万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

後朝

#5015 みじか夜の残りすくなくふけゆけばかねてものうきあかつきのそら

令和8年6月21日(日) 【旧 5月7日 大安】 夏至・乃東枯

夏至の花卉夜は汐騒の遠かりき
  ~飯田蛇笏(1885-1962)

 卉《き》は草や草木を表す漢字で、「花卉《かき》」は主に園芸や華道の世界で観賞用の草花のことを指す言葉として使われます。

260621_みじか夜の残りすくなくふけゆけば
Photo:tenki.jp

 今日は二十四節気の10番目「夏至」。『暦便覧』に「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されているとおり、この日が一年中で昼の時間が最も長くて夜が短いとされてます。期間としては今日から次の「小暑」の前日までの半月間です。昔の人が短い夜を嫌うのは宮仕えの時刻が日の出・日の入によって決められるため、朝早くから出勤し、一日の勤務時間も冬場に比べて長くなるからという事と大いに関係しているようです。もちろん多くの和歌に詠まれているように男女の逢瀬が短くなるからということもありますけれども。

みじか夜の残りすくなくふけゆけばかねてものうきあかつきのそら
  ~藤原清正(?-958) 『新古今和歌集』 巻13-1176 恋歌三
短い夏の夜も残り僅かとなって更けてゆくと、いつも物憂い暁の空が明けてくるのだ。
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#4954 難波江の芦のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき

令和8年4月21日(火) 【旧 3月5日 先勝】 穀雨・虹始見

難波江の芦のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき
  ~皇嘉門院別当(12世紀)『千載和歌集』 巻13-0807 恋歌三

難波江に生える葦の節の根ほどの短いあなたとの仮寝の一夜ですが、難波の澪標《みおつくし》ではありませんが、あなたにこの身をつくして恋し続けてよいのでしょうか。

 小倉百人一首の第88番歌としても知られている和歌です。皇嘉門院別当は崇徳天皇の皇后である藤原聖子《きよこ》に使えていた女房ですが、あまり詳しい生涯は分かっていません。

260421_茫々と野焼を待てり鵜殿葭
Photo:鵜殿のヨシ原焼き ~団塊世代の我楽多(がらくた)帳

 二十四節気「穀雨」の初候5日間(4月20日-24日)は七十二候の第16候「葭始生(あしはじめてしょうず)」。晩春、水辺の葦(葭・芦)が芽吹き始める頃です。難波の葦は昔から和歌によく詠まれてきました。今では縁起を担いで「ヨシ」と呼ぶようになりましたが、特に有名なのは「鵜殿のヨシ原」と言って、大阪府高槻市の鵜殿から上牧に広がる淀川右岸2.5キロメートルにわたる河川敷の葦原で、その広さは75ヘクタール。この地の葦は太くて弾力性がある上質なもので、古くから雅楽に用いられるシチリキの蘆舌(リード)として利用されています。鵜殿では毎年2月頃にヨシ原の保全と害草・害虫の駆除などを目的に野焼きが行なわれています。

茫々と野焼を待てり鵜殿葭
  ~能村登四郎(1911-2001)『菊塵』

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#4945 一夜寝て憂しとらこそは思ひけめ浮き名立つ身ぞわびしかりける

令和8年4月12日(日) 【旧 2月25日 友引】 清明・鴻雁北

一夜寝て憂しとらこそは思ひけめ浮き名立つ身ぞわびしかりける
  ~詠み人しらず 『拾遺和歌集』 巻7-0429 物名

一夜共寝して私を不満に思ったようだ。浮名が立つ我が身はわびしいことだ。

 今日のテーマは「謎」。この和歌は「物名《もののな》」というジャンルで、和歌の中になぞなぞのような遊び心を込めた歌です。この一首の場合、十二支の「子」「丑」「寅」「兎」「辰」「巳」までが詠み込まれています。そして私が昨日、聴いてきた大阪フィル定期演奏会のメインは英国の作曲家エドワード・エルガーの変奏曲『エニグマ』でした。題名は「謎」という意味で、後に第二次世界大戦でドイツが使っていた暗号機にもこの名が付されました。

