りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

2016年03月

≪私の記録 53≫ 入院生活 16 ~「奥さんも乳がん?」 / 90度しか上がらない腕~

    2007年1月20日(土)

ベッドに座っている時、体位を直すため、
つい、ついてしまう左腕

その瞬間、左胸に走る、途轍もない激痛...

“乳腺を切除した”といっても
胸の筋肉と切り離している訳で...

この強烈な痛みは、そのせいなのだろう

まさか、これほどの痛みが出るとは
想像していなかった


朝、洗面所で一緒になった、隣の病室のご婦人

50代半ばか、後半...

と、いったところだろうか

デイルームで食事をするときも、
なるべくこのご婦人のグループには
近づかないようにしていた

なぜなら、色々と聞かれそうだったから

きっとこれまでも、詮索されているはずだ

が、ここへ来て、
とうとう話しかけられてしまった

「奥さんも乳がん?」――

排液ボトルも提げていた

私が“乳がん”であることは、
誰もが察しがつく

“奥さん”と言われたことには
わざわざ否定はしなかったが、
仕方なく“乳がん”は認めた

『きっとこのご婦人、
 このあと自分の病室に戻ったら、
 同じ病室の人たちと
 “やっぱりあの人も乳がんだったわ”と、
 私の話でもはじめるんだろうな...』


ご婦人は歯磨きを終え、
すすいだ水を吐き出しながら
色々と話しかけてくる

が、私はもう、ほとんど聞いていなかった

なぜなら、腰高の位置から吐き出す水が、
私にバシャバシャかかってくるからだ

この無神経さに嫌悪を抱いた

『おそらく、ご婦人の方が先に退院する。
 もう少しの辛抱』――


毎朝の洗顔と洗髪は、動かない左腕との闘いだ

90度しか上がらない腕

なので洗顔は、指先が頬までしか届かない

ほとんど右手で洗うような状態だが、
そこはリハビリも兼ね、
なるべく左手も使うようにする

リンパ節郭清の後遺症は、
手術前は色々と見聞きしてはいたが、
経験して、はじめてその大変さがわかる

お荷物になってしまった左腕

一生、様々なことに
気をつけていかなければならないらしい

利き腕ではなかったことが、
せめてもの救いか...

『“乳がん”って、
 おっぱいだけの問題じゃないんだなぁ...』


今日も廊下を歩いていると、
そこここで、
壁に向かって手をあげているおばさまたち

乳がんのリハビリをしているようだ

みんな私より腕が上がっている 

“1ヶ月でほぼ正常に動かせるようになり、
 半年くらいで元の力が取り戻せる”

と、リハビリ書には書かれていたが、
本当なのだろうか

なんだかそんな気がしない

でも、

1日でも早くボウリングに復帰するためにも、
頑張らなければ...



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≪私の記録 52≫ 入院生活 15 ~「悪い要素がないですね」~

腋窩リンパ節郭清の結果は、
転移がなかった

CTの検査で
わきの下のリンパ節が腫れていたのは、
やはり前の医院で受けた、
外科的生検が原因のようだった


ただ、当初、
「リンパ節は、5個くらい取ります」と
言われていたのだが、
実際に切除したのは10個

この“5個”の違いが医学的に
どの程度の差があるのかはわからない

が、患者としては、
「1つでも多く残しておきたい」
というのが望みだ

“リンパ節を取ることで、
 リンパ液の流れが悪くなる”

そう聞いているから尚更である

が、

『がんを5年も放置している。
 転移を見込んで、確実に、
 広く郭清したのかも...』

転移をしていなかったのは、“たまたま”

運がよかったのかもしれない


そして主治医は、
「センチネルもやってみた」

そう言った

『センチネル?』

センチネルは
前日から準備をしなければならないはず...

