2006年02月05日

おひさまのにおい(原稿用紙換算枚数50枚)

 以下の文章には、性描写が含まれています。
 男性の方、18歳未満の方、性描写の苦手な方はご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます。

 また、ご親切にも拙作を読んでくださり、感想、批評など書いてやろうかと思われた方がいらっしゃいましたら。
 こちらのコメント欄には字数制限があるようですので、長文を一度に送信できません。
 よろしければ、こちらのコメント欄を使っていただいた方が便利かと思われます。

 では、宜しくお願い申し上げます。
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 双子の間にはテレパシーが通っている、と言う人がいるけれど、それは嘘だ。
 少なくとも、一組については当てはまらない。私は、テレパシーどころか通常の意思の疎通もできていない双子を知っている。
 あるいは、双子といっても一卵性双生児に限ってなら、テレパシーも通じるのかもしれない。二卵性双生児は、同じお腹の中で同時期に育った兄弟にしか過ぎず、同じ遺伝子を持っているわけではない。
 ああ、そうなのかもしれない。きっと、だからなのだ。
 だから私と太陽の間には、テレパシーが通じないのだろう。
「月子って、太陽くんと似てないよね」
 もう何度言われたか知れない言葉を、今日も言われた。
「うん、よく言われる」
 だから私はいつも同じ言葉を返すのだ。
「双子なのにね」
 少し首を傾げてそう言うのは、高校三年になって初めて同じクラスになった夏海だ。初めて友達になったのだから、そういう初歩的な質問が出るのは仕方ない、と心の中でそっと溜息をついて答える。
「二卵性だから」
 私たちはグラウンドに面した教室の窓から、腕だけを空中に放り出して、部活に勤しむ下級生たちを眺めていた。
「ふうん? 一卵性か二卵性かって、そういうのって分かるの?」
「分かるも何も、性別が違うじゃん」
「うん? どういうこと?」
 意外に世間の人たちは、この基本的なことを知らないことが多い。双子はよくいるようで珍しいものだから、知られないのも仕方ないのかもしれないけれども。
「一卵性は、一つの卵を二人で分け合うようなものだからね。全く同じ遺伝子を持っているの。だから、外見も全く同じ。もちろん、性別も同じ」
 長年の経験から、一番納得してもらえる答えを探し出して、身振り手振りも付け加えて答える。
「二卵性は、卵はそれぞれ違って、同時期に受精しただけの兄弟だよ。遺伝子は違うの。夏海だって、お姉さんと似てないじゃん。それと一緒」
「あー、なるほど、そういうこと」
 こんな説明で本当に納得できたのかどうかは分からないけれども、夏海は何度も頷いた。
「普通は、卵は月に一個しかできないもんなんだけど、たまに二つできることがあるんだって。だから、二卵性双生児も滅多に産まれないらしいけどね」
「へえー」
 ただし、うちの場合は偶然に卵が二個できたわけではなかったようだ。子供ができないと悩んだ両親が、排卵誘発剤を使ったらしい。だからもしかしたら、五つ子なんてこともありえたわけだ。
「あ、噂をすれば」
 夏海がグラウンドの端の方を指差した。
「太陽くんだ」
 私は夏海が指す方向に視線を向けた。中学三年の夏から、太陽をグラウンドで見かけることは滅多になかっただけに、妙な感覚がした。以前よりまた、細くなった気がする。
「気付かないかな?」
 そう言って、無邪気に夏海は手を大きく振った。太陽は気付いているのかどうなのか、こちらには振り向かない。
「月子も手を振ってみてよ」
「なんで、私が」
 夏海の提案に驚いて、首を小さく横に振った。
「兄妹でしょ。別に手を振るくらいいいじゃん」
「そんなの……なんか、ヘン」
「ふうーん」
 いくら手を振っても、太陽はこちらに振り向かない。すぐに諦めて、夏海はグラウンドに背中を向けた。放課後の教室には、もう誰もいない。
「仲、悪いの?」
「そういうわけじゃないけど」
 仲は悪くないと思う。その代わり、良くもない。いつからだろう。太陽と私の間に見えない壁ができてしまったのは。
 だから、私は断言できる。双子の間にテレパシーは通じない。ここに、その例がある。
「太陽くんって、かっこいいよね」
 グラウンドの方を振り返って、夏海が呟いた。私の心臓は、その一言で跳ね上がった。
「え? そう?」
「うん、結構モテるんだよ」
「太陽がねぇ」
 気のない素振りでそう返した。心臓が痛い。
「月子は兄妹だからそう思わないんだよ」
「全然、かっこよくないよ」
「かっこいいよ。あたし、結構好きだな」
「物好きだね」
 苦笑した振りで、そう言った。苦しい。今すぐにでも逃げ出したい。
「月子の名前っていいよね」
「え?」
 ふいに夏海が言った。
「だってさ、太陽くんと月子。なーんか、双子で揃ってて、よくない? ロマンティックな感じがする」
「そう……?」
「うん、なんか、いい」
 夏海の答えに、私は曖昧に微笑むしかできなかった。
 私は大嫌いだ。こんな、名前。

