万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

旋頭歌

#4263 あづまぢの 野島が崎の はま風に わが紐ゆひし 妹がかほのみ 面影に見ゆ

令和6年6月8日(土) 【旧 五月三日 先勝】・芒種 螳螂生(かまきりしょうず)

あづまぢの 野島が崎の はま風に わが紐ゆひし 妹がかほのみ 面影に見ゆ
  ~藤原顕輔(1090-1155)『千載和歌集』 巻18-1166 雑歌下

東路の、野島が崎の浜風に吹かれていると、衣の紐を結んでくれた妻の面影がしきり浮かんでくるよ。

「野島が崎」は千葉県房総半島最南端の岬です。この和歌は旋頭歌《せどうか》といわれる変則的な歌ですが『万葉集』にもある一般的な旋頭歌は五七七五七七の形式なのにここでは五七五七七七になっています。俳句でいうところの句またがりのような歌ですね。

240608_あづまぢの 野島が崎の はま風に
Photo:関東最南端 野島が崎の夕景 ~トラベルjp

 藤原顕輔《あきすけ》は平安時代後期の公卿。歌人としては崇徳院から勅撰集撰進を任され、『詞花集』を完成させました。「小倉百人一首」の79番には『新古今和歌集』から顕輔の有名なこの歌が採られています。

秋風にたなびく雲の絶えまより漏れ出づる月の影のさやけさ
  ~左京大夫顕輔 『新古今和歌集』巻4-0413 秋歌上

秋風にたなびいている雲の切れ目から漏れる月の光のなんと冴え冴えとした景色であろうか。

 1155年6月8日(久寿2年5月7日)64歳で没。病床で死期を悟った顕輔が最後に詠んだ歌がこちら。この歌の後に「こののち病おもくなりて、五月七日になむ隠れはべりにける」と注釈されていますので、歌を詠んだ後、病状が急変したのでしょう。

かばかりの花の匂ひをおきながら又も見ざらむことぞ悲しき
  ~同  『左京大夫顕輔卿集』 0143

このような花の美しさを再び起き上がって見ることが叶わぬのは悲しいことだ。

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#3277 咲く花もをそろはうきを晩なる……他一首

令和3年9月26日(日) 【旧 八月二十日 先負】・秋分・雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)

咲く花もをそろはうきを晩《おくて》なる長き心になほ如かずけり
  ~大伴坂上郎女 『万葉集』 巻8-1548 雑歌

花もあわてて咲くのは鬱陶しいもので、遅咲きの気長な心には及ばぬものです。

210926_さ男鹿の萩に貫き置ける露の白珠.jpg
Photo:萩

 万葉集の中で最もたくさん詠まれている植物、萩の歌です。7月頃から既に咲き始め、開花期も比較的長いほうですが、そろそろシーズンも終わる頃になりました。遅咲きの萩を愛おしむ歌ですが、人間の成長にも通じそうです。万葉集から萩を詠んだ旋頭歌を一首。

さ男鹿の 萩に貫き置ける 露の白珠
あふさわに 誰《たれ》の人かも 手に纏《ま》かむちふ
  ~藤原八束 『万葉集』 巻8-1547 雑歌

さ男鹿が触れたあと、萩の枝に並ぶように置いた露の白珠をみると、
すぐに誰かが手に巻こうよとなどと言う。

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#3247 うちわたす をち方人に 物まうす我……他一首

令和3年8月27日(金) 【旧 七月二十日 友引】・処暑・綿柎開(わたのはなしべひらく)

うちわたす をち方人に 物まうす我
そのそこに 白く咲けるは なにの花ぞも
  ~詠み人しらず 『古今和歌集』巻19-1007 雑体(旋頭歌)

そのあたりにおられる方々にお尋ねするのだが、
そこのところに白く咲いている花は何の花であろうか。

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Photo:『源氏物語絵巻』 夕顔 ~人文学オープンデータ共同利用センターより

 古今集には「詠み人しらず」とありますが、これは『源氏物語』の第四帖「夕顔」で光源氏が粗末な家の庭に咲いている花を見て独り言のようにつぶやく台詞から採られた旋頭歌です。それに対して、随臣が夕顔の花であると答えます。この家に住んでいる女性が夕顔の君として物語に登場するのですが、偶然見かけた植物の名を知っていれば街を歩くのも随分楽しくなることでしょうね。今日は江戸時代の名著『大和本草』を編纂した筑前福岡藩の儒学者、貝原益軒の命日(旧暦)に当たります。貝原益軒にはこの他にも83歳の時に著した健康についての指南書『養生訓』などがあります。前者は現代にも通用する農学書、後者は健康生活の心得書として翻訳され、海外でも読み親しまれています。正徳4年8月27日(1714年10月5日)85歳にて没。あやかりましょう。

