2009年07月21日 12:55
公開の場で議論の流れはコントロールできるのか?
自分の開設するブログでは誰でも、愚かにせよ賢きにせよ、思うがままである。コメント欄の議論の流れに介入することもできるし、あらぬ方向に行くことを放置することもできるし、気に入らないと言うだけの理由でコメントを削除し、あるいはアクセス禁止にすることもできる。
しかしながら、ネットの中はもちろん、社会一般でさまざまな媒体が参加する議論の場には、Blog-masterのような存在はない。
#1
医療問題弁護団
日付 :2009年05月
兵庫医療問題研究会の声明(加古川市民病院事件に関するインターネット・ブログの言論について)
#2
KALEIDOSCOPE WORLD
加古川心筋梗塞訴訟(加古川市民病院事件)
上記二つはブログではないが、是非とも読み比べていただきたい。
#1は主として首都圏の弁護士による任意団体である医療問題弁護団のHPに掲載されたプレスリリースである。
内容は、兵庫医療問題研究会と名乗る弁護士団体が発表した、いわゆる加古川病院事件についてのネット上での議論についての声明を、そのまま転載したもの。
その声明には、問題となったブログの部分的な引用と思われる文章はあるが、引用元のブログ名やURLは明記されて居らず、その存在を証明し得る立場にありながらも、その努力は一切為されていない。読者はブログの実物を読むことはできず、その検討もできないようになっている。また、判決文も掲載されて居らず、読者は判決文の実物を読むことはできず、抜粋された判決文の前後関係の検討もできないようになっている。
対して#2は個人によるHPである。
内容は、問題となっているいわゆる加古川病院事件の判決そのものについて、主として医学・医療の視点から批判を行うものとなっている。
判決文と上記声明へのリンクが記載されており、読者はこれらを同時に検討することができる。
以下は私見であるが、#1では「本件判決の内容を実際に確認」することを求めていながら、その判決文を読む機会を提供していないという点は整合性に欠けているとしか言えない。
一般的に言って、争いとならなかった事実関係については、それが法廷で検討されなかったからと言って法廷がその事実の不存在を認定したと言うわけにはいかない。従って、ブログ記事で問題とされた転送要請を断られたという「たらい回し」の有無についての批判は的外れとしか言いようがない。
さらに言えば、#1で批判対象となったブログ記事の引用の9つの文の文言のいくつかは正確ではなく、一見すると9つのブログ記事からばらばらに集められてきたようにも見えるが、実は少なくとも二つの文は同じブログの同じエントリから引用されているものと思われる。
しかもそのブログでは、その後、判決文要旨に「たらい回し」の有無について触れられていないことについて明記したエントリが起こされており、またその検証方法についての検討が為されているが、声明ではそのことに触れていない。
判決の影響について、病院側のリスク回避の傾向が生じると批判した文については、患者側勝訴の医療訴訟を巡る影響についてはより一般的なものであって、特にこの判決文に向けられたものとは限らないし、病院側の過失の有無や裁判所の事実認定や「たらい回し」の有無とは関係なく成立する批判でもある。
また、「たらい回し」の有無については、2008年9月に姫路市で発生した妊婦受け入れ困難事例(「姫路でも妊婦14院拒否 救急搬送 腹痛収容まで1時間」読売新聞2008年10月25日)についてのブログ記事との混同の疑われる記載がある。
(ブログ記事の例)「このあと、隣接する高砂市や加古川市の病院にも要請したが同様に拒否され、一度あきらめた姫路市の病院に改めて要請して搬送した。病院到着は、午前4時頃だった。」
このようなことは、引用元が明確であれば検証容易であるが、しかし読者にはそれは不可能となっている。
さらに言えば、同じくこの判決文を巡って、その経過について医学・医療の視点から判決文に記された情報に基づいて疑問の呈されているブログ等が#2を含んで“多数”あるが、それに対する反論が一切試みられていない。その議論は回避して、曖昧な情報に基づいたエントリについての批判のみに議論を限定しようという意図が疑われる。
以上の二つを比較すると、#1には提示する情報のコントロールによって議論の方向性を限定できるものという前提が感じられるが、#2ではそれは不可能という前提によってその努力が放棄され、逆に可能な限りの情報を提供する努力が払われているように思う。
具体的には、#1が議論の方向性を自分たちの主張に不都合で、しかも根拠の曖昧なブログエントリへの批判に限定する努力が払われ、対して判決文と医学・医療の知識に基づくブログエントリによる批判という不都合な事実については触れていない。
ただし、いずれにせよ、ネット上の情報検索の特性から言って、前者は知っているのに後者は不知と主張するのは不自然であろう。
因みに#2においては「たらい回し」の有無についてはその情報の根拠が曖昧であることから敢えて検討の対象としない旨が記されている。
さて、このエントリが実例の一つだが、#1の意図とは別の方向に議論が進むことはあるし、それを直接コントロールする方法はない。実は加古川病院事件判決についてのネット上の議論は既に下火であって、忘れ去られていく流れにあった。
これが再び取り上げられることが、一概に弁護士の団体に有利に働くとは思えない。