rhidetoのblog

数学に現れる定義,定理,証明を理解するために,これまでいろいろと考えてきたことを主に書いていこうと思います。「数学を絵で理解しよう」

Q&Aコーナー Q7. 問 2.3.24の解答

第2章(特に2.3節)ではページ数が足りなくなったために,説明を問に替えて,最低限,全体の流れが分かるようにしておきました。その説明を追加するために,そのような問に解答を与えておきます。
今回はその最終のもので,問 2.3.24の解答です.

問 2.3.24.  $A$を多元環,$M$を有限次元右$A$-加群とするとき,以下を示せ.
(1) $f \in \mathrm{End}_A(M)$ならば,ある$n \ge 1$によって $M = \mathrm{Ker}\ f^n \oplus \Im\ f^n$となる (Fitting's Lemma).
(2) $M$ が直既約ならば,$f \in \mathrm{End}_A(M)$ は同型か冪零(すなわち$f^n =0$となる$n \ge 1$が存在する)となる.
(3) $M$が直既約ならば,$\mathrm{End}_A(M)$は局所多元環である.

解答例.

(1) まず,任意の $\mathbb{N} \ni n \ge 1$ に対して,$\Im\ f^n = f^n(M)$, $\mathrm{Ker}\ f^n = f^{-n}(0)$ となることに注意しておく.$M \ge f(M)$ より任意の $\mathbb{N} \ni i \ge 1$ に対して,$f^{i}(M) \ge f^{i+1}(M)$ が成り立つ.すなわち,減少列
    $M \ge f(M) \ge f^2(M) \ge \cdots$
が存在する.$M$ は有限次元なので,ある $\mathbb{N} \ni m \ge 1$ において
    $f^m(M) = f^{m+1}(M) = f^{m+2}(M) = \cdots$
が成り立つ.特に,$f^m(M) = f^{2m}(M)$ が成り立っている.

 他方,$0 \le f\inv (0)$ より任意の $\mathbb{N} \ni i \ge 1$ に対して,$f^{-i}(0) \le f^{-(i+1)}(0)$ が成り立つ.すなわち,増大列
(*)    $0 \le f^{-1}(0) \le f^{-2}(0) \le \cdots$
が存在する.$M$ は有限次元なので,ある $\mathbb{N} \ni n \ge 1$ において
    $f^{-n}(0) = f^{-(n+1)}(0) = f^{-(n+2)}(0) = \cdots$
が成り立つ.特に,$f^{-n}(0) = f^{-2n}(0)$ が成り立っている.$\max\{n, m\}$ を改めて $n$ とおくと,
$f^n(M) = f^{2n}(M)$ と $f^{-n}(0) = f^{-2n}(0)$ の両方が成り立っている.

 この $n$ について $M = \mathrm{Ker}\ f^n \oplus \Im\ f^n$ が成り立つことを示す.
まず,$M = \mathrm{Ker}\ f^n + \Im\ f^n$ を確かめる.右辺の2項ともに $M$ の部分加群であるから,(左辺) $\ge$ (右辺).逆を示すために,$x \in M$ を任意にとる.$f^n(x) \in f^n(M) = f^{2n}(M)$ であるから,
$f^n(x) = f^{2n}(y) = f^n(f^n(y))$ となる $y \in M$ が存在する.このとき,$f^n(x - f^n(y)) = 0$ であるから,$x - f^n(y) \in \mathrm{Ker}\ f^n$ となり,$x \in \mathrm{Ker}\ f^n + f^n(y) \le \mathrm{Ker}\ f^n + \Im\ f^n$.以上より,(左辺) $\le$ (右辺) も示された.最後に,この和が直和であること,すなわち
$\mathrm{Ker}\ f^n \cap \Im\ f^n = 0$ を確かめる.任意の左辺の元 $x$ に対して,$x \in \Im\ f^n$ より $x = f^n(y)$ となる$y \in M$ が存在する.$x \in \mathrm{Ker}\ f^n$ より $f^n(x) = 0$.したがって,$f^{2n}(y) = 0$.  ところが,$y \in \mathrm{Ker}\ f^{2n} = \mathrm{Ker}\ f^{n}$であるから $0 = f^n(y) = x$.
以上より,$M = \mathrm{Ker}\ f^n \oplus \Im\ f^n$.