越し方は一夜《いちや》ばかりの心地して八十路あまりの夢をみしかな
  ~貝原益軒(1630-1714)辞世

過ごしてきた年月はたった一夜のような気がする。八十余年の夢を見ているようだ。

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Photo:金龍寺の貝原益軒座像(福岡市中央区)~Wikiwandより

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#3090 三諸つく三輪山見れば隠口の ・・・他長歌と反歌

令和3年3月23日(火) 【旧 二月十一日 赤口】・春分・雀始巣(すずめはじめてすくう)

三諸つく三輪山見れば隠口《こもりく》の泊瀬《はつせ》の桧原思ほゆるかも
  ~作者未詳 『万葉集』 巻7-1095 雑歌

神のいるという三輪山を見ると山あいの初瀬の檜の原が偲ばれます。

 三諸《みもろ》は神がいる御森《みもり》を意味し、三輪山の枕詞となっています。そして隠口も、初瀬が山の奥にあることを意味する枕詞として使われています。初瀬は現在の奈良県桜井市、長谷寺のある周辺です。この辺り一帯に桧原があったのでしょうか。

210323_三諸つく三輪山見れば隠口の
Photo:吉野檜の林

 そろそろ杉花粉のピークは峠を越えて檜の花粉が飛び交う季節になってきます。花粉症に悩む人は杉も檜もみんな切り倒してしまいたいことでしょう。檜を詠み込んだ歌を万葉集からもう一つ。花粉は嫌われますが檜は建材として昔から大事に育てられてきました。長歌と反歌のワンセットです。

斧取りて 丹生《にう》の檜山の
木伐《きこ》り来て 筏《いかだ》に作り
ま楫《かじ》貫き 磯漕ぎ廻《み》つつ
島伝ひ 見れども飽かず
み吉野の 滝《たぎ》もとどろに 落つる白波
  ~『万葉集』 巻13-3232 雑歌

斧を手に取り、丹生の檜山の
木を切って、筏を作り
舵を取り付け、磯を漕ぎ廻り
川岸の島山を伝って行けば、見飽きることがない
御吉野の流れも激しく落ちる白波よ。

反歌
み吉野の滝もとどろに落つる白波
 留まりにし妹に見せまく欲しき白波
  ~同 3233 雑歌

み吉野の激しい流れをとどろき落ちる白波。
 家に残した妻にも見せたい白波だ。

 「丹生」は奈良県吉野郡の地名。反歌は旋頭歌(5・7・7+5・7・7)です。

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#2192 野のはての雑木林に虹たてる見ゆ ・・・他全三首

【旧 八月廿八日 大安】秋分・水始涸(みずはじめてかるる)
 食欲の秋です。松茸は言わずと知れた秋の食材の代表格。もちろん椎茸、えのき茸、しめじ、エリンギ、なめこなども本当の旬は10月から11月頃です。しかし今や松茸以外の食用キノコ類は人工栽培が主流となり、実質「旬」というのがなくなってしまいました。スーパーに行けばいつでも手に入る食材ですが、天然物しかなかった時にはキノコ狩りが盛んに行われていました。今でもレジャーとしてのキノコ狩りは健在ですね。ということで、キノコ狩りの短歌三首。

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野のはての雑木林に虹たてる見ゆ
あす行かむ雨のあがりのしめじ生ふべし
  ~小杉放庵

 明日はキノコ狩り。雨上がりなのでたくさんしめじが採れるだろうと楽しみにしています。この歌は旋頭歌《せどうか》なので、句切りは5・7・7・5・7・7でお読みください。小杉放菴は明治14年栃木県日光市生まれ。明治から昭和にかけての洋画家です。

帰らんといひそめしより雲はやし とる茸《たけ》おほくなりにけるかな
  ~樋口一葉

 樋口一葉は言わずと知れた東京生まれの小説家。明治5年に生まれ、『たけくらべ』、『にごりえ』などの名作を残して24年の短い生涯を終えています。こちらの短歌ではたくさんのキノコが採れたようです。ただ、キノコ狩りの季節は台風シーズンでもあります。雲の動きが怪しくなると早々に引き上げないとたいへんです。山のお天気も大事ですが、もっと気をつけないといけないのは毒キノコ。いかにも毒々しい色ならわかりますが、普通に椎茸のような色の毒キノコもあるのでご注意を。厚生労働省の統計では毎年数百人が中毒事故を起こしています。死に至る例は少ないですが、最近では今年の9月、三重県の男性がニセクロハツというキノコを鍋の具材にして亡くなっています。

奥山に淋しく立てるくれなゐの木の子は人の命とるとふ
  ~正岡子規 『竹乃里歌』

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Photo:猛毒のニセクロハツ。2本分で致死量になるとか。

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