万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

【伝承・物語】

#4891 また君に月光仮面と言いかけてセーラームーンと言い直した

令和8年2月24日(火) 【旧 1月8日 友引】 雨水・霞始靆

また君に月光仮面と言いかけてセーラームーンと言い直した
   ~北大路京介

 子どもたちが大好きな戦隊モノのテレビ映画のハシリ、というよりも国産初のテレビ映画『月光仮面』が初めて登場したのは1958(昭和33)年の今日2月24日。今日は「月光仮面登場の日」ですと。「月光仮面」というネーミングは人々の苦難を救済する月光菩薩から採ったというだけあって、悪人といえども懲らしめるだけで決して殺さなかったし、2丁拳銃は悪人の武器を撃ち落とすためにしか撃たないのです。「正義の味方」という言葉が定着したのにも一役かっています。


Youtube:「月光仮面は誰でしょう」

 当時は日本にドルの備蓄がなく、アメリカの番組を輸入してばかりでは国益に反するといって、ごくごく低予算での制作が始められました。当時のテレビ番組は30分枠で80~100万円の制作費が必要とされていたにもかかわらず制作費はわずか10万円。ヒーローを演じるのはギャラが安い大部屋俳優の大瀬康一。撮影は造作不要なオールロケ。音響効果などは東映からの無断借用、かつそれを何度も使いまわしていたとか。しかしながらそれが思わぬ大ヒット。後に映画化やアニメにもなって、当時の子どもたちには大人気でありました。

ポケットに星屑ありし昭和かな
  ~高野ムツオ(1947-)『蟲の王』

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Q.「月光仮面は誰でしょう?」 A..その正体は…… 7歳だった私です。

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#4882 願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ

令和8年2月15日(日) 【旧 12月28日 先負】 立春・魚上氷

願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ
  ~西行(1118-1190)『山家集』上-0077 春歌

願いが叶うなら、花の下で春の季節に死にたいものだ。如月の満月の頃に。

 歌聖とも言われる西行法師は文治6年2月15日、73歳で入寂したため今日2月15日は「西行忌」とされています。自身が生存中に詠んだ通りに亡くなったことであまりにも有名になったこの歌ですが、これはもちろん今の太陽暦の2月15日ではありません。グレゴリオ暦に置き換えてみると今年の場合は4月2日に当たります。桜満開の季節でありほぼ満月。こんな時に旅立てれば結構と思って、そのとおりになるなんてなんとも幸せな人生の閉じ方ですね。

260215_霞たく富士を香炉や西行忌
Photo:西行法師(MOA美術館蔵)~Wikipedia

 西行の俗名は佐藤義清《のりきよ》。元々平清盛と同期の北面の武士でしたが、23歳で出家して西行法師と号しています。ちなみに佐藤家は藤原氏の一族。また「西行」は号であり正式な僧としての名は円位。

霞炷く富士を香炉や西行忌 
  ~溝口素丸(1713-1795)『素丸発句集』

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#4878 敷島や大和島根も神代より君がためとや固めおきけむ

令和8年2月11日(水) 【旧 12月24日 大安】 立春・黄鶯睍睆

敷島や大和島根も神代より君がためとや固めおきけむ
  ~藤原良経(1001-1058)『新古今和歌集』 巻7-0736 賀歌

日本の国も神代からわが君のためにと神々が固めておかれたのであろうか。

 今日は「建国記念の日」。元々は『日本書紀』にある神武天皇の即位の日をもって1873(明治6)年に定められた「紀元節」ですが、太平洋戦争敗戦後の「日本国憲法」に紀元節を「建国の日」とする草案を盛り込むことをGHQが認めませんでした。しかし、その後たびたび建国記念日復活案が提出されたものの廃案、再提出が繰り返されました。

260211_敷島や大和島根も神代より
Photo:神武天皇即位の地、橿原神宮で行われる紀元祭 ~なら旅ネット

元節今なし埴輪遠くを見る
  ~山口草堂(1898-1985)

