。

死の瞬間のもっとも微細な光明(ウーセル/クリヤーライト)の心が本当の私なのじゃないかと言っても、これも難しかろう、「私の光明」とかいうだろうし。
さらに、光明は現れる時もあり、消え去る時もある。(それに従い)「私」が現れた、「私」が消えた、とは言えないだろう。
光明が消えた時に「私」が消えさるわけじゃないだろう。
こうして、考えて行くと、「私」は身の中にも指さす場所がなく、心の中にも指さすべきものが全く何もないではないか。
じゃ、私は一体どこにいるのだ?
「私即空」。

一方、私が空であるが故に、特別の自性がないが故に、他に依ることによって成立する様々な「私」が設定できる。
五蘊に依って私は設定されているが故に、「私は男だ」「私は女だ」「私は老人だ」「私は老婆だ」「私は若者だ」「私は僧侶だ」ということができるのではないか。
五蘊に依って名付けられたものでないならば、「私は老人だ」「私は若者だ」などと言えないはずだ。
「私は男だ」「私は女だ」と言えないはずだ。
「男・女」は身体に依って名付けられているものであって、心に依って名付けられているのじゃないよな。

このように、「五蘊に依ってある私」を設定することができるから、身体が病気になった時「私は病気になった」ということができるし、身体が病気から治ったときに「私は治った」ということができるのだ。
心が不快な時「私は不快だ」と言え、心がハッピーな時に「私はハッピーだ」と言うことができる。
もしも、(五蘊と私が)お互い依存しながら存在しているのではなく、無関係とすれば、心が快・不快を感じている時「私が快だ、不快だ」ということもないことになろう。
「私」というものが、永遠で、唯一で、独立した、例えば、「魂(Soul、アートマン)」と呼ばれるようなものであるならば、身と心が完全な解放に至った時にも、「私が解放された」ということはできないことになろう。
「魂」というものがあるならば、一般の俗なる有情の魂は、いくら努力しても俗なる魂のままであって、仏になる、涅槃を得るということはあり得ないこととなろう。
俗なる普通の人の心が聖なる菩薩の心になると言うこともないことになる。

五蘊に依って「私」は(仮に)設定されているが故に、心が変わることに依り、単なる俗人が聖なる菩薩へ、阿羅漢へ、そして最後に仏になるということが可能なのだ。
「私」は心身に従い設定される。だから、心身が変わることにより「私が変わる」と言える。
このように理解して「我即是空、空即是我」と口ずさめば、何か効果があるかな?

「色」というと外を指さすが、(同様に内なる「私」を指さすとしても)「私」は真実に存在し、独立して、主人のように身体と心を持つという思いと共に「色即是空、空即是色」と唱えても、[無・何もない]のかな、とか思うぐらいのものかもしれない。
「我即是空、空即是我、我不異空、空不異我」と、ここでいう「空」は「一般的空」のことじゃない。
「我=私」の「空」のことだ。
一般的空というものはない。一般の空性というものもない。
基体(対象・客体)から離れた空性自体というものはどこにもない。
基体から離れた空性があるなら、空性が勝義に存在する、実体的に存在すると言えることにもなろう。
空性にも自性はない(空の空)とは、「空性とはある具体的な基体の存在の仕方について言ってるのであって、基体に関係ない、基体から離れた空性というものは設定できない」ということだ。

「我即是空、空即是我」とは、まず、「我」を求めて見つからない状態が「我」の上の「我即空」。
一方、「我」は「空」だから、「我」が存在することができるのだ。これが「空即我」。
「我」が「空」であって、他に依って存在しているが故に、「我」に様々な変化、進歩もありうるのだ。


月と雲空を瞑想する目的の中心は「我(真実存在・実在)執」を無くすためだ。
「我執」が無くならなければ、執着と怒りの心は無くならない。
ナーガールジュナもおっしゃっているように
「業と煩悩とか滅びてなくなるから、解脱がある。
業と煩悩とは分別思考から起こる。
ところでそれらの分別思考は形而上学的論議(戯論)から起こる。
しかし、戯論は空においては滅びる」


というわけだ。

(中論第十八章、第五偈、中村元訳)

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以下録音切れの故、略。

続きは金沢で行なわれる「般若心経」講座でお聞きください。

マリア様が最近訳された法王解説の「中論」とか読んで、法王の講義を聴く前に、しっかり「空」について予習しておいてください。


追記:この訳はほんの試訳程度、参考程度です。
当方の理解不足による誤訳もあることでしょう。不適切な訳語もあるでしょう。
変な箇所があれば、もちろん、それは間違いなく「法王が間違われたのではなく、訳者が間違えたのだ」と了解して下さい。

ただ一つ、今回最後に珍しく法王の勘違いを一つ発見したのだ!
それは最後に引用されている、ナーガールジュナの一偈。
この時、法王は「確か、これは中論の第二十四章にある」とおっしゃった。
そこで、私はこの一偈を見つけるために「第二十四章」を漁った。
しかし、二三度読み返しても見つからない。

仕方なく、始めから、ページを繰り直し、やっと、「第十八章」の中に、この一偈を見つけ出した。

だから、法王だって何かを、勘違いをされることもあるということだ。
(ほんまに、稀な現象ではあるし、あったとしても上記のようにどうでもいい類の間違いだ)


そんな、法王の間違い、勘違いを探しながら、特に空のお話を聞くと言うのはどうでしょう?

もし見つけられたら、報告して下さい。


そうだ、観音菩薩などの化身が我々に何かを悟すために、わざと間違った言動や行動をされることをチベット語で「ゼバ・テンバ」という。
さしずめ今回は、私のようなものに、中論全部を読み返す機会を作り出すための方便として勘違いされた、という解釈が成り立つのでしょう?







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2010年06月14日

ダライ・ラマの仏教講座/TCVホール

2.6.2010 TCV ホールできれば日曜版として昨日載せるつもりだった、仏教シリーズ?の一つ。

以下、6月2日TCVホールで行われた、ダライ・ラマ法王のチベット人学生を対象とした「仏教概論講座」の一部を訳したもの。

法王はこの日、二つの偈を基に仏教を要約して説かれた。

最初の一偈
སྡིག་པ་ཅི་ཡང་མི་བྱ་ཞིང།
དགེ་བ་ཕུན་སུམ་ཚོགས་པར་སྤྱད།
རང་གི་སེམས་ནི་ཡོངས་སུ་འདུལ།
འདི་ནི་སངས་རྒྱས་བསྟན་པ་ཡིན།

不徳な行ないを一つも為さず
徳を円満し
己の心を完全に統御する
これが仏の教え


このお経འདུལ་བ་ལུང་རྣམ་འབྱད།の一節を解説することで、修行の要点を要約された。
(この部分略)
次の一偈に入り、以下のように説かれた。

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ではどうやって心を制御すべきかと言えば。
「縁起の見解に依り、根本から心を制御すべき」と説く。
そこで、

法王སྐར་མ་རབ་རིབ་མར་མེ་དང།
སྒྱུ་མ་ཟིལ་བ་ཆུ་བུར་དང།
རྨི་ལམ་གློག་དང་སྤྲིན་ལྟ་བུ།
འདུས་བྱས་ཆོས་རྣམས་དེ་ལྟར་ལྟ།

現象界というものは、
星や、目の翳、燈し火や、
まぼろしや、露や、水泡や、
夢や、電光や、雲のよう、
そのようなものと、みるがよい。


(རྡོར་རྗེ་གཅོད་པ།金剛般若経・中村元、紀野一義訳)

と、ここに比喩を使って、心を制御する方法が見解の側面から説かれている。
仏教では間違った見解として:不浄を浄と見、苦を楽と見、無常を常と見、無我を我と見るという4つを上げる。この4つは苦しみの因となる。この間違った4つの見解を無くすためには、正しい4つの見解を得なければならない。もっとも、ここでいう無我は粗いレベルの無我だが。何れにせよ、究極的には、すべての現象の自性は空であるという正しい見解を得ることにより初めて実現され得る。

この一偈では空見が比喩をもって示されている。この一偈は全ての仏教学派が共に引用するものだ。だから、それぞれの学派の空観に従い、それぞれ微妙に異なった解釈が行なわれる。この一偈は「金剛般若経」の中にある。

カルマ意味はまず、最初に「星(カルマ)」というは、空に浮かぶ星のことだが、星は太陽が沈んだ後に初めて現れる。そして我々は闇の中にその小さな輝きを見る。しかし、太陽が昇っている間、「星」の姿はない。
このように、我々が自分と他人、善と悪、輪廻と涅槃とかいうも、すべて、分析しないときにはあるように見えるが、分析し、その実際の有様を正しい智によって、その究極の実体を見つけようとすると、見つけられない、求められない。

