りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。 「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。 視触診だけで簡単に下された診断。 そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。 “良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

入院・通院

「これを、あちらの病院へ――」という個人的情報

私の乳がんの診断が下りたのは、
小さなクリニック

当然のことながら、
がん治療ができる大きな病院へ移ることになる

その際、
医師に紹介状を書いてもらう訳だが、

「これをあちらの病院へ――」

と、
受付・精算窓口のスタッフや看護師さんに
紹介状が入った封筒を手渡される


が、この行為、
どうにかならないものか...


私の場合、診察室で、医師に、

「乳がんだね」

と告知されてから、
すでに顔は涙でボロボロだった

診察室を出たあとも、
会計と紹介状を書いてもらうまでの間、
待合室では泣き通し

私のその姿だけで、
ほかの患者さんたちには
“私に何かあった”と勘ぐるだろう

そんな状態の中、待合室の真ん中で、
看護師長さんらしき人に、

「これをあちらの先生に...」

と、封筒を手渡された

しかも、

「りかこさーん」

と、名前を呼ばれたので、
私は席を立ち、
まさに衆人環視ならぬ、患者環視の的...

場所を変えるなど、
配慮がほしかった


これはなにも、自分に限ったことではない

通院時、ほかの患者さんが、

「○○病院を紹介しますので...」

と言われているのを何度か聞いたこともある

それを耳にしたこちらとしても、

「あぁ、何か悪いものが見つかったのか...」

と、悲しい気持ちになる



診察室での医師と患者の会話が
外に漏れ出てくるのも、
どうにかならないものなのか

病院に通っていること、
病気のことは、
個人的な情報である

病気をしている本人が、
周囲に知られたくなかったり、

それとは逆に、
ほかの患者さんの悲しい現実を
耳にしたくない人もいるだろう



ちなみに私は、院内では、
知り合いに会いはしないかと、ビクビクもの

もちろん、病院に入るときも、

「誰にも見られていませんように」

と、願う


狭い街

誰が見ているかわからない


見られても、
知らないふりをしてくれればいいのだが、

「りかこさん、病院にいたけど、
 どこか悪いのかな」

と、話が広がらないとも限らない

院内で知り合いと顔を合わせたときも、
見て見ぬふりをしてくれればいいのだが、

「どうしたの? どこか悪いの?」

と、根掘り葉掘り聞いてくる人もいる

  まぁ、どこか悪いから
  病院に来ているのだが...



都会の喧騒に紛れればいいのだか、
こんな地方ではそうもいかず――



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング    にほんブログ村 


★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から


子宮頸がん・体がん検査結果

空はなんとなく青空

気温も上昇

紫外線アレルギー持ちには、
対策が大変な季節になった



今日は、先週受けた、
子宮頸がん・体がんの検査結果が出る日

11年の間に、もう何度、
この検査を受けてきただろう

あまりに受けすぎて、
慣れっこになって、

「ただ受けているだけ」

という感覚になっている

そこに、

「がんが見つかってしまったら...」

という不安の欠片さえない


が、今日はなぜか緊張していた

昨晩から、なんだか落ち着かない

ちょっとだけ、
乳がん告知を受けたあのときの感覚と
似ていた

バスに乗り、
クリニックまで歩いているあいだ中も、
頭の中には様々な思いが去来する

良くないことを想像するたび、
胸はドキドキし、身体は強ばっていた


...が、結果はやはり、問題なし

  体がんの細胞異型度は“Ⅱ”と、
  一段階高かったが(4段階に分けられている)、
  これも特に問題はない


これで、ひとまず安心

が、また1年後、検査だ...

一生、検査からは逃れられない、
終わりがない

  正直、
  「来年は検査やめようか...」と、
  思っている自分がいるのだ




唾液でがん検査...

血液でがん発見...

尿で...

犬の嗅覚で...


などと、
様々ながん検査の開発が進んでいるが、


殊、婦人科は、

『恥ずかしくなく、痛みがなく、
 もっと簡単な検査になれば...』


と願う検査のひとつだ


時間がかからず、
身体に負担のない、
簡易ながん検査の実用化に期待しよう

そして、安価にできるものを――



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング    にほんブログ村 


★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から


お見舞いの是非

「“お見舞い”って、
 行くべきなのだろうか...」

と、最近、思うことが多い


例えば、足の骨を折る

痛いのは折った足で、
内臓は元気

なんでも食べることができる

歩けるようになれば退院もでき、
その後は特に、命にかかわることもない

「重篤な病ではないので、
 病棟は笑いにも包まれている」

とも聞いたことがある

お見舞いに行く側も、
気持ちがそれほど重くなることもない



が、病気の場合はどうなのか...