しかも、この病院ではやっていない

当然、そのための器具などもないはず

『ただ単に手術の段階で
 センチネルを探してみただけなのだろうか。
 でも、その時に見つけたセンチネルが陰性なら、
 なぜ10個ものリンパ節を切除したのだろう...。
 いや、センチネルの設備はない。
 病理の術中診断はやっていないはずだ』


主治医は続けた

「“しこりが5年も前からあった”ということで、
 普通、この若さで5年も経っていたら
 骨に転移してもおかしくなかったです。
 でも、“転移していなかった”ということは、
 やはり、
 “非浸潤がんだった”ということなのでしょう」

『骨に転移...』

乳がんがわかった時、
主治医は言わなかったけど、
やっぱり先生もそう思ってたんだ...


主治医はさらに続ける

「悪い要素が全くないですね。
 “完治した”と言ってもいいんじゃないですかね」

『完治?』

単純に、すごく嬉しかった

本当に、もう治ったような気持ちになった

ただ、
「定期的にエコーで(おっぱい)診ていこうな」

そう言われ、

『やっぱり終わりじゃないんだ...』と、
気を引き締められる


リンパ節にも転移がなかったため、
入院しながらの抗がん剤治療もなくなった

なので、もう、すぐにでも退院できる状態らしい

が、私としては、まだ傷は痛むし、
腕は動かないし、
退院できる状態ではない

「明日、明後日は土日だから、
 家に帰ってもいいぞ」

と、主治医から提案される

『すぐに退院できるなら、
 特に急いで家に帰る必要もないし...』

というより、
正直、家より病院にいた方が楽だった

母も、
「家に帰って来られても、
 お父さんと2人分しかお米ないよ」

そんな冗談を言い、
カンファレンスルームは大爆笑


とりあえず、
月曜日に放射線科に行くことになった

これから放射線治療、
そして5年間のホルモン療法

検査もある

主治医は「完治」って言ってくれたけど、
本当にそんなに簡単なことなのかな...


夕方、病室に主治医が来てくれた

「本当に、(家に)帰ってもいいんだぞ」

明日の外泊を気にしてくれているようだった

「帰らない」

そう言うと、

「本当にいいのか?
 別に家に帰らなくても、どこ行ってもいいんだぞ」

って、この身体でどこ行くっちゅうねん

『もしかして、彼氏のこと言ってるのかな』

生理が来てお腹痛いし、
病院でゆっくり横になってる方がいい


きっと、人生で最後の生理

治療がはじまれば、もう生理も止まる

このお腹の痛みも、これが最後か――



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「りかこさんのブログは病気のブログなので、もう見ません」

「フォロー、はずします」――

そんなメッセージが送られてきたのは、
今から半年ほど前

彼女とは
2年くらいのつきあいだっただろうか

そんな彼女と知り合ったのは、
このブログだった


当初、彼女はひどく自分を責めていた

それは、乳がんで亡くなった友人に、
言葉で傷をつけてしまったから

そして彼女はそんな責苦から逃れるように、
乳がんに関してネットで検索をし、
私のブログを見つけた

たぶん、私と彼女の住んでいる地域が
遠くないこともあったのかもしれない


そんな彼女を、私は励まし続けた

乳がんを経験した者として、
亡くなったご友人の気持ちを代弁するように、
彼女に語りかけてきた

そして彼女は、私のブログを見ては、
毎日のように
コメントやメッセージを入れてくれた

私も彼女の、“子を持つ主婦”としての、
日々を綴ったブログを読んでいた


が、そのやり取りのほとんどは、
水面下で行われた

なぜなら、彼女は過去に、
ネットで叩かれた苦い経験があるからだ

彼女には、嫌いなタレントさんがいた

嫌いなのに、なぜか、
「その人のブログを読み漁っていた」という

  正直、私には、
  嫌いな人のブログを毎日読み続ける気持ちが
  全く理解できない

  「だから、
   ブログで嫌がらせをする人の気持ちがわかる」

  なんてことも言っていた


そしてある日、彼女はそのブログに、
批判的なコメントを書き込んだ

タレントさんのブログだ、
当然のことながら、
見ているのは大勢のファンの方たち

批判コメントを書きこんだ彼女は槍玉に挙げられ、
ネットで叩かれるようになる

そんな経験からネット恐怖症になり、
表でのやり取りを避けるようになった


そんなつきあいが、約2年...