 家に帰ってしばらく自室に篭っていると、階下からお母さんの「ごはんよ」の声がしたので、部屋を出る。食卓につくと、食器を並べながらお母さんが言った。
「太陽は?」
「知らない」
 お父さんは新聞を広げて座ったまま、言葉を発さない。
「部屋にいるでしょ、呼んできて」
「なんで、私が」
 そうふてくされると、お父さんがぼそりと言う。
「行ってきなさい」
 普段、あまり言葉を発さないだけに、たまのお父さんの言葉は絶対だ。私はしぶしぶ席を立ち、再び階段を上がる。今時珍しいけれど、うちは、お父さんが仕事で遅くなるとき以外、四人揃わないと食事が始まらないのだ。
 二階に上がって、自室の隣の部屋の前に立つ。幼い頃はずっと一緒の部屋だったけれども、私が初潮を迎えたときに、両親が慌てて倉庫と化していた隣の部屋を整理して、太陽に与えた。
 それから、私はこちらの部屋に入ることはあまりなかった。太陽の部屋の扉は、堅く閉ざされているように思える。だから、嫌いだ。
「太陽? ごはんだって」
「うん」
 ほんの近くで声がしたかと思うと、急に扉がこちら側に開いた。私は驚いて後ろに引く。
 こんなに近くで太陽を見るのは、すごく久し振りのような気がして、息がつまった。
「今、降りようと思ってたんだよ」
 私の様子を見て何か思ったのか、太陽は無表情なままそう言った。
「早く来てよね。呼びに来るの、私なんだからさ」
 沈黙が怖くて、私はとにかく喋った。本当はそんなに迷惑には思ってはいなかったけれども。
「うるさいな」
 太陽は短くそう言うと、階段を降りはじめる。
 自分が憎まれ口を叩いたことを、ひどく後悔させられた。と同時に、無表情なままの太陽に腹が立つ。けれどもまた文句を言うこともできずに、後をついて降りるしかなかった。
 食卓に四人でついて、「いただきます」と言った直後、妙にうきうきした様子で、お母さんが喋り始める。
「あのね、さ来週の土日、お父さんと二人で旅行に行こうと思うの」
「旅行?」
「うん、温泉。たまには夫婦水入らずもいいかな、と思って申し込んじゃった」
「ふうん」
 何となく、意外に感じた。うちの両親がそんなに仲が良かったとは。いつも喋るのはお母さんばかりで、お父さんはそれを聞き流しているだけのように見えて、それを仲がいいようには見れなかった。
「いいよね?」
 お母さんが首を傾げてそう言った。
「行ってくれば?」
 太陽がお椀を手にしたままそう言った。
「月子は? いい?」
「うん、いいよ」
「やったあ」
 お母さんは無邪気にそう言って喜んだ。お父さんの表情は動かない……と思っていたら、はしゃぐお母さんを見て、少しだけ微笑んだ。よく見ないと分からないくらいだった。私はそのことにひどく驚いてしまった。
 この食卓で、全くの無表情なのは、太陽だけだった。
 中学三年の夏から、太陽はこんな風に無表情になってしまった。それまでは、ここまでひどくはなかったと思う。

 太陽は、幼稚園の頃から運動神経が良く、足が速かった。対して私はいつも最後から数えた方が早いくらい足が遅く、太陽と兄妹とは思えないほどだった。そういう太陽が羨ましいと同時に誇らしかったものだ。
 中学校に入って、太陽は陸上部に入った。当然の選択だっただろう。県でも名の知れた長距離走者になるのは、そう時間はかからなかったと思う。
「ああ、白木太陽の双子の?」と言われることも少なくなかった。同時に「似てないね」とも言われた。それはそうだろう。外見もさることながら、私はひどい運動音痴だった。同じ環境で育っておきながら、その格差はひどかった。けれども、私の運動神経は全部太陽が持っていってしまったように思えて、それはそれでよかったのだ。私が分け与えた能力のような気すらしていた。
 太陽は、私にとって、正に太陽だった。太陽は身体中から眩い光を発していた。太陽がいるだけで、周りが輝いているように見えたものだった。それがとても誇らしく、嬉しかった。太陽が一位をとるたびに、まるで自分のことのように喜んだものだ。
「見て、これが私の兄妹なの」と声高に世界中に訴えたいくらいだった。
 高校は、それなりに陸上部が有名なところから誘いがあって、太陽もそこに入学することを希望していた。
「やっぱり、環境って大事だし」と言う太陽はいつものように輝いていたけれど、どこか遠いところに行ってしまうような気がして、寂しさも感じた。実際、その高校は県外で、全寮制だということだった。
 ところが。中学三年の夏、太陽は練習中に腰を痛めてしまった。日常生活には何の支障もないけれど、陸上選手としては致命的な故障だったらしい。
 知らない間に太陽は陸上部を辞め、陸上強豪校の入学も断念せざるをえなくなってしまった。その頃から、家に帰るとすぐに部屋に篭るようになってしまった。
 私は、そんな太陽に掛ける言葉を知らなかった。
 お父さんもお母さんも、「時間が解決することもあるから」と言って、部屋に篭りきりになる太陽を責めはしなかった。篭りきり、といっても、学校にはちゃんと通っていたし、食事も一緒に食べる。
 高校は、私と同じ近所の公立高校に通うことに決まった。そこそこ学力があった太陽は、少し勉強しただけで、すぐに合格圏内に入り込んできた。
 合格発表は別々に見に行った。それまであまり話し掛けてこなかった太陽が珍しく、「一緒に行く?」と言ってきたけれど、私は首を横に振った。どちらかが受かって、どちらかが落ちるなんてことになるのも嫌だったし、それより何より、知られたくなかった。もしかしたら同じ高校に入ったら、また元のように仲良くなれるかもしれない、と思う自分を知られたくなかった。なんてあさましいのだろう。まるで、太陽が故障したことを喜んでいるようだ。醜い自分。決して知られてはならない自分。
 その頃からかもしれない。太陽は、私から距離を置くようになった。
 周りの目には、あまり変わっていないように思えたかもしれない。ただ、ほんの少し、口数が少なくなり、無表情になっただけだった。
 けれどもそれは、私にとっては、とても大きな変化のように思えた。

