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 ▼概要巡礼日:2018/7/7

その日は偶々、予定がなく急遽、茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮に行きました。都内にから電車で行く事約1時間半の所要時間でした。※鎌倉からだと特急を使っても約三時間半掛かります。宇治に行くのとそんなに変わらない。
午前中は鹿島神宮に行き午後は大洗を軽く散策していました。次に行くときは御朱印を戴きたいですね。
関東最古の神社~鹿島神宮 常陸国一之宮~

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関東随一千古の伝統と輝かしい歴史を持つ鹿島神宮は、茨城県の太平洋側・鹿島灘に面した場所に鎮座しています。香取神宮″や″と共に東國全地域を護るを社として格式高く″伊勢神宮″とも合わさせて日本三大神宮の1つとして知られる由緒ある神社です。
日本建国・武道の神様・武甕槌大神(タケミカヅチ)を御祭神として祭り神武天皇元年からの由緒ある神社です。全国約600社ある″鹿島神社″の総本山にあたります。
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※「鹿島要石真図」
地震・雷・火事・おやじと形容されていたように、江戸時代の代表的な災害として″地震″がありました。(その代表的な地震が安政の大地震)庶民の間で地震を引き起こす原因と考えられていたのが、″鯰″です。その鯰、特に大鯰が描かれた絵図が″鯰絵″でした。地震が引き起こされた後に多くの鯰絵が風刺画として市中に大量に出回り震災後の世相を多種多様に表していました。
武甕槌大神(タケミカヅチ)
日本神話に登場する雷神・武の神様です。鹿島神宮の主神として祀られ″鹿島大明神″とも呼ばれています。江戸時代、庶民の間には地震が起こるとタケミカヅチが地中で大暴れして地震の原因とされる大鯰を押さえ國を守護していると伝承がありました。神宮内にある要石は、磐石(いわくら)と呼ばれる要石はその大鯰を押さえている石として伝えられている。

その歴史は、蝦夷平定の際の神・藤原摂関家の氏神として信仰されていました始めでした。中世から近世へと変遷すると武家の神様として歴代の将軍から篤く信仰され現在でも全国から多くの参拝者が訪れる地です

徳川将軍家を始めとして宝物殿には奉納された数多くの御宝が展示されている。(※現在は境内の整備の為、平成30年5月7日まで改装工事中です。小烏丸造りで国宝に指定されている布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)を観たかった)

▼朱色で鮮やかな楼門

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朱色が鮮やかなこの楼門は、日本三大楼門の一つに数えられる。1634(寛永11)年に水戸藩初代藩主・徳川頼房が寄進したもので、国の重要文化財に指定されています。この楼門をくぐると右手に拝殿と本殿があります。
当初は檜皮葺と白木だったが、現在は火災防止対策の為、銅板に葺き替えられました。

▼拝殿・三間社流造の本殿

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国の有形文化財に登録されている本殿は、3つ社殿と本殿から生成されています。※これを″三間社流造″と言われています。この本殿は、徳川幕府二代将軍秀忠公が寄進された物で、参道からみたら一番奥にある造りの建物で″タケミカヅチ″をお祀りしています。拝殿も見事ですが、本殿の全体が朱色で精巧な装飾を施された社はとても美しいですね。

▼奥参道・奥宮

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拝殿前から奥宮にまで至る真っ直ぐな道を奥参道と言います。道の両脇には、堂々とした木々が並びそびえ立つ。広さは、約70万㎡あり、800種を超える植物が繁茂し、県の天然記念物に指定されている。
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奥参道を進み右側に″鹿島神宮摂社奥宮本殿″があります。慶長10年(1605年)に徳川家康が本殿として奉納したのを造営し引き移しました。現在では国の有形文化財に指定されています。

祭神:武甕槌大神荒御魂(タケミカヅチのあらみたま)

荒魂(あらたま、あらみたま)
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※画像は『刀使ノ巫女』公式サイト用語集より引用
荒魂とは…古代日本人は、神霊とは異なった霊能をもつ別個の霊魂から複合的に構成されていると考え、これを2大別して荒魂・和魂とよんだ。荒魂は外面に表れた荒々しくたけだけしい面の作用をいい、これに対して和魂は柔和、仁慈の徳を備えている面をいう。普段は一つの神格のなかで統合されているが,
ときには両者が分離し、単独に一神格として行動することもある。
※(
小学館 日本大百科全書)より引用

『刀使ノ巫女』において荒魂は、御刀を生成する際に発生する不純物、ノロが互いに結合する事で擬似的な生物に変化します。そ
れが悪霊や妖怪等となり人々に悪さをする事から″荒魂″と呼ばれました。
※前の記事 『刀使ノ巫女』 聖地巡礼 江ノ島  三女神とは   ″刀使ノ巫女″におけるノロと荒魂について記述しているので詳しくはそちらを参照してください。

▼御手洗池

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奥宮から左に行くと霊泉から沸く清らかな泉、御手洗池があります。旧参道の入り口にある昔は御祓の場として使われていました。


交通アクセス
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JR″鹿島神宮前駅″から約徒歩10分程の距離で歩いていけます。

都内から行く場合には、東京駅八重洲南口から″高速バス かしま号″。所要時間は約120分程で鹿島神宮まで直接、本数も多くそちらが便利みたいです。※私は、バス酔いが酷いので電車で行きました。
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また、鹿島神宮前駅から大洗まで大洗鉄道に乗ると約1時間程で行けます。※片道運賃は、1280円
時間があれば大洗に寄って街中で戦車が走る町大洗。ガルパンの世界を堪能するのもありかもしれません。

