April 27, 2007

尖沙咀銃撃事件;親子の絆

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「活着我該做甚麼?人生的目的是甚麼?」
(何のために生きている?人生の目的はなんだ?)

〜犯人、徐歩高の枕元に貼られていた自筆の言葉より〜



2006年3月16日、
尖沙咀で香港犯罪史上に残る最悪の銃撃事件が発生した。

詳細Click:【無間道な現実:尖沙咀銃撃事件】2006年3月24日


あれから早くも1年以上の歳月が流れた。


この事件の裁判が今年3月頃にスタートしてからというもの、何かにつけて
報道番組のトップニュース、新聞一面、週刊誌の表紙を飾り、報道されて
きた。裁判の進捗状況、噂話、犯人である故「徐歩高」のゴシップの類、
etcetc。

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そして昨日、2007年4月25日、
被害者の三人は「徐歩高」によって非法的に殺害され、
加害者である「徐歩高」は、合法的に殺害されたという
判決が下った。



この事件は被害者、加害者ともに死亡している。
犯罪は全て裁判によって審理をされる香港では、こういったケース
の場合、刑事裁判ではなく「死因裁判」という名目となる。
加害者も死者であるため、刑事責任は追及されず、誰がどのような
理由で死亡したかという真相を究明することだけが、その目的となる。

今回の判決が何を意味するかといえば、
例えば名誉、そして死亡保険金や補償といった現実的な問題にも
大きく影響する。
非法的に殺害された被害者と合法的に殺害された加害者の間の差
は甚大なものである。

連日のように報じられる報道を見ながら、
当初、わたしが違和感を感じていた事がある。

最悪の事件の加害者の母親として注目を集め、
連日メディアに登場していた徐歩高のお母さんの扱われ方。


日本では、子供が凶悪事件を起こした場合、その犯罪者が未成年で
あろうが、成人であろうが、親にも親族にも非難が集中する。
そして、その親の責任を問われ、さらには親が子供の犯罪を謝罪しても
しなくても、批判され、糾弾され、普通の生活が出来なくなることも多い。

でも、香港は違った。

それは加害者の母、というよりは、まるでこの悲劇の主役であるかの
ようにも見えた。
(父親があまり登場しなかったのも、母親を大事にする中華圏らしい)

香港はむしろ同情的だった。
もちろん、みんながみんなそうだ、というわけではなく、一般的に、と
いうことであり、また、親が非難されるに値するケースもあるとは思う。

子供の犯罪は、一概に親が悪いわけではない。
親と子は別の人間であり、むしろ、子供がこういった凶悪犯罪を犯した
場合、その親はこの悲劇の被害者でもある。

そして、どんな子供であっても、親にとって子供は子供であり、
どんな状況にあっても、親が子供を想い、死を悲しみ、庇うことは
それが当然のことである。だって、親子だから。

お母さんは言った。

「それでも、わたしにとってはとても良い息子だったんです」

日本ではどれだけメディア、そして一般人から糾弾され
叩きのめされるかわからないようなこの発言だけれど
徐のお母さんに対して同情の気持ちはあれど、
公の場で彼女が香港市民から非難されることはなかった。

日本でも「建前」では、同じ事が言われることもあるかもしれない。
だけど、日本の風土は決してそうじゃない、とわたしは思う。

日本は「連帯責任」という概念が根付いている。
香港は家族意識は非常に強いが、あくまでも個人主義である。
そこに大きな違いがあるのかもしれない。

少なくとも、わたしが当初報道を見ながら、お母さんの扱われ方を見ながら
感じていた違和感は醜い感情であり、
香港の視線と考え方は、人間としてそうあるべき姿なのではないだろうか
と今、思う。

最近、仕事上、見なくていいところまで見えてしまう分、
柄にもなく「香港」に少し疲れてた。
でも、「なんだよ、香港、やっぱりいいヤツじゃん」、と思わされる、
そして改めて「自分の中の常識」のあり方について考えさせられる
この事件だった。


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徐歩高のお母さんは、判決後、
「悲しく受け止めます」と答えた。





「とても辛いです。わたしには本当に良い息子でした。
この事件がこれで、終わりになることを望みます。」
「被害者のご家族を含めた全ての人がこの悲しみから
解放される日が早く訪れることを望みます。」


こんな事件を起こして、遺された親を悲しませるなんていうことは
人間として、絶対してはいけないよね。



母親も、この事件の被害者の1人なのである。



だから、



ニュース見てたら
裁判所前に殺到する報道陣に徐歩高のお母さんが
手を振りながら歩いてた。




っていうのもアリなんだろう。




・・・でも・・・、やっぱ、その図はちょっとビミョーだったかと・・・。(本音)

(そういうシーンもあった、というだけで、決して
お母さんが能天気という意味ではないので念のため)




そんなことでこの香港史上に残る凶悪犯罪の惨劇は
2007年4月25日、ついに審判の時を迎えたのでした。




最後にもうひとつ明るいニュース。

panda
本日、中国から香港に贈られたパンダ二頭が
海洋公園に到着!
パンダは「樂樂(ろっろっ)」&「盈盈(いんいん)」
と命名されました。


素朴な疑問、「海洋公園に元々いたパンダたちはどうなってるの?」
と回りに聞いたら「そろそろ死ぬんじゃない?」といわれた。
・・・不謹慎な発言、お詫び申し上げます。でも、本当にどうなった?