260412_一夜寝て憂しとらこそは思ひけめ

 『エニグマ』は1つの主題と14の変奏曲で構成され、各曲に主題と暗号が隠されています。例えば音名のC.D.E.F.G.A.B.いわゆるドレミの並びで妻や友人の名、あるいは特定のメッセージを綴ったり、数学的な暗号を用いたりしていますが、エルガーはその答えを明かさないまま亡くなりました。その多くは既に解明されていますが今でも解き明かすことができない謎が残されています。もちろん我々は楽譜を見ながら聴くわけでもないし、エルガーの友人を知るわけでもないのですが、音楽的にエルガーの代表曲の一つといえる名曲に仕上がっています。


Youtube:『エニグマ変奏曲』から最も美しく壮麗な第9変奏「ニムロッド」

 さて、十二支の和歌の続き、「午」「未」「申」「戌」「酉」「亥」の入った和歌。ただし歌の意味をほとんどなしていないので和歌としての価値はどうでしょうか。

生まれより櫃《ひつ》し作れば山に去る一人往(い)ぬるに人率(ゐ)ていませ
  ~詠み人しらず 『拾遺和歌集』 巻7-0430 物名

生まれた時から櫃を作っているので山に去って行く。一人で行くのに人を連れていらっしゃい。

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#4520 かきくらしことはふらなむ春雨に濡衣きせて君をとどめむ

令和7年2月18日(火) 【旧 1月21日 先負】 雨水・土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

かきくらしことはふらなむ春雨に濡衣きせて君をとどめむ
  ~詠み人しらず 『古今和歌集』 巻8-0402 

暗くなったから、どうせなら雨でも降ってほしいものです。春雨のせいにしてあなたを引き留めたいもの。

 男が女の家に訪れ、翌朝帰ろうとするのですが、女は帰ってほしくないという気持ちを隠して、雨を理由に男を引き止めているという後朝《きぬぎぬ》の歌。現在でも同じ意味で使われている「濡れ衣」を春雨が着せられているという面白い歌ですね。雨と濡れ衣の取り合わせも秀逸です。

250218_かきくらしことはふらなむ春雨に
Photo:春の雨 ~須玉日記

 さて、今日は二十四節気の第2「雨水」。雪が雨に変わる頃。『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されています。雨が雪に変わるというのは山下達郎の「クリスマス・イブ」や松田聖子の「ハートのイアリング」の歌詞にありますが、その逆はなかなか思いつきません。いつまた雨が雪に戻るかもしれない微妙な季節ですものね。

春雨と思ひ居りしがいつか雪
  ~高濱年尾(1900-1979)

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#4401 夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな

令和6年10月23日(水) 【旧 九月二一日 大安】霜降・霜始降(しもはじめてふる)

夕凝《ゆうこ》りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
  ~作者未詳 『万葉集』 巻11-2692 寄物陳思

夕べに霜が降りました。朝、あなたがお帰りになる時に踏みつけて足跡で人に知られないようにしてくださいね。

241023_夕凝りの霜置きにけり朝戸出に
Photo:初霜 ~和ここち

 女のもとに通った男が帰る時の足跡が見つかると相当やばいことになる、その知られてはならない人というのは、多くの場合女の母でした。この時代は娘の身の回りを最も警戒していたのは父ではなく、母親。夜這いする男が最も恐れる存在であったようです。さて、今日は二十四節気の第18「霜降」。『暦便覧』に「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」とあるように、朝露も冷気によって霜になってくる頃です。期間としては次の「立冬」の前日までの半月間。その初候5日間は七十二候の第52候「霜始降(しもはじめてふる)」。最近は大阪に霜が降りることはほとんどありませんが、子供の頃の霜柱をサクサクと踏む感覚がなつかしい。

登校の子に初霜の牧場口
  ~飯田龍太(1920-2007)

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