【旧 六月廿三日 仏滅】立秋・寒蝉鳴(ひぐらしなく)
 昭和20年8月14日に起こった事件は「宮城事件」と呼ばれています。宮城(きゅうじょう)とは皇居のこと。ポツダム宣言受諾に抗議した一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が企てたクーデター未遂事件です。玉音が収められた録音盤をめぐるこの事件の生々しさは1967年の東宝、および2015年の松竹による映画、『日本のいちばん長い日』に描かれています。ベースとなったのは半藤一利氏のノンフィクションです。2本の映画を比べて、その存在が際立ったのが京都出身の一人の青年将校でした。8月15日、玉音放送が始まる一時間前、クーデターが失敗に終わったことを悟り、宮城前の芝生で自決した畑中健二少佐です。

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Photo:畑中健二少佐(中央)と、彼を演じた黒沢年男(左)、松坂桃李(右)

遺書
松陰先生の後を追うべく自決して、武蔵の野辺に朽ち果てる。敵のために自己の魂も、国も、道も、一時中断させられるであろうが、然し、百年の後には必ず道と共に再び生きる。護国の鬼となり、国と共に必ず七生する。

辞世
今はただ 思ひ殘すこと なかりけり 
暗雲去りし 御世となりなば
  ~畑中健二

 映画『日本のいちばん長い日』、1967年の東宝版は岡本喜八がメガホンをとり、黒沢年男が畑中少佐を演じていました。作品を通じて、常に叫んでいるかのごとき言動の過激さは少々常規を逸している感がありましたが、実際の畑中を知る関係者からは純朴で物静かな文学青年であったとクレームが付いたといいます。この遺書と辞世を見れば、たしかに両面を持ちあわせていたのかもしれません。一方2015年松竹版では原田眞人が監督し、松坂桃李が畑中少佐を演じていました。こちらの言動も過激でしたが、こうした実像に配慮してか、一途な青年将校の悲壮感がよく表れていたと思います。彼の遺書には「百年の後には」とありますが、日本が高度経済成長期に入ったのはわずか9年後の1954年。ぜひとも生き抜いて、国体を護りながら生まれ変わることができた日本の姿を見てほしかったと思わずにいられません。

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