りかこの乳がん体験記

 30代でみつけた左乳房のしこり。「“良性”だからそのままにしておいていいよ」。視触診だけで簡単に下された診断。そして私は医師の言う通り放置した。 4年8ヶ月後、大きくなったしこりを切除。“良性”だと思っていたのに、病理検査の結果は悪性――乳がんだった・・・。

入院・通院

“産婦人科を変える”という決心

毎年4月は婦人科検診

子宮頸がん・体がん、
そして経腟超音波検査がある


乳がんのホルモン療法である、
タモキシフェン服用時の5年間は、
検査は半年に1度(頸がんだけは1年ごと)

が、タモキシフェンの治療を終えた今は、
1年に1度の検査となった


半年に1度、
検査をしなければならない理由は、

『タモキシフェンには
 “子宮体がんのリスクを高める”という
 報告があるから』

それだけではなく、
タモキシフェンは婦人科に
様々な影響を及ぼす副作用がある



そして今年も検査の時期を前に、
ようやく産婦人科を変えようと思い立ち...


今の産婦人科は、乳がんがわかる少し前、
子宮筋腫の手術の頃からお世話になっている

なので、かれこれ13年...


が、乳がんをしてからというもの、
副院長には、

「2年間の、
 LH‐RHアゴニスト製剤の投与が終わって
 半年が経っても生理が戻らない」

そう話すと、
生理を促すためのホルモン剤を勧められ、


「生理が戻って大量出血だ」と相談すれば、
ピルを勧められ、


副院長が転勤していなくなったときには、
院長に、

「副院長に、
 ホルモン剤やピルを勧められた」

と話すと、呆れた顔をし、

「ダメだよ!!
 乳がんにホルモン剤は絶対ダメだからね!!」

そう、語気を強めて言っていたにも関わらず、


その後も、
タモキシフェンによると思われるホルモン異常で
大量出血が治まらず、
止血剤を処方してもらいに受診をすると、

「ホルモン剤、使ってみるかい?」

と言われる始末


「乳がんやっているんで...」

そういうと、

「あ、そうだった」――


この数年で、繰り返すこと4度

先月、止血剤をもらいに行ったときには、
はさすがに、

「私、乳がんなんで...」

と答える気にもならず、

「いえ、いいです」

と返しただけだった

  その時の医師の反応は、

  「ホルモン剤使わないんだったら、
   簡単でいいや」

  ...だった


これだけこの病院に通っているのに、
患者のこと、
そんなに覚えられないものなのか...

乳がんで産婦人科に通っている人は、
私だけではないはずだ

そしてこれまでも、
何百人という乳がんの患者を
診てきたのではないのか...

疑問で仕方がない



そのほかにもこの医師には
不審な点がいくつかある

  以前、ここにも書いたことがあるが...


もうここまで来ると、
医師への信用は完全に崩れてしまった

「なるべくなら病院は変えたくない」

ずっとそう思って我慢してきた

が、もう限界である


正直、あの医師の顔も見たくない

  なにより、
  受付があまりにも感じが悪い

  これまで何人か入れ替わっているのだが、
  なぜかみんな、相当感じが悪い



産婦人科を変えなかったのは
病歴が一番の理由だが、

実は、

“ほかの病院に通うのが大変”

という理由も大きい


このような地方では、車が必須

が、私は視力が悪いため、
車の免許を持っていない

移動はもっぱら、バス


今、変えようと考えている産婦人科は、
家からはさほど遠くはない

おそらく、車で7~8分

が、バスとなるとかなり遠回り

乗り換えて、1時間ほどかかるだろうか


そんなこんなで、
これまで我慢をしていたということもある



もうここまで不信感を抱いては、
私の気持ちが戻ることはないだろうな...


  まぁ、不審はこれだけではない

  ほかにも色々あるからなぁ...



患者がこんな思いをしなければならないなんて、
なんだか理不尽である――



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検査結果と、これからのこと。

氷点下20.8度の朝

今日も冷え込みが強い


そんな朝

手術をした左乳房が赤くなっている

昨日のマンモグラフィの影響だ

マンモグラフィは、技師によって
圧迫する強さが違ってくる

もっと楽に受けられる検査が
開発されるといいのだが...



そして昨日は、1週間前に受けた、
採血とCT、骨シンチの結果を聞く日でもあった

  採血の検査結果を出力してもらうのを忘れ...

  結果を知りたいところである


検査の結果、気になる腰痛は、
乳がんからの転移ではないそうだ

これまで、局所再発の疑いや
対側乳がんの疑いなど、
いくつも不安な思いをしてきた

が、今回の腰痛は、
この12年間で
一番大きな不安だったかもしれない


再発がどういうものか...

転移が何を意味するか...


