一度がんになってしまうと、

「自分はがんである」

と、
レッテルを貼ってしまうところがある


乳がんの場合は術式によって、
腕に自由が利かなくなったりもする

治療で体調が悪いときも多い

健康な人とどこか比較をし、
自分ができない部分を探してしまう――


そこにあるのは、“劣等感”

私たちは常に、
『“がん”というストレス』を抱えて生活をしている



そして、そこについて回る“再発”というストレス

これまでも、

検査のたび、
咳が出るたび、
腰が痛むたび、

“再発”という二文字が頭を過ぎってきた


が、さすがに今回は、

「来るときが来た」

そう思った


その不安が心に与えるストレスは、
自分の予想をはるかに超えていたようだ

それは、不整脈が収まらなかったこと


私が初めて不整脈を感じたのは、33歳のとき

忘れもしない1月1日の深夜だった

床に就き、眠ろうとしたとき、
心臓が不規則に大きく鼓動した


それが、不整脈の初体験

その後、時折起こるようになる

が、特に問題はなさそうだった

不整脈は、
ストレスが原因のことも少なくないようだ



その証拠に、乳がん手術の直前――

手術台に横たわり、
右腕には点滴や血中酸素濃度計、
心電図が着けられてゆく

周囲では看護師さんや麻酔科医が、
これからはじまる手術の準備を手際よく、
黙々と進めている

看護師さんたちの術衣の衣擦れの音、
そして、
手術器具がガチャガチャとぶつかる音に混じって、

「ピピッ...ピピッ...」

と、
規則正しく打つ心電図の音が聴こえてくる――


...と、その時だった

同じ間隔で拍動していた心臓が、
不規則なリズムを刻みはじめた

「ピピピッ...ピッ...ピピピッ...」

『こんなときに不整脈だ。
 まもなく手術がはじまるというのに...』

看護師さんが気づいてくれると思った

...が、誰一人として
心電図のモニターの方を振り向く人はいない


『こんなことはよくあることなのか...』


手術寸前の不整脈は、
自覚はしていないが、
大きなストレスを感じていたのだろう



その後、実家を出、
なぜか不整脈が減る

親がストレスとなっていたのかもしれない


そして今回、
しこりをみつけてから検査までの3か月間、
なかなか収まらなかった不整脈

検査結果が“再発ではない”と出てからは、
ほとんど収まっている


身体は正直なものだ



そしてこれからも終わりのない、
“再発”というストレスを抱えて生きてゆくのだろう

年月とともに、そのストレスは
小さくなってゆくのかもしれない

が、決して消滅はしないもの――


...なのかもしれない



  早く、“がんは完治する病”になってくれたら...

  再発をしても、簡単に治療ができたら...



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