万葉歳時記 一日一葉

「万葉集」から1300年の時を超えた現代短歌まで、
昔と今を結ぶ日本人のこころの歌を歳時記にしました。

#4192 毬藻のやうに描くを見れば子らが見てわれには見えぬ雲にあくがる

令和6年3月29日(金) 【旧 二月二〇日 先負】・春分 桜始開(さくらはじめてさく)

凉しさの累々としてまり藻あり
  ~佐藤春夫(1892-1964)『文人俳句歳時記』

 小説家・詩人の佐藤春夫が北海道の阿寒湖に旅して詠んだ俳句です。

240329_凉しさの累々としてまり藻あり
Photo:マリモ展示観察センター(釧路市)のマリモ ~北海道スタイル

 阿寒湖のマリモは昔から盗採、密売の被害に晒されてきました。更には水力発電の放水で水位が低下し、絶滅の危機に瀕してきた歴史があります。そんな危機からマリモを守ろうと、昭和25(1950)年から毎年10月上旬に行われるようになったのが「マリモ祭り」です。アイヌがカムイノミの儀式を行い、マリモを通して大自然の神々に祈りを捧げます。マリモが国の天然記念物に指定されたのは「マリモ祭り」が始まって2年後、昭和27年3月29日のこと。今日は「マリモの日」とされています。

毬藻のやうに描くを見れば子らが見てわれには見えぬ雲にあくがる
  ~大西民子(1924-1994)『野分の章』

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#4181 鴨山の磐根し枕ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ

令和6年3月18日(月) 【旧 二月九日 仏滅】・啓蟄 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

鴨山の磐根し枕《ま》ける我をかも知らにと妹が待ちつつあるらむ
  ~柿本人麻呂 『万葉集』 巻2-0223 挽歌

鴨山の岩を枕にして死んでゆく私のことを知らずに、妻は私の帰りをずっと待っているのだろうか。

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Photo:左から柿本人麻呂小野小町和泉式部

 今日、3月18日は「精霊《しょうりょう》の日」。柿本人麻呂、和泉式部、小野小町の3人の命日がこの日であると伝えられていますが、実はみんな生没年不詳。人麻呂は飛鳥から奈良時代。和泉式部と小野小町は平安時代の人で、共通するのは華やかな宮廷歌人から一転して哀れをさそう晩年を経て、おそらくは無念の死を遂げたのではないかという伝説があること。昨日は彼岸の入りでしたが、そんなこととも重なって「精霊の日」と言われたのでしょうか。

はかなくて雲となりぬるものならば霞まむ空をあはれとは見よ
  ~小野小町 『続後撰和歌集』 巻18-1228 雑歌下

我が身が空しく雲となってしまったならば、霞むであろう空を哀れとおもって眺めて下さい。

身をわけて涙の川のながるればこなたかなたの岸とこそなれ
  ~和泉式部 『和泉式部集(続集)』

身を裂くように涙の川がこんなに激しく流れれば、我が身は此岸と彼岸の二つの岸に別れてしまいます。

 ちなみに和泉式部は紫式部と同時期に中宮彰子に仕えていましたが、現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』には今のところキャスティングされていないので、ひょっとしたら登場しないのかも。主人公を食うほどの話題性がある女性だからかもしれません。

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#4146 核実験なしたる国へと続きいて魚鱗の雲の白く広がる

令和6年3月1日(金) 【旧 一月二一日 先負】・雨水 草木萠動(そうもくめばえいずる)

核実験なしたる国へと続きいて魚鱗の雲の白く広がる
  ~上牧右田子 『花片の冷え』

 ビキニ環礁はかつて日本委任統治下にあった南洋諸島の島でしたが、敗戦後アメリカ合衆国に割譲され、以降1958年までに水爆の核実験が行われていました。今からちょうど70年前、1954年3月1日にキャッスル作戦と呼ばれる一連の核実験がここで行われました。このとき、焼津港所属のマグロ延縄漁船、第五福竜丸が合衆国が設定した危険水域外のマーシャル諸島近海で操業していたにも関わらず、乗組員23名は目も口も開けられないほどの放射性降下物(いわゆる死の灰)を浴びて船長以下12名が死亡しています。

