令和8年6月11日(木) 【旧 4月26日 大安】 芒種・螳螂生
沢水に空なる星のうつるかと見ゆるは夜半の蛍なりけり
~藤原良経(1001-1058)『後拾遺和歌集』
沢の水に空の星が映っているのかと見えるのは夜中に飛び交う蛍であるなあ。
今日は七十二候の第26候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」。二十四節気「芒種」の次候にあたります。腐った草が蒸れ蛍になると昔の人も本気で信じていたわけではありませんが、じめじめとしたこの季節らしい表現ではありますね。

Photo:Oggi.jp
ところで蛍といえば卒業式に歌う「蛍の光」。この元になっている中国の故事成語「蛍雪の功」は東晋(317-420)の時代、貧しくて灯油が買えなかったという二人の人物の逸話から生まれました。一人は車胤《しゃいん》。夏の夜は蛍を絹の袋に集めてその光の中で本を読み、後に吏部尚書(人事の最高責任者)に出世した人物。もう一人は孫康《そんこう》冬の夜には雪の照り返す光を利用して寒い窓辺で読書した結果、後に御史大夫(検察長官に相当)まで昇進した人物。この故事は日本でも早くから知られていたことが、奈良時代に編纂された漢詩集『懐風藻』でも確認できます。
述懐
少無蛍雪志
長無錦綺工
適逢文酒會
終恧不才風
~多治比広成(661-739)『懐風藻』
【訓読】
少《わか》くして蛍雪《けいせつ》の志なく、
【通釈】
若い頃は「蛍雪の功」の志を持たず、
長じても文才や技芸の才能もなかった。
たまたま文学と酒の会にめぐりあったが、
結局、才のない自分が風流を気取っていることが恥ずかしい。
ほんとうに才のない人がこんな漢詩を詠めるはずはありません。多治比広成(661-739)は第8次遣唐使として唐にわたり最終的に従三位中納言に昇りつめています。
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沢水に空なる星のうつるかと見ゆるは夜半の蛍なりけり
~藤原良経(1001-1058)『後拾遺和歌集』
沢の水に空の星が映っているのかと見えるのは夜中に飛び交う蛍であるなあ。
今日は七十二候の第26候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」。二十四節気「芒種」の次候にあたります。腐った草が蒸れ蛍になると昔の人も本気で信じていたわけではありませんが、じめじめとしたこの季節らしい表現ではありますね。

Photo:Oggi.jp
ところで蛍といえば卒業式に歌う「蛍の光」。この元になっている中国の故事成語「蛍雪の功」は東晋(317-420)の時代、貧しくて灯油が買えなかったという二人の人物の逸話から生まれました。一人は車胤《しゃいん》。夏の夜は蛍を絹の袋に集めてその光の中で本を読み、後に吏部尚書(人事の最高責任者)に出世した人物。もう一人は孫康《そんこう》冬の夜には雪の照り返す光を利用して寒い窓辺で読書した結果、後に御史大夫(検察長官に相当)まで昇進した人物。この故事は日本でも早くから知られていたことが、奈良時代に編纂された漢詩集『懐風藻』でも確認できます。
述懐
少無蛍雪志
長無錦綺工
適逢文酒會
終恧不才風
~多治比広成(661-739)『懐風藻』
【訓読】
少《わか》くして蛍雪《けいせつ》の志なく、
長《た》けて錦綺《きんき》の工《たくみ》なし。
たまたま文酒《ぶんしゅ》の会《つどい》に逢いて、
ついに不才《ふさい》の風《ふう》を恧《は》づ。
【通釈】
若い頃は「蛍雪の功」の志を持たず、
長じても文才や技芸の才能もなかった。
たまたま文学と酒の会にめぐりあったが、
結局、才のない自分が風流を気取っていることが恥ずかしい。
ほんとうに才のない人がこんな漢詩を詠めるはずはありません。多治比広成(661-739)は第8次遣唐使として唐にわたり最終的に従三位中納言に昇りつめています。
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