 そして1966(昭和41)年、佐藤内閣が祝日法改正案の中に建国の日を2月11日に定める政令を発令し、祝日として復活させることができたのです。山口草堂の俳句はこの日が祝日ではなかった20年間のいずれかの時点で詠まれたものだということがわかります。ちなみに「建国記念の日」は政令によって定められた唯一の祝日であり、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨を謳っています。

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#4873 ジャンプ台を幾度飛び降り傷つきし猪谷六合雄かも我は尊ぶ

令和8年2月6日(金) 【旧 12月19日 赤口】 立春・東風解凍

ジャンプ台を幾度飛び降り傷つきし猪谷六合雄《いがやくにお》かも我は尊ぶ
  ~猪谷千春(1931-)

 今日から22日までイタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォにおいて第25回オリンピック冬季大会が開催されます。この地での冬季五輪は2度目です。1956年の第7回コルチナ・ダンペッツォ大会のアルペンでは圧倒的な強さで3冠に輝いたオーストリアのトニー・ザイラーがいました。そんな中、日本代表の猪谷千春はアルペン男子回転でザイラーに4秒遅れたものの銀メダルを獲得。冬のオリンピック史上初めて表彰台に日の丸が上がった記念すべき大会だったのです。

260206_ジャンプ台を幾度飛び降り傷つきし
Photo:猪谷千春と父・六合雄(1950年8月) ~Wikipedia

 千春氏が尊敬してやまない父・猪谷六合雄(1890-1986)は日本のスキー指導者であり、現在の明仁上皇陛下の皇太子時代から皇室のスキー指導をされていました。千春氏は今年95歳。まだまだご健勝で、想い出深い今回のミラノ・コルティナオリンピックも現地で観戦される予定です。ちなみに同じ北海道出身で歌手の松山千春は出生当時の猪谷千春の活躍にあやかって「千春」と名付けられたそうです。

人生も大回転のスキーヤー
  ~高橋将夫(1945-)

260206_猪谷六合雄《いがやくにお》かも我は尊ぶ
Photo:読売新聞 編集委員室

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#4823 ひさかたの天の八重雲ふりわけてくだりし君をわれぞ迎へし

令和7年12月19日(金) 【旧 10月30日 先負】 大雪・鱖魚群(さけのうおむらがる)

ひさかたの天の八重雲ふりわけてくだりし君をわれぞ迎へし
  ~紀淑望(?-919)『新古今和歌集』 巻19-1866 神祇歌

大空の幾重にも厚く重なった雲を払い分けて降ってこられた君を、わたしこそがお迎えしたのだ。

 紀淑望《きのよしもち》は平安前期の儒学者・歌人。この歌にある「君」とは瓊瓊杵尊《ニニギノミコト》のことです。

251219_ひさかたの天の八重雲ふりわけて
Photo:猿田彦神社(三重県伊勢市)~ノバブロ神社

 今年も我が家恒例のお伊勢参りを終えてきました。今回は内宮からおかげ横丁を抜けるとすぐ近くの猿田彦神社にもお参り。『古事記』に登場する猿田彦大神(『日本書紀』ではサルタヒコノミコト)はニニギノミコトが葦原の中つ国を治めるために高天原から天孫降臨をする際の道案内を務めたという伝承から、「みちひらきの大神」と呼ばれています。紀淑望の和歌もまさにその事を指しています。ニニギノミコトは神武天皇の曽祖父にあたり、今に伝わる三種の神器はこの時に授けられています。交通安全の神様とされていますが、人生の道に迷った若者もぜひ訪れてみてはいかが。

神代より神の御末とつたへ来て名くはし宇治土公わがせ
  ~本居宣長(1930-1801)

神代から大神の末裔として絶えることなく続く宇治土公《うじのつちぎみ》、わが大切な友よ。

 本居宣長も神宮参拝の折には猿田彦神社の宮司である宇治土公家に宿泊しました。宣長はここで猿田彦大神の神威にふれて研究を深め、『古事記伝』を著しており、神社内の駐車場にはこの歌碑が残されています。

猿田彦の塚に注連結ひ鼻寒し
  ~角川源義(1917-1975)

251219_猿田彦の塚に注連結ひ鼻寒し
Photo:本居宣長の歌碑(猿田彦神社)令和7年12月15日

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