「中論」(ナーガールジュナ著)の中に「諸仏は二諦に依って、衆生のために法を説く。一つは世俗諦、もう一つが勝義諦」と説かれ、この二つが一つの現象(教え)の二つの側面であると説明される(約教の二諦説)。一方「入中論」(チャンドラキールティ著)の中では「現象の虚実性を見たものは、現象を二つの自性として捉える」と説かれる(約境の二諦説)。正理の分析を受けない時の世俗の自性と、正理智により分析されたのちの勝義の自性というように、ものごとには二つずつの自性があるとされる。

このことを「星」に例えたのだ。正理の分析を伴わない心とは、無明とその薫習(習慣性)に侵された心のこと。そこには様々な現れが生じる。対象は実体的に現れる。空を直接体験する人の無対象の禅定以外の心は、すべて惑わされた心と呼ばれる。無明に侵された心ばかりだ。この闇と等しい無明の中にある心には、世俗の現象が「星」のように、様々な姿とともに現れる。その同じ心という空(そら)に、以前暗闇に「星」が沢山見えていたそこに、存在の有様を正しく分析する智という光が満ちることによって、様々な「星」の現れが消え、自性が消え去っただけの、空性一味の虚空という現れが生じる。「星」に譬えられる概念の現れが消え、空性(トンバニ)の現れが生じる。これが、太陽の光により「星」が消え、一つも見えなくなるという比喩よって現わされている。
「星」というはこのことだ。

ラプリク次の「目の翳(ラプリク)」は、実体論者の以下のような反論に対する答えとして使われる比喩だ。
「星にも色んな違いがあり、我々はそれを識別することができるではないか。心の対象としての現象は対象側から客観的な存在として特別の自相を持って現れるではないか。我々を含めた、実体論者から世俗レベルに実体を認める学派まで、すべて、もの(事物、事象)は真実存在であると主張する。世俗は成立している。ほら目の前にこのように現れ出ているではないか」と言って指で、その対象を指し示したりする。彼らの心は遠い昔からずっと対象が実体的に現れ続けてきたという習慣性に侵されている。そこで「ほら、ここにあるじゃないか」と根拠・基体として指さすものがあると思っている。「対象が自相をもって現れることはずっと前からあたり前のこととして世間に知れ渡っているではないか」という。

これに対し、我々は「対象があちら側から現れているように見えるからと言って、本当に対象側に実体があるわけではない」と主張する。「対象を見る側の心が、無明とその薫習により侵されているから、そのような現れが見えるだけだ」という。もちろん、無明から自由になった阿羅漢の心にも現れはある。これは無明の薫習からまだ自由になっていないので微細な現れがあるのだと説明される。
無明とその無意識の習慣性に侵されている、騙された心には「無明により真如が覆われているのが世俗」と言われるように、現れはあるが、それは、無明に侵された心の上に現れているだけであって、本当にあちら側に何かが有るわけではない。

例えば、それは「目の翳(ラプリク、時に眼病)」により目が侵されている人には、翳が見えたり、髪の毛が降るように見えるのと同じだ。目が正常な人にはその現れはない。
例えば、目にゴミでも入った人には向こうに黒っぽいものが見えることもあろう。向こう側から翳が現れるように見えるが、これは器官としての目に問題があるのであって、あちら側に何かがあるわけではない。眼医者がそのゴミを除けば、その現れも消え去る。物もらいとかになり、目の前に色んな映像が現れることもあるが、眼病が治った後には何の現れもない。このように、ものはあちら側に実体的に存在しているように見えるが、それは見る側の心に問題があってそう見えているだけであり、本当に対象側にものが実体的に存在しているわけではない。

もしも、対象であるものが実体として存在するなら、分析智により、それを探すことにより次第にその姿が明らかとなって行くべきだ。例えば「宝行王正論」(ナーガルジュナ著)の中で「蜃気楼が、もしも本物の水であるならば、近くにいる人に見えないのはどうしてか?」と言われているように、ものに自性(実体・真実存在)があるならば、分析により、近づくことによりその姿が次第に明らかになって行くはずだ。しかし、ものの実体は正理智により分析すればするほどに、ますます遠く消え去っていく。

この「星」や「目の翳」の譬えのように、ものは目の前に昔からあたり前のように現れているが、現れのようにものは存在しているのかといえば、答えはそうではない。ものは自体を持ってあちら側に存在しているのではない。これを「星」、「目の翳」に譬える。
我々にはものは実体的に現れるが、本当には実体はないのだ、自性は空なのだという、否定の面(空の側)が比喩を使って示されている。

次に、対論者が「対象側に実体がないならば、現れているものは一体何なのか? 事物は自然に外界に存在する。良・悪、輪廻・涅槃、自・他などがちゃんと存在し、経験されるではないか?」というならば、「それは因と条件が集まることに依り生じたのだ」と答える。
依って生じたのだ。名付けることに依り存在しているのだという。

例えば、「燈し火(灯明・マルメ)」の如し、と説く。

マルメ「燈し火」と呼ばれるものも、その燃料である油や、芯、芯の周りの空気など、、、オキシジェン(酸素)が無くなれば燈し火は消える、、、というように、良く考えてみれば、「燈し火が輝く」という一つの現象も様々な因や条件に依ることで初めて「現れる」ということが理解される。その原因と条件の一つでも欠ければ、「燈し火」の明かりは消える。

このように、我々には様々な現象がそれぞれ独立のものとして、互いに関係することなく現れているように見えるが、本当には他に依存することなく自体で現れることのできる現象は一つもないのだ。
前にも引用した、「縁起による現れは過(あやま)たぬことと、、、」(ジェ・ツォンカパ著「道の三要素」)と言われるのはこのことだ。
全ての現象は空であるという面を示すために「目の髷」といい、「現れはあるがそれは本物ではない」ことを説き、
「燈し火」と譬えることにより、それでも(それが故に)「因果の縁起により現象は過たず現れる」ことを示す。

全ての現象は「星」「目の翳」「燈し火」、、、次に「まぼろし(ギュマ)」「露(シルバ)」「水泡(チュブル)」の如しという。

まぼろし「まぼろし」というは、、、対論者がさらに「自性がないならば、執着の対象は全く存在しないのか? 人は自然に目の前に現れる対象に対し執着の心等を起こすではないか?」と言えば。

例えば、「まぼろし」と出会う「夢の中」で、怖い人に遭えば、自然に怖くなるではないか。夢の中で相手に怒って喧嘩をすることもあろう。同じように、夢の中で魅力的な対象に出会えば、その対象に執着心を起こすであろう。夢の中のように、その対象に実体がなくても、その仮想された実体に対し執着心を起こすことは実際に起こる。このように、執着の対象には自体は無くとも、執着を起こす条件の一つとなる。これを「まぼろし」と譬える。

朝露「露」というは、「無常」の譬え。
早朝に美しく輝く「露」も、陽が昇るに従い素早く消え去る。
現象は一瞬一瞬変化するという無常の性を持っていると説かれる。

「水泡」というは、現象の「苦」の性格について説明するためだ。
どうして「水泡」が「苦」の比喩になるのか?
水泡は水から生まれる。水の泡は水の性格を負っている。水の自性とともに、水から浮かび出て、再び水の中に消える。現れては消え去る。水から出て水に戻る。このように、我々には苦しみだけでなく、喜び、中性の感覚など、如何なる幸不幸、中性の感覚が生まれようとも、それらは有為の自性として、苦の自性より生まれ、苦の自性の中に消え去る。煩悩の力に左右される限り、汚れた五蘊(身と心)が集積した感受である限り、有為の自性としての苦より生まれ、苦の中に戻る。世俗とはこのようなものだ。

水泡ここでいう「苦」とは、「苦の苦(身体的苦痛)」だけではない。パンチェン・ロサン・チュゲルが「汚れた輪廻の苦しみから逃れたいと思う、、、苦の苦を避けるは家畜にだってある、、、」とおっしゃるように、「苦の苦」から逃れたいという思いは動物にだってある。たとえば、這っている小さな虫をこうして指で押してみると言い、虫はすぐに不測の事態に陥るのではないかと思って逃げようとするではないか。苦しみは厭だと思っている証拠だ。つまり、「苦の苦」を「苦」と認識してそれから逃れたいという思いは動物にもある。
さらに「汚れた輪廻の快感に出離の心を起こすは外道にだってある」。ここでいう快感は快感すべてではなく「汚れた快感」だ。「汚れなき快感」とは永遠の至福のことだ。汚れた幸福感とは業に操られるこの五蘊に関係した汚れたものである。我々が普段「幸福」と呼ぶものはこの「汚れた幸福」のことだ。

