万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

#4766 霜曇り為とにかあるらむひさかたの夜渡る月の見えなく思へば

令和7年10月23日(木) 【旧 9月3日 大安】 霜降・霜始降(しもはじめてふる)

霜降やさりげなく来て去るあきつ
  ~阿部ひろし(1919-)

 ※「あきつ」はトンボのことです。

251023_霜降やさりげなく来て去るあきつ
Photo:五行舘山川鍼灸療院

 今日は二十四節気の第18、「霜降」。『暦便覧』に「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」とあるように、朝露も冷気によって霜になってくる頃です。期間としては次の「立冬」の前日までの半月間。その初候5日間は七十二候の第52候「霜始降(しもはじめてふる)」。この時期になって、やっと秋らしい気温に落ち着いてきました。季節の移り変わりは遅いのにもかかわらず、インフルエンザの流行は今年も例年より早くなっているようです。急に冷え込んできましたので朝夕は特にご注意を。

霜曇り為《す》とにかあるらむひさかたの夜渡る月の見えなく思へば
  ~作者未詳 『万葉集』 巻7-1083 雑歌

霜曇りをするとでもいうのだろうか。夜空を渡る月が見えないことを思えば。

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#4761 我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまとなでしこ

令和7年10月18日(土) 【旧 8月27日 仏滅】 寒露・蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

きりぎりす雨に打たるる松があり
  ~岸本尚毅(1961-)『鶏頭』

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Photo:キリギリス ~生物モラトリアム

 今日は七十二候の第51候『蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)』。二十四節気「寒露」の末候に当たります。キリギリスがなく頃と言いたいところですが「蟋蟀」という漢字はキリギリスではなく、今ではコオロギと訓みます。しかし万葉の昔からこれをキリギリスと訓んでいたようで、どうやらコオロギのこと、あるいは秋に鳴く虫全般を指していたと考えられています。いずれにしても虫の声が聞こえ始めるともう秋も半ばを過ぎて季節は冬に向かいます。

我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまとなでしこ
  ~素性法師(平安前期~中期)『古今和歌集』 巻4-0244 秋歌上

私だけが美しいと思うのだろうか。コオロギが鳴く夕日に照らされて咲いているやまとなでしこを。

 ※ヤマトナデシコはナデシコ科の植物カワラナデシコの別名です。

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#4760 世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

令和7年10月17日(金) 【旧 8月26日 先負】 寒露・菊花開(きくのはなひらく)

 今日、10月17日は国際連合が定めた「貧困撲滅のための国際デー」。1992年の国連総会で制定されたものです。この世界における戦争や暴力、窃盗や殺人などの犯罪の多くは貧困と貧富や教育の格差が直接・間接的に原因となっていることは間違いなさそうです。これは必ずしも現代の病巣ではなく、古代から延々と解決できずにいる人類の課題かも知れません。『万葉集』には山上憶良が残した「貧窮問答歌」が残されています。

251017_世間を憂しとやさしと思へども
Photo:お宝エイド

貧窮問答の歌一首(巻5-0892)、また短歌(5-0893)

[ 役人の問いかけ ]
風雑じり 雨降る夜の 雨雑じり 雪降る夜は
術もなく 寒くしあれば 堅塩を 取りつづしろひ
糟湯酒 うち啜《すず》ろひて 咳《しは》ぶかひ 鼻びしびしに
しかとあらぬ 髭かきなでて 我除《お》きて 人はあらじと
誇ろへど 寒くしあれば 麻襖 引きかがふり
布肩衣 有りのことごと きそへども 寒き夜すらを
我よりも 貧しき人の 父母は 飢え寒《こご》ゆらむ
妻子《めこ》どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ
このときは 如何にしつつか 汝が世は渡る


風まじりに雨が降り 雨まじりに、雪も降る夜は
すべもなく寒いから、堅塩を少しずつなめては
糟湯酒をすすり、咳をしては、鼻水をすすり上げる。
たいして生えてもいない髭を撫でて、自分より優れた奴はおるまいと
自惚れていても、寒い時は 麻の夜具をひっかぶり
麻布の半袖をありったけ 重ね着をしてもなお寒いような夜には
私よりもっと貧しい人の 親は飢えてこごえ、
その妻子は力のない声で泣くことになろうが
こういう時にはどうやっておまえは生きていくのか。