(2) $M$ を直既約とすると,上の $n \ge 1$ に対して,$M = \mathrm{Ker}\ f^n \oplus \Im\ f^n$ が成り立つから,$\mathrm{Ker}\ f^n = 0$ または $\Im\ f^n = 0$ となる.
前者の場合,増大列 (*) より $\mathrm{Ker}\ f = 0$ となり $f$ は単射.このとき,$\dim \mathrm{Ker}\ f + \dim \Im\ f = \dim M$ より $\dim \Im\ f = \dim M$ であるから $\Im\ f = M$ となって $f$ は全射でもある.したがって,$f$ は同型である.後者の場合,$f^n = 0$ すなわち $f$ は冪零である.

(3) 一般に,任意の $f \in \mathrm{End}_A(M)$ に対して,
$f$ が単元ということと,$f$ が同型であることとは同値であることに注意しておく.さて,$M$ を直既約とし,$f, g \in \mathrm{End}_A(M)$ を非単元とする.このとき,$f+g$ も非単元であることを示せばよい.背理法で示すために,$f+g$ が単元であると仮定し $h:= (f+g)\inv$ とおく.すると,$fh+gh = 1_M$.
もし $gh$ が単元なら,$g = (gh)(f+g)$ は単元の積として単元となり,矛盾が生じる.したがって,$gh$ は単元ではないので,(2)より冪零となり,$(gh)^n = 0$ となる $n \ge 1$ が存在する.
これより
$(1_M - gh)(1 + gh + (gh)^2 + \cdots + (gh)^{n-1}) = 1_M= (1 + gh + (gh)^2 + \cdots + (gh)^{n-1})(1_M - gh)$
が得られるから,
$fh = 1_M - gh$ は $\mathrm{End}_A(M)$ の単元となる.これより,$f = (fh)(f+g)$ も単元の積として単元となり矛盾が生じる.したがって,$f+g$ は非単元でなければならない.□

注意 1.  上の(2)で用いた論法から次のことが言える.
$A$ を多元環,$M$ を有限次元右$A$-加群とするとき,任意の $f \in \mathrm{End}_A(M)$ に対して,
次が同値になる.($M$ は直既約でなくてもよい.)
(1) $f$ は単型である.
(2) $f$ は全射である.
(3) $f$ は同型である.

実際,$M$ が有限次元であることから$\dim M = \dim \Im\ f + \dim \mathrm{Ker}\ f$ が成り立つ.
これより,$\mathrm{Ker}\ f = 0 \iff M = \Im\ f$ が成り立つ.すなわち,$f$ が単型であることと,$f$ が全型であることとが同値になっている.上の3つの同値は,このことから直ちに従う.

 このことを用いても,上の(3)において$gh$ が単元なら $g$ も単元になることが分かる.すなわち,$gh$ が単元なら,全単射なので,$g$ が全型になる.上の同値から,$g$ は同型,つまり単元となる.

注意 2.  上の(3)において,$\mathrm{End}_A(M)$ が可換なら,2項定理を用いて冪零元と冪零元の和がまた冪零であることが示されるので,上の少々長い証明は不要になるが,$\mathrm{End}_A(M)$ は一般には非可換なので,この論法は使えない.

Q&Aコーナー Q6 問 2.3.23 (3)解答例続き2(圏論的取り扱い)

第2章(特に2.3節)ではページ数が足りなくなったために,説明を問に替えて,最低限,全体の流れが分かるようにしておきました。その説明を追加するために,そのような問に解答を与えておきます。
今回は,問 2.3.23の解答の続き2です.圏論的な証明を書きます.共通部分の下の方をご覧ください.

========= 前回との共通部分 ここから =======

問 2.3.23.  $A$を多元環とし,$0 \ne M \in (\mathrm{Mod} A)_0$とする.
(1) $M_1, M_2 \le M, M = M_1 \oplus M_2$であるとき,
$e_i \colon M \overset{\pi_i}{\to} M_i \hookrightarrow M\ (i = 1,2)$は$\mathrm{End}_A(M)$の冪等元であり,$1_M = e_1 +e_2$となることを示せ.ただし,$\pi_i$は第$i$射影 $m_1+m_2 \mapsto m_i\ (m_1 \in M_1, m_2 \in M_2)$とする.
(2) $e \in \mathrm{End}_A(M)$が冪等元ならば,右$A$-加群として$M = e(M) \oplus (1_M -e)(M)$となることを示せ.
(3) 次が同値であることを示せ.
  (a) $M$は直既約である.
  (b) 多元環$\mathrm{End}_A(M)$の冪等元は0と$1_M$しかない.
 