「樂樂」&「盈盈」は、返還記念日の7月1日から一般公開の予定だよー。


この記事へのコメント

1. Posted by ばってん   April 27, 2007 10:47
りえちゃん、ごぶさた!

銃撃戦の裁判、りえちゃんの解説でようやくわかりました、ありがとう!連日新聞のトップを飾っていたので、新事実か何かでたのかな?って思っていました。

犯人のお母さんへの取扱い、そしてそれが日本だったらどうなるかってこと、よくわかるなぁ。
2. Posted by  ☆(・ε- ) 今日今日今日 生日   April 27, 2007 14:09
親がぐるになってその殺人を企てたわけじゃないから、これが正しいのでしょう。
また、たとえ世間には悪党でも、親にとって我が子であることは変わらないし、変わってはいけないはずです。

が 日本だと、犯罪レベルのことをしなくてもちょっと道を外れたら、あんたのせいで家族全員が迷惑する なんて親から言われ、親まで世間と一緒になって子供を攻撃したり、な気がする。
てか、事実そうだった(-ε-;)
連帯責任には、信頼関係なんかないのだと思います。

ところでパンダ記事、見出しの「きょうきょうきょう」が気になりますな。 
3. Posted by ひろ   April 27, 2007 22:50
りえさん、こんばんは〜。
う〜ん、こういうの聞くと、やっぱり日本は村なんだな〜って思います。
何かこういう部分の感覚って江戸時代から変わってなかったりして?とも思いますね。
こういう部分に関しては、まだ個人というより家の概念なのでしょう。
さすがに近代国家になってからは、
個人の行為に法的には家族が連座することは無くなりましたが、
意識の上ではまだ連座制が残ってるのでしょうね。
ちょっと考えされらてしまいました。
4. Posted by せーこ   April 28, 2007 01:29
りえさん、こんばんは。
あれからもう、1年ですか〜(TT)
市民の安全を守ろうと、最後まで警官としての職務を全うしようとして命を落とされた被害者のことを考えると、ちょっと…と思ってしまいます。
子供を育てている親としていつも願うことは、わが子が人から好かれ、やがて社会に出た時に少しでも世の中のためになる人間になってほしい、ということ。ものの善悪やひとの痛みなどを教えるのは、親が一番にすべきことだと思うのですが…。
古い日本人なんでしょうかね。
5. Posted by teru   April 29, 2007 03:23
あの映画の様な事件から1年過ぎましたね。
 
日本にも香港にも、良い面もあれば悪い面もあるし、旅行で香港に行く(来る)のではなく、生活の場としていると、香港の"良い面"も"悪い面"も色々見えてくるよね。
 
まぁ"良い面"は常識(当然)となってあまり意識せず、"悪い面"ばかり比較しちゃう事が多いけどね。
 
文化の違いかもしれないけど、日本とは報道のスタンスが違うし、その辺は香港・報道の一翼をになっているりえさんは、私以上に感じるでしょうね。
 
この事件は、裁判としては4月25日に審判を向かえたけど、人々の記憶からは忘れる事はない事件ですよね。
6. Posted by ズッキーニ   April 29, 2007 22:04
あれから一年も経ってしまったんですね。
裁判が始まってから毎日のように新聞に登場していた加害者の母親。
確か初期のころはマスコミに対してかなり冷たい態度をとっていたんですよね。
ま、自分の息子のことを悪く書くマスコミなんかとは
口もききたくないって感じだったんでしょうが、
ある日突然フレンドリーになって、
何でも話すようになった姿に思いっきり違和感を感じた私です。
弁護士からのアドバイスでもあったのかなぁと思ってしまいました。

一般の人はどうなのかわかりませんが、
ネットなんかの書き込みを見ていると
母親(そして加害者の妻に対しても)
悪意を持っている人がかなりいるように感じます。
憐憫の感情を持つ人もいれば、遺族を起訴するべきだと主張する人も。

被害者の遺族にとっても、加害者の遺族にとっても
これからまた長い長い日々が待ち受けているんでしょうね。
7. Posted by りえ   May 02, 2007 23:04
コメントありがとうです!
こちらは明日にでもお返事書きます。
遅くてごめんね!
8. Posted by りえ   May 04, 2007 00:23
ばってんさん
かなり経緯をまとめちゃってますが、そう言っていただけて嬉しいです!
今回の経緯を見ていて、香港と日本の「感覚の違い」をなんだかすごく
感じました。日本だったら・・・って考えると、ちょっと怖いですね。
9. Posted by りえ   May 04, 2007 00:25
☆(・ε- ) 今日今日今日 生日さん
遅くなりましたが、生日快楽!でした!

