万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

#5038 家いへの門に誇らしく朝顔の花を咲かする小さき街行く

令和8年7月14日(火) 【旧 6月1日 赤口】 小暑・蓮始開

家いへの門に誇らしく朝顔の花を咲かする小さき街行く
  ~上皇后美智子『ゆふすげ』

 アサガオは菊と並んで日本の園芸植物の代表格ですね。江戸時代には競って品種改良が行われ、これほど多種多様に変化してきたという意味では世界でもまれに見る植物といっても過言ではありません。

260714_家いへの門に誇らしく朝顔の
Photo:アサガオ ~暦生活

 アサガオが日本に渡ってきたのは奈良時代末期。遣唐使が薬として種を持ち帰ったのが始まりとされていますので、それ以前に『万葉集』に詠まれていた「朝顔」は今のアサガオではないようです。今のアサガオは日没後10時間後に開花すると言われますが、開花には必ず夜の闇が必要なので街灯の下など終夜明るいところでは咲きません。その上30℃を超える高温の夜であれば朝になっても咲かないそうです。入谷の「朝顔まつり」がまだ真夏日になる前、7月の初旬に行われるのもそのためでしょうか。

七月七日入谷の朝顔とどきたる
  ~細見綾子(1907-1997)

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#5035 わがやどの梢の夏になるときは生駒の山ぞ見えずなりぬる

令和8年7月11日(土) 【旧 5月27日 先勝】 小暑・温風至

わがやどの梢の夏になるときは生駒の山ぞ見えずなりぬる
  ~能因法師(988-1050)『後拾遺和歌集』 巻3-0167 夏歌

我が家の庭の梢が夏になって生い茂ると生駒山が見えなくなってしまうほどだよ。

 日本の雨期とも言える梅雨の季節は人間にとっては時として災害をもたらす迷惑な時期ではあるのですが、夏の草木が豊かな緑に茂るのには必要なのかもしれません。

260711_わがやどの梢の夏になるときは
Photo:能因法師 ~高槻市立図書館

 平安中期の僧侶で歌人でもある能因の旧居「正林庵」があったのは摂津国(高槻市古曽部町)。現在は曹洞宗系の座禅道場「少林窟道場」があります。当時は高い建物もなく、能因の庭越し約10キロメートルほど南に生駒山が見えたことでしょう。生駒山は今でも大阪と奈良の県境に美しくそびえる山として親しまれています。能因が亡くなる前年の1049(永承4)年、後冷泉院が開催した歌合において詠んだ歌は「小倉百人一首」の69番にも採られていますが、これもまた生駒を流れる龍田川を題材にしています。能因法師にとっては愛着のある歌枕だったようです。

嵐吹くみむろの山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり
  ~同 『後拾遺和歌集』 巻5-0366 秋歌下

嵐が吹き荒れる三室の山の紅葉は、龍田川の水面を流れ、まるで川面を飾る錦のようでありました。

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#5031 彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に 霧の立てるは

令和8年7月7日(火) 【旧 5月23日 先負】 小暑・温風至

序破急に小暑の不快指数かな
  ~鈴木しげを(1942-)

 今日は二十四節気11番目の「小暑」です。期間としては次の「大暑」までの15日間。例年であればだいたいこの時期に梅雨が終わるはず。『暦便覧』には「大暑来れる前なればなり」と記されていますが、既にここから本格的な夏が始まると考えたほうがよさそうです。

260707_彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし
Photo:Discover Japan

 そして7月7日は「七夕」。本当は旧暦七月七日の行事なので俳句では初秋の季語とされています。昔から秋の風物詩として「七夕」に関する和歌はたくさん詠み続けられてきました。男女が一年に一度しか会えないという切ない恋の物語は時代を越えて共感されています。ちなみに『万葉集』だけでも130首以上の七夕の歌が詠まれています。

彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは
  ~山上憶良(660-733)『万葉集』 巻8-1527 雑歌

彦星が妻を迎えに舟を漕ぎだしたようだ。天の川原に霧が立っているのは。

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#5012 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり

令和8年6月18日(木) 【旧 5月4日 友引】 芒種・梅子黄

ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり
  ~斎藤茂吉(1882-1953)『白桃』

 桃の原産地は黄河上流の高山地帯とされていますが、今では桃は日本の夏を代表する果物の一つとなっています。縄文時代の遺跡から桃の種が見つかっていますし、『古事記』にも桃が登場するので、古くから食用にされていたことが分かっています。

260618_しろがねの水蜜桃や水の中
Photo:岡山県産桃里庵の白桃 ~ぐるすぐり

 しかし、今私たちが食用にしている桃は古代のものとは違い、明治時代初期に中国から渡ってきたものです。それが日本で品種改良が重ねられ、より甘く柔らかな果肉となった白桃。他に「水蜜桃」という呼び方もありますがこれは主に白桃全般を指す言葉で、特に違う品種を指す言葉ではありません。まず6月の下旬くらいから品種によって9月頃まで旬を迎えるのが白桃ですが、黄肉種の黄桃は8月頃から出回り、10月くらいまでが旬。ちなみに俳句では「桃の実」は初秋の季語とされています。

しろがねの水蜜桃や水の中
  ~日野草城(1901-1956)

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#4999 あしひきの山にも野にもみ狩人猟矢手挟み騒きたり見ゆ

令和8年6月5日(金) 【旧 4月20日 大安】 小満・麦秋至

狩人の鐵砲見ゆる薄かな
  ~正岡子規(1867-1902)

 ドイツ・ロマン派の作曲家で指揮者、ピアニストでもあるカール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)が亡くなったのは1826年6月5日。今日は没後200年に当たります。初めて指揮棒を用い、オーケストラの楽器配置を現在に近い形に整えた人物としても知られています。

260605_狩人の鐵砲見ゆる薄かな
Photo:ドレスデン劇場広場にあるウェーバーの銅像

 多くの作品から彼の代表作を一つだけ挙げれば、やはり歌劇『魔弾の射手』でしょうか。「序曲」の中で演奏されるホルンの和音が奏でるメロディは、佐々木信綱が明治43年に日本語の歌詞を付けて「秋の夜半」という中学唱歌となっています。また劇中の「狩人の合唱」もよく知られています。とは言え、私がオペラを全編通して鑑賞できたのは昨年11月に放送されたNHKBSのプレミアムシアターでした。悪魔と取引した狩人のお話ですが最後はハッピーエンド。ということで、ウェーバー没後200年の今日は『万葉集』から狩人を詠んだ山部赤人の歌を探してきました。

あしひきの山にも野にもみ狩人猟矢手挟み騒きたり見ゆ
  ~山部赤人(700-736)『万葉集』 巻6-0927

山にも野にも天皇の狩に従う人たちが、獲物をねらう矢を携えて盛んに行き交っているのが見えるよ。


Youtube:歌劇『魔弾の射手』第三幕より「狩人の合唱」

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