この汚れた世俗の幸は何れ、最後には衰え苦しみに至る。水泡は水から生じて、様々な現れを見せるが、何れ水の中に消えて無くなる。このように、偶然のように快感が心に感じられることもあるが、これが生まれる時も有為の苦の自性から生まれ、消滅する時も苦の自性の中に消える。「汚れた輪廻の快感に出離の心を起こすは外道にだってある。有為の自性から生まれたこの五蘊は過去と未来の苦しみの器、、、」と言われるのはこのことだ。第三番目の五蘊の苦(存在の苦しみ)というは、主にこの業の力に左右される五蘊自体について言われる。汚れた五蘊を引きずる限り、苦しみの感覚はもとより幸福な感覚でさえ、苦の自性より生まれ、苦の自性の中に消え去るしかないのだ、と説かれる。

「星」、「目の翳」、「燈し火」、「まぼろし」、「露」、「水泡」と次に「夢」や「電光」や「雲」の如し、と言われるは、
我々の執着の対象を三時(過去・現在・未来)に分解し、それぞれを「夢」、「電光」、「雲」に譬えるのだ。
三時に分解するとは、、、、過去というのは、例えば今10時10分として、これ以前を過去と呼ぶ、、、、
(以下、続きはまたの機会に)
参考:http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/2009-11.html?p=2#20091101







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2010年06月02日

昨日の法王

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV昨日、法王は午前中に二つの行事を行われた。

ケグド(キグドゥ、ジェクンド、ジェグ、ユシュ、玉樹、何でこんなにいろいろな呼び方があるのかね、、、方言と植民地化の故でしょう)地震発生から7週間目の一日前に当たる昨日、朝8時よりダライ・ラマ法王はダラムサラのツクラカンにて地震犠牲者のため七七日(四十九日、満中陰、尽七日)…「大練忌」法要を取り仕切られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV大方の仏教では人は没後、中有という生死の狭間状態を最長49日間彷徨う、と言うことになっている。
その後は、その人のそれまでの生が積み重ねた善悪のカルマの力+中有中にラマや他の人々によって行われた、外からの引きあげる力+自分自身のそれまでの心をコントロールする修練から得た、内からの力等、様々な原因と条件に従い、次の生を受ける(母体に入る)ことになっている。

49日以降にも日本では年忌法要といって一周忌、三回忌、七回忌、、、、、と追善供養の法要を行う(行わなければならない)ことになっている。
チベットでも俗人たちはロンチュと呼ばれる追善供養のような一周忌を行う習慣がある。しかし、故人が僧侶である場合には特別のケースを除いてはこれも行われないと聞く。
もう、次のどこかいいところに生まれ変わったであろうから、心配しない、ということか?

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVま、実際、特にこのような大地震の後には、亡くなってしまった人たちの事をいつまでも心配しているより、残された家族のことを心配した方がいいだろう。
今も、被災地ではテントもなく暮らしている人も大勢いる。
中国政府から支給された、青いビニールテントは、夜冷え込み、昼間は天気が良ければ、温室を越えて暑くなる。
政府はテントの中で火を焚くことを禁止している。
「火事になるから」という理由だ。
遊牧民たちはさぞかし昔の、いくらでも中で火が焚ける、広々として、夜暖かく、昼間は涼しいヤクテント(パー)を懐かしく思い出していることであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVそれでも、元遊牧民は今でもヤクテントを持ってる家庭も多かったのじゃないかと思い、その辺の事情を知るチベット人に聞いてみたが、「街の方に引っ越しさせられた時、大方の家はテントを売ったよ」とのこと。

思うに、今、被災者の内まだ元気なものたちの多くは、冬虫夏草を求めて山に入っているのではあるまいか。
少し離れたまだ遊牧民が残っている地方に散って、懐かしい遊牧民たちのヤクテントに居候させてもらっている人も多いであろう。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV中国政府は一昨日(5月31日)今回のケグド地震の犠牲者数を2698人と発表した。
4月終わりに死者2200人と少し。負傷者12000人と発表した後が今回の発表だ。この間に500人増えたことになる。

その内2687人の身元が確認され、残り11人が未だ身元不明という。

この数字、ケグドに住民票を持っていた者のみの可能性ありだが、確かなことは分からない。
ただ、今も現地の人々は犠牲者の数は一万人を下らないと信じている人が多いようだ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV仮に犠牲者が3000人と少なめに見積もって、ケグドの人口が3万人とすれば10人に1人の割合で死者が出たということになる。
6000人ならば5人に1人だ。
アバウトな比較として、神戸市の人口が100万人として大震災により5000人が犠牲になったとすれば、その割合は200人に1人だ。

如何に、この地震の人的被害率が高かったかが判る。
結局、チベット人の多くは、こんなにすぐ壊れ、人を殺すような家に住んでいたということだ。
そんな家に住んでいるのはもちろんケグドの人に限らない、チベット全土の貧しいチベット人や中国人、特に遊牧民移住村の人々もそんな家に住んでいるのだ。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV左の写真に写ってる法王、見方によれば、痛む心臓を押さえ、お顔からも強い苦痛を我慢していらっしゃる様子が見て取れる、と言う風に見えないこともない。

もっとも、手を衣の下に入れておられるのは、その前の写真にある様に、目に脂でもたまったのか、それを白いハンカチで拭われた後、ハンカチを胸に収められたときの仕草だ。
しかし、確かに昨日の法王はこの後も、TCVでも何度もメガネを外されて目から何かを拭われるという場面が見られた。
TCVホールで行われた「学生のための仏教講座」の最後に、法王は「ちょっとこの前、アメリカからインドに帰って来た後、体調を崩して、熱を出した。
少々休まなければいけないかもしれない。
だから、ひょっとして明日の講義は“休まさせて頂くかもしれない”」とおっしゃった。

確かに、昨日の法王は最初から何となく元気がないようにも見受けられた。
仏教講座もいつものようなのりのりの雰囲気ではなく、早目に質問コーナーに入られた。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、結局法王は今日もTCVにお出かけになり、いつものように素晴らしい講義をなされた。
この講義は以下でライブビデオが流された。
今日以降、いつでも
http://dalailama.com/webcasts/post/110-introduction-to-buddhismに行けば、この講義を英語、チベット語、中国語で見たり聞いたりすることができる。

法王はアメリカ訪問中に病院で精密検査を行われた。
法王自らその結果について「全くどこにも問題はないそうだ。健康だ。何も心配しないでよい」とおっしゃった。

ちょっと前にブログに書いたが、アメリカ帰りの時差ぼけのまま、屋外は50度にもなっていたであろう、パトナのブッダ公園開園式に出席させられたりしたから、体調を崩されて当たり前のような気もする。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV9時前にツクラカンにおけるモンラムを終えられ、法王はすぐにTCVに向かわれた。

毎年二日間TCVホールで行われる、この法王の「仏教紹介講座」は今年で4回目。
TCV発表によれば、ホールに入ることが許されたチベット人学生は、大学生600人を含む2200人という。
これを聞いて、私はちょっと青くなった。
自分はこのホールを最大1500人用として設計したつもりだが、、、
一階には何人詰め込んでもよいが、あんまり二階席に人を載せすぎるのはどうかと思うのだ。
講義の最中、バルコニーを支える柱や梁が気になり、時々目をやったりすることとなった。後は、地震が来ないことを祈るだけ。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王の講義の前座として、若干の尼僧を含めた俗人グループによる、タクツェと呼ばれる問答会が行われた。
町の年寄りグループと若い女性グループに別れていた。
この中、若い女性グループの中には日本人が1人、スペイン人が1人加わっていた。
加わっていたというより、中の日本人は実質グループを代表していた。
その日本人女性とは山口直子さんという方でもうかれこれ15年目ぐらいから仏教の勉強一筋に頑張っておられる女性だ。
仏教の勉強の仕方にもいろいろあるが、彼女はちゃんとダラムサラのツェンニー・ダツァン(仏教論理大学)に通われ、正式に論理学、哲学を学ばれている。もうすでに7,8年目で「中観」の終わり辺りを勉強されていると思う。
恥ずかしながら、私もこのツェンニー・ダツァンに6年半通ったのだが、もうかなり昔のことで、、、今はそのほとんどを忘れてしまった。

1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVグリーンのチュバに白いブラウスを着てマイクに向かって答えているのが山口直子さん。


このダラムサラのツェンニー・ダツァンはおそらくインドで唯一俗人の女性でも他の僧侶と同じような階梯を学ぶことができる僧院だ。
もちろん、俗人の男も学べる。
と、いうことで昔から外人が多く学ぶところとして有名だ。

