りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2015年06月

大地の恵み、心と身体に美味しく――

今日も空は灰色の雲

雨音が哀しい調べのように響いている


今月は、こんな天気ばかり

太陽の出番はなかなかやってこないようだ


が、そんな中でも、
ちらほらと夏野菜が姿を見せはじめた

採れたて野菜

先日いただいた、もぎたて野菜

トマトはまだ青いため、2~3日追熟させなければならない

  ※写真は一晩置いた状態
   すでに、ほんのり色づいてきている


そして、3日後――

    食べごろ

食べごろになった

冷蔵庫で冷やして、美味しくいただこう


身体は私たちが食べたものでできている

せっかく食べるのなら、
旬のもの、身体に優しいものを美味しくいただきたい

身体の栄養は、心の充実にもつながる


もともと食事には気をつけてはいたが、
病気になってから、さらに気にするようになった

でも、食べたいものは時には食べる

我慢はほどほど
ストレスを溜めない程度に

そして栄養は、食べられるうちは、
できる限り食品から摂取する

健康食品やサプリメントには頼りすぎることなく

以前、何度か記事にもしてきたが、
怖いのは、健康食品の類や
サプリメントの過剰摂取による弊害だ

最近では、服用している薬との飲み合わせも、
大きく取り上げられている

健康な身体ではなんでもないことも、
病気をしたことで逆効果になることもある


大地の恵みに感謝しながら、美味しくいただくとしよう

そして、
こうして食べられることに感謝しながら――



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★しこり発見から治療までの経緯は⇒
こちら

2度目の止血剤使用

    ~これまでの経緯~

ホルモン注射終了10ヶ月後に再開した生理は大量出血
 (タモキシフェンは服用)

徐々に出血量は少なくなったとはいえ、
5年半悩まされてきた

当初は感じなかった貧血も、
月日を追うごとに重くなってゆく

婦人科で相談をしたこともあったが、
乳がんには禁忌であるピルを勧められる


  乳がん患者にピルを勧めるということは、
  “もうほかに対処法がない”ということなのだろう

  いつ終わるともわからない大量出血と、
  つきあっていくしかないのか...


と、1度は諦めた

が、どんどんひどくなってゆく貧血

医師が変わったということもあり、
再び婦人科の先生に相談をしてみる

そして提案された2種類の“止血剤”

経血量を制御できることに恐怖感を覚えたが、
このままでは生活自体がままならない

使用することを決める


その後に来た生理で、はじめて服用するも、
案の定、予想以上の効果は得られない

それでも経血量は、
半分以下にはなっていただろうか

何より、生理痛がほとんどないことに驚いたが、
まぁ、たまたまかもしれない

悩んだのは、薬を飲みはじめるタイミングと止め時

止め時は、殊更悩んだ

経血量を制御することへの恐怖と、
“血栓ができるのではないか...”という
不安が大きかったため、
出血のピークを過ぎた時点で服用をやめた


    ~そして~

そして先日、2度目の止血剤使用

経血量は、減っている

生理痛も先月と同じく、ほとんどない

貧血も軽く、かなり楽に過ごすことができた

今回も、ピークを過ぎた時点で服用をやめる

やっぱり不安は、血栓だ


薬は、あと1度の生理分、残っている

その後は
また病院にもらいに行かなければならないが――


できれば薬は飲みたくないものである



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広がるピンクリボンの輪、そして――

今や、
様々なところで目にするようになった“ピンクリボン”マーク

下着メーカーはもちろんのこと、菓子・飲料メーカーなど
多くの企業が賛同・協賛している

中でも驚いたのは、

『あるプロ野球チームの選手が、
 1シーズン中に、試合でアウトを1つ取るごとに、
 2人にマンモグラフィ検診をプレゼントする』

というものだった

このプロジェクトは7年前にはじまった
 (一時中断)

当時は確か、
『アウトを1つ取るごとに、“1人”にプレゼント』

だったように記憶しているが、
これまでいくつのアウトを取り、
何人の人が検診に行ったのかが気になるところだ


こんな自動販売機も目にする

ピンクリボン協賛

が、下の文言(印)には、

『日本では、女性の16人に1人が
 乳がんになるといわれています』

と書かれている

少し古いものなので仕方がないが、
この数年後――現在では、罹患数は、

『12人に1人』

ともいわれている

この数字、どこまで伸びるのだろう...