例えば私の場合、“がん”ということから、
病院側には
すべての見舞客を断るよう、要望を出していた


手術でおっぱいがなくなる

術後、抗がん剤も予定していた

いつまで生きられるかも、
これからどうなるかもわからない

“がん”という先が見えない中で、
ひとと会うことが嫌だった

なにより、“病人”としての姿を
誰にも見られたくなかった

見舞いに来てくれる人たちも、
がん患者にどんな顔をして会えばいいのか、
どんな会話を交わせばいいのか、

きっと考えるに違いない



例えば、母

甲状腺がんが転移し、
「余命2ヶ月」と診断された

もちろん、母自身は余命を知らない

そんなときに、勘当同然に家を追い出され、
4年以上も連絡を取っていなかった私が、
母に会いに行く

逆に母に、
「残された命が少ない」と、
知らせているだけなのではないか


そして、伯母

「あと2週間」と告知され、
親戚や、
普段会わない人たちが次々と病室を訪れる

「なんでみんなお見舞いに来るの?
 私、もう長くないの?」

と、結局、本人が訝しがることになる



病気をすると、

「弱っているところを見られたくない」

そう言う人は少なくない


普段、バリバリと仕事を熟していた男性

また、
化粧をしていない冴えない顔色や、
整えられていない髪型を
見られたくないと思う女性...


入院している患者も、意外と疲れるものだ



「見舞いは、
 行かない方がいいときもあるのではないか」

と、思う場面が増えてきた、今日この頃――



  私なら、最後の最後まで、
  誰にも会いたくないかもしれない



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング    にほんブログ村 


★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から


医師への不審と不信感

現在の婦人科に通って、もう12年になる

初診は乳がんがわかる数ヶ月前

子宮筋腫の摘出手術をしてから
お世話になっているクリニックだ


...が、不信感が拭えない

しかもその不信感は、
ひとつではないのだ



はじめに抱いた不信感は、
副院長の一言だった

それは、
乳がん治療のデポ注射終了後だった

半年が経っても生理が戻って来なかったときに
放たれた言葉...


「ホルモン剤使って、生理起こすかい?」


耳を疑った

エストロゲンが原因でなってしまった乳がん

そのエストロゲンを止める治療をしているのに、
エストロゲンを補充するって...

  もちろん、

  「もう少し様子をみてみます」

  と、その場を逃れたが...



ふたつめは、またもや副院長

デポ注が終わって10ヶ月後に
生理が再開した

が、

服用していたタモキシフェンのせいか、
デポ注で止めていた卵巣機能の低下のせいか、

再開した生理は大量出血

“どうにもならない”と
2年ほど我慢していたが、


  ○体調は悪くなる

  ○どこにも行けない

  ○夜も眠れない

  ○生活自体に支障が出る


ということで、ダメもとで相談してみた


そして副院長に勧められたのは、
なんと、“ピル”


「乳がんにピルはダメですよね」

と、私は知らないような口調で
副院長に質問した


すると、副院長の答えはこうだった

「うーん...。
 “生理が戻るくらい女性ホルモンが出てる”
 ってことは、
 これくらい大丈夫だと思うけどね~」


  「大丈夫だと思う?」

  呆れたのは言うまでもなく...


  医師に向かって、
  「乳がんにピルはダメです」とも言えず、

  「来週、外科に行くことになっているので、
   そのときに先生に聞いてみます」

  と、逃れた



3回目の不信感は院長だった

転院した副院長にピルを勧められたことを話すと、

「ダメだよ~、ピルは!!
 乳がんにピルはダメだからね!!」

と、まるで私が悪いことをしたかのように
副院長を諌める口振り


だから安心していた

「この先生なら大丈夫」

だと...



が、それから1年ほど経った頃だったろうか

やはり収まらない大量出血に、
院長の口から出た言葉は、

「ホルモン剤飲んでみるかい?」

だった


副院長のことも話していた

私が乳がんであることも前提に、
何年も検査を繰り返してきた

なのに、“ホルモン剤”って...


乳がんのことを伝えると、

「あ、忘れてた」

って...