女性と言えば、昨日法王は、チベットに前例のない女性のゲシェ「ゲシェ・マ」について言及され、「まだ、このゲシェ・マという制度はできていないが、できるだけ早くゲシェ・マも生まれるようにしたいと思っている」と発言された。

それで思い出すのは、私が通っていたころ、同級生であった、1人のドイツ人の尼僧だ。彼女は最初から終りまで優等生だった。
同期の僧侶たちの何人かはすでにゲシェ位を取った者もいる。
はっきり言って、彼女よりできなかった僧侶もゲシェになっている。
もし、この制度ができれば彼女など間違いなくゲシェ・マ・ラランパになれることであろう。それほど、彼女はキレルのだ。
余談だが、彼女はダラムサラに来て尼僧になる前には東京で日本人の男性と暮らしていたとか、、、(過ぎた余談ですみません)

法王は講義の始めに、このタクツェが最近TCVなどの生徒にも教えられるようになったことを喜ばれ、そのうち、学校で教える数学や物理その他についてもの、そのこの証明や検証の仕方にこのチベット式(ナーランダ式)論証法を応用することにまで提案された。

このインド伝統の論証方法は将来的には世界的ブームになるかもしれない、というよな趣旨のことも話された。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV法王が指さされているのは「意識の対象」。
意識の対象側に(微かな)実体性を認める中観自立論証派の見解を論破されているところ。








1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV質問に立った、学生のアムド訛りが強くて、法王は何度も聞き返しておられた。
最後にやっと彼の言いたかったお経の名前がわかった時、そのあまりの違いに爆笑の法王。

、、だったと思うが、間違ってたら失礼。とにかく、法王の腹を抱える大笑。



1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCV最後に、サカダワの日と同様のおまけ。

またまた、なんでこんな場違いなおまけが付くことになったかと言うと。

講義を終えられ法王がホールの裏のグランドから車で立ち去られた後、
振り向くと、例のダラムサラの自称色男代表ロプサン・ワンギェルがいつものピンクのシャツを着て目の前に発っていた。
「おお、ナガハラ。見てくれ、今年のミス・チベットだ。どうだ、写真を撮るよな、、、」と私を含めた周りいたカメラマンみんなに声をかけ、今年のミス・チベット候補の写真を無理やり撮らせ始めたのだ。

ロプサンね、、、人を集めようと必死なのはわかるけど、今の今までホールの中では「無明から執着、執着から苦しみ、、」という仏教講座をみんなは聞いてたと言うこと知ってるよね、、、と言いたくもなったが、、、とりあえず、目の前に立ちはだかる4人の着飾ったお姉さんたちの写真を撮った。
撮りながら、ロプサンの耳元で「候補は4人と聞いてたけど、本当は1人しかいないじゃん?」と意地悪なことを言った。

今年が何年目だかもう覚えていないが、ダラムサラの名物男でもあるロプサン・ワンギェルは1人で企画事務所を創設し「ミス・チベット・コンテスト」とか「チベッタン・オリンピック」とかのイベントを企画・実行している。
この「ミス・チベット」の企画が最初に発表されたときに、首相のサムドン・リンポチェが「このようなイベントはチベットに相応しくない」と発言したが、このことも、今ではイベントの宣伝文句の一つにしているようなちょっとチベット人らしくない男だ。

もっともこの男のお陰で、こんな田舎の若者たちの楽しみが増えていることは間違いない。

そう言えば、数年前国際コンテストに応募しようとしたが中国の妨害に遭い実現できなかったとかロプサンは言ってた。


1.6.2010 H.H.Dalai Lama,Tsuklhakan / TCVしかし、この美人コンテスト、いまいち盛り上がりに欠ける、まず候補者を集めることに毎年苦労しているそうだ。
ロプサンは、「チベットの女の子は恥ずかしがり屋ばかりだ。人前に出ようとしないのだ。この気質を変えないといけない」とか言ってるが、実際はどうだか?
知り合いに、もっと可愛いのいっぱい知ってるのに、、、なんていう人も多いが。

今度の土曜日と日曜日に選考会がドラマスクールで行われる。
全員、歌って、踊る。討論何度もある。

ちなみにこの優勝候補と目される”ヤンチェン・メト”はルンタのアヤちゃんの友達であり、うちによく来るスジャ・スクールのツェリン・ノルブ少年の同級生だったそうだ。

「美人」というも、美人性が客体側に実体的に存在するわけではなく、「名のみ」で「無常」な幻のようなものですが、、、

講義は80%「空」の話だった。






















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2009年10月23日

TCV創立49周年記念日

23.10.09 TCV 創立記念日 3今日はTCVの創立記念日。
毎年、この日ほどにダラムサラ近辺のチベット人が一堂に会することはないという記念日です。

例年、ダライ・ラマ法王が出席され、スピーチを行われることになっていますが、今年は10月27日にノーベル平和賞受賞者3人を招いての「ピース・ジャム」と呼ばれる会議が同じTCVで行われるので、今日は来られませんでした。
http://phayul.com/news/article.aspx?id=25785&article=His+Holiness+to+attend+PeaceJam+with+fellow+Nobel+Peace+Laureates

最近、このあたりで法王の代わりを務められるのはギャワ・カルマパです。
今日も主賓はそのギャワ・カルマパ。
終始中心的存在でした。

23.10.09 TCV 創立記念日 11しかし、ほんまにこの時期には祭りごとの集まりが多すぎます。
26日の月曜日には法王は「ノルブリンカ」に呼ばれています。
27日にはTCVホールで先の「ピース・ジャム」。
これは祭りごとではもちろんありませんが、その他、・・・の落成式、・・・の記念日が目白押しで、その場には常に大臣連の姿を見かけます。
亡命政府の大臣はこのところ歌と踊りばかり見てるのかな、、、

そんなことしてる場合かいな?という思いには慣れっこになっていましたが、今日はさすがに少し思いました。
ま、チベット人はどんなときにも(自分たちの文化で)楽しむことは忘れないということで、誠によろしいことです。


以下写真を中心に紹介します。

23.10.09 TCV 創立記念日 12写真中央にはほんもののTCVの大ボス、というより「育ての母」ジェツン・ペマ女史。









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23.10.09 TCV 創立記念日 10























23.10.09 TCV 創立記念日 2










23.10.09 TCV 創立記念日 1カルマパはほんとに女性に人気があります。















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23.10.09 TCV 創立記念日 10カルマパは将来中国に取って恐るべき存在になるかも?と思わせる威厳に満ちたお姿。









23.10.09 TCV 創立記念日 6










23.10.09 TCV 創立記念日 5実は明日もニマ・ロプタというTCVのダラムサラ、マクロード・ガンジ分校にカルマパはお出ましになります。

レストランのチカが嬉しそうに教えてくれたので、またカルマパの写真撮りに行かなきゃいけないかな?
明日もカルマパの写真になるかもです。
何しろ写真映りは抜群です。



















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2009年09月09日

フォトジャーナリスト野田雅也氏のこれからのイベント

今日の虹以下お馴染みの仲間、野田殿からのお知らせです。

(野田くんと言えばkuukuu氏とつるんで数か月前にクーヨンと言う雑誌にTCVの一日を撮った素晴らしい写真を発表されていましたが、今日はなぜかまた同じようなことに付き合わされました。最初の写真は今日の夕方の虹ですが、他はTCVの子供たちです。
一枚目はホームNo7の朝食風景。朝6時。まだ暗かった。
二枚目、同じホームの子どもたちの片足をからませぐるぐる回る遊び。
三枚目は最近学校でも始まったチュラ(仏教問答))

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

09.9.9 TCVフォトジャーナリストの野田雅也です。
4つのお知らせがあります。

1、阿佐ヶ谷ロフトA 「環境写真プロジェクトEYEWITNESS始動!」
2、公共広告機構CM(「国境なき医師団」編)
3、横浜の日本丸メモリアルパーク「EYEWITNESSミニ写真展」
4、写真展「ビルマとチベット」



1、阿佐ヶ谷ロフトA 「環境写真プロジェクトEYEWITNESS始動!」

「EYEWITNESS 目撃者たち」は動物写真家や自然写真家、またはフォトジャーナリ
ストなど7人の写真家が力を合わせて、地球の異変を伝えていくプロジェクトで
す。私はこのなかでチベット、ヒマラヤ圏を中心に永久凍土や砂漠化、氷河縮小
など「いのちの水」をテーマに伝えていきます。

EYEWITNESS 写真スライドショー(YOUTUBE)
http://www.youtube.com/watch?v=5BdnBYQF15M

EYEWITNESSの写真家の写真と「神の歌声を持つ」と称される現代音楽家のrocomoon
さんとのコラボです。今回、私たちのために作って頂いた新曲「ひかりのこ」の
お披露目の場にもなります。お友達をお誘いの上、ぜひ足を運んでください。

