下流社会 新たな階層集団の出現


404 BLOG NOT FOUNDさんにも紹介されていて、また三菱証券の北野さんも詳細なレポートを出しており、私も読んだ後に、大いに心を動かされた本である。非常に読みやすい本で読み出したらすらすら読めると思う。私のBLOGを読む暇があったらその前にぜひこの本を読んでもらいたいと思う。山田昌弘氏の「パラサイト社会のゆくえ」「希望格差社会」など最近の所得格差問題、階層化問題などについて、社会学者とは違うマーケティングの視点で、アンケート調査や聞き取りを中心に自説を展開している。
私は大学で土曜日に教員をしており、多くの学生と接してきたし、最近では当社の面接を通じて多くの若者と話をする機会が多い。その中でいつも感じていたことが本書では赤裸々にえがかれていたので、非常に興味深かった。私が感じていた、そして見ている風景がありありと克明に描かれていて、違和感がまったくなかった。

その中で面白いのが「自分らしさ」に対する本書の分析である。というのは、団塊ジュニア世代の男性で「生活の中で大事にしていること」として、「個性・自分らしさ」を挙げた者は、階層意識が「上」では25.0%であるのに対して、「下」では41.7%もいたという。団塊ジュニアの女性にも同じ傾向が認められる。本書は、こうした「自分らしさ」や「自己実現」を求める者は、仕事においても自分らしく働こうとしすぎる結果(好きなことだけしたい、嫌いなことはしたくない)、高収入を得ることが出来ず、結果的に生活水準の低下を余儀なくされていると推測している。はじめにに書いてあるのだが、
「下流とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きているものも少なくない。その方が楽だからだ」
とある。

「自分らしさ」というキーワードは実は私自身気になっていたのである。というのは、実績もなくさしたる突出したところの見あたらない若者に限り、自分らしさに対するこだわりが強いと言うことに驚きに近い感覚を覚えていたからである。その根拠のない自信はどこから来ているのだろうか、というのは私にとっては非常になぞだったのである。

そのヒントとして、以下のようなことが述べられていた。教育社会学者の苅谷剛彦東京大学大学院教授の調査によると、1979年には自己能力感(自分は人よりすぐれたところがあるとの感覚)のある高校生ほど、より高い学歴を求めたが、1997年になると、自己能力感がある生徒ほど、高い学歴を求めないようになったという。さらに、「将来のことを考えるよりも今の生活を楽しみたい」という「現在志向」的な価値観が強い生徒ほど自己有能感が強い。同時に「あくせく勉強してよい学校やよい会社に入っても将来の生活に大した違いがない」という「成功物語否定的な」価値観の生徒ほど自己能力感が強いらしい。

ただ本書の著者もこの「自分らしさ」の起源についてはあまり明確ではない。ゆとり教育や個性教育の影響かもしれないが、著者は教育論の専門ではないので、日本の教育が与えた影響というのには触れていない。というかわかっていても、日本の公教育について触れるとその担い手の組織の問題に触れざるを得ず、それがあまりにもタッチーな問題なのであまり触れていないのかもしれない。

さらに重要なのは、本書は実はビジネスパーソンにこそ読んでもらいたい内容だ。ビジネスのネタや投資のネタに満ちている。トヨタがクラウンからレクサスへの戦略にどうして変更をしたのか・・・・。この分析の部分だけでも現実の世界でビジネスをしたいと思っている人たちにとっては、時間と本代というコストをかけてありあまるリターンがあると思う。