竜骨の哀しみ錆びて冬にいる
  ~有富光英「福竜丸だより」第153号(1991年1月)

240301_核実験なしたる国へと続きいて
Photo:第五福竜丸展示館(東京都江東区)

 この核実験で生まれた怪物がありましたね。そうゴジラです。 ゴジラ70周年記念作品として制作された ”Godzilla minus one" が今年のアカデミー賞視覚効果賞の候補になっています。『沈黙の艦隊』の荒唐無稽な展開にはあちこちで筋書きにツッコミを入れたくなってしまいましたが、『ゴジラ -1.0』は敗戦直後の人々のドラマがしっかりと描けています。米国版も吹き替えでなく、あえて日本語のまま字幕にしたのもその効果を狙ってのようです。脚本賞の候補になっても良いのではと思うくらいの作品でございました。

神々と獣の狭間で叫びをるゴジラと呼ぶは我らが魂《たま》よ
  ~灰色の猫 『萌え萌え日記』より My短歌
Youtube:Godzilla Minus One Final Trailer(米国版)
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#4134 八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を

令和6年1月31日(水) 【旧 一二月二一日 友引】・大寒 鶏始乳 (にわとりはじめてとやにつく)

除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり
  ~森澄雄(1919-2010)『雪櫟』

240131_八雲立つ出雲八重垣妻籠みに
Photo:みのり -MINORI-

 「除夜」は大晦日ですから、もう1ヶ月前なのになんでこんな句を載せたかというと、今日1月31日は「愛妻の日」だから。1月の1を"I"に見立て、「あい(I)さい(31)」の語呂合わせからというよくあるパターンですが、こんな日があってもいいかもしれません。でも「愛妻」に対して夫に向ける同義語(対義語というべきか?)がないのがちょっと癪に障らなくはないですが。ところで、和歌に詠まれた愛妻の歌を探せば、いの一番に出てくるのがこの歌。何と言ってもスサノオノミコトが残した日本最古の和歌ですからね。

八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を
  ~素盞鳴尊 『古事記』

幾重にも重なる雲が湧くこの出雲の地に、妻を招き入れる宮を造ったが、その雲のように幾重にも重なるくらいの垣を作りたいものだ。

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#4116 夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき

令和6年1月13日(土) 【旧 一二月三日 友引】・小寒 水泉動(しみずあたたかをふくむ)

いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ暮らしわづらふ昨日今日かな
  ~皇后宮定子(977-1001)『千載和歌集』 巻16-0966 雑歌

どうして過ぎ去った日々を過ごしてきたのか、日暮れまで過ごすのに困る昨日今日です。

240113_いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ
Photo:藤原定子(高畑充希) ~2024年NHK大河ドラマ『光る君へ』

 藤原定子は関白藤原道隆の長女にして第66代一条天皇の皇后です。2歳年下の一条天皇に入内したのは15歳の頃。そして17歳の時から亡くなるまで彼女に仕えた女房が清少納言でした。この歌は定子が宮中の暮らしにまだ慣れない頃、その心細さを清少納言に吐露して詠んだ歌でした。これに対して清少納言は定子を慰める返歌を詠んでいます。

雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな
  ~清少納言(964?-?)『千載和歌集』 巻16-0967 雑歌

宮中の暮らしに難儀されている春の日ですが、私は鄙びた実家の場所柄ゆえと思ってぼんやり過ごしておりましたよ。

 NHK大河ドラマ『光る君へ』では高畑充希が定子を、ファーストサマーウイカが清少納言を演じています。藤原定子が亡くなったのは1001年1月13日(長保2年12月16日)。享年わずかに25歳でした。『栄華物語』の中に定子の辞世として伝わっている歌があります。

夜もすがら契りしことを忘れずは恋ひむ涙の色ぞゆかしき
  ~藤原定子『後拾遺和歌集』 巻10-0536 哀傷歌

 一晩中契りを交わしたことを忘れずにいてくれたなら、私を恋して流す涙の色に心引かれることでしょう。

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