 食事が終わり、太陽が二階の自室に篭ってしまい、お母さんと二人で食器を洗っていると、ふと、お母さんが言った。
「覚えてる?」
「何を?」
「産まれた瞬間のことを覚えている?」
「そんなの、覚えてないよ」
 苦笑して返すと、お母さんは手を止めて、こちらを見る。
「太陽は、覚えていたじゃない」
「え?」
「今は忘れているかもしれないけど。月子を置いてきたって思ったって、幼稚園の頃だったかしら、いや、小学生になってたかな。とにかく、言ったじゃないの」
「知らない……」
「そう? でも太陽は確かにそう言ったわよ。なんかね、たまにお腹の中にいたときの記憶がある子供がいるんだって。難産で産まれた子供がその傾向があるって聞いたことあるけど」
「難産だったの?」
 私がそう言うと、お母さんは苦笑して言った。
「そりゃそうよ。双子だもの」
「ふうん」
「そうか、月子は覚えてないか」
 そう言って、お母さんは再び食器を洗い始めた。
 嘘をついた。
 私はちゃんと覚えている。いや、お腹の中にいたときのことは、最初から覚えていないけれども、太陽がそう言ったことはちゃんと覚えている。
 デパートかどこか、とにかく人の多いところだった。小さな頃から鈍かった私は、危うく迷子になるところだった。太陽はいち早くそれに気付いて、私の手をとった。
『もう、置いていかないよ』と言った太陽に、お母さんは不思議そうな顔をして、『もう?』と訊いた。すると太陽は、『お母さんのお腹から出るときに、月子を置いてきたんだ。だから、もう置いていっちゃいけないんだ』と言った。そして私の手をぎゅっと握ってくれたのだ。両親はそのとき、顔を見合わせて首を傾げていた。
 私は太陽の言葉を聞いたとき、何かが心臓のあたりで、ぽっと産まれたのを感じた。それはおそらく、『恋』という感情だったと思う。
 そして、その感情は、未だ消えずにくすぶっている。
 想い出と共に思い出されたその感情をお母さんに知られるのが怖くて、私は無我夢中で食器を拭いた。

 真っ暗な自分の部屋の中で、私はベッドに横になり、正面の壁を見続けていた。
 この壁の向こうに、太陽がいる。
 そっと手を伸ばし、壁に触れる。冷たい感触がした。
 その手をそのまま、自分の下着の中に差し入れる。すぐにそこは濡れてきた。
(私のこと、軽蔑する?)
 するに決まってるな、と思うと口の端が上がる。私のこの感情は、抱くだけで罪なのだと思った。
 でも、止められない。私は、太陽に抱かれたいのだ。他の誰でもない、双子の兄の太陽に。
 太陽は、どんな風に誰かを抱くのだろうか。もうセックスを経験してしまったのだろうか。一生、私だけは抱くことはない、兄。
 声が洩れそうになるのを我慢する。階下で寝ている両親に聞こえることはないだろうけれども、この壁の向こうにいる太陽に知られるのは、何より怖かった。
 太陽の手が、私に触れることを想像する。幼い頃、私の手をぎゅっと握ってくれた手。最近は間近で見ることもあまりないけれど、大人の手になっていることは知っていた。その手が私の身体を這いずるのだ。
 どんどん濡れてくる。そこがたてる音が、家中に響くんじゃないかと怖くなるくらいだ。
「……ん」
 私は、あっけなく絶頂を迎える。
 するといきなり、罪悪感というものが私に押し寄せる。いつものことだ。
 私たちはどうして、兄妹として産まれてしまったのだろう。そうでなければ、こんなに哀しくならなくてもいいのに。夏海のように、無邪気に好きだと言いたいのに。
 私はベッドの中で、神様を恨んだ。

