令和8年3月2日(月) 【旧 1月14日 友引】 雨水・草木萌動
山鳥のほろほろと鳴く声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ
~行基(668-749)『玉葉和歌集』 巻19-2627 釈教歌
山鳥がほろほろと鳴く声を聞けば、あれは父かと思い、またあれは母ではないかとも思うのです。
天平21年2月2日、奈良時代の高僧行基が奈良の喜光寺に於いて弟子たちに看取られながら82歳で入寂したとされています。その喜光寺では毎年ひと月遅れの3月2日に「行基會大祭」としてご遠忌法要が営まれます。

Photo:行基生誕の地、」家原寺《えばらじ》~OSAKA
行基は河内国大鳥郡、即ち現在の堺市西区家原寺町に生まれています。朝廷の許可なく布教活動をする事を禁じた時代に、それを破って民衆に布教を行い、困窮者のための社会活動を続けました。行基が全国に開いた道場や寺院は49、ため池15、溝と堀9、架橋6。朝廷も最初はこれを弾圧していたのですが、民衆の支持があまりにも多いため、745年2月26日(天平17年1月21日)、ついに聖武天皇は日本初の大僧正として行基を迎え、彼を東大寺の大仏造営および開眼供養の責任者とするまでになったのです。冒頭の父母を偲ぶ行基の和歌に対し、後年松尾芭蕉が詠んだ派生句がありました。
父母のしきりに恋し雉の声
~松尾芭蕉(1644-1694)
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山鳥のほろほろと鳴く声きけば父かとぞ思ふ母かとぞ思ふ
~行基(668-749)『玉葉和歌集』 巻19-2627 釈教歌
山鳥がほろほろと鳴く声を聞けば、あれは父かと思い、またあれは母ではないかとも思うのです。
天平21年2月2日、奈良時代の高僧行基が奈良の喜光寺に於いて弟子たちに看取られながら82歳で入寂したとされています。その喜光寺では毎年ひと月遅れの3月2日に「行基會大祭」としてご遠忌法要が営まれます。

Photo:行基生誕の地、」家原寺《えばらじ》~OSAKA
行基は河内国大鳥郡、即ち現在の堺市西区家原寺町に生まれています。朝廷の許可なく布教活動をする事を禁じた時代に、それを破って民衆に布教を行い、困窮者のための社会活動を続けました。行基が全国に開いた道場や寺院は49、ため池15、溝と堀9、架橋6。朝廷も最初はこれを弾圧していたのですが、民衆の支持があまりにも多いため、745年2月26日(天平17年1月21日)、ついに聖武天皇は日本初の大僧正として行基を迎え、彼を東大寺の大仏造営および開眼供養の責任者とするまでになったのです。冒頭の父母を偲ぶ行基の和歌に対し、後年松尾芭蕉が詠んだ派生句がありました。
父母のしきりに恋し雉の声
~松尾芭蕉(1644-1694)
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