わたしが言いたかった部分を簡潔に明快に補足してくださって
ありがとうございます!まさに
「親まで世間と一緒になって子供を攻撃したり、な気がする。
てか、事実そうだった(-ε-;)
連帯責任には、信頼関係なんかないのだと思います。」
ということで、わたしもたとえ表面的にでも、「他人の目」のために
そうしなくてはいけないことはとても悲しいことだと感じます。

わたしもパンダの「今日今日今日」が気になりました。
楽しみにしている様子がすごくわかりますよね(笑)!
10. Posted by りえ   May 04, 2007 00:27
ひろたん
そうですね、戸籍制度や結婚制度にしてもそうだけど
日本はやっぱり「個」ではなく、「家」なんですよね。
意識の上では連座が残っている・・・
ある部分では、加害者の家族も加害者である、的な
冷酷な見方は意識(無意識)の中にある気がします。
悲しい意識だな、と思います。
11. Posted by りえ   May 04, 2007 00:41
せーこさん
1年、早いですね。
事件の関係者にとっても短く、そして長い1年だったことと思います。
事件の被害者の方を思うと、ちょっと・・・というお気持ちもわかります。
古いも新しいも、正しいも間違ってるもなく、人それぞれの感じ方ですから!
例えば子供が公の場で大騒ぎしていても、親が注意してなかったら
なんだこの非常識な親はってわたしも思いますし、こんな犯罪を犯す
人間にしてしまったことに、もしかしたら親の責任もあるのかもしれない。
でも、わたしは個人的には、だから親も加害者かというと違うって思うし、
彼女達も、息子にとても良い名前をつけて、彼に人に愛される素晴らしい
人生を送って欲しいと思っていたでしょうし、息子が警察官になったとき、
結婚したとき、孫が生まれたとき、その都度都度息子の幸せをとても
喜んで誇りに思ってきたでしょうし、それを思うと、かわいそうだと思います。
そして彼女達も被害者であるとも。
例えば、息子や夫、父親が凶悪犯罪を犯して死んでも、その死を悲しいと
言ってはいけないとしたら、言うことが許されないとしたら、それはむしろ
悲しいことだなとも思ってしまいます。
など、個人的にですが、今回の香港の報道姿勢や香港人の反応、そして
自分の中の意識の変化から色々と考えさせられました。
もちろん、命を落とされた事件の犠牲者たち、その遺族のつらさや悲しみ
は想像を絶するものであり、罪は罰せられなくてはならず、そして
こういう事件は二度とおきてはいけない、社会的に許されることがあっては
ならないと思います。
12. Posted by りえ   May 04, 2007 00:48
teruさん
海外に住んで思うのは、母国というのはどうも悪いところばかりが
気になってしまう、そして海外というのは良いところばかりが
見えてしまう、でもその海外も「生活の場」になって地元に深く接する
ようになってくると今度は愛着と共に悪い部分も見えてきたりします
よね。「生活の場」って「家族」と同じですね。自分で悪口言うのは
いいけど、実際のことを知らない人に同じ事言われたら頭に来たりも
するじゃないですか(笑)?
わたしは仕事柄、普通なら外人には見えない「見えなくても良かった」
という部分まで見えてしまうところがありますが、普通に生活してたら
見えなかった良い部分も見ることが出来ます。「香港の良い部分」は
どんどん紹介して行きたいです。(面白い部分もね(笑)!)
特にメディアのスタンスの違いなどは実体験からも色々言えることが
あるから機会があればぜひご紹介させていただきたいです。

この事件は1年経った今も、そのときの衝撃の大きさを覚えています。
これから先も柯士甸道の地下街のそばを通るたびに、「ああ、ここだ」
と思ってしまうと思います。
13. Posted by りえ   May 04, 2007 00:54
ズッキーニさん
気持ちや置かれた環境の中で色々葛藤や変化があったのでしょうね。
弁護士といえば、とても弁護士費用が払えない、と「公立弁護士」
(日本の国選弁護人みたいなものかな?)を申請して、生活(財産)
水準が基準よりちょっと上だったってことで却下されてしまったのも
話題になってましたよね〜。

ネットの書き込みはわたしもチラチラ見ましたが、
日本と同様、匿名性の高いYahooとかそういったところへの書き込みは
過激な悪意に満ちたものが多いので、主流の意見だとはあまり考えて
いません。目を背けたくなるような意見を正論のように書く人も多いし、
ちょっと怖いなと思ったりすることもあります。
でも、考え方、感じ方は人それぞれで、何が一般論で、何が間違ってるとか
いうこともないですし、攻撃的に考える人もいるんだろうとは思います。
ただ、「家族は一番大事なもの」という、香港で今でも守られている意識と
感覚は、わたしはこれからも大事にされて欲しいなと個人的に感じています。

関係者の方々の傷が少しずつでも癒えていくといいですね。

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