令和8年3月10日(火) 【旧 1月22日 仏滅】 啓蟄・桃始笑
二十四節気「啓蟄」の次候は七十二候の第8候「桃始笑(ももはじめてさく)」。もちろん地方によって前後しますが一般的に桃の花の開花期に当たります。今日は『万葉集』から桃の花を詠んだ大伴家持の長歌です。

Photo:桃の花 ~tenki.jp
桃の花 紅《くれなゐ》色に
にほひたる 面輪《おもわ》のうちに
青柳の 細き眉根《まよね》を
咲《ゑ》みまがり 朝影見つつ
少女《をとめ》らが 手に取り持たる
真鏡《まそかがみ》 二上山《ふたかみやま》に
木《こ》の暮れの 繁き谷邊《たにべ》を
呼び響《とよ》め 朝飛び渡り
夕月夜《ゆふづくよ》 かそけき野辺に
はろばろに 鳴く霍公鳥《ほととぎす》
立ち潜《く》くと 羽ぶりに散らす
藤波の 花なつかしみ 引き攀《よ》ぢて
袖に扱入《こき》れつ 染《し》まば染むとも
~大伴家持 『万葉集』 巻19-4192
桃の花のような、紅色に
輝いているその顔のなかに、
青柳のような細い眉を崩して
ほほえみ、朝の姿を映して見ながら、
少女たちが手に取っている鏡の箱の
ふたではないが、その二上山に、
木陰が暗くなるほどに茂った谷のあたりを
鳴き響かせては朝に飛び渡ってゆき、
夕月の光のかすかに照らす野辺に
はるかに遠く鳴くほととぎすが、
飛びくぐっては羽を触れて散らす
藤の花がいとおしくて、引き寄せて
袖にねじ入れた。衣に色が染まるなら染まってもよいと思って。
平安時代には桃の節句が祝われていたことがわかっていますが、家持がこの歌を詠んだ奈良時代においても、既に桃の花と少女のイメージが重なりあっていたことは間違いなさそうです。
桃咲くや隣の娘婚礼す
~正岡子規(1867-1902)
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二十四節気「啓蟄」の次候は七十二候の第8候「桃始笑(ももはじめてさく)」。もちろん地方によって前後しますが一般的に桃の花の開花期に当たります。今日は『万葉集』から桃の花を詠んだ大伴家持の長歌です。

Photo:桃の花 ~tenki.jp
桃の花 紅《くれなゐ》色に
にほひたる 面輪《おもわ》のうちに
青柳の 細き眉根《まよね》を
咲《ゑ》みまがり 朝影見つつ
少女《をとめ》らが 手に取り持たる
真鏡《まそかがみ》 二上山《ふたかみやま》に
木《こ》の暮れの 繁き谷邊《たにべ》を
呼び響《とよ》め 朝飛び渡り
夕月夜《ゆふづくよ》 かそけき野辺に
はろばろに 鳴く霍公鳥《ほととぎす》
立ち潜《く》くと 羽ぶりに散らす
藤波の 花なつかしみ 引き攀《よ》ぢて
袖に扱入《こき》れつ 染《し》まば染むとも
~大伴家持 『万葉集』 巻19-4192
桃の花のような、紅色に
輝いているその顔のなかに、
青柳のような細い眉を崩して
ほほえみ、朝の姿を映して見ながら、
少女たちが手に取っている鏡の箱の
ふたではないが、その二上山に、
木陰が暗くなるほどに茂った谷のあたりを
鳴き響かせては朝に飛び渡ってゆき、
夕月の光のかすかに照らす野辺に
はるかに遠く鳴くほととぎすが、
飛びくぐっては羽を触れて散らす
藤の花がいとおしくて、引き寄せて
袖にねじ入れた。衣に色が染まるなら染まってもよいと思って。
平安時代には桃の節句が祝われていたことがわかっていますが、家持がこの歌を詠んだ奈良時代においても、既に桃の花と少女のイメージが重なりあっていたことは間違いなさそうです。
桃咲くや隣の娘婚礼す
~正岡子規(1867-1902)
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