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今回の支援物資の募集にあたって
全国のたくさんの物資をまくろび庵へ送ってくださった皆さま、
本当にありがとうございます。

沢山送って頂いて、車に積みきれなかった分もありましたが
10日に積んでいった第1便の物資は
すべて必要な方に受け取ってもらえることができました。
近いうちに第2便で行こうと思っています。


皆さんが送ってくださった支援物資がどうなったのか、
気になっている方もたくさんいらっしゃると思うので
昨日の1日のことを時系列で書きたいと思います。

今後の支援や物資に関してのお問い合わせも頂いていますので、
別記事にてアップしますね。


4/10、わこうちゃん。と彼の高校の後輩石橋くん、
と3人で、女川(おながわ)と七ヶ浜(しちがはま)に行ってきました。

女川は今も電気・ガス・水道のライフラインが
通っていないことから外に出ている情報が少ないので
現在の状況が最もわからなくなっている地域です。

当日、朝7時にまくろび庵を出発。

普段は高速を使って1時間半〜2時間くらいのところ、
支援車渋滞で4時間はかかると言われていたので
渋滞覚悟で向かいましたが
順調に進むことが出来て女川に到着。

山の手は多少地割れなんかがあったものの、
至って普通の景色でしたが女川の港の方に出た途端、
景色が一変してがれきの山になりました。
DSCN9303




震災直後、ラジオで「沿岸部が壊滅」と言っていましたが、
本当に壊滅としか言いようがない光景でした。
DSCN9304

倒壊して流れたビル。

DSCN9311





まずは女川地区で一番大きい避難所の女川総合運動場に行くことに。
グランドが自衛隊ヘリの発着地点になっています。
今まで見たことのない景色。
DSCN9319.jpg


災害対策本部に行き、物資を届けにきた旨を伝えましたが
食料(主に米)、水、衣類などの最低限の物資は足りているとのこと。
ただ、副食品が無いのでそれらは大歓迎だとのこと。

実際に倉庫がわりになっている建物の中を見ましたが、
ケースに積まれた大量の物資の山がありました。

学校の先生方も運営にいらっしゃったので聞いてみたところ、
文具なども、先日からユニセフが入り、
授業をスタートさせるのに必要なものは
揃っているので大丈夫とのことでした。

衣類に関してはやはり新品であるかどうか、
サイズが合うかということが大事で一度もらうとしばらく足りるので、
消耗品の方が継続して必要なようでした。

※今後の支援物資のことは、別記事に書きますね。


こちらの避難所は約800名という大人数にもかかわらず
民間からのボランティアセンターが無く、
主に役場の職員の方や学校の先生などの町民の人たちが
自分たちで現場を切り盛りしていました。

運営本部にはやんわりと物資を断られましたが、
たぶんそうなるだろうという前提で行ったので、
その後現場の方とお話しし、
物資を受け取ってもらえることになりました。

数人の方が「降ろすの手伝いますよ!」と車まで来てくれたので
他に、長靴やゴム手袋、下着類とかありますが、必要じゃないですか?
と聞いたところ、
「実は私たち職員が作業するための物資が無くて困ってたんです・・・。」と。

避難所に避難している方が何よりも優先されるので、
運営する人たち、職員の方々は後回しになってしまったり
みんな同じように頑張っているから自分の欲求は言えない、
と我慢してしまうのだなと感じました。
ここがこれから支援するにあたってだいじなところだと思います。

その他、ビタミン剤やお菓子類、ハンドクリームやリップクリーム、
絆創膏を始めとした薬類などなど、大変喜んで受け取ってくださいました。

その後、実際に避難所の人たちの声を聞こうと思い
ある男性に話しかけたら
親切に避難所をいろいろと案内してくれました。

その男性も職員の方も、口を揃えて言うのは、
子供たちにだいぶストレスがかかっているということ。

先日、やっとテレビがひとつ設置されたんだけども、
学校の図書室にある本を持ってきて読む以外、
子供たちに遊ぶものや娯楽が無いそうです。

そういう大人たちも自分のことは後回しです。
本音としては、今一番欲しいのは息抜きや娯楽のものです、
と言っていました。


天気が良かったこともあり、
避難所の人たちは、皆明るくて元気に見えました。
話しかけると、屈託無くいろいろと話してくれます。

でも自分は大丈夫なので、と言い、
個人の気持ちは押さえているのがわかります。

被災地の大丈夫、と言葉は、私たちもそうでしたが
「とりあえず命があるから今、良いです」という意味です。

一度話し出すと地震や津波の恐怖、失った家族や友人のこと、
仕事のこと、今後の先の見えない不安が出てきます。

行政や連携の差に対する不満が本当はあるけど、
知り合いや友人や家や、みな津波に流されて、
生きているだけでありがたいと思うから
本当は文句を言いたくないんだ、という前置きで。