 次の日、私は太陽の部屋の前に立っていた。
 あまり気が進まないけれども、仕方ない。
 部屋の扉をノックする。しばらくして、中で人が動く気配がしたかと思うと、ゆっくりと扉が開いた。
「月子。なに?」
 少し驚いた風で、太陽が応えた。それはそうだろう。もう何年も、夕食に呼びに来る意外で、こうして部屋を訪れたことはない気がする。
「あの……あのね、実は……友達から、手紙を預かったの」
「手紙?」
「うん。あの……、夏海って私の友達なんだけど……太陽のこと、いいって言っていて……」
 お昼休みに、「お願い」と頭を下げられて押し付けられた。今まで、こういうことがなかったわけではないのだけれど、それは全部断ってきた。「自分で言った方がいいと思う。私を通すのは嫌がるから」と言うと、案外、あっさり諦めてくれる。けれど何となく、夏海の頼みを断ることはできなかったのだ。
「いつも一緒にいるヤツ?」
「あ、うん、そう」
 いつも一緒にいる、という言葉が少しだけ嬉しかった。学校では目を合わすことすらないような気がしていたけれど、時々は私のことを見てくれているのだと思うと、浮かれてしまった。
「こういうこと、すんなよ。めんどくせえ」
 浮かれた私の頭を殴るかのように、冷たい言葉が降ってきた。私は慌てて取り繕う。
「今までは断ってきたんだけど……でも、友達だし……」
 小さく言い訳する私を見て、太陽は深く溜息をついた。
「分かったよ。受け取るから」
 そう言って、手を差し出す。幼い頃とは違う、ごつごつした手。私はしばらくその手を見つめてしまう。「ほら」と、しびれを切らした太陽がもう一度手を差し出すのを見てはっとすると、慌ててその手に手紙を乗せた。
「それだけ?」
「あ、うん、それだけ」
「分かった」
 そして再び、扉が閉まる。目の前で閉ざされた扉は、もう二度と開かないのではないかと思えた。

 それから数日して、夏海がいきなり、「ありがとう」と言ってきた。
 私は夏海に、手紙を渡したことを言っていなかった。夏海も訊いてこなかったから、訊かれたら言おう、と思いながら、そのまま黙っていたのだ。
 夏海はどうやら、手紙に自分の携帯電話のメールアドレスを書いていたらしい。それに太陽から返事があったと言うのだ。
「まだちゃんとした返事があったわけじゃないんだけど……でも、一度会ってくれるって。これから先は、私の努力次第だよね」と夏海は無邪気に笑った。そして再度、「ありがとう」と言った。
 そのとき私は夏海のことを本気で殴りたいと思った。そのことに自分自身が一番驚いた。自分がこんなにひどい人間だとは、思ってもみなかった。
 夏海は無邪気で純粋でまっすぐだ。そういうところが好きで、一緒にいると楽しくなれるのに。夏海のそういうところに救われたような気分になることも多いのに。
 私は私のことしか考えない、最低な人間だったのだ。
 その後、二人はデートしたらしい。私はあまり詳しく聞きたくなかったし、夏海も言わなかった。夏海はどうやら、太陽から口止めされているらしかった。

 家に帰ると、お母さんがバタバタと家の中を駆けずり回っていた。ああ、明日から旅行かと思い当たると、「何か手伝おうか?」と言った。お母さんは立ち止まって、ううん、と首を横に振る。
「大丈夫よ。それより、ここのところおひさまが出ないから布団を干してないのよね」
 我が家では、空の太陽のことをおひさまと言う。紛らわしくなってしまうからだ。いつの間にか、それが当たり前になっている。
「明日もちょっと分からないから……日曜日に晴れたら干しておいてよ」
「ええー」
「ええー、じゃないでしょ。何か手伝うって言ったじゃないの」
「だって、そんなこととは思わなかったから」
 家中の布団を干すだなんて、結構な重労働だ。せっかくの休みに、そんなことはできればしたくなかった。
「何だったら、太陽と一緒にやればいいじゃないの。男の子なんだから、力はあるわよ」
「う……ん」
 そのときだ。ちょうど太陽が帰ってきて、居間に入ってきた。
「あ、ちょうどよかった、太陽。お母さんたち、明日から旅行に行くから」
「知ってるよ。言ってたじゃん」
「だから、日曜日、布団を干しておいてね」
「ええー」
「もう! 兄妹揃って同じ反応しないでよね。旅行に行ってもいいって言ったのはあんたたちでしょ。いい、二人でちゃんとやっておいてよ」
 お母さんのその言葉に、二人して渋々頷いた。
 太陽が先に階段を上がる。私はその後を、何も言わずについていった。
 急に、どうしよう、と思いついた。
 どうしよう。明日から両親がいない。
 一体どうやって二人で過ごせばいいのだろう? 今だってこんなに気まずいのに。一体どんな顔をして過ごせばいいのだろう?
 私は自室に入る太陽の背中を、途方に暮れて見つめていた。

 次の日の土曜日。両親が朝早くから出掛けるため、私たちは早起きさせられて、玄関で二人を見送る。
「じゃあ行ってくるから。戸締りはきちんとしてね。夜には電話するから、必ず家にいるのよ。火の元には充分に気を付けて。ごはんは悪いけど、出前かコンビニか、ちゃんと買って食べてね」
「うるさいな、何度目だよ。分かってるって」
「だって……」
 不安げなお母さんの肩を、お父さんがぽんと叩く。
「太陽も月子も、もう高三なんだから、大人だろう。大丈夫」
「そう……そうよね」
 そう信頼されると、余計にプレッシャーになる。どこかに出掛けようかと思っていたけれど、家におとなしくいた方がよさそうな気がした。
「いってらっしゃい」と手を振ると、お母さんは「布団、お願いね」と最後に言って、車に乗り込んだ。
 太陽は、何も言わずにさっさと二階に上がってしまった。私は玄関先に出て、空を見上げる。雨こそ降らないものの、とても布団を干せるような空ではなかった。
 一体、何をして時間を潰そう、と溜息をついて、玄関の扉を閉めた。

