2009年05月12日 15:42

報道管制の必要性:パニックを煽るマスコミ

「新型」致死率、100万人超死亡「アジアかぜ」並み…WHO特集
(2009年5月12日11時10分 読売新聞)


 引用元論文は、これ。


Fraser C., et al.; Pandemic Potential of a Strain of Influenza A (H1N1) : Early Findings, Published online May 11 2009; 10.1126/science.1176062 (Science Express Reports)


 医学・医療・保健系の学部学生向けの論文であろう。

 これが読めないようではScience Journalistを自称するのは問題があると考える。



 読売の記事で最も問題のある箇所はここ。

「研究チームは、データが正確な欧米の感染者数を基に、メキシコの出入国者数、感染者の広がりなどから逆算し、メキシコでは4月末までに6000〜3万2000人の感染者が発生、致死率は0・4%に上るとする推計をまとめた。」

 5月10日現在(日本時間11日)の数字でも、世界中で感染者4379名なのに現在までの死亡者は49名(1.1%)に過ぎず、しかも、うちメキシコで感染者1626名に対して死亡者45名(2.8%)を占める。

 このメキシコでの致死率の異常な高さは、関係者の間では発生直後から問題になっている。

 いろいろな説明が可能であるが、メキシコでの医療サービスへのアクセスの悪さが、見た目の致死率を上げる大きな原因となっているのではないかと自分は考えている。

http://www.who.int/csr/don/GlobalSubnationalMaster_20090510_0800.jpg

 メキシコ以外での数字では、感染者2753名、死亡者4名(0.15%)となり、まずはここから「データが正確な欧米の感染者数を基に、」「致死率は0・4%に上るとする推計」することはできそうにないということがわかる。

 常識的に言って、感染者数の増加を死亡者数のトレンドは数日遅れて後追いすることであろう。(ただし、メキシコでは死亡者数の増加が感染者数の増加に先行し、日を追うにつれてその比が低下している。)

 その上で、いずれどこかの時点で感染者数の増加は止まり、死亡者数だけが増えるという状況が数日間あった後に、今季の流行が終息するであろう。

 ちょうど5月10日は、たった1日で感染者数がほぼ倍増した。ただ、いくらこれから死亡者が増えるだろうとは言っても、この致死率は高すぎる。とは言っても、論文のサマリーには確かにそう書いてあるから、本文を読んでみる必要があるだろう。

“Based on the 9 confirmed and 92 suspect deaths that were
reported by 30 April 2009 (6) and assuming similar times
from infection to confirmation and from infection to death,
this gives estimated CFRs in the range of 0.3% -0.6% from
the interval-censored case count model, based on confirmed
and suspect deaths combined, or 0.03% to 0.05% for
confirmed deaths only.”

 で、わかることは、サマリーに記載された致死率0.4%は、(欧米ではなく)メキシコで死亡者として報告されている数字(WHO報告では4月30日ではなく5月1日か?)を下に、疑い例92例を含めた101例を採用した推計の数字で、確定症例である9例を採用した場合の推計では、致死率は0.03%から0.05%に過ぎないということである。

 4月30日時点での確定症例だけでは確かに過少推計になっている可能性はあったと言えるが、その後の10日間の推移はまた、昨日の時点で既に101例というのは過大推計であったことをも明らかにしている。

 科学論文をきちんと読み取る能力のないマスコミが、もっともらしく論文を引用してパニックを煽ることは、公の秩序に対する挑戦であろう。

 ジャーナリストの論文読解力の不足から、わが国では報道管制が必要な状況に陥っていると考える。


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1. [私見]過剰反応によるデメリット  [ Dr.Poohの日記 ]   2009年05月19日 13:33
海外渡航中に新型インフルエンザに感染したことが判明した方々に対する過剰反応の一端が先日報道されていました。「帰ってくるな」とか「なんで旅行なんか行ったんだ」なんていう発言は,住民すべてを代表するものではないにしろ,冷静さとか理性的な判断とはおよそかけ離れ

コメント一覧

1. Posted by 今日の小児科医   2009年05月18日 02:27
私も読みましたが、感染者数の推計は確定例からしていて死亡者は推定例も含んでいて、何を言いたいのかよくわからない論文でした。推定死亡例がいったいどういう基準なのか…とか。これで報道に回されるというのはたまったものではありません。
2. Posted by rijin_md   2009年05月18日 11:40
 論文自体はそういう前提であることを明示しており、まあ、そういうものなのだとしか言いようがありません。

 それを引用した報道については、ご指摘の通りと思います。また、どうしてこのようなことが起きるのかが問題です。

 プレス発表された論文を読む機会がないのか、批判的吟味の訓練と能力に欠けているのか、それを記事に表現する能力がないのか、あるいはその記事を掲載することを社内で主張できないのか、…。

 様々な状況が考えられますが、いずれにせよ、こんなものを垂れ流すことを放置することは、社会全体を危険に曝すことになりかねないと考えます。
3. Posted by Dr.Pooh   2009年05月19日 13:40
こちらからもTBさせて頂きました。
確かにこんな報道では有害無益と言われるのも仕方がないかも知れませんね。個人的には,分かっていることと分かっていないことを分別することの重要さを再認識する事例と思いました。

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