剣聖・塚原卜伝~鹿島新当
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JR鹿島神宮前駅から鹿島神宮方面に向かう道中に塚原卜伝の銅像は立っている。案内板によると、どうやらこの辺りが剣聖・塚原卜伝の生誕の地みたいだ。

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塚原卜伝とは…

戦国時代、鹿島神宮の神職の家柄。卜部吉川家に生まれ後に塚原家の養子となった。鹿島新当流の始祖として知られ、戦うこと数百度にして一度も傷を負った事がなかったと伝えられている。

剣士にして兵法家。刻の幕府の将軍、足利義輝の指南役としてまた北畠具教らに奥義″一之太刀″を伝授した話は有名です。小説や時代劇の題材になることも多く、その強さから宮本武蔵と結び付けられました。


十条姫和の戦闘スタイル鹿島新當流

その塚原卜伝が始祖として生み出した流派・鹿島新當流は、『刀使ノ巫女』の作中において十条姫和の流派として。また母・篝も同様の流派を使っている。

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姫和の戦い方は″三段階迅移による速度重視の戦闘スタイル″です。
一般的な刀使は、写シを張り一段階・二段階と順を踏まえて段階を上げていきます。しかし、姫和の場合は始めに写シを張った状態でトップギア(三段階)まで一気に上げられるのが特徴です。なので、″車の構え″から繰り出す一突きにより勝敗は決してしまいます。


 一之太刀 車の構えから繰り出す一撃必中の技
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姫和同様に篝も一段階・二段階・三段階と順を踏まずに一気に高次元に達する深移を使うことが出来ます
それは、先祖代々、柊家に伝わる秘術。通常の刀使には祓えない大荒魂が出現した際に封じる為の技。自身の身を捧げる技″五段階加速の深移です。旧姓、柊篝こと姫和の母・十条篝はその五段階深移の使い手でした。

五段階の深移とは御刀で突き刺した相手に最高速の迅移を発動する事で隠世の果てまで引きずり込み自身も心中するという″荒魂封じ″の秘術です。極限の加速によって一瞬が永遠となり、現世に戻れなくなる階層にさえ到達するという。


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一方、姫和の″車の構え″から繰り出す一の太刀は、予備動作なしで三段階深移を発動する拳銃弾にも匹敵する突きの速さ。相手に目視・回避を許さない程強烈な正しく一撃必中の技ですね。
姫和が作中で見せた″一之太刀″と″真の一之太刀″。そして20年前の江ノ島・奥津宮で大荒魂を封じる際に篝が見せた秘術。どちらも鹿島新當流の″車の構え″から繰り出される技でした。

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※写真は、「日本の剣術」学研より引用
車の構え″は一般的には脇構えと呼びます。剣先を後ろに下げた進行方向に対して身体が先に動き後から太刀が付いてくる型です。半身になる事で対峙している相手から見てると急所が多い正面を避ける為。また甲冑に纏っている事を想定すると、半身になって身体と太刀が一直線上に隠れるので自分の刀身が相手に分り難く有効的な構えに変わり大変理に適った構え型になります。
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姫和が、最高速の三段階迅移を使う際に車の構えにしているのは太刀が隠れ太刀筋が分かりに難くく且つ身体と太刀を一直線上にする事で″一瞬の突き″をより速くするという意味もあるのかもしれないですね。

タケミカヅチ×姫和 イチキシマヒメと同化
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分離した三女神の一つイチキシマヒメは、高度な知能を有し、自分の存在意義を見出だす事。″人間と荒魂を一つに融合させた新たな高みへと人類を進化させる″事を原動力としており行動しています。
※他の三女神について 江ノ島×『刀使ノ巫女』の記事を参照してください。

姫和と縁がある鹿島神宮で融合

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イチキシマヒメは折紙紫を守る為″同化″する事を姫和に懇願しました。そして融合した姫和ですが…目は青く輝き身体からはいオーラが漂っています。※タギツヒメたちが纏っているのはオレンジ色です。

融合した事で、あらゆる攻撃を未来予測出来るという″龍眼″。また身体に青いオーラ、雷を纏い飛躍的に身体能力が向上する事で人智を越えた力を手にしました。
紫が「タケミカヅチ…まさか!?」と言っているように、イチキシマヒメと同化した事により得られた力だけではなさそうだ。

″特殊な血筋″故というのが大きな要因と考えられるが、姫和にとって鹿島神宮は、自分の流派鹿島新當流発祥の地。″″がある事も一つの要因だろう。
また、鹿島神宮では、前述した通りタケミカヅチが大鯰を押え地震を起こさないように守護をしている伝承がある。

これに準えて
タケミカヅチ=姫和・大鯰=大荒魂

と考えられるが、男性であるタケミカヅチを姫和と仮定するには無理があるかもしれない。なので、補助的な役割、神秘的な力を増長させる。と考えるのがしっくりきそうだ。

神薙ぎの巫女として隠世から神の力を使う刀使にとって、所縁のある神社で戦う事は自身の力を十二分に発揮出来うる場所なのかもしれないですね…





聖地巡礼 鹿島神宮 

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鹿島神宮の大鳥居に到着したのは朝8時過ぎ。もうすでに多くの観光客がいました。特に外国人観光客の姿が目立ちました。

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競技かるたを題材とした漫画『ちはやふる』にも登場し滋賀県大津市にある近江神宮。
その楼門も閑散とした森の中にある朱色の楼門で初めて鹿島神宮の楼門見た時、非常によく似ていると感じた。


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イチキシマヒメと同化したひよよん。残念ながらバストアップはしていないみたいだ。

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*一部画像は比較研究目的で引用しています。『刀使ノ巫女』画像の著作権は、◎伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会 に帰属します。