この数か月、様々なことを考えた


「どう人生を終うか...」


がんは、今すぐ死ぬわけではない

時間がある

「それまで身の周りの整理をしなければ...」

そんなことを考えたりもした



そして、医師から提示された今後のこと

「これからは、
 市の検診や人間ドックでいいですよ」――


『市の検診? 人間ドック?』


これまで病院で全身検査をしていることで、
市から送られてくる検診は
すべて無視していた

これからは、きちんと見ておかなければ...


...ということは、
もう“この病院の患者”として
来ることはないんだな...


が、

「15年経っても再発することもあるから」

と、医師に言われた不安は拭えない

  実際に私の周囲にも、
  15年後に再発した人が2人いる

“乳がんの完治は20年”といわれているから
なおさらである

そして、
私の特殊ながんも、その不安を煽っている

「でも、さすがに“人間ドック”は高いから、
 受けることはないだろうな...」

まぁ、これまでしこたま受けた、
画像検査による被曝から
ようやく解放だな


さて、こうなると、
やっぱり“かかりつけ医”、
見つけておかなければならないか...


なんだか、“これで終わった”と、
手放しでは喜べない塊が心に残る

きっとまだ“完治”という切符を
手に入れていないからかもしれない――



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マンモグラフィとエコー検査と、切れたブレスレット

「日中の気温、氷点下7℃」

という予報を聞いて、
覚悟をして外に出る


もちろん、首にはマフラー

もこもこ手袋に、
ダウンコートで身をくるむ


が、外は意外と暖かく、
氷点下4.8℃

どうやら予報は外れたようだ



肌に突き刺さるような
冷たい強風にあおられながら、
向かった先は病院

今日は、
マンモグラフィとエコー検査がある日

あれだけ嫌だったマンモ

これだけ受けていると慣れたもので、
検査前の憂鬱は、今はない



外科で受付を済ませると、
X線検査受付へ行くよう促される

マンモグラフィの待合室には、
中待合室がある

“99%が女性が受ける検査”
ということもあるのだろう、
一般の患者さんと顔を合わせないような
配慮がされている


中待合室には、
乳がんに関してのパンフレットが
いくつも置かれており、

小さいが、
しこりがいくつか埋め込まれた乳房の模型と、

モニターには
自己検診のやり方のビデオが
エンドレスで流れている


15分の待ち時間の間、
そのビデオは2巡目に入り...

「私はもう慣れたものだが、
 乳がんを知らない人は、
 このビデオも衝撃的なんだろうな...」

そんなことを思い...



検査室にも細かな配慮がある

まず、髪を縛るゴムがあり、
 (長い髪は撮影に支障がある
  もちろん、使い捨て)

室内も少し照明を落としている

検査技師の方も、女性

検査着も、肩まで露出するだけで、
上半身全部を脱ぐこともしない


十数年前には考えられなかった、
数々の配慮

慣れた私には、
「そこまで気を遣わなくてもいいのに...」

と思ってしまうが、
今の医療は
ここまでサービスをしなければならないのだろう

  初めて検診に来る人などは、
  きっと、緊張感が薄れるだろう



検査はいつものように、
右、左

それぞれ横・縦を、
透明なアクリル板で挟んで乳房を薄くのばし、
全部で4枚の撮影

手術をした左の乳房は、
さすがに痛みが強い

「うぅ~~~...」

と、ひたすら我慢

ちなみに、マンモグラフィも
息を止めて撮影する


挟まれ、強い力で圧迫されて、
赤くなった乳房

「こんなに潰して大丈夫なのか...」

と、いつも思う



おっぱいの撮影が終わると、
再び外科へ

次はエコー検査だ


エコー検査も数年前から配慮が加わった

女性の技師の方が検査をしてくれるのは
以前と変わらないが、

医師の視触診がなくなった

検査室もかなり照明を落としてくれる


乳房の上をプローブが通る

左の手術痕では、必ず2度3度と往復

そしてプローブを握った手はそこで止まり、
コンピュータを操作しながら
何度も同じ箇所を写し出している


右の乳房も同じだ

しこりのある部分は、
特に念入りに検査される


右も左も、技師さんの手が止まるたび、

「がん、ないよね...」

と、祈るように薄暗い天井を見つめるのだ



検査が終わり、着替えをしていると、
ブレスレットが切れた

同じ乳がんを患った女性から、
数年前、
誕生日のプレゼントに送られてきた...