私もわこうちゃん。も石橋さんも、
とにかく話を聞くことに注力しました。

頑張ってという言葉が悪いんじゃないのです。
それを受け取れる段階じゃないんです。

「今思っていること、欲しいことはわがままじゃないよ。我慢しないでね。」
くらいしか言えませんでした。

私だって、「頑張ってね」という他人目線的な言葉には
正直、突き放された気がして孤独感を感じてがっくり来るんですもの。

確かに仙台も、震災直後はすごい状況だったし今も大変です。

2度目の宮城県沖地震で心が折れて、
今日3度目の大きな余震で心が砕けたって感じです。

でも1ヶ月間、ほぼ震災直後の状態のままで過ごしている
女川の人たちを思うと、やっぱり胸が痛みます。


今回会った方たちとは再会を約束して別れました。


その後、津波が来た地区を通っていったところ、
かろうじて家が流されなかったS地区に行ったところ、
自宅を復旧している小さな集落がありました。

車を停めて呼びかけをすると
「下の方まではよく物資持ってきた人がいたけど、
こっちの奥まで来てくれたのは初めてだやー!」
と、すごく喜んでくれました。

近所の人たちにも声掛けしてくれて、
露天商状態でわーっと人が集まり、
みんな、気に入ったものをうれしそうに持っていってくれました。

その中心になってくれたAさん宅のお母さんも、
すごく明るい顔で話していますが津波の話になると、

「私の友達とか同僚とか、みーんな流されっちまった・・。」
と、涙が。

Aさんの地区では、なんとか家が大丈夫だった数世帯に、
35人の人たちが、家の復旧をしながら住んでいます。

1階は津波で完全にダメだけど2階は何とか使えるからと
家族みんなで2階部分で生活しています。

今後、この生き残った35人の集落の中心となる家、
Aさん宅に、顔を出すことにしました。


Aさんが、「私らみんな、仕事もなくなった。」
と言っていたのを聞いて、

被災者の支援プロジェクトで行っていくのは、
やはりこの部分が大事だと私は思いました。
これはすでにプランがあるので、これから書いていきます。


その後、物資が少し残っていたので、
道に車を止めて次に行くところをどこにしようかとナビで検索していたとき、
通りすがりの車の方が話しかけてくれました。

薬剤師会の方々で、石巻に拠点を置いて
薬が欲しいという要請があったところに届ける、
というボランティアをされていました。

物資のことを話すと
「その物資だったら、これから僕たちが行くところで
受け取ってもらえると思いますから持っていきます!」
と、引き受けてくださいました。

また話を聞くとスタッフの子供たちも被災していて
靴下や靴が無いということ。

そこで持っていった物資はすべて無くなり、完了。
こちらも本当に助かりました。

もし、石巻周辺(女川も含む)で、薬が必要な方、
施設、避難所等がありましたら、
「石巻高校薬剤師会本部」まで連絡してください。

すぐに駆けつけてくれるそうです。

電話番号は、090-4047-6166 乙田さんです。



その後は、仙台に比較的近いところで
被害が甚大だった七ヶ浜町を回って、
情報収集して返ろうということになりました。
その話はわこうちゃん。の記事から。


今回は偶然の導きが重なって、
持って行ったすべての物資をお配りすることができました。

まず行ってみてから書こうとは思っていたのですが、
皆さんから頂いたものを毎回確実に渡せるとは
限らないと判断しました。


今回の震災で沢山の人が職を失いました。

「仕事がなくなってしまった」のは解雇されたことだけでなく、
「会社も、社長も、社員も海に流されてしまった。」
という状況です。

つまり多くの「被災者」が、イコール「生活保護者」になります。

一時的には仕方がないにしても、
ずっとの状態は望んでいないと思います。

日本はもの凄い赤字大国ですが、さらにこれから
生き残った人々、会社で日本の経済を支えるわけです。


物資を届けるのも大事な1つ。
そしてこれから、

水が無いところに水を配るのではなく
井戸を掘る技術を教える

というのと同じく、

物を渡し続けるのではなく
仕事が出来る状態に持って行く

ということが必要と思います。


被災地の復旧・復興については
途方もない時間を要すると思います。

私もわこうちゃん。も自分の仕事、家族のことが
立ちゆかなくなっては本末転倒で人の支えは出来ないので
無理の無いよう、長く続けていこうと思っています。

物資を送ってくださる皆さまも、
ご自身のお金を使って物資を調達したり、
送料をご負担いただいたりしていると思います。

とにかく長期戦になると思います。

だから物資や支援金を送ってくださる方も
どうか無理の無いようにしてくださいね。

自分が犠牲者になってしまう状態は、だめなんです。

支援には段階があるので、
長期的かつ根本的な支援を考えて
支援の仕方を変化させて行く必要があります。

私たちが感じた印象としては、
災害対策本部と、他のグループ、避難者の要望との
連携は少しズレがある感じがしましたが、
これは仕方が無い部分はあります。

大きな組織は、公平平等が大事になるので
タイムラグがでますが、大きな動きができます。

小さな組織は小さい動きが出来ます。
大きな動かし方は出来ませんが
素早くゲリラ的にピンポイントで動けます。

それぞれの善し悪しはあります。

相手も、自分も、出来ないことを責めるのではなく、
自分たち個人レベルではどんな支援をしたいのかで
方法を選択出来るということです。

最も必要な方法、かつ自分たちで出来る
最適の形にシフトすることにしようと思いますので
別記事にまた新たに書きますのでちょっとお待ちくださいね。



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