 この問でも,主張は一般の環 $A$ に対しても成り立つ.
 
 解答例.
(1) 任意の $m = m_1 + m_2 \in M \ (m_1 \in M_1, m_2 \in M_2)$ に対して,
$e_1(e_1(m)) = e_1(m_1) = e_1(m_1 + 0) = m_1 = e_1(m)$.
したがって,$e_1^2 = e_1$ となり,$e_1$ は $\mathrm{End}_A(M)$ の冪等元.$e_2$も同様である.
また,$m = m_1 + m_2 = e_1(m) + e_2(m) = (e_1 + e_2)(m)$ であるから,$1_M = e_1 + e_2$.

(2) $e \in \mathrm{End}_A(M)$ が冪等元とすると,$e^2 = e$.  まず,$M = e(M) + (1_M - e)(M)$ を示す.
右辺が左辺に含まれていることは明らか.逆を示すために $m \in M$ を任意にとる.このとき,
$m = e(m) + (m - e(m)) \in e(M) + (1_M - e)(M)$ であるから,
逆の包含関係も成り立つ.

次に,$e(M) \cap (1_M - e)(M) = 0$ を示す.
左辺の任意の元 $x$ をとると,$x \in e(M)$, $x \in (1_M - e)(M)$
より,ある $m \in M$ と $m' \in M$ によって,
$x = e(m), x = m' - e(m')$ と書けている.
$e^2 = e$ であるから,$e(x) = e^2(m) = e(m) = x$,
$e(x) = e(m') - e^2(m') = e(m') - e(m') = 0$.
この2式から $x = 0$.

最後に,$e(M), (1_M - e)(M)$ ともに右$A$-加群であることを確かめる.
それには任意の $f \in \mathrm{End}_A(M)$ に対して $f(M)$ が右$A$-であることを示せば十分である.しかしこれは$f$が準同型であることと,$M$ が右$A$-加群であることから直ちに従う.

(3) (a) ⇒ (b).  (a)を仮定し,$e \in \mathrm{End}_A(M)$ を冪等元とする.
(2)より,$M = e(M) \oplus (1_M - e)(M)$ となるが,$M$ が直既約であるから,
$e(M) = 0$ または $(1_M - e)(M) = 0$.
前者の場合,$e = 0$, 後者の場合,$1_M - e = 0$ より $e = 1_M$.

(b) ⇒ (a). (b) を仮定し,$M = M_1 \oplus M_2$, $M_1, M_2 \le M$ とする.
(1)のように$e_1, e_2$ を定義すると,(1)より,これらはともに $\mathrm{End}_A(M)$ の
冪等元であり $1_M = e_1 + e_2$.
(2)より,$e_1 = 0$ または $e_1 = 1_M$.
前者の場合,包含写像は単射であるから,$\pi_1 = 0$ となり,$\pi_1$ は
全射であるから,$M_1 = 0$ となる.
後者の場合,$e_2 = 0$ となるから,同様にして,$M_2 = 0$.  □

========= 前回との共通部分 ここまで =======

もっと詳しい話の圏論的な扱い:

以上の話を圏論的に扱う.命題 2.5.21より,環$A$に対して,$\mathrm{Mod}\ A$ は冪等完備なので,より一般に冪等完備な線形圏 $\mathcal{D}$ に対して考察する.
($\mathcal{D} = \mathrm{Mod}\ A$ に適用すればよい.)

命題. $\mathcal{D}$ を冪等完備な線形圏,$M \in \mathcal{D}_0$ とする.
   $\mathcal{S}:= \{(s, r) \mid L \overset{s}{\to} M \overset{r}{\to} L, rs = 1_L, \exists L \in \mathcal{D}_0\},$
   $\mathcal{E}:=\{e \in \mathcal{D}(M, M) \mid e^2 = e\}$
とおき,$\mathcal{S}$ における同値関係 $\sim$ を次で定義する.
任意の $(s,r), (s',r') \in \mathcal{S}$ に対して,$(s,r) \sim (s',r')$ であることを,次の図式を可換にするような同型 $u \colon L \to L'$ が存在することとして定義する:
eq-rel-split-idemp
また,$(s,r) \in \mathcal{S}$ の属する同値類を $[s,r]$ で表すことにする.
このとき,全単射$$\ep \colon \mathcal{S}/\!\sim\, \to \mathcal{E},\  [s,r] \mapsto sr$$が存在する.