[ 貧者の答え ]
天地《あめつち》は 広しといへど 吾が為は 狭《さ》くやなりぬる
日月は 明しといへど 吾が為は 照りや給はむ
人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とはあるを
人並に 吾も作るを 綿も無き 布肩衣の
海松《みる》の如 わわけさがれる かかふのみ 肩にうち懸け
伏廬《ふせいお》の 曲廬の内に 直土《ひたつち》に 藁解き敷きて
父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に
囲み居て 憂え吟《さまよ》ひ 竃には 火気《ほけ》ふき立てず
甑《こしき》には 蜘蛛の巣懸きて 飯炊《かし》く 事も忘れて
ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を
端きると 云えるが如く 楚《しもと》取る 里長《さとおさ》が声は
寝屋戸《ねやど》まで 来立ち呼ばひぬ
斯くばかり 術無きものか 世間《よのなか》の道


この世は広いといいますが、私にとっては狭くなったものです。
太陽や月が明るく照り輝いても私には照ってはくれないのでしょうか。
他の人にもか、それとも私だけなのか。たまたま人間として生まれ、
人並みに働いているのに 綿も入っていない麻の袖なしの
しかも海藻のように破れて垂れ下がるぼろを肩にかけて
低くつぶれかけた家、曲がり傾いた家には地べたに藁を解き敷いて
父母は枕の方に、妻子は足の方に、
自分を囲むようにして悲しんだりうめいたり。かまどには火の気もなく、
甑には蜘蛛の巣がはって飯を炊くことも忘れ、
かぼそい力のない声でせがんでいるのに、「短いものの
端を切る」ということわざのように鞭を持った里長の呼ぶ声が、
寝床にまで聞こえてくる。
これほどどうしようも無いものなのでしょうか、世の中を生きてゆくということは。

[ 反歌(短歌) ] 巻5-0893
世間《よのなか》を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

世の中を辛いとか生きているのも恥ずかしいとか思うけれど、ここから飛び出すことはできないよ、鳥じゃあるまいし。

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#4754 望遠鏡ごしのウインク恋人がアンドロメダに浮気している

令和7年10月11日(土) 【旧 8月20日 先負】 寒露・鴻雁来(こうがんきたる)

望遠鏡ごしのウインク恋人がアンドロメダに浮気している
  ~麻倉遥

 10月10日の「目の愛護デー」はよく知られています。数字の10・10を左右の眉と目に見立てたのが由来ですが、今日10月11日は10・11ということで片目を瞑った「ウインクの日(オクトーバーウインク)」だそうです。この日の朝、起きてすぐに好きな人の名前の数だけウィンクすると、その人に想いが届くというおまじないが女子中学生の間で流行ったのが始まりで、特に日本記念日協会に登録されているわけではありません。

251011_くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
Photo:ヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)~NHK連続テレビ小説『ばけばけ』

 現在放送中のNHKの朝ドラ『ばけばけ』はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の妻が主人公となっていますが、その小泉八雲は16歳のときに弾けた遊具が左目に当たって失明。ウインクどころか、それ以来片目での生活を余儀なくされています。彼が顔の左側を写した写真を撮らせなかったのはそのせいですね。ところでハーンが日本国籍を取得して改名した「八雲」は出雲にかかる枕詞「八雲立つ」から名付けられたもので、妻の祖父稲垣万右衛門が名付けたそうです。ドラマでは小日向文世が演じる松野勘右衛門に当たる人でしょうか。

くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
  ~高浜虚子(1874-1959)

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#4745 誰があきにあらぬものゆゑ女郎花なぞ色にいでてまだき移ろふ

令和7年10月2日(木) 【旧 8月11日 赤口】 秋分・蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)

虫つどふ金の王宮女郎花
  ~堀口星眠(1923-2015)

 小さな黄色い花を無数に咲かせる女郎花《オミナエシ》。同じ多年草のオミナエシ属で白い花の男郎花《オトコエシ》に似ているものの、男郎花よりは少しやさしい感じがします。植物の世界でもLGBTへの理解が進んでいるのでしょうか、まれにオトコエシとの間にオトコオミナエシという雑種が生まれることもあるそうです。


 秋の七草の一つとされていますが、開花にはかなり早晩の差があり、早いものでは6月頃から咲き始めています。原産地はシベリアから東アジア。「美人」のほかに「はかない恋」という花言葉もあって、次の和歌では「秋」と「飽き」を掛けています。

誰があきにあらぬものゆゑ女郎花なぞ色にいでてまだき移ろふ
  ~紀貫之(872-945)『古今和歌集』 巻4-0232 秋歌上

だれの秋というのではなく、すべてのものの秋であるのに、女郎花よ、何故に表に現わして早くも移ろうのであるか。

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