Railroad in the blue sky

鉄路を疾走する乗り物と大空を翔る巨翼に憧れた人間の徒然日記

2月4日には、以前から再訪を願っていた秩父鉄道まで軽い散歩に出かけました。
秩父鉄道といえば以前、都心から一番近いSL列車「SLパレオエクスプレス」に乗れる鉄道として紹介しましたが、こちらのSLは冬期運転休止となってしまいます。代わりに、この時期に見頃を迎えるロウバイの花と、長瀞駅からアクセス可能な長瀞宝登山ロウバイ園をセールスポイントとして、様々な企画が催されているのです。

ロウバイは種類によって差はあるものの、12月から2月の間に、小さくかわいらしい黄色の花を咲かせる樹木。咲く時期から、1月~2月頃の季語となっており、また、花やつぼみは薬として使用される蝋梅油を抽出することが可能です。その花の小ささとは裏腹に、どのような土壌、どのような光の当たり具合でも育つことができる、たいへん丈夫な樹木なのだそう。
その名の由来は、花の美しさがまるでロウ細工のようであったこと、花の色が蜜蝋のようであることから。ウメという文字を使いつつも、梅の仲間ではなくロウバイ科ロウバイ属に位置します。 
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ところで、ロウバイの品種として、秩父鉄道のロウバイ園特集ページでは、芯が紅紫で小型の和蝋梅、早咲きで黄色単色の素芯蝋梅、素芯より選抜され、より色が濃い大型の満月蝋梅を挙げています。が、自生する環境の変化により、これらの蝋梅の見分けも大変難しくなってきているのだとか。

さて、秩父鉄道ではロウバイ園のみならず、この地域でのロウバイが見頃な季節に、ロウバイに主眼を置いた企画をいくつか開催していることは既に述べました。この企画の一環として2月11日に運転された「幸せの黄色い機関車  ELロウバイ号」については、広報からもアナウンスされ、多くのファンが秩父鉄道に集まりました。

その前哨戦として、秩父鉄道では、鉄道むすめ「桜沢みなの」新デザインを含む3種類のヘッドマークが急行「秩父路」に装着され、急行臘梅として運転されることに。2月4日に私が秩父鉄道を訪れた理由はまさにこれが目的でした。
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(寄居にて)

さて、せっかくロウバイが見頃ですので、ただ車両だけを撮るのではなくロウバイの花も入れた写真を撮って帰らねば、見頃の時期に来ている意味がありません。どこかでロウバイの花でも咲いていないかと沿線を歩きますが、意外と黄色い花を咲かせた樹木が見当たりません。やっと見つけたと思っても住宅の敷地内であったりとその撮影ハードルは高く、辛うじて撮ることができたロウバイとのショットも、車両の顔をロウバイが横切る不格好な写真となってしまいました。
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今回の再訪はヘッドマークを装着した急行の撮影がメイン。気を取り直して、三峰口方面に向かう次の急行までに、適当な沿線撮影地へと向かいます。
今回は御花畑駅-秩父駅の間にある踏切をチョイス。午後順光の撮影場所のようですが、午後早めの時間だと架線の影がそのまま顔に落ちてしまうようです。また、この踏切は大変狭く、場所によっては列車との距離が近いため、撮影の際には安全に充分な注意も必要です。
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なお、撮影場所のすぐ背後はパチンコ店がそびえ立っているため、立ち位置が建物の影の中になっています。冬にこの場所で立ち続ける際は、充分な防寒が必要となります。

今年のSLパレオエクスプレスの運転開始は3月18日の土曜日だそうですね。運転開始初日は残念ながら行くことができませんが、また近いうちに秩父鉄道を訪れようと思っています。暖かい季節が待ち遠しい限りです。 

多忙にかまけて完全に更新から足が遠のいておりましたが、気付けば最終更新から1ヶ月弱。そろそろいい加減更新をせねばという気持ちから、ついに重い腰を上げてパソコンに向き合っています。
前回の記事において、続編となる今回は小田原城訪問について触れる、ということにしておりましたので、前回の宣言通り、今回は小田原城訪問について。前回の記事との時間差から、記事の繋がりが少々薄くなっている部分もありますが、ご了承ください。

小田原城は北条氏が本拠地として小田原市に構えていた平城。築城は1417年、築城者は不明とされています。
この城の最大の特徴は、当時における広大な敷地です。3代目城主北条氏康の代には難攻不落とも見られていたその規模は天下の大阪城をも凌いでいたとされ、事実、上杉謙信や武田信玄の軍勢を防いだと伝わっています。この難攻不落とうたわれた城ですが、豊臣秀吉による小田原征伐(1590年)により、無血開城という形で敵の手に落ちたことは言うまでもありません。が、この城が戦闘により攻め落とされたということは結局起こらず、後にこの広大な敷地と総構えを警戒した徳川家康が、この総構えを撤去させたという説が残っているほどなのだとか。
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この小田原城、北は小田原市街、南は相模湾に面する、少なくとも私が訪れた中では最も景色が素晴らしい城跡です。
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この素晴らしい景色の背後にそびえる箱根は、言わずと知れた"天下の険"こと箱根の関所。北条氏没落後にこの城を藩庁とした小田原藩は、「入鉄砲に出女」こと、江戸へと持ち込まれる鉄砲や江戸を脱出する大名の奥方への警戒で、緊張の毎日であったことでしょう。

