令和7年12月19日(金) 【旧 10月30日 先負】 大雪・鱖魚群(さけのうおむらがる)
ひさかたの天の八重雲ふりわけてくだりし君をわれぞ迎へし
~紀淑望(?-919)『新古今和歌集』 巻19-1866 神祇歌
大空の幾重にも厚く重なった雲を払い分けて降ってこられた君を、わたしこそがお迎えしたのだ。
紀淑望《きのよしもち》は平安前期の儒学者・歌人。この歌にある「君」とは瓊瓊杵尊《ニニギノミコト》のことです。

Photo:猿田彦神社(三重県伊勢市)~ノバブロ神社
今年も我が家恒例のお伊勢参りを終えてきました。今回は内宮からおかげ横丁を抜けるとすぐ近くの猿田彦神社にもお参り。『古事記』に登場する猿田彦大神(『日本書紀』ではサルタヒコノミコト)はニニギノミコトが葦原の中つ国を治めるために高天原から天孫降臨をする際の道案内を務めたという伝承から、「みちひらきの大神」と呼ばれています。紀淑望の和歌もまさにその事を指しています。ニニギノミコトは神武天皇の曽祖父にあたり、今に伝わる三種の神器はこの時に授けられています。交通安全の神様とされていますが、人生の道に迷った若者もぜひ訪れてみてはいかが。
神代より神の御末とつたへ来て名くはし宇治土公わがせ
~本居宣長(1930-1801)
神代から大神の末裔として絶えることなく続く宇治土公《うじのつちぎみ》、わが大切な友よ。
本居宣長も神宮参拝の折には猿田彦神社の宮司である宇治土公家に宿泊しました。宣長はここで猿田彦大神の神威にふれて研究を深め、『古事記伝』を著しており、神社内の駐車場にはこの歌碑が残されています。
猿田彦の塚に注連結ひ鼻寒し
~角川源義(1917-1975)

Photo:本居宣長の歌碑(猿田彦神社)令和7年12月15日
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ひさかたの天の八重雲ふりわけてくだりし君をわれぞ迎へし
~紀淑望(?-919)『新古今和歌集』 巻19-1866 神祇歌
大空の幾重にも厚く重なった雲を払い分けて降ってこられた君を、わたしこそがお迎えしたのだ。
紀淑望《きのよしもち》は平安前期の儒学者・歌人。この歌にある「君」とは瓊瓊杵尊《ニニギノミコト》のことです。

Photo:猿田彦神社(三重県伊勢市)~ノバブロ神社
今年も我が家恒例のお伊勢参りを終えてきました。今回は内宮からおかげ横丁を抜けるとすぐ近くの猿田彦神社にもお参り。『古事記』に登場する猿田彦大神(『日本書紀』ではサルタヒコノミコト)はニニギノミコトが葦原の中つ国を治めるために高天原から天孫降臨をする際の道案内を務めたという伝承から、「みちひらきの大神」と呼ばれています。紀淑望の和歌もまさにその事を指しています。ニニギノミコトは神武天皇の曽祖父にあたり、今に伝わる三種の神器はこの時に授けられています。交通安全の神様とされていますが、人生の道に迷った若者もぜひ訪れてみてはいかが。
神代より神の御末とつたへ来て名くはし宇治土公わがせ
~本居宣長(1930-1801)
神代から大神の末裔として絶えることなく続く宇治土公《うじのつちぎみ》、わが大切な友よ。
本居宣長も神宮参拝の折には猿田彦神社の宮司である宇治土公家に宿泊しました。宣長はここで猿田彦大神の神威にふれて研究を深め、『古事記伝』を著しており、神社内の駐車場にはこの歌碑が残されています。
猿田彦の塚に注連結ひ鼻寒し
~角川源義(1917-1975)

Photo:本居宣長の歌碑(猿田彦神社)令和7年12月15日
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