りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2015年07月

できなかったことを後悔するより、してあげられたことを思い出してみる

母が亡くなって2週間――

緩和ケア病棟再入院の時の、
“余命数日から1週間”という主治医の告知

あの時が一番つらかったかなぁ...

いや、真夜中の、
「今、お母さん、息を引き取ったって」という、
父からの電話も、

その後、病院に駆けつけた時の、
もう二度と目を覚ますことのない母の顔も、

母の生徒の方たちがいらっしゃった時、
母の冷たくなった顔を見て、
「先生...先生...」と嗚咽していた姿も、

どれもつらかった

眠っているような、
今にも目を覚ましそうな母の表情が救いだった


亡くなって数日は、
「私が母にしてきたことは、
 これでよかったのだろうか...」と、
自分を責めることもあった

入院した日、
夜にもう一度顔を見に行かなかったことが
悔やまれて仕方がない

が、まさかこんなに早く逝くなんて、
誰もが想像していなかった


「こうしてあげればよかった...」
「あの時、ああしておけば...」

そんな後悔は、あとでいくらでも創ることができる

その時その時は、
「それでいい」と判断してきた

誰もあとになって、
「後悔したい」なんて思って行動はしないはず

できなかったことを後悔するくらいなら、
してあげられたことを数えたい

「こうしてあげればよかった」

ではなく、

「こうしてあげることができてよかった」

と...



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家族であっても、“がん”の本質を理解するのは難しい

これまで、
たくさんのがん患者の方たちと話をしてきた

がんに関する講演や緩和ケアの講演も、
何度も聴講した

そして何より、私自身が“がん”になったことで
経験してきたことがある

そういう意味では、母の転移による病状の変化は、
冷静に受け止められた


が、父と妹は、そうではなかったようだ

妹は、
「母の甲状腺がんが肺に転移した」と知ったとき、
「肺? なんで?」と、思ったらしい

“甲状腺がん”が“肺”に飛んだことが、
理解できていなかった

そして、
「もう年齢も年齢だから、“進行が遅い”だろうから、
 大したことないんでしょ?」

と、軽く捉えていたようだ


父に至っては、
祖父母が老衰で5~10年入院して亡くなったように、
母の再発も、
5年、10年の有余があると思っていた

そのため、亡くなる数ヶ月前のレントゲンでは、
肺の腫瘍が1ヶ月単位で
目に見えて大きくなっていることに驚いていた

検査のたび、
「腫瘍は、“ちょっと”大きくなっている」という主治医に、

「どう見てもかなり大きくなっていますよね?
 これで何cmあるんですか」

と言う父に、
「7cmです」と主治医は答えた

「先生! “7cm”って、この間検査した時より、
 1cmも大きくなってるじゃないですか!!
 それで“ちょっと大きくなっている”はないでしょ!!」

と、食って掛かったらしいが、
主治医にしてみれば、これが精一杯だったのだろう

“がん”という病をもっと知っていたら、
この時の父の受け止め方も、
きっと違ったものになったのだと思う


そんな私自身も“がん”になっていなければ、
“がん”という病の本質を知らずにいた

進行や症状、
その時どうしたらいいのかわからずに
狼狽えたかもしれない

事の成り行きに戸惑っている父と妹の前で
しっかりとしていられたことが、
哀しいけれど、がんになったお蔭なのだ...



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違和感の残る、全裸の清拭

今日は久し振りに、
少しゆっくりと過ごすことができた

こんな贅沢な時間を費やしたのは、
いつ以来だろう...


実は、未だに違和感が残っていることがある

それは、母が亡くなったとき、
病院で行った“清拭”だ

看護師さんと私の2人で、
母の身体を拭いた訳だが...


私は、顔や手、足など、
出ている部分を拭くものだと思っていた

あとは看護師さんがやってくれるのだと...


が、結局、全裸の母の身体を拭いた

もちろん、一気に全裸にした訳ではない

上半身から脱がし、拭きはじめたのだが、
最終的には下着もすべて取った
 (さすがに要所は看護師さんがやってくれたが)

父は死亡診断書の手続きのため
病室にはいなかったが、
同じ女性の立場でも、複雑な思いだった

「こんな姿を、母は望んでいただろうか...」

それでも母は、
娘の私に身体を拭いてもらっていることを
喜んでいるのだろうか


私なら、たとえ死んだとしても、
こんな姿を家族に見られるのは絶対に嫌だ...



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もう読まれることのない、母へのメール

実家のテーブルの上に、
無造作に置かれていた母の携帯電話

「もう、着信が鳴ることもないんだなぁ...」

そう思うと、ふと、淋しさが過ぎる

かと言って、その携帯を手に取ることもできない


「母にメールを送ってみよう」

父は、一応、充電はしているようだ

「解約をする前に、母の携帯に言葉を残しておこう」

突然着信が鳴ったら、父が驚きそうだが...


「まだ解約されてませんように...」

祈るように、送信ボタンを押す

暫し、画面を見つめる...

何の反応もない

どうやら届いたようだ

が、そのメールは、
もう、母に読まれることはない


その声を聴くことも、

その手を握ることも、

その頬に触れることも、もうできない


母が亡くなってから、私はたくさん母の頬を撫でた

冷たくなったその頬を...

もう二度と、微笑むことのないその頬を...


あの世で...
どこかで...

きっとまた母に逢える

メールの最後には、
「じゃあ、またね」の言葉を添えて――



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耳鼻科受診と緩和ケア病棟

そろそろ、いつもの日常が戻りつつある

そんな中、今日は耳鼻科へ

「まさか、母と同じ科に罹ることになるとは...」

少し複雑な思いで、耳鼻科外来に入る


耳鼻科は朝一の予約だったため、
今日の診察は早く終わった

診察を終えて精算のカウンターに向かう途中、
あることを思い出す

それは、母が亡くなったときのことだ

「お母さん、もうここには入院していないけど、
 何かあったらいつでも来てください。
 お話ししたいことがあれば、いつでも...」

母を家まで搬送する際の、
看護師さんの温かい一言だ

「今の時代、そこまでケアしてくれるのか...」
と、驚いた

本当は、病棟の看護師さんたちに、
お世話になったお礼も言いたかった

無事、通夜、葬儀、初七日を終えたことも
伝えたかった

そして何より、
個人的にお話をしたい看護師さんもいた

「時間は少しなら取れる。どうしようか...」

が、母がいなくなった病棟へは、
なんとなく行きづらい――

悩んだ挙げ句、
結局、緩和ケア病棟に行くことはなかった



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りかこプロフィール

★2009年5月より『がんサロン』にてエッセイ執筆★2010年9月市広報、体験記掲載★2011年8月31日、乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』出版★2016年9月14日、フジテレビ『めざましテレビ』ブログ紹介・インタビュー★サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載★講演、ラジオ出演など啓発活動

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本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
  5年服用
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           © Rikako,2011

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