万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌・俳句まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

遣新羅使

#4329 今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ

令和6年8月12日(月) 【旧 七月九日 先負】・立秋 「寒蟬鳴」(ひぐらしなく)

今よりは秋づきぬらしあしひきの山松蔭にひぐらし鳴きぬ
  ~作者未詳(遣新羅使) 『万葉集』 巻15-3655 贈答歌

これからは秋らしくなるようだ。あしひきの山の松陰にひぐらしが鳴いているよ。

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Photo:ヒグラシ ~tenki.jp

 七十二候の第38候は「寒蟬鳴(ひぐらしなく)」。二十四節気「立秋」の次候にあたります。今年は各地でカメムシが大量発生して農作物にも被害が懸念されているというニュースが有りましたが、セミもカメムシ目セミ科に分類されています。真夏にうるさくなくクマゼミやアブラゼミなどと違ってヒグラシは秋のイメージがあり、俳句の季語としてももちろん秋なのですが、実は他のセミに先駆けて6月下旬に発生し始めて他のセミがいなくなる9月頃まで鳴き声が聞こるのです。とはいえ一つの個体の寿命は3週間から1ヶ月程度で、やはりそんなに長くはありません。

きようはきようのひぐらし鳴きおわり
  ~荻原井泉水《おぎわらせいせんすい》(1884-1976)

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#4035 秋されば置く露霜にあへずして都の山は色づきぬらむ

令和5年10月24日(火) 【旧 九月一〇日 赤口】・霜降・霜始降(しもはじめてふる)

秋されば置く露霜にあへずして都の山は色づきぬらむ
  ~遣新羅使 『万葉集』 巻15-3699

秋になると露霜が置き、それに耐えかねて都の山は紅葉していることだろう。

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Photo:霜衣 ~photoAC(akantaさん)

 この歌は遣新羅使の一行の船が対馬に到着したものの、順風が吹かなかったため5日間も足止めされた時に詠んだと詞書にあります。今日は二十四節気の第18「霜降」。「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と『暦便覧』にあります。期間としては次の「立冬」の前日までの半月間。その初候5日間は七十二候の第52候「霜始降(しもはじめてふる)」。意味は同じですね。この歌を詠んだ遣新羅使は対馬の山の紅葉を見て家のある奈良の都が恋しくなったのでしょう。北国や山間部ではそろそろ紅葉が進んでくる頃です。

から松のおとす葉もなく霜を置く
  ~内藤鳴雪(1847-1926)

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#3841 旅にても喪なく早来と我妹子が結びし紐はなれにけるかも

令和5年4月13日(木) 【旧 閏二月二三日 赤口】・清明・鴻雁北(こうがんかえる)

旅にても喪なく早来と我妹子が結びし紐はなれにけるかも
  ~作者未詳(遣新羅使)『万葉集』 巻15-3717

旅に出ても、何事もなく早く帰ってねと妻が結んでくれた着物の紐もすっかりしおれてしまったよ。

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Photo:陸自第8師団の多用途へり「UH60JA」 ~毎日新聞

 4月6日の陸上自衛隊のヘリコプター墜落事故から今日で一週間。機体の一部やヘルメットのような小さな物まで発見されているのに未だに10名の乗員が1人も発見されていません。いざ災害や他国からの主権侵犯などの有事には命を賭して働いてくれる自衛官の方々が平時の活動時に命を落とされたとなると、誠に無念なことでしょう。そういえば明日はあのタイタニック号の沈没事故があった日(1912年4月14日)。「SOSの日」とも言われていますが、航空機の墜落事故にSOSはほぼ無力です。何よりも乗員の発見と今回の事故について原因が究明されて同じような事故が二度とないように祈るばかりです。もう一首、『万葉集』から航海中に亡くなった遣新羅使に対する挽歌です。

