【旧 四月廿五日 仏滅】立夏・竹笋生(たけのこしょうず)
 昨日のT.E.ロレンスに続いて、今日も映画化された人物の話題です。1947年の米映画『愛の調べ』ではキャサリン・ヘプバーン、1981年の独映画『哀愁のトロイメライ』ではナスターシャ・キンスキー、2008年の独映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』ではマルティナ・ゲデックがその人、クララ・シューマンを演じていました。

黒鍵がいつかわたしの舟となる 蓋をひらけば舟に添ふ影

梨の実はゆふくらがりに瞑目す死ななければ生きられなかつた人に
  ~河野美砂子 『ゼクエンツ』

 以前にもご紹介したことのあるピアニストで歌人でもある河野美砂子さんの歌集から抜粋した短歌です。この二首に接すると私の中では必然、クララ・シューマンのことを連想してしまいます。

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Photo:ユーロになる前、ドイツの100マルク紙幣の肖像はクララ・シューマンでした。

 クララ・シューマンは1896年の今日5月20日に76歳で亡くなった天才ピアニスト。作曲にも才能の輝きを見せていることを思えば、もしも当時の音楽界に女性作曲家が許されていたなら、おそらく彼女も大作曲家として学校の音楽室に肖像が飾られていたことでしょう。反対に夫のロベルト・シューマンは手を痛めたために、ピアニストを断念して作曲家として名を残しました。クララの父による激しい妨害を乗り越えて結ばれた二人の結婚生活はクララが37歳の夏、ロベルトの死をもって終わります。

身を削り一人への愛貫けばどこか危ういクララ・シューマン
  ~松村由利子 『薄荷色の朝に』 

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Photo:左から、ロベルト・シューマン、クララ、ヨハネス・ブラームス

 夫の死後、クララはヨハネス・ブラームスと終生に亘って親密な関係が続きます。ブラームスはシューマンによって作曲家として世に見出された若者で、クララより14歳年下。不倫説がささやかれるほど親密でしたが、おそらくは恩人の妻としての尊敬の念と、クララ自身の音楽の才への尊敬がこの親交を支えたのでしょう。美しい音楽の数々と、障害を乗り越えた恋と病と友情の物語は幾度も映画化されるに足る、輝きに満ちた人生だったようです。


Yourtube:映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』予告編 (2008年)

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