それから数ヶ月

止まらない出血に、
院長に提案されたのは、
またもやホルモン剤

あれほど乳がんのことを話し、
幾度も、

「ホルモン剤はダメ」

と、院長自身の口から放たれ、、

なのに、またもや出た、
“ホルモン剤”というワード

『今まであれほど、
 “ホルモン剤はダメだ”と、
 院長自らが言っていた

 だから今さら、私が乳がんであることを
 先生が忘れているわけはない

 数ヶ月前、
 ホルモン治療を勧められたときのことも、
 まさか先生は忘れているはずはない

 医療は日々、進歩している
 今、この治療を勧められたということは、
 もしかしたら、
 私が使える新薬でも出たのかも...』

と、思い、

「ホルモン剤、大丈夫なんですか?」

と、恐る恐る聞いてみた


院長の口からは、

「大丈夫だよ」

の言葉


「よかった!! やっぱり新薬出たんだ!!
 ようやくこの出血から逃れられる!!」

そう思った矢先、

「乳がんとかやってないよね」


って――



実は院長には、検査時、
ほかにも不審なことがいくつかある

  婦人科は、女性の部分

  なので、
  ここでは言えない内容だが...





一度、医師への不信感を抱いてしまうと、
このまま続けて診てもらうのは、
患者の気持ちとしては難しいものがある

かといって、
簡単に病院を変えられないのが現状だ


悩みながら、2年くらい経っただろうか


正直、医師の顔を見るのもつらく――



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング    にほんブログ村 


★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から


1ヶ月遅れの婦人科検診 ~後 編~

病院に一歩足を踏み入れると、
嗅ぎ慣れた院内のにおい

『もうここへは、12年も通っているんだな...』

ここに来るといつも思う

乳がん発覚前、
子宮筋腫摘出手術で入院していたとき、、
病棟でお世話になった看護師さん

そのスキル(技術も心も)が本当に素晴らしく、
この病院に来るたび、

『会いたい』

と、思うのだ



大型連休明けの病院

『いつもより混んでいるだろうか...』

と、少し覚悟をしていたが、
患者さんの数は、普段より若干多い程度


  内科や外科などでは、外来者は、
  “患者”としてはっきりと位置づけられる

  が、産婦人科は、
  妊婦さんも多く受診する場所

  明らかに“病人”ではなく、
  “患者”というのも違い...

  「なんと表現したらいいものか...」

  と、いつも思うのだ



受付を済ませ、
待ち合いロビーの椅子に腰かける

何度ここへ来ても、
なんとも落ち着かない場所だ


しばらく待ったあと名前を呼ばれ、
問診室に入る

いつもなら、

「がん検査させて」

と、医師の方から出るのだが、

この1年は止血剤をもらうために、
1~2ヶ月に1度は通っていたため、

「今日は?」

と、聞かれてしまう


「がん検査を...」

そう告げると、医師は、
分厚く膨れ上がったカルテをぱらぱらとめくり、

「がん検査ね。
 入り口と奥の検査でいいかな」

  ○入り口・・・子宮頸部
  ○奥・・・・・・・子宮体部


と言ったあとで、
最終月経の日付けを聞かれる


  以前、

  「最終月経の日付けを
   把握していない女性が多い」

  と、聞いたことがある

  婦人科に行く際は、
  前回、いつ生理が来たのか、
  その日にちを覚えておく必要がある




問診室を出、検査のため診察室へ移る

そこには、
あの、忌まわしい椅子(検査台)が、
ドンと待ち構えている

『ここまで来たら、もう逃げられない。
 あとは終わるまで我慢するだけだ...』

そう観念する瞬間である


下半身を露出したまま、暫し待つ

初診の患者さんの関係で、
少し時間がかかっているようだ

待てば待つほど、
こんな姿で待たされている自分が
なんだか情けなく、惨めに思えてくる


少し経って、
下半身が遮られているカーテンの向こうが
慌ただしくなる

どうやら先生が来たようだ

『あぁ、とうとう痛い検査がはじまる...』

  向こうが見えないことが、
  いいのか悪いのか...

  何をされているのかわからない思い...

  でも、
  「見ない方がいい」という気持ち...


まずは、頸がんの細胞採取から

その後、超音波を入れて、
子宮や卵巣を診る

「やっぱり筋腺、あるなぁ...」

そんな医師のつぶやきが聞こえてくる

私の左側に超音波のモニターがあるが、
素人の私が観ても、
何がなんだかさっぱりわからない


そして、再び機械を入れ直し、
一番嫌な、体がんの細胞採取へ

カーテンの向こうで聞こえる物音、
下腹部がボコボコと突かれる感覚...