証明. 上の $\mathcal{S}$ の関係 $\sim$ が同値関係になっていることは容易に分かる.任意の$(s,r) \in \mathcal{S}$ に対して,$sr \in \mathcal{E}$ となることは,$srsr = s1_L r = sr$ となることから分かる.
また,上の図式を可換にする同型 $u$ によって,$(s,r) \sim (s',r')$ となっているとすると,$s' = su\inv, r' = ur$ であるから,$s'r' = su\inv ur = sr$ が成り立つ.以上より,$\ep$ は写像になっている.$\mathcal{D}$ の冪等完備性から $\ep$ は全射になる.

 あとは,$\ep$ の単射性を示せばよい.$(s_1,r_1), (s'_1,r'_1) \in \mathcal{S}$ をとり,$s_1r_1 =s'_1r'_1$ が成り立ったとする.この共通の値を $e$ とおく.このとき,$(s_1,r_1) \sim (s'_1, r'_1)$ を示せば証明が終わる.$\mathcal{S}$ の定義より,ある $L_1, L'_1 \in \mathcal{D}_0$ によって
$L_1 \overset{s_1}{\to} M \overset{r}{\to} L_1, \ L'_1 \overset{s'_1}{\to} M \overset{r'_1}{\to} L'_1$,  $r_1s_1 = 1_{L_1},\ r'_1s'_1 = 1_{L'_1}$ となっている.$1_M - e$も冪等元なので分裂し,$1_M - e = s_2r_2,\ r_2s_2 = 1_{L_2}$を満たす $L_2 \overset{s_2}{\to} M \overset{r_2}{\to} L_2$ がとれる.
一般論(補題 2.5.19)により,$(L_i \overset{s_i}{\to} M \overset{r_i}{\to} L_i)_{i=1}^2$ は直和系になっている.

 このとき,$s_1$ が $1_M - e$ の核射になっていることを示す.まず, $(1_M - e)s_1 = s_1 - s_1r_1s_1 = s_1 - s_1 = 0$.  次に,$f\colon X \to M$ が $(1_M - e)f = 0$ を満たしたとすると,$s_2r_2f = 0$ であり,$1_M = s_1r_1 + s_2r_2$ であるから,$f = s_1r_1f + s_2r_2f = s_1r_1f$ となる.すなわち,$f$ は $s_1$ を通過する.他に $g \colon X \to L_1$ によって,$f = s_1 g$ となったとすると,左から $r_1$ を掛けて,$r_1f = r_1s_1g = g$ が得られ,このような $g$ は $r_1f$ ただ1つしかないことが分かる.
以上で,$s_1$ が $1_M - e$ の核射になっていることが示された.

 $L'_2:= L_2, s'_2:= s_2, r'_2:= r_2$ とおくと,$(L'_i \overset{s'_i}{\to} M \overset{r'_i}{\to} L'_i)_{i=1}^2$ も直和系であるから,同様にして,$s'_1$ も $1_M - e$ の核射になることが示される.したがって,核の普遍性により,$s_1 = s'_1 u$ を満たす同型 $u\colon L_1 \to L'_1$ が存在する.このとき,$s_1r_1 = s'_1r'_1$ より $s'_1 u r_1 = s'_1r'_1$.  左から $r'_1$ を掛けると,$ur_1 = r'_1$ が得られる.したがって,$(s_1, r_1) \sim (s'_1, r'_1)$.  □

この命題を用いて問 2.3.23(3)の解答を与えると,

補題.  $\mathcal{D}$ を冪等完備な線形圏,$0 \ne M \in \mathcal{D}_0$ とする.このとき次は同値である.
(1) $M$ は直既約である.
(2) 任意の $(s,r) \in \mathcal{S}$ に対して,$(s,r) = (0,0)$ または$s,r$は互いに逆の同型である.
(3) $\mathcal{E} = \{0, 1_M\}$

証明. (1) ⇒ (2).  (1)を仮定し,$(s_1,r_1) \in \mathcal{S}$ とする.$M_1:= \mathrm{dom}(s_1) = \mathrm{cod}(r_1)$ とおくと,補題 2.5.19より,直和系 $(M_i \overset{s_i}{\to} M \overset{r_i}{\to} M_i)_{i=1}^2$ が存在する.特に,$M  \cong M_1 \amalg M_2$.  $M$ が直既約なので,$M_1 = 0$ または $M_2 = 0$.  前者の場合,$(s_1,r_1) = (0,0)$.  後者の場合,$s_2r_2 = 0$ となるから,$1_M = s_1r_1 + s_2r_2$ より$1_M = s_1 r_1$. これと $1_M = r_1s_1$ より$s, r$ は互いに逆の同型になる.