そして、突然、彼女から、
「フォロー、はずします」のメッセージ

半年ほど前のことだ

『そういえば、以前、
 “フォローします”って言ってたなぁ...』

そんな記憶がやっと甦るほど、
“フォロー”のことは忘れていた

  実は未だにその“フォロー”なるものが、
  ブログ内のどこに設定されているのか
  私自身、わかっていないのだが...

それと同時に、長文も送られてきていた

内容は――

  友だちが乳がんで亡くなって、
  りかこさんのブログに出逢った

  これまで励ましてくれてありがとう

  でも、
  りかこさんのブログは病気のブログ

  もう読みたくないです

  だから、もう見ません


...というようなものだった


言葉が出なかった


フォローだって、私が頼んだ訳でもない

はずしたければ、勝手にはずせばいい


ブログだって、読みたくなければ
読まなければいい

彼女自ら検索をかけ、
読みはじめたこのブログ

なのに、
「病気のブログだから、もう読みたくない」

って...


私だって、好きで乳がんになった訳じゃない
誰も病気になんてなりたくないよ


私は彼女にメッセージを返信することもなく、

パソコンの“お気に入り”に入れていた、
彼女のブログを削除した


残ったのは、やり場のない憤り――



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≪私の記録 51≫ 入院生活 14 ~「もう子どもは産めません」~

「もう子どもは産めません」

『えっ!! ここで、それ言っちゃうの!?』――


子どものことは、
以前にも主治医に確認したことがあった

だから私はいい

自分自身のことだし、
これまでも、何度も納得しようとした

いや、本当は納得なんていかない

せっかく子宮筋腫も取ったのに、
今さら、

「乳がんで子どもは産めません」

なんて言われたって、すぐに、

「そうですか」

なんて思える筈なんてない


乳がんがわかった時、私は主治医に

「子どもは“年齢的にも”無理ですか?」

という聞き方をした

本当は、

「“乳がん”という病気としてどうなのか」

を知りたかったが、怖くて逃げた

自分に都合のいいように、
敢えて、“年齢的”という言葉を入れたのだ

主治医は一瞬考えたあと、

「リスクが高いねぇ」と、気を遣ってくれたが、

色々調べて、
もう子どもは産めないことはわかっていた

でもその時、はっきり、

「もう産めない」

そう言わなかった主治医に、
私はありがたく思った


母には以前、どさくさに紛れて、
子どもが産めなくなることを
さらっと伝えたことはあった

が、私が想像していた、
驚いたような反応はなく、

私の話をちゃんと聞いてくれていたのか...

また、聞いていても、
きちんと理解してくれていたか...

そして、
あの時の話をきちんと覚えているのか...

は、わからない


この時の、主治医の、

「もう子どもは産めません」

という言葉を、両親はどう受け止めたか...


さすがに横に座っている両親の方を
見ることはできなかった

視界にぼんやりと入り込む2人のその姿は、

「まぁ、仕方がないか...。
 娘の命の方が大切だ」

と、小さく何度も頷きながら、
自分の心を納得させているように思えた



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貧血と、瞳孔散大

世間が明るく見える

貧血で、
また瞳孔が開いているようだ

胸のむかつきもまだ少し


...ということで、
今日の夕飯は、さっぱりと、豆腐サラダにした

豆腐サラダ

  <材 料>
   ○木綿豆腐
     絹ごしより栄養価の高い木綿を使用
   ○わかめ
     たっぷりめが美味しい
   ○きゅうり
     きゅうりが高い時はオクラを使う時もある
   ○ミニトマト
   ○白ごま
     ちょっと多めの方が美味しいかも
   ○かつお節
     たっぷりかけた方が美味しい
   ○和風、または中華ドレッシング
     今日は中華を使用

    ※やったことはないけど、
      揚げじゃこをかけても美味しそう


さて、今日はぐっすり眠れますように...



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りかこプロフィール
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本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
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      ~~~~~~~~~~~~~~

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