 これでも一応は受験生なのだから、やっぱり勉強でもするか、と参考書を開いてみた。けれど一向に頭に入ってこない。隣の部屋から、ピコピコという音が時々聞こえて集中できない。
 太陽が部屋に小さなテレビとゲームを置いているのは知っている。けれども、いつもならそんな音は全然聞こえないのだ。
 静かだな、と思う。この家の中に二人の人間がいるというのに、まるで空家のようにひっそりとしている。いつもは小うるさいお母さんが、恋しく思えるほどだ。
 階下に降りて、テレビをつける。大抵は夏海とか友達と出掛けているので、土曜日の朝とか昼の番組を見るのは、意外に新鮮だった。
 ソファの上で膝を丸めてバラエティ番組を見ていると、ふと階段を降りる足音がする。
「月子」
「何?」
 呼びかけられて、振り返る。太陽は無表情なままで言った。
「昼はどうすんの?」
 言われて、壁時計を見た。正午を少し回ったところだった。
「お昼はね、用意してくれてるみたい」
 言いながら、立ち上がろうとすると、太陽が手を立てて制止した。
「冷蔵庫?」
「あ、うん。ピザがあるから」
「ふうん。じゃ、俺、二階で食べるわ」
「え」
 お父さんがいたら、絶対に許してくれないことだ。私の非難めいた視線を感じたのか、太陽は慌てて言い繕った。
「今やってるゲーム、借りてんだよ。来週には返さないといけないんだ。もうちょっとでクリアできるから」
「ふうん……分かった」
 私がそう言うと、太陽はさっさと台所に行ってしまい、冷蔵庫からピザを取り出すと、電子レンジで温め始めた。チン、という音が鳴ったと思うと、こちらには振り向くことなく、お皿を手に持って、居間を出て行く。
 私はその背中を見送った後、再びテレビに向かった。そこそこ面白いと思っていた番組が、なぜだか急に、色褪せた気がした。

 いつの間にか、うたた寝していたらしい。私はソファの上でクッションを抱えたまま横になっていた。
 夢と現実の境目がはっきりしないまま、身体を起こす。今は何時? と時計を見ると、針は五時を指していた。朝なのか夕方なのか分からなくなったけれども、しばらくじっとしていると、つけっぱなしだったテレビから、夕方なのだということが理解できた。
 台所に向かう。食卓の上に、ピザを乗せた後のお皿が一枚置いてあった。ということは、太陽が降りてきたということだろう。
 私はもそもそと冷蔵庫を開け、残ったピザを取り出して、太陽が置いていったお皿に乗せてから電子レンジにかける。新しいお皿を出すと、洗い物が増えてしまう。随分と遅い昼食になってしまったな、と気だるい頭で考えた。
 テレビを見ながら、黙々とピザを食べる。こうして一人で食事をするのは、一体どれくらいぶりだろうか、と思うと、急に人恋しくなってきた。
 しばらくして、自室に上がる。太陽の部屋の前で一旦立ち止まると、ピコピコという音が聞こえた。まだゲームをやっているらしい。
 受験生なのに、と思ったけれど、自分も何もしていないことに気付いて、慌てて自室に入る。とりあえず、問題集の何問かくらいは解いておこうかとシャーペンを手に取ったときだった。
「月子」
 ノックする音がしたかと思うと、いきなり扉が開いた。太陽がいつもの無表情でそこに立っていた。
「な、何?」
 あまりにも急なことだったので、私はうろたえてしまう。返事をするまで扉を開けるのは待って欲しい、という気持ちもあったし、太陽がここを訪れることも初めてだったかもしれないことに驚いていた。
「晩飯、買いに行こう」
「でも私、さっき食べたばかりなんだけど」
「夜中に腹が減っても困るだろ? 今のうちにコンビニに行っておこう? 俺は腹減ってきたし」
「うん……分かった」
 戸惑いつつも、椅子から立ち上がる。太陽はそれを見ると、さっさと背中を向けて階段を降りていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 私は慌てて戸締りの確認をした。滅多に使わない家の鍵を取り出し、財布を手に持つ。
 太陽は玄関の外で、空を眺めながら私を待っていた。私は慣れない手つきで鍵を閉める。
 二人して、並んで門を出た。二人とも口を開かないままコンビニに到着してしまうんじゃないかと思いはじめた頃、ぽつりと太陽が洩らす。
「久し振り」
「何が?」
「月子と歩くの」
「……うん、そうだね」
 久し振りというか、もう、最後にいつ二人で並んで歩いたのかも思い出せない。中学校に入ったばかりの頃は、一緒に学校に通っていたけれども、陸上部に入った太陽は朝練があって、私が起きる頃にはもういなかった。帰りも当然、一緒に帰ることはなかった。
「高校の合格発表のときさ」
「うん?」
「なんで一緒に行かなかったんだよ」
 急に言われて、動揺した。なぜ今更、そんな昔のことを。何の覚悟もしていなかったので、とっさに言葉が出てこなかった。
「あっ、あの……」
 急に太陽が立ち止まる。私も足を止めた。
「だって……一緒に行って、どっちかが落ちてたら嫌だから。あのとき、そう言ったよ」
「その割に、友達と一緒だっただろ? 俺、見た」
 それは確かにそうだ。でもあれは、一人で行ったら、その場で話し掛けられただけの話だ。そう太陽に伝えると、「ふーん」とだけ言って、また歩き始める。
 その背中を見ると、衝動的に言葉が出た。
「ち、違うの」
 私の言葉に太陽は足を止め、振り返る。
「あの……本当は……一緒に受かってたら、喜びそうだったから、それが嫌で」
「はあ? 何言ってんの。意味分かんねえ」
「だって! だって、太陽、陸上の高校、諦めたじゃない。だから……なんか、喜んじゃいけないかな……とか、思って……えと」
 何て言っていいか分からずに、語尾が消え入りそうになる。どうしよう、やっぱり言うんじゃなかったかな、と思って、ちらりと見やると、呆れたように眉をひそめる太陽がそこにいた。
「じゃあさ、同じ高校で嬉しいってわけ?」
「う……うん」
 小さく、頷く。
「へーえ」
 それだけ返すと、また太陽は歩き始める。慌てて小走りで追いついて、こっそりとその横顔を覗き込む。
 笑っていた。まるでお父さんみたいに、よく見ないと分からないけれども、小さく笑っていた。そのことがあまりにも意外で、私は立ち止まる。太陽は振り向かない。再び小走りで追いつこうとして、ふと、このまま腕を組みたいな、と思ったけれど、それはやめておいた。
「おひさま……きれい」
「うん」
 沈む夕日は、私たちの影を長くする。私は影だけでも手を繋がないかと、一歩だけ退がって、太陽の斜め後ろを歩いた。