(2) ⇒ (3).  上の命題の全単射を用いると,(2)から $\mathcal{E} = \Im\ \ep = \{0, 1_M\}$.

(3) ⇒ (1).  (3) を仮定し,$M \cong M_1 \amalg M_2$ とすると,命題 1.5.14より直和系 $(M_i \overset{s_i}{\to} M \overset{r_i}{\to} M_i)_{i=1}^2$ が存在する.$s_1r_1 \in \mathcal{E}$ より(3)から,$s_1r_1 = 0$ または $s_1r_1 = 1_M$ となる.前者の場合,左から $r_1$ を掛けて,$r_1=0$ であるから,$1_{M_1} = r_1s_1 = 0$ より $M_1 = 0$.後者の場合,$1_M = s_1r_1 + s_2r_2$ より $s_2r_2 = 0$. 上と同様にして,$M_2 = 0$.  したがって,$M$ は直既約になる. □

注意.  (2) ⇒ (1) と (3) ⇒ (2) の直接証明を書いておく:
(2) ⇒ (1).  (2)を仮定し,$M \cong M_1 \amalg M_2$ とすると,命題 1.5.14より直和系 $(M_i \overset{s_i}{\to} M \overset{r_i}{\to} M_i)_{i=1}^2$ が存在する.このとき,$(s_1,r_1) \in \mathcal{S}$ より,$(s_1,r_1) = (0,0)$ または,$s_1,r_1$は互いに逆の同型である. 前者の場合,$M_1 = 0$.  後者の場合,$1_M = s_1r_1 + s_2r_2$ より $s_2r_2 = 0$.  これより,$M_2 = 0$.

(3) ⇒ (2).  (3)を仮定し,$(s,r) \in \mathcal{S}$ とし,$L:= \mathrm{dom}(s) = \mathrm{cod}(r)$ とおく.すると,上の命題 より,$sr = 0$ または $sr = 1_M$.  前者の場合,左から $r$ を掛けて,$r=0$. 右から $s$ を掛けて,$s = 0$ が得られる. 後者の場合,$rs = 1_L$ と合わせて,$s, r$ は互いに逆の同型になる.

Q&Aコーナー Q6 問 2.3.23解答例続き1(冪等元全体)

第2章(特に2.3節)ではページ数が足りなくなったために,説明を問に替えて,最低限,全体の流れが分かるようにしておきました。その説明を追加するために,そのような問に解答を与えておきます。
今回は,問 2.3.23の解答の続き1です.次回は続き2として,圏論的な証明を書きます.


========= 前回との共通部分 ここから =======

問 2.3.23.  $A$を多元環とし,$0 \ne M \in (\mathrm{Mod} A)_0$とする.
(1) $M_1, M_2 \le M, M = M_1 \oplus M_2$であるとき,
$e_i \colon M \overset{\pi_i}{\to} M_i \hookrightarrow M\ (i = 1,2)$は$\mathrm{End}_A(M)$の冪等元であり,$1_M = e_1 +e_2$となることを示せ.ただし,$\pi_i$は第$i$射影 $m_1+m_2 \mapsto m_i\ (m_1 \in M_1, m_2 \in M_2)$とする.
(2) $e \in \mathrm{End}_A(M)$が冪等元ならば,右$A$-加群として$M = e(M) \oplus (1_M -e)(M)$となることを示せ.
(3) 次が同値であることを示せ.
  (a) $M$は直既約である.
  (b) 多元環$\mathrm{End}_A(M)$の冪等元は0と$1_M$しかない.
 
 この問でも,主張は一般の環 $A$ に対しても成り立つ.
 
 解答例.
(1) 任意の $m = m_1 + m_2 \in M \ (m_1 \in M_1, m_2 \in M_2)$ に対して,
$e_1(e_1(m)) = e_1(m_1) = e_1(m_1 + 0) = m_1 = e_1(m)$.
したがって,$e_1^2 = e_1$ となり,$e_1$ は $\mathrm{End}_A(M)$ の冪等元.$e_2$も同様である.
また,$m = m_1 + m_2 = e_1(m) + e_2(m) = (e_1 + e_2)(m)$ であるから,$1_M = e_1 + e_2$.