糸を取り替えたり、
何度もここにも登場している、
あの、手作りのブレスレットだ


2019/02/05 ブレスレット



糸が切れたのは、これで2度目

「切れる前に...」と、

もう何度も取り替えているのだが、
何かあると切れるような気がする

いや、きっと、たまたまだ


が、

「彼女が守ってくれている」


そう思うと、なんだか心強いのである――



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採血・骨シンチ・CT検査

朝、カーテンを開けると、そこは吹雪――

「今日、検査なのに...」


2年振りの全身検査

昨年までの予定では、
今年は採血とCTだけだった

が、半年前からの腰痛が気になり、
骨シンチも入れてもらう


骨シンチを受けるためには、
骨を写し出すために、
特別な薬剤が必要となる

その薬には数時間の使用期限があり、
その日、その時間に
検査をする人のためだけに作られる

そのため、
急遽、検査をキャンセルすることになれば、
薬代を実費で支払わなければならない

その金額、3万円ほど...

なので、このくらいの吹雪くらいで、
検査をやめるわけにはいかないのだ

  いや、そもそも患者都合のキャンセルなら、
  実費を負担しなければならない

  が、台風や猛吹雪で
  病院に行かれなかった場合は
  どうなのだろう...



一晩で、かなり積もっていたらしい

足首まですっぽりと埋まるほどの雪だ


    2019/01/29 検査 ①

人が通った跡を頼りに歩道を歩き...



    2019/01/29 検査 ②

ものの1~2分でダウンコートは雪まみれ


バスの中も、乗客はほとんどいない

そりゃそうだろう、
こんな日に、誰も外へは出ない



なんとか病院に辿り着くと、
やはりこの天候のせいだろう、
患者はまばらだ

  いつもより、
  300~400人ほど少ない



まずは2階の採血室へ

採血が終わると地下のRI室へ行き、
骨シンチの撮影のための注射を受ける

そして2時間半の待ち時間...

薬が骨に回るまで、
何もすることがないのだ

一昨年は2時間の空き時間ができたが、
10年間、ずっと1時間半だった

が、今回は、“2時間半”

「さて、どうしたものか...」


一度家に帰ろうかとも考えた

が、私はバス

車なら移動に時間はかからないが、
バスともなれば、
家に戻ったとしても、
40分ほどしか家にはいられない

しかも、この悪天候...

「病院に缶詰めだな...」



...ということで、
とりあえず院内で早めの昼食


2019/01/29 検査 ④


野菜サラダと握りたてのおにぎり

温かなごはんはありがたい



残りの2時間は...

こんなことになるだろうと、
実は書類を持参していた


2019/01/29 検査 ⑤


院内の図書室で、ちょっとお仕事

  図書室では長居をしてしまい、
  申し訳ありませんでした

  窓際に並んでいる、
  ボランティアさん手づくりの、
  ぬいぐるみが可愛かった...


2019/01/29 検査 ➅




そして、なんとか2時間半を費やし、
再び地下のRI室へ

検査中は、
午後のお昼寝タイムでもある

  昼食後の眠くなる時間帯

  そして撮影は、寝ているだけ


が、撮影は動いてはいけない

そのため、腕をちょっと縛られる


「つま先を伸ばしてはいけません」とか、

「ひざを曲げてはいけません」とか、

「手の指も写すので、
 指も動かしてはいけません」など、

注意もけっこう受ける

  前はこんなに言われたことはなかったが、
  動いてしまうおじいちゃん、おばあちゃんが
  多いのだろう


撮影時間は、
これまでは15~20分だった

が、今回、30分超え

なんでも、

「薬を最低限に抑えているので、
 時間をかけてゆっくり撮影します」

とのこと

『やっぱり薬剤、身体によくないんだなぁ...。
 でも、“時間をかけて撮影する”ということは、
 被曝量が増えるということではないのか...』


案の定、
検査がはじまって数分で意識が遠のく

眠りに落ちそうになるたび、
身体がビクッと動き、目が覚め...

「ヤバい...」と思いながらも、
同じことを繰り返すこと数回...

乳がんになりたての頃は、
緊張して寝ることなんてなかったのに、
慣れたものだ



気持ちよく寝ていたところを起こされ、
ボーっとしたまま、次は1階の放射線科へ

すでにCT予約時間を30分オーバー

そもそもこの検査予定、
時間設定に無理がある...


今回のCTは、造影なし

胸部から腹部にかけての単純撮影のみだ

  これまでは、単純、
  その後、造影剤を使っての撮影

  ...ということは、
  今回は被曝量も少ないということだ


「CTの何が嫌だ」って、やっぱり“造影剤”

痛い手の甲、
しかも針が太い

針痕は1か月は消えないし、
漏れた痕がなんともいえない色に変色する

撮影後は
造影剤を少しでも早く身体から出すために、
水分も多めに摂らなければならない


...ということで、簡単に検査は終了



精算機に表示された検査代の金額を見て、
ため息をつき...


終わってみれば、
家を出てから、5時間...


こうして、長い一日が終わる――


外は風が少し弱くなったものの、
雪はまだ降り続いていた



  家に帰り、腕を見ると...


    2019/01/29 検査 ③


  やっぱり。こうなるよね...