 コンビニで適当に弁当を買って家に帰ると、太陽は「あと少しなんだよ」とだけ言って、やっぱり自室に篭ってしまった。
 私はまだお腹が空いていなかったので、お弁当を冷蔵庫に入れてから二階に上がり、さっきやりかけた問題集を開いた。一応はペン先は問題を解いていたけれども、私の頭の中は、さっきのことで占められていた。自分の中で、どう処理していいのか分からなかった。
「月子」
 またしても、私の返事を待たずに扉が急に開く。やっぱり私は驚いてしまって、びくりと身体を震わせる。
「終わった。別のゲームがあるから一緒にやろう」
「え、私、ゲーム苦手……」
「分かってる。簡単なヤツだから。すごろくみたいなヤツ」
 太陽は私の返事を聞かずに、さっさと扉の前から離れてしまう。扉は開いたままだったから、ついてこいということだろう。廊下に出ると、太陽の部屋の扉も開きっぱなしだった。私はおずおずと部屋を覗き込む。部屋はカーテンを締め切っている上に、電気を点けていないので暗い。扉を閉めると、本当に外からの光が入ってこないかのようだ。その中で小さなテレビだけが光を放っている。部屋の造りは私の部屋と全く同じだけれど、机やベッドは私の部屋と対称に置かれている。まともに太陽の部屋を見るのは、これが初めてかもしれない、と思うと、他の兄弟は一体どうなんだろう、という考えが浮かんだ。
「座って。こっち」
 テレビの前で、先に座っていた太陽が振り向いて私を呼んだ。そしてコントローラーを手渡された。
「どうすればいいの?」
 ゲームソフトをゲーム機に入れながら、太陽が応える。
「とにかく、丸がついたボタンだけ押せばいいから」
「うん……」
 しばらくすると、テレビにゲームのスタート画面が表示された。名前の入力とか、設定とかは太陽がさっさとしてしまって、私は黙って見ていることしかできなかった。
「ルーレットが回るから、そしたら丸いの押して」とか、指示通りにやっていると何となくコツがつかめてきたので、その内、一人でできるようになってきた。
 だから、私たちは何も喋らなくてもよくなった。しばらく沈黙が続いて、何となく気まずいな、と思っていると、ふと、太陽が言った。
「俺、本当は、別に全国を狙ってたとかじゃないんだ」
 咄嗟に、何のことを言っているのか分からなかった。理解するまでに、少しの時間を要した。
「推薦の高校、行きたくなかったってこと?」
「行きたくなかったわけじゃないけどさ。もっと早く走れるようになるかもしれないとは思ってたし。でも、そこまでこだわってたわけじゃない」
「え……よく、分かんない……」
「俺が一位を取ると、月子が喜ぶから走ってたんだ」
 私はその返事を聞いて、言葉を失う。どうして。私が喜ぶから? 何?
 一体、何?
「だから、月子が喜んでくれたらそれでよかったんだけど……でも、合格発表に一緒に行かなかったから、失望されたと思ってた」
「失望なんか……」
「だから、さっきので、ほっとした」
 そうして、また、小さく笑った。
「だって……太陽は、太陽じゃない」
 走らなくても。一位をとれなくても。太陽はいつでも私の太陽だった。
「うん」
「ごめん……」
 知らない間に、自分が太陽にプレッシャーをかけていたのだと思うと、申し訳なくて仕方なかった。そのせいで、腰を故障したことで必要以上に落ち込ませてしまったのかもしれないと思うと、何も言えなかった。
 太陽は、「別に謝ることじゃないけど」とだけ言った。
 私たちはまた、沈黙の中でゲームを進める。また沈黙を破ったのは、太陽の方だった。
「俺、明日、出かけるから」
「あ、そうなの」
「うん……あいつと」
 あいつ。少し言いにくそうに太陽はそう口にした。名前を言うのは気恥ずかしいという感じだった。
「……夏海?」
「そう」
 どくん、と心臓が跳ね上がった。まただ。けれど慣れなければいけない。これから何度もこういうことがあるに違いないのだ。
「つきあうことにしたの?」
「そうしてもいいとは思ってる」
「そっか……よかった」
 本当は、よかったなんて、これっぽっちも思っていない。夏海は友達なのに。太陽は兄妹なのに。間違っているのは、私だ。最低だ。
 テレビ画面では、ルーレットがくるくる回っている。私はボタンを押すのを忘れた。
「月子?」
「夏海……いい子なんだ」
「……うん」
「あの……」
 何を言おうとしているのだろう。おかしい。気付かれてはいけない。私の胸の中で、ひっそりと眠っている、この想いを起こしてはいけないのに。