(2) $e \in \mathrm{End}_A(M)$ が冪等元とすると,$e^2 = e$.  まず,$M = e(M) + (1_M - e)(M)$ を示す.
右辺が左辺に含まれていることは明らか.逆を示すために $m \in M$ を任意にとる.このとき,
$m = e(m) + (m - e(m)) \in e(M) + (1_M - e)(M)$ であるから,
逆の包含関係も成り立つ.

次に,$e(M) \cap (1_M - e)(M) = 0$ を示す.
左辺の任意の元 $x$ をとると,$x \in e(M)$, $x \in (1_M - e)(M)$
より,ある $m \in M$ と $m' \in M$ によって,
$x = e(m), x = m' - e(m')$ と書けている.
$e^2 = e$ であるから,$e(x) = e^2(m) = e(m) = x$,
$e(x) = e(m') - e^2(m') = e(m') - e(m') = 0$.
この2式から $x = 0$.

最後に,$e(M), (1_M - e)(M)$ ともに右$A$-加群であることを確かめる.
それには任意の $f \in \mathrm{End}_A(M)$ に対して $f(M)$ が右$A$-であることを示せば十分である.しかしこれは$f$が準同型であることと,$M$ が右$A$-加群であることから直ちに従う.

(3) (a) ⇒ (b).  (a)を仮定し,$e \in \mathrm{End}_A(M)$ を冪等元とする.
(2)より,$M = e(M) \oplus (1_M - e)(M)$ となるが,$M$ が直既約であるから,
$e(M) = 0$ または $(1_M - e)(M) = 0$.
前者の場合,$e = 0$, 後者の場合,$1_M - e = 0$ より $e = 1_M$.

(b) ⇒ (a). (b) を仮定し,$M = M_1 \oplus M_2$, $M_1, M_2 \le M$ とする.
(1)のように$e_1, e_2$ を定義すると,(1)より,これらはともに $\mathrm{End}_A(M)$ の
冪等元であり $1_M = e_1 + e_2$.
(2)より,$e_1 = 0$ または $e_1 = 1_M$.
前者の場合,包含写像は単射であるから,$\pi_1 = 0$ となり,$\pi_1$ は
全射であるから,$M_1 = 0$ となる.
後者の場合,$e_2 = 0$ となるから,同様にして,$M_2 = 0$.  □

========= 前回との共通部分 ここまで =======


もっと詳しい話の別のまとめ方:

命題 2.  $A$ を環とし,$0 \ne M \in (\mathrm{Mod}\ A)_0$ とする.
このとき,$M$ の2つの部分加群への直和分解の全体を
$$\mathcal{M}:= \{(M_1, M_2) \mid M = M_1 \oplus M_2;\  M_1, M_2 \le M\},$$ $\mathrm{End}_A(M)$ の単位元 $1_M$ の2つの直交冪等元への分解の全体を
$$\mathcal{E}':= \{(e_1, e_2) \mid 1_M = e_1 + e_2;\  e_1, e_2 \text{ は $\mathrm{End}_A(M)$,
の直交冪等元}\}$$ $\mathrm{End}_A(M)$ の冪等元全体を$$\mathcal{E}:= \{e \in \mathrm{End}_A(M) \mid e^2 = e\}$$とおくと,これらの間に次の全単射が存在する.
triangle-comm
ここで$\alpha, \beta, \gamma$の定義は次の通りである:
● $\alpha \colon \mathcal{M} \to \mathcal{E}', \ (M_1, M_2) \mapsto (e_1, e_2)$, ただし,$e_1, e_2$ は上の(1)で定義されたもの.
● $\beta\colon \mathcal{E}' \to \mathcal{E},\ (e_1, e_2) \mapsto e_1$.
● $\gamma \colon \mathcal{E} \to \mathcal{M}, \ e \mapsto (\Im\ e, \mathrm{Ker}\ e)$.

それらの逆は,
● $\alpha\inv = \gamma \beta \colon (e_1, e_2) \mapsto (\Im\ e_1, \Im\ e_2)$.
● $\beta\inv = \alpha \gamma  \colon e \mapsto (e, 1_M -e)$.
● $\gamma\inv  = \beta  \al \colon  (M_1, M_2) \mapsto e_1$.
で与えられる.