こんな検査を
これまで何度受けてきたのだろう


「今日は奥をいじったので、
 出血するかもしれません。
 なにか当てる物は持ってきてますか?」

と、いつものベテラン看護師さん

「今日は入浴は避けて、
 シャワーだけにしてくださいね。
 明日はお風呂に入っても大丈夫ですよ」

12年も通っていても、こうして説明をしてくれる

それが当たり前のことなのだが、
若い看護師さんは、何の説明もない



検査を終えると、再び待合のロビーへ

痛むお腹を押さえながら、
医師の説明があるまで、暫し待つ


数十分後、問診室へ呼ばれると、

「相変わらず筋腫あるね」

と、医師

以前なら心配だった筋腫

が、今さら、
なんとも思わなくなってしまった


「止血剤、要る?」

この1年、
いつも止血剤をもらいに来ていたからだろう、
医師から出た言葉に少し驚く

「あ、まだ1週間分くらいあるのでいいです」

あまりにも頻繁に薬をもらいに来ていたため、
前回、多めに処方してもらっていたものが
まだ残っていた

今はこの薬がお守りのようになっている

切らすと不安な存在だ



検査結果は1週間後



精算を済ませ、私は病院をあとにした

仲が良さそうな、
大きなお腹を抱えたご夫婦から
目を逸らすように――



帰り道、
バスの車窓から見えた桜

開花からすでに9日

通常であれば、
3~4日で散りはじめる桜の花

ここまでもっているのは、
この寒さのせいだろう



それにしても、医療費、
どんどん高くなってるなぁ...



   1日1回、応援のクリックお願いします
       日々の励みになります
  ↓ 両方押していただけると嬉しいです ↓
  
  人気ブログランキング    にほんブログ村 


★しこり発見から治療までの経緯は⇒こちら

★さらに詳しい経緯を更新中⇒≪私の記録≫から


りかこプロフィール

★2009年5月より、院内開催『がんサロン』にてエッセイ執筆
★2010年9月 市広報にて体験記掲載
★2011年8月31日 乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍出版
★2012年1月21日 講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』
★2012年4月5日 FMオホーツク『乳がんについて』対談
★2012年4月 キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載
★2013年6月より、サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載
★2016年9月14日 フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送
★その他、ピンクリボン活動など啓発活動

『4分の3の乳房(ちぶさ)』購入希望の方は・・・

お名前・メールアドレス、本文に住所・電話番号・注文冊数をご記入の上送信してください。折り返し、メールで詳細をお送りします。  ※いただいた個人情報は、書籍発送以外に使用することはありません。

名前
メール
本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける    

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断  

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診        

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除      

★2006年11月28日(火)
乳がん告知            

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術          

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)  

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(昨年からしこりあり)経過観察     

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)   
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(左乳房しこり3つ)
 ・明細胞がん(クリアセル)、
  非浸潤性乳管がん
 ・核グレード 2
 ・ER 90%
 ・PgR 10%
 ・HER2 (-)

★術 式
 ・腋窩リンパ節郭清
 ・扇状部分切除
  (4分の1強切除)

★治 療
 ・放射線23回照射
 ・LH-RHアゴニスト製剤投与
  4週間に1度、2年間(23回)
 ・抗エストロゲン剤
  (クエン酸タモキシフェン)
  5年服用
ブログ記事検索
たくさんの仲間のブログが見られます ↓
Pinky Ring 黒
コメント欄について
★コメント欄は、2013年11月28日より認証制とさせていただきました。
 これまで通り投稿していただけますが、コメントが反映されるまでお時間をいただくこととなります。
 非公開希望の方は、その旨書き込んでいただけるとそのように対応いたします。

★また、2014年5月22日より、スマートフォンからのコメント投稿による誤送信を防ぐため、画像認証制を取り入れさせていただきました。認証英数字は“半角”での入力をお願いいたします。
 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

★営利目的だと思われるリンク、また、不当なリンクやコメントは削除させていただいています。また、個人を特定するものや商品名なども、編集・削除させていただく場合があります。

~~~~~~~~~~~~~~

≪2015年9月2日より、コメント欄を閉鎖させていただいております≫

~~~~~~~~~~~~~~

≪2016年11月2日分より、コメント欄を開放しております≫

★非公開希望には対応しかねますので、コメントの投稿を控えていただきますようお願いいたします。

★個人を特定するもの、商品の宣伝、不当なリンクなど、編集・削除させていただく場合があります。

★公開が原則となっています。良識のあるコメントをお願いいたします。

~~~~~~~~~~~~~~


≪2016年12月3日分より、コメント欄を閉鎖させていただいています≫
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード
     © Rikako,2011

このブログの文章・画像などの無断使用を禁止いたします。