余談ではありますが、この小田原城は江戸時代、徳川秀忠の隠居城として候補に挙がったこともあったのだそう。実現には至らなかったそうですが、このような素敵な眺めを持つ城で隠居生活を送れるのだとすれば、きっと素晴らしい生活となるに違いありません。
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城に見守られる小田原の空気は、また訪れたくなるようなものでした。 

土曜日の話になりますが、とても天気がよかったので、これまで一度も行ったことがなかった小田原方面に散歩がてら撮影に行ってみました。私の小田急線乗車記録も、10月半ばのファミリー鉄道展で海老名まで乗車して以降、海老名以西の区間は全く進展がなかったため、海老名から小田原まで乗りに行くちょうど良い機会を探していたなかでのちょうどよい晴天予報と言えるでしょう。
小田原駅は以前、サンライズエクスプレスに乗ったときに通過をしたことはあったのですが、その時は東海道線上を東京に向けて乗車しており、そのまま横浜方面へ走ったために、小田原からの特に小田急線方面へ伸びる沿線は未知数でした。
さて、インターネットで小田原方面の撮影地を探していると、松田町の酒匂川に架かる、小田急線酒匂川橋梁が良いという記事や撮影地紹介を見つけました。とくに視程がクリアな日などには、富士山をバックに走る小田急車両を撮ることができるとのことで、酒匂川橋梁をメインターゲットにして電車に乗り込みました。

俗に「かぶりつき」とも呼ばれる前面展望のポジションを満喫しながら西へ進んでいると、秦野あたりから前方に大きな白い山が居座っていることに気付きました。そう、天に最も近いことから竹取物語で帝が不死の薬を燃やした、「ふしのやま」と呼ばれた富士山です。
前述の酒匂川橋梁は新松田駅より徒歩10分ほどでしたが、まるで線路を見下ろすかのような大きな富士山の姿を撮りたくなり、新松田のひとつ手前は渋沢にて列車を降りました。
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東京都内からも富士山は見ることができますが、ここまで大きくは見えません。山の向こうからひょっこりと顔を出す大きな富士山は、まるでこの地域を見守っている巨人のような存在感を醸し出しているように感じました。

渋沢では数枚撮影をしましたが、架線柱があることもあり、あまり納得がいかない写真に。また、酒匂川橋梁と富士山を絡めた写真は、光線状態の関係で午前中のある程度の時間までしか狙えないこともあり、渋沢での撮影はほどほどに控えて新松田へ向かいます。

新松田は、神奈川県足柄上郡松田町にある駅。比較的小さな駅ですが、この駅始発の小田原方面各駅停車が運転されるなど、小田原線としては重要な位置にあります。というのも、この駅と小田原までの間の5駅は、ホームの有効長が6両までしかなく、10両編成の急行・快速急行は停車することができません。一部の6両編成急行はこれらの駅に停車することができますが、快速急行は停車設定がないため、新松田駅で各駅停車と接続するダイヤ構成となっているのです。
新松田の南口改札を抜け、住宅街の中を歩くこと10分強。突如として目の前に開けた河川敷が姿を現しました。丹沢山地を源流とする二級河川、酒匂川です。
開けた場所なので少し強い風を受けながら、ファインダーを覗いて構図を決めます。そして待つこと数分、ロマンスカーMSE型が軽快な音とともにやってきました。

インターネットで見たとおり、手前に広がる酒匂川、画面の真ん中を横切る小田急線酒匂川橋梁、そしてバックの富士山。雲一つ無い青空も加勢し、フェルメールブルーのボディを輝かせたMSEがより一層美しく見えました。
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酒匂川橋梁で撮ろうと思えばいくらでも撮れるのですが、こちら側から撮影しないと富士山が入らないということ、午後の遅めの時間になると逆光になることを考慮し、この場所での撮影は切り上げ。最終目的地である小田原を目指すことにしました。

天に最も近い山、富士山。その姿をバックに走る小田急とは、なんとも贅沢な光景でしょうか。私を一番驚かせたのは、この光景や車窓を、新宿から1時間ちょっと、しかも乗り換えなしで乗り続けるだけで見ることができるという点です。また近いうちに、天気の良い日の午前中を狙ってこの橋梁での撮影に再チャレンジしたいものです。

さて、私の小田原方面へのお散歩記録はまだ続きますが、今回はここまで。続きとなる次回は小田原城訪問について書いていこうと思います。 

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