令和2年7月15日(水) 【旧 五月二十五日 大安】小暑・蓮始開(はすはじめてひらく)

野辺までに心ひとつはかよへども我がみゆきとは知らずやあるらむ
  ~一条天皇 『後拾遺和歌集』 巻10-0543 哀傷歌

鳥辺野まで心は付いていくのだが、私の行幸《みゆき》が雪となって降るのを亡き皇后は知らずにいるだろうか。

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Photo:一条天皇(980-1011)

 第66代一条天皇は今から1040年前、980年7月15日(天元3年6月1日)に誕生しました。一条天皇といえば清少納言や紫式部、和泉式部などの王朝文学華やかなりし頃の天皇。『源氏物語』で描かれる帝のモデルでもあります。この歌は皇后、定子《ていし》が難産のため、25歳で崩御した際に詠まれたもの。この時天皇にはもうひとり、藤原道長の娘である中宮、彰子《しょうし》がいました。ただし年齢はまだ12歳。彰子は定子の残した一子敦康親王を愛情込めて養育したといいます。彰子も天皇に愛されて、後に後一条、後朱雀天皇を生みます。一方で、天皇が無類の猫好きで、猫にまで「命婦のおとど」と名付けて可愛がっていたことも『枕草子』に記されています。この時代は、藤原道隆・道長の兄弟によって朝政が牛耳られてしまった時代でもあり、その寂しさを猫によって慰めていたのかもしれません。

露の身の草の宿りに君をおきて塵を出でぬることぞ悲しき
  ~一条天皇 (藤原行成『権記』より)

儚い露を草の上に置くようなあなたを遺して、私は塵のように去っていくことの悲しさよ。

 こちらは一条天皇の辞世の和歌。もちろん、命婦のおとどではなく、中宮彰子に遺した歌でしょう。1011年7月25日(寛弘8年6月22日)崩御。31年のご生涯でした。

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