欧米並みの、『8人に1人』に届きそうな勢いだ

いや、この『8人に1人』は、
私が乳がん告知を受けた頃の数字

やはり欧米でも罹患者は増えているのだろうか


ただ、欧米と日本の大きな違いは、“検診率”

当然のことながら、“死亡率”にも関わってくる


なかなか上がらない検診率

1度は検診に行っても、
2度、3度と行かないことも多いようだ


『“がん”は他人事』

『自分は大丈夫』――

そんな思いが、
きっと、心のどこかに隠れているのだろう



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続・私の乳がん ~乳房に残っていたがん細胞は...~

そんなこんなではじまった放射線治療とホルモン療法

当時は、“乳がんにしては稀ながん細胞”が、
“抗がん剤も放射線も効かないがん細胞”だとは
知らずにいた


温存をした場合、放射線は必須

もうひとつ、別ながん細胞もある

当然のことながら放射線治療を受けるわけだが、
照射位置を決めるCT検査で、
乳房にがん細胞が残っていることを知る

そのがん細胞が、はたして、どっちなのか...

「もし、稀ながん細胞の方だったら...」

もし、稀ながん細胞の方だとしたら、
放射線の効果は全く期待できないものとなる

願いは、ホルモン剤が効いてくれることだけ――


一言で、“がん”といっても千差万別

同じ乳がんでさえ、様々な病状が存在するのだ

「あの人はこうだから、私も...」とか、
「この人はこうなのに、私は...」とは言えない病

決して、他人とは比べられない

きっと、患者の数だけ、
“それぞれの乳がん”があるのだろう――



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私の乳がん

私の左乳房には、
わかっているだけで3つのしこりがあった

  私のがん

は4年8ヶ月放置している間にそれぞれが成長し、
2つがくっついたように、楕円状の、いびつな形を成していた

大きさは3cm
小さな乳房には、この3cmという物体が大きく感じられた

自発痛こそなかったが、
さすがにこの大きさになると圧痛はあった

このが乳がん告知となった、
ほかの病院で外科的生検を受けたしこりだ

当時は“良性”だと信じていたしこり

この時はまだ、
“大きくなって邪魔になった、良性腫瘍の摘出”だと
疑うこともなかった

そして、このしこりから、
抗がん剤も放射線も効かない、
“乳がんにしては珍しいがん細胞”が発見されたのだ


乳がん発覚直後、「全摘」だと言われていたが、
手術直前――麻酔をかけられる直前に、
“温存術”に変更

「手術をしてみて、
 温存ができそうになかったときは全摘する」という、
主治医の方針に私も同意した

そして、切除したのが、のライン
“乳房扇状部分切除術”だ

が、切り取った乳腺組織の断端から、
がんらしきものが見つかった

の、小さな腫瘍だ

大きさは、5mmあるか、ないか

4年8ヶ月前からは、
まだそれほど成長はしていなかった

そのため、さらに1cm、乳腺組織を追加切除

・・・・・・の部分になる

このしこりが、おそらく、“非浸潤性乳管がん”


どちらのがん細胞もホルモン受容陽性だったため、
温存術には必須である放射線治療と、
5年のホルモン療法を受けた

これらのがん細胞から、
温存は、かなりのハイリスクだと思われる


外科的生検後の病理検査で
乳がんがわかったわけだが、
4年8ヶ月もの間、“良性”だと信じてきた

告知後、あまりのお衝撃と医師への怒りで
一言も言葉を発することができなかった私だったが、
たった1度だけ、口を開いたことがある

それは、
「抗がん剤とかするんですか?」だった

乳がんの知識は全くない

ただ、
「がんになったら抗がん剤をする」というイメージはあった

そして、医師は答えた

「いや、それはないよ」――

この時はまだ、
リンパ節に転移をしているかどうかはわからない

乳がんの切除と同時に行われる、
腋窩リンパ節郭清をしてみなければ、
「抗がん剤はしない」と断言できるはずはない

なのにこの時点で「しない」と言い切ったのは、
“抗がん剤の効かないがん細胞”だったから...

それに気づいたのは、
かなりあとになってからだった


ほかの部位のがんと比べると、
比較的進行が遅い乳がん

そのため、ほかのがんよりは、完治も“20年”と長い

私のがんも、進行が遅いタイプだ

“危険な温存”といい、まだまだ侮れないな...



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りかこプロフィール
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乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
  5年服用
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