「キス……とか、した?」
 私の言葉に少し驚いたように、身じろぎするのが見えた。まずい。何てことを口走ってしまったのだろう。どう取り繕えばいいのか分からずに、私は途方にくれた。
「いや、してない」
「そう……なんだ」
 きっぱりと言い切った言葉に、私は少し安堵する。
「月子は?」
 その言葉に顔を上げる。太陽は、まっすぐにこちらを見ていた。
「月子は誰かと、した?」
「……してない」
 だって、まだ誰も好きになっていない。太陽しか、好きになっていない。
「する?」
 そう、言った。太陽が。私に。
「うん」
 自然にそう、口から言葉が洩れた。
 ルーレットはまだ、くるくると回り続けている。けれども太陽がコントローラーを床に置いたので、私もそれに倣った。
 太陽が顔を寄せてくる。私は目を閉じた。
 唇が、触れる。人の唇ってやわらかいんだな、とかそんなことを思った。
 少し歯が当たり、思わず身を引いた。でも、離れたくなかった。私たちは、この世に誕生する前からずっと一緒だったんだ。もう二度と離れたくない。
 私はもう一度、唇を乗せる。太陽が柔らかな舌を侵入させてきたから、それに応える。
 大好き。大好きなんだ、太陽。もうどうなってもいいよ。一緒になりたいの。
 今きっと、テレパシーが通じた。太陽は私の心を読んでいる。私たち、双子だもの。きっと本当にテレパシーは通じるんだ。
 そのときだ。階下で電話が鳴るのが聞こえた。私たちは身体を離す。太陽がのそりと立ち上がって、部屋を出て行った。
 急激に、現実というものが私に押し寄せたような気がした。
 どうしよう。きっと、お母さんだ。夜に電話するって言っていた。私、何をしようとしていたの。何を。
 呼ばれて、階下に降りる。やっぱりお母さんだった。『ちゃんとごはんは食べた? 戸締りは?』と聞かれて、大丈夫よ、と答える。その優しい声を聞いているうちに、泣きたくなってきた。
 私たちは、両親を、世間を裏切ろうとしていたのだろうか。
 電話を切った後、また階段を上がる。太陽は既に部屋に戻っていて、テレビの前に座って、ゲームを片付けていた。
「私……寝るね」
 背後からそう話し掛けると、太陽は短く「うん」と答えた。こちらには、決して振り返らない。
「私、太陽のこと、好きだよ」
 言えた。ずっと言えなかった、気持ち。少しだけ、すっきりした。「俺も」と小さく聞こえたような気がしたけれど、何も答えずに、扉を閉めた。
 もう一度階下に降りて、戸締りやガスの元栓なんかを確認して、電気を消して二階に上がる。太陽の部屋の扉の前を素通りして、自室に入った。
 さっとパジャマに着替えて、ベッドに潜り込む。壁の方を向いて、触れた。いつものように冷たい感触がするけれど、いつもとは少し違うような気がした。きっと太陽も、もうベッドの中に入っている。そしてこの壁を触っている。
 神様、許して下さい。今日まで。今日までは、太陽のことを好きでいさせて。そうしたら、明日からは友人を応援できる私になる。兄の幸せだけを願う私になる。
 布団の中で、さっき触れたばかりの唇を、中指で撫でた。
 そしてその指をそのまま、下着の中に入れる。
 太陽。私、もう、濡れているの。本当はさっきから、ずうっと濡れているの。一つになりたかったの。それが本心なの。この壁が壊せればいいのに。そうしたら、一緒になれるかな。
「あ……」
 声が洩れる。でも今日は我慢しない。私、感じているの。太陽のことを思うと気持ちいいの。どんどん濡れてきて、いやらしい音をたててしまうの。聞いて。聞いてよ、太陽。私の声。触れることが許されないなら、聞いて。そして、聞かせてよ、その声を。私のことを思って、気持ちよくなって。
 壁越しに、確かに聞こえた。小さく喘ぐ声が、ちゃんと耳に届いた。
「ああっ……」
 入れて欲しい。私は太陽の代わりに、自分の指を侵入させた。
 カーテンの隙間から、月明かりが差し込んで、私を照らした。きっと今、私は生涯で一番綺麗な瞬間を迎えている。
 私は太陽の光を受けて、静かに光る月なのだ。今綺麗でなくて、いつ綺麗になるというのだろう。
 私は、夜に輝く。
 のけぞる身体。伸びる足。気持ちいいの、私。太陽も気持ちいいでしょう?
「いく……」
 ほどなく絶頂を迎えて、脱力する。けれど、いつものように罪悪感は襲ってはこなかった。私は充実した気持ちと共に、眠りに落ちた。