●9月15日
阿佐ヶ谷ロフトA
場所 「阿佐ヶ谷ロフトA」 http://www.loft-prj.co.jp/index.html
OPEN 18:30 / START 19:30

タイトル
「プロジェクト Eyewitness 始動! 地球の環境“異変”を目撃した写真家たち」

司会 桃井和馬(フォトジャーナリスト)
参加メンバー
小原玲 動物写真家
前川貴行 動物写真家
会田法行 フォトジャーナリスト
野田雅也 フォトジャーナリスト
rocomoom 現代音楽家


予約¥1,500/当日¥1,800(ともに飲食代別)
電話予約: 03-5929-3445
web予約:http://www.loft-prj.co.jp/lofta/reservation/
ご入場順はweb予約の方→電話予約の方→当日券の方の順になります。


プロジェクトEyewitness参加写真家
桃井和馬 http://www.momoikazuma.com/
小原玲  http://www.reiohara.com/
倉沢栄一 http://www.kdot3.com/
山下大明 http://www.qphoto-int.com/lib2/lib_yamashita.html
前川貴行 http://www.earthfinder.jp/
会田法行 http://www.aida-photo.com/
野田雅也 プロジェクト・アートデレクション
三村漢(niwa no niwa)  http://www.niwanoniwa.com/
山下リサ(niwa no niwa) http://www.niwanoniwa.com/
rocomoon http://www.rocomoon.net



09.9.9 TCV2、
今年5月にアフリカのブルキナファソで撮影したAC(公共広告機構)の「国境なき医師団」の広告です。
この1年間、スポットCMで放送されます。また新聞広告などにも掲載されていますので、ぜひご覧ください。


公共広告機構の以下のURLでご覧になれます。
http://www.ad-c.or.jp/campaign/support/04/



3、
横浜の日本丸メモリアルパーク「Eyewitness」ミニ写真展
10月31日〜11月1日
有名なバリトン歌手の土屋広次郎さんが「大切なこと」という歌を作られました。
大切な「自然」「愛する人」「心」。土屋さんの歌とEyewitness の理念がシンクロ。
そこで、土屋さんが出演する「横浜の日本丸メモリアルパーク」での会において、
Eyewitness がミニ写真展を開催します。


09.9.9 TCV4、
写真展「ビルマとチベット」(予告)
ビルマのアウンサンスーチー女史やインド仏教最高指導者の佐々井秀嶺師を撮影
してきたフォトジャーナリストの山本宗補氏とのコラボ写真展です。スライド&
トークも開催しますので、ぜひご来場ください。(※場所や日時など変更する場
合もあります。10月には詳細情報をお送りします)

山本宗補ホームページhttp://homepage2.nifty.com/munesuke/

○写真展
11月17日(火)〜11月22日(日)国立市公民館1Fロビー 入場無料

○スライド&トーク
11月21日(土)13:00〜 国立市公民館地下ホール 資料代800円

お問い合わせビルマとチベット写真展実行委員会
担当:一ノ瀬 090-5764-8713/家坂 090-3237-4365
E-mail ketmi-peace@docomo.ne.jp

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2009年09月07日

NHK BS1 19月12日/総合 13日 「“チベット子ども村”の祈り」

tcv9月12日にNHK−BS1で「チベット50年〜ダライ・ラマ亡命への21日間〜」というドキュメンタリーが放映されることはお知らせしましたが、時間を「22:10〜23:00」と書いたのは「23:10〜24:00」の間違いでした。
なぜ間違ったのかが分からないのが年のせいです。

この日と次の日に、何ともう一本のチベット物というかダラムサラ物がBS1と総合で放映されます。アジアンスマイルという20分間番組です。

http://www.nhk.or.jp/asiansmile/next/
BS1:9月12日(土) 午後6:30〜6:50

「“チベット子ども村”の祈り」
-インド ダラムサラ-
再放送予定
9月16日(水) 午前9:35〜9:55(メジャーリーグ休止の場合放送)

9月20日(日) 午後11:40〜翌0:00



総合:9月13日(土) 午後2:30〜2:50
http://www.nhk.or.jp/asiansmile/next_sogo/

私はこれには全く関わっていないのですが、主人公になっているTCVの若き先生というのは偶然息子のTCV時代の親友だったのです。

この判明の仕方がまた偶然でした。
今日他の用でTCVに行って、用を済まし、校庭に出たとき、ふと、そうだNHKでTCVの先生の番組をやると言ってたがいったい誰のことかな?と思い、校庭を見まわすと、この息子の友人だったツェリン・ノルブが目に入った。

TCV 新米教師ツェリン・ノルブと子供たち生徒とじゃれてる。
彼は最近先生になったばかりなので「へえ、、、一人前に生徒と遊んでるじゃん、もう慣れたというか、お前を仲間としか思ってないね、この子らは、、、ところで、こんど日本のテレビにここの先生が出ると聞いたけど、誰だか知ってる?」

「知ってるよ。俺のことだよ。NHKだろ。知ってるよ」

「え〜〜〜、お前が何でまた?」

「いい男だからさ、へへへへへ、、、!」

ということでした。

この子はよく家に遊びに来ていた。
確か誰かのように高校の時バンドやってたと思う。
息子がTCVを終えて外国に行った後も、彼はよく家にバイクを借りに来たりしていた。両親がいないので、金が無くてバイクが買えない。でもこのへんの元気のいい若者は時にはどうしてもバイクに乗りたいのだ。借りるとこがないのか私のバイクを借りに来ていた。可愛いやつだと思いいつも貸してやっていた。
その子がこんど日本のテレビに出るとは奇遇だ。

家に帰り予告を見つけてみると確かに彼の顔が載っていました。

もっともこの話、仮に私のとこに来ていたとしていても、彼になる可能性はあった訳だが。

ぜひ、この番組もお見逃しなきよう。








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2009年06月26日

続・法王TCV仏教講座

d8d442f3.JPG法王は昨日も午前中、TCVホールでチベットの学生を前に仏教講座を開かれました。
最初に30分以上質問の時間があり、生徒たちは臆することなく盛んに色んな質問をしていました。
法王もそれに対し、ユーモアたっぷりに、いかにも自分の子供たちに話掛けておられるように、丁寧に答えられていました。

時間どうりに、トクメ・サンポ「三十七菩薩行」のテキストを終えられました。

以下テキストの最初の四節のみ訳してみました。

第一節
得難い(人の身という)貴重な船を得た今
己と他の者たちをサンサーラの(苦の)大海から救い出すために
昼となく、夜となく、聞、思、修に集中すること
これが菩薩の行である

第二節
好きな人への渇愛は水の波立つごとし
敵への怒りは火の燃えるごとし
取る捨てるを取り違えるは無明の闇の故
故郷を捨てるは菩薩の行

第三節
悪しき土地を離れ、煩悩は次第に収まる
妨げがないことにより、善行は自然に増大す
頭脳は明晰になり、法に確信を得る
人里離れた静かな処に住むのが菩薩の行

第四節
久しく和した伴侶も友人もやがて散々となる
努力して得た富と貴重な品もいずれ捨てて行くしかない
旅人である意識は身という宿を後にする
今生を捨てるのが菩薩の行
















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2009年06月24日

ダライ・ラマ法王 TCVで仏教講義

6月24日TCV 会場に入られる前今日は朝からダライラマ法王が、3年前から恒例となったTCV仏教講座を行われるというので、TCVホールまで朝8時バイクで駆け付けました。

始まる前に一般市民による、仏教問答会が御前で開かれました。
町のおじさん、おばさんが頑張ってるのを、法王は笑いながら見ておられました。
「チベット人がみんな問答を習い、もっと論理的になれば良いことだ、、、」とおっしゃってました。
6月24日TCV










講義には今回はテキストを使われました。
今日と明日の二日間、トクメ・サンポの著した「三十七菩提行(ラクレン・ソドゥン・マ)」に沿って、大乗菩薩行の要点を漏れなく説明されるのです。

6月24日TCV2短いがこのお経はチベットでは有名で、法王も何度も講義されています。
著者のトクメ・サンポは尊者ツォンカパの二代前の人というから14世紀の初めころの人でしょう。
主にサキャ派の教えを中心に学んだといいます。
とにかくこの人はその人柄がよっぽど良かったのか、チベットでは菩薩の見本のような人と見なされています。