注意. $M = M_1 + M_2$ が成り立てば,$M = M_2 + M_1$ も成り立つから,
$(M_1, M_2) \in \mathcal{M}$ なら,$(M_2, M_1) \in \mathcal{M}$ となる.
同様に,
$(e_1, e_2) \in \mathcal{E}$ なら,$(e_2, e_1) \in \mathcal{E}$ となる.

証明.  まず,$\alpha, \beta, \gamma$ が写像になっていることを確かめる.$\beta$ については明らかである.

(i) $\alpha$ は写像である.
実際,任意の $(M_1, M_2) \in \mathcal{M}$ に対して,$\alpha(M_1, M_2) \in \mathcal{E}$ を示せばよい.$\al(M_1, M_2) = (e_1, e_2)$ とおく.
すでに(1)が示されているので,あとは $e_1$ と $e_2$ が直交することを示せばよい.
各 $m = m_1 + m_2 \in M\ (m_1 \in M_1, m_2 \in M_2)$ に対して,
$e_2(e_1(m)) = e_2(m_1) = e_2(m_1 + 0) = 0$ より $e_2 e_1 = 0$
同様にして,$e_1 e_2 = 0$.
すなわち,$e_1$ と $e_2$ は直交する. OK.

(ii) $\gamma$ は写像である.
実際,任意の $e \in \mathcal{E}$ に対して,$\gamma(e) \in \mathcal{M}$ を示せばよい.
それには,$M = \Im\ e \oplus \mathrm{Ker}\ e$ であることを示せばよい.
まず,$M = \Im\ e + \mathrm{Ker}\ e$ であることを示す.
右辺の2項とも $M$ の部分加群であるから,``(左辺) $\ge$ (右辺)'' は明らか.
逆を示すために,$m \in M$ を任意にとる.$m = e(m) + (m - e(m))$ であり,
$e(m) \in \Im\ e$, $e(m - e(m)) = e(m) - e^2(m) = 0$ より $m - e(m) \in \mathrm{Ker}\ e$.
したがって,$m \in \Im\ e + \mathrm{Ker}\ e$ が言えるから,``(左辺) $\le$ (右辺)''.
あとは,$\Im\ e \cap \mathrm{Ker}\ e = 0$ を示せばよい.この左辺の任意の元 $x$ に対して,
$x \in \Im\ e$ より,ある $m \in M$ で,$x = e(m)$ となる.
しかし $x \in \mathrm{Ker}\ e$ であるから,$0 = e(x) = e^2(m) = e(m) = x$.  OK.

(iii) $\gamma \beta \colon (e_1, e_2) \mapsto (\Im\ e_1, \Im\ e_2)$ ($(e_1, e_2) \in \mathcal{E}$) が成り立つ.
実際,$\gamma(\beta(e_1, e_2)) = \gamma(e_1) = (\Im\ e_1, \mathrm{Ker}\ e_1)$ であるから
$\mathrm{Ker} e_1 = \Im\ e_2$ を示せばよい.$e_1, e_2$ は直交しているから,
$e_1 e_2 = 0$. これより,$\mathrm{Ker}\ e_1 \ge \Im\ e_2$.
任意の $x \in \mathrm{Ker}\ e_1$ に対して,$1_M = e_1 + e_2$ より,
$x = e_1(x) + e_2(x) = e_2(x) \in \Im\ e_2$. したがって,$\mathrm{Ker}\ e_1 \le \Im\ e_2$.   OK.

(iv) $\gamma \beta \alpha = 1_{\mathcal{M}}$ が成り立つ.
実際,任意の $(M_1, M_2) \in \mathcal{M}$ に対して,$\alpha(M_1, M_2) = (e_1, e_2)$ と
おくと,(iii)より,$\gamma(\beta(\alpha(M_1, M_2))) = \gamma\beta(e_1, e_2) = (\Im\ e_1, \Im\ e_2)$.
(1)において,$\pi_1, \pi_2$ ともに全射であるから,$\Im\ e_1 = M_1, \Im\ e_2 = M_2$.
したがって,$\gamma(\beta(\alpha(M_1, M_2))) = (M_1, M_2)$.   OK.