はしけやし妻も子どもも高々に待つらむ君や山隠れぬる
  ~葛井連子老《ふじいむらじこおゆ》『万葉集』 巻15-3692 挽歌

あわれなことに、妻も子供も今帰るかと首を長くして帰りを待っていたであろう君が山に葬られてしまったとは。

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#3585 住吉に斎く祝が神言と……他一首

令和4年7月31日(日) 【旧 七月三日 先負】・大暑・土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

住吉《すみのえ》に斎《いつ》く祝《はふり》が神言《かむこと》と行くとも来《く》とも船は早けむ
  ~多治比真人土作《たじひのまひとはにし》 『万葉集』 巻19-4243

住吉大社の神職のお告げのように、行きも帰りも船は安全に速く進むことでしょう。

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Photo:住吉祭宵宮の夜景(2018年)~Digital Life Innovator

 愛染祭で幕を明けた大阪の夏祭りは天神祭を経て、住吉祭が最後を飾ります。昨日が宵宮祭、今日は例大祭、そして明日は夏越祓神事。残念ながらコロナの影響で今年も神事を中心に、他の行事は規模を縮小して執り行われます。住吉大社は鎮座して1800年。この地の住吉津《すみのえのつ》がシルクロードの日本の玄関口で、陸路まっすぐ東に向かうと奈良盆地の明日香に通じます。もちろん、遣隋使船や遣唐使船もここを発着港としており、この歌にみえるように、出港の前には必ず住吉大社で航海の無事を祈っていました。船はこの後、難波津を経由し、海の廊下、瀬戸内海を抜けて大陸へ向かうのです。「住吉」は奈良時代まで「すみよし」ではなく「すみのえ」と訓んでいましたが、平安期の歌では今のように「すみよし」と訓んだようです。

住みよしとあまは告ぐとも長居すな人忘れ草おふといふなり
  ~壬生忠岑 『古今和歌集』  巻17-0917雑歌

この住吉は住みよいところだと海女は言うが、長居してはいけない。大切な人を忘れるという忘れ草が生い茂っていると言うぞ。

 ちなみにセレッソ大阪の本拠地、長居球技場のある東住吉区長居も住吉区のお隣。この和歌にはその地名も詠み込まれています。

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#3285 栲衾新羅へいます君が目を……他一首

令和3年10月4日(月) 【旧 八月二十八日 大安】・秋分・水始涸(みずはじめてかるる)

熟田津《にきたづ》に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな
  ~額田王 『万葉集』 巻1-0008 雑歌

熟田津で出航しようと月の出を待っていたら、いよいよ潮が満ちてきた。今こそ漕ぎ出そうぞ。

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Photo:復元された遣新羅使船 ~北國新聞 DIGITALより

 日本が唐・新羅の連合軍と戦った「白村江の戦い」は663年10月4日、5日(天智天皇2年8月27、28日)の二日間にわたって行われました。まだ倭国と呼ばれていた日本は、復興を目指す百済の遺民勢力を援助するため800余艘の船に42,000の兵を乗せて出兵しましたが、大敗を喫し、兵舶400艘と1万人の兵員を失いました。斉明天皇の率いる百済救援軍は難波を出港。船団が伊予の熟田津に停泊したのですが、ここで徴兵に手間取ったため長期の滞在となってしまいました。軍団もやっと整ったということを「潮もかなひぬ」という隠喩をもって表現したものと思われます。

栲衾《たくぶすま》新羅へいます君が目を今日か明日かと斎《いは》ひて待たむ
  ~作者未詳 『万葉集』 巻15-3587 贈答歌

新羅へ旅立たれるあなたにお目にかかるのを、今日か明日かと神を祀ってお待ちしています。

  「栲衾」はコウゾなどの繊維から作った白い夜具で、新羅の「しら」にかかる枕詞。こちらは白村江の戦いから73年後の736年に派遣された遣新羅使の妻の歌です。戦後の国交回復のため、668年から836年まで28回にわたって使節が派遣されています。

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