こんな病気になってしまうと、
色々なことに敏感になる

殊に、“言葉”が持つ力は大きい

病気のことを心配してくれる他人の想いは
時として凶器になったりもする


「きっと、その言葉の裏には、
 心配してくれている気持ちが込められている」

「きっと、冗談を言って元気づけてくれている」


が、そう思おうとしても、
冗談とは受け取れないことが往々にしてあるのだ


「軽く受け止められない、
 自分の心が狭いのか」――


そう、自分を責めたりもする

実際にこのような話もよく耳にする

が、“がん”は、
笑って過ごせるほど軽くはないのも事実だ


“死”も考える

先のことも不安だ


...やっぱり冗談は通じない


本当に病気のことを理解している人なら、
きっとそんな言葉は出てこないんだろうな...


  ちなみに、
  これまで私がかけられた言葉の中で、
  一番忘れられないのは、

  「手や足がなくなる訳じゃあるまいし、
   おっぱいのひとつくらいなによ。
   ポジティブに考えたら?」

  である

  これは、
  私の乳がんがわかった数日後、
  おっぱいの全摘に踏み切れない私に、
  知人が放った一言だ


  元気づけてくれる気持ちは
  わからなくはないのだが、
  乳がん告知を受けたばかりの私には
  衝撃的な一言だった



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング     にほんブログ村

★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から