 翌朝、気だるい身体を起こすと、階下から人の気配がした。部屋を出て階段の上から下を覗き込むと、太陽の足が見えた。
「もう、起きたの?」
 と声を掛けると、ひょいと太陽が顔を覗かせた。
「出かけるから。てか、もう十時なんだけど」
「あ、そうなんだ……布団、干さなくちゃ」
 ぽつりと呟くと、太陽も「あっ」と声を洩らした。
「そういや、それがあったな」
「いいよ、全部やっとく」
「悪い」
「ううん、遅れちゃうんでしょ? 私、今日は何にも予定ないから」
「んじゃ、頼むわ」
 そう言って玄関先に向かう太陽に、階段を何段か降りたところから話し掛ける。
「今日は、キスするの?」
 そう背中に問いかけると、太陽は振り向かないままで言った。
「……しない」
「なんで?」
「何でもいいだろ。とにかく、今日は何があってもしないよ」
 そう言って振り向いた。私の目をじっと見つめている。
「昔さ」
「うん?」
「月子、自分の名前が嫌いだって、大泣きしたの、覚えてる?」
「……覚えてるよ」
 私は自分の名前が嫌いだった。どうして月子と太陽にしたの、とお母さんとお父さんに泣きついた。
 月と太陽じゃ、いつも一緒にいられないじゃない、と言って涙をぼろぼろ零したのだ。
 もう、いつ頃か思い出せないほど、遠い昔の話。多分、幼稚園の頃のことだ。
「あれ、俺、すっげー嬉しくてさ」
「そう?」
「うん」
 今、確かに、何かテレパシーのようなものを感じたような気がした。
 大丈夫。私と太陽は、きっといつでもお互いから離れない。たとえ、居場所が離れることがあっても。
「……いってらっしゃい」
「いってくる」
 そう言って、太陽は出て行った。私はそれを見送ったあと、自室に帰ってベランダに出る。いい天気だ。洗濯日和とはこのことだろう。ベランダから下を覗き込むと、太陽が自転車を漕ぎ出すところだった。私は見えなくなるまで、その背中をじっと眺めていた。
「さて、と」
 私はそう声に出すと、家中の布団を干し始めた。私と太陽の部屋はベランダに面しているので、二人分の布団はそう苦にはならなかった。両親のは居間から外の布団干しに運ばなければならなかったので苦労したけれど。
 昨日の晩御飯を食べてなかったので、コンビニで買ったから揚げ弁当をそのまま朝食兼昼食にする。電子レンジでチンする間に、テレビをつけたけれども、あまり面白い番組はなさそうだったので、すぐに消した。
 勉強する気にもならなくて、私は太陽の部屋に立ち入る。テレビをつけて、見よう見まねで昨日のゲームソフトを入れて、立ち上げてみる。ゲームソフトのケースには説明書も入っていて、読んでみると一人でもプレイできるようなので、やってみた。
 昨日のことが、思い出される。カーテンも開け放し、おひさまの光が燦燦と降りそそぐこの場所で、太陽と触れ合ったなんて嘘のようだ。
 一番簡単なモードでやったので、あっさりとゴールしてしまう。私はコントローラーを置くと立ち上がり、ベランダに出た。
 布団はいい感じにはためいている。私はその上に、もたれかかる。
 おひさまのにおいが布団からする気がした。いや違う。太陽のにおいだ。
 いいにおい。私の全てを包んでくれそうな、におい。ぽかぽかして、暖かくて。
 お母さんのお腹の中みたい。
 いつまでもこうしていられればいいのに、と思いながら、私は目を閉じた。  (了)

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この記事へのコメント
偶然、こちらのHPにたどり着き読ませて頂きました。
最終作品に残ったものも素晴らしいですが、その中の作品
よりも、この作品は私的には勝っていると思いますが…
審査基準がイマイチよく分かりません。

双子で愛し合うというテーマ、ともすれば危険なテーマ
ですが、嫌らしくならず、とても爽やかでいながら
官能さも表現していてとても良いと思います☆

もしかしたら、海ともうひと絡みあれば、もっと
良かったのかな?と素人ながらの感想です。
Posted by ルナ at 2006年02月09日 00:17
★ ルナさん
 こちらにも書いていただいていたのですね、ありがとうございます!
 すいません、コメント欄がごっちゃになってしまって(汗。分かりにくいですよね……。
 ライブドアブログめ〜、なんで字数制限なんかしちゃったんだ!

 もうひとつのコメント欄の方にお返事させていただいています。よろしければ、読んでみていただければと思います。
Posted by リカ at 2006年02月09日 16:30