2007年02月05日

親の責任について考える

 中国にいると、親の子供に対する思い入れのすごさを感じる。もちろん、子供をかわいがるのはいいのだが、それを超えて子供に期待しすぎのところがあるのではないだろうか?

 

 テレビを見ていると、親が子供を大学に入れるために血を売ったり売春している場面をよく見かける。なぜそこまでする必要があるのであろうか?

 

 恐らくそれは、自分が苦労したからせめて学歴でもあれば将来子供は苦労しなくて済むであろうという親心もあるであろうが、心の底にあるのは、意外と、「年を取ったら子供に面倒を見てもらおう」という甘い期待があるのではないだろうか?

 

 子供が親の面倒を見るのは封建的な見方からすれば当然のことかもしれない。しかし、老人介護の現場を見ていると、介護している家族が精神的にも金銭的にも追い詰められている情況が結構あるのである。

 

 それは、子供として仕方ないといえばそれまでだが、少なくとも私としては、親として、以下のことを子供に対して保証したいと思う。

 

    老後の生活、医療、葬儀代は、全部自己資金で賄う

    介護については子供に一切頼まない、子供と一緒に住まない。

 

 まず、,世、多くの家庭は親が相当金持ちでない限り、自分だけの生活でいっぱいというところがほとんどだろう。そこに、親の医療費、生活費がかかってくると相当の負担になる。だから、親としては、これらの費用は、自分が払うべきものとして自分で払う体制を整えておかなければならない。

 

 もちろん、そのためにはお金をできるだけ貯めておかなければならない。お金は年を取ってから稼ごうとしても難しい。若いときから、どのようにすれば、このようにできるか考え、財テクをするなり、高い収入が得られるよう自分のスキルをアップしておかなければならない。その意味で若いときの心がけが重要であり、若いときから老後のことを考えて準備しておかなければならないと思う。また、疾病に備えて必要な保険に入っておくのも重要であろう。

 

 次に、△世、介護は子供がするものというのが伝統的な考え方だったが、今の時代は子供には子供の生活があり、また子供の住んでいる家もその家族で住むのでいっぱいというのが通常であるから、そこに割り込んで面倒を見てもらうというのは、子供に気の毒であり子供に迷惑をかける。

 

 だから、私としては、若いときからたくさんお金を稼いで、不動産を買って賃貸に出したり、投資をしたりして不労所得で収入を確保し、いよいよ介護が必要なときには、潔く財産を売っパラって、老人ホームに入るなり、私を介護してくれるヘルパーを自分で雇うと思う。そして、子供には、「私が寂しいときには、ときどき見に来てね」という程度に関心を寄せてもらえればよいと思う。

 

 子供が小さいときの親の責任については「教育論」という形でよく論じられているが、親が年を取ったときの子供に対する責任についてはこれまであまり論じられてなかったように思う。

 

 人生において最低限の義務を一つあげるとすれば、それは、「人に迷惑をかけない」ことかと思う。私としては、以上掲げた2つを親の最低限の義務として、これが実行できるよう日々の努力していきたいと思う。



Posted by richardlawfirm1623 at 14:59