(v) $\alpha \gamma \beta = 1_{\mathcal{E}'}$ が成り立つ.
実際,任意の $(e_1, e_2) \in \mathcal{E}'$ に対して,
$\alpha(\gamma(\beta(e_1, e_2))) = \alpha(\Im\ e_1, \Im\ e_2)$.
この右辺を $(f_1, f_2) \in \mathcal{E}'$ とおく.
このとき,$f_1 = e_1, f_2 = e_2$ を示せばよい.
任意の $m \in M$ に対して,$1_M = e_1 + e_2$ より,
$m = e_1(m) + e_2(m)$.  ここで,$e_1(m) \in \Im\ e_1, e_2(m) \in \Im\ e_2$
であり,直和分解 $M = \Im\ e_1 \oplus \Im\ e_2$ の標準射影を用いて
$f_1, f_2$ が定義されていたので,$f_1(m) = e_1(m)$, $f_2(m) = e_2(m)$.
すなわち,$f_1 = e_1, f_2 = e_2$ が成り立つ. OK.

(vi) $\beta \alpha \gamma = 1_{\mathcal{E}}$ が成り立つ.
実際,任意の $e \in \mathcal{E}$ に対して,
$\beta(\alpha(\gamma(e))) = \beta(\alpha(\Im\ e, \mathrm{Ker}\ e))$.
ここで $\alpha(\Im\ e, \mathrm{Ker}\ e) = (e_1, e_2)$ とおくと,
$\beta(e_1, e_2) = e_1$ であるから,$e_1 = e$ を示せばよい.
$e_1$ は直和分解 $M = \Im\ e \oplus \mathrm{Ker}\ e$ の第1射影で
定義され,任意の $m \in M$ に対して,$m = e(m) + (m - e(m))$,
$e(m) \in \Im\ e$ で,(ii)で示したように $m - e(m) \in \mathrm{Ker}\ e$ となっているから,
$e_1(m) = e(m)$ が成り立つ.すなわち,$e_1 = e$.   OK.

(iv), (v), (vi)より,$\alpha, \beta, \gamma$ は全単射となる.
最後に,$\beta \alpha \colon (M_1, M_2) \mapsto e_1$ は明らかなので,

(vii) $\alpha \gamma \colon e \mapsto (e, 1_M -e)$ を確かめておく.
(v), (vi)より $\alpha \gamma = \beta\inv$ であるから,任意の $e \in \mathcal{E}$ に対して,
$\beta\inv (e) = (e_1, e_2)$ とおくと,
$e_1 = \beta(e_1, e_2) = e$ より,$e_1 = e$.  このとき,
$1_M = e_1 + e_2$ より,$e_2 = 1_M - e_1 = 1_M - e$.
したがって,$\beta\inv (e) = (e, 1_M - e)$.    OK.     □


上の命題から(3)の同値が従うことを説明する.
まず, 次の2つの同値に注意する:

i) $M$ が直既約である (a) ⇔ $\mathcal{M} = \{(M, 0), (0, M)\}$
ii) $\mathrm{End}_A(M)$ の冪等元が $0$ と $1_M$ しかない (b) ⇔ $\mathcal{E} = \{1_M, 0\}$

ここで,命題 2 の全単射 $\gamma$ により,

iii) $\mathcal{M} = \{(M, 0), (0, M)\}$ ⇔ $\mathcal{E} = \{1_M, 0\}$

i), ii), iii) によって,(a) ⇔ (b) となることが分かる.


注意 2 (定義 2.5.17 (2)(分裂する冪等射)との関係).
冪等射$e$がある$y \in \mathcal{C}_0$と$\pi\sigma = 1_y$を満たす $\calC$ の射の組 $y \overset{\sigma}{\to} x \overset{\pi}{\to} y$によって$e = \sigma\pi$と書けるとき,$e$は分裂するという.
一般論の命題 2.5.21により,$\mathrm{Mod} A$ の冪等射はすべて分裂するが,上の対応からも分かる.
すなわち,$0 \ne M \in (\mathrm{Mod} A)_0$ として,$\mathrm{End}_A(M)$ の
冪等元 $e$ をとると,$e = \beta \alpha \gamma(e)$ であるから,$M = \Im\ e \oplus \mathrm{Ker}\ e$ でこれの第1射影を $\pi_1$, 包含写像を $\sigma_1 \colon \Im\ e \hookrightarrow M$ をおくと,
$e = \sigma_1 \pi_1$.  他方 $\pi_1\sigma_1 = 1_{\Im\ e}$ は明らかに成り立つ.すなわち,$e$ は分裂冪等射になっている.
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