【旧 四月三十日 先負】小満・蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)
 5月21日は蓼科に宿をとり、翌朝は諏訪湖畔の高島城、諏訪大社を訪ねて帰路につきました。信州の中でも諏訪湖を詠んだ和歌は結構あるのですが、多くは湖面が凍った冬の諏訪湖が詠まれています。というのも諏訪湖は昼夜の寒暖差で湖面の氷がせりあがる「御神(おみ)渡り」という神秘的な現象が起こることで有名な歌枕となっているのです。諏訪大社上社の男神、建御名方命(たけみなかたのみこと)が、対岸の下社の女神、八坂刀売命(やさかとめのみこと)のもとに通った恋路と言われています。

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Photo:諏訪大社上社本宮

名所湖
浪の音も 猶あらましく すはの海や 
嵐の空の 暮れ初むるより
 ~烏丸光広 『慶長百首』

波の音も一層荒々しくなった諏訪の湖よ
嵐吹く空が暮れ始めてからというもの

 ということで、あえて冬ではない諏訪湖の和歌をとりあげてみました。烏丸光広(からすまみつひろ)は江戸時代前期の公卿で歌人、また能書家としても名を残しています。この人の歌の師は戦国武将の細川幽斎。幽斎から歌道を学び二条派歌学を極めて、歌道の復興に力を注いでいます。江戸開幕以降度々京と江戸を往復し、途上富士山を詠んだ歌も多く残しています。

年へても 忘れぬ山の おもかげを 
更に忘れて 向かふ富士かな
 ~烏丸光広 『黄葉和歌集』

年を経ても忘れぬ山の面影を
更に忘れて今また向き合う富士の姿よ

 作者は何度も富士山を見ていてその姿を記憶にとどめているのですが、再び見る都度その姿が変化しているので前に見た記憶はまた書き換えられてしまうほどだと言う意味。わたしの富士山の旅もこの日でおしまいです。

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Photo:諏訪湖から富士山を望む

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