テキストはラムリン(悟りへの階梯)の形式を取って簡潔にたった37節で菩薩行の真髄を余すところなく説いています。

なお、以下に行けば、今日のティーチングの英語版を聞くことができます。

http://www.dalailama.com/page.263.htm







6月24日TCV 終わってお帰りになる法王

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2009年04月13日

法王の昨日のお話/TCVの生徒たちが中国大使館前で裸の抗議

d7471cad.JPG昨日、4月12日ダラムサラ郊外ノルブリンカの近くに、新しく大きな僧院が完成しました。

昨日はその開山式が行われ、ダライ・ラマ法王始め、ギャワ・カルマパ、政府高官、台湾中心の施主その他大勢の外人、チベット人が集まりました。

この僧院は通称カムトゥル・リンポチェ(本名カゴゥー・トゥルク・ジャミヤン・ドゥンドゥップ・リンポチェ)という、ニンマ派の大御所が建てられた僧院です。
チミ・ガツェル・リン(不死喜楽園?)と名付けられました。

私が最初にノルブリンカの設計を頼まれたのもこのリンポチェからでした。
そのころリンポチェは亡命政府の宗教・文化大臣でした。
あまりに人柄が良く、笑顔も良いので、つい仕事を受けてしまいました。
20年ほど昔、個人的にニンマの「チュー」の行とか教わったことがありました。
まだ、そのころリンポチェは小さな家に住んでおられました。
もう90歳は超えておられると思いますが、、、今だお元気です。

昨日は分かってはいたのですが、取材?野次馬しに行きませんでした。
でも、今日ちゃんとRFAで一番聞きたかった法王のお話の一部が流されました。

以下、その一部を翻訳紹介します。

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法王:

仏教はどこにあると言って、指差すべきは自分の心しかない。

自分で勉強して、要約すれば、シ・ラム・デ・スン(四諦を基礎とし,智慧と方便の道を通り,果としての二身(化身、法身)を得るという教え)である、顕教の経と論書を学び、「経に通じた」という資質を得ることが一つ。

一方、仏が弟子に教えを説いたのは弟子たちを仏と同じ境地に導くためだったの
だから、学んだことを実践して各自の心に体験を得、心を制御することを得なければならない、ということが二つ目。

経律論に纏められた戒定慧の教えを学びこれを心に留めておかないといけない。
このようにして経の知識と体験を備えた者たちが、1人から10人、10人から100人、100人から1000人と増えて行くならば、初めて仏教が広まったと言うことができるのだ。

そのような経に通じていないならば、外にいくらかっこよく豪勢に繕っても、それで仏教が広まったということは難しいであろう。

先ほどのリンポチェの話によれば、この僧院においては将来的に多くの顕教の経も学ばれるようなので、これは非常に良いことだ。
また、ロンチェン・ニンティを学ぶものは多いいが、ロンチェン・ズドゥンを学ぶものは少ない。ここではこれが学べるとすれば特別よいことである

中略、

テンギュール(経蔵)の中にある中観と論理学を学ぶことは今の時代に特に大事だ、
チベットに仏教を伝えたのは一般に、ケン・ロップ・チュ・スン(シャーンタラクシタ、バドマサンヴァバ、ティソンデツェン)と言われるが、特にシャーンタラクシタ(寂護725〜788年)の著された中観荘厳論、ツェツェン(真実成就?)、真理綱要なども勉強することができれば、他と違う特別の意味を持つ僧院になることができるのではないかと思う。

中略、

ヴァスバンドゥ(世親400〜480年)が「仏の教えは二つ、経と行の教え。真実を分析することと瞑想すること、これのみだ」とおっしゃるようにまさに「これのみ」と知るべきだ。

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法王は新しい大きな寺の開山式とかに呼ばれると、だいたい以上のような趣旨のお話をされるようです。
常に寺を建てることに熱心にならずに、勉強に熱心になるようにと言われるのです。

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台湾の施主達に向かって感謝の意を伝えられた後:

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法王:

仏教は慈悲を根本とする。
智慧に裏打ちされた慈悲の行を説く。

だから、あなた達もできる限り、愛と慈悲を実践し、特に「縁起=空」を理解した上でこれを実践するなら、本当の仏の弟子といえよう。

私はいつも言ってるが、仏教は単に「信」じることではない、智慧と共にある「信」が要るのだ。
そのような「信」は「不退転の信」となる。
「知」って「信」を起こすべきだ。

だから勉強が大事だ。皆さんも機会があれば、寄付してくれるだけでなく、積極的に経典の講義を受けられるとよいと思う。

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今日のPhayul.comによれば、

http://phayul.com/news/article.aspx?id=24442&article=School+children+protest+naked+at+Chinese+embassy
<ニューデリーの中国大使館前で高校生が裸で抗議>

13.4.09 delhi今日4月13日、TCVなどの卒業試験を終えたばかりの高校生10人がチベットの中で続く弾圧に抗議して、厳戒下の中国大使館前で裸になり、手にチェーンを巻いた姿で「チベットに自由を!」「チベットに人権を!」とスローガンを叫びながら、
鉄条網に飛び込んだという。

TCVバイラコクピー校のドルジェ・ツェテンは
「この抗議は、中国の指導者たちに彼らのチベット人に対する弾圧政策は、彼らがいくら世界の目からチベットにいるチベット人の現状を隠そうとしても、それは<裸の真実>である、と言うことを示すためのものだ」と語った。

中略

同じ学校のツェリンは
「私の両親は昨年の平和デモに参加し逮捕され、今刑務所にいる。
自分は今、両親の状態を知る手がかりが全くない。
私が今日ここに来たのは、中国政府に対し、私の両親をはじめとする、チベットへの思いとダライ・ラマ法王への帰依を表明しただけで獄に繋がれている、無実のすべてのチベット人を解放することを要求するためだ」と語った。


ロトゥは
「私が故郷のチベットを離れたのは、そこには教育を受ける権利も、言論、宗教、移動の自由もないからだった。
毎年1000人ものチベットの子供たちが中国の圧政を逃れるために、私のようにヒマラヤを越えてくる。
チベットの親たちがもう子供たちと別れ離れにならなくてもいいように、弾圧は終わらせるべきだ」と語った。




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2009年03月21日

TCV(チベット子供村)の一日

20.3.09 TCV 1最近ダラムサラにいる悪友ふたり、日本から一緒に来たM氏といつものN2氏が「TCVの一日を撮って本にしよう」と思いつきました(M氏は日本を出る時から考えていたかもしれないが?)。

昨日の朝、前日から私の家に泊まりこんでいた二人と共に朝4時起き、私も結局一緒に行くことになりました。
私も写真をたくさん撮ったので、時系列でTCVの子供たちの一日を簡単に紹介します。
詳しくは、M氏の美しい文章とN2氏のリアリティー満点の写真から生まれる「本」の完成をお待ちください。

TCV(Tibetan Children’s Villages チベット子供村)は、現在一万五千人の新しく亡命してきた子供たちを中心にした、恵まれない子供たちに教育を与えています。
子どもたちの多くはチベットに親を残したままか、孤児か、あまりに貧しい家庭の子供たちです。
だからホームと呼ばれる寮で生活しながら勉強するのです。

そんなダラムサラのTCVの一日を追ってみました。

朝5時前ホーム7番のお母さんはすでに子供たちの朝食を用意するためにキッチンに入る。
TCVで作っているパンを一人一人用に切り分け、蒸して温めるのです。
それと、お茶(ミルクティー)を用意するだけですが。

各ホームには30〜40人の男女、大きいのから小さいのまで入り混じった子供たちをアマラ(お母さん)と呼ばれる寮母さんが一人で面倒を見ます。
もっともホームごとに年長の子供が責任者としてアマラの補佐をしますし、上の子は下の子を自然に助けています。

20.3.09 TCV 2朝五時半、アマラが男女のドミトリーのドアを叩いて子どもたちを起こします。

眠そうに一人づつ起き上がり、すぐに制服を着て、それから布団を丁寧に畳みます。

TCVでは高校3年までみんな二段ベットで寝ます。
小さい子は二人で一つのベッドに寝たりしています。
持ち物はブリキケース一つずつです。

20.3.09 TCV 4朝食はパンとお茶だけです。みんなホームごとの多目的ホール(食堂、お祈りの部屋、勉強部屋、遊び場)に集まり一緒に御祈りを上げてから食べます。






20.3.09 TCV 6写真左手の二人の子は二日前に到着したばかりだとか。
インド北部のキノールと呼ばれる仏教徒の住む谷から、両親とも亡くなり孤児となりここに送られて来たのです。





20.3.09 TCV 7朝まだ暗いうちに部屋の中と外の掃除が始まります。







20.3.09 TCV 8水路のそばに並んで歯磨き。相当丁寧にやっていました。
その他、顔を洗ったあとは女の子は大きい子が小さい子の髪を梳いて束ねるのを手伝います。






20.3.09 TCV 10その後少し自由時間があります。
太陽熱システムの上に下着を乾し、その前で宿題をやったり、







20.3.09 TCV 11女の子は集まって輪になり中に鬼を入れて遊んだりしますが、女の子が輪になってると、、、すぐに中に入りたくなるN2、中に入るだけでなく土間に寝そべり上に向かってシャッターを撃ちまくっていました。





20.3.09 TCV 13違ったタイプの女の子の輪になった遊び。









20.3.09 TCV 177時に小学校の生徒は小ホールに集まり、朝のお祈りを唱えます。
仏讃偈に始まり、頭が良くなるために文殊菩薩を讃え、そのマントラを唱え、七枝の経に21ターラ菩薩讃歌等々、最後にツェメーユンテン(真理の言葉)で締めくられます。みんな精一杯大きな声で唱えていました。