ちなみに――

【骨シンチ】は金属類不可のため、
時計やアクセサリー類は外します

ポケットに小銭が入っていたおじさんが
撮り直しになったケースもあるとか


【CT】も金属NG

ブラジャーは、
金属の使っていないものをお勧めします

パンツなどののバックルも、同じくNG


  ※医療機関によっては、
    検査着に着替える場合もあります



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今日、私は手術を受けた

気がつけば、
私が乳がんの手術を受けたのは、
12年前の今日

1月11日午前11時が手術開始時刻
 (前日までは午後1時の予定だった)

病室は11号室

6人部屋でベッド番号は1番

『これだけ“1”づくしなら、
 きっと、いいことがある!!』

そう思いながら、手術に臨んだ



「佐藤さん」

麻酔科医の呼びかけで目を覚ますと、
寒さと吐き気に襲われる

『おっぱいは全摘したのだろうか、
 それとも温存できたのだろうか...』

手術台に横たわってまで悩んだ、
温存と全摘

「胸を開けてみて、ダメだったら“全摘”、
 いけそうだったら“温存”」

の、主治医の判断に委ねた


ナースステーションの隣にある処置室へ入れられ、
様々な処置が施される

30分ほどして、ようやく家族との対面

父と母が、ベッドに横たわる私のところへ
恐る恐る近づいてくる

私のベッドの左側には、
わきの下に入れられた2本の管からつながった、
廃液バッグがぶら下がり、

ベッドの右には排尿バッグ

両足には血栓予防の装置が着けられ、

右の腕には血中の酸素濃度を測る器具、
点滴、定期的に計測される血圧計...と、

身動き一つできない私の身体には、
実に様々なものが取りつけられていた


そんな娘の姿を目にした父と母

さすがに
私に声はかけられなかったようだ

ただ、
私が手術室に入るまで悩んでいた、
全摘と温存

母は、私の耳元で、

「おっぱい、“残せた”って」

とだけ教えてくれた


その母は、もうこの世にはいない...


なんだか不思議な感覚である


うん...

不思議な感覚だ...



生きていることに感謝しなければ...



あの日、助かった命


生まれ変わったような気もする



乳がんは、私の『第2の人生』でもある



本当に、変わったなぁ、人生



「乳がんです」


そう言われたあの瞬間から、
生きてゆく道が全く変わった...


どんな道でも、歩いていかなければね...



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りかこプロフィール

★2009年5月より、院内開催『がんサロン』にて、体験記・エッセイ執筆
★2010年9月 市広報にて体験記掲載
★2011年8月31日 乳がん体験記『4分の3の乳房(ちぶさ)』書籍出版
★2012年1月21日 講演『乳がん闘病記 ~「ありがとう」と「感謝」の気持ちに至るまで~』
★2012年4月5日 FMオホーツク『乳がんについて』対談
★2012年4月 キーストーンアライアンス『百年シナリオ通信』記事掲載
★2013年6月より、サイト『ドクターズガイド』ブログ掲載
★2016年9月14日 フジテレビ『めざましテレビ ~がんの見落とし~』ブログ紹介・インタビュー放送
★その他、講演、ピンクリボン運動など啓発活動

★取得している国家資格:調理師免許(食と健康を考える乳がん患者)

『4分の3の乳房(ちぶさ)』購入希望の方は・・・

お名前・メールアドレス、本文に住所・電話番号・注文冊数をご記入の上送信してください。折り返し、メールで詳細をお送りします。  ※いただいた個人情報は、書籍発送以外に使用することはありません。

名前
メール
本文
乳がん履歴
★2002年3月3日(日)
左乳房にしこりをみつける  

★2002年3月4日(月)
視触診の結果“良性”と診断

★2006年11月8日(水)
左乳房のしこり再受診  

★2006年11月15日(水)
左乳房のしこり切除

★2006年11月28日(火)
乳がん告知      

★2007年1月11日(木)
左乳がん手術

★2008年7月8日(火)
局所再発の疑いで、
細胞診・組織診(結果は良性)

★2009年2月17日(火)
対側(右)乳がんの疑い
(前年からしこりあり)経過観察

★2010年2月16日(火)
右乳房細胞診(結果は良性)
手術・治療の経緯
★がん細胞の種類(しこり3つ)
・明細胞がん(クリアセル)、非浸潤性乳管がん
 (化学療法・放射線の効かない稀ながん細胞)
・核グレード 2
・ER 90%
・PgR 10%
・HER2 (-)

★術 式
・腋窩リンパ節郭清
・乳房扇状部分切除
 (4分の1強切除)

★治 療
・放射線23回照射
・LH-RHアゴニスト製剤投与
 4週間毎、2年間(23回)
・抗エストロゲン剤
 (クエン酸タモキシフェン)
 5年服用
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~~~~~~~~~~~~~~

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