万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

【惜別・悲別】

#4731 尻ふりて出できたらずやつばくらめ老いよろぼひし塔のかげより

令和7年9月18日(木) 【旧 7月28日 先負】 白露・玄鳥去(つばめさる)

ゆく雲にしばらくひそむ帰燕かな
  ~飯田蛇笏(1885-1962)

250918_ゆく雲にしばらくひそむ帰燕かな
Photo:七十二候だより

 燕は春になると東南アジアやオーストラリアからやってくるので当然季語としては春。しかし渡り鳥である限り再び南に帰っていく季節もやってきます。それまでに産卵し、生まれた子ツバメが一緒に帰れるほどに飛べるように育てなければなりません。今日は七十二候の第45候「玄鳥去(つばめさる)」。二十四節気「白露」の末候にあたり、俳句では帰燕・秋燕・残る燕などが秋の季語とされています。

尻ふりて出できたらずやつばくらめ老いよろぼひし塔のかげより
  ~与謝野晶子(1878-1942)

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#4608 湖が見たくて蔓をのばしゆき薔薇は煉瓦の塀をこえたり

令和7年5月18日(日) 【旧 4月21日 赤口】 立夏・「竹笋生(たけのこしょうず)」

湖が見たくて蔓をのばしゆき薔薇は煉瓦の塀をこえたり
  ~小林幸子 『日暈』

 バラ(薔薇)は草本ではなく、木本性の蔓性植物です。冬に見られるのはほとんどが温室育ちですが、春にも秋にも咲く種類がたくさんあり、今では年間を通してバラの花が見られます。しかし最も美しく咲くのは5月から6月ですね。

250518_湖が見たくて蔓をのばしゆき
Photo:万博記念公園の「平和のバラ園」(大阪府吹田市)~NOIBARA

 もともとバラの原種はヨーロッパ・中近東・中国・北米など様々な地域で見られ、日本も万葉集に詠み込まれたノイバラなどの自生地として世界的に知られています。これらを元に長年にわたって様々な品種改良が行われて多彩な園芸品種が生まれてきました。不思議なことに南半球にはバラが自生していなかったそうです。

道の辺の茨《うまら》の末《うれ》に延《は》ほ豆のからまる君を別れか行かむ
   ~丈部鳥《はせつかべのとり》 『万葉集』 巻20-4352

道端のイバラの枝先に絡みつく豆のつるのように、別れを悲しんですがる妻を残して旅立たねばならない。

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#4603 別れをば山の桜にまかせてむ留とめむ留めじは花のまにまに

令和7年5月13日(火) 【旧 4月16日 先勝】 立夏・「蚯蚓出(きゅういんずいずる)」

別れをば山の桜にまかせてむ留とめむ留めじは花のまにまに
  ~幽仙法師(836-900)『古今和歌集』 巻8-0393 離別歌

お別れは山の桜に任せましょう。止めるか止めないかは花に委ねて。

250513_別れをば山の桜にまかせてむ
Photo:愛が逃げる ~photoAC(78designさん)

 今日は別れ話を切り出すのに最適な日とされています。その名も「メイストームデー」。春の嵐を指す「メイストーム」は外来語のように見えますが立派な?和製英語です。立春から数えて88日目の「八十八夜の別れ霜」にあやかって、これはバレンタインデーから数えて88日目がその日です。誰が考えたのか存じませんが、日本限定の「記念日」だとか。プロポーズ、あるいは愛の告白から88日ではいかにも早すぎますが、間違いを悟ったら早めに決断するのも良いことかもしれませんね。

メイストームと記せしメモの飛ばさるる
  ~増田信子

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#4362 瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ

令和6年9月14日(土) 【旧 八月一二日 先勝】白露・鶺鴒鳴(せきれいなく)

瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ
   ~崇徳院 『詞花和歌集』 巻7-0229 恋歌上

川の瀬が岩にぶつかった滝川の水が一度別れてしまっても、まためぐり逢ってひとつになるのだと思うよ。

240914_夢の世になれこし契りくちずして
Photo:怨霊と化した崇徳院 ~歌川芳艶『椿説弓張月』(部分)

 小倉百人一首の77番歌としても採られている恋の歌です。私が初めてこの歌を知ったのは桂枝雀の落語『崇徳院』でした。落語ではひと目惚れした男女が、この歌の通り再びめぐり逢って夫婦になるという目出度いお話ですが、当の崇徳上皇は保元の乱の首謀者として讃岐に流され、憤怒のうちに崩御しています。命が絶えるまで爪や髪を伸ばし続けて夜叉のような姿になり、崩御後は棺から血が溢れてきたと言われます。怨霊となった崇徳上皇は都に数々の凶事をもたらし、平安初期の早良親王、中期の菅原道真を凌ぐ日本史上最大の祟り神と言われるようになりました。崇徳院の崩御は1164年9月14日(長寛2年8月26日)今から860年前の今日の出来事です。亡くなる前に歌友藤原俊成を思って詠んだ歌がありました。

夢の世になれこし契りくちずしてさめむ朝あしたにあふこともがな
  ~同 『玉葉和歌集』 -巻2368)

夢のようなこの世で友となった縁が朽ちることないように、夢から覚めて成仏する朝に、再びあなたに逢いたいものだ。

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#4267 北へゆく雁のつばさにことづてよ雲のうはがきかき絶えずして

令和6年6月12日(水) 【旧 五月七日 大安】・芒種 腐草為螢(くされたるくさほたるとなる)

北へゆく雁のつばさにことづてよ雲のうはがきかき絶えずして
  ~紫式部 『新古今和歌集』 巻9-0859 離別歌

北へ帰る雁の翼に言付けて、遠い南の国からも私に便りを下さいよ。書き絶やすことなく。

 紫式部が、父為時が国司として赴任した越前国に同行した時、時を同じくして筑紫に赴く友人との別れを惜しんで詠んだ歌です。ちょうど今放送中の大河ドラマ『光る君へ』ではこの時の越前での様子が描かれていますね。

240612_北へゆく雁のつばさにことづてよ
Photo:越前守藤原為時が紫式部とともに過ごした越前国府跡の発掘調査 ~福井新聞

 今日、6月12日は「日記の日」。『アンネの日記』が書き始められた最初の日付が1942年6月12日であったことにちなみます。日本では平安時代に日記文学が花開きました。『光る君へ』の登場人物に限っても、紫式部の『紫式部日記』や藤原実資の『小右記』、それに藤原道綱の母が残した『蜻蛉日記』などがよく知られています。これに限らずあらゆる時代に残された個人の日記が文学史上のみならず、歴史を紐解く重要な資料になっています。

歎きつつひとり寝《ぬ》る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
  ~藤原道綱母『蜻蛉日記』

嘆きながら、ひとりで寝る夜が、明けるまでの時間がどれほど長いかおわかりでしょうか? あなたにはわかりますまい。

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