20.3.09 TCV 18お経が終わったら各教室に入り、一時間の自習時間が始まります。








20.3.09 TCV 19先生の代わりにクラス委員がみんなを指導します。

起きてここまで約二時間。
すべて、ふざけ合いながらスムーズに進みます。




その後朝礼、授業が始まった訳ですが、私は一旦ジョギバラの家に戻りました。
20.3.09 TCV 21写真は一時過ぎからの昼食風景です。
朝はホームNo7と8を中心に撮影していたのですが、昼からはチュニ(ルンタレストランを切り盛りする直子さんの長女)を追いかけることになってるとかで、私もチュニ追っかけにつき合いました。
写真の中、上の段右端で食べてるのがチュニです。
チュニは恥ずかしがり屋なので、我々むさい大人三人がぞろぞろと食べてるとこに現れてバシバシと写真と撮りまくるので、いやーーナそうな顔になっていました。


20.3.09 TCV 22ホームによっては天気はいいしで全員外で車座になって食べていたり。
この日の昼食はご飯の上にジャガイモとトマトとビン(春雨)を炒めたおかずがのってました。





20.3.09 TCV 24一時間の昼休みの間に昼食を済ませ、ゆっくりとクラスに向かっていきます。
チュニは早々クラスルームに帰り親友の女の子とおしゃべりです。
中学一年生のチュニはいつもクラスの優等生です。




20.3.09 TCV 23クラスには三人の僧衣を着た子供がいました。僧侶になってもここで勉強できるのです。
そのうちの一人の子坊主の机を開くと裏にはインドのムービー・スターのワイルド写真と仲良し写真が目一杯張られていました。















20.3.09 TCV 25ここの中学生用校舎は嘗てイギリス人の建築家が設計した建物です。全体に六角形の組み合わせでできています。
真ん中には比較的広い階段状のホールがあります。
そこをステージにしてブレークダンス大会が始まりました。
中の一人はなかなかのもので、みんなのアンコールコールが続いていました。

それにしても、騒がしいこと! 元気が余っているようでした。

チベット人は騒いでなんぼ、ジョーク飛ばして、周りを笑わせてなんぼなのです。

思い出せば、私の三人の子供も小学校の始めから高校を終わるまで、この学校にお世話になったわけですが、やはりその人格形成には徹底的な影響があったようです?

20.3.09 TCV 26最後に放課後にインタビューした二人の姉弟の写真です。

お姉ちゃんは12歳、弟は9歳です。
アムドから一年半前にヒマラヤを越えここに辿り着きました。
18日間歩いたそうです。

弟の方に「高い山には雪とかあって大変だったろう。全部一人で歩いたのか?
大人に背負ってもらったりしたんじゃないかな?」
弟「いいや、全部一人であるいたよ」とはっきり答えました。

何食べてたの?
「ツァンパ」

ネパールに入って家の中に泊まったりした?
「一度も家の中には寝なかったよ。ずっと外で寝てた」

お母さんのこととか思い出す?
「よく思い出すよ、、、」

恥ずかしがって、中々思うようには話が聞けませんでした。
子供は二人しかいなかったが二人とも一緒に送られたそうです。








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2009年01月19日

Dalai Lama Institute for Higher Education/チベット百万農奴解放記念日

a4789004.JPG昨日午後4時ごろ、現場にアマ・ラ(ジェツン・ペマ女史・法王の妹さん)が長男さん(セー・クショ・ラ、バンガロールにお住まい)を伴い現れた。

現場は俄かに緊張。

来月17日にダライ・ラマ法王が現場視察・(半)開校式に訪れられるので、その準備のために来られたのだ。

法王のご訪問となると当地カルナタカの州知事を初め、インドのえらいさんがすべて揃う。その上、近くにいるチベット人がほとんどすべて集まるので、その数はすぐに数千人規模となる。車も100台は来る。どのようにすべて滞りなく捌くか?簡単ではない。

こんなことに慣れていらっしゃるアマ・ラはテキパキと指示を与えられた。
私も仕事を沢山言いつけられた。

TCVの代表は数年前に降りられたのですが、大ボスは今でもアマ・ラに違いなく、この大学の計画に関しては全くアマ・ラがボスなのです。

アマ・ラは68歳。
数年前二女様が脳障害により亡くなられ、その後ぐっと老けられたように見受けられます。

これまでこの大学は<TCV College>と呼ばれていましたが、これからは新たに<Dalai Lama Institute for Higher Education>と名付けられると報告されました。

これを聞いて私は「それは素晴らしい。だって<TCV College>だと(日本語で)<チベット子供村大学>と言うことになり、何ちゃって子供の大学?ということになる。
必ずダライ・ラマの名を冠すべきだと最初から思ってた」と答えました。

アマ・ラも「私もそう思ってた」とおっしゃいました。

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以下はサーチナより「農奴解放記念日」関連ニュースです。

<チベット人民代表大会がチベット解放記念日を制定 >

2009/01/18(日) 15:52:01 [サーチナ]
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0118&f=entertainment_0118_001.shtml

チベット自治区第9回人民代表大会は16日、「チベット百万農奴解放記念日」制定に関する審議を始めた。同記念日は中国中央政府がチベット解放を宣言した3月28日に定められる可能性が高い。同法案は19日に採決が行われる。

チベット自治区人民大会常任委員会の〓伯永副秘書長は、「今年はチベット民主改革50周年にあたる。この50年来、チベットでは政治、経済、文化等各分野において天地を覆すほどの変化が起こった。人民は『憲法』、『民族区域自治法』が賦与する各権利を十分に行使できるようになり、昔日の農奴から社会主義新チベットの主人公となった。しかし、長きに渡ってダライ集団は国際社会が言うところの『チベット問題』において、民族区域自治制度を攻撃し、分裂破壊活動を画策するなど、あらゆる手段を講じてチベットの進歩発展を阻害しようとしてきた。これは、チベットが一貫して発展してきたという客観的事実に反するばかりでなく、多くのチベット人民の意志にも合致していない」と同記念日の設立意義を強調した。(〓はマダレに龍)。

一方、欧州議会チベット問題グループのトーマス・マン主席は同記念日の制定に関して、「これはチベット人に対する歴史上前例のない侮辱だ」と語り、「中国政府は長年、チベット亡命政府およびダライ・ラマの支持者を『ダライ集団』と呼び、邪悪な専制統治集団と描写することで、チベット民族を騙し、自分たちに服従させようとしてきた」との認識を示した。

記念日が制定される可能性が高い3月はチベットにとって非常に敏感な時期にあたる。トーマス・マン主席は、「同記念日が実施されれば、チベットに住むチベット族であろうと亡命チベット人であろうと、何らかの抗議行動に出るはずだ。暴動に発展するようなことがあれば、中国政府は武力によって鎮圧にあたるはずだ。そのとき、国際社会は中国政府に対して必ず強烈な抗議をしなければならない」と語った。(編集担当:古川則仁)

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2008年11月21日

会議終了間近

f31b102b.JPG会議は明日最終日です。
今日は、15の部会に分かれて今日まで議論されて来たことの総括が、それぞれの部会長によって、順番に発表されています。

場所はTCVの大ホール、寒いですよ。
暖房設備のことなどもちろん、はじめからまったく考えられていない建物ですから、この時期は寒いのです。
標高2000メートル位の森の中ですし。
一人一人の話が長い、午前中に3人しか終わりませんでした。
3時までだそうですが、この調子では15人が終わるのは明日の朝でしょう。
ということで、外に出ました。
外は心地よい日差しで温かいのでした。
チベット語だけなので退屈し切った様子の、k通信社の方とTCVを一回りしました。
21,11,08TCV

写真の内一枚目は、会議の様子。
二枚目は、仲良く肩組みながらホームに向かう女の子たち。
三枚目は、校庭で会った男の子。
四枚目は、教室に残って左手の女の子が解かんない右の女の子に教えているところ。
五枚目は、久しぶりに訪ねた、<SHOGO HOME> 199?年だったかに、友人の浜田省吾君に<フリー・チベット・コンサート>を広島で開いてもらって、その寄付で建てたホーム(寮)です。
彼はそれからもう一度、ルンタを建てるためにもフリー・チベット・コンサートを行ってくれました。

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21,11,08TCV2
会議に先立ち、内閣が独自に行ったという<チベット内地の意見調査の結果>について、実はいろんな違った数字が各紙に出ていました。

私は議長の記者会見での発表を基に、このブログで以下のようにお伝えしました。

総数17000人 内訳:
1、法王のおっしゃる通り 8000人
2、完全独立  5000人
3、中道    2000人
4、その他   2000人

ところが1、は一緒でも2、を6000とするものあり、3、を3000と発表する者ありの状態でした。
21,11,08TCV3
以下今回の参加者に配られた資料より、正確と思われる数字を再記載します。

1、法王のおっしゃる通り  8246人
2、完全独立    5209人  
3、中道      2950人

4、その他     ?

議長は中道を3000人というべきでしたね。

回答者を内訳した数字もあります。

21,11,08TCV4

一般市民(都市市民、農民、遊牧民)10761人
僧侶4299人
尼僧514人
中国政府公務員 465人
無職  414人
学生  386人
その他


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それにしても短期間にどうやってこれだけの回答を集めたのでしょうかね?
もちろんあくまで極秘ですから、、、

もっとも、この情報の信憑性を疑うチベット人は少ないようです。

この数字を解釈して、日本の某新聞は「法王の求心力が衰えた証拠だ」とコメントしたと噂に聞きましたが、本当ですか?誰か教えてください。
これは結局、故意にかどうか知りませんが、一番目の「法王のおっしゃるまま」を無視し、二番目の完全独立と次の中道の数字のみを比べてそう言っているのでしょう。

法王への求心力(依頼心)はご自身が望まないのに反比例して、特に内地では益々大きくなっていると感じます。
某新聞社の方は、普通にこの数字を見た人なら、これから法王への求心力の衰えを見るよりも、何も知らない人ならば、チベット人の盲目(従順)さの現れと見る方が普通と思いまが、、??。

法王の教えや政策について良く研究し、その上で「法王のおっしゃるまま」というなら、盲目どころか賢明な選択ということになるかも知れません。

しかし、今回は確か法王自身が「私を見ずに、自分たちで考えて決めよ」とおっしゃったはずなのだが、、、そういう意味では、法王の言うことを聞かない人が多くなった(求心力が衰えた)といえるのか!???
求心力の裏返しと見るのが正しいのかな?

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最初は<中道>だ<独立>だとかの文節的、世俗諦的票決などしないと言ってたはずなのに、部会ではちゃんとそのような票決を行っていました。

独自の出口調査によれば、全部会の内、一部会だけがイーブン・イーブン、それ以外は中道優勢という、今日の情勢でした。



















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2008年10月27日

続・TCVにおけるダライラマ法王の発言

886c5fe3.JPG先週土曜日に行われた、TCV創立記念日における法王のスピーチは「中道路線の破棄」とチベット社会にも受け止めら、波紋が広がっているようです。

正確には「対話」における「中道路線の破棄」というべきか?。



2008年10月25日ダラムサラTCV

もっとも法王は「この中道路線は中国の知識人の間にますます多くの支持を得始めているとの確かな認識はある。中国の人々に対する信頼を失くした訳ではないし、引き続き彼らを説得することを諦めた訳ではない」と付け加えられていました。



2008年10月25日ダラムサラTCV,WORLD PEACE INNER PEACE

今月末に予定されている「第8回会談」を前に、
一方で中国政府のこれまでの誠意のかけらもない対応、政策を非難し、
来月の「チベット全体特別会議」を前に
一方でチベット社会に対し「全面的に将来を自分たちで決めろ」
とおっしゃっているようです。


2008年10月25日ダラムサラTCV

見方を変えれば、「中道路線の失敗、行き詰まりを認め、決定を民衆に託した。自分が前に出ていいことはない。両方から標的とされるだけだ。問題はいずれチベット人民の問題だ。だから私は少し引くから、自分たちで決めてみなさい」
ということか。


2008年10月25日ダラムサラTCV御訪問のカルマパ

「中国首脳部からの時機を得た適当な反応は全くなく、ダライラマとしての私の地位は、チベット問題を解決するための助けになるどころか、障害となっている」
と語り、








2008年10月25日ダラムサラTCV
「弾圧による極度の恐怖下においてさえ、チベット人たちは勇気を持って彼らの希望と中国政府に対する深い不満と抵抗の心を示した」
と、立ち上がったチベット人たちの勇気を讃えられた。






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2008年10月26日

続TCV創立記念日

7a0a3033.JPG昨日のTCV創立記念日では沢山写真を撮りましたし、
法王も他にもまだまだ大事なメッセージを多く語られていました。

法王はこの日「中国との対話」について重要な発言をされた。

「私は長らく中国に対し心から中道路線を貫き努力してきた。
しかしこれに対し、今まで中国が肯定的な反応を示したことはない」
と語り。
個人的にはもう(この路線を)諦めている」とそっけなく言われた。
続けて、
チベットの問題はチベット人600万人の問題だ。私だけの問題ではない
だから、私は政府に対し、真の民主主義を示すためにも、将来の行動計画を決定するために広く多くのチベット人を集めて話合うことを提案したのだ」と話された。

ーーー

今月終わりに「中国との第8回会談」が予定されている。
しかし、まだ実際に行われるかどうかはっきりしていないようだ。
その時期にこのような発言をされたのは、、、、
本当にもう「相手にされないのならもう会っても仕方ない」と諦められたのか?

ーーー

他に学生に対し、「チベットが生き残ることは、チベット人だけでなく世界の人々のためになるのだ。愛と慈悲を中心とするこの文化は世界に貢献できる。だから生き残らないといけない。と、このように思えるようにならないといけない。
中国のように物質的繁栄ばかり求めて、その中で人々の心はどうなって行くのか?
本当の幸せは決してやってこない。
心の教えは彼らにも必ず役に立つ


我々の戦いは真理の裏付け、支えがある。だからその行動には正しい理があり、従って勇気をもって行える。
これに対し、中国のように嘘つき者の行動には理が無い、従って勇気もない


非暴力の戦いには知がいる。仏教的知識だけではなく、特に世俗の知識が必要だ。
心だけでは戦えない


等々語られました。

ーーー

ところで、昨日はTCVまでバイクの後ろに14歳のツェリン・ノルブを乗せて行きました。
ツェリン・ノルブは数か月前のNHKで放映された、「ヒマラヤを越える子供たち」の中でフィーチャーされていた子供です。
スジャスクールから許されて法王を見るためにダラムサラに来たのでした。
今年の冬に亡命してきたばかりの彼。まだまだ全くの遊牧民の子供です。
でも勉強は頑張っているようでした。
今までの試験の用紙を私に見せながら、「最初の試験でクラスで二番、この前のは一番だったよ。もうすぐ最後の試験がある」と顔を紅潮させて話します。

「この前両親と電話で話ができた。二人とも元気だった。今はまたラサを引き払ってナクチュの田舎に帰ったという。自分が子供のころデブンで僧をしていた時、世話になったおじさん(28歳位)が逮捕された。今どこにいるかわからないという。噂で、もう殺されたといわれたこともあったらしい。それで彼のお父さんは心痛で死んでしまったと言ってた。自分もとても心配だ」と、いう。

私は「確かに三大寺の僧侶は1000人ぐらい捕まり、700人ほど解放された。
まだ、帰っていないとしたらアムドにいる可能性が高い。でもまだ誰かが殺されたという話は聞いてない。だから大丈夫だもうすぐ帰ってくるよ」
となだめた。

夕食のとき、兄弟の話になったとき
「本当はもう一人下に女の子が生まれていたけど小さいとき死んだよ」
「病院とか近くに無いのかな?」
「田舎の家から医者がいるとこまでは馬で二時間走らないといけない。
一人の医者がいろんなとこに往診に行くから、見つけるのは大変だ。」
「医者はチベット人なの?中国人なの?」
「チベット人だよ」
「いい人かい?」
「とてもいい人だよ。でも薬はたくさんもってない。いろんなところに呼ばれていつも馬で走って行く」
「手術とかすることもあるの?」
「簡単なのはするけど。大変なのは大きな町に送るよ」

ーーー

田舎の草原を馬で駆けながら、患者を助けるために働いているチベット人医師がいるのですね。












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